三国志異伝~演算する剣鬼(守銭奴)~最強の秘書官・李司が通る道には死体と領収書しか残らない~   作:斉宮 柴野

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今回は、孟徳と劉備の英雄談義です。
珍しく真面目な話をしているようで、やっぱり最後はいつも通りです。


第三十一話:青梅と詐欺師と、英雄の労働災害

私は孟徳の屋敷の庭園、その一番奥にある東屋で、氷でキンキンに冷やした青梅の皿と、ほっこり湯気を立てる温酒とを静かに見比べていました。冷たい梅と温かいお酒を同時に出してくるあたり、彼ってたまに妙なところで気が利くんですよね。

 

ただ問題なのは、その気遣いの大半が、彼自身の詩人めいた自己演出欲と混ざり合って出てくる点です。純粋な配慮だけなら高得点なんですけど、演出の意図が透けて見えると、途端に対応が面倒になるんですよ。

 

上座には私と孟徳。下座には劉備。門の外では、関羽と張飛が彫像のように待機しているはずです。あの二人は、敬愛する義兄が毒牙にかかるんじゃないかと本気で心配しているらしい。あるいは、出された飯を兄が一人で全部食い尽くすんじゃないかと、そっちも同じくらい本気で心配している節があります。

 

「劉備将軍、本日は急な誘いにもかかわらず、よく足を運んでくれた。生憎の小雨だが、よければ酒と梅でもいかがかな。むろん、俺の奢りだ」

 

 孟徳が『奢り』と言った瞬間、劉備の瞳の奥にギラリとした光沢が宿るのが見えました。網膜に硬貨の輝きでも反射させたかのような、欲望に忠実すぎる即答です。

 

「良いぜ!奢りなら断る理由は一つもねぇ!いただきまーす!」

 

 本当に、一ミリも思考の痕跡を感じさせない快諾でした。いや、極限まで思考をすっ飛ばした結果の生存本能かもしれません。「タダ飯」に対する彼の嗅覚は、もはや野生動物を越えています。

 

劉備は一切の遠慮を見せず、氷の上の青梅をぱくぱくと次々に口へ放り込み始めました。食べることに全く迷いがない。毒味への警戒もなければ、相手の思惑を探るような『間』すらゼロです。

 

普通、こういう席では一瞬くらい様子を窺うものですが、この男は梅があれば喰らい、無料であれば際限なく胃の腑へ収める。生物として極めて単純で、だからこそ私の予測モデルから簡単に外れていくんです。

 

「……相変わらず、見事な食欲旺盛ぶりだな」

 

「うまいな、この梅。高いだろ、これ」

 

「お分かりになるのですか」

 

「そりゃ分かるさ。タダで食う飯ほど、味の分析は真剣になる」

 

孟徳は喉の奥で温酒を転がし、ゆっくりと陶器の杯を置きました。芝居がかったタメの作り方です。彼の表情筋が「今から私はとても有意義な話をしますよ」と露骨に語っているのが、私には手にとるように分かります。

 

「ところで劉備将軍。昔、私が軍を率いて行軍した際、水場が見つからず、全軍が激しい渇きに苦しんだことがあってな。そこで私はとっさに『皆の者、頑張れ!前方に広大な梅林があるぞ!』と嘘をつき、兵の口の中に酸っぱい梅を想像させて唾を溜めさせ、渇きを癒やして行軍を成功させたのだ。この話を聞いたことがあるかな?」

 

 当の劉備は、青い果肉を無骨な歯で噛み破っている最中でした。無精髭の混じる口元から、透明な果汁が伝い落ちます。洗練とは程遠い。それなのに、なぜか一幅の絵のように様になっているのがひどく腹立たしい。

 

「あ?ああ、聞いたことあるよ。あの有名な『詐欺まがい』の話ですかい?ないものをあると言って人を動かし、利益を得る。俺たちと同業の手口だねぇ。親近感が湧くよ」

 

「……息をするように人を騙す貴殿に言われたくはないな。あれは詐欺ではなく、将としての立派な機転と言うのだ」

 

「機転って言い換えると、だいたい詐欺は綺麗になるよなぁ」

 

「ならん!」

 

「なるなる。『今この瞬間だけ相手の認識をいい感じにズラして行動させる』んだろ?ほら、同業だ」

 

「劉備将軍」

 

「ん?」

 

「貴方はこれまで各地を転々とし、最前線の血なまぐさい戦場と、腐臭漂う政治の泥沼、その両方を見てこられたはずです。貴方の目から見て、現在の世に真に『英雄』と呼べる人物がいるならば、名前を挙げてみてください。私の内部データベースと照合し、今後の投資先と敵対先の参考にします」

