DCユニバースvsプラスチック姉さん 作:スカンジナビア半島
The市は何が起きるかわからない危険な場所。
それを知るだけなら簡単だが、
生き抜くには何が起きても潜り抜ける類の特殊技能が要求される。
例えば、ここには路上でマシンガンを振り回す女がいるとする。
この女はオレンジ色の体毛をしていることから
獣人(ライカンスロープ)だとわかる。
「オラァ!! 金出せオラァ!!!」
「うっわあ、ガラ悪いな、この人」
「まあガタイ見たら仕方ないだろ」
絡まれているのはThe市の高校生男子。
たじろいではいるが、
金を出せ程度ならこの街では軽微の被害だ。
命を狙う、お尻を狙う、心を壊す、命を助けるがお尻は狙う、
これらに比べれば金だけで済むのはちょっとした通行料金。
「じゃあとりあえずお財布出しますよ」
「高校生から金巻き上げても晩飯も賄えるかわからないと思います」
「黙りなぁ!! 大人は現金持ち歩いてるかわかんねえだろ!」
「見てられんですぞ」
「何奴っ!?」
ライカンスロープが振り返ると、
カツアゲしている高校生と同じ制服の
ひょろ長い体格で頰がこけた少年が何かを投げつけた。
札束だった。
偽ではない、本物の束だった。
「拾えよ雌猫」
「えっ!?」
突然の横暴な要求。
ライカンスロープの頰が真紅に染まる。
普通はすぐに殺されるか殴られてもおかしくない。
宇宙最強の体術使いとして恐れられる
若干十代の少女、カサンドラ・ケインは一目で相手の破砕点、
突けば死ぬ箇所を目視できる。
それのナンパ版ができる少年が、
この札束を投げて、初対面の女性を雌猫と呼ぶ少年、ヨシ君だった。
「おらどうした雌猫。
これが欲しいんだろう?
卑しくケツを振りながら拾え。
どうした、拾えよ、ドスケベが、御主人様を待たせるのか。
そのもふもふした毛を火照らせたままにしてんじゃねえ!」
「あ、ああ……!!」
顔を真っ赤にしたライカンスロープが
物欲しそうに札束ではなくヨシくんを見つめる。
ヨシくんはこの歩けばキチガイと怪異と、
街頭選挙くらいの頻度で出くわすThe市で、
毎日女漁りに精を出す命知らず。
無数のキチガイ、殺人犯、女の形をした怪異をナンパし、
繰り返し繰り返し何度も死にかけることで
ヨシくんはいつしか“一目で対象の殺し文句を見抜ける”能力を育んでいた。
獣人がおずおずと札束を拾おうとするのを、
ヨシくんはすかさず足で払う、
蹴られた札束が転がった。
「ああん」
「どうした。雌猫がなにを手を使おうとしている。
乳で挟んで持ち上げろ。できないのか?
なら尻肉の割れ目を使え! 御主人様を楽しませろ!!」
「俺等、何を見てんの?」
「もう素直に財布渡して帰っていいかな?」
震える獣人がトロンとだらしなくふやけた様子で
札束を拾おうとしている。
札束を尻肉で挟んで持ち上げた。
もちろん、こんなことをさせても普通の女性には何も効かない。
それどころか不快感をあらわに警察を呼ばれるだろう。
だがこの世界には何をどうやっても、
宇宙一、ケツ穴が敏感なクソジジイや
男のチンポが世界一好きなお局ババアがいる。
普通なら初対面の相手がそんな超マイナードスケベとはわからない。
ヨシくんならわかる。世界一ケツ穴が敏感なクソババアなら、
相手が女である限りは見抜けるのだ。
眼の前にいる女はたまたま“札束を投げ捨てられて、
拾え雌猫と御主人様に躾けられたら、お股ビショビショペルシャ湾”
という性質を持つ女と見抜いたからやっている。
ヨシくんはその手のテクニシャンだった。
「はい……拾いました……」
恥じらいながら獣人の女がケツの割れ目に挟んで持ち上げた札束を
ヨシくんの手に運ぶ。
「遅えぞ雌がっ」
「ふうんっ」
受け取った札束で相手のケツをひっぱたく。
クリティカルヒットだ。
女が絶頂して腰砕けになった。
絶頂を迎えたのだ。
口の端から涎を垂らし、
だらしなく痙攣する彼女は、
己の弱点を突かれて圧倒的な多幸感に浸かっていた。
「これで終わりですぞ」
「すげえよヨシくん」
「妙なもんずっと見せられた精神的疲労はカツアゲされるのとどっこいな気がするけど
こんなん誰にも真似できねえ」
「何事も経験。お二人も、このまま生き残れたらさぞかし良いものができますぞ」
「ムリムリ」
「出来る気がしねえ」
同級生と歳頃の少年らしく談笑していると、
道の反対側に邪な気配が立ち上った。
ヤリマン一家の宇佐美である。
「セックスーセックスーセックスセックスー」
「出ておいで男の子ー」
「女の子でもいいよー」
「気持ちよくするよー」
「ボーナスタイムワンチャン来いー」
「来い来いー」
奇怪な合唱が聴こえるが、
あれはまさしくセイレーンの歌声。
嵐の中で美女の調べに誘われれば
待つは身の破滅。
男3人いるとしても
ヤリマン一家に群がられたら無力だ。
一人一人が超能力の基礎を備え、
身体能力も優れている彼らはヤリマンなのと同じく、
世界有数の戦闘集団だった。
The市のセミスキラの異名は伊達ではない。
「すぐにここを離れましょう」
カツアゲされている高校生の内の一人は
宇佐美の女と交際している。
それをキッカケに姉妹間のお気に入りには手を出さないという
家族間の約定がかわされたらしいが、
相手はヤリマン。信用できたものではない。
そう言って、背を向けようとするのと、
宇佐美が獲物(チンポ×3)に気づいたのは同時。
だがチンポとマンコの精線(射精と受精で結んだラインのこと)に
テラ・マルコヴがぶつぶつと呟きながら
