DCユニバースvsプラスチック姉さん   作:スカンジナビア半島

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メメメメメメメメメメンヘラぁ…VSタイタンズ︰RUN.BOY,RUN!【上】

 

動物、その頂点に人は立つ。

 

それはあまりに古い常識だ。

世界の霊長類の頂点はゴリラ。

最も賢く道徳的なのもゴリラ。

世界一の文明国家はゴリラシティ。

知らない者はいない。

 

しかし、人間よりも賢い生き物がゴリラであることが周知の事実となった現代でも、

まだ光の当たらない領域はある。

 

神々の世界が知られても、

神々と文明の狭間の世界は未知が広がっている。

 

「おやこれはこれは朱の守護者様」

 

知見豊かな毛並み、眼差し。

猛禽類そのものの見た目だが、

二足歩行で背筋をピンと伸ばし、

おしゃれなチョッキを着こなす姿には確かに文明がある。

 

「こんにちは、村長さん。

 長閑で良いね、ここ」

 

文明・文化に基づいて生きる獣達に、

緑一色の子猫が手を上げた。

ビーストボーイ、ガーフィールド・ロ―ガン。

かつてはドゥーム・パトロール、

今はタイタンズに籍を置くチェンジリングだ。

 

「お迎えできて光栄です。

 サバエナ様をお呼びしましょうか?

 何分、あの御方の位階は高すぎて

 すぐにこちらの声を聞いてくれるかわかりませんが」

 

「ありがと。でも大丈夫。

 オレっちもうちょっとここを見てるから。

 今日は親友も連れてきたし」

 

「おやそうなのですか?」

「いよう、村長さん!! 俺が見えねえのかい!?」

 

野太い声で陽気に振る舞う人首がタップを踏んだ。

スポーツ選手らしい精悍な顔つき、

本来は寡黙な傾向すらあるだろうが

男は首からコードだけを生やして四肢にしていた。

 

「こいつはヴィク。サイボーグってヒーローで

 オレっちの大親友さ!」

 

「お見知りおきをだぜ〜〜!」

 

顔面の半分を覆う機械部分からクラッカーとスポットライトを出して

サイボーグは踊った。

 

もちろん彼は普段はこうではない。

だが、彼は首だけになって起動すると

著しく陽気になる特徴があった。

 

「たしかに言われてみるとそれっぽいですね……

 てっきりお土産のブリキ缶かと」

 

「ちょっとぉ! 失礼しちゃうぜおっちゃん!」

 

「アハハ」

 

この空間は文明と幻想の境界。

神々の技術を素に生まれたと言えども

サイボーグ、ヴィクター・ストーンは科学の化身だ。

普段の彼ならここに足を踏み入れても、

十全に周囲を認識するのは不可能だっただろう。

 

だが首だけで動く今なら、存在としてはこの村の生き物に近い。

 

「じゃあまたね村長さん。

 こいつにゆるふわ世界を見せてやるんだ」

 

「念の為に彼を同行させてください」

 

のそり、と緩慢な動きで恰幅の良い猫が出てきた。

この村の住民とは別の意味で知性・理性を感じさせる。

基本は四つ足歩行だが、猫のボディで二本足歩行をする方法を修めたガーにはわかる。

普段は緑色の皮膚を持つ人間として暮らしている少年には匂った。

眼の前の獣は、文明の中で生活しているし、立って会話することもできる。

 

「はじめましてなの。

 僕はボクくんって言うの」

 

子供っぽい話し方。

しかし、彼は名の知れたチャンピオンだ。

 

「やあ、よろしく。じゃあ一緒に行こっか!」

 

「お手柔らかに頼むぜえ!

 部品の隙間に泥が詰まると後で清掃大変だからよ!」

 

雲一つない天気。

森林の奥地特有の青く瑞々しい大気、臭い。

原始的な生活をしている動物達。

その日暮らしではなく、

食料を備蓄するという行為もできる生き物。

ドングリを籠いっぱいに集めて運んでいる姿が見える。

 

「みんなドングリが大好きなの。

 普通ならお肉をご飯にするけどここではみんなドングリがご飯なの」

 

「凄いや」

 

「でもそいつはありえなくねえか。

 肉食動物がドングリを消化して栄養を取り込むなんて無理だぜ。

 人間がゴムを食って生きられるか?」

 

ヴィクターの言葉にボクくんが首を傾げた。

 

「君はなんて動物なの?」

 

「おいおい見りゃわかるだろ。人間だぜー」

 

「人間は生首だけでは動けなかったと思うの」

 

「でも俺様の体は機械だからよ!

 首だけでも余裕なわけだ」

 

「頭があったら人間なの?」

 

「おうよ! 心があるからよ」

 

「首だけでも頭があれば大丈夫ってこと?」

 

「普通は無理だぜ! 俺様は機械だからな!

 回路と電気があれば酸素も血もいらねえのさ!」

 

「じゃあ君は機械なんじゃないの?」

 

「俺は……機械?」

 

ボクとのやり取りで、

サイボーグは瞳を潤ませ、自己認識を見失った。

二足歩行できてテレパシーなら日本語も英語も話せるボクくんだが

しょせんは上等な猫レベルの知能しかない彼には、

話していることの致命的さが掴めない。

 

「どうしたの?」

 

「ごめんね、ボクくん。

 こいつはこの姿になると知能が下がって

 自分の存在を見失いやすくなっちゃうんだ」

 

「大変なのー」

 

「そうだね。だからほんの少し失礼なことを言っても許し──」

 

「ビーストボーイ様たちはここに何をしに来たの?」

 

「ちょっとサバエナ様に用があってね。

 まあここは元から来てみたかったから良かったよ」

 

赤の世界というものがある。

生物の起源。あらゆる命の源である空間。

ここはそこと隣り合った空間だ。

 

命のパワーを使うガーは

前から興味があった。

そこにナイトウィングからの調査の要請。

 

サバエナ様と話し、

こちらの大地について話を訊くように言われた。

 

「まあ……それだけではないけど」

 

猫の耳でも聴こえないくらいの小声で呟く。

人間には決して癒えない痛みというものがある。

毎日、思い出しては心がチクリと痛む。

どれだけ時間が経っても面影を求めてしまう。

ある女性の名前、関与を耳にして

どうしても彼はここに来た。

 

「悲しそうな顔」

 

ボクくんがビーストボーイに言う。

今のガーは二足歩行した緑の猫。

それでも同じ猫にはわかるのだろう。

 

「ちょっとね」

 

「話して楽になることがあったら聞くの!

 僕の飼い主も言ってた!

