三国志異伝~演算する剣鬼(守銭奴)~最強の秘書官・李司が通る道には死体と領収書しか残らない~   作:斉宮 柴野

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許昌は都である。
それは単に帝がいるという意味ではない。
人も、物資も、金貨も、権力も、陰謀すらも、すべてがここへ吸い寄せられる。
ゆえに私は、この都が好きだ。
巨大で、美しく、よく肥えた金庫だからである。


第二十九話:清潔な髭と、強欲な英雄と、突然の婚活

許昌は花の都という流言に虚飾はなく、人、物資、金貨、そして謀略に至るまで、天下のすべてがこのすり鉢の底へと吸い寄せられていく。

 

その圧倒的な血流を眺めているだけで、私の胸の奥底で算盤の玉が小気味よい音を立てる。

都市とは、かくも美しく優秀な巨大金庫なのです。

 

視線の先に現れたのは、我々の計画通りとはいえあろうことか統治を任せたはずの徐州を綺麗さっぱり手放し、帝都まで臆面もなく足を運んできた劉備一行。

件の男は、強欲と理不尽なまでの強運だけで乱世を泳ぎ切っているくせに、なぜか人心を強烈に惹きつける。

 

「うひょーっ!ここが許昌か!人が多い!店が多い!宙を舞ってる金が多いぜ!」

 

門をくぐるなり、劉備の双眸には露骨な欲望の光が宿っていた。

聴覚だけでなく、周囲の空間ごと呑み込もうとする野心の大きさが透けて見える。

 

「これなら徐州の片田舎より、遥かに効率よく稼げそうだぜ!」

 

「兄者、声が大きい!」

 

本当にこの男だけが、義兄弟の中で最低限の社会性を維持している。

筋骨隆々で最も獰猛な外見をしているにも関わらず、内面は誰よりも常識人。

人間、外見の造作だけで判断してはならないという生きた見本です。

 

「……雲長兄者、さっきから何してる?」

 

視線の先には関羽。

関羽という男は、よりによって人波が行き交う城門の中央で、手鏡を構えながら自らの髭にブラシを当てていた。

 

日常的な手入れの範疇をとうに超えている。

高級香油を惜しげもなく塗りたくり、専用の豚毛ブラシで丹念に油を馴染ませ、一筋の乱れすら許さない執念で毛並みを整えている。

 

遠目からでも尋常ではない光沢を放ち、逆光を反射して朝日が二つ存在していると錯覚させるほどの輝き。

視神経への暴力です。

 

「いえ……念入りな髭の手入れを」

 

「かの悪魔に『不潔な不良債権』と見なされて物理的にデリートされぬよう、ここ数日、毎日二時間かけて徹底的な洗浄と艶出しを行っているのだ。どうだ翼徳、見てくれ!この圧倒的な清潔感を!」

 

「いや、良いんだけど……無駄に光沢が凄すぎて、逆光だと目が潰れそうだぞ」

 

張飛の返しが冷静でよろしい。

 

「それに、香水が酷い。お前が通ったあと、むせ返るようなお花畑の匂いが残ってるぞ。威厳がゼロだ」

 

関羽はそれでも満足げに髭を撫でる。

 

「フッ……これで勝つる。コンプライアンス遵守だ」

 

何に勝つつもりなのかは知りませんが、方向性だけは正しい。

人は恐怖によって成長する生き物です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

謁見の間で彼らを迎えた時、私はまず全体の資産価値をざっと査定した。

劉備は相変わらず、着ている衣のくたびれ具合のわりに笑顔だけは高級品だ。

安い布地に高い愛想。詐欺師の常套手段ですね。

 

張飛は肩幅も骨格も優れており、足腰の重心も安定している。

しかも双眸に知性が宿っている。

経理も担当できる極めて優秀な人材であり、遺伝子としても非常に魅力的です。

 

関羽は……髭が異常に発光している以外は平常通り。

過剰な芳香が遠くからでも鼻を突くので、少し距離を取ります。過度な自己主張は減点対象です。

 