幽鬼のように割り込んだ。
「退散!!」
相手を口説く上での弱点を見抜けるヨシくん、
誰彼構わずセックスする宇佐美。
両陣営が一目散にテラに背を向けて駆け出した。
ただならぬ気配を遅れて嗅ぎ取った男子高校生コンビも
即座に指示に従う。
テラが選んだのはヨシくん。
ビルとビルの間の行き止まりに追い込まれ、
息を整える間もなく、
歩調も整わない、妙な歩き方で
テラは笑みを浮かべた。
「良かったぁ。今度は殺せるぅ。
苦しませて殺せるぅ。まずは指の爪ぇ、歯ぁ、眼球……は後でいいか」
「南無三」
ヨシくんが壁を起点に三角飛び、
そこからの宙で身を翻しての踵落とし。
テラの頭部に入った。
メンヘラだから防御という意識が薄い。
そこは見抜けた。それ以外は何もわからない。
深すぎる憎しみの炎だけが
ヨシくん視点のテラにはあった。
「貴方程の化け物に見初められるとは光栄ですな」
メンヘラ集中特訓を受けてなくとも、
ヨシくんともなればメンヘラ捌きは一通り修めている。
これほど殺意の化身になっていれば
相手の性質はすぐにわかった。
「殺戮型のメンヘラとお見受けする。お覚悟を」
「あぁーーーはっはっは。うっぜえ。死ね。
頭がムズムズしてさあ、誰でもいいから殺せって言うけどさあ。
こっちとしてはよりムカつく奴をぶち殺したいわけ」
「ほお、それは例えばどのような?」
「テメエみたいに人を分析して誘導しようとしてる奴か
誰とでも仲良くなれると夢見てる脳足らず。
ここは前者が多くてムラムラする」
「隙あり!」
テラが語ってるところにハイキックをお見舞いする。
足技ひとつでスズメバチの群れを殲滅するくらいの体術はあるが、
それくらいではもうテラには通らない。
岩壁が建ち上がる。
読んでいたヨシくんはパイプを蹴り砕き、
蒸気を相手に浴びせた。
「この野郎!!」
メンヘラは制御が効かず、行動に秩序がない。
だがその一方でメンヘラは
論理や理屈ではなく感情でもない波で行動する性質。
波である以上はすべての行動に反応してしまうのだ。
ヨシくんのフェイントに対して反応したテラが、軽い牽制に大きく動揺した。
力でパイプ管を粉砕するも、視界を確保した時には、
ビルとビルの壁を三角飛びの要領で跳んで屋上から逃げていた。
「ぐうっ」
またも逃げられた。
次の獲物が見つかったと思ったテラの脳髄を
生得的な激情、燃え盛る破壊衝動、
無差別の攻撃衝動が彼女を苛む。
アポコリプスに頼まれた仕事を終えて、
昂って仕方ないのに、
殺したい奴を殺せていない。
それもこれも誰のせいかわかる。
「殺してやるぞ……山田ァ!!」
いつも通り、メンヘラが山田に執着した。
#######
陽キャというものがどんなものか、
山田はあまり理解できていなかった。
明るいとか一軍とか
そういうぼんやりとしたイメージがあったが、
これが陽キャという確固たるイメージはなかった。
だがビーストボーイ、
ガーフィールド・ローガンと話をしていると
それがどんなものかがよくわかる。
「義母さんがスタニスラフスキーシステムにとにかく拘っててさあ。
俺が出演するのはテレビドラマだってのに
やたらと舞台の演技の仕方を覚えさせたんだよね」
「そのスタニスなんとかって?」
「スタニスラフスキーシステムは、
人間は感情を起点に行動をするのを逆転させたものだよ。
特定の行動に感情をリンクさせるんだ。
そうすると、その行動をするだけで感情をいつでも呼び起こせるから
安定した波のない演技ができるの」
「凄く便利そうですね」
「メソッド演技と違って普遍性はとても高いからね。
メンタルリセットにも役立つよ。
まあ、悪い感情とリンクした行動とかもあるけど」
「へー、僕も何度か失禁したことがありますけどそれと同じですかね」
「違うねー」
「でもそれやるとスッキリしますよ」
「まあ俺もたまにやるからわかるけど……」
「ヒーローもお漏らしするんですね!」
「俳優もだよ」
とにかく話がすらすら出てくる
だからと言っても
語られっぱなしではなく、
こちらの話題も自然に引き出してくれる。
話をしている場所が
何処にでもあるようなスターバックスで、
あまり利用したこともないのに、
ガーといると、馴染みの店のようだ。
「俺が出演したドラマ観たことある?」
「あー……Huluにありましたね。
すいません、Dr.フーはけっこう追ってますけど
スパークトレックはあんまり……」
「観てみなよー、面白いよ。
最新作のディスカバリーとか特にオススメ。
後はアニメ作品のローワー・デッキとかプロディジィとか。
この国でも観れるのかな。まあ観れたら観なよ」
「初代から観なくても大丈夫ですか?」
「まあ今観ても面白い方とは思うけど
こういうのって主観だから当てにならないし
人気ある最新作から観ると良いよ」
「じゃあ観てみます」
「感想教えてよ、ディスカバリーまだ観てないから」
「観てないのにオススメしてたんすか!?」
「いやまあ友達が話してるのは聞いてるし……ここ数年ずっと大変で観る暇がね」
「移動時間にタブレットで観るとか」
「たいていは猫か虎になって寝てるか」
苦笑とともに長く続いた談笑が一旦止まる。
これほどに楽しく安らげる空間は久しぶりだ。
ビーストボーイは山田から同じ匂いを嗅ぎ取ったと言うが、
彼の明るさとカリスマとは別に、壁のなさを感じた。
メンヘラに苦しめられる者として、
相手の感情、表情に注目しつつ、
話を切り出した。
「そういえば訊いていいですか?
