DCユニバースvsプラスチック姉さん   作:スカンジナビア半島

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SHAZAM!VS+チック姉さん前日譚: 第89465857437885437483485回宇宙最強ムチャ王決勝戦 /DEATH IN THE BATMAN(上)

ゴッサムは変わらない。

ジョーカーがGCPDに確保され、厳重な警戒の下、護送される。

彼の顔は痣だらけで歯も骨も折れているが、

この道化師は全てを嘲笑うだけだ。

 

過去も現在も未来も。

 

「よっ、久しぶり」

 

そんなジョーカーにナイトウィング/ディック・グレイソンが手を上げて声をかけてきた。

この道化師は常に別人格を形成し、周囲への反応も流動的だが、

今はナイトウィングを歓迎する人格だった。

 

「おー、小鳥ちゃんじゃねえの、どうした」

 

「ちょっと久々に話そうと思ってね。

 隣いいかい?」

 

「馬鹿言ってんじゃねえよ、おめえならいつでも大歓迎さ」

 

ジョーカーがジョーカーになった時、

愛する人の隣にはすでにロビン/ディック・グレイソンがいた。

いつもバットマンの隣にいるロビンに嫉妬心を燃やしたことはあるが、

それでも二代目と違って殺そうとしないのは、

ディックがジョーカーのギャグを理解できる極めて貴重な人材だからだ。

 

「ありがとう」

 

ナイトウィングがジョーカーについたことで、

周囲の警官達が一様にホッとした面持ちで離れていく。

無理もないことだ。ジョーカーの周囲にいれば秒単位で正気が侵食される。

クトゥルフ神話で言えばアザトースと対面しても

ちょっとお腹を下すくらいの精神力がなければジョーカーを相手にできない。

 

常に進化と強化を続けているゴッサムの民と言えども、

まだジョーカーと同じ空間に長い時間いるのは酷というものだ。

 

「それで今回は何したの?」

 

「おう、聞きてえか。

 今回はよお、ゴッサムのママさんを穴に落として、

 笑気ガスと俺のギャグでゴッサム中の母親に

 てめえの赤子をボリボリ喰わせたのさ。

 赤ん坊の骨ってのは脆いからなあ、

 ママさんたちもうまそうに喰ってて感動したぁ。

 んでよ、いざ喰い終わったら

 今度は喰い残しの骨を積み上げて穴から抜け出せっつったの。

 なにせ、何千って骨があるからよ、丁寧に積み上げたら抜け出せるってわけ。

 精密作業だから流石に気の毒と思った俺様は

 笑気ガスの症状を治してやったよ。

 テメエのガキ喰ったことに

 面ぐしゃぐしゃにしながら生き汚く藻掻く有様は、

 今回のギャグの成功を確信したぜえ」

 

「なるほどぉ……」

 

ふんふん頷いてナイトウィングは犯罪報告を聴いた。

怒りに任せて殴りかかってくるかと期待していたが、

どうやら乗っては来ないようだ。

 

ここはジョーカーとしても不満なところだ。

ナイトウィングはギャグセンスが良くても、

ギャグに対する反応において律儀さに欠ける。

その癖に本気で怒ったときは容赦なく

こちらの心臓を破裂させるのだから困ったものだ。

 

「お前ってなんでそういうことをずっと続けられるの?」

 

「そりゃあ愛しのバッツィに振り向いてもらうためだよぉん」

 

当然のことを尋ねるナイトウィングに

ジョーカーが笑って指を振った。

怒ってくれるかと期待したが、ナイトウィングは冷静に返す。

こういう時の彼は何より鋭く、こちらの胸を抉るのを

ジョーカーは忘れてしまっていた。

 

「いやお前のパトロンとファンを喜ばせるためだろ?

