DCユニバースvsプラスチック姉さん 作:スカンジナビア半島
空を見上げれば、そこにはスーパーマンがいる。
人々は彼を通じて、この世界はまだ希望があると知る。
ただ一人の太陽のはずだった。
父と母はよくクラークに言ったものだ。
あなたは特別と。
空から降ってきた太陽で、
いつかは人を導けたら嬉しいと。
単純な子供だったのでクラークは
親の言葉を素直に受け取って自己肯定感を高めた。
それでも屋根に登って空を見上げると、
一人輝く太陽に言いようのない孤独を感じたものだった。
###############
マルチバースの改変は成功した。
一部エリアを除けば、誰もがダークサイドをスーパーマンと信じて疑わない。
事実として、過去に戻ればそこにはカンザスのスモールヴィルで
すくすくと育って学校に通うダークサイドがいる。
洗脳ではなく、現実自体が変わった。
玉座に座り、地球を見下ろす。
スーパーマン達はすでに強豪を落とすことができた。
ひっくり返しババアは誰にも見つからない場所に秘匿している。
ダークサイドの数式はついに究極に至ったと確信できる。
「父上、父上!!」
粗暴で知性の欠片も感じられない足音、
だが顔はもっと救いようのない品性のなさがある巨体。
ダークサイドの息子の一人、カリバックだった。
粘土で捏ねて失敗したゴリラのマスクめいた顔、
見た目通りに乏しい知性。
どれもがカリバックの心に消えない劣等感を与えていた。
「愚かな知性で父の思索を乱すな。
用があるなら手短かに言え」
「ハ、ハハッ」
萎縮しきっていても
僅かな期待を捨てられない。
カリバックは跪いて言った。
「チャームのスーパーパワー持ちを確保しました。
The市の住民です。我らで監禁しています」
父から褒められるとは思えていない。
カリバックは常に醜さと愚かさで、逸れものだった。
己の母親以外からは、立場が受け取る以上を向けられなかった。
だが、ここまでの大規模作戦で
ダークサイドが求めたものを確保したとなれば、
ほんの少しでも評価する言葉をもらいたかった。
「…………それがどうした?」
だが父は一切の感情のない無機質な目を我が子に向けた。
「な、なのでどうすべきかのご指示を!!」
「…………オライオンとスコット・フリーはどこだ?」
息子から目を逸らし、太古の昔に
善神の領域に差し出した息子と
善神より引き取って虐げてきた養子の話題を出した。
これも珍しいことではない。
カリバックが何をしても、どんな功績を挙げても
ダークサイドにとって、注目を向けるに値するのは
自分に反旗を翻した二人、二柱のみ。
「無事に貴方様の改変に巻き込まれております。
貴方のことはマルチバースの中心、スーパーマンだと」
「そうか……なら……
いい加減、奴らもこちらに来るかもしれんな」
独り言のようにつぶやき、
カリバックは関心から外れた。
ダークサイドは合理的で理性的だが残酷だ。
他者を無視して思慮の海に沈んだ彼に安易に声をかけようものなら、
文字通りに視線で殺される。
無数の軍勢を率いていても、
ダークサイドにとっては自身以外は
すべて代替可能な使い捨てだ。
「……失礼いたします」
力なく事務的に告げて
カリバックは父の前から去った。
目についた奴隷の頭を叩き割り、
逃げ惑う者の首根っこを掴んで貪欲に燃える
通路の外に投げ飛ばす。
どれだけ目下の者を痛めつけても
その心は一向に晴れなかった。
###############
スーパーマンの仮設基地。
そこでデータを集め、解析をしていた。
マルチバースのスーパーマンにはさまざまな人材がいる。
中には軍師をしている者もいた。
カルヴィン・エリスと軍師が会議をしている後ろで、
クラークは静かに家族のことを想った。
クライシスが起き、自分はスーパーマンの運命から弾かれたが、
父と母はどうなったのだろうか。
妻と息子はダークサイドの家族になっている?
あまりに胸がムカつく仮定だ。
「スーパーマン。調子はどう?」
恰幅の良い青年が隣に座ってきた。
スティーブン・ユニバース。
クリスタルジェムズのメンバーであり、
クラークは個人的にファン表明をしている相手の一人だ。
ピンク色のジャケットを脱いで、
黒いインナーだけになってコーラを飲んでいる。
「やあMr.ユニバース。二人は大丈夫かい?」
「ピンク色になった以外はもう大丈夫だよ」
「しかし気の毒だね。
せっかく実家を出たところだったのに」
「こういうのはどうしても運だから」
達観したように言う。
子供の頃から宇宙の巨大侵略帝国との戦いに身を投じ、
帝国の在り様を根底から革命しただけのことはある。
「ママが原因じゃないんだからむしろ気楽だよ」
「そ、そうか……」
地球以外の星の人間と地球人のハーフで、
生まれた時から異星人に囲まれて育ってきた彼に、
こっそりシンパシーを抱いてきたのだが、
気づけば驚くほどに大人びた振る舞いができるようになっている。
若者の成長は速い。
「君も家族が心配だろう」
「まあね。でもパパはみんなと一緒だから大丈夫」
口ではそう言っても内心は違うのがわかる。
コーラを握る瓶が震え、罅も入っている。
暴力を嫌う、敵でも殴り飛ばすことをしないスティーブンとは思えない思い詰め様だ。
こちらの不注意だ。不用意に言及すべきではなかった。
「すまない。失言だった」
「あなたが故郷を出た時はどういう気分だった?」
初めての独り立ちを中断された青年が尋ねた。
聞かれると言葉に詰まるが、
期待、落胆、また期待の繰り返しだった気がする。
今思うと、それは故郷を出てからずっとそうな気がする。
「自分の人生を生きているって感じかなあ」
もちろんスティーブンとは事情がまるで違う。
彼は故郷には二度と戻らないかもしれないと言っていた。
どこにいても家族にはいつでも会えるし
何かあったら駆けつけてくれるとわかっていると。
スーパーマンには実家は近かった。
その気になったら週末にちょっと飛んで帰って一泊するくらいに。
「とにかく君の人生はまだまだこれからなんだ。
まずは今という状況を乗り越えないとね」
そうやって締めくくる。
目の前を大勢のスーパーマンが通り過ぎ、
何事かを話し合いながらこれからの戦いに備えている。
そうだ。子供の頃はこんなにも多くの別世界の同一存在と会うなんて思っていなかった。
ましてや、定期的に集まるようになるなんて。
「子供の頃はキャプテン・キャロットに大はしゃぎしてたなあ」
「もっとおとなになったら一周してまた騒ぐようになるかもね」
「みんな聞いてくれ!
The市に突入するメンバーと囮になるメンバーで分けることにした!
