フリーレン「そうだ。社会主義革命を起こそう」   作:あっさーだ

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アウラ編

党中央委員会初代書記長・偉大なる指導者ヒンメルの死から28年後。

北方管区グラナーツカヤ州

 

 フリーレンとフェルンはコルホーズの巡察の途中で出会った勤勉な突撃兵のシュタルクと共にグラナーツカヤ州・州都セヴェルノグラナーツクを訪れていた。セヴェルノグラナーツクは魔族の支配する未開放地区に接する州にある軍事上の要衝にある都市である。現在は中央委員会から派遣されたセヴェルノグラナーツク市委員会グラナト第一書記が鉄の規律の基に統治していた。

 

 フリーレンら3人が市街に足を踏み入れる。中央通りにはレンガ造りのアパートである「ヒンメリンカ」や簡素なマッチ箱のような見た目のパネル式アパートである「ハイタノフカ」が立ち並んでいる。目線の先の広場に巨大なヒンメル像が立っているのが見えた。右手をあげ、「進むべき正しい道」を指し示している。街のあちこちにそびえたつ巨大な煙突から黒煙が立ち上り、むき出しの暖房配管が縦横無尽に這っていた。だが、典型的な地方都市の様相を呈しているその都市の空気は重く、冷え切っていた。

 

「国内軍が多いですね。何かあったのでしょうか」

 

 フェルンが小声で指摘したように、街角のいたるところに肩章が赤く縁取られた制服を着た兵士たちが配置され、住民を監視している。

 

「とりあえず行列当番決めようぜ」

 

 シュタルクが肩をすくめたその時だった。

 歩いていたフリーレンが、唐突に杖を構えた。杖の先端には、党の象徴である「鎌と槌」を模した鈍い銀色の魔道具が取り付けられている。

 

「フリーレン様、街中ですよ!逸脱行為は党紀に触れます!」

 

 慌ててたしなめるフェルンを無視し、フリーレンは一点を鋭く睨みつけた。

 

「魔族だ」

 

 その言葉に、空気が一段冷えた。視線の先に立つ三人は、周囲の灰色の群衆から明確に浮き上がっていた。労働者の街に似つかわしくない、過剰な装い。泥に汚れ、汗にまみれた労働者たちの群れの中で、彼らの存在は暴力的なまでに異質だった。

 中央に佇む金髪の男は、この煤けた街の空気を汚物でも見るかのように拒絶している。金の縁取りが施された深い紺色のロングコートに、胸元でこれ見よがしに波打つ白いフリルのジャボ。その中央に鎮座する緑の宝石は、石炭の粉塵にまみれた周囲の光景を嘲笑うかのように、冷徹な輝きを放っていた。

 その傍らには、戦いも労働も知らないはずの桃色の髪の少女がいた。幾重にも重なった白いフリルのスカートは、一歩歩くたびに不自然なほど清潔な音を立てる。ベルスリーブの広がる袖口から覗く指先には、ペンを握るタコも、機械油のシミ一つない。その人形じみた装いは、ここでは美しさよりも、剥き出しの選民意識として映る。

 そして、短髪の少年が纏う、糊のきいた白シャツとサスペンダー。整えられたその姿は、一見すればどこかの給仕のようだが、その靴に付着した一筋の汚れすら許さないような潔癖さが、かえって見る者の神経を逆撫でさせる。

 そして、彼らの頭部から突き出した、忌まわしき角が、彼らが人の理から外れた異物であることを、何よりも残酷に物語っていた。

 魔族。人間と同じ言葉を操りながら、その本質は市場原理と利己心のみで駆動する、決して相容れぬブルジョワ的怪物。共産主義思想の開祖フランメは、その著書『資本論』の注釈において、魔族の始祖をこう定義した。「『自由』や『私有権の保障』という甘美な虚偽を弄し、人民を搾取の鎖に繋ぐ魔物である」と。

 フリーレンは魔導を行使しようとした瞬間、鋭い怒声が響いた。

 

「貴様何をやっている!!」

 