 だってその気になったらもっと狂ったことも簡単にできるはずだよ。

 お前のそういうクリエイター精神はリスペクトしてるけどさ。

 毎日毎日、キャラを変えても支持者を喜ばせるのだけは外さない。

 お前の古典踏襲型のクラシカル狂気って続けるの大変じゃない?」

 

「クラシカル狂気って……」

 

ディック・グレイソンの容赦ない論評。

ジョーカーは思わず生唾を呑み、

いつもとは違う、相手の様子に気の抜けた声を出してしまう。

 

「…………なんでそんなこと言うの?」

 

うっかりつまらない反応をしてしまった。

そのことに気づいたジョーカーは周囲に顔を向ける。

 

「安心しなよ、お前のファンはここにいないから。

 ちゃんとチェックしといた。

 だから腹を割って話そうぜ、ジョーカー。

 お前、この路線のままで良いと思う?

 僕は、周りの声や期待に応え続けていく自分に……

 まあちょっと疑問が湧いたんだよね」

 

「そっ、そんなこと言っても……

 言ってもよぉ! 俺はいつだって自然たーーーー」

 

「でも来週は二ヶ月ぶりにジャスティス・リーグを全滅させる予定だろ?」

 

「なんで知ってるの!?」

 

「調べた。スーパーマンに倣って取材というか相談相手のことは事前にリサーチしとこうと思って。

 とにかくさあ、最初に出た頃とはお前って路線変わってるじゃん?

 残虐にかつ無敵に、それでいてお前のファンでもわかる範囲内の凶悪犯罪。

 今のお前はバットマンもモングルと同じフォルダに――」

 

口を滑らせたナイトウィングは慌てて口をつぐんだ。

バットファミリー、特にナイトウィングは思えないミスだったが、

ジョーカーもそれどころではない発言を聞き、

心が大きく乱された。

 

「お、おい……今なんつった?

 俺……モングルと同じフォルダに入ってるの!?

 専用フォルダじゃなく!? 俺の犯罪歴とかデータとか全部あいつと同じ欄に!?」

 

「ご、ごめんよジョーカー……

 ちょっと用事思い出したから……でも安心したよ。

 お前もけっこう不安を頑張って隠しながら頑張って毎日人格を変えてるんだよな。

 僕も、もうちょっと頑張ってみることにした、じゃあね、バイバイ!!」

 

そう言ってナイトウィングは

グラップリングではなくウォッチタワーの

テレポーテーション機能を使ってその場から消えた。

 

呼び止めるジョーカーの手は虚しく空を切り。

犯罪の高揚感が消え失せた犯罪界の王子は、

消え入りそうな声で呟いた。

 

「モングルなんかじゃないよぉ……」

 

###############

 

「ということでジョーカーがウォッチタワーに襲撃を仕掛ける計画を掴んだ。

 スーパーマンには知らせたけど今後もあいつの動向に気をつけよう」

 

ウェイン邸の広間でファミリーが近況を報告しあう。

全員集合することはめったにないが、

今日はデューク・トーマス以外は揃った

めったに無い日だ。

 

バーバラ、ステフ、キャスのバットガールズが

仲良く共同生活をしていることを伝えてから

ディック・グレイソン、ナイトウィングが

ジョーカーの邪悪な企みを阻止したことを伝える。

次にティム・ドレイクが立つ。

 

「ボート暮らしはけっこう快適だね。

 ここが悪いというわけじゃないけど、僕達バットファミリーが

 どれだけ神の視点、地位に慣れきっていたか痛感するよ。

 ブルースと違う、市民の立場と観点を身につけた探偵というのもありなのかも」

 

「トーナメントで優勝した。それだけ。

 友達もできた。文句あるか?」

 

ティムに続いてダミアンも報告していく。

トラブルが絶えない世界だが、

極めて珍しい凪の時期に今はいるようだ。

ブルース・ウェインは安堵に胸を撫でおろす。

 

「へっ、俺の番ってわけか……」

 

その場の全員の注目がジェイソン・トッドに集まった。

血走って暗い目は虚空を睨み、

震える全身は彼に刻まれたトラウマを思わせる。

 

「俺の日々はあの日からいつも変わらねえ。

 ジョーカーの哄笑、振り下ろされるバールのようなもの、

 砕けてひしゃげる俺の頭蓋骨……!」

 

握りしめた拳をテーブルに叩きつけようとしたかつての死人が、

思い直してグラスを掴んで壁に投げつけた。

 

「うわっ、びっくりした」

 

ガラスの破砕音にステファニー・ブラウン、スポイラーが声を出した。

 

「あの日から! 俺の後ろには常に死が!