上座には私と孟徳が並んで腰を下ろしている。

郭嘉たちも背後に控えている。

こうした公的な場では、私の隣に孟徳が座ることで、対外的には夫婦による共同経営という体裁が保てるため都合が良い。

 

「劉備将軍、今日はよく来てくださった」

孟徳が社交辞令を述べると、劉備はいつものようにへらりと笑い飛ばした。

 

「いやー、曹操殿。先日の徐州でのドンパチは済まないね。まあ、お互い水に流して、これから仲良くやろうや」

 

水に流すも何も、あなた方が徐州を丸ごと投げ出して逃げてきたので、こちらとしては感謝の念しかありません。

 

「ただ、一つだけ同じ統治者として言わせてもらえば……先日の徐州での『虐殺』はいかんぜ」

 

孟徳の表情がほんの少しだけ引き締まる。

父親の仇討ちという私情が絡んでいるからでしょう。

ここで道徳的な非難を始めるのかと、私は少しだけ静観した。

 

「ん?虐殺は人道に悖る、と?」

 

「違う違う」

 

「人道とかどうでもいいんだよ。生かしておけば搾り取れたはずの税金が取れなくなるだろ?死体は税を払わないからな。生かさず殺さず、骨の髄まで搾り取って自分の懐に入れるのが、領主の正しい務めってもんだろ?もったいないオバケが出るぜ」

 

私は思わず膝を打った。

 

「……確かに!!」

 

孟徳が「おい」とひどく嫌悪感に満ちた声を出すが、完全に黙殺する。

 

「全面的に同意します。感情に任せて有用な労働力を物理的に破壊したのは、私の痛恨の計算ミスでした。成人男性を将来の不安要素として即断したのは早計でしたね。全員を生け捕りにして、生涯無給の奴隷として生産ラインに組み込めばよかったのです」

 

「おい李司!!」

 

「何ですか」

 

「そもそもあれは親父の仇討ちだぞ!?奴隷だの税収だの、全部金の話にすり替えるな!俺の怒りの存在意義が消滅するだろ!」

 

「怒りは尊い感情ですが、現金には変換できません」

 

「言い切るな!」

 

劉備が妙に嬉しそうな視線を私に向けてくる。

その表情は、間違いなく「この女、話がわかる」と確信していますね。

 

わかりますとも。

守銭奴の波長は、同じ守銭奴にしか感知できないのですから。

 

「李司殿、あんた意外と話が早いな。好きだぜ、そういうの」

 

「ありがとうございます。私は優秀な経営者を高く評価しますよ」

 

「お、じゃあ相思相愛じゃん」

 

「いえ、好意ではなく純粋な査定です」

 

「ちぇっ、硬いなあ」

 

張飛が横で深く顔を覆っている。

十中八九「兄者がまた致命的に距離感を間違えている」と絶望しているのでしょう。その推測は正しいです。

 

「で、本当の用件は何ですか?」

 

「いやぁ李司殿、氷のように冷たくてお美しい。つきましては、徐州からここまで来るのに部下の食費やら宿泊費やらで、我が陣営の財布が完全に空っぽでしてね。当座の旅費……という名の、返済不要な小遣いを少々」

 

「息をするように他人の金庫へ手を突っ込んできますね」

 

「褒め言葉として受け取っていい?」

 

「却下します」

 

傍らの郭嘉へ視線を送る。

 

「出してあげなさい。ただし、日利一割五分の複利で債務として計上しますよ」

 

郭嘉は苦笑いを浮かべながら、ずっしりと重い巾着を差し出した。

 

「ヤッホー!!さすが大都会のCEOは太っ腹だ!!」

 

「太っ腹ではなく高利貸しです」

 

「細けえことはいいんだよ!おい張飛、関羽!これで今夜はみんなでパーッと酒盛りだ!!許昌で一番高い妓楼を貸し切るぞー!!」

 

「兄者!」

 