私含むチームLはThe市に潜入し、チームSは伏犠とともに敵陣を引き付ける」
「太公望で良いと言うに」
飄々とした老獪な少年が手を払って舌打ちした。
マルチバースでもとりわけ貴重な
大局的な視点で動けるスーパーマンが決めたなら異論はない。
欲を言えば親友バットマンに託された側だ。
The市に行きたいところだが……。
大統領スーパーマンがこちらを見た。
同存在のはずだが、仮に編集長に成ってピューリッツァー賞を獲得しても、
これほどの深淵たる智慧を持つことはないだろう。
「The市に行くのは私、スーパーマン書記長、オムニマン、
ブラスト、サブジェクト=ワン、ゴールドスーパーマン、
火星人スーパーマン……」
選出される数多くのスーパーマンの名前。
それを聞くだけで悟った。
自分は絶対に選ばれない。
智慧者が相談し合っただけあって
The市に潜り込んでも生き残れる者が見出されている。
自分は絶対にThe市におちょくられ、翻弄される側だ。
残念だが、受け入れるしかない。
仕方がない。適性がないのだから──
「あのっ!」
だが自薦してもバチは当たらないだろう。
ピンと手を伸ばして立ち上がってみた。
ちょっと否定されても大事なのは挑戦する心、
自分がどれだけThe市向きの人間かを自己アピールだ。
「筋肉が危険を察知!!」
そんな鋼鉄の男の決心を嘲笑うように、
フレックス・メンタロが咄嗟にダブルバイセップスをした。
ドゥーム・パトロールがジャスティス・リーグの位置にある世界では、
フレックス・メンタロがスーパーマンだった。
「みんな、敵襲だ!!」
筋肉奇譚(マッスルミステリー)の波動が
スーパーマン達に浴びせられる。
The市潜入部隊に選ばれていたブラストという男が、
筋肉の波長にあてられ、長い青髪の美青年の正体を晒した。
「おやバレたか」
スーパーマンに変化していた者、
額に第三の目のある涼やかな美貌。
身分を隠していた。誰かはわからないが、
マズイ人なのはわかる。
それは纏っているプレッシャーからも明らかである。
「げえっ、楊戩!」
少年の見た目をした仙人が叫んだ。
彼の仲間であるらしい。
スーパーマンには極めて珍しい、
魔術と知略に長けた存在である彼の仲間なら、
ここに来てくれて心強い。
何故、ブラストに変化していたのか、
どうやってこの場所を知ったのかという疑問は置いておいてだ。
そう思っていたのに仙人の少年、伏犠の顔色が悪い。
教鞭めいた武器を取り出して構える。
「おぬし、わしの知っている、あやつではないな」
「初対面だからね」
「やはりか。悪く思うなよ」
教鞭らしき物体の効果が発揮される前に
その場の全員の目が潰れた。
間近で閃光弾が破裂したかのような強烈な光が網膜を灼く。
スーパーマンの超視力、そして楊戩と呼ばれた美形が
ブラストになっていたことから、
無意識下でスーパーマン達は意識して見ようとしていた。
そこに光による急襲。
何人もが目を押さえて絶叫した。
「それだけでは足りない。
時間を稼いで」
「ガーネット!?」
クリスタルジェムズのリーダーを見て、
スティーブンが驚きの声をあげる。
思わず駆け寄ろうとするのを
スーパーマンが止めた。
「人使いが荒いね」
楊戩の背中に黒色の翼が生え、
風と雷が発生する。
それから手元に霊珠が発生し大渦が吹き荒れた。
雷雲や嵐、水流で傷つく体ではないが、
敵の技の多様さ、それと指示を出すガーネットに
その場の全員が攻めあぐねた。
「いかん、皆のもの! ここは攻めの一択だ!
力で押しきるしかおぬしらでは──」
伏犠が言い終わる前に鋼鉄の体を持つスーパーマン達の四肢と胴体が次々と飛んだ。
坊主頭の武道家が丸鋸状の
尋常ではない斬れ味を持つ光線を次々と放った。
弾丸やミサイルではびくともしない
マルチバースのスーパーマンの肉体が。蹂躙される。
タイミング、角度、技の発生からの仕掛け。
どれをとっても超一流のそれだった。
「おお。結構やれたなあ。
久しぶりに修行の成果を出せたかも」
彼のことは悟空から聞いている。
鼻がない坊主頭の、非常に小柄な地球人。
彼の親友のクリリンに違いない。
今もなお両手から
鋼鉄を両断したものを生み出し、回転させている。
たしか気円斬という技だ。
使い方、効果だけなら速度・軌道ともに珍しくない見切りやすいもの。
だがクリリンの技巧にかかれば
非常に強力なものに早変わりする。
悟空が嬉しそうにそう話していたのだ。
「近くの人は負傷したスーパーマンをスティーブンに回すんだ!
すぐにくっつければまだ間にあうかもしれない!」
どう考えても即死だが
スティーブンの治癒能力は常軌を逸している。
次々に無事なスーパーマンが重症を負ったスーパーマンを抱え、
スティーブンごと退避する。
「逃がすな! 追え追え!!」
空中からホークマンとホークガール、
地上からメタモルフォ、
それにスーパーマンのアースにはいない人々も大挙して現れていく。
「ようし、俺も負けないぞ!」
「させるか!」
クリリンが他の敵と連携を取ろうとするのを
近くのスーパーマンが鳩尾に拳をお見舞いした。
一発でクリリンがダウンして横たわる。
マルチバースのスーパーマンの仲間が
堰を切って参戦してくる。
それを迎え討つ無数の世界のスーパーマン達。
空中で、地上で取っ組み合い、
または光線を打ち合い、
秘密基地がたちまちに崩壊した。
スーパーマンの仲間を倒すの自体は不可能ではない。
なにせおおむねこちらは相手を知っているが、
向こうはダークサイドによってこちらの記憶が消えている。
開幕のワンパンチで相手の想像を超えるダメージを出せるのがスーパーマンのメリット。それを使えばなんていうことはない。
いつも不意打ちで負けているが、
今回はこちらがそれをするのだ。
片っ端からやって来る人々を殴り飛ばしていく。
ホークマン、クリリンはすでに
高速移動に対応できずに倒されている。
だがこういう場合、厄介な者ほど残ってしまうものだ。
楊戩、ガーネットを捉えようと
スーパーマンが飛びかかっていくも、
彼らを捕まえるのは容易ではない。
長髪の美青年の方は変化のバリエーションが異常に多彩かつ、
時には向こうがスーパーマンに変化さえしてくる。
タフな美女の方は未来視と卓越した技術で
スーパーマンの攻撃を避けてはカウンターを叩き込んでくる。
「わかってきたよ。君たちは単純だ。
あまり複雑な攻撃をしない。
基本は直線、だから予測はしやすい。
ということは「このソニック様に足元を掬われるってわけさ」」
文字通りスピンしながらの超高速移動で
楊戩の足元に球体が突進して通り過ぎていく。
「くっ……六魂幡で丸ごと……!」
「いかん、ソニック!」
「遅すぎだぜ」
相手の動きを待たず、
ソニックが超高速の刃を無尽蔵に展開する。
音速の連打。それも一瞬の展開。
スーパーマンの動きに目が慣れてきたところにこれは効く。
ちょうど自分がやった変化からの誘発と同じようなことをされた形だ。
宙に飛ばされた楊戩に
無数のスーパーマンが群がって倒した。
「今だ。一番厄介な奴が落ちた。
The市に空間移動をするぞ!」
スーパーマンの中でも術に長けた非常に貴重なのが伏犠だ。
印を結んで陣を展開し、
遠く離れた場所とこちらを繋げた。
「そこの! さっさと通れ!」
こちらを指さして門に誘う。
だがスーパーマンは迷った。
The市潜入メンバーに選ばれていない。
リーダーであり人を率いて
マルチバース問題に慣れているカルヴィン・エリスの指示を仰ぐべきではないだろうか。
「僕に選ばれていない身で飛び込むようなワルになれと……?」
ケント家の教えに背くような
ダーティな行動だ。
緊急事態でもそういうところは気にしておきたい。
「たわけ! あれはブラフじゃ。
ダークサイドの性格上、
この位置を掴んで侵攻することは予想済みよ!」
「それなら僕が行ってもいいのかい?」
「させないぞ悪の超人どもよ!」
クラークが最後の了承を得ようとした所に、
リングが飛んできて
白銀の鎧と兜に身を包んだ貴公子が降り立った。
「ロビンマスク……!!」
キン肉スグルが誇らしげに語っていた。
すべての超人の憧れにして模範。
その理性と知性、そして頼り甲斐。
最強最高のシンボル。
「ふっ、敵とは言えど良い眼差しをしている」
「ここはわし……はやりたくないのぉ」
「さあ来い! ここで背を向けてダークサイドに勝てると思うなよ!」
「くっ、僕がやるしか……!」
伏犠が乗り気でないように、
彼は肉弾戦には不向きだろう。
そうなるとこの場ではクラークしか
ロビンマスクと戦えるものがいない。
あのロビンマスクと一騎打ちともなれば、
ただで済むとは思えない。
少なくともその間に──
「ダークサイド様だ!」
「ダークサイド様が来たぞーー!!」
「まずい!」
伏犠が開いてくれたここからの脱出口に
赫視線が予測不可能な絶対の軌道で伸びていく。
あれが破壊されてしまい、
伏犠を狙い撃ちされるとどうやっても数でここが陥落する。
身を挺して死線を受け止めようと
クラークが飛び出した。
朱の超幾何が心臓部分に迫る。
「余計なお世Wi-Fi!!」
スーパーマンには極めて貴重な術特化型、
髙羽史彦の術式《超人》の効果によって
すんでのところで死が逸れた。
「ほれ行け! ピンチャンの術はダークサイドでも手を焼く!」
「言うではないか、古き神(オールドゴッズ)の一柱如きが。
このダークサイドがM-1グランプリに出た
スーパーマンをチェックしていないとでも?」
人気お笑いコンビ、ピンチャンとして
コメディアンをしている髙羽史彦を前にしてさえ、
ダークサイドに遅れはない。
このクライシスを起こす事前準備に、
呪術廻戦全巻とエムワンのチェックをするのは、
ダークサイドにとっては当然のことだ。
「そうは言うてもΩがやんでいるではないか。
恐いのだろう? あの男に無駄なWi-Fiを飛ばされるのが」
余計なお世Wi-Fiとは
疲れてカフェで一杯しようと
注文して席についたら店舗専用Wi-Fiに
余計な弱小Wi-Fiが混入する現象を指す。
ダークサイドのΩは観測する現象のすべてを数学的に再解釈し、
数式に変換する。
だが余計なお世Wi-Fiは予測が不可能。
なぜなら、余計なお世話だからだ。
「試してみるか?
