フリーレン「そうだ。社会主義革命を起こそう」   作:あっさーだ

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剰余価値論

 月明かりが、静まり返った平原を青白く照らしていた。街から十キロ離れたこの場所は、かつて魔王軍と人類が血を流し合った古戦場だ。

 ドラートを退けたフリーレンは、リュグナーたちをフェルンとシュタルクに任せ、一人この場所へ辿り着いた。

 フリーレンの前に立つのは、五百年もの間、他者の生命を掠奪し、自己の資本へと変換し続けてきた大資本家──剰余価値論のアウラである。

 

「久しぶりだね。アウラ」

 

「そうねぇ。八十年ぶりかしら。フリーレン」

 

 アウラが背後に従えるのは、数千の「首なき軍勢」。それはもはや人間ではない。 アウラという巨大コンツェルンによって「主体的意志」を剥奪され、純粋な「労働力」という商品へと還元された、生ける機械の体系である。彼らにはもはや休息も糧食も必要ない。生存コストをゼロにまで圧縮し、二十四時間、死ぬまで──いや、死してなおアウラのために暴力という剰余価値を生み出し続ける、究極のコストカットの結末だ。

 

「この先の街に行くつもりでしょ。引き返してくれるとありがたいんだけど」

 

「嫌よ。私のほうが、圧倒的に優勢だから」

 

 アウラは不敵に笑う。彼女の目には、兵士たちの人間的苦悩など映らない。見えているのは、彼らの持つ剰余価値のみ。

 

「……見知った軍服がいくつかあるね。アウラ、やっぱりお前はここで清算しないとだめだ」

 

 フリーレンが杖を構える。彼女が行うのは、魔導による暴力ではない。アウラが兵士たちに書き込んだ「支配」という不当な労働契約を、外部から強制的に解除する「魔導的監査」だ。

 

「驚いたわ。私の支配が、こんなに鮮やかに解除されるなんて。……どうしてこんな回りくどいことをするの? 以前のように、派手に吹き飛ばして一括償却すればいいじゃない」

 

「後でヒンメルに怒られたんだよ」

 

「ならますます、こんなことする必要ないでしょ。『ヒンメルはもういないじゃない』」

 

 アウラの言葉は、効率のみを追求する資本の正論だった。死者は価値を産まない。ゆえに考慮に値しない。だが、フリーレンは静かに、その「非効率な記憶」を力に変える。

 

「……そうか。よかった。やっぱりお前たち魔族は、人間性を排した化物だ。容赦なく殺せる」

 

「ふふ……。この私の前で、そんなに多くの魔力資本を浪費して大丈夫なのかしら?」

 

 ついにアウラが、その「執行装置」を取り出す。服従の天秤。 それは、市場原理に基づき、どちらがより強大な「経済主体」であるかを判定する、絶対的な格付け機関である。

 アウラの体外に溢れ出す魔力資本は、五百年という歳月をかけて他者から収奪し、蓄積してきた過去の搾取の山だ。その圧倒的な貸借対照表を前に、アウラは勝利を確信し、陶酔する。

 

「私の勝ちよ。後はこの私じきじきに、お前の存在を資産として接収してあげる」

 

服従させる魔法(アゼリューゼ)

 

 天秤が揺れる。アウラの巨大な「魔力資本」が、フリーレンの魂を飲み込もうとした────その時。 ガタン、と重い音を立てて、天秤は垂直に跳ね上がった。

 アウラの五百年の掠奪を、フリーレン側の天秤が、無慈悲なまでの重量で叩き潰してゆく。

 

「私の魂を天秤に乗せたな、アウラ。……正直、軍勢の物量で押されていたら危なかったけれど、お前が自分の『資本』に絶対の自信を持っていてよかった。やっとお前を殺せる」

 

「……どういうこと。何が起きているの!? 私は五百年もの間、誰よりも効率的に、誰よりも多くを蓄えてきたはずよ!」

 

 恐怖に顔を歪めるアウラに対し、フリーレンは冷徹な「歴史の真実」を突きつける。

 

「アウラ。お前が積み上げたのは、他者から奪っただけの『死んだストック』だ。けれど、私の資本は違う。これは、千年間一度も休むことなく、自らの手で研鑽し、積み上げてきた『歴史的労働』だ」

 