 他人に話して楽になることがある、

 それでもダメなら時間かセックスが解決するって!」

 

「含蓄のある言葉だなあ」

 

心に深々と刻まれた傷を、

時間は解決してくれなかった。

それでもボクくんの思いやりは嬉しい。

素朴であけすけのない善意。

きっと飼い主も良い人たちではあるのだろう。

 

「そうだね。じゃあいつか聞いてもらう時があるかも

 話したくなったらお願いするね」

 

「もちろんなの!

 うんちするーーーーーー!!」

 

「わかった」

 

猫はうんち欲求に勝てないものだ。

その場でボクくんはモリモリ排泄をした。

通常なら用心深い猫は、

あまり人前でうんちをしない。

 

用心深い彼らは無防備な状態を避けるからだ。

初対面のビーストボーイの前でモリモリするのは

ボクが自然と危険と安全を嗅ぎ分けたのだろう。

彼の年齢は7歳。人間で言えば44歳。

 

そろそろ体の節々が痛み、

糞尿の我慢が困難になっている年頃。

 

うんちは我慢できないが、

代わりに人生経験が善悪を嗅ぎ分ける知見を齎していた。

 

「ほら我に返ろうヴィク」

 

村と言っても極めて狭いエリアだ。

人間の街のつもりで歩き回ればすぐに終わる。

ヴィクが立ち直るのを待って、

サバエナと会って聞きたいことを聞けば終わりだ。

この形態のヴィクは3分すれば悩み事はどうでも良くなるように出来ている。

 

「大変よーー!!」

 

栗鼠のレディが血相を変えてボクのところに駆け込んできた。

腸の具合が良いのか大規模な快便をしていた猫が、

ケツ穴をそのままに応じた。

 

「どうしたの?」

 

「ゴリラよ!!」

 

「なんだ。ゴリラはみんな優しくて良い人なの。

 サバエナ様もそう言ってるの。

 知ってる? ゴリラってみんな博士号を3つは持ってるんだって。

 博士号は知らないけど二桁以上の数もカウントできるのかな」

 

事実だ。

インド数学という独自の計算法により、

高い数学力を修めるインドと同じく、

ゴリラはシンプルに高い頭脳を持っている。

二桁どころか円周率を30桁まで暗唱できる数学力を備える種族。

 

それがゴリラだ。猫とは違う。

 

ビーストボーイも同じ猫の姿になっているからこそわかる。

猫になると誰でも食っちゃ寝とうんちをすることだけを考えるようになる。

代わりに人間の3億倍は可愛くなるのが猫の利点だった。

 

「悪いゴリラよ!」

 

「それは穏やかじゃないね」

 

「ああ。こんな長閑なところに悪人系のゴリラが来るのは良くない兆候だ。

 案内してくれ、力になれるかも知れねえ」

 

哲学的思索活動から理性に戻ったヴィクが

いつもの大岩の如き頼もしさを見せる。

動物、生命の領域の王者であるビーストボーイと、

神々の技術の極限を持つ科学の極限。

 

「栗鼠ちゃん、オレっちを案内して」

 

「あなた、噂のビーストボーイ様ね!

 お願い、スラッシュが大変なの!」

 

栗鼠の女性に案内されると

森の奥地には似つかわしくないPINGという音が聴こえる。

 

PING PING PING

 

アポコリプスの技術の結晶。

万能ガジェットのマザーボックスが門を開いているのだ。

ゴリラがいるという場所に駆けつける。

そこには確かにゴリラがいた.

一人では済まない。5人ものゴリラだ。

ブームチューブによって三人が去ったと言えど、

残ったゴリラはどれも強豪として知られている。

 

「リージョン・オブ・ドゥーウッホッホーム!」

「あのゴリラのヴィラン組織、ウッホッホーか!

 こいつはマズイぞ……」

 

正義の組織ジャスティス・リーグにも

アホと智慧のジャスティス・リーグ・インターナショナル、

魔術を領域にするジャスティス・リーグ・ダーク、

何度も形を変えては復活するジャスティス・リーグ・オブ・アメリカ等の派生がある。

 

それと同じく、正義の組織と対を成す

悪の組織リージョン・オブ・ドゥームにも

強力な力を持ったアホ揃いのインジャスティス・リーグ、

ジャスティス・ソサエティ・オブ・アメリカの宿敵

インジャスティス・ソサエティ・オブ・アメリカ、

暗黒社会で陰謀を練るシークレット・ソサエティ。

 

そして、言うまでもないことだが

動物の世界にも正義のチームと悪のチームがいる。

正義のチームは各ヒーローのペットが集ったスーパーペッツ、

そしてもう一つがチンパンジーやゴリラを集めた

ジャングル・リーグ。

 

そして彼らと鎬を削り合う悪のゴリラチームが

リージョン・オブ・ドゥウーッホッホーム。

 

率いるのは

この世界で最も賢く狡猾な将軍とされる

ゴリラのムッシュ・マラー。

 

あらゆる物理・科学・哲学に精通し、

宇宙有数の難関言語であるフランス語に精通したゴリラだ。

 

「お前に危害を加えるつもりはない。

 ここにあるんだろう? 知力増強ヘルメットが」

 

「畜生どもには過ぎたものだ。抵抗せずに渡せ」

 

軍帽をつけたゴリラに

脳みそを剥き出しにしたアルビノのゴリラが賛同する。

そのゴリラはウルトラヒューマナイト。

邪悪な科学者の脳をゴリラに移植したことで、

野獣の肉体に天才の頭脳を持ったヴィランだ。

 

「なにそれ?」

 

「惚けるな。こいつもここにあったと言っている。

 頭の良さを凄まじく引き上げる神魔の具だ」

 

「し……ま……ぐ…‥?」

 

「お前のヒゲにあるドングリより遥かに貴重なものだ」

 

「うん……? どんぐりか!

 どんぐりなら何でも知ってるぜ!

 俺はドングリが大好きなんだ、何でも知ってるんだ!

 どれくらい好きかって言うとよ。ここの奴らのドングリレベルが20だとするとよ、

 俺は8万なんだ! だからヒゲが黄色くなるんだ! 

 触るとベタベタもするんだ! ドングリでな!」

 

「ヒューマナイト、本当にあると言ってるのか?」

 

「無論だ」

 

マラーが尋ねる。

捕まっている小動物、通称スラッシュは

知能指数にいささか難のあるタイプ。

人間社会なら責任能力があると判定されるか

極めて際どいラインにいるケダモノ。

 

大勢がスラッシュとの意思疎通を試みて挫折したが、

ウルトラヒューマナイトは天才の中の天才。

 

彼はその優れた知性を野獣の肉体でブーストすることで、

宇宙有数の精神感応力に目覚めている。

優れた人格が優れた肉体に宿るとは限らない。

 

しかし、ヘラクレスの肉体は賢人の知性を超強化させるものだ。

ゴリラも同じであり、ヒューマナイトはその理論で超越的知性に到達していた。

 

「これほどシンプルな精神なら

 我が精神潜行(ダイブ)ですべての情報を引き出せる

 舐めないでほしいものだな」

 

「ならば装置の在りかもわかるんじゃないんのか?