我がお笑い評が奴の心をベッキベキにへし折れないと?
こちらの笑いへの造詣の前では羂索などニワカに過ぎん」
「貴様ぁ! 相方を馬鹿にする気かぁ!!
好きになった時間で格を決めるのはよくないことだぞ!」
Wi-Fiを飛ばしていたコメディアンが
飛び出してきて叫んだ。
戦いには自分から参加しないコメディアンだが、
相方を侮辱されては黙っていられるはずがない。
スーパーマンの群れから余計なWi-Fiを飛ばしている者に辿り着くのは困難。
しかし、最強至高の数学者にとってはようやくバラエティに安定して呼ばれ始めてきた
下積み長めのお笑い芸人のメンタルなど小学生の算数よりも理解しやすいものだ。
「フレックス・メンタロと同じく五次元の究極に至った者よ。
M-1グランプリの決勝戦、まずはお疲れ様でした。
すごく笑わせてもらいました」
「なにぃ!? 応援ありがとうございます。
これからも色んなバラエティに顔だしたいですし、
先輩方の配信とかにも出ようと思ってますんで!」
マナーの行き届いた一礼。
業界の長さを思わせる。
そこに合わせるのがダークサイドの脅威たる所以。
相手が下げた頭に腰の低さを合わせて、
おだての形に入った。
「ピンチャンさんのネタ、とってもよかったです。
こちらは全次元を対象にし侵略侵攻する悪神の王やってますけども
エンタメに関してはアメリカ文化を主に摂取してるんで日本的なドツキ漫才的なのがなかったのも
たいへんに見やすく、色んな人が楽しめるように考えてくれているんだなと嬉しくなりました。
考えすぎだったら申し訳ないですけどもね」
「え、へへへへへ。アザーッス!!
俺も相方も、毎日どうすれば一人でも多くの人に笑ってもらえるか、命賭けてるんで!
お客さんが改変しやがったマルチバースが元に戻ったら絶対に伝えます!」
「ええ、これから貴方を殺しますし文明も滅ぼしますけれども
仮にこっちが負けたら、絶対にこれからのご活躍も追わせていただきます!
で、ここからはちょっと辛口な感想になるんですけども……」
「ひっ……!」
芸人の表情が一変した。
褒められて喜んでいたのが
長丁場のお説教に怯える生徒のそれに変化した。
「あれあれ、恐いんですか? 芸人さんなんだから感想はどんと来いですよね?」
「ちょ、ちょっと相方と同席してる時にしてもらえると……」
「ですが貴方を今から殺しますし……存在から消滅させるから魂も残りませんよ?
ハァ、がっかりだなあ。
一人でも多くを笑わせたいのに悪神王の批評一つも受け止められないんですね……客を選ぶ気ですか?」
「そ、そんなわけないじゃないっすかぁ!!」
雲行きが怪しくなってきた。
ダークサイドは現在、最強の呪術師が引き受けてくれているが、
数学の支配者によるダメ出しを前に、
どれほど自分の面白さを信じ込めるか。
スーパーマンも長年、己のトレンディさを確信しているつもりだが、
ヒーロー仲間にもクラークとしての友人達にも
ファッションセンスの異常さは繰り返し指摘されている。
息子に初めての恋人ができた辺りで、
ファッションデザイナーになる夢を諦めたものだ。
ダメ出しも一度や二度なら耐えられても、
いつまでも耐えられるかはわからない。
それは身をもって知っている。
「さあお笑い芸人の試練を待つ気はないぞ。
どちらか一人が上がって来い!
今日は悪が潰える日と思え!」
忘れていたロビンマスクがリングに上がれと急かしてくる。
「私も参加しよう」
「ガーネット!!」
最悪だ。ロビンマスクだけでなく、
クリスタルジェムズの頼れるリーダー、
ガーネットまでリングに昇った。
流れ的にスーパーマンと伏犠のタッグチームになるしかない。
「こうなったら伏犠。
一緒にやろう!」
「待って。僕がやる!」
負傷者の治療を急いで終わらせた
スティーブン・ユニバースがリングに飛び乗った。
彼の治癒能力の高性能さは死者すら蘇らせると言うが、
あの数をこなしてすぐに駆けつけるとは。
「ガーネットは僕の家族だ。
僕がやらないと!」
「ええい、よさんかスティーブン。
おぬしのような若者がそのような苦しみを味わわんでいい!
かくなる上はわしら二人で……」
「いや、よく言ったスティーブン!!」
桃色の閃光が治療室から伸びてスティーブンの隣で急停止した。
孫悟空が全身を桃色にし、
戦場へ帰還したのだ。
「悟空。いいの?」
「気にすんな。おめえに助けてもらった命だ。
恩返ししねえとな」
「相手にとって不足はないようだが、
ピンクダイアモンドの超人オーラを放つタッグとは面妖なり」
「ピンクじゃねえぞ。
……ハアァァァァァァァァァッ!!」
気合を入れた孫悟空が全身のピンクを
髪と気に集中させ、凝縮させる。
美しいダイアモンドの光沢を持ち、
ピンクダイアモンドの加護が載ってパワーアップした気が、
リングを大きく揺らした。
頭髪にピンクダイアモンドが凝縮した
超サイヤ人が立っていた。
「超サイヤ人ロゼ、らしいな」
「これは……超人強度一億パワーだと……!!