張飛が再び頭を抱えて呻く。

関羽はといえば、妓楼という単語に一切の反応を示さず、手鏡を取り出して髭の光沢を再確認していた。

信念がブレませんね。

 

「……劉備将軍、明日には陛下への正式な謁見が控えている。ほどほどにしておけよ」

 

「大丈夫大丈夫!酒飲んだ方が礼儀作法も滑らかになるって!」

 

「そんな理屈は有史以来初めて聞いたわ!!」

 

謁見が無事に終わり、人気のない回廊へ出たところで、関羽が急におずおずと私の前へ進み出てきた。

 

「あ、あの……李司殿……」

 

「何ですか」

 

「一つ、ご確認いただきたいのですが……拙者の、この丹念に手入れされた髭は……衛生管理上、いかがかな?」

 

彼は両手で髭を恭しく持ち上げ、私へと差し出してきた。

近い。むせ返るような花の香りが物理的な圧力を伴って迫る。過剰です。

 

毛流れ、艶、匂い、異物混入の有無、皮脂の過不足、毛先の裂け具合。純粋に客観的指標に基づく評価を下すのみ。

 

「……ふむ」

 

関羽の喉が、引き攣ったようにごくりと鳴る。

背後の張飛まで、なぜか一緒に息を止めている。

 

「バクテリアの繁殖なし。フケ、ダニ、埃などの異物混入なし。異臭なし。キューティクルの艶も良好。過剰な香油は減点対象ですが、総合的な清潔感は基準値をクリアしています」

 

「合格です。斬り落とすのはやめておきましょう」

 

「おお……!!」

 

「認められた……!我が尊厳が……ついに守られたのだ……!」

 

芝居がかった大げさな反応ですが、本人にとっては文字通り生死を分かつ問題だったのでしょう。

 

張飛が呆れ果てた様子で、それでも優しく兄の肩を叩いた。

 

「良かったな兄者。これでようやく枕を高くして寝られるな」

 

その兄弟のやり取りを見つめながら、私は自然と張飛の方へ視線を移していた。

筋肉の質、骨格の仕上がり、温厚な気性、そして何より、現場の武力と裏方の経理を両立させる稀有な才能。

 

この男、本当に優秀なのです。

乱世を生き抜くための実務家として完璧であり、遺伝子レベルでも極めて魅力的。

正直なところ、私のポートフォリオへ直ちに組み込みたい。

 

「張飛将軍」

 

「は、はい?」

 

警戒心を滲ませつつも、即座に返事をする律儀さ。そこも高く評価できます。

 

「貴方の筋肉の質、骨格の頑健さ、そして何より、完全に破綻した徐州財政を支え続けた高度なインテリジェンス。非常に優秀な遺伝子です。どうです?私に貴方の子を孕ませるつもりはありませんか?」

 

「……え?」

 

「ストーーーップ!!!」

 

「うるさいですね」

 

「うるさくもなるわ!!これ以上、無断でポートフォリオを増やすな!!俺と本初と会長と奉先の四人だけで、すでにキャパシティ・オーバーだろ!これ以上増え続けたら、家庭内における俺の議決権が完全に消滅する!!」

 

「とっくに会長は亡くなっています」

 

「追い打ちをかけるな!!」

 

彼はこれまでにないほど真剣な眼差しで続ける。

 

「筆頭株主として絶対反対だ!!」

 

ここで伝家の宝刀たる拒否権を振るいますか。

平時は大した役にも立たないくせに、こういう肝心な時だけ株主としての権力を行使するから始末が悪い。

 

「……仕方ありませんね」

 

「引くのか!?」

 

「ええ。代替案を採用します」

 

「妙才!!」

 

「ハッ!!お呼びですか!?姐さん!!」

 

「貴方の血筋に、適齢期の健康な娘が一人いたでしょう」

 

「あ、はい!毎日山へ薪拾いに行っている、足腰のやたら強い姪ならおりますが!」

 

「その子を、張飛将軍の嫁にしなさい」

 