あのテラさんとはどんな関係だったかを」
「友達かな。恋人……てわけではないよ」
「初めはああじゃなかったとか?」
「いや初めからだったと思う。
まあスパイとしてチームに来たからね」
「スパイとして優しかったとか」
「いや出会い頭に攻撃してきたし
どれだけ言ってもあんまり仲良くなれた気がしなかったよ」
「ええ…………」
山田のケースとはまるで違う。
佐々木は一見すると可憐な美少女だった。
声をかけてみても普通の反応だった。
ただ家に帰ったら何故か自分より先に帰宅していて
鬼電とメールを繰り返す狂ったメンヘラとわかっただけだった。
「ずっとテラって女性のことを想ってるんですか?」
「そういうわけでもないよ。
俺はずっとレイヴンと付き合ってるみたいなもんだし」
「なんだ……良かったっすね!」
「まあマルチバース最強の悪魔の娘だから、
不安定になると悪魔に乗っ取られて暴れたりするんだけどね……」
「そこを貴方が支えてるなんてさすがですよ」
「結構失敗して何度も滅びかけてる。
いつもはゴス系の一匹狼なんだけど根っこはシャイで恥ずかしがり屋だから
何度かサインを見落として暴走に繋がっちゃうんだよ」
「そっか……」
こんなにまともそうなのになあ、と言いたいのを呑み込んだ。
他人の恋愛に口出ししても仕方がない。
メンヘラにとりわけ惹かれるという気質は理解できないが、
それで言えば山田だって
何故、メンヘラを警察に突き出さないのかわからない。
「本当はレイチェル、おっとレイヴンも呼びたかったんだけどね」
「えー? 元カノみたいなものでしょ。
複雑じゃありません?
佐々木さんなら俺に元カノがいたらとっくに殺害してますよ」
「まあそれはこっちも似たようなものだけど。
ていうかなんかレイチェルとテラって最初から折り合いが悪かったんだよなあ。
なんでだったんだろ」
「なんでもないでしょう」
相手がメンヘラと知っていなかったら
とんだモテ自慢に見えるところだ。
恐らくは自分も周りにはそう見えている。
だから山田はメンヘラとのことは口に出さない。
「そう言うなら君はどうなのさ?