我が好敵手ダークサイド撃破の良い前哨戦になってくれるだろうな」
不敵に笑う孫悟空に、
ロビンマスクが満足そうに深く頷いた。
互いが互いを全力をぶつけるべき相手と認識したのだ。
矢面に立つ形の戦いにはまだ不慣れと言えるがスティーブンも盾を出す。
恐怖はないが、家族と戦うことへの躊躇いが
彼の快活さにべったりと影を塗っている。
「大丈夫だ。一緒におめえの家族を助けてやろうぜ」
悟空が勇気づけた。
いつもは風のようにとらえどころがなく、
何事にも屈託のいない彼。
しかし、若者にやる気をもたせることには
父親としての経験から来る適性がある。
「うん、僕、頑張るよ!」
「よしその意気だ。
一緒にねーちゃんを助けような!」
今にも戦いが始まらんとする中、
ガーネットっとサファイアの騎士の双手と
ピンクダイアモンドの二人というタッグマッチに戦場の注目が集まった。
「こっそり行こうぜ」
そのタイミングに乗って、
スーパーマン達を黄色いシェイプシフターの犬が背に乗せた。
ウー大陸のスーパーマン、
ジェイク・ザ・ドッグが伏犠の開いた門に押し込んだ。
###########
門を通ったのはジェイクが両腕に抱えられた数だけ。
誰が通ることができたか確認はできなかった。
門の先に到着して思ったのが、
息苦しく、体が重く、頭がぼーっとするということだった。
ジェイクが乗せていたスーパーマン達は何人かいたはずだが、
何分、急場のものだったためか、はぐれてしまったらしい。
そして、厄介なのが今いる空間の大気。
あまりにも淫靡な鱗粉が舞っている。
セックスクリプトナイトとやらを大量に用意し、
空気中に散布しているのだろう。
クリプトナイトほどの即効性はないが、
人種問わずにすべてのスーパーマンに通用するセックスは
この状況においてはあまりに強力だ。
体がダルく、頭がボーっとしてしまう。
市民は変わらず生活しているのに、いったいどういうことだ。
それがThe市ということなのか。
「とにかく人目を避けよう」
ここはクライシスの爆心地らしい。
ならばここでの警備は非常に厳重のはずだ。
「おい、あれ……」
「マジかよ」
男子高校生の一団が隠れようとするクラークを目敏く見つけ、
指をさして声を上げようとしていた。
この状態で人を呼ばれると逃げ切れるか。
セックスクリプトナイトの影響下もわからないのに。
「スーパーマンだ!」
「すげえ、本物じゃん!!」
「写真撮っていいかな」
「おいやめとけよ。
なんか取り込み中みたいだぞ」
冷静そうな長身の少年がたしなめて連れて行く。
次々に頭を下げてなにかしらの励ましの言葉を言ってくれた。
ありがたい。力が湧いてくる。
だがどうしてこちらの正確に認識していたのか。
「ダークサイド様の言った通りだ!
スーパーマンが侵略しに来た!!」
ピースメーカー達はそうでないらしい。
よく知る特徴的なヘルメットの部隊がこちらに押し寄せてくる。
逃げようとすると脚の所に不可思議な押印が施された。
「なんだこれは」
「番天印、発射!」
印から光線が放たれた。
悪い予感がしてどけていなければ不味かった。
次々にスーパーマンの体中に押印がつく。
逃げる、逃げ続ける。
仰々しい判子めいた兵器を担いだピースメーカーの一団は
幸運なことに大きな武装をしたせいで足が遅い。
だが番天印とやらの実質的な長くて遠い射程から逃げるのは難しい。
高速移動も鈍っている状態で
フェンスを乗り越え、道路に降り立ち、
また駆け出そうとした瞬間に、
隙間のない周囲を押印が張り巡らされた。
「……そんな」
来てそうそうに終わるのか。
しかし烙印から光は出てこなかった。
だけでなく次々と印が消えていく。
「スーパーマンさん、無事ですか!」
ピースメーカーの一団全員のお尻を露出させて撃破した国木が
ズボンを上げながら手を振っている。
The市を根城にする新進気鋭の少年ヴィジランテ。
バットマンもナイトウィングも、あのマンすら認めたという将来有望なヒーロー。
「でもわざわざお尻を狙わなくとも……」
倒されたピースメーカーは一様にお尻を押さえて呻いている。
クラークとしては中々に受け入れがたい。
頭の中では市民やヒーロー、政府の秘匿情報を握り、
あらゆる情報にアクセスし、
悪には時に全身骨折の制裁もするバットマンと比べれば、
ちょっとお尻をこつこつとするだけという国木の戦い方は人道的だ。
警察に捕まってもただの傷害罪で終わり、
バットファミリーやグリーンアローファミリーが課される刑よりも
遥かに軽度で終わるだろう。
だが、悪人相手とは言え、強姦をしていいものなのか。
これまでバットマンやヴィジランテの在り様を受け入れる時に経由したのと同じ、
己の正義の許容度を国木/お尻警察は試してくる。
「くっ、まだまだ新手が来るようだ。
とんだホテルの朝食ビュッフェじゃないか」
ピースメーカーの第二波が足場ごと切り取られ、宙に飛んでいった。
金色の髪に大地を意識したデザインのコスチューム。
惑星崩壊級と恐れられたメタヒューマンのテラ・マルコヴが
お尻警察と行動をしている。
とても想定外の組み合わせだった。
「テラ。君がまたヒーローと活動をしているだなんて」
「べつにあんたらに与したわけじゃない。
こっちはその甘さは今も吐き気がしているよ」
ティーン・タイタンズに
潜り込んでチームの崩壊を目論んだ、
強烈な攻撃衝動を抱えた危険人物だ。
しかし、今のテラはだいぶ穏やかに見えた。
クラークは激情しているテラを直接見ていない。
だが、それでも聞いていたテラ像とはかなり違っていた。
そんな疑問に答えるようにかつてのユダの代名詞は国木を指さした。
「でもま、こいつはデスストロークを強姦したのが傑作だわ」
そんなことがあったのか。クラークは納得した。
少年少女へのグルーミングを専門とする
宇宙最強の小児性愛者と恐れられるデスストロークは、
その通りの手練手管でテラをタイタンズへの鉄砲玉に仕上げた。
彼女の最期は歪められた人生と、取り巻く社会への憎悪と怨嗟に溢れていたと聞く。
そんな彼女にとって、
デスストロークのお尻にいけないことをしたという
お尻警察は──
「それを聞いたら、今までずっと頭の中で暴れてたモヤモヤが、
嘘みたいに有耶無耶になったから。一緒にいることにしたの」
「ディック達が聞いたら喜ぶだろう。
そうか……強姦でしか救えない心もあったか」
それで認めていいのかはわからない。
しかし、バットマンのこともそうやって受け入れてきた。
ヴィジランテ活動に悪党のお尻を使うヒーローのことも
受け入れるべき時代なのだろう。
つくづく自分は頭が堅いというか常識外のことに
戸惑いやすいと心のなかでため息を付いた。
「安心してください。ビーストボーイさんにも頼まれました。
こいつのことは俺が面倒を見ます。
俺のことは可能な限りプラス評価で彼に語ってください。
野球部ですからいつでもバットを磨いておきます」
「いや、彼は恋人がいるよ?」
「俺の恋は止められないぜ」
助けてもらってなんではあるが、
そろそろThe市仕込みのコミュニケーションについていくのが
精神的に難しくなってきた。
「話を進めよう。君たちはどうして僕のことを認識している?
今は誰もがスーパーマンを忘れて、
その座にはダークサイドがいたと認識しているのに」
「わかりませんが。ナイトウィングさんはここがダークサイドのお膝元になったせいで
The市は現実改変の影響が薄いと言っていました。
代わりにセックスクリプトナイトが他より高濃度で噴射されているようです」
「なるほど。とにかく、君達に会えてよかった。
一緒に来てくれるかい?」
そう言って手を差し出すが、
後ろにまだまだ続々とピースメーカーの部隊が来る。
ダークサイド直属ともなれば、命令に忠実ということか。
銀色の特徴的なヘルメットがさらにやって来た。
今度は宝石を体の一部に備えた怪物たちと、
バナナの衛兵を引き連れている。
「国木。ハルナを探すんだろ」
「……お前の言う通りだ。すみません、スーパーマンさん。
ここであいつらを引き受けます。
囮になりますから、タクシーを拾ってこの住所に行ってください」
メモを手渡され、
すぐに記憶してヒートビジョンで焼いた。
スーパーマンは己の早計さを恥じた。
男の子のお尻に腰をパンパンとスパンキングしたいがためにヒーローをする。
そんな彼にヒーローとしての人格面・欲求面での厳しさを見たが、
こうして正義のために世界の敵側になる国木の後光にはまさしく
ジャスティスの大いなる夜明けが見えた。
「ありがとう。君達も気をつけてくれ」
「この出会いは光栄でしたよ」
国木とテラに任せ、
スーパーマンは全力でタクシーを拾いに走り出す。
背後では岩石・電柱・建築物が重力に逆らって浮遊し、
未来の大ヒーローがバルクアップした。
「さあ来いよ。全身を乳首にしてやるぜ?
