DCユニバースvsプラスチック姉さん 作:スカンジナビア半島
ジョン・コンスタンティンと言えば悪評以外を聞くことがまずない人間だ。
人を平気で騙し、見捨て、その上で己だけは生き延びる。
ならば悪魔や怪異に属する者なのかというと、それも違う。
このヘビィスモーカーは人にも怪異にも同じことをする。
どの陣営からも同じ評価をされている
。
そして、彼は彼なりにこの世界と善意に基づく人々と、友人・知人のことを考えている。
紙巻きの安い煙草を咥え、ゴッサムの摩天楼を見下ろすコンスタンティン。
灰色の煙をヨレヨレのトレンチコートに重く纏わせ、彼は自ら開いたポータルから待ち人が来ないのを確認すると、新しい煙草に火を点けた。
「煙草は体に悪いわよ、ジョン坊や」
「悪いが、こいつだけが生き甲斐でね」
ポータルを潜り、やって来たのはどこにでもいるような恰幅の良い中年女性。
だが、彼女の人物像の一端でも把握していれば、口が裂けようとも、この女性を凡庸とは思わないだろう。
「来てくれたことに感謝するよ、レディ」
「坊やの頼みとあればね」
「その呼び方は勘弁してくれよ。あんたの厄介になってたのは補助輪を付けてた頃だろう」
「まだ取れてないじゃない」
The市、魔界に近く、神々の領域にも接しているあの街は、ゴッサム以上に怪異に遭遇する事が多い。
そのせいか、あの街には怪異に適応した市民が多く現れてもいた。
「それで? わざわざアメリカまで呼び寄せたのだから、それ相応のことなのでしょう」
レディと呼ばれた購買のババア、おばちゃんが首を傾げる。
宇宙でも5本指に入る凄腕の対怪異専門家。
コンスタンティンはまだ魔術を学びたての頃に、指導を受けたものだが、当時と比べても風格は遥かに増している。
「あんたに見てもらいたいのがあってな。
ここの近くにパワースポットがあるんだが、どうにもきな臭い。
The市の悪魔が来ているようだ。原因を調査するから協力してくれ」
「そういうことなら仕方ないわね。すぐに済ませましょう」
「すまない。とにかく急ごう。面倒なのに目をつけられる前に――」
「止まれ。そこを動くな」
コンスタンティンが軽く舌打ちをする。
避けたかった事態ではあるが動揺はない。
このゴッサムは彼の王国、彼の縄張りだ。
部外者が好きに動ける道理はない。
「私はバットマンだ」
「見ればわかるわ」
「この街に来た目的と予定している滞在期間を言え。そうでなければ今すぐ排除する」
二人がいる建物の屋上、さらに高所のガーゴイル像より、バットマンが警告を発していた。
いつも通り、一触即発の空気だ。
まだ傲岸不遜(オギャリバブバブ)を捨てなかった頃の彼は、意図的に出会うヒーローを怒らせ、
こちらに攻撃させようとしていた。
「落ち着いてくれ、バットマン。ただの軽い調査だ。
The市の悪魔がこっちに来てる可能性がある。
専門家を呼んだから、ヤバいことがあったらすぐにあんたにも伝える。
望むなら同行してもいいが……」
「私の指示下に入ってもらう」
「おいおい……」
閉口してコンスタンティンが吸い殻を踏みにじる。
べつに問題があるわけではない。
バットマンは全ての分野において宇宙の頂点にいる。
だが、それでも専門家を差し置いて、敬意のない行為に及ばれるようでは、
今度は購買のババアを呼んだコンスタンティンの面子が立たない。
今更プライドを重視する生き方もないが、
コンスタンティンにとって、これは来たる危機に備えてババアとの繋がりを深める意味合いも持っていた。
それをバットマンにいつもの如く横取りされるのは面白くない。
「やれやれしょうがないわね」
「レディ……」
張り詰めた緊張感を無視してババアが肩を竦めた。
上手いこと仲裁してくれると思ったコンスタンティンの前で、ババアはRPG-7を担いで引き金を引く。
「なぁにぃ!?」
目玉が飛び出る勢いでコンスタンティンが驚愕した。
交渉の素振りもない初手の強攻撃。
相手次第では即死だっただろう。
爆風が収まる前に、バットマンがババアの背後に回り、バットラングを投擲した。
避けたババアが手榴弾を投げ、相手の足元で爆発。
聖別済の破片が蝙蝠のケープに傷を刻む。
「ぐっ……」
反撃に移ろうとしたバットマンの体がよろけ、膝から崩れ落ちた。
手榴弾の内部に聖水を加工した催涙ガスを仕込んでいたのだ。
通常ならば超大型SS級悪魔でも昏倒せしめる退魔特化ガス。
暗黒都市の守護者が、立とうと藻掻き、何度も床を指で掻くのを、
ババアは無情に頭部を十字架を先端につけた鉄パイプで殴打して昏倒せしめた。
「バットマンを人間と思うと負ける。超人と思っても負ける。
それなら怪異として対処すればいいってことよ」
「相変わらず加減と聞く耳ってもんがねえな……」
狡猾で鳴らしたコンスタンティンをして背筋が寒くなるババアの暴れぶり。
The市という怪異跋扈する地獄を生き抜いた説得力に満ちていた。
「さあすぐにこの場を離れましょう。目的地に案内してちょうだい」
「全力でエスコートしますよ」
不良魔術師が先導して屋上の錆びついたドアを開けた。
廃墟の地下へと案内され、ババアも続いて暗黒都市のさらに闇深くへと潜っていく。
「ところで貴方も子どもたちと同じように”ババア”だの”おばちゃん”だの呼んでもいいのよ」
「勘弁してくれ。そんな命知らずな真似できるかよ」
ゴッサムもだがThe市の夜も平穏からは程遠い。
邪悪な悪魔、独特の哲学を持つヴィラン、新興勢力である悪赤ちゃんズ。
多種多様な危険存在が、罪なき人々の生命と正気を無闇に脅かす。
禍々しい気配を感じ、パトロールに繰り出したババアが見つけたのは、今夜に限っては赤ちゃんだった。
「バットマン?」
The市において、赤ちゃんおじさんことジャッキーは
無害さにおいて一種の名物マスコットと化していた。
だが近年、そんな赤ちゃんの後を追って、”ジャッキーの高弟”と名乗るベイビーによる悪行が目立ち始めている。
赤ちゃんが安全な存在だったのは今は昔。
現在は、赤ちゃんに遭遇してもヴィランであることを恐れなければならなくなっていた。
「パイパイママでちゅー!! ミルクくだちゃーーい!」
購買のババアの領域外の犯罪者なのが悪ベイビー。
そこに魔のオーラがあれば別だったが、今回は極めて貴重なケースだった。
バットマンが路上赤ちゃんをやっていた。
しかし、初めて会った時のような、”交渉の余地なき怪異”の気配はなかった。
故に、ババアは訝しんだ。
そこにいるのはただの赤ちゃんだったのだ。
バットマンが赤ちゃんをやる時に必要なバットガラガラ、バットよだれかけ、バットオムツ、それらの一切を既製品で固めていた。
まるでバットマンではなく、人間であるかのようだった。
「あなた、傲岸不遜(オギャリバブバブ)はどこにやったの?」
「ぼっくんにはもう必要ありまちぇん」
赤ちゃんはガラガラを揺らして微笑んだ。
これまでの邪悪で凶悪な笑みではない、憑物が取れたような無邪気な笑い方だった。
それはそれで不気味でもあった。
「あなたが傲慢を捨てたというの?」
「ぼっくんは長年、赤子(バブ)い奴でちた。そして、児戯(オギャ)らない奴らをむしろ愚かなお人好しと
馬鹿にしていたんでちゅ。それがちゅよさと認められまちぇんでちた」
「赤子(バブ)風味を捨てたのに赤子ではいようとするの?」
「BATMAN always wins.(バットマンは無敵)である担保を捨てても、
その強さが不要とは思いまちぇん。
自然派じゃなくなったからこそ
技巧(テクニカル)派赤ちゃんとちて1からやりなおちゅんでちゅ!!