 ジョーカーが遺した爪痕が!

 俺の心を奈落に引き戻そうとしやがるのさ!

 これが俺達だ! バットファミリーの末路だ!!」

 

叫び終わったジェイソンが大きく息を吐いて

荒々しい足取りで部屋を出ていく。

ジェイソンの主張が終わったのを確認したアルフレッドが

慣れた手付きでファミリーたちにクリップボードとマジックペンを渡していく。

 

「ああ、大丈夫。俺がやるよ、アルフレッド」

 

箒とチリトリを取ってきたジェイソンが、

あらかじめ敷いてあったバットブルーシートの上に散らばる破片を集めていく。

ジェイソンもすっかりと一人暮らしの所作が身についている。

ビザロの面倒を親身に見てきたのが大きな成長に繋がっているのだろう。

 

ゴミ袋に破片を捨ててきたジェイソンが戻り、

ワクワクした面持ちで

クリップボードに何事か書かれていくのを見守る。

 

「ハイ、それではリチャード様から」

 

「100点! ジェイソン節は今回も冴えてるねえ。気持ちが籠もってたよ!」

 

「95点。回を重ねるごとに良くなってて頼もしいわ」

 

「ヘヘ……」

 

ディックとバーバラ・ゴードンに褒められて

ジェイソンがくすぐったそうに鼻の下を指で擦る。

兄と姉はいつもジェイソンに甘い。

 

「75点。いきなり怒鳴られると怖いからもっと予告がほしい」

 

「えー……でもそうすると趣旨が変わるだろ」

 

「80点。私もあなたみたいにいつでも感情を出せるようになりたい」

 

「お前は十分感情出てるよ。俺達はわかってる」

 

ステフとカサンドラ・ケインの寸評も

ジェイソンはこまめに反応していく。

 

「65点。前回と展開がかぶってる。もっとインプット広げて」

 

「相変わらず厳しいなお前……」

 

「0点だよ0点!

 毎度毎度食器割りやがってよぉ!

 ペニーワースの苦労も考えろタコ!」

 

「ガキはこれだから困るぜ。

 ちゃんと割っても良い食器を持参してるぞ」

 

「お前が持ってきた食器が浮かねえように

 ジェイソン節出す日は食器が違うんだよ!!」

 

「…………そうなの?」

 

ダミアンの言葉が盲点だったジェイソンが、

気まずそうにアルフレッドを見た。

 

「お気になさらず。

 貴方が幸福なのが一番の喜びです」

 

「そうは言ってもなあ……」

 

ジェイソンの回復具合は目を瞠るものがある。

ディックとアルフレッドの献身的なサポートが非常に大きいのだろう。

とにかく喜ばしいことだ。

ブルースはそう結論づけた。

 

ジェイソン節とやらの採点はしない。

バットマンにこういった行事は似つかわしくない。

 

「ジョーカーのことだが」

 

「うん?」

 

ブルースがナイトウィングに向きを変えて問いかける。

いつもの飄々とした青年であるディックだが、

その素振りに陰、歪みが見えるのが引っかかった。

 

The市へ任務で向かってからずっとこうだ。

何が起きたかはおおよそ把握しているが

デスストロークとの戦いで何かあったのか。

 

「何故、そこまで深く探ろうとした?

 なにか気になることでも?」

 

「べつになにもないよ。

 貴方が気にするようなことは何もね」

 

ディックの反応に引っかかるものがあったが、

彼は拷問で口を割ることはない。

いずれにせよブルースは今からThe市に向かうのだ。

デスストロークとの戦いで何があったかは、

当事者から訊くべきだろう。

 

#########

 

「はい」

 

日本の北国、The市にあるマンションの一室。

インターフォンを押すとなんの変哲もない小ぶりの中年男性が出てきた。

 

「I'm BATMAN.」

 

「おっと」

 

来客の正体を知った男性はすぐにドアを締め、

少ししてからまたドアを開けた。

 

「ダッダ――――!! バットマンたんでちゅかーーー!