今から逃げても追いかけちゃうからねーーー! 覚悟しといて!」
全身の服が破けて、
腰が超振動を起こす音が聞こえる。
急ぐスーパーマンの耳に
ピースメーカーたちの悲鳴が響き渡った。
いくらダークサイドの部下となっているにししても、
お尻を強引に刺激するのは気の毒だ。
「お尻で愛のリトマス試験紙しようぜー」
後ろ髪を引かれるものがあったが、なんとか振り切る。
「へい、タクシー!」
振り切って大通りに出て、タクシーを拾った。
すぐに車が止まって、
小太りの運転手に、行き先を伝えた。
独特の人工革の香り、行き届いた車内清掃。
客と運転手の仕切り。
一息つけるかと全身をリラックスさせた。
ゆっくりと発進するタクシーと、
運転手が話しかけてきた。
世間話はむしろしたいところだった。
「お客さん。スーパーマンだろ」
運転しながらバックミラー越しに運転手が尋ねた。
「もちろんです」
顎を引いて頷く。
「この街以外じゃ大変らしいじゃないか。
応援しているよ。宇宙人らしいね。
人種的には日本人でも白人でもないんだから
劣等人種として人助け頑張って自分は人間と証明しなよ」
「……………………?
…………!?」
「おっとごめんよ。
昭和の人間だからデリカシーがなくて!!」
運転手は照れ笑いをするが、
瞳は笑っていない。
絶句した。タクシー運転手がこの手のタイプなことなんてあるのか、
実質的にはこの中年男性がThe市の第一市民だというのに。
「あの、それじゃあ目的地までお願いします」
「もう着いたよ」
この国はあまり広くないとは知っていたが、
驚きの速さ、快適さだった。
開幕のあまりのレイシスト発言に呆然としていたら到着している。
揺れはほとんどなかった。
「ありがとうございます。
運転お上手ですね。アメックス対応してますか?」
「おお、プラチナカードかい。
お客さん、宇宙人のくせにお金持ちなんだなあ。
人助けだけで働いた気になって星に寄生する虫野郎と思っていたよ」
「………………!?」
またかまされた。
「おっと、すまねえ。昭和じゃねえんだから、ダメだよな。
今は令和! 女を殴るのも人種差別も昭和だけのこと!」
とりあえず、昭和ってなんだろうかと
スーパーマンは思った。
どんなコミュニティにいてもこれは言ってはいけないことのはず。
なのに昭和なら当たり前のように言われても。
ヴィランでさえ、性差別と人種差別には敏感だ。
支払いを終えて、
タクシーから降りた。
なんてこったという気分に包まれた。
忘れよう。今は世界の危機だ。
昭和とやらにかまってはいられない。
そう考えて目的地に向かおうとしてから、
考え直して踵を返した。
タクシーが走り去ろうというところを全力で追いかける。
車のナンバープレートに指を引っ掛ける。
頑張ってトランク部分を手で叩くと、
追いかけてきたことに気づいて車を止めた。
やはりできない。ここで見過ごせばこのような昭和とやらの人が、
人に危害を加えてしまうかもしれない。
言葉で説得だ。
窓が降りて運転席の昭和が見えた。
「ごっほん。停車させてすみません。
しかし、私にはですね。貴方の振る舞いは受け入れられません。
昭和というものが何なのかは知りませんが社会人としての責任を持ってください。
貴方の周りの子どもがそのような振る舞いを見れば「昭和パンチ!!」ぐあぁっ!!」
顔面にパンチをもらった。
タクシーの運転手が拳にノスタルジー、
いわば子供の命が軽く、女性は殴って服従させる、
自国民以外は差別対象という
古き良き昭和大和男子の黄金時代を、載せた。
この国が誇りし大和男子パワーにアクセスしたとしか思えない強力なパンチだった。
セックスクリプトナイトは昭和に味方しているのか。
「話の途中ですよ!?」
「お客様は神様だけど降車したら穢れた血!!
負けない! 白人以外には大和男子が負けるわけない!」
「ぐっ、なんだこの一撃の重さは」
「昭和の男は毎日、妻を殴って強いパンチ力を育む!
鋼鉄は妻より柔らかい!!」
「何故、奥さんを殴るんですか!?」
「昭和にはDVの概念がなかった。
ずっと夫は妻を殴るものだった!
なぜなら、夫は男だからチンポがある。
無い哀れな劣等性別にしてやれるのはチンポの代わりにパンチ!!」
「もしかして……昭和って時代の区分なのか!
そんな狂った時代があるわけない!」
「チンポはあっても穢れた血!
昭和の男気で清めねば」
「馬鹿な……!? 骨が折れても殴ってくる!?」
いくらセックスクリプトナイトが効いていても
まだ拳銃は弾くことはできる。
そんな体を殴れば素人は骨が折れる。
しかし、このタクシー運転手は止まらない。
「負けない! 負けるわけない!!!!!!!!!」
折れた両腕による
激しいラッシュ。
思い込みと信念は不可能を可能にしていた。
一般市民に手を上げるわけにもいかない。
「貴方は昭和ならその言動を許されていたと言いますが、
そんなわけがありません!
少なくとも、今廃れたのなら、内心は反対していた人がいたんですよ」
「白人じゃないなら口を開ける前に
劣等人種が失礼しますと言うべきだよ」
「なんだって……?」
「世の中のルールだ。
よかったね。今日学べて」
何故、その辺のタクシーに乗っただけで、
こんな恐るべき強敵に連撃されているのだ。
The市、なんという暗黒都市。
「さあ、歳上の日本人チンポ様に
生意気にも劣悪種族が注意しようとしてごめんなさいしなさい。
昭和とダークサイド様に免じて許してあげようじゃないか」
「なんだと……!?」
「知らなかったのかい? 劣悪種のくせに
ろくに勉強もしていないのか。
チンポある偉大なパワー持ちの市長がアポコリプスの元留学生なのは
市のホームページにもある公然の事実だろう。
善良なる市民ならば市長の指針には従うものだよ」
なんということだ。
The市でも国木のように正しい心の持ち主に会えて油断していた。
市長のような狂ったアポコリプス系を選挙で選ぶような市民。
頭でわかっていても心が望んでいなかった。
この街はスーパーマンのことを覚えているが、
根っこがアポコリプスの文化なのだ。
「さあごめんなさいをするんだ。
ちんぽ以外は人種・年齢・昭和全てで劣ってごめんなさいって」
こんなところで市民に殴られている場合ではない。
そろそろ殴り返そうという時に、
銀色の巨人のお面をつけた老人が割って入った。
「あなたは……!」
昭和のタクシー運転手が目を見開いた。
この街を代表とするヒーロー、マンがいた。
お面を取ればそこには普通の老人がいるのみだろう。
しかし、彼は昭和生まれであり、それ以外も全てが昭和という枠組みを超えていた。
「へあっ」
「マン……どうしてそんなことを……」
「へああっ」
「ヒーローは全てのためにいる?
そんな馬鹿な……昭和を裏切るんですか?
もう女と非白人を殴ってはいけないと言うのか」
スーパーマンを殴るのに使っていた差別の拳をマンは優しく包んだ。
鋼鉄を無理矢理殴り続けてボロボロに折れている拳を少しも傷めないようにしている。
その愛の深さにクラークは感動した。
何一つ好感の持てるところのない相手だろうとも、
深い愛情で接するのだ。
「マン……」
「へあっ」
スーパーマンには何を言っているのかわからない。
しかし、誠実と慈悲の言葉だとわかる。
マンの存在が巨大(ウルトラ)さに、男も揺れた。
「へあーーーーーーっ!!」
伝わったので愛情を示す時間は終わった。
次はお仕置きだ。悪魔もワンパンするパンチで
男を殴り飛ばした。
昭和がマンの鉄拳をもらっては、
太刀打ちできるはずもない。
「愛情は……?」
壁に跳ね返った運転手をさらに殴って
バウンドをリピートさせる。
「おのれ……令和……!」
男の意識が今にも途切れそうな頃合いで、
またもスーパーマンの知らない単語を述べた。
昭和だの令和だの、アメリカ人にはわからないことばかりだ。
昭和のタクシー運転手の首に
枯れ木のような腕が巻き付いた。
「へあっ」
裸締めで意識を落とす。
全身が弛緩して昭和が倒れた。
「ありがとうございます。
しかし、彼は本当に良くない人でしたが、
愛を受け取る資格くらいはあったのでは?」
見たところ、あと一歩で心が通いあったはずだ。
「へあへあ」
「時間がない、ということを言っていますか?