どんな風に出会ったの?」
「通学時のバス停ですね。
毎朝、同じバスに乗ってて凄く可愛い子だなあと思って、
友達が止めるのを無視して告白しました」
「ワォ、ロマンチック」
ガーが口笛を吹く。
茶化してくるが、当人としても茶化さないとやってられない。
「そのことを後悔しない時はありません。
家族の命を背負ってメンヘラ相手に死線を潜り抜ける日々なんて
バス停で佐々木さんの横顔に見とれていた頃の自分は信じもしませんよ」
「学校別なの?」
「ていうか僕は大学生で、彼女は高校生です。
あ、この彼女ってのは恋人というわけではありません。
告白は通ってしまったので、契約上はそうなんですが」
「高校生に告白したの?」
ガーの反応が少し変わった。
笑みが強張り、組んでいる足がぴくんと跳ねる。
女子高生と付き合うというのが、何かトラウマがあるようだった。
自分のメンヘラ交流歴が相手の傷に触れてしまい申し訳ない。
「貴方が不快に思うのもわかります。
そう、これが報いと考えるところもなくはありません。
あの頃の俺は今よりずっと脆弱(よわ)かった」
年の差恋愛、大学生と高校生の恋愛。
そこにあるのは純粋な愛情、
という理想論とは別に、
善し悪しの判断で言えばそれは必ず悪に傾く。
大学生の言葉はセックス・酒・単位の3単語で構成されている。
これはチンコ・マンコ・オナニーの3単語しか話さない中学生と同じだ。
この二種族はほぼ同等の知能を持つこの宇宙で最も愚かな種族の一つとされている。
山田もそれに異論はない。
しかし、それでも大学生と高校生では
成人を迎え、大学に入ったことで広がる認識、
触れる世界の違いに雲泥の差がある。
その差はA-PEXで言えばさながらプラチナランクとシルバーランクが如し。
高校生と付き合う大学生は、
客観的に見れば「シルバーランクとガチ勝負するプラチナランク」と同じだ。
プラチナランクから見たシルバーランクは
動きが止まって見え、エイムが甘く、
どうでもいいところでウルトを使い、
立ち回りが自分から死にに行っている。
シルバーランクにしてみれば「プラチナランクに見込まれて嬉しい」だろうが、
同じプラチナランクから見たその関係は
負け犬が幼児相手に得意がっているのと何ら変わりない。
それを山田が理解したのは、
女子高生が投げた腹に鋏が突き刺さってから。
人間は常に手遅れになってから体験を通して学ぶものだ。
「あの頃の俺は自分に自信がなく、この世界の生き方も知りませんでした。
だから、きっと自分には何か出来るって思いたかったんでしょうね。
それが僕にとっては、超美少女の女子高生への告白でした」
まさか受け入れられるとは思ってもいなかった、
フラレて友達に「だからやめとけって言ったでしょ。そもそも相手、女子高生じゃん」と
バカにされながら慰められればそれで区切りが付いた。
なのに今では青年は狂気と死の世界を日常としている。
「あ、誓って手は出してませんよ。
部屋のあちこちに監視カメラが設置されてますから
どうやってもオナニーは見せてしまってますけど……」
「なるほどねえ」
「そう、監視カメラが一番キツイですよ。
だってプライベート消えてますもん。
信じられます!? それで反論したら
充血した焦点の合わない目でアイスピック刺したり
親を毒殺しようとするんですよ!
いや俺も女子高生に告白した己の愚かさと過ちを認めはしますけど、
いくらなんでもこんな目に遭う謂れは……いやこれが報いか……」
手を組んで思いの丈をぶちまけかけたが、
己の過失に思い当たり沈黙する。
どれだけ画鋲やアイスピックや包丁で刺されて
毒で記憶を飛ばされようとも、
未来の殺人犯が女子高生で、
それに大学生の自分が告白した事実は変わらない。
幼児相手にイキる負け犬。
そうなりかけた罰と思うしかない。
「あんまり自分を責めても良くないよ。
それにプライベートが無いのはこのSNS社会じゃみんなそうだよ。
ヒーローのほぼ全員がバットマンに盗撮と盗聴をされてるしね。
でもそれを抗議すると何されるかわからないからみんな受け入れてるんだ」
「どこも同じなんすねえ」
しみじみと山田が頷く。
同じような境遇を聞くと不謹慎ながら安心するものがある。
やられていることは洒落にならないとしても、
口の中が渇いたので
珈琲に口をつける。
喫茶店、というのに入ることがあまりないが
それでも店でものを頼んで
以降はひたすら話をしているだけというのはこれまでにない体験だ。
氷が溶けて味が薄くなった珈琲に何も損を感じない。
「貴方はこれから、テラさんを探すんですか?」
「まあそうだね。本当は放っておいても良いみたいなんだけど、
一応は保護しておきたいし」
「保護ですか……」
それが必要な存在とは到底思えない。
肉体面・理性面の両方で。
保護しようとすれば彼女は迷わず差し出した手をグシャグシャに潰す。
そういう人間なのは短い期間で判断可能だ。
「どうしてそんなにメンヘラとばかり深い関係になるんです?」
「君は?」
「まあおおむね不運によるものです。
でも貴方は違うじゃないですか。
いくらでも他の人と知り合う機会があるでしょ」
スタバ店内だけでも、彼に興味を向けている者はとても多い。
緑色の肌をしているが、
子役の頃と比べるとがっしりした筋肉質になり、
もみあげが少し伸びて男性ホルモンを強く感じるが、
顔つきは童顔寄りで、強い精力を感じる。
この店内だけでも、誰に声をかけようと、
かけられた側は付いていくはずだ。
「いやでも君とそんなに変わらないよ。
なんか親しくなった相手がたまたまそうで、
じゃあ俺ってメンヘラがタイプなんだなあって」
「正気を喪っているのか?」
思わず失礼なことを口にしてしまう。
「たぶん理性より感情が好きなんだよ」
珈琲を飲み干し、
ビーストボーイは結論付けた。
それだけを聞いても山田には理解できない。
感情的な者と理性的な者なら、
どうやっても後者が良いに決まっている。
だがそれがビーストボーイなら別ということか?
ゴリラにもライオンにもクジラにもなれる強者なら
相手がメンヘラだろうとむしろ好ましく思えるのか。
「過去に何かありました?」
こんな欠点の見当たらないハンサムがメンヘラに心を囚われているとなれば、
考えられるのは過去に重大な出来事があったか。
問われたガーは口を手で隠し、考え込んだ。
ヒーローともなれば凡人には及びもつかない人生経験があるに違いない。
それくらいでなければ、
頭の狂った犯罪者や、世界的な脅威に立て続けに恋しない。
「ないなあ。ていうかあれじゃない?