 おひさしぶりでちゅねー!!!

 パイパイくだちゃーーーい!」

 

彼の名はジャッキー。

The市ナンバーワンの赤ちゃんおじさんだ。

見事な変身。凡人たる中年男性の長谷川が、

ガラガラ、よだれかけ、オムツを使いこなす立派なベイビーに早変わりだ。

 

そしてほぼすべての技術・分野で人間ができる限界の先を行くのがバットマン。

当然、児戯(オギャ)りにおいても宇宙一の技術があった。

即座にバットおしゃぶり、バットよだれかけ、バットガラガラ、バットオムツを

腰元のユーティリティベルトから取りだして装着。

 

「バッブ―!! お久しぶりでちゅジャッキーたーん!

 今日はでちゅねー……おねえたんと待ち合わせで

 遊びに来たんでちゅよ―!」

 

「それはそれは遠いところからよく来てくだちゃいまちたね―!

 ところで先日は私の店に多大な寄付をしていただき

 誠にありがとうございました」

 

深々とお辞儀をするジャッキーを、

バットマンは冷淡な視線で貫く。

 

「Be a baby.(オギャリはどうした)

 I'm BATBABY(私はバット赤ちゃんだぞ)」

 

社交辞令、社会人としての儀礼を優先するジャッキーを

赤子バットマンは厳しく叱責した。

見込みのない赤ちゃんにはそんなことはしない。

しかし、ジャッキーには多大な借りがあり、

彼の赤ちゃんぶりが果たした宇宙への貢献は計り知れない。

だからこそ、気の抜けたベイビーをされては困るのだ。

 

礼を言われずともジャッキーの赤ちゃんパトロールで

彼のお店が損失を被ったのであれば、

バットマンはいくらでも支援をするつもりである。

少なくとも、確認される限りにおいては、

彼がいなければシャザムとブラックアダムは死んでいるのだから。

 

「……? 今なにか言いまちたっけ。

 ぽっくん忘れちゃいまちたー!

 とにかく入ってくだちゃい」

 

「お邪魔ちま―ちゅ」

 

部屋に招かれると赤ちゃんとは思えない、

きちんと整頓されたアパートの一室が広がる。

ベランダにはベイビーの素性、

シークレットアイデンティティを外から隠蔽するための

偽装用のゴミ袋の山と安物のダッチワイフが設置されている。

 

もちろん、これもジャッキーの戦略だ。

彼ほどのベイビーともなれば自己管理は常に完璧。

万が一にも内部を通してベイビーの本性を見抜かれてはならない。

 

「そろそろお姉ちゃんが来るはずでちゅからー!

 何して待ってまちゅかー?

 おっぱいぱーーーい!」

 

「そうでちゅねー、

 バットビールとバットおつまみを持ってきまちたから

 一緒にどうでちゅかー?」

 

「…………え?」

 

バットマンが昼間から酒を飲むことを提案したことに、

ジャッキーは言葉を失った。

世界一の探偵の目算では、彼はパララックスレベルの

宇宙的驚異の前でもベイビーを維持できるはずなのだが……。

 

先程に続いて二度目の児戯失敗(オギャミス)を、

世界最高の探偵としてどう捉えるべきか。

 

「む」

 

赤ちゃんおじさんの評価を下方修正すべきか迷ったところで、

浴室から漂う黄金の気配を察知した。

部屋の主に目で確認したところ、ジャッキーは声を潜めて言う。

 

「そっとしておいてあげてくだちゃい。

 ブースターゴールドたんがそこで赤子(オギャ)ってまちゅ」

 

浴室の擦りガラス越しに、

黄金の男が親指を加えてバスタブで

バブっているのが見える。

 

児戯訓練(オギャトレ)の最中ということか。

 

「いつも世話をかけまちゅね」

 

おしゃぶりをしたまま、バットマンは深く頷く。

 

児戯(オギャ)りというのは簡単なようで

世界で最も修得困難な技術である。

自らを瞬殺する相手、殺気をぶつけてくる相手の前で

全身無防備にならなければならないのが赤ちゃん。

戦場を知れば、どれほどの修得難度かわかるというものだ。

 