それはそうかもしれませんが……。
ところで昭和だの令和だのは実際になんのことだったんですか?
本当に時代の区分? そんな馬鹿なことが……」
マンはスーパーマンの甘い考えは取り合わず、質問も流された。
昭和とは、この国の邪悪な秘密結社なのかもしれない。
そのままに近くのマンホールから降りて、
マンがJSAに貰った基地に行った。
バットマンの用意する施設ほどには設備は充実していない。
しかし、それ以上にアットホームさがあった。
あの場所から抜け出していた
スーパーマンの何人かがホストに持て成されていた。
「ママ! ママ・ヘンケルじゃないですか!!
ここにいらしたんですね」
恰幅の良い老婆が鍋をかぶって
マンと似たお面の女性とボリューミィな食事を作っていた。
鍋のような仮面、兜ではない。
そのものである鍋をかぶっている。
JSAのベテランヒーロー、
世界最古のご当地ヒーローとして活動していたのが
初代レッドトルネードのマチルダ・MA(ママ)・ヘンケルだ。
マフィアに生命を狙われ、家族のために引退と潜伏をしていたとのことだが、
まさかここで会えるとは。
「あらクラーク。
元気そうじゃない。ご家族はいないのね」
「妻はいたく貴女を尊敬していますから、
会いたがってると伝えたら喜びます」
「いやだよ、どんなおめかししたらいいかわからない。
それより田中ちゃん、おいで。クラークが来たよ」
だだっ広くて快適な応接間の隅っこで
エッチな表紙の漫画を読んでいる青年がいた。
朴念仁を絵に描いたような出で立ちだった。
「スーパーマン」
「オリジン。良かった、無事だったんだね」
「俺の故郷がこの近くなんだ」
世界で初めての心を持ったロボット、
“ちゃんと生きるんだ”という製造者で父でもある男の遺言に従い、
歴史の裏で金に苦労しながら人々を守っているスーパーマン。
まだ若いが田中という名前で一人暮らしをして
日夜、家事やエネルギー補給に悪戦苦闘しているらしい。
クラークも心の中で応援していた。
初めての一人暮らしは大変だ。
「それは?」
「エロ漫画だ。これを副業にして細々と稼いでる。
俺のアースではここまで潤沢に非AIのエロ漫画はないから、
取材がてらに読んでいた」
知らなかった。彼はエロ漫画家だったのか。
同じアーティスト業のグリーンランタンと気が合うかもしれない。
「へあ」
マンがJSAとスーパーマン達を連れて来た。
ジャスティス・ソサエティ・オブ・アメリカ、
大昔に活躍した伝説のヒーローチームだ。
クラークが子供の頃には残念なことに活動自粛期間にいたが、
父ジョナサンがJSAの大ファンだったので
いつも話を聞かされていた。
活動を続けていたら、クラークの進路は
新聞記者になるよりもJSA関連の仕事だったのかもしれない。
マンと親交があるとはバットマンより聞いていたが、
こうして前時代の伝説を目の当たりにするのは壮観だった。
シャザムとアポロもそこにはいた。
「こんなにも多くの君と会ったの初めてだよ、クラーク」
「こちらもあなた達が一同に会するのを見られて光栄ですよ。
父に言ったらきっと大喜びします」
初代グリーンランタンのアラン・スコットと握手を交わす。
グリーンランタンといえば酷く癖のある面々が揃うものだが、
最初のグリーンランタンという彼は、冷静沈着で品行方正だった。
戦いと人生の長さがそのまま智慧と理性を鍛えたと言わんばかりの人物だ。
アランの横から大柄で筋骨隆々の黒猫が出てきた。
ワイルドキャット、元ボクシングヘビィ級王者のテッド・グラント、
同僚のキャット・グラントと名前がそっくりだが他人だ。
「何だ。おめえの親父さんの推しは?」
「全員好きって言ってました。
Dr.フェイトがいないことだけが残念です」
「なあに、あのクソったれ仮面の寝返りはいつものことさ。
それより今度里帰りした時にもっと聞いてくれよ。
そういうのは絶対に“最推し”がいるってことだからよ」
「少し良いかな?」
白銀を頭に載せた、朱い閃光が現れた。
ジェイ・ギャリック、初代フラッシュ。
バリー、ウォリーと同じくスーパーマンとレースをしたことがあった。
「テリフィックに頼まれたことをこなしてきた。
テラさんの協力もあってのことだが、
黒い太陽へ向かう方法がわかった」
そうだ。クラークはウォッチタワーから世界の異変を見た。
黒い太陽は見えても、どうしてかそこへの道筋はわからなかった。
いったいどういうことだったのか。
太陽はスーパーマンにとっては、この国の人々にとっての食べ放題店と同じだ。
いつでも行けるがそう多くは行かず、
ついに行くと全身がワクワクしてはちきれんほどの充足感に浸って帰宅する。
地元の美味いレストラン、特に焼肉の場所は誰もが知っているのと同じで、
クラークは太陽へのルートを熟知していた。
「神界にあるらしい。この土地の神にも訊いたから間違いない。
ダークサイドはそこにいるはずだ」
「おっぱいパックマンか。
俺も会いたかったぜ、ちくしょー」
ワイルドキャットが拳を打ち合わせて嘆いた。
彼には特殊な能力はない。スーパーパワーってものとは無縁だ。
だがヒーローネームの通り、彼は猫だ。
猫は九つの命を持っている。だから彼は何十年も世界最高峰のボクサーのままだ。
バットマンをワンパンチで倒したことさえある。
あれには全ヒーローが沸き立った。
「君達にはサバエナの案内で神界を通る。
そこは井戸らしいが神々のルートを知っていれば問題ない。
私達はロートルだ。
君達の充実した前線要員とは違うが、露払いをしようじゃないか」
「JSAの全面バックアップですか。
感激だなあ」
「何人かはジャスティス・リーグ・ダークと行動しているがね。
タイタンズ、JLD、そしてスーパーマン。
それがThe市のキーとなるチームだ」
ジャスティス・リーグ・ダークも行動していたとは。
バットマンが赤ちゃんになってティーン・タイタンズに加入したとは聞いているが……
聞いているがどういうことなんだ。赤ちゃんになるとはなんなんだ。
なんだこの街は。タクシーでThe市の洗礼を浴びた彼には
もう何がなにやらなメンタルになっていた。
「ではここにいる人達を集めて向かいましょう」
「お尻警察の連絡待ちだ」
「そう言えば彼らは何をしていたのですか?
独自の活動をしているようですが」
「サイドキックがアポコリプスに攫われたらしい」
スーパーマンは頷いた。
なるほど。それは一大事だ。
ピースメーカーの部隊を引き付けたのも
正義感と性欲があっただろうが、
それ以上にサイドキックを助けるためだろう。
『ドクター・勃起が連れて行かれた場所がわかりました。
五稜郭にあるピットだそうです。
できれば貴方達の行動と時間を合わせたいのですが……』
基地のスクリーンに国木が映し出された。
彼の背後にはお尻を突き出したピースメーカーと
パラデーモンの山がある。
かなりの大軍のはずだがまさか意にも介さないとは。
しかもアップになっている顔が僅かに前後に振れている。
映し出されていない部分ではナニが行われているのだろうか。
「なら僕も彼らと行きますよ。
後から向かいます。
ていうか、ピットからでも黒い太陽に向かうルートはあるでしょう」
『お気持ちだけ受け取っておきます。
今は一人でも多くのスーパーマンがダークサイドと戦うべきです』
国木は首を振った。
肉と肉が打ち合う音が聞こえているが
そこは無視したい。
「君には助けてもらったからね。
それに誰かを助けようとする人を見過ごすわけにはいかない」
『マルチバースの危機なのは知っているでしょう?