ぼっくんは赤ちゃんでちゅから!」
さして親しくもないババアにとってはバットマンが何を言ってるのか少しもわからない。
わかることは”バットマンが根底から変わった”ということだ。
「そうなのね……私は赤ちゃんには詳しくないから
四十超えた親父がキショい戯言を並べてるようにしか思えないけど……
たしかに今の私には貴方は人間に見える。きっと、良いことなのでしょうね」
今のバットマンとババアの間合い。
相手にその気があればいつでも児戯(オギャ)れる。
そして、相手が児戯った瞬間にババアは討たれる。
怪異とは交渉するべからず、怪異の言葉を聞くべからず、
怪異の意志を考えるべからず、怪異の改心を期待するべからず。
一切の寛容と容赦を見せずにいたババアにとって、バットマンの変節は実に驚くべきものだった。
「それにしても、貴方じゃないならあの邪悪な気配はなんだったのかしら」
「この街は狙われてまちゅ」
世界最高の探偵が用意していた書類をババアに渡した。
事務書類にあたるものはほとんど触れないのが彼女。
相手の意図を掴みかねて首を傾げた。
「この書類を姉さんにわたちといてくだちゃい」
「貴方が直接渡したら?」
「ぼっくんはここで赤ちゃんをしないといけまちぇん。
きっと世界はまだ、赤子(バブ)いバットマンを求めてもいまちゅ。
なら0から始めないと! みんなをちんじて児戯修行(オギャトレ)でちゅ!」
「そう。がんばってね」
ババアはバットマンに別れを告げ、バットマンはガラガラを振って彼女を見送る。
彼に何が起きたのか、二度しか会ったことのない身にはわからない。
世界最高の探偵の変化は、平和にとっては危機であり、彼個人にとっては新たなる旅路の始まりだ。
「世の中、わからないものね」
怪異に言葉を許さないババアは、この日初めて、怪異の変化を認めたのだった。
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チベットの山脈奥深く、地元民は恐れをもって言及すら避ける秘境、魔境にそれはある。
ナンダ・パルバット。世界全ての忍者の祖が統べる場所。影に生きる戦士の話は跡を絶たないが、この地にいるのは根源忍者族、アラブ忍者である。
名をリーグ・オブ・アサシン、またはリーグ・オブ・シャドウ。
遊牧民の猛威、大航海時代、産業革命、世界大戦、インターネット社会、人類史すべてに関わり、時には直接の支配もしてきた。
その組織を束ね、組織と同じ年月を生きてきたのが悠久の歳月を手にした不老不死の怪人、ラーズ・アル・グールである。
「さあ、世界の声を私に聞かせよ」
文明の耳と目が届かぬ暗がり、長の間にて、忍達が跪き、頭を垂れながら、高速で見聞を共有していく。
「スーパーマンがファミリー化し、スティールがスティールワークスを創業。メトロポリスの防衛力が著しく向上」
「フラッシュファミリーに新たなスピードスター。名をブーム。
初代フラッシュのサイドキックで数十年の時を超え
、ゴールデンエイジに集団失踪した他のサイドキックと共に現世へと帰還」
「グリーンランタンがシネストロと激突。タイタンズ、ナイトウィングの戦力と版図が拡大」
「ゲギャギャギャギャ! ギャギャ! ギャーギャーギャー!」
ラーズ・アル・グールの耳に間諜以外の異音が聴こえた。
獲物を見つけた肉食昆虫のような獰猛さがあった。
ここは世界最強の忍者クランのアジト、闖入者が潜り込む余地などないはずだ。
「捕らえよ」
命じた瞬間、忍達は一様に手慣れた様子で声の主に刃をあてた。
忍者の源流たるアラブ忍者は一人一人がゴッサム市民並みの身体能力を有し、その上でゴッサム市民には到底持ち得ない規律と忠誠を持っている。
彼らにとっては侵入者の逃げ道を潰し、全方位から急所に刃を添えるなど造作もない。
「ギャギャ? ギャー……ギャギャ! For Darkseid!!(ダークサイド様のために!!)」
声の正体は一匹のパラデーモン。
アポコリプスが世界侵攻に用いる昆虫兵士だ。
通常は群れを成して動き、確認された限りでも一体だけで動くパラデーモンは極めて貴重な個体と言える。
「アポコリプスの消耗品が何故、ここにいる?」
「ギャー……ギャ! イー マー イー クー」
「?」
その言葉の意味を測る前に、侵入者は自らの喉元と口を両手で乱打した。
忍者が止める暇もない突然の凶行。
執拗に自らの口周りを殴るパラデーモンに、忍者の鉄の意志にも動揺が見えた。
「ギャー。よし、終わった!
いやあごめんごめん、おじゃましますを言ってなかったね。
おじゃましまーす! 忍者のみなさん」
その声は宝井清、ムチャおじさんのものだった。
ダークサイドと決闘して以来、行方知れずとされた宇宙で最もムチャな男が、リーグ・オブ・アサシンに来ていた。
「……これはこれは。
君ほどの男を招くことができて嬉しく思うよ、ムチャおじさん。
して、ここにはなにをしに? その姿は何だというのだ」
「ダークサイドはやっぱり強くてね。
私のムチャもまだまだと痛感したよ!
幸いにも乱入してくれた斉天大聖さんと共闘して押し返し、
なんとか消滅せずに、このアースに帰ってこれたってわけさ」
「ならばThe市に戻ればいい。それに、パラデーモンの姿をしている説明がつかん」
配下の忍に目配せし、隙があればすぐに殺せと命じてはいる。
だが、相手はあのムチャおじさん。
付け入る隙しかないのが、あまりにも恐ろしい。
「私の肉体は死んでいたからね。
しかし、幸いにも私の幽体は物質に干渉することができる。
だから自分の死体を操って泳いできたさ、ここまで!
なかなか面白いムチャだったよ」
忍の中からも徐々にどよめきが広がる。
チベットまでの海流、特にナンダ・パルバットの周辺は、漁師も絶対に寄り付かない荒波。
それをスーパーパワーもないただのムチャリストが泳いできた?
「それはムチャというものだ……」
「ありがとう。
それでまあ、ラザラスピットは枯れたって聞いたけどさ、
やっぱり探すとあるもんだよねえ。
スコップで掘ったらジャブジャブ湧き出てきたよ!」
「なにぃ!?」
ラザラスピットとは死者を蘇らせる不死の泉。
この世界のすべてのピットはラーズ・アル・グール直々に把握し、管理している。
このラザラスピットこそがあらゆる交渉の切り札であり、組織の命脈でもあるからだ。
それを新たに掘り当てるなど、通常ならば決してありえない。
ラザラスピットは温泉や石油とは訳が違う。
「それで早速、復活したんだけどさあ。
私もジョーカーくんとバットマンを見て思ったよ。”ちょっとこっちで強く成りすぎた”ってね。
彼らを見習って、私も弱さを求めた。
だからさあ……行ってきたよ、アポコリプスに!