両親を亡くしてからというもの

30年に渡って時間を止めた

終生イヤイヤ期のバットマンは、赤子を極めるなど造作もない。

 

一方、幼少期から双子の妹と母を庇って父親に虐待され続けた

ブースターゴールドに赤子は本来、最も成り難いもの。

彼は生まれてからこの方、安楽たるベイビーを知らない。

 

だが、彼を待ち受ける運命を悟っていたバットマンは、

誰が相手でも通用するスキルの修得を必要と判断し、

The市のジャッキーにブースターゴールドの指導を任せた。

彼のシークレットアイデンティティと折り合いをつけたベイビーにこそ、

ブースターゴールドが生き抜く技術があると睨んだわけだ。

 

その成果は、今この宇宙が続いているのが答えだろう。

 

「おー、なんだこのグロ画像は」

 

あえてロックをしていなかったドアを、

小柄な少女が開けた。

端正な顔立ち、誰もが注目する美少女だが、

その実態はこの街一番の事情通。

名をイロエ・ゲンマ、コードネームを”姉さん”という。

 

街の守護天使である国木が勃気を司る者とすれば、

彼女はさしずめマン気を背負う者。

このことに運命の数奇さ、神の細工を見るのは

バットマンだけではないだろう。

 

「バッブ―!! バッブ―!!

 こんにちはでちゅーおねえたーん!!

 ジャッキーたんのお家が待ち合わせ場所で

 良かったでちゅかー!?

 学生には精神的負担がきびちいと思いまちゅー!」

 

ジャッキーが反応するより先に

バットマンは姉さんの来訪に気づき、

寝っ転がって児戯っていた。

遅れてジャッキーが横たわって同調する。

 

バットマンが自然派なら

ジャッキーは技巧派ベイビー。

反応速度で自然に勝てないのは道理である。

 

「オンギャーオンギャー!!

 いらっちゃーい、ぽっくんのおうちでちゅけど

 児戯りしなくても大丈夫でちゅんで―! 楽にちてくだちゃーい!

 ついでがあったらぽっくんのおくちにパイパイミルクほちいでちゅー!」

 

赤ちゃんのご家庭に上がるときは

己も赤ちゃんになるのが赤ちゃん界の礼儀。

だが、迎える側から児戯(オギャ)らなくて良いと言われれば

その限りではない。

 

「家主の許可を得たようなので改めて自己紹介するとしよう。

 I'm BATMAN.(私はバットマンだ)」

 

「見ればわかるぞー。

 それあれかー? 持ちネタかー?」

 

「頼みのものはあるか」

 

「ほらよ、絶対に他人にバラすなよ」

 

そういって姉さんがバットマンにUSBを放る。

依頼をしたのはつい先週。

しかし、要求したものを調べ切るには数ヶ月は必要のはず。

すでに把握していた情報ということだろう。

 

「ゴッサムに来る気はないか?

 それほどの情報収集力があれば、こちらのメンバーの技術を

 十分に吸収できることだろう」

 

「悪いけど興味ない。ゴッサムなんて危ないだろ」

 

姉さんが手を出してバットマンに報酬を要求した。

余裕綽々な態度を崩さないが、

USBに入っている情報は、一般人が知れば死を免れないもの。

それだけバットマンが約束した物が欲しいのだろう。

 

「こちらだ。

 バットヤリマンガイガーカウンターと

 バット勃気レーダー。頼まれたのはヤリマンだけだが

 後者はこちらの感謝の印と思って欲しい」

 

バットヤリマンガイガーカウンター。

以前にドゥームパトロールと協力したことで誕生したガジェットだ。

セックスデビルやセックスゴースト対策で開発したもの。

理論上は新星爆発クラスのヤリマン放射線まで観測できる逸品である。

 

一方で、バット勃気レーダーは、

予てより練ってきたディック・グレイソン、

笑うペニス(マン・オブ・ニッコリペニス)対策に用いるもの。

 

デスストロークと同じで、バットマンは

ペニスの暗黒面、すなわちチン黒面に属している。

彼にとって、ディックやブースターゴールドのようなペニスのライトサイド、

通称チン光ユーザーはスーパーマンの光とは別の意味で弱点だ。

 

「良かった……!