 

 劉備が口内の種を吐き出し、ころりと卓の上へ転がしました。種の置き方まで雑極まりない。

 

「英雄、ねぇ。高い酒とタダ飯の礼だ、真面目に答えるか。まず北の冀州を治める袁紹殿はどうだい?公孫瓚を追い詰めて、すごい勢いで勢力を広げてるだろ」

 

「本初か」

 

「あいつは名門というブランドに胡坐をかいているだけで、致命的に優柔不断だ。大事を成すための冷徹な胆力が足りん。骨格は立派だが、肝心の肉がついておらん」

 

「その点につきましては、現在私が遠隔操作で肉付けを行っておりますが」

 

 私が平坦な声で事実を述べた瞬間、劉備の手元で箸がぴたりと凍りつきました。神経を逆撫でされたような、見事な反応速度です。

 

「肉付け?」

 

「ええ。先日、私の専属秘書である蔡文姫を監査役として潜入させました。組織構造の選別、人員の再配置、不要な中間プロセスの削減、無益な豪族間の癒着の切断、ならびに必要に応じた物理的脅し込みまで、一括して代行させております」

 

「本初、まだ生きてるのか?」

 

「今のところは」

 

「今のところってのが怖ぇな」

 

 劉備の顔面が、本能的な恐怖で微かに引きつりました。想定通りの良い反応です。

 

「数年後の決算期には、最高効率の官僚機構を持つ英雄として完成する事業計画になっています。今はまだ未完成ですが、システムは順調に伸びていますよ」

 

「人間を酒の熟成みたいに語るのやめろ」

 

 孟徳が眉間を揉みながら呆れ顔で言いますが、認識が違いますね。人間も組織も、適切な寝かせ方次第で出力される味が劇的に変わるんですから。

 

「じゃあ袁術殿は?」

 

「ただの金持ちのボンボンだ」

 

「見切りが早いな」

 

「塚の中で朽ちゆく枯骨に等しい。論ずる演算領域の無駄だ」

 

「じゃあ荊州の劉表殿。インテリっぽいじゃん」

 

「豊かな土地にしがみついて死を待つ老いた番犬だ」

 

「益州の劉璋殿」

 

「ぬるま湯の表面張力で浮かぶ浮き袋だ」

 

 完膚なきまでの低評価に、劉備がおどけたように肩をすくめました。

 

「厳しいねぇ。どいつもこいつも赤点評価かよ。じゃあ逆に聞くけどさ、曹操殿。あんたの言う『英雄』ってのは、一体どういう条件を満たした奴のことなんだい?」

 

 彼の瞳孔が微かに開き、頬に熱を帯びるのが見えます。この手のふわっとした問いは、彼の内なる詩人の血を一番簡単に沸騰させるんですよ。

 

「英雄とは――胸に大志を抱き、腹の底に良謀を隠し、宇宙そのものを飲み込み、再び吐き出すほどの巨大な度量を持つ者。機会を正確に捉え、万民を引力で導く者のことだ」

 

 演説としての完成度は悪くないです。気持ちよく言えているぶん、声の響きにも説得力があります。ですが概念が大きすぎて、現場の評価指標には極めて落とし込みにくいのが難点ですね。

 

劉備は黙り込みました。多弁なこの男にしては珍しい空白です。口に青梅を含み、手に酒を持ったまま、顔だけが妙に真面目になっている。そうして少し間を置いてから、あっさりと口を開きました。

 

「なら、俺の見る限り……今の世に本物の英雄と呼べるのは、二人しかいないな」

 

 孟徳の目が、獲物を狙うように細められました。

 私も自然と、計算のリソースを彼へ向けます。二人。その片方は、ほぼ確定でしょう。

 

「それは誰だ?」

 

「一人は目の前にいる曹操殿。あんただよ」

 

 孟徳の口角がミリ単位で緩みました。隠しているつもりなんでしょうが、私のセンサーを誤魔化すことはできません。褒められて悪い気はしない男なんです。

 

「ふっ……買い被りすぎだ。で、もう一人は?」

 

「孫権だな」

 

「……は?」

 

 今度は、私の喉から思わず声が漏れました。

 

「孫権仲謀、ですか?」

 

「そうそう。南にいる、あのガキだ」

 

 孫策の弟。年齢、推定十二歳前後。まだ公開市場でろくな実績は出ていません。せいぜい兄の後ろで事象を観察している程度の未公開株です。そんな少年が、今ここで『曹操と並ぶ英雄候補』として出てくる理屈が、現時点のデータからはどうやっても導けません。