そこでパラデーモンの素をもらってきたんだ!!」
そうこう言っている間に、リーグ・オブ・アサシンの根城が揺れ始めてた。
これは自然由来のものではない、地盤が崩れた揺れだ。
年の功でラーズ・アル・グールは見破った。
「貴様、何をした!?」
「みんなー! 背中の流しっこしよう!!」
ラザラスピットは鉄砲水となって次々に床から吹き出してくる。
しかし、いつもは深い緑だった液体が、マグマの赤色に変わっている。
まるでアポコリプスのファイアピットのように。
「まあラザラスピットを掘りすぎて地盤沈下しちゃって、
ここは沈むけれども、おじさんは恩返しを忘れない。
パラデーモンの素が使ってみたらすっごく良い入浴剤でね。
浸かっているだけで身体の芯からポカポカして
言葉を喪う気持ちよさなんだ!
なあに、パラデーモン化は一度死んだら元に戻るからでえじょうぶだ。
ラザラスピットで生き返れる」
「殺せ!! なんとしてでもその男の頸を跳ねろ!!」
そう言った長の足場が崩れ、ラーズ・アル・グールが脳天からラザラスピットに沈んだ。
遅れて部下の忍たちも次々に落ちていく。
不死の泉を使って人ならざる長寿を実現してきたラーズ・アル・グール。
骨格、内臓から組み代わり、パラデーモンに変化して這い上がる。
「ゲギャギャギャ!」
「よーしよしよし。貴方も束の間の変身を楽しんでほしい。
君のおかげでこうして復活できたのだからね」
「ゲギャー!!」
忍者の長だったラーズ・アル・グールが近くの忍者だったパラデーモンに襲いかかる。
ラザラスピットは決して代償なしの奇跡の産物ではない。
人の許容量を超えた神秘の力を流し込まれることで、蘇りたての頃は正気を無くした暴鬼となり、場合によってはそれがずっと続いてしまう。
「何故、ラーズ・アル・グールともあろう人がラザラスピットで正気を?
まさかこのピットは不良品なのか?」
試しに持ち運んでいたボールでラザラスピットを汲み、
日本から持ち運んできたブルーベリー味のフルーチェの素を混ぜてみる。
牛乳でないから不安だったが、少なくとも風味はきちんと酸味ある上品なものとなった。
「うん。まったく問題ない。そうだ、誰かフルーチェ食べる〜!?」
ラザラスピットでスイーツ作りするというムチャ。
それも彼にとってはいつもの試練の一つに過ぎない。
一方で、忍達はパラデーモンの素を振りかけたラザラスピットというものにまるで不慣れであり、
そんなムチャはいかなる忍術修行にもなかった。
宝井が大声で呼びかけるが、正気を喪ったパラデーモンが互いに喰い合い、ナンダパルバット毎沈んでいく。
返事がないため、ムチャおじさんは静かにフルーチェを食べながら目の前での惨劇を見物している。
忍者として厳しい訓練を潜り抜け、素晴らしい克己心を育んだ者達が正気を無くして一心不乱に共食いをしている。
「みんな楽しそうだから、邪魔したらマズいか。そろそろお暇しようかな。お邪魔しましたー!」
パラデーモンの大群を一人で相手にするのは、ムチャとしてはいささか小粒。
みんな後で元に戻る以上は、今は童心に帰った彼らをそうっとしてやるのが人情。
新たに生えた翅を羽ばたかせ、ムチャおじさんはその場から飛び去った。
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The市の警察。
それはすなわち地球最高の治安維持組織と同義だ。
戦闘力、タフネスだけで言えばゴッサム市警が上回るが、
ここの警察は賄賂が通用せず、
他の公務員と同じ給料で、命がけの仕事に従事している。
その上で街の狂気と悪意に呑まれる警察官を”ほとんど”排出せぬままに、今日までを生き抜いてきている。
The市の犯罪者というのは多くが思想犯、
暴行犯、殺人犯であり、取り調べをするというだけで
警察官の中には脳への負荷で鼻血が止まらなくなることが多々ある。
「さあ、話してもらうよ、ハガ市長。いや、元市長になるかな」
取り調べデスクに腰掛け、腕組みをしたナイトウィングが呼びかける。
元アポコリプス留学生にして市長という異色のパワー信者。
邪悪な企みを街に持ち込もうという目論見はシャザムによって阻止された。
「断る。君はどれだけパワーがある?
せめて炭素を握ったらダイヤモンドができるんだろうね。
そうでないなら悪いことは言わない。
今すぐ筋トレをしなさい」
「生憎とこれがベストウェイトなんだよ」
「とにかくそんな上腕二頭筋で私から話を聞くつもりかね?
君のパワーの在り方を否定はしないが、
屈するパワーは選ばせてもらいたい。私が好きなのは暴力系だ」
「シャザム。来てくれ」
埒が明かないと判断したナイトウィングは通信機でシャザムに連絡した。
ヘルメスの神速によって20秒と経たずに真紅の王者が到着した。
「忙しかったろうに悪いね」
腹痛を訴えて授業から抜け出したシャザムがデスクを強く叩いた。
やけに芝居がかった様子で、眉を繰り返し動かしながら、市長の鼻に人差し指を突きつけた。
「おう市長のおっちゃん! 負けたんだから大人しく洗いざらい話しやがれ!」
「ふむ。君に言われたら仕方ない。
アポコリプスはThe市の地下に新たな太陽を建設していた。
ここの土地は神話と地続きであり、死声を蓄えてもいるからね。
協力者は私が会った限りではラーズ・アル・グール、テラ・マルコヴ、デスストロークくらいだった」
「テラ……!」
どんな時でも飄々とした態度を崩さず、ジョーカーにすら冗談を嘯くディック・グレイソンをして、強い不快感と嫌悪感が浮かんだ。
わずか16歳にしてデスストロークに抱かれて情婦となり、彼の刺客としてティーン・タイタンズに潜伏していた恐るべきヴィラン。
その邪悪さ、攻撃性はまさに無尽蔵。
レックス・ルーサー、ジョーカー、ブラックマンタ、
リバースフラッシュという愛情と憎悪を履き違えたアークヴィランとは一線を画した、
ただただ悪意を固めた精神が、彼女にはあった。
戦士としても超一級のポテンシャルを秘めた彼女がこの街にいるというのか。
「ラーズ・アル・グールとデスストロークの狙いは?」
「さあね。私の関与するところではない」
市長に嘘はない。
彼は当然のように人を騙すことをするが、パワーで屈した相手には常に誠実だ。
「来てくれてありがとうシャザム。もう大丈夫だ」
「いいの? もっと時間がかかると思ってた」
「こういうのは長くやりすぎても意味がないんだ。
この手のタイプが虚偽を口にするとも考えにくいしね」
「じゃあ戻るけどなんかあったら言ってくれよな!
悪いことすんじゃねえぞ、おっさん!!」
神速でアメリカから来たシャザムは、帰る時も神速で帰った。
「これで取り調べもだいぶ終わったかな。
後は細かいところを話してもらうよ。アポコリプスの現状とかね」
市長の背中を押して市警と一緒に彼を留置場に連れて行こうとする。
シャザムの頑張りにより、頑固極まりない男の口が滑らかになったのは大きな収穫だ。
「残念だけど彼にはここで死んでもらうわ」
しかし、留置場への通路には音もなく昏睡する警察官。
次に、声がしたと思った瞬間には、ナイトウィングの脇腹をつま先が抉った。
「がっ!?」
「ナイトウィングさん!」
The市の警察官として多くの修羅場を潜り抜けてきた青年が銃を構えた。
「よせ!」
ナイトウィングが止めようとしても、
影に溶けた攻撃は拳銃を跳ね、手刀が警官の頸動脈を切り裂こうとする。
「おいおい、就労意欲に秀でた優秀な公務員は国の宝なのだよ?」
暗殺者の手刀を市長の掌が受け止める。
皮膚、肉、骨を突き破りはしても、力を籠めた市長のパワーは、それ以上を通しはしない。
「”悪魔の頭”からの指令よ。裏切り者を処刑せよと」
「心外だな。私は始めから君たちを捻り潰すつもりだった。
ただ言わなかっただけだ。何故かというとね?