 この者は最後に何処で見た?」

 

「わからん。見つけ、装着(つけ)たところまでは見られるが……

 次の記憶では外している。

 おい、スラッシュとやらよ。

 お前に掛け算をする知性を与えたガジェットはどうした」

 

「ガジェ……ット……? ㇳ……?〇……ド……ドングリ?

 どんぐりか! どんぐりはな。美味いんだぜ.

 美味いどんぐりを見つけるにはよ、

 リス美のとこに行くんだ。

 そうしたらよ、喰えるからよ!

 ヤバいんだぜ? 冬眠の備えらしいけどよ、

 いっぱいあるんだ、うめえどんぐり!」

 

「ダメだ見てらんねえ。

 おいゴリラども! その責任能力のないタイプを放しやがれ!

 話してて疲れてこねえのか!!」

 

「彼はどう見ても何も知らないよ!

 だって……聞く相手が違うじゃん!!

 ヒーローにそういうこと言わせないでよ!」

 

「捕まえるなら僕を捕まえて!」

 

「「ボクくん!!」」

 

己から人質に立候補する勇敢さに、

ビーストボーイとサイボーグが感動した。

 

だがボクくんを知れば驚くには値しない。

彼はこの国の神鳥に一目置かれ、

因幡の白兎の陰謀から世界を救っている。

 

「良いのかいボクくん!」

 

「あいつらヤベえから隙を見て倒すとはいかねえぞ!」

 

「自分の身は自分で守れるから心配いらないの」 

 

ぽてぽて歩いてスラッシュの代わりに

ボクくんが人質になろうと名乗り出る。

だがゴリラ二人の反応は微妙だ。

 

「べつに人質にしたつもりもないが……

 言っておくがお前達には何もしないぞ?

 人命はともかく罪なき無垢な生命を奪うのは大罪だ」 

 

「そうだお前は知らないか?

 かぶると知性が急上昇するヘルメットだ」

 

「知性ってなんなの?」

 

「頭の良さ!」

 

「なんだそれなら知ってる!

 最初からそう言えばいいのに、おかしいの」

 

「おお……なら教えろ。どこにある?」

 

「捨てた」

 

「どこで」

 

「どっか! 覚えてないの。

 捨てたところは彼も見てたよ」

 

話を振られてスラッシュは頷いた。

 

「ドングリのことか! ドングリはたくさん見るぜ!

 あのよ、コツがあるんだ!!

 俺ほどにもなるとな! うまいドングリの近くに来るとヒゲがしょぼしょぼするからよ!

 そのヒゲに従うとうまいドングリに会えるんだ!

 コツを教えてやるとな、ヒゲがしょぼしょぼする方向に進むと

 美味いドングリがあるからよ、ヒゲを頼れ!

 どうやって頼るかって言うとな、ヒゲがしょぼしょぼするんだ!

 鼻がムズムズすることもあるからそっちもやってみるといいぜ!

 俺は美味いドングリの色がわかるけどな! 初心者ならな! ヒゲか鼻だ!!」

 

「…………頭痛がして来た。」

 

「頭痛ならドングリだ!

 ドングリはな、食べると頭がスッキリするんだ!!」

 

ヒューマナイトが途方に暮れて脳みそを震わせた。

彼は強力な精神感応の持ち主だが、

相手があまりに下等な知性であるために

言葉の意味が伝わりきらず、相手の精神を探るより速く

兎や猫畜生どもの思考が切り替わってしまう。

 

この村の動物は畜生にしてはかなり高度な知性を持っているが、

運悪くその中で責任能力を与えられるか微妙な者に当たってしまい、

ゴリラ達は二人同時に唸った。

 

おまけにボクくんを探ろうにも

彼はレベル2の精神感応を持っている。

 

頭脳を酷使するタイプの超能力はゴリラに目覚めやすいものだが、

ボクくんはそれを中年のデブ猫の分際で目覚めている。

つくづく侮れない男だった。

 

「おいお前達!

  罪のない生き物を邪悪な企みに利用しようったってそうはいかねえぜ!!」

 

「そのヘルメットとやらで何をする気だ!!」

 

サイボーグとビーストボーイの糾弾。

二人がその気になれば

ゴリラ達の撃退も可能ではある。

しかし、それをすればこの長閑な村の平和を害しかねない。

 

「お前達に馬鹿正直に伝えると思っているのか?」

 

「何度煮え湯を飲まされたと思っている」

 

だがこれではお互いに千日手に近づいている。

どちらも戦う気はない。

ゴリラが求める物はどこにもない。

どちらも打つ手がなくなった。

 

「虱潰しに探すしかないな」

 

「それかこの猫だけを殺すか。

 死にたてなら精神と記憶が残留している.

 一人くらいならお前達も許容するだろう」

 

ボクくんを叩き潰し、

脳だけを摘出してじっくり調べる。

そのマラーの提案をヒューマナイトは吟味した。

無垢の生命を殺さない。

 

それは彼らがゴリラシティ全土を敵に回さないための鉄則だ。

人間は無条件でだいたい穢れているが

猫は人間の3億倍可愛らしい。飼い猫でもそれは変わらない。

穢れた人間の3億倍の可愛さとなれば無垢判定がくだされるだろう。

 

しかし、しょせんは一人程度の生命だ。

やむをえずに殺すこともある。

 

「殺るか」

 

「仕方ない。数式を手に入れるためだ」

 

ヒューマナイトが意識を集中させ、

ビーストボーイとヴィクの脳に干渉する。

強靭な肉体は類まれな知性をブーストさせる。

ゴリラの肉体はサイキックにこそ真価を発揮するものだ。

 

機械の体のヴィク、

ゴリラになれても頭脳は人並みなガーは

堪らず膝を屈した。

 

うんち欲求に弱い猫、

それと配信コードボディになったサイボーグ。

精神感応に抵抗不可能なボディだったのが仇となった。

 

「よし。逃げるなよ、すぐに終わらせてやる」

 

「こっちに向かってきた!」

 

「やべえ逃げろボクくん!!」

 

視界と思考を撹拌されている二人が

目をぐるぐるさせても、

気配で判断して叫ぶ。

 

「大丈夫! 正体を表したな悪党め!