人を愛するのに理由はいらないってことだよ!」
「そうですかねえ」
釈然としない。
けれども当人がそう言うならそうなのだろう。
そもそも山田はあくまで
“たまたま告白した相手がメンヘラ”だっただけだ。
能動的にメンヘラと知ってもなお関わろうとする人間とは別なのか。
「じゃあ君は?」
「なにがですか」
「どうしてメンヘラを見捨てないんだ。
警察に駆け込めばある程度の対処はしてくれるよ。
特にそこまで日常的なら証拠だって抑えやすいでしょ」
山田は言葉に詰まった。
それは……考えたことがないと言えば嘘になる。
あんなイケない奴らは一度は警察さんのご厄介になるべきだ。
どうしてなのか。
報復を恐れているのか。
それはその通りだ。
自分だけならともかく家族を本気で狙われたら
一般人である自分には打つ手がない。
……ヒーローに任せればいいのでは?
普通なら考えもしないが、
ビーストボーイは絶対に自分を助けてくれる。
ならば賭けてみても良いのかも。
「…………わからないです」
山田は決断しなかった。
千載一遇のビッグチャンスなのに。
自分はいったいどうしてしまったのか。
こんな機会は滅多にない。
まさか自分はビーストボーイの言うように本当にメンヘラが──
「カップヌードルはいかが?
塩味・カレー味・ハバネロ味がありますよ」
店員がトレイに色とりどりのカップヌードルを載せて
試食をしてもらいに来た。
「うわあ、日清の故郷すごっ。
カップヌードルの試食サービスをスタバでやるんだ。
君も貰いなよ、ヴィーガン向けのある?」
「完備だねえ!」
箸で麺を啜るガーが首を傾げた。
「食べないの?」
山田は黙ってウサギのお面をつけた店員を見る。
どれもお湯を淹れたてで、
熱々の湯気を放っている。
待っていればひたすらに麺が伸びていく、伸びていく。
「何やってるの辰ちゃん」
死神がスタバ店員の格好をして
カップヌードルの試食を勧めていた。
彼女を知っている山田は驚かないが、
ビーストボーイは知ったら驚くかもしれない。
「ふーん。やっぱりわかっちゃうんだね。
こうして会いたくはなかったよ純一。
友達にカップヌードルのチョイスを見せるのは
他人にAmazonの購入履歴を教えるくらいのプライベートだからねえ」
「いや……ここで働いてるの?」
「働いてないねえ!
ただロッカーから空いてる制服を着てきただけだねえ!
どう? 辰ちゃんのスタバファッション?
ノマドワーカーしてる?」
「うんうん可愛い」
「純一は素直だねえ。お世辞もうまいねえ。
初めて会った頃はほら、原始時代だったから
お互いウッホウッホしてて何話しているかわかんなかったねえ!
でもあの時も今も純一の心が暖かいのは伝わるよ。
できればここにいてほしくなかった」
山田の顔に手を触れる。
もう片方の手でトレイを置き、
選ばれなかったヌードルを自分で食べ始めた。
いつも通り何を言っているのかわからない。
強者の証だった。
この世界において何を言っているのかわからない人間と
瞳が澄み切った怪物は強く、恐ろしい。
特に今日のネズミファイターには底知れない違和感があった。
なにせヌードル用の箸を用意している。
彼女は手でヌードルを食べて爪の間をやけどするタイプだ。
前に消毒したことがあるからわかる。
お面の下には古風な美人の顔、気品漂う姫様がいるのだが、
これはお仕事モードの辰ちゃんだと山田は理解した。
「ここで何をしているの?」
「救済だね。お休みの合図だよ」
「なになにぃ? どうしたのよぉ」
ついに来たかと山田は思った。
メンヘラ共につけまわされ自由がなく、
友達や家族にも自由に接触できない日々。
死神は魂が迷う運命が定まった者に救済の死を齎す。
山田の魂が迷うことになるから、殺されるのか。
それは悲しいがテラに殺されるよりは良いかも知れない。
死にたくないが、終わりとしてはそれなりに良い。
彼女とは個人的に親しいから極楽へ便宜を図ってもくれるかも。
「俺を連れて行くのかい?
ただで終わる気はないけど、そっちは俺を苦しませずに死なせてくれよな」
「純一のバカッ! どうしてそんな悲しいことを言うの?
ドスケベどもに勝てなくても抵抗はしようよ!