それがバレて裏切り者と言われたら悲しいからだ」
緊急事態と判断した市長は丁重に手錠を指の力で千切り、拘束具を力任せに脱いだ。
本来ならこれだけで非常事態。
しかし、誰の目から見ても、彼の粛清に来た者は危険度においてずば抜けている。
暗殺者の名前はレディ・シヴァ。
”鋭い”印象の女だ。
皮膚を貫き、生命を奪うのに心も身体も最適化させた形だった。
リーグ・オブ・アサシンの最強戦士にして、宇宙で3本指に入る体術の達人。
バットファミリー最強のファイターであるカサンドラ・ケインの実の母でもある。
「キャスが悲しむな……」
脇腹を押さえてナイトウィングが血のついた口元を拭う。
「あの子はもう自分の道を選んだはずよ。
選んだ道を生き抜くだけの強さは仕込んだ」
「もしや君の娘もヤリマンか?」
「なんですって?」
同じ娘を持つ親としてシンパシーを抱いた市長が質問をし、シヴァは眉間に皺を寄せて一瞥した。
相手の非常識な発言に、素直に不快感を抱いているのがわかる。
「すまない。彼に悪気はないんだ」
「…………どういうこと?」
シヴァが苛立ちを現す。
「悪気なしに他人の娘をヤリマン呼ばわりする?
彼の発言を訂正しないなら、
娘を貴方達に預けることについても考え直す必要があるわ」
「そこは否定しようがないんだけども……彼はこういう人で……」
「でやー」
隙ありと市長が拳を振り下ろした。
暗殺者が最低限の動きで相手の関節を5度突くと、人体力学レベルで動きが止まる。
痛みや動きという問題ではなく、人体そのものが動かない。
「でや?」
シヴァの背後からナイトウィングが回し蹴りをするが、それよりも速く、敵の踵が彼の膝を踏みつけるように蹴る。
脚の関節が逆方向に曲がり、ナイトウィングが派手に転がった。
「すまなかった。ただこれだけは覚えておいてほしい。
私の娘もヤリマンなんだ。おまけに娘が求めているのは弱々ちんぽ、
参っちゃうね。君も超強く育てた娘が弱々を求めたらどう思う? 困っちゃうよなあ!!」
「…………思い当たる節がないではないけれども、
とにかく娘に使う形容詞じゃないわね。
貴方に悪気がなくとも、私は甚だ不愉快になったわ。
貴方の娘、私の娘、私、あと娘の親友に謝罪しなさい」
「謝るんだ、市長。”その気はない”で済む発言じゃない」
膝にバットギプスを嵌めたナイトウィングが、足の調子を確かめつつ、市長を窘めた。
「ごめんなさい」
頭を下げる市長の顔をシヴァのつま先が跳ね上げた。
それを無事な方の手で受け止め、足首を掴み、腕力でへし折る。
「ナイス!」
ナイトウイングがスティックを振るってくるのを、
シヴァは市長のパワーを軸に体を捻り、無傷な脚で踵落としを決めた。
鈍い打撲音の中に高音が混ざり、
咄嗟にスティックを挟んだナイトウイングの鎖骨に罅が入った。
「でやあー」
自らの腕力を利用されてどうするとか思いきや、市長は手を離さずに、回転をする。
禁断の片腕ダブルラリアットを続け、壁という壁にシヴァを打ち付けていく。
7回目にシヴァが身体を折り曲げ、市長の手にしがみつき、
親指を隠しクナイで縦に切り裂いた。
「でやぁっ!?」
レディ・シヴァの強敵さは無能力だの人間だのという枠に到底収まらない。
デスストロークでさえ無限の再生力を活用した上での強さだが、
シヴァはそれも無しに超人、超生命体を凌ぐ強さを持っている。
暗殺者が着地して次のアクションに移るのは同時。
それよりも速く、ナイトウイングが両脚を頸に巻き付け、裸絞めの形を取った。
頸動脈を圧迫し、脳への酸素の供給を絶ち、意識を奪いに行く。
腕を差し込んで抜け出そうとする。
しかし、アクロバティック使いのナイトウィング、
サーカス育ちのディック・グレイソンにとって、
脚使いほど自信のあるものはない。
「プリケツの異名は伊達じゃないんだぜ」
締付けをさらに強め、シヴァの頸を吊り上げる。
「おお、凄いじゃないか」
近くのパイプ椅子を持ち上げ、トドメを刺そうと市長が近寄ってくる。
レディ・シヴァ相手にそれは過剰な攻撃では決してない。
彼女にまともな形で勝利を収めたことがあるのは、愛娘のカサンドラ・ケインのみ。
ナイトウイングと市長の急造タッグではこうまで苦戦するのも当然。
言ってしまえば市長の技術では、仮に五体を封じたシヴァに全力でパイプ椅子を振り下ろしても、絶命させることは不可能だ。
「死ねえ!!」
パイプ椅子を大鉈が如く下ろす。
アサシンの長く前後左右自在に撓る脚が、ディックに頸を極められていても、パイプ椅子に踵を通し、軌道を逸してナイトウィングの肩を打たせた。
「………………ッ!!」
絶叫するのは我慢したディックだが、頸にかかった脚の力が弱まる。
起き上がったシヴァが逃げ惑おうと藻掻く青年の顔に拳を振り抜いた。
拳と床のサンドイッチになったナイトウィングの意識が途切れ、ビンと伸びた脚がそのままに落ちる。
戦い慣れてあらゆるスキルに精通したナイトウィングから先に落せば、残るは市長のみである。
パワー偏重の男など、このレベルのアサシン、忍者ともなれば、闘牛士が猛牛を手懐けるより容易い。
「でやあー!」
しかし、そんなシヴァの判断は、市長が両腕で彼女を殴打し、意識を断ったことで無駄に終わった。
攻撃から逃れるフリをして、市長の外れた腕をディックが己の足を使って嵌めた。
長い髪を振り乱して倒れたシヴァを留置場に放り投げ、ナイトウィングに応急処置をする。
自分の傷に目立ったものはないのを確認し、深く息を吸って叫んだ。
「The市のパワー恩赦条例の適用だ! 私はひとまず定時前に上がらせてもらう!!」
監視カメラに宣言し、市長はその言葉通りに早退の準備を始める。
パワー恩赦条例とは、市長が無理矢理押し通した暴力式条例だ。
曰く、”市長は留置場内にてまだ裁判で判決を受ける前であるなら、
犯罪者を現行犯逮捕した場合、
それが宇宙人や忍者、メタヒューマンなら恩赦が適用される”というものだ。
市長は変わらずこの街を支配する。
彼がパワーを信仰し続ける限り。
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マン。The市が誇る偉大なヒーロー。
だが、彼が暗黒都市において果たす役割はそれ以上に大きい。
「ふん、無様だなバットマン」
ゴッサムの犯罪者、トゥーフェイスが全身を拘束され、磔になったバットマンを嘲る。
右顔面は理性、左顔面は悪意を司る風貌の彼は、総合すれば狂気の体現者だった。
「やるなら早くしろトゥーフェイス」
彼を急かす全身を分厚い筋肉で覆い、凶悪な薬物のヴェノムを背負った強豪ヴィランのベイン。
名誉と自己顕示欲、そして最強の座を求めて、彼はバットマンの正体を掴みながらも、あくまで戦いで勝利を収めることに拘っていた。
「まあ待て」
トゥーフェイスはコインを指で弾き、宙にトスした。
