迷宮都市オラリオに朝日が昇り、一万年の悲劇がハッピーエンドへと書き換えられたのを見届けると、超人オリオンの身体はふたたび黄金の粒子へと変わり始めた。
次元の壁を越えて女神を救い出すという「番狂わせ」のために、この世界に留まるための霊基の貯金はすべて使い果たしたらしい。ベル・クラネルとアルテミスがこちらへ駆け寄ろうとするが、伸ばされた手は空を切り、オリオンの視界は真っ白な光に包まれていった。
「……ま、こんなもんだ。一万年なんて待たなくて済んだろ、女神様」
満足げに独りごち、今度こそ「英霊の座」での平穏な眠りにつける――そう思った瞬間だった。
戻るべき座の引力とは明らかに違う、禍々しくも執拗な「呼び声」が、消えゆく彼の魂を鷲掴みにした。それは聖杯による召喚でも、抑止力による選定でもない。未熟ながらも強烈な情念を孕んだ、歪んだ魔術的回路(システム)による強引な引き摺り出し。
「おいおい、またかよ! 俺の休暇はどうなってやがる!」
次に目を開けた時、そこはオラリオの青空でも座の静寂でもなかった。
鼻を突くのは血と鉄、そして反吐が出るほど濃厚な「死」の臭いだ。空気は淀み、呪詛という名の歪んだ感情が物理的な質量を持って肌を刺す。死滅回游――この呪われた結界の中で、一人の女子高生、あかりが腰を抜かして震えていた。覚醒したばかりの彼女の降霊術式が、死んだばかりの知人の肉体に、無意識に「守ってくれる最強」を求めてオリオンの霊基を叩き込んだのだ。
「ひっ……ああ……。ごめんなさい、私、こんな……化け物を呼ぶつもりじゃ……」
「化け物、ねえ。ま、否定はしねえよ。だがな、お嬢ちゃん。呼んじまったもんは仕方ねえだろ?」
オリオンはバキバキと音を立てて膨れ上がる自分の腕を見つめた。
本来の「器」の体格など無視し、霊基が肉体の情報を強制的に塗りつぶしていく。かつてのヒョロ長い青年の死体は、一瞬にして三メートル近い巨躯、丸太のような筋肉を誇る「超人」へと作り替えられた。受肉の衝撃で周囲のコンクリートが蜘蛛の巣状に砕け、凄まじい呪力の奔流が空を震わせる。腰には棍棒(クラブ)と短剣(ナイフ)、そして手には神殺しの弓が、この世界の呪力を吸ってさらに武骨に顕現していた。
「領域展開――『怨讐月下獄』! これでお前は終わりだ、受肉体……!」
直後、物陰から現れた泳者(プレイヤー)が印を結んだ。
周囲の景色が塗り替えられ、必中必殺の檻がオリオンを包み込もうとする。だが、彼は一歩下がると、生成と発射を極限まで高速化した射撃を開始した。番える動作すら省略された光の矢が、一本、百本、千本と空を埋め尽くし、文字通りの「物理的な物量」となって展開途中の領域を蹂躙した。バリバリと空間が裂ける音が響き、完成間近だった結界の壁が、内側から溢れ出す圧倒的な破壊のエネルギーに耐えきれず粉々に砕け散った。
「な……馬鹿な! 領域を……ただの射撃の物量だけでこじ開けただというのか!?」
「呪力だの術式だの、難しく考えすぎなんだよ。……死にたくなきゃ、もっと『命』を燃やしてこい」
驚愕に目を見開く泳者に対し、オリオンは無造作に棍棒を握り直した。
術師たちの精緻な理屈を、ただの「狩人の技量」と「圧倒的な物理」で踏み躙りながら、超人オリオンは死滅回游という名の盤面をひっくり返し始める。転生者としての記憶が、この世界の歪なルールを思い出させるが、彼に迷いはない。
「あかり、しっかり俺の背中に隠れてな。これから、この結界の『ルール』ってやつを、俺の腕力でぶち壊しに行ってやるからよ」
夜の帳が降りた東京に、神を射落とした狩人の不敵な笑い声が響いた。
たとえどこの世界へ放り出されようとも、彼のやることは変わらない。目の前の「救うべきもの」のために、理不尽な運命をその剛腕で叩き潰すだけだ。