 弱い者イジメは許さないの!」

 

「お前に何ができる!

 そろそろ目が霞み体が全体的にダルくなる歳頃だろう!

 ゴリラにはお見通しだ!!」

 

「ショットガンなの〜〜!」

 

「ふっ、武器を持ってきたか。ショットガン!!

 点よりも面で攻めるのは正解だ!

 お前に引き金を引けるか? 

 首輪が眩しい根性なしの飼い猫なお前に!

 「死ねーーーー!!」ほぉ…引けたが闇雲に撃ったところで掠りもせんだろう。

 なるほど、当たったか。

 ゴリラの筋肉がショットガンなぞただの針先同然の痛みに抑えるが

 筋肉の薄い頸動脈に入ったな。血が止まらん。

 目を閉じて足元を威嚇射撃するつもりが

 力み過ぎと反動で首に入ったようだ……見事也……!!」

 

軍帽が頭頂部から落ち、

ムッシュマラーが大の字に伏した。

地球で上位の身体能力を持つと言えども、

あくまで肉体面だけなら

バットファミリー、アトランティス人が

上にいる程度。

 

頸動脈を鉛玉の雨が通って

無事でいられる道理もない。

口から血泡を吐き続けている。

 

ボクくんが二本の足で立ち、

肉球と爪でショットガンの引き金を引いた。

リロードの仕方も知らない

一発限りの勝負。

 

幸運をもぎ取ったのは

ボクくんの勇気一つに他ならない。

通常のヒーローならば

類まれな能力と知性を勇気で倍増させるもの。

しかし、ボクくんは勇気と優しさだけで

ヒーローになれる何かを持っていた。

 

「やっば!!」

 

「おいおい速く治さねえと!!」

 

「今から言う周波数に連絡して!!」

 

「え……そんな……砂になるんじゃ……」

 

ボクくんが途方に暮れてオロオロする。

激しい運動をすると股関節に痛みが走る年齢の彼に、

ショットガンは極めてベストなチョイス。

 

それとはべつに、

神魔の類ではない地に足のついた生命体を攻撃したのは初めてのことだ。

ボクくんは心のどこかで、この軍帽をかぶって

ガンベルトをさげたゴリラを怪異の一種と見なしてしまっていた。

 

相手をゴリラと見なかった。

しかし、ボクくんはそれでも無意識下だろうと引き金に肉球をかけ、

いつでも銃口を向けられるようにしていた。

戦士の基本ができている。

 

ガーの指示に従って

ヴィクが頭からアンテナを生やして

Wi-Fiを繋げた。

 

「……助かるのか?」

 

すでに降伏したヒューマナイトが特に関心もなく尋ねた。

チームメイトと言えどもあくまで利害の一致に基づいた仲だ。

それにマラーは他のヴィランとは明確に違うところがある。

 

「マラー!!」

 

ブームチューブが開いて

物々しい髑髏を模した顔面、

円錐台のフォルムの頂点にケースに覆われた脳味噌を持つ怪物。

5歳児くらいの大きさしかない

レトロな脳味噌ロボットが駆けつけた。

 

彼の名はブレイン。

元はただのゴリラだったマラーに

智慧と教養を授け、深い愛情で結ばれた男。

肉体を無くし、脳味噌だけで思索をする悪党。

 

「ああ、愛しき人よ……」 

 

最愛の人が来て、

マラーは青白い顔に笑みを湛えた。

さっきまでの冷酷な軍人然とした者から一変し、

愛を囁く詩人のような繊細で柔らかな態度で、

ゴリラが脳味噌をケース越しに撫でた。

 

「貴方が来れば機械油は薔薇の香油、

 駆動音は天上の賛美歌。

 車輪が作る轍はあなたの存在を可憐に知らせてくれる……」

 

「ええい口を開くな愚か者め。

 なぜ私を連れて行かなかった!

 一心同体だろう」

 

「その美しい手を煩わせたくなくて……」

 

「私に手はない!

 馬鹿者め。最愛を無くした世界で私が生きられると思うのか」

 

ブレインが蒸気を噴き出して怒る.

ムッシュ・マラーとブレイン。

 

彼らはヴィランの中で唯一、愛を識る二人だった。

否、彼らに並ぶ清き愛、

真実の思いやりで結ばれた関係を持つ者は

ヒーローにもそうはいなかった。

 

「大丈夫? 助かるよね」

 

「専用の医療カプセルを開発してある!」

 

「じゃあここは見逃してやるから速く行けよ」

 

「もう別行動はしちゃダメだよ。

 君達が別れて行動してるのは

 敵だとしても見ると悲しいからね」

 

「恩に着る。 

 ……テラはコンビニでバイトしている.

 気になるなら行くといい」

 

ビーストボーイが巨象に変身し、

マラーを鼻で巻いて

ブームチューブの奥にやった。

 

鼻から伝わる感触を頼りにマラーを台に寝かせた。

こちらに目もくれずにブレインは

ブームチューブを潜って基地に戻った。

 

「テラのこと教えてもらって良かったじゃねえの」

 

「……そうだね」

 

複雑な顔でガーは頷く.

騒ぎが収まり、

ボクくんが所在なさげにしていた。

 

「じゃあ僕、このゴリラさんを村長さんに連行するの。

 後でそのヘルメットを捨てた場所も案内するの」

 

「いいのかい?」

 

サイボーグが驚く。

あれだけ引っ張っても

ボクくんはヘルメットの場所を知っていたのだ。

話を聞く限りでは自分の領分だろうヴィクが興味を惹かれている。

 

マラーにうっかり致命傷を与えたボクくんが

少しだけしょんぼりしたまま

ヒューマナイトの首に縄をかけた。

命を奪いかけたのは初めてのことなのだろう。

The市に生きて世界を救ったこともある飼い猫にしては珍しい。

 

「あんま気にしないでね。

 正当防衛だし」

 

「しかし、そんなエグい武器を何処で手に入れたんだ?

 この国って銃は禁止されてるだろ.

 飼い主はハンターかい?」

 

「惜しいの。ヤリマン軍団だよ。

 最近、物騒だからって持たせてくれたの」

 

「この国のヤリマンはショットガンを持ってるのかあ……勉強になったぜ」

 

ヴィクターは今、知能が著しく下がっているからわからないだろう。

しかし、ビーストボーイは知っている。

そのヤリマン軍団は宇佐美家だろう。

ナイトウィングに要注意存在として警告されている。

The市に生息するヤリマンは皆、同じ顔をした美女、

彼女らの家に滞在して無事を確認された唯一の雄は飼い猫のみ。

 

ボクくんはやはり恐るべき存在なのだ。

 

「じゃあね、ここに来たらまたお話してくれると嬉しいの」

 

「もちろん」

 

「またなボクくん」

 

見送った後、

一部始終を見守っていた神が

樹上より降りてきた。

サバエナ、別名をおっぱいパックマンと言う。

 

「世話をかけたな、赤の守護者」

 

「オレっちは緑が好きだけどね」

 

「なんぞ識りたいことがあるのじゃろう?