心が強ければお茶漬けの二杯目!」
「俺じゃないの? でもこっちは──」
ヌードルを食べ終えたビーストボーイがカップを持ち上げて
適切なゴミ箱を探している。
「これどこに捨てればいいの?」
出会ったばかりだが、この人の優しさと明るさはわかる。
実害を何度受けてもメンヘラ好きというガンギマリな感性の持ち主だが、
それと心が迷うことに関係があるのか。
あるか、あるな、それ。
山田は一人で納得した。
「悲しいね。どうにか変えてあげたいと思うけど、これは無理だよ」
死の白刃が煌めく。
一足にガーの懐に入り、
腰だめの包丁を突き出す。
カップヌードルを堪能し、
ゆったりした直後かつ
完全に気を抜いていたことでビーストボーイは反応できない。
代わりに山田の体が勝手に動いた。
運動能力が高い訳では無いが、
メンヘラとの交際によって生命の危機には
そこそこ勝手に体が動く体質になっている。
これが他人の危機にも対応できるのは今、知った。
「純一……!!」
死属性を帯びた刀身が
安物のシャツの生地に突き刺さった。
尖ったものがぷよぷよな腹に刺さる。
死のアバターとなった少女と言えど、
友人が身を挺して止めに来れば動揺する。
後ずさった姫の手に包丁はない。
山田が彼女の手からもぎ取って咄嗟に懐に入れた。
即死はしていないが、
どれだけの時間が遺されているか。
とにかくこの場を離れようとまで思考を働かせ、
山田は己の体に傷が一つも無いことに気づいた。
「無傷……?」
「え……いやあいくら魂が迷わないと言っても、
それで傷がないのはありえないはず……まさか!」
お面を外して山田の首元と、シャツに鼻をくっつけて思いっきり匂いを嗅ぐ。
「やっべえ! やっべえよそれ!!」
「なにが? なにがマズイんだい、辰ちゃん!」
死属性を駆使できる辰姫曰く、
彼女が天敵とするのは愛属性だ。
愛は死よりも強く、人を活かすらしい。
だからネズミファイターは愛とスケベに強く恐怖する。
自分の攻撃が効かず、それとは別に肉欲が怖いから。
「練り込まれてる!
スケベが漬け込んで織り込まれて染めてる!
すぐ脱いで!!」
「おいおいこんなスターバックスのど真ん中で脱げだなんて……」
言葉とは裏腹に山田はすぐにシャツを脱いだ。
包丁はパンツの下に隠した。
ベルトで締め付け、落ちないようにしている。
無傷なのは佐々木か牧野、
山田を取り巻くメンヘラがシャツに何かを籠めていたかららしい。
いつやったのか、何をしやがったのか、
彼には知る術がなく、知りたくもない。
「そうか……あの二人のどっちかに守ってもらったんだな。
へへっ、離れていてもメンヘラと心は共にあるみてえだ。
オラ。なんだか胃がムカムカすっぞ」
脱いだシャツをスタバのゴミ箱に捨てる。
昔はこんな膨れた腹があるのに
人前で裸になるなんて考えもしなかった。
だが佐々木達との日々が、
青年の心を日々、屈強にしている。
服屋がすぐ近くにあるデパート内なら、
半裸になるなど造作もなかった。
裸になるのがだいたい佐々木のせいではあるが。
「大丈夫? モロに刺さってたよ」
「ああ、本当に問題ないですよ。
刃物向けられるのは慣れっこですし」
「ちょっと君。友達なんだろ?
いきなり何してんの」
ビーストボーイが辰姫を叱るが
彼女は反応せずに手配書を見ている。
ビーストボーイが鼻をひくつかせ、
相手の様子を探ると、
みるみる驚愕に染まる。
「………………え、なんで
デスの眷属がこんなところでバイトしてるの?」
「そうだよぉ、私はただの“死”だよぉ!
お前は凍えてるねえ、赤の守護者。
だからスタバに来たのさ!
珈琲を飲むと体がポカポカして眠れなくなるからね!
そうすると爺やがコラーって怒るんだよ、これ昨日の話ねグースカピー」
お面から鼻提灯を出し、
ネズミファイターは立ったまま爆睡した。
それで終わりはしない。
死属性を付与したナイフを振り回し、
辰姫がビーストボーイに近づく。
間違っても誰かが庇ったりしないように立ち位置を調整した上でだ。
爆睡しているとは思えない。
これが仕事中の死神か。
山田はあくまで対精神病質者に特化した性能だ。
プロの戦いの前では出来ることなどない。
「バッキャロー! お前が人を殺そうとするのを見過ごせっかよ!」
呼びかけに鼻提灯が割れた。
「ムニャ……でもね純一。これが仕事なんだよ」
「たまには休めばいいじゃねえか!