「……ええっ!?」

 

「今すぐ連れてきなさい。貴方と張飛将軍の優れた遺伝子を掛け合わせれば、強靭な個体が量産できます。夏侯家との強固な縁も構築できる。アライアンスの観点からも極めて合理的です」

 

夏侯淵は一秒の躊躇すら見せなかった。

 

「承知しました!!さすが姐さん、隙のない素晴らしいマッチングです!おい張飛、良かったな!姐さんに直接気に入られて、しかも俺の親戚になれるなんて!憎いぜ、この果報者!」

 

「よ、良くねえよ!!」

 

「俺の意思は!?というか、相手の娘さんの意思確認は!?」

 

「不要です」

 

「言い切るな!!」

 

「これは絶対命令です。もし拒否するなら」

 

私はゆっくりと、背後に隠れようとする関羽へ視線を移した。

 

「後ろにいる関羽の髭を、毛根から残らず全剃りします」

 

「なっ――」

 

次の瞬間、関羽が暴風のような勢いで張飛の背後に回り込み、強烈な羽交い締めを決めた。

 

「翼徳ゥゥゥ!!受けろ!!受け入れろォォォ!!俺の命より大切な髭のために、お前の残りの人生が犠牲になってくれェェェ!!!」

 

「兄者ぁぁーーッ!!てめえ義兄弟の契りよりヒゲが大事かーーッ!!」

 

「当然だ!!」

 

「そこは否定しろ!!」

 

「……俺の存在意義は……。一応、俺の従兄弟の大切な姪だぞ……。トップである俺に、事後承諾くらい求めろよ……」

 

「貴方がポートフォリオへの追加を反対したから、この代替案に移行したのですが」

 

「俺のせいみたいに言うな!!」

 

夏侯淵はすでに姪を連行すべく、駆け出す気満々で足踏みをしている。

 

この男、血縁の情よりも私の命令体系が完全に上位へ組み込まれているのですね。

非常にありがたい忠誠心ですが、組織論としては少し背筋が冷えます。

 

 

 

 

 

 

 

その夜。

許昌でも一、二を争う高級料亭で、なぜか張飛の結納じみた宴席が突発的に開かれていた。

物事が決まる時は本当に一瞬です。乱世の婚活市場は、スピードと流動性こそが命ですね。

 

「ガハハハ!翼徳が可愛い嫁さんもらうって?こいつはめでたいな!」

 

あなた、一銭も出資していないのに、なぜ一番偉そうな主催者の顔で座っているのですか。

 

「しかも天下の曹操軍の重鎮、夏侯淵将軍の姪御さんか!見事な逆玉の輿だな!」

 

「兄者……頼むから黙ってくれ……」

 

「よし!可愛い弟の門出のために、兄として一肌脱ごう!結納金と今夜の宴会代は、俺がポンッと気前よく払ってやる!」

 

そう豪語した劉備は、昼間私から高利で借り入れたばかりの巾着袋を、これ見よがしに卓上へ叩きつけた。

よくもまあ、他人の金庫から引き出したばかりの資金で、そこまで胸を張れるものです。

 

「……ほう」

 

「私が貸し付けた現金を、そのまま私の身内への結納金として横流しですか。まあ、下劣な妓楼で無為に溶かされるよりは健全な資金洗浄ですが」

 

劉備は口角を歪め、不敵な笑みを浮かべる。

その表情、間違いなくここで終わらせず、もう一段階の詐欺を仕掛ける気ですね。

 

「その代わり!」

 

予想通りです。

 

「持参金はたっぷりと弾んでくれよ!!李司殿!!名門である夏侯家の娘を、わざわざ我が陣営に迎えてやるんだ、それ相応の立派な支度金が必要だろう?今ここにある結納金の、最低でも倍返しで頼むわ!」

 

「…………」

 

言葉を失うほどの、天才的な人間の屑ですね。

他人の金で結納の支払いを済ませ、その結納の事実を担保にして、さらに追加の融資をせびり取る。

ここまで徹底した強欲は、もはや一つの芸術的境地です。

 