 余にいくらでも尋ねるがいい」

 

「すっげえ……本当に乳首が喋ってる……声帯と乳腺どうなってんだ……?」

 

「テラがここの大地で何をしてたの?」

 

#######

 

コンビニバイトとはイメージほど難しくはない。

少なくとも、大学生としての毎日と比較したらお遊戯みたいなものだ。

 

単位、勉強、佐々木さん、牧野さん、レポート、

牧野さん、リサ、佐々木さん、佐々木さん。

そんなバランスで構成される日常において、

 

コンビニのアルバイトは

やってみたらそうでもなかったことの一つだ。

 

「ね? 今はレジってほとんど自動化されてますから

 案内の仕方だけ覚えましょう。

 現金しかない人が来たら呼んでください」

 

「わぁ、ありがとう。

 山田先輩って頼りになるぅ。お兄ちゃんみたいです」

 

「他にも困ったことあったら何でも話してください」

 

「給料上げて!」

 

「いきなりそれは図々しすぎぃ」

 

コンビニバイトの先輩として

後輩のバイトを指導する青年の名前は山田。

何処にでもいる小太りの大学生。

メンヘラ二人と交際し、

その内の一人には勝手に婚姻届を提出され入籍済みだ。

 

「先輩はぁ、今日は何時までなんですか?」

 

「もう少しで終わる予定ッスよ」

 

「えぇ〜〜良いなぁ、そんなんサボりじゃないッスかあ。

 テラもアガりたぁい」

 

「ダメダメ。テラさん、まだ働き始めて一日でしょ。

 バイト初日でぶっち宣言は仕事を仕事と思ってないですよ」

 

「そんなこと言わないでぇ。

 眼の前で誰か休みに入るの見るとムカつくんです」

 

「まいったなあ。ここは俺のキメ顔で満足してくれません?」

 

メガネを外し、目に力を入れて

唇の右端を上げる。

リサには逆効果だったが、

こちらには素直に通る。そんな気がした。

彼女は感性自体は普通に思える。

 

「キャハッ、山田さん、面白ぉい」

 

「キャハって笑う人、初めて見たなあ」

 

山田青年が話している少女、

年齢不詳の空気があるが、

10代半ば、または20代前半だろう。

リサや佐々木、牧野に匹敵する美少女だ.

 

名を、テラ・マルコヴと言う。

新しく入った後輩バイトで

先輩として指導するように山田が命じられた。

 

ボリューミィな金色の髪がコンビニの照明を反射する。

見たところ、東欧の血が流れているようだ。

 

まだ入って一日だが、

人懐っこく話しかけて来るし、指導もよく聞いてくれる。

シフトが一緒になりやすいのは

ヤリマン一家のヤリマン姉妹だが、

彼女らはあまりこちらの話を聞かないし

どれだけやめるように訴えかけても

お構いなしにこちらのチンポを狙ってくる。

 

その点で言えばテラの加入は

これからのバイト生活を快適にしてくれそうだった。

 

「そう言えば山田くんってぇ、彼女いないでしょ」

 

「どうしてそんなこと聞くの?」

 

「顔が童貞だもん! 誰でもわかるよ〜」

 

「このハンサムをまた拝みたいなら正直に言って良いんだぜ?」

 

振りだと判断した山田はメガネを外して

再度のキメ顔をした。

テラと呼ばれる少女はこちらを指さして大笑いする。

 

「気持ち悪ぅい! 超ウケる!」

 

「なんだとぉ。このこの!」

 

目力を強めて繰り返し両目をパチクリさせ、

テラに顔面での圧をかける。

 

「ちょっといきなりパワハラとセクハラーー!」

 

そう言いながらテラはポカポカと山田の胸を叩く。

自分で言うのもアレだが、実に長閑な光景だ。

少し私語が多いが、お客さんがいない時間帯なら問題ない。

楽しい。女との会話でこれほど安心できるのは久しぶりだ。

山田は鼻歌でも歌いたい気分でリズミカルに

レジを指で叩く。

 

「…………チッ!!」

 

デカい舌打ち.

案の定だった。

山田はこれまでに何度もメンヘラに命を狙われて来た。

 

否、正確にはメンヘラとは殺人者か

これから殺人者になるかの二択しかない人種。

 

メンヘラと関わるだけで殺されかけるのは普通のことだ。

とにかくメンヘラに何度も命を狙われてきた。

 

────やれやれ、元気な殺気だぜ。

 

隣に立つテラの方を見ず、

山田は独りごちる。

 

自分が何をしたか、

何の地雷を踏んだのか。

知ることはできないが

一つわかるのはテラ・マルコヴはメンヘラだということだ。

 

正確に言えばこの女もメンヘラだ。

予想はしていた。

山田の人生経験的に、彼に初手が友好的だった女は

少し話すだけでストーカーになっている。

 

最近はもはや会話が弾む女は

どうせメンヘラかヤリマンか死神なんだろうと諦めの気持ちすら生じている。

 

このテラは初対面からずっと、

隙があれば山田に殺気を飛ばしている。

それも強烈なものを。

常人ならとっくに失禁と失神をしている。

 

「やれやれ」

 

肩を竦め、小太りのモテ男は述懐した。

まただ。またこの手の輩だ。

いったい自分の何がそういうのを引き寄せるのか。

テラはこうしている間も山田に強烈な殺気を向けている。

 

知り合って一日で殺しに来るタイプのメンヘラとは、これがファーストコンタクトだ。

だが彼の心は、クーラーの効いた大学の図書館にいるかのように

平静を保っている。

 

重要なのは

“初めてのバイトの後輩がメンヘラで自分に殺意を向けている”という

シンプルな事実を把握することのみ。

 

相手と会ったのが今日初めてなのを除けば、日常の一環だ。

肌がひりつくのを深呼吸して抑える。

ここはすでにただのコンビニではない、

被捕食者が捕食者相手が顎を開け、

牙を挿し入れてくるのを待つ処刑場。

 

「テラちゃんは今日、何する?」

 

相手の方を見ずに質問。

殺気は変わらない。

この街の狂人は済んだ瞳を持つ者だが、

メンヘラは古今東西、

禍々しく濁った両目を持っている。

理性と人格が褪せているのだ。

 

「えーどうしようかなあ?