 殺到した国内軍の兵士によってフリーレンは組み伏せられる。フリーレンは特に抵抗することなく取り押さえられた。

 

「グラナト書記あなたの差し金ですか?」

 

 フリーレンが殺そうとしていた魔族が言った。

 

「リュグナー殿。確かに儂は魔族を殺したいほど憎んでいる。だが街中で和睦の使者を手にかけるほど馬鹿ではないわ」

 

「和睦の使者?」

 

 フェルンが訝しげにつぶやく。

 

「大方事情も知らぬ党の若造か調査員といったところであろう」

 

「そういうことにしておきましょう」

 

 リュグナーが膝をつき、いまだ地面に組み伏せられているフリーレンを見下ろす。

 

「…冷静で殺意のこもった冷たい目だ。私たちを憎んでいるこの町の住民でさえ私を見るときはおびえながらも人を見る目をしている。だが君の眼はまるで猛獣を見ているかのような目だ」

 

「実際にそうでしょ」

 

 フリーレンは淡々と言い放った。

 

「お前たち魔族は人の声真似をするだけの言葉の通じない猛獣だ」

 

「グラナト書記」

 

 フリーレンは視線を第一書記に移した。

 

「私は終身党中央特命全権代表だ。書類もある。この拘束は重大な党規違反に当たる可能性があるよ」

 

 グラナト書記の顔に困惑が走った。

 

「本当か。調べろ」

 

 兵士がフリーレンの鞄を漁ると、中から一枚の書類が発見された。黄ばみ、文字が掠れたその紙には、彼女を特命全権代表に任命する旨の文言と、今は亡き偉大なる指導者ヒンメルの直筆署名が、力強く刻まれていた。

 グラナト書記の困惑がますます深まる。

 

「…その書類の真偽を中央に照会するまで、この者たちを最上級の客室へ案内しろ」

 

 しばらく悩んだ後グラナト書記は兵士にそう命令した。

 

 

「暇だな……」

 

 宿泊所のふかふかのソファに身を沈め、フリーレンは天井を見上げていた。

 

「確認取れるまでフリーレンは外に出ちゃダメだってさ」

 

 シュタルクが言う。

 

「後で魔導書の差し入れ持ってきて。」

 

「フリーレン様は本当に時間を無駄にするのが好きですね」

 

 フェルンはあきれたようにため息をつく。フリーレンはこともなげに返した。

 

「私だっていたくてここにいるわけじゃないよ。で、魔族が和睦の使者ってどういうことなの」

 

「行列に並ぶ次いでに調べてきました。剰余価値論のアウラは知ってますよね?」

 

「魔王直下の大魔族。七崩賢のひとりでしょ。私たち一行との戦いで配下のほとんどを失って消息不明のはずだけど。最近何かあったの?」

 

 七崩賢。剰余価値論のアウラや市場原理主義のマハト、合理的期待形成仮説のシュラハトなどを擁し、各地を荒らしまわった魔王軍における7人の怪物。フリーレンは魔王軍の中でも別格であった彼らのことをぼんやり思い浮かべた。

 

「アウラは28年も前に力を取り戻しています。情報統制が敷かれていてあくまでうわさに過ぎないのですが、無益な殺し合いに疲弊したアウラが和睦を申し出たとか、戦争負担によって予算に支障が出たため交渉することになっただとかささやかれています」

 

「それで使者を受け入れたのか。悪手だね。魔族との対話何て無駄な行為だ」

 

「無駄ってことはねぇだろ」

 

 シュタルクが口をはさむ。

 

「言葉があるんだ。話し合いで解決するならそれにこしたことはねぇじゃねぇか。」

 

 その瞬間、部屋の温度が下がった。 フリーレンの瞳に、感情のない、だが絶対的な拒絶の色が宿る。

 

「……次、そんな修正主義的なことを言ったら粛正するよ。シュタルク。解決しないから無駄なんだよ。魔族はブルジョワの化物だ。」

 

 