「他人の金で結納を払い、さらにそこから利ざやを抜こうと画策するとは……」

 

「やはりこの男、徐州で確実に始末しておくべきでした……。郭嘉」

 

「はい」

 

郭嘉が薄い苦笑いを顔に張り付けたまま、即座に応じる。

 

「張飛将軍への祝儀として名目を処理し、後日あちらの陣営へお届けします」

 

「どうも!!さすが李司殿、話がわかる!」

 

「兄者ァァァ!!その金、どうせまた全部自分の懐に入れる気だろ!!」

 

しかし劉備の耳には一切届かない。

 

「何言ってんだ翼徳、お前のために兄が一時預かりして安全に管理してやるんだよ!」

 

「それを世間ではピンハネと言うんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

卓上がどんどんカオスな喧騒に呑み込まれていく中、私は懐から、先ほど届けられたばかりの徐州からの定期報告書を取り出し、視線を落とした。

 

差出人は陳宮。

報告によれば、貂蝉が無事に男児を出産したらしい。

 

『夜の静寂を打ち破る力強い産声が響き渡りました』と、珍しく情緒的な一文から始まるあたり、陳宮も相当に安堵したのだろう。しかし、続く記述でその安堵は呆気なく粉砕されていた。

 

『待機という概念を持ち合わせない奉先様が、歓喜のあまり産室へ乱入。以下、現場のやり取りをそのまま記録します』

 

ご丁寧に木簡に書き起こされた会話録には、あの脳筋の叫び声がそっくりそのまま記されている。

 

『生まれた!生まれたぞ!でかした貂蝉!』

 

『うるさいですわ、奉先様……。とても元気な男の子ですわ!目元が奉先様にそっくりで……』

 

『よし、名前だ!俺の第一子の男児、その名は――呂尚だ!』

 

なぜそこで呂尚。太公望ですか。人類史上最高峰の軍師たる同名を、直感と勢いだけで採用する恐怖。

 

報告書の余白には、陳宮の震えるような筆跡で『「尚」って字、なんだか強そうだろ!と悪びれもせず言われ、私の苦悩は虚空へ消えました』と悲痛な叫びが添えられている。

 

しかし、同封されていた貂蝉からの短い私信には、別の感情が綴られていた。

 

『李司様のような、圧倒的な賢さと計算能力を持つ子に育てますわ』

 

敗北を味わい、それでもなお燃え続ける私への対抗心が、我が子への切実な祈りへと昇華されている。

 

手紙の末尾に『私が「お父さんみたいな脳筋になっちゃダメよ」と言ったら、奉先様が「む?」と不満げにしておりました』と追伸があるのを見て、私は少しだけ口元を緩めた。

 

徐州は騒がしくも、新たな資産(アセット)を順調に生み出している。

全体として見れば、極めて優秀な投資結果です。

 

 

 

 

 

宴が少し落ち着きを見せた頃合いで、郭嘉がいつもの読めない笑みを浮かべながら私の傍らへ歩み寄ってきた。

 

「李司様。ひとつ実務的な確認ですが、劉備殿への貸付金、回収方法は通常の請求書送付でよろしいのですか?」

 

「通常の手続きで素直に返済する男だと思いますか?」

 

「思いません」

 

「でしょう。ですので、段階的な締め上げを実行します。まずは都での滞在費をすべてこちらの立て替えに見せかけ、気付かぬうちに債務残高へ上乗せする。次に、張飛将軍の婚姻祝儀を『劉備陣営全体への信用供与』として帳簿上で再定義し、連帯保証の枠組みに組み込みます」

 

郭嘉が少しだけ目を見開き、感嘆の息を漏らした。

 

「……相変わらず美しいですね、その容赦のない発想は」

 

「褒め称えても利息は減額しませんよ」

 

「減らしてほしいと願っているのは私ではなく、あちらの陣営でしょう」

 