まだまだ未熟な勃起ペニスなのは承知の上ですが、
俺ができることなら俺がやります。
世界よりも一人の命の方が重いなどとは言いませんよね?』
「そうだね」
スーパーマンは頷いた。
国木も毅然とそれを受け入れる。
彼は有望な未来を持っているが、それでもピットに単身乗り込むのは危険だ。
テラも協力するとしても多勢に無勢だろう。
多少の加勢で良くなるとも思えない。
あそこに行けば恐らくは将軍の誰かとも戦うことになる。
それに国木のサイドキックとは会ったことも話したこともない。
ドクター・勃起とはいったいどういう名前だ。
しかし、スーパーマンは笑顔で続けた。
「でも軽いなんてこともないさ。
一緒に頑張ろう」
下半身の前後運動も忘れ、
国木は静かに一礼した。
#############
アポコリプスが惑星を殺すのに使うのがピット。
そして、ピットが植え付けられた所は
破壊しなければ必ず滅ぶ。
星のエネルギーを業火に転換して燃焼し、
それを防衛するように要塞が建てられていた。
カリバックは長年の苦楽をともにしてきた武器を撫でる。
誰にも期待されない彼にとって、
相手を叩き潰す武具だけが、
確かな絆を感じさせてくれる縁であった。
眼の前に吊るされているのは、
地球の価値観に照らすと
おおよそ絶世の美貌と称して差し支えない少女。
「従うと言え!!」
神具ベータクラブにフォースフィールドを纏って
少女の鼻を掠めるように揺さぶっていく。
父のダークサイドには何の指示も受けていない以上は
彼は己の不出来な頭を自覚しながら動かざるを得ない。
「嫌です」
The市で最も美しい人として名高いハルナがきっぱりと答えた。
彼女には大きな外傷はない。
ダークサイドが求めたのは改変のThe市も追加で心酔させる魅了。
アポコリプス視点でも狂った街を統べるには、
圧倒的なカリスマがほしかった。
そこで求めたのが怪異も夢精王の勃気も鎮めた実績のあるハルナだった。
「このダークサイドの長子カリバックの名に命じてやる。
我が妃になるがいい。そうすれば絶対の地位を約束してやる。
富と名声もだ」
完全に嘘であり、彼自身にもハルナを娶る気はない。
これまでも地位にものを言わせて
女を侍らせたことはあるが、
どれも癇癪で殺してきた。
仮にハルナが妻になっても、待つのは同じ末路だろう。
それでもこの大規模な計画を完遂するまでは
殺さない心積もりもきちんとあった。
「興味ありません」
「ふざけるなよ……このカリバックを侮るか!」
「馬鹿にしていないです。
ただ悪いことには協力しないと言うだけです」
「それが侮っているというのだ!」
ハルナの真横の壁を光線で穿った。
だが、肉体的には脆弱なはずの少女に一切の怯えがない。
強靭な精神力だ。肉体的な暴力に訴えかけるしかない。
しかし、万が一にも美しさに傷をつけて
魅了の効果を減衰させてしまうことがあれば元も子もない。
だが何としてでもこの娘の懐柔を成し遂げねば。
彼にとって死は問題ではない。
恐るべきは父に決定的に見放されることのみ。
「ならばこうしてやろう。
俺に従わねば、お前の周りの人間を尽く殺してくれる!
それもあらん限りの辛苦と絶望を味わわせてだ」
自分以外の者を脅しに使われ、
ようやく気丈にしていたハルナの表情が揺れた。
適当に出した脅しだったが上手く行ってくれた。
これが自分以外ならすぐにたどり着けた正解だったのかもしれないと
カリバックは心の何処かで考えてしまう。
「ゲギャギャぎゃ」
拷問中のところにパラデーモンがやって来た。
「何!? スーパーマン達が来ただと。
馬鹿な、何故ここに!
この小娘がスーパーマンと関わりがある情報はないぞ」
監視ガジェットの映像がマザーボックスより投影された。
そこには報告通りにスーパーマン達がいた。肝が冷えた。
ダークサイドの所に向かい、そこでダークサイドに蹂躙されて終わるだろうと思っていた。
アポコリプスの手勢はどれも強力だがハッキリ行って
スーパーマンを複数相手にできる将軍などいない。
『君も来てくれたのは心強いよ、オリジン』
『ここは父が眠る土地だから。
そこで捕まった人に背を向けるのは違うと思った』
『僕達には、君ほど思慮深く考えられる人がかなり貴重だからね』
『そう言ってくれてありがとう。照れる』
落ち着いた話をしている間に
奴らのピットの制圧は順調に進んでいる。
スーパーマンがパラデーモンを蹴散らし、
オリジンが漏れたものを仕留め、
砦の構造を分析する。
ピットを任されたアポコリプスの王が長子は
焦り、嫌な予感に心を揺らした。
ダークサイドは王だが長子のカリバックは王子と呼ばれない。
それは彼ら新しき神が信仰すら必要としない、
新種の高位存在であり、代替わりがないからと言われている。
しかし、実態はと言えば、誰もカリバックが
ダークサイドの王座を継げると思っていないからだ。
本人ですら、不可能だと理解してしまっている。
『国木、平気かい?』
二人の後に遅れて国木が追いかけてきた。
ハイペースで進んでいるせいで、
だいぶ疲れが見えている。
国木ことお尻警察は“愛”を消耗した体力や自己治癒にあてることで
半永久的に動くことができるらしい。
しかし、消耗した愛は愛で再補給することができる。
だがスーパーマンたちのペースに合わせるために、
愛を敵のお尻に擦り付けるのは
最低限にしてある。
『大丈夫です』
額に浮かぶ大粒の汗を手の甲で拭う。
いつでも対応できるように
チャックは下げ、巨大なディックを覗かせて硬く唆らせてはいるが、
それが逸る気持ちと一緒に体力と気力を削いでいる。
『無理をしてはいけないよ。
僕達が少しでも進行方向を拓いておくからね』
「おのれぇ!!」
ピットを進んでいくスーパーマンに業を煮やし、
カリバックは付近のパラデーモンの頭を叩き潰した。
「ああっ、ダメ」
彼にとってはいつもの
無思考から来る癇癪の発散。
それなのにハルナからは悲鳴があがった。
何故、拒否反応を発したのかわからないが、
次に来たパラデーモンも感情任せに首をへし折ると
同じように嘆いた。
「まさか……虫けらの命を嘆いているのか?」
強者は弱者に何をしてもいい。
アポコリプスのパワー文化で生きてきたカリバックには
到底理解できない思想だ。
だが、そういう習性があるのならば話は楽になる。
投影されている侵入者の映像では
優雅な佇まいで、片手に細身のコズミックロッドを構えた
アポコリプスきってのキザな将軍がいた。
『皆のもの。そこまでである』
カントーがスーパーマン達を阻んだ。
これは好機だ。見たところ。
侵攻してきたスーパーマンは二名のみ。
二人ならばあのルネサンスとやらにかぶれた傾奇者でも対処できなくはない。
「パラデーモンども! ここに並べ!」
「待って」
ハルナが制止するのが正解の証だ。
やって来た虫人間が横一列になるのを待たずに
片っ端から殺していく。
「わかりました! わかりましたから。
あなたの妻になります」
成功した。
それもこの様な土壇場で。
『ミケランジェロ曰く、
“私は彫刻家だ。石を通じて人間を表現する”。
彼に倣い、吾輩は文化人であるよりも戦士であるが故に、
戦いで自分を表現するのでアール』
『お尻警察。ここは僕達に任せて君が先に行くんだ』
『しかし、ドクター・勃起がどこにいるのか……』
「ドクター・勃起……? 誰のことだ?」
ヒーローネームは忘却していたカリバックが困惑した。
「この娘か……しかし、普通、そんな下品な名前を使いはしないはずだ」
ハルナは沈黙し、映像を凝視している。
期待が籠もっているのはカリバックでもわかるが、