俺も久々にお前と思いっきり遊びてえよ!」
「なにして?」
「デパートを散歩しようぜ!」
「うわあ、楽しそう!」
前回はこれで何とかなった。
勝手に交通整理をしようとしていたところを
散歩で連れ出すことができた。
「でも仕事は仕事だよぉ。
この職に就くために生贄の儀をやったのだもの」
「どうして? 辰ちゃんは良い子だよね〜。
お散歩大好きだよねえ」
「良い子だから使命は果たさないとねえ。
このハンサム坊やは駄目だねえ。
心がとっくに迷ってるよ。病んだ女にばっかり夢中になって
そのせいで永遠にメンタルが彷徨うよ」
「そんな……ただティーン時代にイチャついた殺戮型のメンヘラに未練があって
今は世界滅亡のリスク抱えたゴス系と付き合ってるってだけで……
いやこれを自分から選んでるんだから凄えな、この人……
とにかく正義は……正義はないのかよぉ!」
「そのラインナップが何よりの証拠だねえ。
冷めたお茶漬けはそれはそれで美味しいのと同じ」
「ええっと、俺にはもう何が何やらなんだけど……」
頰を掻いてガーがぼやく。
それは当然だ。
死神に「メンヘラが好みのタイプなのは
頭がおかしいから死んで救済されよう」と言われても
理解できるわけがない。
それにメンヘラが好みなだけで魂が迷うほどなわけがない。
迷う寸前ではあってもだ。
「わかっているんだろう、赤のアバター。
君はずっと黄金時代に心の半分を置いてるんだよ。
それはいつかは時間切れを迎えて、心を彷徨わせる。
なら、死をもって守護者の座から降りる時だ。
君は生命の体現者なのだから」
辰姫の言葉に、心当たりのあったガーは沈黙した。
女子高生が大人と付き合う、
少年がとりあえずでメンヘラと付き合ってみる。
どちらもありがちな失敗。
ロリコン大人とメンヘラはカスではあっても、
多感な時期にこそ、そういった人種と付き合う利点はある。
女子高生は大人の財力を利用してエンジョイでき、一足速く上の知見を得られるし、
少年はメンヘラを通して取りあえずで交際相手を見繕ったり
見た目だけで判断すると家族丸ごと皆殺しのリスクがあると理解できる。
それにどちらも交際相手がカスであっても、
最悪の場合は学校という手堅い保護施設がある。
メンヘラも女子高生と付き合う負け犬も、
どれだけトチ狂っても学校にまで踏み入りはしないからだ。
故に、メンヘラやJKに欲情する大人と付き合うのは愚かな選択肢ではあるが、
一過性の思い出という教訓として馬鹿にできないリターンがあるのも事実であった。
逆に言えば、大学生以上でこれらと関わるのは人生の浪費でもあるからだ。
けれども、中にはその一過性の教訓に魂を引っ張られる者もいるのかもしれない。
眼の前のガーのように“世の中にはとんでもねえのがいるもんだな”
という学習だけで終わらせられないのがいるのか。
心からメンヘラを想っていると、そういうことが起こるのか。
山田には理解できない。山田はそうそうにメンヘラに小便も大便も漏らして
精液を出しているところも盗撮され、
恋心が恐怖と絶望に変換されていた。
「君の言いたいことはわかった。
でも、ほんの少しだけ待ってほしい」
「待つってどれくらいだい、
またカップヌードル食べたいのかい。
それなら好きなだけお湯を注ぐよう!!」
懐からカップヌードルを取り出した辰姫。
「テラに会いに来た。
だから、彼女と会うまでは審判を延期してほしい」
「駄目だねえ。そいつに会って心が迷うと決まっているからねえ。
赤の守護者の心が迷ったらそれ即ち、生命そのものの迷い子化だよぉ。
貴方はご自分の使命と存在をしかと認識できていますか?」
「それでも、お願いだ」
「まあよく考えよう、辰ちゃん。
ちょっと恋愛対象がユニークでも
幸せになる可能性は誰にでもあるんだから」
山田自身はその教訓を得るのにド派手に失敗した側だが、
その狂った性癖の持ち主ではどうやっても幸福はありえないと
薄々わかってはいる。
まともな人間はメンヘラと関わろうとは思わない。
あれらはこちらから近づくモノではなく、
気づけば憑かれているのが本質。
ガーの魂がすでに迷っているのはわかる。
しかし、だからと言って
わかりました眼の前で殺してくださいと受け入れはしない。
「こうなったら俺の死体を超えていけぇ」
「純一……」
「お客様。死属性を載せた包丁を店内で振り回すのはおやめください」
山田とネズミファイターが言い合っている間に
ビーストボーイが店員に
警備員を呼んでもらっていた。
普通なら絶対にやらないが、彼女は死のアバターだ。
条件を見対していないなら絶対に殺さない。
辰姫が警備員に軽々と担がれ、連行されていく。
「うわっ、離してっ。
お客様は神様だねえ!」
「んもう、いっつも言ってるでしょ?
そんな危ないものを持ち歩いたら怪我するって」
「横暴! 横暴だよぉ!」
手足をバタバタさせる辰姫に
事態の解決と見たビーストボーイが山田の肩に手を載せた。
ついさっきまで生命を狙われていたとは思えない気さくさ、明るさだ。
普段の自分が客観視するとどれだけ異常な環境にいるのか、
ビーストボーイを通して理解できた気がした
「放して!! こっちはやらないといけないことがあるねえ」
「じゃあ新人さん、おっきいからこの子を連れてってくれない?」
「うっす。もちろんっす」
「ヒドイ。こんなヒドイ扱いは初めて!