 何十年前のことだろうか。勇者ヒンメルがまだ存命であった頃。十年に及ぶ苦難の行軍──プロレタリア革命の荒波における、ほんの一節。

 フリーレン一行が足を踏み入れたのは、魔族である地主階級の圧政から解放されたばかりの、北方の寒村だった。

 雪に閉ざされたその村の広場に、一人の魔族の子供が立っていた。かつて村を支配し、農民から収穫の八割をむしり取っていた「資本の権化」とも呼べる魔族の残党──その幼子だ。その子供の周囲をヒンメル一行は、ベドニャク(貧農)とともに囲んでいた。

 フリーレンは、目の前の魔族を冷徹な目で見つめていた。彼女の数世紀にわたる歴史観において、魔族とは個体ではなく、他者を搾取することでしか存続しえない「有害なイデオロギー」そのものだったからだ。

 

「ヒンメル、それは反革命分子の残党だ。教育や慈悲で変えられるものではない」

 

 フリーレンの警告は、冬の風よりも冷たく響いた。しかし、革命の若き指導者であるヒンメルは、その子の瞳に宿る偽りの涙を拭い、穏やかに首を振った。

 

「フリーレン、僕たちは『人間が人間を信じられる世界』を作るために戦っているんだ。階級の壁を超え、再教育によって彼女を善良な労働者として迎えることができれば、それこそが真の社会主義的勝利じゃないか」

 

 ヒンメルは、魔族の言葉を「対話」だと信じていた。だがフリーレンには見えていた。その子が発する「お父様」という言葉も、「寂しい」という嘆きも、すべてはプロレタリアートの警戒心を解き、再び支配の椅子に座るための「ブルジョワ的擬態」に過ぎないことを。

 村のソビエト(労働者評議会)議長を務める老人は、ヒンメルの理想に感銘を受け、その子に自らの家を提供した。彼は、自分が耕した畑のパンを分け与え、労働の尊さを説こうとした。最初は順調に思え た。

──だが、ある日惨劇は夜に音もなく訪れた。

 深夜、議長の家から漏れた短い断末魔を聞き、フリーレンが真っ先に踏み込んだ。

 そこには、血に濡れた床に倒れる老議長の姿があった。そしてその傍らで、魔族の子供は老人の血で汚れた「村の生産資産台帳」を、恍惚とした表情で眺めていた。彼女の手には、議長の命を奪った鋭利な鎌が握られていた。

 

「どうして……。君は、もう自由だったはずだ。誰も君を支配せず、君も誰も支配しなくていい、そんな世界にいたはずなのに」

 

 遅れて到着したヒンメルが、震える声で問いかけた。魔族の子供は、理解できないという風に首を傾げた。その振る舞いは、どこまでも優雅で、鼻持ちならない貴族的な傲慢さに満ちていた。

 

「自由? 私をあんな汚らしい労働者たちと同列に扱うことが、あなたの言う自由なの? 私は管理し、奪う側。彼は管理され、差し出す側。この『契約』こそが世界の真理よ。彼は私を対等な『同志』などと呼んで侮辱した。だから、管理権を剥奪したの。当然の処置でしょう?」

 

 彼女にとって、村長を殺害したのは生存のためではない。「他者と対等な地平に立つ」というプロレタリア的友愛が、彼女の階級的本能において、生理的な嫌悪をもたらしたからだ。

 ヒンメルの瞳から、理想の光が消えた。彼は静かに剣を引き抜き、その切っ先を旧時代の亡霊へと向けた。

 

「もう、止めないよね」

 

 フリーレンが問いかける。

 

「……ああ」

 

 ヒンメルが下した決断は、一人の子供への処罰ではなく、社会を腐敗させる「資本の毒」への断罪だった。

 ドッという音が響く。フリーレンは躊躇なく、魔族の頭を消し飛ばした。

 

 

 

「奴らにとって言葉は労働者をだますための嘘だ。」

 

 部屋に沈黙が下りる。

 

「差し入れ持ってきてね」

 

 面会終了時間になり、フェルンとシュタルクは客室を離れた。

 

 

 

 

「……事務手続きって、いつの時代も時間がかかるものだね」

 