美しい垂直の軌道を描き、手の甲に落ちたそれを、確認せずに手を被せる。
「表なら今殺す。裏ならしばらく利用する」
手をどけた場所にあったコインは、表を指していた。
「よし、トドメを刺せ」
「今日は随分と弱かったなバットマン」
十年以上を通して強靭さ、傲慢さ、揺るがなさの原動力になっていた自然派赤ちゃんという属性を捨てたバットマン。
新たに技巧派赤ちゃんという属性を身に着けようとしていても、やはりまだ未熟。
ベインを相手に不覚を取ってしまった。
今のバットマンはさながら、赤ちゃんブルース・ウェインから、少年ブルース・ウェインに代替わりしたようなもの。
十全に機能しろという方が無理であった。
人間は赤ちゃんでなくなれば、赤ちゃんの生き方を忘れてしまうようにできている。
「まさか……別人か? どちらにせよ殺せば終わりだ」
「ヘアッ」
覇気のないしわがれた声が、廃工場の暗がりに弱々しく響く。
細身の老人がマスクをつけて両腕をチョップの形で前に出していた。
ベインが撫でただけでポキリとへし折れるだろうフィジカル差。
しかし、その場の全員が老人の登場に息を呑んだ。
「マン…………!!」
「引退したんじゃなかったのか」
「信じられねえ、The市の守護天使にお会いできる日が来るなんて!」
「クソッ、ここじゃなかったらサインをお願いしてたのによぉ……!!」
The市の現地雇用犯罪者がサンタさんを目にした子供のようにはしゃぎだす。
しかし無理もないことだ。
明日の生命も知らない暗黒都市の市民にとって、ヒーローというのは否定し難い救いのシンボル。
「老いても精彩に欠けは無し、か」
ベインがマスクを外し、素顔を晒す。
真の強者と認め、全身全霊で立ち向かうと決めた者に一度はやる儀礼だった。
「NO MASK(素顔でやるぞ)」
「エアー……」
頷いたマンもマスクの位置を直し、シャツの裾をパンツに入れ直した。
それが彼のNO MASKの形態だった。
「バットマンと同じか」
不愉快そうにベインが吐き捨て、かつてのThe市の守護者へ殴りかかった。
マンとベインの体格差は圧倒的。
見た目だけでも腕の太さは10倍、胴体は8倍、胸板の厚さは5倍はある。
静かに、盤石のフォームでマンが腕を突き出す。
ベインの拳と正面衝突し、両者の腕が跳ねる。
次の攻撃を繰り出すベインの懐にマンが潜り込む。
全盛期とは程遠い老人の動き。
しかし、スーパーマンに徒手空拳で勝利を収めたとされる
伝説の拳法家、イー・チン老師にも通じる鋭さ。
極限まで無駄を削ぎ落とした動き、フックが、
ドラッグによってムラのある動きを持つベインの頬に突き刺さった。
「……!」
膝が震えたベインが口から流れる血を指で拭う。
「面白い。面白いぞ、マン!」
「へあーーーーーーー」
ベインが距離を取ろうとするも、歴戦の勇士であるマンはさせない。
これほどのフィジカル差で距離を取るのは愚策。
”愛の拳”で超人も怪異も神々も倒してきたマンは、距離などに左右されるレベルではない。
ベインが何度もステップを刻んで後退しても、動作の出始めに、マンが相手の膝の裏に腕をかけてついていく。
「くっ……!」
巨体では超密着状態のマンへの攻撃にも体重を載せきれない。
通常ならば同じことを考えてくる者がいても、すぐに肘や膝、それこそ体当たりを使えば造作もない。
「エアッ」
腕だけの力で掌底をしようとするも、それより速く、マンの人差し指がベインの鼻をつく。
マンを相手に小技を出すのは危険が大きすぎる。
少しの隙があれば容易く動きを読み取られ、さらにはカウンターをもらうような気がしてならない。
ベインはこれまでずっと、老人達のヒーローチーム、
ジャスティス・ソサエティ・オブ・アメリカを、
バットマンの足元にも及ばない実力の分際で
歴史を盾に過大評価を得ているハリボテと思い込んでいた。
「クソッ……」
ヴェノムを摂取し、力を高めようとするも、マンにそれは悪手だ。
卓越した技術を持つファイターを相手にすれば、
ヴェノムの薬効で思考から冷静さを消すのは恐ろしすぎる。
「へあっ」
「”薬物で強くなる無意味さがわかっただろう”?
知った風な口を利くな老いぼれめ!!」
頭に血が昇ったベインは、背中に背負うヴェノムの残存容量すべてを大動脈に注入した。
普段から巨大なベインの全身がさらに太く、大きくなっていく。
「へあへあへ〜〜」
全長5mにも膨らんだベイン。
大型化が進むThe市ヴィラン界ではさして珍しい大きさではないが、
ベインが巨大化したとなれば警戒すべきではある。
この廃工場の外にでも出られたら、あまり良くないことになるからだ。
「手助けしよう」
しかし、それも空間を燃える緑の光が包むまでのことだ。
正気をドラッグの海に沈めたベインが、緑の光で出来た檻に閉じ込められた。
「ベインが負けた!! やっぱマンは偉大すぎるぜえ!!」
「待て! あの緑の光は……!!」
「初代グリーンランタンだぁ!!」
憧れのマンの戦いを観戦していた犯罪者達が、もうひとりの暗黒都市の守護天使の参戦に沸き立つ。
「これは実に珍しい光景だ。お前たちも牢獄に行く前によく拝んでいくと良い」
そう言って拘束から抜け出したバットマンが、
バット色紙とバットサインペンを犯罪者たちに配っていく。
「うわあサイン色紙だぁ!」
「ありがとうバットマン!」
「気にするな。これが終わったら全員懲役刑だ」
「違いない」
「戦力差を見てもどうしようもねえや!」
「こういう時、一人だけ精神病棟送りなボスが少しずるく見えちゃうぜ!」
敗北を悟ったトゥーフェイスと部下たちがどっと笑う。
犯罪者というのは臆病で迷信深いもの。故に彼らの心の氷を溶かすのは並大抵のことではない。
しかし、それを可能にするのがマンと初代グリーンランタン。
これからバットマンに全身の骨を丁寧にへし折られるとしても、
それまでは永遠の想い出を犯罪者に作って欲しいものである。
「久しぶりだな、マン」
「へあ」
「そうだな。お互い老けた」
初代グリーンランタンは第二次世界大戦期から活躍した古参の中の古参ヒーロー。
正確にはマンはだいぶ歳下になるのだが、
宇宙一と二の暗黒都市を守ってきた共通点から、二人は古くより固い絆で結ばれていた。
「信じられねえ……二人が同じ場所にいて話してるぅ〜〜」
「おい誰か話しかけてこいよ」
「ムリムリムリ、犯罪者が話しかけてくんなって言われたら死にたくなる。そうだバットマン! あんたが行ってくれよ」
「馴れ馴れしいぞ犯罪者が」
「な!? バットマンに言われるのは良いけど、
これをあのお二人に言われるの想像したら耐えられないだろ!?」
悪党とバットマンが固唾を呑んで見守る中、
初代グリーンランタンのアラン・スコットは少し躊躇いを見せた。