 

「計算が合いません。彼はまだ少年です。実績もデータも完全に不足しています。なぜそんな未公開株を、英雄のリストへ推すのですか?」

 

 劉備は口先の青梅の種を、庭先の水たまりへ向けてぷっと勢いよく吹き飛ばしました。綺麗な放物線を描いて水面を打ちます。妙に種飛ばしが上手い。無駄技能ですね。

 

「勘だよ、ただの勘。前に一度すれ違ったことがあるが、あのガキの目は絶対に死んでねぇ。兄貴の孫策がポキリと折れやすい『剛』なら、弟の孫権はどこまでも曲がる『柔』だ。この乱世で一番長く生き残って、最後の最後まで利益を貪るタイプだぜ」

 

 『利益を貪る』という生々しい表現に、私は少しだけ引っかかりました。結局そこを見るんですね、この男も。

 

「名も立たぬ小僧を、そこまで言うか」

 

「言うね。ああいうのは、最初に見た時の『違和感』がすべてなんだよ。小さいくせに『こいつ、絶対に大人の思い通りに育たねぇな』って感じのするガキ、いるだろ?」

 

「分からん」

 

「李司殿は分かりそうだけど?」

 

「……分かります」

 

「ほらな」

 

 不本意極まりないですが、そこだけは会話のロジックが成立してしまいます。データがない段階で勘を採用するのは危険です。しかし、劉備の『勘』という要素そのものが、これまでの彼の異常な生存率を見る限り、無視しづらいんですよね。本当に腹立たしいことですが、あの男は「なんとなく」で危険地帯をすり抜けてきた実績があるんですから。

 

「頭の片隅には置いておきましょう」

 

「採用?」

 

「仮採用です。孫権に関する観測項目を増やします」

 

 まるで軽い雑談みたいに、重大な銘柄を一つ無造作に放り込んでくる。こういうところが嫌らしいんですよ。

 

「他にはいないのか?」

 

 劉備はふと視線を私の方へ向けました。遠慮なく、じろりと舐め回すように。

 

「いるぜ。李司殿、あんただ」

 

「私ですか?」

 

「英雄っていうか……英雄たちを背後から操って、骨の髄まで搾取する魔王だけどな。男だ女だとか関係ねぇ。あんたが一番ヤバいんだ。目の前で笑ってても、その頭の中じゃ全員に値札つけてるだろ」

 

「ええ。付けていますが」

 

「即答かよ」

 

「過大評価です」

 

「いや過小評価だろ、それは」

 

「私はただの管理者に過ぎません。数字と効率だけを愛する事務屋です。現場の華やかさも、英雄的な見せ場もありませんよ」

 

「その『ただの事務屋』が一番怖ぇんだよ。現場で血を流す奴は、刃の向きが分かりやすい。でも帳簿つけながら戦場を動かす奴は、みんな気づいた時には首輪つけられてるんだ」

 

 東屋の柱の影が長く伸び、遠くで雷鳴がゴロゴロと転がります。空気が少し重くなりました。

 

「俺が見るところ……お主も英雄足り得る器だと思うのだが、どうかな?劉備殿」

 

 指がまっすぐ劉備の鼻先を指差しました。

 芝居がかった一瞬です。本人は上手く隠せていると思っていますが、長く付き合っていると分かるんですよ。あれは半分本気、半分演出です。自分が見込んだ相手を、自分の言葉で無理やり舞台へ引っ張り出したい。

 

ゴロゴロと、再び雷が鳴りました。

 

「え?俺かい?」

 

「そうだ。天下の英雄は、唯、使君と操のみだ」

 

首をぶんぶん振り、両手で大きなばつ印を作ります。子供の言い訳みたいな動きなのに、顔だけは妙に真剣そのものです。

 

「いやいやいや!嫌だね!冗談じゃない!英雄なんてまっぴらごめんだ!俺はただの詐欺師だよ。人を騙して、他人の金で美味い酒を飲んで、可愛い女がいればそれで十分なんだよ!」

 

「本音が薄汚いですね」

 

「綺麗事を言うよりマシだろ」

 

 そこには軽口では済まない何かがあります。ふざけているようで、全力で逃げているようで、その実、逃げた先のゴールまで正確に見据えている目です。

 

「李司殿」

 

 さっきまでの笑い皺がすっと消え、妙に静かな顔になります。

 

「あんたに、一つだけ教えてやるよ。歴史上、天下だの万民だのを背負った『英雄』になる奴はな……絶対に、ろくな死に方しないんだ」

 