私にこんなことをする奴なんて────ダークサイドッッッ!!!!」
「ダークサイドッ!!」
不審者を引き取る警備員。
岩肌の大巨漢だが、
佇まいに知性を眼光に邪悪を放つ
その一柱はダークサイドに他ならなかった。
大都市にはあまり珍しくないモーテル。
その新人警備員として死神の引き取り手に
マルチバース最悪の大悪王が出て辰姫とビーストボーイは飛び上がった
「如何にもダークサイドだ。
ネズミファイター、いや辰ちゃんよ」
「な、なにをしているんだ……!?」
「見ればわかるだろう。
警備員のパートタイムジョブだ。
まさかお前たちは大悪王に職業選択の自由を認めない気か?」
ビーストボーイは沈黙。
辰姫はベテラン警備員のおばちゃんを避難させようと
その場から押し出し、
急いで非常ベルを押した。
モーテル中に緊急事態を告げるベルが鳴り、
ビーストボーイがゴリラに変身して
近くのテーブルをへし折った。
その音でようやく周囲に異常事態が知れ渡る。
ネズミファイター相手にはしなかった戦闘態勢に入り、
ビーストボーイがダークサイドに飛びかかれる体勢を取った。
街中に最強の神がいるというのに、
市民はスターバックスでの時間を楽しんでいただけでなく、
非常ベルが鳴っても原因がここにいると理解していない。
「すいません、このカップってどこに捨てればいいですか?」
「あちらだ」
あまつさえ、ゴミ箱を探した利用者が
ダークサイドに尋ねてすらいる。
異常な光景であった。
蟻が人間や象を見ても認識して動かないのと同じだ。
巨き過ぎるものには、生き物は判断を停止する。
太陽や雷は触れれば容易く生命を奪う。
だからと言って、太陽や雷の一挙手一投足に注目しながら生きている人間はいない。
ダークサイドと人間にはそれほどの存在の格差があった。
だから彼がモーテルの警備員になっても、
制服がパツンパツンで袖口が避けていても、
誰も異常性を認識できない。
「手際が良いな」
「タイタンズにシグナルを送った。
すぐにみんな来るよ。
あんただってフラッシュやレイヴン達を一人で引き受けたくはないだろ」
「まあ落ち着け」
店内から人が消えていく中で、
そのままのゴミをダークサイドは業務として
拾い上げてゴミ箱に捨てていく。
飲み残しのあるカップを纏め、
空のものは紙カップは捨てて
マグカップは返却口に整理した上で並べていく。
王にふさわしい手際の良さ。
かつてはマックのバイトとして
最優秀店員賞も受賞したというダークサイドの高い能力が見えていた。
「ここで戦う気はない。
素直に買い物でもしていくことだ」
「嘘つけ! あんたがThe市でなにかやろうとしてるのはみんな知ってる!
テラに何をさせたんだ!」
「売女女王のことか」
「テラは売女じゃない!!」
かつて淡い思いを寄せていた少女を売女呼ばわりされ、
ガーは激昂し、狼に変身した。
彼だけでダークサイドと戦うのは非常に分が悪い。
だが、タイタンズが来るまでの時間稼ぎなら……。
そうガーが必死に頭を働かせていると
後ろでネズミファイターが何かを騒いでいる。
彼女が戦力になるのか、
そもそもターゲット以外を攻撃できるのかわからないが、
できれば加勢してくれると、とてもありがたいと考えていた。
「ねえ、純一はどこ?」
「うん?」
一緒に珈琲を飲んでいた青年が、
気づけば付近から消えていた。
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テラ・マルコヴは生まれつきの邪悪だった。
目に付く全てに無条件の激しい憎悪を抱えていた。
だが、それは間違った感情という考えもあった。
これを表に出せば世界は自分を許さないと理解していた。
「お前を導いてやる」
そう、声をかけてくる者がいた。
デスストローク、スレイド・ウィルソン。
世界最強の傭兵という不動の二つ名を持つ者。
彼の言う通りに訓練をし、
力と才能を示した。
デスストロークはテラが成果を挙げれば僅かな称賛をし、
無理なら人格すべてを否定した。
少女は後ろ盾がなく、
自分を肯定し、自信を付けさせるものに貪欲だった。
王族の庶子だった彼女にとって、
世界最強の傭兵による承認は求めるもの全てだった。
デスストロークはテラ・マルコヴが力をつけていくほどに、
好意の感情を強く出すようになっていった。
初めは言葉、次に指先が肩に触れる程度のボディタッチ、
勇気を出してハグをテラからしたら
デスストロークは強く抱きしめ返した。
恋愛感情を何も知らないテラだったが、
スレイドも自分に強い好意があると思った。
だから言われたことは何もかもやった。
訓練が成功する度に
スレイドからのアクションは強くなった。
テラは己の才覚をどんどん花開かせていった。
ある日、ついにキスをされた。
白髪、白髭の壮年男性が自分に確固たる好意を証明したのだ。
テラは自分が特別なものになった確信をした。
次に、ティーン・タイタンズのスパイをしろと言われた。
無条件に承諾し、潜入し、
手に入れた情報をすべて報告した。
ビーストボーイは自分に好意を向けているのがわかったが、
あまりに幼稚で、相手にする気がなかった。
デスストロークからの愛情は日に日に強くなり、
ティーン・タイタンズの親愛の念や
友情に基づく行為も何も気に入らず、
逆にテラの生まれつきの邪悪さを強めることになった。
彼女はかつては倫理観や常識を備えてはいたし、
善性を持つのは良いことに思えたが、
デスストロークの抱擁と愛撫以外には満足しなくなった。
彼女は大人に抱かれて成長し、
それら全てを嘘だと知って一度は命を落とした。
だが少なくとも彼女は幸福になった。
縛るものが無くなったから。
デスストロークは彼女の邪悪さを肯定し、育み、解放し、見殺しにしてくれたのだ。
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