転生オリオンの珍道中   作:お粥のぶぶ漬け

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5話 呪術廻戦での話 4

 

「……はぁ、はぁ……。なんだよ、今の『矢』は……。冗談じゃねえぞ……」

 

 瓦礫の山に埋もれた黄櫨折は、震える手で血を拭い、遠ざかっていく三人の背中を睨みつけた。

 彼が今、最も苛立っているのは自身の敗北ではない。隣でヘラヘラと笑っているあの男――高羽史彦の存在だ。高羽のポリシーにおいて、芸としての笑いに「赤(血)」はご法度。その強力な主観的術式の影響を受け、黄櫨の自爆攻撃やオリオンの破壊的な一撃すらも、どこか凄惨さを欠いた「ド派手な演出」へと塗り替えられていた。シリアスな殺し合いを信条とする術師にとって、これほど屈辱的な状況はない。

 

 だが、その歪な平穏を切り裂くように、空から一条の青白い雷光が突き刺さった。

 

 ドォォォォン!!

 

 「――おい、どけ。雑魚に用はない」

 

 雷鳴と共に現れたのは、水色の髪を電気回路のコイルのようにした特徴的な髪型の風貌の男。鹿紫雲一だ。

 四百年前の最強の術師の一人である彼は、オリオンが放った「呪力の矢」が空を割った痕跡に惹きつけられ、この場に舞い降りた。彼の瞳は、かつて羂索と交わした「最強と戦う」という契約など忘れたかのように、ただ目の前の巨躯へと爛々と輝いている。

 

 「見つけたぞ。受肉体か、あるいは呪霊か……。どちらでもいい。今の『音』、お前が鳴らしたのか?」

 

 鹿紫雲の全身から漏れ出す電撃が、大気をビリビリと震わせる。

 それまで高羽の術式によって「お笑い空間」に塗り替えられていた一帯の空気が、鹿紫雲という純粋な「殺意」の塊によって、一瞬にして極限の緊張状態へと引き戻された。

 

 「おっと……。また厄介そうなのが来たな。なあ、高羽。こいつにも水鉄砲、効くか?」

 

 オリオンは無造作に棍棒(クラブ)を肩に担ぎ直し、鹿紫雲を見据えた。

 

 「……いや、オリオン。こいつはダメだ。ボケが通じないタイプだぜ。見てみろよ、あの顔。合コンで一人だけずっとプロレスの話してる奴と同じ目をしてる!」

 

 高羽は冷や汗を流しながらも、持ち前の『超人(コメディアン)』を維持しようと奮闘する。高羽のルールでは、笑いに血は流れない。だが、鹿紫雲一という存在は、高羽が「面白い」と感じる余地を一切与えないほど、ただひたすらに「闘争」という一点にのみ特化していた。

 

 「問答無用か。いいぜ。お嬢ちゃん、少し後ろに下がってな。こいつはさっきの兄ちゃんみたいに、コントには付き合ってくれそうにねえ」

 

 オリオンが一歩前に出る。

 瞬間、鹿紫雲の姿が消えた。

 

 「ハッ!!」

 

 凄まじい放電と共に、鹿紫雲の拳がオリオンの顎を狙って振り抜かれる。

 並の術師なら、接触した瞬間に電位差による不可避の一撃で脳を焼かれるだろう。だが、オリオンはそれを避けない。避ける必要すらなかった。

 

 ガキン!!

 

 肉と肉がぶつかり合う音ではない。まるで巨大な鉄塊を叩いたかのような硬質な音が響く。

 オリオンは鹿紫雲の拳を、あえて顔面で受け止めていた。その全身を覆う濃密な霊基と呪力の混合膜が、鹿紫雲の電撃を物理的な衝撃にまで減衰させていた。

 

 「……電気が得意か。俺のいた世界にも、雷を降らせて来るやからがいてな。それに比べりゃ、お前の静電気は少しばかり可愛げがあるぜ」

 「――抜かせ!」

 

 鹿紫雲の瞳に、歓喜と狂気が混ざり合う。

 彼は棒を旋回させ、オリオンの巨体に連続して打撃を叩き込む。一発ごとに電荷が蓄積され、必中の稲妻がオリオンの心臓を目指して収束していく。

 

 「高羽! ここは俺の出番だ、ツッコミの準備をしておけ!」

 

 オリオンは棍棒を地面に突き立てると、その剛腕を力任せに振り抜いた。

 

 受肉したこの肉体で放つ、全力の「素手」による殴打。

 鹿紫雲が放とうとした雷霆を、その物理的な「拳の風圧」だけで霧散させ、オリオンの巨大な拳が鹿紫雲の腹部にめり込んだ。

 

 「ガ、ハッ……!?」

 

 鹿紫雲の身体が、地面を数百メートルにわたって削りながら後退する。

 だが、ここで高羽の術式が「奇跡」を起こす。高羽にとって、この場での凄惨な出血は「面白くない」。だから、その内臓を粉砕せんばかりの一撃は、なぜか派手な「星」が飛び散るアニメーションのような視覚効果に変換された。

 

 「うわぁぁぁ! 今の殴打、まるでアニメの演出みたいに星が出たぜ! 鹿紫雲、お前は今から『感電してアフロになるピエロ』だ!」

 

 高羽がそう叫んだ瞬間、鹿紫雲の纏っていた神々しいまでの雷光は、なぜか黄色い火花に変わり、彼の水色の髪をコミカルなアフロヘアーへと変貌させた。

 

 「……なんだ……これは……!? 俺の呪力が……ふざけているのか!?」

 

 鹿紫雲は愕然として自分の頭を触る。血を一滴も流させない高羽のポリシーが、鹿紫雲の命を懸けた闘争を「質の悪いコント」へと叩き落としたのだ。シリアスな死闘を望む彼にとって、これ以上の侮辱はなかった。

 

 「フフフフフッ、似合ってるわよ、その頭!」

 

 あかりの笑い声が響く中、オリオンは再び弓を手に取った。

 

 「鹿紫雲と言ったか。お前の戦いは、確かにもう少し見ていたいところだが……。あいにく俺たちの『コメディ』は、まだ始まったばかりだ」

 

 オリオンが呪力を込めた指を放す。

 凝縮された一本の呪力の矢が、鹿紫雲の足元の地面を粉砕し、その衝撃波で彼を戦域から遠くへと追い散らした。

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