 私は何も言わず、ただ続きを待ちます。

 

「暗殺、戦死、部下の裏切り、身内の粛清。勝っても負けても、最後はだいたい泥まみれだ。俺はな、温かい畳の上で、可愛い家族や女たちに囲まれて、寿命で死にたいんだよ。ろくな死に方がしたいんだ」

 

「……」

 

「それに、天下だの万民だの、そんなデカいもん背負ってみろ。三六五日休みなんか一日もねぇぞ。常に決断を迫られ、胃を痛め、睡眠時間を削る。いいか?全ての英雄の死因は『過労』だ。そういうことさ」

 

その言葉に、私は一瞬、杯を置く手を止めました。

 

 過労。

 自己管理の失敗。

 終わりのない判断の連続による摩耗。

 

 それは確かに、私が最も嫌う死に方の一つです。戦死より見苦しいし、暗殺より対策不足。病死より管理責任が重い。本人の意思と能力がありながら、日々のタスクの積み上げで自壊する死に方。合理主義者にとって、あれほど不快な最期はありません。

 

孟徳も沈黙しています。

 

 おそらく、書類の山と遠征の連続、それに睡眠不足と肩こりが一瞬にして脳裏をよぎったんでしょう。

 

「俺は過労死なんて絶対に御免だね。責任を負うのも嫌だ。だから俺は、いつでも逃げるし、怠けるし、他人に仕事を押し付けるのさ。そうすりゃ長生きできる。たぶん」

 

そこで、空気を切り裂くような雷鳴が落ちました。

 

次の瞬間、庭の巨木に雷が直撃したんです。眩い閃光、遅れてくる衝撃、焦げた匂い。巨木の皮が裂け、ぱらぱらと炭化した破片が散ります。

 

「おっと、雷だ!こりゃ危ねえ!雷鳴にビビってへそを取られちゃたまらねぇ!」

 

「……心配する箇所はそこなのですか」

 

「へそは大事だろ!金が逃げる!」

 

 やはりこの男、最後の最後で全部を台無しにするんですよね。

核心を突いた直後に、どうでもいい本能の話へ強制スクロールさせる。真面目に受け取る側が損をするシステムになっているんです。

 

「タダ飯ご馳走さん!傘も借りてくぜ!帰って寝るわ!」

 

「おい待て、傘は屋敷の備品だ!」

 

 孟徳が止める頃には、劉備はもう立ち上がっていました。隅へ置いてある傘を当然のように手に取り、小走りで庭へ出ます。躊躇がないし、礼も適当。

 

「……行ってしまいましたね」

 

「行ったな」

 

 孟徳が椅子へ座り直しました。やや疲れた顔です。

 

「雷に怯えて箸を落としそうになるとは。やはり、ただの臆病で強欲な小悪党か。それとも……」

 

「いえ」

 

「やはり劉備という男は英雄ですよ。それも、とびきり厄介な」

 

 孟徳がこちらを見ます。

 興味半分、警戒半分の顔ですね。

 

「なぜそう思う?自分で『過労死したくない』と言って、責任から逃げ回る男だぞ?」

 

「それを、誰より正確に理解しているからです」

 

「英雄の末路を、あそこまで具体的に言葉へ落とせる人間は少ないです。凡人なら、そこまでリスクを理解した時点で舞台から降ります。割に合わないと分かれば、普通は逃げる。ですが彼は、逃げたいと本気で言いながら、この乱世の真ん中に居続けている。死にたくない、過労死したくない、責任は負いたくない。全部本音でしょう。なのに、それでも結局は場に出てくる。そこが異常なんですよ」

 

「理屈では降りるべきだと知っているのに、性分と運と縁がそれを許さない。ああいう人間は、自分から道を選んだようでいて、実際には『道』の方から選ばれてしまっているんです。厄介ですよ。本人が軽口で逃げ腰な分、周囲が勝手に期待し、勝手に担ぎ、勝手に物語を作っていく」

 

「……」

 

「しかも本人も、その流れに完全には逆らわない。嫌だ嫌だと言いながら、一番美味しい位置には必ず顔を出す。あれはもう、個人の人格というより『現象』に近いです」

 

「現象、か。ひどい言い方だな」

 

「褒めているんですが」

 

「お前の褒め言葉は分かりにくい」

 

少し間が空きました。

 雨脚が少し強まり、屋根を叩く音が規則的に続きます。

 

「……そうか」

 

「そんなに高く買うのなら、やはり今のうちに芽を摘むべきではないか?」

 