「ええ。そして最終段階として、返済不能に陥ったところで徐州側の物資搬入権を担保として差し押さえます。本人が都で呑気に酒を飲み、こちらが用意した書面に判子を押すたびに、気づけば陣営の手足が一本ずつ切り売りされていく仕組みです」

 

「恐ろしい」

 

「極めて合理的です」

 

「なあ郭嘉。お前、今の話を間近で聞いて『恐ろしい』の一言で済ませるのか?」

 

「はい」

 

「もっとこう……道徳的に止めようとか、一度引こうとかいう提案はないのか?」

 

「曹操様」

 

郭嘉は表情を消し、真顔で答える。

 

「言葉で止めて止まるような相手なら、とっくの昔に誰かが止めています」

 

「それは確かにそうだが!」

 

「それに、劉備殿はどれだけ過酷に搾り取られても、必ず別の場所から新たな資金源を見つけてくる異常な生命力があります。ああいう人種は、中途半端に泳がせるよりも、一度きちんと莫大な債権で縛り付けておいた方が、今後の手駒として動かしやすいでしょう」

 

「その通りです。野放しの詐欺師は社会の脅威ですが、借金まみれの詐欺師は完璧に管理可能な労働力です」

 

「ひでえ人物評価だな……」

 

「しかし、論理的に否定はできないでしょう?」

 

孟徳は完全に沈黙した。

 

一方その頃、宴席の片隅では、張飛が夏侯氏に対して不器用ながらも真摯に頭を下げていた。

 

「その……急な話で本当に悪かった。俺自身もまだ状況を飲み込めてねえんだが、理不尽に巻き込まれたのはあんたも同じだ。どうしても嫌なら、遠慮せずにちゃんと言ってくれ。俺は兄者や李司殿から殴られるのには慣れてるが、罪のないあんたに泣かれるのは精神的にきつい」

 

「……毎日重い薪を拾うよりは、たぶんこちらの生活の方がましです」

 

その現実的すぎる返答に張飛がなんとも言えない複雑な表情を浮かべ、関羽が横から「よかったな翼徳!」と見当違いの感動の涙を流し、劉備が「ほら見ろ!もう完璧な両想いじゃん!」と強引にまとめ上げ、張飛が再び兄たちの後頭部を殴り飛ばす。

 

少なくとも、我が陣営の複雑怪奇な家族構成よりは遥かに平和なスタートでしょう。

 

 

 

 

 

 

「……李司」

 

「何ですか」

 

「俺は一応、この組織の筆頭株主なんだよな?」

 

「書類上はそうですね」

 

「なのに、なんで今日一日、誰も俺に最終的な意思決定の確認を取らないんだ?」

 

「いちいち確認を取るのが効率的ではないからです」

 

「言い切るな!!」

 

「貴方は感情的に反対するだけで、建設的な代替案を一切出さないでしょう?」

 

「それは……まあ……」

 

「ですので、すべて現場の裁量判断で処理を回しました」

 

乱世の統治において最も重要なのはスピードです。

いちいち形式的な株主総会を開いていては、新たな労働力も領地も拡大しません。

 

「それに」

 

「張飛将軍の件、結果として全く悪くなかったでしょう。夏侯家との強力な縁も構築できましたし」

 

「お前なあ……」

 

「何です?」

 

「お前のその『最終的な結果が良ければ過程は全部良し』の精神、たまに本気で底知れず怖いぞ」

 

「最高の賛辞をありがとうございます」

 

「褒めてねえよ!」

 

わかっていますとも。

 




今回は許昌到着編でした。
都に入った劉備たちが、さっそく李司の債権管理と人事再編の網に絡め取られていく回です。
個人的には、髭の最終審査に命を懸ける関羽と、理不尽な縁談に巻き込まれ続ける張飛を書くのがとても楽しかったです。
もしよろしければ、
・今回いちばん好きだった場面
・いちばん笑ったセリフ
・李司に一番振り回されていて可哀想だった人物
など、気軽に感想をいただけると嬉しいです。
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