「実はここに来たのは、引退したお前の力を借りたいのもあるのだが、なによりも伝えたいことがある。とても個人的な話だが……」
唇の動きを読んだバットマンは、バットスモーキングボムを投げてファンボーイの目と耳を閉ざした。
「うおぅ、なにも見えねえ!」
「だが無理もねえ。なんだか大事な話みたいだったしな!」
「プライバシーは大事にしないといけねえぜ!」
少し前までのバットマンなら、こういった発言を嘲笑い、バットドローンで盗聴と盗撮をしたものだった。
成長をすると、子供の頃の振る舞いは恥ずかしくなるというものだが、今の彼もまさにその心境だった。
アラン・スコットは躊躇いがちにマスクを外し、マンの目を見て言った。
「私はゲイだ」
「ゑっ」
同じ理想、酷似した環境で戦ってきた両者。
数十年の付き合いであり、互いのことは深く理解し合っているつもりだった。
出会って30年は経つだろう旧友をずっと騙してきたことの謝罪を、マンはただ一つのハグで水に流した。
ベインと渡り合ったことでなく、このハグこそが、
マンが全盛期と同じヒーローだと、雄弁に知らしめていた。
「ありがとう、友よ」
グリーンランタンが涙を流した後で、暗黒の騎士が少しだけ気まずそうにしながらも、
黒い板とサインペンを差し出した。
「お取り込み中のところを失礼いたします。
お二人のサインをいただきたいのですがご迷惑なかったでしょうか?」
「おお、もう行ったぞ!」
「流石はバットマンだ……空気を読むって概念が存在しねえ!!」
その場の誰もがお開きを考えたタイミング。
そこを踏み込んだバットマンに、
今代の暗黒都市の守護者の力量を見、犯罪者達が改めて感心した。
サインを貰ったバットマンが満足そうに頷き、他の者達にも手招きした。
「お前たちもせっかくだからもらっておけ」
「いやったあ!」
「バットマンて優しいじゃん」
「お言葉に甘えるぜ〜」
部下の犯罪者達が、
二人のサンタさんを相手に思い出づくりしているのに遅れ、トゥーフェイスがコインを放った。
「表が出たらサイン、裏が出たら――」
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千里眼、またはヴィジョンアイ。
未来が見える、遠くを見渡せる、隠し事を掬い取る、種類も強度もさまざまある。
しかし、The市にいる元少年の少女、
最上カツオの千里眼は”識別”という効果においてずば抜けていた。
感情、正体、強さ、性能。
未来と遠隔地以外のすべてを見通すその瞳は、
宇宙でも極めて貴重であり、それが故にかつて少年だった彼女は、
美しすぎる人を目にしたことでチンチンを無くして女の子になった。
「だからさあ!
最近、仲良くなったウェイドさんって人がすごくいい人でさあ!」
幼馴染の少年が言う。
β高校の一年生である彼は、夢精王の異名を持つサッカー少年だ。
この世の万物に勃起する男子中学生の性欲を、異常教育によって数百倍に強めた異能者であった。
カツオ、通称”定規”によって無限勃起状態は克服したが、この一週間はさらにコントロールする術も修めたようだ。
そして、それを可能にせしめたのがウェイド・ウィルソンという白髪、白髭の大柄な紳士らしい。
「良かったですね。いつか紹介してくださいよ」
ジュースのストローから唇を離して定規が言う。
ノリオの部屋でスパッツにシャツというラフな格好。
それぞれ中学生と高校生の幼馴染な男女が同室でいるには少し隙が多い服装。
だが実際に近頃のノリオの安定性は目覚ましいものがある。
定規の眼で見てみても、この3日間、巨乳への勃起数は0と出ている。
代わりに自分に興奮した数は1回。
そのウェイド・ウィルソンとやらのことは気になるが、
ノリオがようやく定規の魅力を理解し始めたと言うなら喜ばしい限りだ。
「ところでカツオって高校どうすんの?」
「そうですねえ……β高校って言ったらどうします?」
「マジで!? 一緒の高校とか最高じゃん!
じゃあ朝練ないときはさあ、一緒に学校行こうぜ!」
「朝練あっても一緒に行けますよ」
「えー、でもうちの部活、朝は早いぜ?
カツオが暇してたら悪いじゃん」
「どこにいても暇つぶしに困ることなんてそうないでしょ。
練習を観てますよ」
スマホでいつものようにサッカーの試合を観ている。
プライバシーは尊重しているつもりだが、自分が隣にいるのに巨乳動画を観られては面白くなくて当然。
強く止めはしないが、それでも気になって、事あるごとにノリオの勃起対象と勃起数をチェックしてしまう。
「それにサッカー部のマネージャーになるかもしれませんし。
これなら一緒に朝練行くのも当然ですよね」
ノリオの反応が気になって、体育座りをしながら横目で反応を見た。
「おー、いんじゃね?」
「”いんじゃね”?」
「この間、見学した時も先輩に気に入られてたじゃん。たしかにそれが良いかもなあ」
「…………ノリオくんは」
横で仰向けになっている少年の顔、その両横に手を置き、ウィッグの長髪で覆うようにする。
少し恥ずかしいが、こうやって”教育”をしないと、
無限勃起を特性に持つ夢精王がどうなるかわかったものではない。
「僕がマネージャーになるのをどう思いますか? 一緒に毎朝登校するのは?」
顔が赤くなるのを自分でも感じる。
迫られた少年は戸惑ったように視線を定規の眼、額、髪の毛、それから下に降ろしていく。
びくんと震えたと思うと、上下から逃げるように彼女の腕の間を抜け、立ち上がった。
「ごめん、走ってくる!」
「返事は!?」
「とにかく走ってくる!!」
ハーフパンツを突き破らんほどに隆起したペニスのテント。
それを振り切るように、少年は部屋を出て外を走った。
「またお家に僕だけを置いて〜〜」
幼馴染とはいえ、不用心すぎる。
けれども、悪い気はしない。
元男だったからというのはあるだろうが、
ノリオが自分で勃起するというのは、
他人に勃起されるのと違い、身体の奥がむず痒く、
少しふわふわした気分になる。
「フフン」
部屋にある鏡に映る定規が得意気に笑う。
とりあえず、彼が走り終えた時のために、
彼のコンディションに完璧に合わせたスポーツドリンク、
汗ふきタオル、彼が一番好きな温度のお風呂を用意しておこう。
────スレイド・ウィルソンの勃気が定規へと放たれた。
「精気レベル8兆……!? 人間が……神でも抑えられる性欲じゃない……!!」
定規は千里眼をスーパーパワーに持つ。
それに加えてThe市に住んでいるのなら、
正気を喪うレベルの悪意と性欲、狂気には慣れているつもりだった。
だが今、勃起しているのは、宇宙最強の傭兵と名高いスレイド・ウィルソン、通称デスストローク。
あらゆるヴィランを過去にする息苦しい勃気だった。
ウェイド・ウィルソンはデスストロークだったのか。
その事実に行き当たるより前に、
家主のいない間取りを一直線で通り抜け、