「殺害しますか?」

 

「やろうと思えばできるだろう。門の外には関羽と張飛がいるが、今この瞬間なら」

 

「却下です」

 

「今はまだ早いですよ」

 

「第一、彼を今ここで殺せば、外で待機している関羽と張飛が確実に暴走します。関羽は髭を守るためならわりと何でもしますし、張飛は理性がある分、逆に本気で報復を組み立ててくる。施設損壊、人員損耗、帝への心理的悪影響、全部コストが高すぎます」

 

「髭から入るな」

 

「重要要素ですから」

 

「そうかよ」

 

「第二に」

 

「彼は今、予測不能なバグとして極めて興味深い存在です。硬直したシステムへ、どの方向からどれほどのズレを持ち込むのか。あの男は理屈で組んだ陣形を、平然と雑音で乱す。その作用を観測したいんです」

 

「観測したい、で生かすのか……」

 

「未知の数式は、解く前に捨てませんよ」

 

「お前、たまに怖いぐらい正直だな」

 

「第三に」

 

「私が直接手を下して殺すと、あの男は死後にまで物語を生みます。『乱世を憂う皇叔、曹操と李司に暗殺される』なんて筋書きは、あまりに面倒です。生かして失敗させた方が、評判の処理は圧倒的に楽なんですよ」

 

孟徳が腕を組みます。

 納得半分、不満半分の顔ですね。

 

「孟徳」

 

「なんだ」

 

「貴方と彼は、同じ怪物ですよ」

 

「嬉しくない例えだな」

 

「孟徳……孟徳様。貴方と同じく……彼もまた、人類の歴史が続く限り、永遠に語り継がれる英雄になるでしょう。貴方が理によって世界を束ねる『覇道』なら、彼は情によって人を巻き込む『人道』。アプローチは完全な対極ですが、同質の怪物です」

 

 私は少しだけ口元を緩めました。

 自分でも珍しい反応だと思います。ですが仕方ない。あんな男は、私の想定する行動様式から外れすぎていて、警戒と同時に観測欲をひどく刺激してくるんですから。

 

「惚れたか?」

 

「いいえ」

 

「あの男の生き方は、私と決定的に相容れません。私は効率と完全な管理を愛する者。彼は浪費と混沌を愛する者。もし仮に結婚したとしても、三日で殺し合いの離婚訴訟になりますよ」

 

「三日ももつのか?」

 

「初日は笑顔で観察、二日目で帳簿を巡って口論、三日目で互いに毒を盛る流れですね」

 

「妙に具体的だな」

 

「想像しやすい相手ですので」

 

「じゃあ俺とは?」

 

「もう遅いでしょう」

 

「それ答えになってないぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、門の外では関羽と張飛が雨に打たれながら、妙に落ち着かない顔で立っていた。

 

「遅いな、兄者……」

 

「遅い」

 

「毒でも盛られてねぇだろうな」

 

「それは心配だ。だが、それ以上に心配なのは、兄者が出された梅と酒を遠慮なく全部平らげ、土産の包みまで要求している可能性だ」

 

「そっちも十分あり得るのが嫌だな……」

 

「あと、もし相手が曹操殿だけならまだいい。李司殿までいるんだ。あのお方は食卓一つで人間を丸ごと査定する。兄者がうっかり余計なことを言って、借用書に判を押させられていないか心配だ」

 

「あー、それはもうたぶんやってるな」

 

「いざとなったら突入するか?」

 

 関羽は少し考え、髭を撫でました。

 

「いや、まだだ。兄者は妙なところで悪運が強い。それに、李司殿の前へ雨だくのまま飛び込むのは衛生上のリスクが高い。まずは待つ」

 

「そこかよ」

 

「重要だ」

 

そう話しているところへ、ようやく門の奥から劉備が傘を差して小走りで戻ってきました。しかも片手には、いつの間に持ち出したのか青梅の包みまで抱えています。

 

「兄者……」

 

「ちゃんとタダ飯だけで済んだのか?」

 

「済んだ済んだ!ついでに傘も借りたし、梅も少し貰った!今日は大勝利だ!」

 

張飛は額を押さえ、関羽は空を仰ぎました。どうやら毒殺はされなかったらしい。ですが別の意味で、もっと大きな何かを背負って帰ってきた気配がする。義弟たちの苦労は、まだまだこれからですね。




最後まで読んでくださってありがとうございました。
今回は劉備の英雄観と、李司から見た怪物としての劉備を書いてみました。
もしよろしければ、好きだった台詞や場面など、気軽に感想をいただけると嬉しいです。
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