超人オリオンと売れない芸人・高羽史彦、そして少女・あかり。このあまりにも不釣り合いな三人組が歩む先、爆音と共にコンクリートの破片が降り注いだ。
「……おいおい、今度は花火大会か? 季節外れもいいとこだぜ」
オリオンが巨大な掌を庇のようにして空を見上げると、そこには自らの肉体の一部を爆弾として投げ飛ばす術師、黄櫨折が冷笑を浮かべて立っていた。
「なんだ、そのデカブツは。新手の受肉体か? ……ま、いい。まとめて弾けろ」
黄櫨が自らの歯を抜き取り、呪力を込めて放り投げる。それは空中で猛烈な熱量を帯び、オリオンたちの目の前で爆発した。だが、爆炎が晴れた後に現れた光景に、黄櫨は目を見開いた。
「……ははは! 今の爆発、いい音したけど、どうせなら中からハトでも出ればよかったのに!」
高羽がケラケラと笑いながら指を鳴らす。すると、本来なら三人をお釈迦にするはずだった爆風は、どこからともなく現れた大量の白いハトへと姿を変え、「クルッポー」と鳴きながら黄櫨の周囲を飛び回り始めた。
「なっ……!? 俺の術式が、消えた……?」
「消えたんじゃねえよ、兄ちゃん。お前さんの『面白くねえ暴力』が、こいつの『面白い理屈』に負けたんだ」
オリオンは愉快そうに鼻を鳴らし、一歩前に出た。地面が受肉した巨体の重量に耐えきれず、メキメキと音を立てて陥没する。
「ふざけるな! 術式が通じないなら、直接叩き潰すまでだ!」
黄櫨が肉弾戦を挑もうと地を蹴る。だが、その動きはオリオンの目には止まっているも同然だった。かつて神代の海で高速巡航する神々を捉えたその瞳が、呪力で強化された黄櫨の体術を完全に見切る。
「おっと、そっちは俺の仕事だ」
オリオンは弓も棍棒も使わず、ただ無造作にその太い腕を振り抜いた。それは技術を超越した、純粋な「質量」と「速度」の暴力。
ドォォォォン!!
空気が爆ぜ、黄櫨の身体が紙屑のように吹き飛んだ。だが、高羽の術式『超人』が「コントの殴られ役」として彼を認識したため、本来なら粉砕されるはずの衝撃は、凄まじい「音」と「演出」に変換される。黄櫨は隣のビルの壁を突き破りながら、なぜか背景に『バギャーン!』という巨大な描き文字を背負って瓦礫に埋まった。
「……ぐっ、は……なんだ、あの力は……。ただの殴打でこれかよ……!」
「おい高羽、今のツッコミはどうだった? 少し手が滑って飛ばしすぎちまったが」
「いやぁオリオン、満点だぜ! でも次はもう少しタメを作ってから殴ったほうが、笑いの鮮度が上がるとおもう!」
黄櫨は必死に立ち上がり、奥歯を噛み締めた。その執念に応じるように、彼から漏れ出す呪力が一気に膨れ上がる。
「殺してやる……絶対に殺してやる……!」
「悪いな。お前さんの理屈に付き合うのは、もう飽きたんだ」
オリオンは背負っていた巨大な弓を手に取り、この世界で得た「呪力」を一点に集中させた。
彼が指をかけると、そこに実体の矢はない。代わりに、凝縮された濃密な呪力が、触れれば魂まで削り取られそうなほど鋭い光の矢となって形成された。かつて神々を射落とした技量は、受肉したこの世界でも些かも衰えてはいない。
指を放す。
放たれた「呪力の矢」は、ただ一本の極光となって黄櫨の側を通り抜けた。
――ズドォォォォン!!
黄櫨に直接当たったわけではない。だが、矢が通過した際の衝撃波と、着弾した背後のビルが跡形もなく消滅した光景に、黄櫨の心は完全にへし折れた。呪力を一点に凝縮し、最高効率で放つ。それは術式による現象の上書きではなく、純粋な「技」と「出力」による暴力の極致だった。
「……終わりだ。お前さんの『爆弾』じゃ、俺たちの笑いは殺せねえよ」
オリオンは弓を収め、震えるあかりの頭を大きな手でぽんぽんと叩いた。
「さて、高羽。次へ行くか。あっちの方で、もっと強そうな雷の音が聞こえるぜ」
「おうよ! 次は漫才『雷様』でも披露しに行くか!」
黄櫨という強敵を、ただの前座として片付けた二人は、再び賑やかに歩き出す。その後ろ姿を見送りながら、瓦礫の中で黄櫨はただ、自分たちが挑もうとした存在のデカさに、戦慄するしかなかった。