 これで……イカれたヤリマンに怯えなくてすむぞ!」

 

嬉しそうにヤリマン計測器を抱きかかえ、

姉さんが飛び跳ねそうな勢いで喜んだ。

The市といえば宇宙最悪最強のヤリマン種族がいる街だ。

奴らへの警戒は、この街で生きていく上で重要事項と言えるだろう。

 

「とりあえず使ってみる」

 

「ここで使っても赤ちゃん二人と少女とバットマンとがいるだけだぞ」

 

「いんだよテンション上がってんだからさー」

 

バットヤリマンガイガーカウンターのスイッチを入れると、

計測器の針が一瞬で振り切れて爆発した。

破片が少女の体を傷つける前にバットマンが引き離したおかげで

少女は無傷だが、眉を吊り上げて激しく怒った。

 

「コラー! なんだこれ!!

 全然役に立たんじゃないか!」

 

頭から湯気を出して姉さんが地団駄を踏む。

 

「馬鹿な……」

 

計測器を確かめてバットマンは首を傾げた。

街全体がヤリマン地獄ということなのか、

いったいこの街はどうなっているのか。

 

または姉さんにとりわけ強いヤリマンの気があるのか。

だが調べによるとこの少女はヤリマン族によって純血を散らしてはいても、

本人は普通の感性だ。新星爆発以上のヤリマンとは思えない。

 

「どうしてくれんだよ。

 これ目当てに危ない橋を渡ったんだぞ!」

 

「……後日、必ずバットファイナルヤリマンガイガーカウンターを渡す。

 ひとまずはバット勃気レーダーで満足するといい。

 この街の守護天使の居場所がわかりやすくなる」

 

「あいつなんて”悪いお尻”の4字でどこからだろうと来るわ!」

 

「呼んだかチビ子」

 

姉さんの背後にいつのまにか国木、

お尻警察が現出していた。

バットマンでも探知しきれない早業とスニーキングスキル。

なるほどナイトウィングが太鼓判を押すわけだ。

 

「あなたはバットマンですね?

 ナイトウィングさんにはお世話になりました」

 

「良く練り上げているようだ」

 

「あなた達には遠く及びませんよ」

 

「オギャーオギャー!!」

 

世界でも二大を誇る暗黒都市の守護者が

一室にて相対している。

あまりのオーラに赤ちゃんが気の毒にも泣き出した。

 

お尻警察は透徹した眼差しでバットマンを見つめる。

ぶしつけではなく、挑むかかるようでもない。

冷静に、バットマンの在り方を観ていた。

 

「何故、愛を恐れるのですか?」

 

「なに?」

 

シャツにデニムのラフな格好をした青年だが、

その瞳は禍々しく澄んでいる。

ゴッサム育ちの少年によくある瞳だ。

 

「あなたを見ればわかる。

 バットマンは愛を恐れている。

 正確に言えば、愛に向き合うことを……

 そして、その向こうで幸せに生きることを……」

 

「いきなりどうした?

 気が狂っているのか」

 

「かもしれない……が、そうじゃなかったら?

 俺の話を聴いてみる気はありませんか?

 愛を、抱きしめてみませんか?」

 

偉大なヒーローには通過儀礼というものがある。

バットマンにとってのジェイソンの死、

グリーンランタンにとってのコーストシティの消滅、

フラッシュにとってのフラッシュポイント。

ブースターゴールドにとってのテッドの死も然りだ。

 

この少年はそういった通過儀礼を経たヒーローの

清々しさ、覚醒に由来する芯からの硬さがあった。

 

「ナイトウィングさんと別れてから、

 俺は宇宙に触れ、宇宙の意志と宇宙が悪いことを知りました」

 

「その若さで真理に至るのは早すぎるぞ」

 

口だけではない真の哲学を持つ者の迫力。

バットマンと言えども、

戦えばどうなるか確信が持てない。

 

「俺と愛を語ってみませんか?