 山田はどっか良いとこ知らない?」

 

「おいおい見ろよ、この腹。

 この腹の持ち主にオススメの場所を訊くのかい?

 ラーメン屋と焼肉屋、中華屋以外の応えが返ってくると思うのかいかい?」

 

「ちょっとー、自分で自分のお腹を叩きながら話すのやめてー」

 

女がケタケタ笑う。

美しく、鈴の鳴るような音色。

普通ならお知り合いになれて嬉しい相手だ。

そうしている間も相手の殺意はどんどん高まる。

 

百戦錬磨の彼は知っていた。

この手の気性の相手の本質は意志、暴力、言葉、思いやりではない。

彼女にあるのは波だ。

 

陸から見た水面がどれだけ凪だったとしても、

それは内部で繰り返し爆発を続けている火薬庫。

当人にしかわからない動機、周期でもって

連鎖反応を起こせば大波が起きる。

 

ただバイトに来ただけで起きた死線。

メンヘラとエンカウントして

命を賭ける覚悟など、

常にしてなければこの街では生きられない。

 

テラより来る殺気が膨らんで来る.

大波の前には無風が来るもの。

そこに全力をかぶせ、感情の矛先を捌く。

 

「はあ、ホント、おかしい。

 ここで働けて良かったぁ」

 

目元に浮かんだ涙の粒を指で拭い、テラが微笑む.

周囲が振動し、店内の商品が浮かび上がる。

 

来た、と山田は思った。

勝負は一瞬。

 

メンヘラ相手に勝利はない。

生存と死の2つのみ。

逆に言えば生きている限りは勝ちと言える。

 

「あたし友達少ないからぁ。

 豚みたいな糞野郎をぶち殺せるの本当に嬉しい」

 

取り繕うことをやめた。

当人には自覚もないだろう。

感情のボルテージが上がっている.

店の表面に罅が走る。

床が剥がれ、電灯が割れた。

メタヒューマンなのは今わかった.

いずれにせよ人は他者の暴力行為と殺意をぶつけられれば

大抵は打つ手なしに死ぬのだ。

 

攻撃がナイフ、ハサミ、薬物ではなくなったに過ぎない。

 

人は銃や異能力に殺されるのではない。

人は意志に殺されるのだ。

ならば意志を解決できれば、

相手が神だろうが宇宙人だろうがメンヘラだろうが同じこと。

山田はこの世界で生きる最も重要なことをメンヘラを通して悟っていた.

 

「あんまりここに居着いたらダメだぜ?

 君には未来があるんだからさ☆」

 

「アァッ!?」

 

感情が理性を壊し、怪物の顔が出る。

ここだ。別位相だがより大きい波長をぶつける。

 

「俺さーーーー!!

 結婚してんだよねーーーー!!!

 家に帰ったら嫁さんが待ってるんだわーー!!」

 

「……え、ええっ!? そうなの?

 どんな人なの? 可愛い? 写真あったら見せて」

 

理性・知性という極薄皮膜、

その内部で常に爆発を続けるのが彼女達の性質。

止めるのには真っ向からは愚行、否定は自殺行為。

相手を一切拒絶せず、殺意にも反応せずに

大波が来るところに大声で別の話題をかぶせる。

 

そうすれば津波が襲う陸地を見失い、

感情の爆発も収まる。

 

素人には無理であり大人しく殺されるしかないが、

メンヘラに殺されかける日々を送る山田青年にはできた。

テラの邪悪に淀んだ瞳はそのまんまだが、

好奇心を優先し、

彼のスマホを凝視してた。

 

「すっごぉ〜〜い。

 可愛い〜〜。どこで会ったの?」

 

「バス停で毎朝一緒でさ。

 勇気を出して告白してみたらびっくりすることにOK貰えた!

 驚きだよねえ、最初は好きって気持ちを抑えられずに

 相手の家に乗り込んだり監視カメラ置いたり風呂場見たり、

 スマホ全部チェックしちゃったりしてた」

 

嘘だ。告白以外は全部、相手にされたことだ。

だがここは生存を優先する。

 

「うっへえ、メンヘラじゃん。

 メンヘラストーカー!」

 

「おいおいそういうこと言ったら君もストーカーしちゃうぞ」

 

「やぁ〜〜だぁ〜〜!

 で、助かったと思ってる性根が気に入らないから

 今からテメェをぶっ殺す」

 

「フフッ。失敗かあ」

 

シームレスにさっきまでの殺意ムンムンの顔へとテラが戻った。

あてが外れたらしい。それは仕方がないことだ。

 

メンヘラに会ってしまったのだもの。

 

それならいつかは殺される。

今日、この瞬間がその日というだけのこと。

 

「最後に訊いていいかい?」

 

家族へと伝える言葉は口にしない。

メンヘラとは、確定で対象の家族も殺す生き物。

友達のことも口には出来ない。

相手が“眼の前のこれから殺す者は

自分と違って友人や家族を愛している人間”ということを

絶対に悟られてはならない。

 

悟れば間違いなく鏖(ミナゴロシ)にシフトする。

妻の写真を見せてしまったが

そちらはまず妻ではないし

同じメンヘラだ。

 

最後くらいはさんざん包丁やハサミを投げて

こちらを刺してきた報いを受けてもらう。

だから最後はどうせなので聞きたかったことを訊く。

 

「何故、人を殺すのに躊躇がないんだい?

 君たちだって僕と同じように大切な誰かがいたはずだ。

 なのに……こんな……初対面の人にずっと殺気ぶつけて……

 まったく何を考えてるんだい? ソワソワしてて業務をミスりそうだったよ?」

 

テラの廻りの地面が陥没し、

自動決済機が粉砕された。

初めて機械の中身を見たが

思ったよりスカスカなんだなと思った。

 

「ずっと誰かを殺したい衝動を抱えているのかい?

 君たちにとって生命というのは、

 その衝動を止めるブレーキにはならないのかな?」

 

「うん」

 

抵抗はせずとも事態を打開する手段を探し、

冷静に状況を分析していても、

有効そうな手段はない。

諦める気はないが、

純粋にテラの反応に興味があった.

 

「だって気持ちいいもん。

 ムカムカをぶつけたら相手がメチャクチャになるの。

 楽しいことをしたらダメってあんた何様?」

 

「えーでもさー。殺すのってイケてなくない?

 陰キャのすることじゃん。

 僕、テラさんには可愛くいてほしいなあ」

 

「大学生のガキにダサい言われてもねえ」

 

「基本的人権の尊重を訴える!!!!!」

 

「却下〜。あんたの勝手には付き合いませーん。

 テラちゃんはー、ここであんたを殺しまーす」

 

「んもう、強引なんだから。

 普通はこんな風に初対面の後輩が、こっちをマジで殺しに来てるのは

 すっごく異常な事態なんだからね?