 一朝一夕の略奪では決して届かない、千年の歳月をかけた自己投資。 ヒンメルたちと共に歩んだ革命の記憶、魔導の深淵を歩み続けた時間の重みが、アウラの偽りの資本を圧倒する。

 

「……ふざけるな。 私は五百年以上生きた大魔族だ」

 

「アウラ。お前の前にいるのは、千年以上生きた魔法使いだ」

 

 天秤の針が振り切れる。アウラは、自分が「搾取する側」から「搾取される側の商品」へと転落したことを理解した。フリーレンという巨大な「真の価値」の前に、アウラの存在そのものが、修復不可能な債務超過に陥る。

 

「……ありえない……。この私が……」

 

 絶望の涙が、アウラの頬を伝う。フリーレンは、自己の存在意義を喪失したその怪物に、最後の審判を下した。

 

「アウラ。自己批判しろ」

 

 その言葉は、アウラの魂に刻まれた「服従の魔導」と共鳴し、彼女の内面に逃れようのない「真実の直視」を強制した。アウラの口から、彼女自身の意志とは無関係に、自己を断罪する言葉が漏れ出す。

 

「私は……。他者の研鑽を掠奪し、それを自己の資本と偽ることで、世界の発展を停滞させてきました……。私の『不死の軍勢』は、人間の労働から主体的意志を奪い、死せる機械へと還元する、最も卑劣な搾取の象徴に他なりません……」

 

 アウラの頬を、屈辱と恐怖の涙が伝う。しかし、彼女の口は止まらない。自らの支配論理がいかに脆弱で、収奪の上に築かれた砂上の楼閣であったかを、自らの言葉で暴き立てていく。

 

「五百年の月日は、私にとって、ただの略奪の蓄積に過ぎませんでした。千年の時を真に『労働』として積み上げた貴方の前で、私の魔力資本は何の価値も産まない、ただの負債です……」

 

 それは、歴史の必然性を認め、自らの誤った階級的立場を告白する、最も残酷な儀式であった。

 

「私は……。この市場(世界)にとって、もはや有害な負債でしかありません。……自己を清算する。それが、唯一の歴史的義務だと考えます」

 

 アウラは震える手で自らの剣を抜き、自らの首に当てた。労働を軽視し、他者の命を数字と効率のみで測ってきた資本家の末路。自らのシステムを自らで抹消する──史上最も醜悪で、しかし論理的に最も正当な「自己破産」が、月明かりの中で執行された。

 魔力資本がアウラの体からとめどなく流出してゆく。剰余価値論のアウラと呼ばれた「掠奪の象徴」は、自ら下した判決に従い、夜の闇へと霧散していった。

 

 

 アウラという「略奪資本」の崩壊は、平原に積み上がっていた死せる労働力の山を一夜にして霧散させた。しかし、夜明けと共にグラナト市に訪れたのは安息ではなく、峻厳な政治的清算の空気であった。市の中央広場には急造の公判席が設けられ、かつての統治者であるグラナト書記が、全人民の見守る前で被告人として立たされていた。

 その傍らで、特命全権代表補佐──事実上の政治将校としての任務を帯びたフェルンが、感情を排した声で罪状を読み上げた。

 

「被告人グラナト。貴公の行為は、プロレタリア国家の存立を揺るがす重大な利敵行為である。以下の三点を以て、貴公を弾劾する」

 

 広場に、フェルンの凛とした声が響き渡る。

 

「罪状一:階級的敵対者との密約。 魔族という、人間性のない、略奪のみを目的とする存在に対し、『和平』という名の妥協を試みた日和見主義的行為。

罪状二:職務妨害。 党中央より派遣された特命全権代表、フリーレン同志に対する不当な拘束、およびその遂行の阻害。

罪状三:小ブルジョワ的感情主義。 息子の死という個人的、感傷的な動機を優先し、市民全体の安全を担保に供した。これは歴史的使命を忘却した、許されざる私物化である」

 

 沈黙が広場を支配する中、グラナトがゆっくりと頭を上げた。その瞳には、かつての支配者の傲慢さはなく、ただ己の矛盾を突きつけられた者の苦渋が滲んでいた。

 

「……私は、魔族が語る『自由な貿易』や『平和』という甘い幻影に、魂を売り渡しました」

 

 グラナトの声は震えていたが、群衆の隅々まで届いた。

 