ノリオの部屋、定規が息を止めた空間の前で足音が止まる。
「定規、最上カツオだな」
渋い、含蓄のある声色。
使いこなれ、手入れを怠らない銃器のような歴戦の響き。
少女とて、千里眼がなければ、
この勃気に怯える大気の乱れを視認していなければ、
ウェイド……スレイド・ウィルソンに心を動かされていただろう。
それは子供を導く厳父の声に聞こえたのだ。
「入ったらどうですか?」
恐怖を感じる肉体が思い通りに動かない。
スマホを操作して助けを呼ぼうとして、手から取りこぼしてしまった。
「電波ジャミングを仕掛けてある」
部屋に入ってきたデスストロークを見て、少女は素直に”無理だ”と悟った。
スーパーマンとも渡り合うという猛者。
その壁は定規のような少女には言葉以上に隔絶した壁だ。
「ノリオくんに何をするつもりですか」
「安心しろ。彼にもう興味はない。それもお前次第だが」
ここを乗り切るのに必要なのは暴力ではなく会話術。
相手の要求を逃さず聞き取らなければ。
「俺に協力しろ」
「どういうことですか?」
「俺の中にいる悪竜を消す。最低でもコントロールの仕方を修める。お前にはその手伝いをしてもらう」
「それは……セックス依存症のことですか? 僕にそんな知識も技術もないですよ」
「鍵はお前の眼だ。その眼には俺も理解できない俺をわかる力がある」
入り口、定規にとっては出口の所に陣取ってデスストロークは話を続ける。
疲れ切った、人生に失敗した大人が見せる哀愁だった。
The市ならじきに狂人の喰い物にされるところだ。
もっとも、デスストローク自体が性欲の狂人、魔神ではあるのだが。
「もう、無理なんだ。
俺だけでは、これまでの俺とは別の何かになれない。
頼む。俺には家族が、息子と娘がいるんだ。
こんな……ロリマンファッカーと呼ばれるような人間ではいたくない」
デスストロークがどんなことをしてきたのか、それは知る余地もない。
懸念事項があるとすれば、性遍歴を確認してみると、正確な時期がなくともたしかに所々でありえない年齢の相手と性交している。
これがデスストロークの治したい悪竜ということか、まるで国木のような性欲だ。見境がない。
「……わかりました。協力します」
聞いたところではスレイド・ウィルソンに悪意はない。
異常性欲の治療を求めているのであれば、刺激せずに協力をすべきだ。
ノリオの生命を握られているのだからどうしようもないのもある。
「僕にできることならなんでもします。だからノリオくんとは縁を切ってください」
懸念事項があるとするならば、今も勢いが衰えないデスストロークの異常勃気。
本質の掴めない圧倒的な性欲が意味するところは気になる。
これもスレイドが抱えるドラゴンの一つと思えば、呑み込めなくはない。
選択肢がないのだから、どちらにしたって同じことではある。
「騙されてはダメよ」
「ハルナさん!」
定規以外にも勃気を探知できる人間はいる。
それが近頃は勃気博士としてめきめき頭角を現してきたハルナだ。
窓から入ってきた彼女が定規とスレイドの間に入る。
「ごめんなさい、玄関からじゃなくて」
「いえ、ぜんぜん大丈夫です!! 来てくれて安心ですよ!!」
シメたと定規は思った。
この宇宙で最も美しい存在の一人だろう彼女は、
勃気の専門家であり、それ以上に相手の勃気を下げられる。
デスストロークを鎮めるのに最適の人物だ。
「この人の発しているのはハラスメント勃気。
立場、力が下の人に上から接して、
相手の気持ちと尊厳を押しつぶすことに性的興奮を抱く勃起をしているわ。
そういった人の話をまともに聴いてはダメ。
全てが自分の欲求のためで、本当に意味のあることは一つも口にしないんだもの」
国木の相手をいつもしているだけのことはあって、なるほど大した理解力と分析力。
千里眼では判別できない、判別しようという意識を持てない相手の勃気の種類を特定し、相手の本質も掴んでみせた。
スーパーパワーによるものではなく、純粋な検証と思索による成果だ。
定規の眼をして曇っていた判断力が、ハルナのおかげで急速に回復していく。
正気が戻ってくるとよくわかる。
あんなに勃起しながら話す男など危険しかない。
「いきなり出てきて好き放題言う……だがその知識。使用(つか)えるな」
「────私の眼を見て」
ハルナは定規とはまた別種のスーパーパワー持ちだ。
この世にありえない美貌は、無条件で相手に愛される魅了の効果を持っている。
その一方で、行き過ぎた美により、畏敬の念を植え付け、勃気を強制的に消す能力もあった。
「これは…………」
ハルナのスーパーパワーにあてられたデスストロークが呆然と呟く。
彼にとっても無限に湧き上がる性欲が自然と消えていくのは初めての経験だったに違いない。
「素晴らしい……俺のドラゴンが……たちまち……」
張り詰めて余裕のなかったスレイドの全身が弛緩し、安らぎとも言うべきものが見えてきた。
無理もないことだ。これほどの性欲魔神、性欲が消えるということがめったに無いはず。
「さあ落ち着いて。
勃気に呑まれてはダメ……ハラスメントはやってはいけないことなのよ。
落ち着いてから改めてより良い方法を探しましょう。
勃起が収まれば冷静に話し合えるわ」
「素晴らしい」
慈愛の女神と言えばワンダーウーマンだが、彼女の愛にはどうしても悪をげんこつでぶん殴る類のものがある。
反面、ハルナの愛は悪人にこそ都合の良い寛容、優しさがあった。
デスストロークがハルナの差し伸べる手に手を重ねる。
眼帯ではない方の眼が、ただただ暖かな光に触れて泣きそうなくらいに揺れた。
「……お前も回収する」
勃起が元に戻った。
それに定規が気づくより速く、スレイドの拳がハルナに刺さった。
護身術を嗜んではいても、あまりに力に差がありすぎる。
「尻を出してこちらに向けろ」
気絶したハルナを無造作にベッドに放り、ベルトを緩めてスレイドが早口で強要してくる。
ハルナは勃気を分析し、勃気を減少させる。
しかし、彼女はまだ異常性欲者の気質を理解していなかった。
勃起とは急激に高まるほど理性を奪ってしまう。
ヒーリングファクターにてドラゴンの本性を解き放たれた者ならなおとのこと。
「下手に出るつもりだったが、こうやって俺を支配、操作しようというなら仕方ない。
尻を向けろ、お前を抱く。それを軛にし、俺への絶対の協力の証明にする。
夢精王にはもう用はないが、尻をしまうか、抱かれるのを断ったら殺す」
「ま、待ってください! 僕は中学生ですよ!?」
「お前も俺を馬鹿にするのか!!」
血走った眼で勃気を暴走させたデスストロークが怒鳴った。
「ひっ」
「たった数回。たった数回、数人を抱いた程度で、
お前たちは俺をロリマンファッカーロリマンファッカーロリマンロリマンと後ろ指をさす!
俺が抱いたのはすべてお前達ガキどもが幸せになるように考えてのことだ!