 こんなの他所でやったら警察だよ! 警察がコラって叱りに来るよ!!

 代わりにボクがメッてするよ! コラッコラコラコラ!!」

 

調子だけなら楽しいやり取り.

だがテラの放つ殺気はもう抑えきれないくらいに強まっている。

 

山田の脳に圧力がガツンと来た。

鼻から血が大量に流れる。

もう辛抱堪らないといった具合だ.

 

なるほど.

山田はここで失敗の原因を理解した。

テラ・マルコヴ.

彼女は山田が普段対処する

策謀(ペテン)型・情欲(スケベ)型・多情(ヤリマン)型のメンヘラではない。

 

彼女は殺戮型のメンヘラ。

感情の出力の向きが初めから殺しに向いているのだ。

それならば感情の爆発を斜めに逸らそうと無駄だ。

殺すことが初めから目的なのだから

メンヘラが人を殺すことの日常性で判断を誤った。

この敗因. これからの人生で役立ちそうだ。

人生がここで終わりそうなのが悲しい。

 

開始からずっと山田に付き纏うメンヘラが現れるのではないかと予想していたのだが、

運が良いのか、悪いのか、ここには来ていない。

山田の行くところには必ずメンヘラストーカーが仕掛けた

監視カメラと盗聴器がある。

 

常ならばとっくに監視カメラ越しに山田の危機を知っているはず。

 

山田の自称恋人の佐々木は

彼女がテラに怯えるとは思えない以上、

たまたま眠っているか用事があるかだろう。

 

「あーもう駄目。

 感情吐き出さないと死んじゃう」

 

何も起きてないが

脳内で不思議な化学反応が起こり、

勝手に狂ったテラが頭を両手で搔き毟る。

 

発作を起こしている。

 

行動に移るまで後少しだ。時間がない.

 

「そうだ一緒にバイト抜け出そうぜーー!

 熊とか見に行くと楽しいし奢るよー!」

 

一秒でも時間を稼ぎにかかるが、

テラはもう廻りの音と出来事が聴こえないリズムに突入している。

目がグルグルと動き、全身を微振動させ、

耳の裏を血が出るほどにゴリゴリと爪で抉る。

 

「ああああもう無理。

 すっごく悲しい気分になって吐く息もヘラったもん。

 殺すよーーーー!!!」

 

「命は尊く美しいーーーー!!

 良い子になってくれーーーーーー!!!

 人を殺すのって申し訳ないなって思ってくれーーーーーー!!!!」

 

大質量の土くれがコンビニの床を破壊した。

逃げようがない。

 

もっと日常的に運動すればよかった、

そんな後悔が生まれるレベルの攻撃ではない。

 

抵抗も逃げることも不可能。

良いことと言えばそれだけか。

 

「苦しんで死ね」

 

店内を埋める土と岩が山田へと集中。

彼の思考が切れる瞬間。

土の中から緑の鼻が突き出た。

それから細長いモグラの顔。

 

山田を鼻で持ち上げ、爪で土に穴を開ける。

隧道を通ってバイト先に連れ出された青年が

体中の埃を払って咳込んだ。

 

「怪我はない? 後で病院に行った方が良いよ」

 

助けと言えるものが来るとしたら

それは佐々木か牧野、

またはリサの家の者だと思っていたが、

緑色の肌と髪の毛を持つモグラに助けられた。

 

おまけに喋る。

 

「どなたかわかりませんけど助かりました」

 

「いやいいんだよ」

 

巨大な毛むくじゃらが

みるみる一般的成人男性の体格に縮んでいく。

TVで見たことがある人物だ。

 

少年少女のヒーローチーム、

ティーン・タイタンズ、

そこで活躍し、プライベートでは子役として

一時代を築いたという有名人だ。

 

そんな人がどうしてここで

メンヘラに殺されかけたところを助けてくれたのか。

 

わからないが重要なことはここにメンヘラがいない.

あの場を去ったということだ。

あんなのがこの街にいるだなんて想像するだに恐ろしいが、

この街にはあんなのはさして珍しくもない。

願わくば誰も傷つけることなく、

なんらかの形でメンヘラでなくなってほしいものだ。

 

助かったのだ。

信じられない。

 

「もうなんとお礼を言ったら良いか.

 この御恩は一生忘れません」

 

「やめてよ水臭い」

 

深々と頭を下げ、ビーストボーイの両手を握って上下に振る。

 

「お会いしたことありましたか?」

 

「ないけど」

 

元有名子役の面影残る

端正な顔でも鼻をクンクンさせ喉を鳴らす。

そうするといたく動物めいて見えた。

 

「君からは他人の臭いがしないんだ」

 

「へえ?」

 

俳優に会ったことが初めてなら、

似ている匂いと言われたことも初めてだ。

太ってて脂ぎった匂いがしそうといわれたことはあるが、

まさかそのことはないだろう。

 

世界有数の人気ヒーローかつ

俳優ということから、3M先の彼から

とてつもなくフローラルな香りが漂ってくる。

こんな性格の良い欠点のないタイプのイケメンと、

自分なんかに共通点があるわけがない。

 

「わかるよ. 君もメンヘラが好きなんだろ?」

 

「違います」

 

これほど冷淡な声を出したのは人生で初めてだった.

 

#############

 

テラ・マルコヴは王家の庶子だった。

腹違いの兄と同じく、

大地を操るメタヒューマンだ。

彼女は王家と関わりがなく、

才能だけを持て余していた。

スーパーパワーに目覚め、

伝説の戦士である“テラ”の名前を持つことを許されていたが、

それを振るう機会はなかった。

 

遠目から王家を見、

自分がその中のひとりであることを空想していた。

 

彼女の故郷、マルコヴィアは

常に独立国で在り続けた貴重な国家だったが、

ついにクーデターが起きた。

 

彼女が遠くから懸想していた家族は一日で壊れた。

 

兄、ブリオンはジオフォースというヒーローとして、

庶子であり妹であるテラを探し求めていたが、

政争、動乱に巻き込まれてテラは国にはいられなくなった。

彼女は何一つ寄る辺のない人生であり、

オリジンである国と家族は

与り知らぬ世界の出来事で破壊されるのを目にした。

 

これが彼女、テラ・マルコヴの来歴、

その前半部分だった。

だが彼女は彼女に降り掛かった出来事とは全く無関係に、

生まれつきの邪悪/メンヘラだった。

 

##########

 

青い空、輝ける太陽。

赤ん坊を抱く若い母親が瞳を閉じてベンチで眠りにつく。

 

そんな心地よい気候だった。

 

ただ二人だけ、意識のある者がいた。

ウサギのお面をつけた死のアバター、

その付き人のバイソンのマスクをした老人。

 

前者をねずみファイター、

または武者ネズミと言う。

 

「爺や!! ブリーフ出して!」

 

「何故でしゅじゃぁ〜〜〜〜!」

 

「それでパペット作るねえ!」

 

「何故爺やのブリーフで作るのですじゃぁ〜〜!」

 

「爺やの優しさがみんなに伝わるようにだよぉ。

 今の世の中はとにかく冷たいからねえ、

 まるで塩鮭の皮みたいだよねえ」

 

「いかんですぞぉ. それに塩鮭の皮は最高ですじゃあ」

 

「何さ、爺やのわからず屋!