 語らないならこちらにも考えがある」

 

「力尽くということか?」

 

「良い機会だからバット勃気レーダーも試してみるか。

 おースゲー。ビンビンに鳴ってる」

 

「そんなことはしませんよ。

 わかってください。俺の心を。

 俺は力ずくで貴方に襲いかかりますが、

 貴方は俺を信じてください。もう我慢の限界だ」

 

シャツとデニムが弾け、

一糸纏わぬお尻警察が浮かんだ。

これが覚醒を果たした少年ヒーローの新たなコスチュームか。

 

ヒーローの縄張り下に赴くと、

時折このような小競り合いが発生する。

ナイトウィングを野放しにしても

バットマンにはそうしないのは危険度の高さが故か。

破滅を齎す黙示録の使者とでも見ているのか。

 

お尻警察が動く前に、バットマンは煙幕でその場を脱した。

 

#########

 

The市の市長には黒い噂が絶えない。

金で票を勝っただの、

対抗馬を直接殴り倒して当選しただのだ。

そして、そういった噂はすべて真実であるとバットマンは知っている。

 

「意外なお客さんだ」

 

革張りの椅子に巨体を沈めていた市長が

背後に立つ黒尽くめの男。

 

「デスストロークに資金提供したな」

 

「したよ」

 

振り返ることなく市長は言う。

だが肉体が1.5倍に膨張した。

 

「ブルース・ウェインとの共同プロジェクトに賛同したはずだ。

 プロジェクトの第一歩である施設を

 何故やつの根城にした?」

 

「彼には力があるからね」

 

椅子から立ち上がり、机に腰掛けて市長は言う。

 

「私はステ振り異常のパワー信者。

 この世のすべてをパワーで決めないと気がすまないんだ」

 

「なら私がさらなる力を見せれば従うんだな」

 

「話が早くて助かるぜえ」

 

大理石の机を千切って市長が

バットマンへと投げつける。

それを避けたバットマンが肝臓に膝を叩き込むが、

伝わってきたのは分厚いタイヤを蹴った感触。

 

「手加減は無用だ、もっと来なさい」

 

両手を組んでの振り上げ。

市長の膂力によってバットマンの体が浮いた。

衝撃から立ち直るより先に

跳躍した市長が両腕による槌を二回振り下ろす。

 

地面に落とされたバットマンは

自由落下中の市長へマントをはためかせた。

目くらましに動きが鈍った市長の頭部を、

天井に両脚がつくまで跳んだバットマンが

体勢を捻って飛び蹴りをした。

 

市長の頭に強烈な蹴りが入り、巨体が転がる。

立ち上がるより先に、

市長の体にバットラングが刺さった。

 

「紳士の仮面を外そう!」

 

筋肉で刃を表皮で止めた市長が、

デスクワークを乗り切るパワー型特有の

パワーでバットマンに挑みかかる。

 

右腕に凝縮させたパワーは

解き放たればマシンガンとなって

バットマンの腹部を破裂させるに違いない。

 

その前に市長に刺したトリックバットラングの仕掛けが作動した。

対象の肉体に刺さってから

右半身を炎、左半身を氷で包むそれが、

パワー系市長を高温と冷却で攻める。

ただの人間相手には絶対に使えない代物だ。

 

「でぇやぁー」

 

バルクアップした市長がダブルラリアットで

全身の炎と氷を霧散させる。

生身でベインクラスの身体能力を発揮する市長は

端的に言ってかなりの強敵だ。

 

ベノムを使用しているといった抜け道があったり、

スーパーパワーに頼ったり、

体質が違う宇宙人などであれば対策は立てやすい。

往々にしてこういったシンプルな強者が厄介なものだ。

 

だがそれならそれでやりようはある。

 

「降参するなら今のうちだが」

 

「いいや、もう終わりさ」

 

「動くなバットマン!」

 

丸メガネをかけ、

両手に鉤爪を装着した前傾姿勢の小男が

戦いに割って入った。

 

市長の秘書がダイナマイトを腹に巻き付けて

ライターに火をつけている。

これがそこらの相手ならばライターを弾くのは一瞬。

しかし、この秘書は稲妻のように素早く動くことができる。

 

「今すぐに降参しろ!