 フリーレンは、紅茶を啜りながら、本を読んでいた。 その時、廊下で響いていた衛兵の軍靴の音が、不自然に途絶えた。代わりに部屋へ滑り込んできたのは、冷ややかな、そして傲慢な「資本」の気配。

 

「誰? 面会時間ではないはずだけど」

 

 フリーレンは本から目を上げずに言った。入ってきたのは、労働者とは思えない、仕立ての良い服を纏った若き魔族だった。

 

「剰余価値論のアウラが配下、首切り役人の一人。ドラートだ。お前を殺しに来た」

 

「そう」

 

 短く、関心なさそうにフリーレンが答える。

 

「外ではリュグナーたちが書記と話し合っているはずだけど。外交ごっこはもう終わり?」

 

「これからさ」

 

 ドラートが指を弾く。その瞬間、部屋中に張り巡らされた「負債」の糸が、フリーレンの首を正確に捉えた。ドラートの魔導、「不可視の債務」。その糸は接触した瞬間から、標的の魔力資本を「利息」として強制的に吸収し、抵抗すればするほどその負債が雪だるま式に膨れ上がり拘束力が増す、プレダトリー・ファイナンスの具現だった。一見すれば、フリーレンはすでに資本主義的支配の網に囚われた「担保」に過ぎない。

 

「言っておくけど、私、強いよ」

 

「……俺よりもか?」

 

「『剰余価値論のアウラ』よりも」

 

 ドラートの口角が嘲るように上がった。この女は、自分がどのような「不平等条約」に署名させられたのか理解していない。

 

「そうは思えんな」

 

「どうして?」

 

「もう決着はついたからだ」

 

 ドラートが指を引く。不可視の糸が、フリーレンの喉を断ち切るべく収束した。だが、鋭い金属音が響き、糸は彼女の肌を裂くことができなかった。

 

「ふーん。魔力資本の糸か。面白い魔導だ」

 

「首に魔力資本を集中させて切断を防いだか。冷静だな。並の魔導使いなら訳も分からないまま首が落ちている。……だが、この糸の強度は魔族の魔導の中でも随一。人類の魔導ではどうにもなるまい。お前の魔力資本ごとその首を、まとめて断ち切ってやろう」

 

 ドラートの声には、自らの「資本」に対する絶対的な信仰があった。彼にとって、この糸は逃れられぬ構造的な隷属そのものなのだ。

 

「確かに、この糸を何とかするのは無理そうだね。この複雑な契約を解き明かすには、時間がかかりすぎる」

 

 フリーレンが静かにつぶやく。

 

「……この程度で勝利を確信か。今の魔族はダメだね。『実践』が少なすぎる」

 

「何だと……?」

 

 ドラートが動揺を見せるより早く、フリーレンの手が動いた。 放たれたのは、高度に規格化された、装飾のない魔導の一撃。鮮血が舞い、ドラートの左腕が、次いで右腕が、肘から先を失って床に落ちた。

 

「あ、が……っ!?」

 

 ドラートから苦痛の声が漏れる。

 

「知ってる? 債務っていうのはね、債権者が死ぬと消滅するんだよ」

 

 絶叫する暇もなく、フリーレンはドラートの胸元にマウントを取り、その首を無機質な手つきでわしづかみにした。

 

「待て!! 話を……!」

 

 ドラートの口から漏れたのは、追い詰められた搾取者が、破産の間際に最後に縋る「空虚な和解」の要求だった。だが、フリーレンの瞳に慈悲はない。

 

「…………」

 

 彼女の掌から零距離で放たれた、プロレタリアートの鉄槌たる魔導の閃光。それがドラートの顔面を、そして彼の信奉した「剰余価値」の幻影を、一分の余地もなく焼き尽くした。

光が収まった部屋に、焦げ付いた匂いだけが残る。

 

「まずは一匹」

 

 フリーレンは平然と立ち上がり、乱れたコートの襟を正した。 それは、これから始まる「歴史の精算」の、ほんの序章に過ぎなかった。

 

 

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