 爺やなんかカルピスでスティックのりを作ろうとして生臭くなっててよ!」

 

「カルピスを切らしてるからどの道無理ですじゃ」

 

「この温暖化の元凶め!

 デベソになっちゃえばいいねえ!」

 

常人には理解しがたい支離滅裂な会話。

この世界にはよくいるタイプではあったが、

彼女の特徴として、心はむしろ正しく澄んでいるということだ。

 

へそを曲げたネズミファイター、

安らげる死を齎す前の名は辰姫が足元の石を蹴った。

 

「相変わらず楽しそうね」

 

「デス様ぁ!」

 

「なんと、こんなところに.

 申し訳ございませぬ、

 このようなカルバン・クラインのインナーセットで

 貴方様をお迎えしてしまうとは、終生の不覚」

 

ネズミファイターと爺やが

その場で平伏した。

 

二人がいるのは公園であり、

子連れの親子が複数いるが気にしないり

相手はこの世界の《死》そのものであり、

生者には認識できないとしてもだ。

 

死者に安らぎを与えて

天国に連れて行くデスという《死》は、

辰姫達のような現世の凄惨な死に触れて絶望した者達にとっては

スーパーマン以上の救い主だった。

 

「別にいいのよ。

 The市に来ることは本当に多いし。

 あなた達も日傘に入る?」

 

辰姫や爺やよりも歳若く、

透き通る白い肌、

10代半ばのゴスパンクの出で立ちをしたデスが、

日傘をくるくる回して微笑んだ。

 

「そんな恐れ多いことです.

 あなた様に願いを聞き入れて頂いた瞬間より、

 この辰姫の魂も奉仕も全ては貴女様の御心のままです」

 

「顔をあげて. 二人とも実体があるんだから不審がられる」

 

デスのレザーパンツが映える長い脚を見上げ、

辰姫は静かに面を上げる。

公園で眠る母親達は目を覚ます様子がない。

だがじきにここも騒がしくなるだろう。

 

「ビーストボーイを知っているでしょう?」

 

「赤の世界のアバターですか?

 我らはあちらとは敵対はせずとも、

 原則、不干渉を貫くと思っていましたが」

 

「彼の心が迷うかもしれない。

 いつもは手配書を通じて指示を出すけれども、

 今回だけは直接、お願いをしに来たの」

 

デスは死を迎えた人々の元に降臨する現象だ.

死の運命、事実を変えることはしないし、

死者の嘆きと心残りを解決もしない。

ただ静かに笑みを浮かべて寄り添い、次の階層へと導くのみ。

それがどれだけ難しいことか。

 

ただ死を否定せず、戦いもせず、

佇んで微笑み、旧知の友人との再会として

生命を終えた人々と会話をし、死者に死を受容させる。

 

人間にとっての根源的恐怖をデスは愛するものに変えている。

 

ヒーローの多くは記憶していないが

スーパーマンもロビンもグリーンアローもグリーン・ランタンもワンダーウーマンも、

誰であろうとも死を迎える時には

このゴスパンクの少女が日傘を差して迎えに来た。

 

辰姫の時もそうだ。

 

彼女の場合は儀式で身を投げ、

デスと邂逅し、死のアバターに選ばれた。

 

「あのビーストボーイがですか?

 私の一存で生命を奪って良いものでしょうか?

 彼の存在が生と死のバランスの調停役になっています」

 

すべての分野にはスーパーマンがいる。

この世界、希望と人間性においてはスーパーマンその人。

魔法の分野ではシャザム。

叡智の分野ではブースターゴールド。

トンチキの分野ではフレックス・メンタロ。

神話においてはワンダーウーマン。

そして、生命の世界ではビーストボーイがそれだった。

 

「その心配はもっともね。

 けれど、貴女も知っているでしょう?

 心が迷う以上の苦しみは存在しない。

 彷徨える魂には、私の声も接触も無駄だもの。

 いざとなったらこちらが、負担を引き受けるわ」

 

「世界の生命を担う使命よりも、

 アバターの心の行方を気に掛ける深きお慈悲。

 辰姫は改めて貴女様の眷属になれたことを光栄に思います」

 

遠くから喧騒が聴こえる。

辰姫の任務達成を人々が知ったのだを

 

この公園はカルトの集会場だった。

世界で最も邪悪な邪教がひとつ、

ブラザーブラッドの。

 

ここでいつも集まる母親達は、

我が子を悪魔への生贄に捧げ、悪魔の寵愛を得ようとした。

愛する子を死なせた罪。

それによって心を迷う運命に会った母親達を、

辰姫はついさっき、痛みなく葬り去った。

 

「ありがとう. それじゃあ、お願いして良い?」

 

死者の目が開き、不安そうに辺りを見渡す。

自分の子供達を探しているのだろう。

もう遭うことはない。

彼女らも、彼女らの子どもたちも、

死によって救いを得た。

子どもたちが不当に殺されることはない。

 

永遠にないとは言えないのがThe市だが。

 

「はい」

 

お面を外し、素顔になった辰姫が一礼した。

 

「いざとなったら私がビーストボーイを救います」

 

死の属性を帯びた包丁を握り、

辰姫、ネズミファイターは凛とした眼差しで告げた。

 

「あのぉ、すみません。

 うちの子を知りませんか?

 ここで遊んでいたはずなんですが……」

 

「私も……変ねえ、いつもは目を離すはずがないのに」

 

「私の宝物なのに」

 

次々に死者がデスに惹かれ、

寄り集まり、自然と彼女を中心に据える。

 

「大丈夫。あなた達の子供は大丈夫。

 もう何も心配いらないわ」

 

彼女達の話を、穏やかな笑みを讃え、

一つ漏らさず耳を傾け、

《死》の現象は彼女らの終わりを幸福なものにした.

 

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