俺に抱かれ、俺に従い、俺の命じるままに生きれば、
お前たちは才能を無駄にせずに生きられる。
何故、それがわからない!!」
ずっとわからないことがあった。
何故、ティーン・タイタンズとデスストロークが宿敵同士なのか。
ジャスティス・リーグと戦うことも多いデスストロークの宿敵が、
どうしてティーン・タイタンズ、タイタンズ、ロビンに執着するのか。
その意味がようやくわかった。
この男は、少年少女の人生と才能を支配し、
思うように搾取することの無上の悦びと興奮を覚えるのだ。
故に、全宇宙の少年少女は若く、可能性があるだけで、デスストロークをアークヴィランに持ちうる。
「…………わかりました」
観念した定規は、素直にスパッツを脱いで、躊躇ってから下着も脱いだ。
上手くやっていたつもりだった。
こんなことにはならないはずだった。
だが、結果はこうだ。
”この世界に生きる限り、避けられない絶対の運命はある”。
ずっとノリオが初めての相手と信じていた自分が馬鹿だった。
「……グスッ」
なのに涙が止まらない。
The市に生きるなら覚悟しないといけない。
デスストロークに狙われたなら、こうなることも織り込み済みであるはず。
どうしてかはわからないが、堪らえようとしても涙がとめどなく頬をつたって流れる。
「ああ……!! 良い子だ。本当に、賢くて、美しくて、才能のある良い子だ」
そんなことを耳元でねっとりと囁く。
己の言葉でデスストロークの獲物が硬く、巨大に、禍々しさを増す。
デスストロークは自らの腰を定規に向けて深くまっすぐに突き出し「此処から先は両想いだ」
「ナニィ!?」
「国木さん!!」
マンの後継者であるThe市の守護天使。
お尻警察がデスストロークのお尻を取っていた。
邪悪な勃気を見逃さない。
この街のバットマンがそこにいた。
「馬鹿な……!? 俺の手駒を全て片付けたのか!!」
「あの悪いお尻達か? 何故、同時多発敵暴行が発生したのか不思議だったが……つまらないことをするもんだな」
お尻警察の怒張したディックがデスストロークのお尻に添えられている。
神出鬼没、悪いお尻を見逃さない。
それが国木という青年。
肛門を取られたスレイドが、
猛っていた勃気が嘘だったかのように、お尻警察に懇願する。
「頼む。見逃してくれ。
ようやく掴んだ、更生への手がかりなんだ。
お前たちヒーローも、
ヴィランが正しく生きるようになるのは望むところだろう」
「何を勘違いしている?」
普段は何を考えているのかわからない。何も考えていない、性欲を満たすことしかないと思える国木。
しかし、そこにあったありえない”激しさ”に、意識のある者、全員の表情が強張った。
「ダメよ国木くん」
彼の感情に呼応し、ハルナが朧な意識の中で、友を優しく諭した。
「怒りの勃気に囚われては駄目。貴方は……どんな時でも口先だけの愛を掲げてないと……」
「…………わかっている。お楽しみに口を挟むんじゃあないぜ」
深呼吸をし、国木を燃やしかけていた激しいオーラが静かなものに変わった。
相手の腰を掴む両手に力を込め、国木は穏やかに言った。
「バットマンは言った。悪人は臆病で迷信深いと。
けれど、けれども、だ。俺は知っているぞ、ヴィランよ。
コスチュームを着た裸の状態で、卑しく悪いお尻をくねる者達よ。エッチの化身達め。
俺はお前たちをわかっている。国木を誘っているんだろう?」
「…………なんだと?」
「国木を誘っているんだろう?」
国
木
を
誘
っ
て
い
る
ん
だ
ろ
う
?
そこには塵、髪の毛、薄皮一枚、苺フレーバー0.1mmの極薄も挟まない、虚構なき確信と真心があった。
今の国木の全身には真実と正義が漲っていた。
そしてこれからアメリカ人を愛するからアメリカンウェイも達成だ。
「安心しろ。俺があんたのスーパーマンになってやる。レックス・ルーサーみたいにしてやるよ」
「笑止!!」
だがデスストロークもさるものだ。
こんな事もあろうかと肛門に小型プラスチック爆弾を仕込み、奥歯に仕込んだスイッチで起爆させた。
文字通り菊紋が爆発し、部屋を爆風が包み込む。
ハルナや定規の安全を一顧だにしない、スレイド・ウィルソンの本性が現れた攻撃。
「貴様ごときが俺の背後を取り続けられると……!」
「ひとりじゃないぜ?」
爆風に包まれても、国木はそこにいた。
爆発に耐え、全身を血だらけにし、一部は骨が露出しても、
勃起ペニスをデスストロークの、
超速再生した尻の割れ目に当てている。
「そこまでよスレイド!」
「ワンダーガールか!」
銀河の星々をあしらった黒のコスチューム。
美しい黒髪に、瑞々しい若さを讃えた美女。
ドナ・トロイ、ワンダーガールが定規とハルナを守っていた。
「さあどうする?」
前門にワンダーガール、肛門に国木。
この挟み撃を味わったヴィランは、有史においてデスストロークが初めてだ。
「……貴様らの命は今日ここで終わる」
「おっと、両想い!!」
エスクリマスティックを両手に構えたスレイド、動きを察知して肛門を愛そうとする国木。
先にデスストロークが死の旋風を巻き起こす。
ナイトウィングと互角、どころか圧倒する棒術の冴え。
それをもってしてワンダーガールを攻撃。
セミスキラの戦士の技量を上回る技に、ワンダーガールは押された。
「大丈夫です、ワンダーガールさん。こいつのお尻からは離れませんよ!!」
デスストロークの跳躍、突撃、撹乱。
すべてを逃さず、国木はついていく。
人間にはピンチ力というものがある。
言うなれば物をつまむ力、僅かな突起でもそこを支点にする力。
一流のロッククライマーやアイスクライマーは、滑らかな岸壁でも、
ささくれ程度のとっかかりを頼りにエベレストだろうと登頂してみせるのはあまりにも有名。
そして、国木程の愛の戦士ならペニスの雁首だけで肛門の皺にピンチ力するのは自明の理であった。
「頼りになるわね! そのままお尻を牽制して」
「大丈夫です。このまま愛を注いで見せますよ」
「フッ、言うわね」
戦士の顔でドナが不敵に笑う。
スレイドの裏拳が国木の鼻っ柱を捉え、尾骨が粉砕される音がした。
国木は離れない。
ドナの拳がスレイドの頬を捉え、国木の国木が背後を打つ。
前と後ろの挟撃、これにはヒーリングファクター持ちのスレイド・ウィルソンをして抵抗は不可能。
右の頬を殴っては左の尻タブを愛し、
左の頬を殴っては右の頬尻タブに擦り付ける、
上に強く斬り上げたと思えば、下に優しく腰を突き出す。
即席とは思えない。愛属性の戦士同士が成し得る完璧な連携。
それがデスストロークを倒した。
意識を喪い、膝から倒れた世界最高の傭兵を、ドナは即座に神器の縄で拘束した。
「お手柄ね、新人ヒーロー!」
笑顔で手を差し伸べるドナに、国木は力なく首を振った。
かなりの強行軍だった。
途中で出会った犯罪者が5人、傭兵ゴリラが2人、海底人が1人、スレイドの勃気を探知し、全力でここに走ってくる途中で、残さず倒し、愛することをお預けにしてきた。
ムチャな動きで筋繊維が断裂し、肺が酸素を求めて喘ぐ。
「よっぽど大事なのね」
バットマンの連絡を受け、共同で事態にあたった。
タイタンズに任せても良かったのを、満身創痍で友人たちを助けに来たのは国木の意志だった。
「あいつにはまだ利用価値がありますからね。後は俺がデスストロークを連れていきます。ここは俺の街ですから、当然です」
手足を拘束した犯罪者。それを何処かへ連れて行こうとする国木。
手をかけようとしたところを、絶世の美少女が止めた。
「なんだハルナ。お前……正気か。こんだけ頑張った俺に、ちょっとのご褒美を見逃すこともしないのか」
「ダメよ。これだけ頑張ったからこそ、こんな人に狼藉を働いたらダメ。お尻へのお仕置きは他の犯罪者の人にして」
「なんで……ハルナ、なんで……?」
「だってこの人にまだ怒ってるでしょう? そんな国木くんは嫌だもの。責任を持って、この人は私が連行します! ワンダーガールさん、ついてきてくれますか?」
「ええ、もちろん」
楽しそうに事態を見守っていたワンダーガールが頷き、ハルナの代わりにデスストロークを担いで連れて行く。
定規が安らかに寝息を立てるのを見下ろし、愛を使って自己治癒力を向上させる国木は誰にともなく呟いた。
「まあ…………たまにはこういう日もあって良いか」
両目を閉じ、眠りにつくように国木は全身を休めた。
「ノリオくんを待ってるわけじゃないですよね?」
薄目を開けた定規が尋ね、ヒーローは一言で返す。
「イヤッホウ」