 しなければお前のせいで尊い命が爆死するぞ!」

 

「バットマン相手だ。

 卑怯とは言うまいね」

 

秘書の言葉にハッタリはないだろう。

この男は優れた資質と強烈な殺人欲求を

空手やテコンドーで正すことなく生きてきた怪物だ。

 

ヒーローが相手だろうと心酔した相手のためなら

どんなことも喜んでするに違いない。

 

「悪く思わないでくれよ?

 これもパワーだ」

 

バットマンが絶対に殺人をしないことを逆手に取った自爆戦法。

動かないヒーローにヴィランが

両脚に力を籠めて跳躍した。

 

天井を砕き、天高く跳んでから

摩擦熱による豪炎を纏って落下する。

技はシンプルなボディスラムだが、

直撃すればひとたまりもないだろう。

 

バットマンはグラップリングを秘書に撃つ。

 

「ぐえっ、なにをする!」

 

先端のフックが鎖骨に引っかかった秘書が激痛に顔をしかめた。

小男かつ鉤爪を使う俊足の持ち主である相手に、

正面からグラップリングを当てることはできない。

 

しかし、この瞬間なら

秘書は市長のスペシャルムーブに見惚れている。

グラップリングがフックを高速で巻き、

それに合わせて秘書を市長にぶつける。

 

「でやぁっ!?」

 

「シアワセ―!」

 

ダイナマイトが市長の炎に呑まれ、

秘書をぶつけたことで

技の流れに陰りができた。

 

ジャンプしたバットマンが、

二人まるごと市長室から蹴り飛ばす。

壁を破って落下していく二人。

 

パワーを示したバットマンが一息つく。

渇いた拍手が暗黒の騎士の背を叩いた。

 

「GOOD,GOOOOOOOOOOD!」

 

ジャッキー、姉さん、お尻警察、

市長と立て続けにThe市のトップランカーと会ったバットマンの心に、

奇妙な感情がよぎった。

 

警戒でも敵意でも恐れでもない。

名も性質も把握済みの相手ではあったが、

直に対面してこそ理解できる本質があった。

 

「無茶おじさんだな」

 

「そういう君はバットマンだね」

 

ありふれた本名と外見である

何の変哲もない中年男性。

だが久々に出会う存在だった。

 

ここはゴッサムではないはずなのに、

初めて”あの男”に遭遇した時と同じ理解があった。

鏡面の向こう、ありえた自分。

 

”あの男”はかつての気持ちを忘れて

大衆向けの狂気に堕落したが、

この男は今なお、バットマンと同じく高みのみを見据えている。

 

笑うバットマンなどでは到底実現し得ない

肉と骨と存在が放つ波動。

 

「私と同じか」

 

「そのようだね」

 

首を鳴らし、

宝井清ことムチャおじさんは言った。

 

「同じ無茶リストだ」

 

バットマンと無茶おじさん。

”弱き故に強者を喰らう”性質を共有せし二人。

出逢えばすることは決まっていた。

 

「いっちょ喧嘩すんべ」

 

########

 

みすぼらしい姿であっても、

威容は染み付けば取れないものだ。

それで成り上がった者は特に、

他者への威圧が呪いのようにこびりつく。

 

ひとつのことのみを思っている時ならなおさらだ。

 

「ぎゃあああああああ!!」

 

「ぎょえええええええっ!!!」

 

「おげえええええええっ!!!!」

 

The市を賑やかす低級の怪異が、

擦り切れたスーツを引きずる男の

強すぎる存在感に掻き消されていく。

 

ヴィランの神となり、

権力を思うままに振るってきた彼にとって、

もはや多少の怪異は火花にもならなかった。

 

いつもは血の道を歩む彼が、

怪異だった砂、灰を踏みしめる。

ナイトウィングとの語らいにより、

今のジョーカーは血の道ではなく、

砂の道を歩まざるを得なくなっていた。

 

「嘘だよなあ、バッツィ……」

 

潤んだ瞳で、

ジョーカーは愛する者がいる場所を見つめ。

ただただ歩を進めていく。

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