もはやどうでもいい。この者は自分の妻であることを受け入れた。
後はマザーボックスでブームチューブを展開すればいい。
『先行して潜入しているサンドマンが
ここのデータを俺に送ってくれた。
俺とスーパーマンでなんとかできる。
捕まっている子の所に向かうんだ』
『ですが、俺だけで……?』
『バットマンから聞いている。
君の本領発揮は神出鬼没性だって。
遠慮せずに行ってきていいよ』
お尻警察(またふざけた名前だとカリバックは思った)が
こちらに来ようとも問題はない。
ピットが落ちても退却してから街全体をハルナで魅了すれば
スーパーマン達を一網打尽にできる。
『どうした。ためらうことなんてない』
『しかし、ここまで恩だけを受けて──』
『俺に君の在り様はわからない。本当にわからない。
それって犯罪じゃないのか? それはそれとして、
俺は全知全能の、君達で言う神の領域を手にしたが、捨てたことがある』
ハルナが藻掻くが神には通じない。
足で押さえつける。
痣ができたかもしれないがそれくらいならいいだろう。
『それが今と何の関係が?』
『まあ、関係ないかもしれない。今は毎日金がなくてエロ漫画書くとか
なんでもいいから合法の範囲内でお金になることを探している。
どうして神よりその生活を選んだかと言うと、
その生活の方がちゃんと生きている気がしたからだ。
俗に言う、愛着があった。そういう感情は、君を最後の一線から守ってくれるはずだ』
『オリジンさん』
『警察に捕まったら君は恐らく傷害罪だが、
それはそれとして、大事なものは守ってほしい』
もうじきに栄光を手に入れられる。
PING PING PING
マザーボックスを起動し、
ブームチューブを開いてハルナの髪を掴んで引きずる。
そうしてここから離れようとすると、
眼の前を弾丸が通り過ぎ、反射的に足を止める。
それから脇腹を指先で突かれ、
口から女の子の声が漏れた。
「んうんっ」
完璧な角度と力加減。
思わず膝が折れて
髪を掴んだ手が緩んだ。
「怪我はないようだな」
その隙に瞬時にこちらに来た国木が
捕虜を回収してカリバックから離れた。
抱きかかえて外傷がないのを確認すると、
静かに下ろした。
「貴様! 我が妻を!!」
「嘘だな」
「なにっ!?」
お尻警察が即答した。
いったいどういうことだ。
妻なのが嘘と言いたいのか、この男は。
「信じられないのはわかるが、
マザーボックスが、じかに録音している。
証拠はいつでも示せるのだ。このカリバックに花嫁を差し出し、
それからおのが首も差し出すがいい」
「違う。貴様のお尻が愛を求めているからだ」
「………………なんだと」
耳を疑った。
この男はハルナの発言ではなく、
敵であるカリバックに注目したのだ。
「あんたのためにここに来たんだ。
こいつのためじゃない。
受け入れろ、己が抱えた悲しみを、愛にひくひくするお尻の皺を」
ハルナに負けず劣らずの美形。
地球の価値観でそうなるのはカリバックにもわかった。
そんな彼に真っ向から
求愛されるというのは予想外すぎる。
「どうした? 来ないならこちらから行くぞ」
国木の姿が掻き消えた。
並の超人や神ならそう感じた。
しかし、ここにいるのはダークサイドの子。
戦闘の天才である。
ベータクラブを横に振るうと
背後にまわっていた国木が
容易く弾き飛ばされて、壁に激突した。
「やれやれ強情な迷える子羊だ」
「立つのか……」
「そして勃っている」
「それを何故、見せつける……!?」
上半身裸だった国木が下半身もオープンにした。
人の領域を超えたクラブが
堂々たる風格でこちらへと矛先を向けていた。
初めての現象に、
アポコリプス育ちのエリート戦士は
正常な感覚が失われていく気がした。
己を守るために
カリバックが己から国木に殴りかかった。
こちらは神の中でも戦闘特化型だ。
常人であればとっくに死んでいる。
それを防いではいても、
まともに立ち向かうこともできていない。
立ち上がったら腹部を膝で蹴り、
横っ面をクラブで打ち据えた。
なのに大の字になってなお、勃って、立つ。
国木の表情に死への恐怖も
痛みや暴力への忌避も見えない。
「ハルナ。彼は俺の愛が必要だよな?」
全身が血塗れになっているが、
瞳が澄み渡りきっている。
炎と血の赤黒で育った者には恐ろしさすら与えた。
「そうだけれども……大丈夫?」
「軽傷だ。それで、あいつのお尻を国木で擦っていいんだな?」
「か、可能なら……」
「なら迷いはない」
「ふざけるな!! このカリバックの尻穴を
求めて戦う気か! この痴れ者めが!!
勝ち目の少しもない分際で」
「ハルナがやっていいと言った。
だから、俺はお前のお尻にちんちんを擦る。
神に法律はあるのか? 正当防衛か傷害罪か。
今からお巡りさんに泣きつく文句を考えておけ」
国木が今度は正面より飛びかかった。
デカチンを振るい、
神具とぶつかり合う。
銃弾くらいは弾けるだろうが、
それではどうにもならない破壊力の差。
またしてもお尻警察が倒れる。
立ち上がった。
だが徐々に限界も見えてきている。
動きから精彩が失われ、性欲のみになろうとしていた。
「まだ動くつもりか。
何合も打ち合わずともいずれ貴様は死ぬ」
「タイタンズと話していると、よく出る言葉があった。
それは“自分にとってのスーパーマンが誰か”ということだ。
わからない概念だったが、直接会ってわかった。
それは、“絶対に信用できる人”のことだ。
彼と会えば、自然と自分の周りにもっと信用できる人がいないか
思いを馳せることになる」
そうしている間も国木はひたすらに殴られる。
気づけば全身がいやに重い。
相棒の先端に巨大な重しがぶら下がっているかのようだ。
お尻警察に抱いた恐れが肉体も蝕んでいるのか。
「俺にとっては、それはハルナだ。
こいつが“ヤッていい”と言ったら、
俺は迷わずに男の子のお尻を狙える。
自分が悪しき強姦魔か迷わずにいられる。
ハルナはこの街で一番、正しい存在だからな」
足元が罅割れた。
その場を動きたくない怯えか。
「いい加減にしろ!!」
頭すら重くなった。
わけのわからない話をぶつぶつ聞かされ、
カリバックの心は恐怖に染まった。
ここまで感傷的な言葉で
強姦という行為の正当性を補強する人間は
見たことがなかった。
渾身の力でクラブを振り、
それが国木の頭部を割った。
形は留めているが、あとは小石がぶつかるだけでも終わるだろう。
「なんだお前……何だお前!?」
「何度も言うように、俺は──」
国木が最後の高速移動をした。
刹那に、カリバックの背後に気配がした。
振り返るもあるべき場所にお尻警察はいない。
ペストマスクを模した仮面をつけたサンドマンが代わりにいた。
ベータクラブに強力な重力場がかかり、
岩石が足元より浮かんだ。
力の源を探るまでもない。
これは協力者のガイア、テラ・マルコヴだ。
宇宙最悪のロリマンファッカーと名高い傭兵に
心身を好き放題弄られて底なしの狂気を宿していたと聞くが、
どういう経緯でお尻警察についたのか。
もしや初めから国木、サンドマン、テラの三人がかりだったのか。
この男をデコイに使った。
空振ったクラブがこぼれ、
お尻に押し付けられたクラブは
先走りの愛がとくとくとあふれていた。
「俺はハルナ/スーパーマンの味方だ。
よくもこいつを怖がらせたな。お仕置きしてやるぜ」
カリバックの脳内から
思考という思考が消えて純白に染まる。
未知の愛が腰から全身を包み、
その手からベータクラブもマザーボックスも落ちた。
奇しくも、その感覚は母に抱かれたかつてに似ていた。