「息子への感傷という個人的な思いに目が眩み、ヒンメル同志が血を流して築き上げた『鉄の規律』を蔑ろにしたのです。私は、自らの感傷によって市民を死の市場に投げ出そうとした、卑しむべき日和見主義者です。……私に対するいかなる清算も、甘んじて受け入れます」

 

 民衆が「処刑」を求めてざわめき始めたその時、壇上の奥から、静かにフリーレンが歩み出た。彼女の瞳には、かつて理想を掲げながらも現実の摩擦に消えていった、数多の政治家たちの記憶が、歴史の地層のように重なっている。

 

「グラナト。君の罪は、アウラの配下を招き入れたこと自体じゃない」

 

 フリーレンの声は、裁判官というよりは、歴史そのものが語りかけているかのように低く、重い。

 

「アウラのような略奪資本の化身が、言葉一つ、感傷一つで君の『理想』を買い叩けると確信させてしまった。その隙を見せたことだ」

 

 フリーレンは一歩前に出ると、眼下の街並みを一瞥した。

 

「……とはいえ。君が維持してきたこの街の結界が、私たちが到着するまでの時間を稼いだことも事実だ。君の労働は、まだ完全には腐っていない」

 

 フリーレンは右手を挙げ、最終的な判決を宣告した。

 

「判決を下す。グラナト、君から第一書記および一切の特権を剥奪する。貴公の身柄は、本日を以て党中央の管理下に置く」

 

 どよめく広場を制し、彼女は冷徹なリアリズムに満ちた「更生案」を突きつけた。

 

「判決:無期限の北方国境地帯における、対魔族防衛魔法施設建設への従事。 貴公はそこで、一人の労働者として、自らが招き入れた脅威と対峙し続けなければならない」

 

 それは即時の死刑よりも過酷な、生きた労働による償いであった。英雄として死ぬことを許さず、泥にまみれて「妥協の代償」を背負い続けさせる。それが、フリーレンの導き出した歴史的解だった。

 数時間後。グラナトが連行され、党中央から派遣された管理官たちが街の接収を始める中、フリーレン、フェルン、シュタルクの三人は、再び「エンデ」を目指すべく巡察のための準備をしていた。

 

「……フリーレン様。あれで良かったのでしょうか」

 

 フェルンが、まだ納得のいかない表情で問いかける。

 

「党の規律に基づけば、もっと厳格な処分──物理的な清算が必要だったのでは?」

 

 フリーレンは、遠く北の空を見つめ、少しだけ目を細めた。

 

「いいんだよ。ヒンメルならそうした。『間違えた人間を殺すのは簡単だが、間違えた人間に、正しい歴史を作らせるのは、もっと誇らしい仕事だ』ってね」

 

 シュタルクが荷物を背負い直し、三人は歩き出す。背後では、セヴェルノグラナーツク市がかつての古い殻を脱ぎ捨て、より強固な、組織化された「闘争の拠点」へと作り替えられていく音が響いていた。

 




ヒンメル:大十月社会主義革命で魔王を打倒した後、王国に戻ってもう一度革命を起こした人。旅の始まりでヒンメルを処刑しようとした王は逆に処刑された。その後、書記長に就任し労働者の楽園を作るべく奮闘する。

ハイター:革命後、イデオロギー担当書記に就任。思想を検閲する傍ら、党史略解やヒンメル語録を書きあげる。党におけるイデオロギー的「正解」をまとめ上げたすごい人。別名「灰色の枢機卿」

フリーレン:革命後、終身党中央特命全権代表に就任。簡単に言えば地方において党の思想が貫徹しているか監視する人。粛清も自身の判断でできる。偉い。

アイゼン:特に決めてない。臆病だから震えながら粛清してたんじゃないんですかね(適当)

フェルン:フリーレンのお母さん兼政治将校的な人。

シュタルク:赤軍の突撃兵。原作でも赤い服着てるし間違いない。

リュグナー:リュグナーの血(資本)はありとあらゆるところに浸透し内側から腐らせる。フェルンの社会主義思想に立ち入るスキがなかったため敗北。

リーニエ:知的財産を収奪し、模倣するやべーやつ。シュタルクが、コピーではない「本物の継承」によって彼女を圧倒することで、「形だけを真似た資本主義的模倣は、歴史の重みを背負った真の労働には勝てない」ことが証明された。
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