DCユニバースvsプラスチック姉さん   作:スカンジナビア半島

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SHAZAM!VS+チック姉さん前日譚: 第89465857437885437483485回宇宙最強ムチャ王決勝戦 /DEATH IN THE BATMAN(中)

 

  児戯(オギャ)リには自然派(ナチュラル)と技巧派(テクニカル)の二系統がある。

  多くの場合において、技巧派は自然派に勝てない。

  理性で赤ちゃんになる技巧派は、

  赤ちゃん濃度において、心の根っこが赤ん坊な自然派とは、

  正気と狂気、模倣と本物という点で残酷な違いがあからだ。

 

  だが一つだけ、自然派赤ちゃんには絶対の弱点がある。

 

  ――――――誰だろうと、人は人である限り変わるものだ。

 

          光の児戯者(オギャリスト)の訓戒より抜粋

 

 

 

 

ゴッサムは子育てに向かない街。

世界最悪の暗黒都市で子供を育てると考えるのは、

通常の良心と思考を持っていれば絶対に不可能だ。

こんな場所で赤子を連れ歩くなど正気の沙汰でないと言える。

しかし、“だからこそ”と児戯挑戦(オギャチャレ)を挑む無法者も後を絶たない。

 

「おぎゃああああああああああ!

 ほんぎゃあああああああ!!!!!」

 

バットマン。

隣にいるロビン、ディック・グレイソンがまだ9歳だった頃。

気が狂っているバットマンはディックをロビンに仕上げ、

毎晩パトロールに繰り出していた。

 

そこで目にしたのは赤ん坊。

それも建物と建物の間、

ゴッサムで最も危険な場所とも言える路地裏で泣く赤ん坊だ。

 

「まんまあああああああ!

 まんまああああ!! よちよちちてええええ!!」

 

その赤ん坊は40代半ばの中年女性。

スーツを着、しっかりと化粧もしている女が、

赤ん坊そのものになって泣いていた。

 

「なんなの……?」

 

まだこの世の暗黒の深さを知らなかったディックが顔面蒼白にして震えている。

9歳の少年にはまだ早かったかとバットマンは思考したが、

かといって背を向けて去るわけにはいかない。

 

この女は間違いなく闇の児戯者(オギャリスト)。

間違った児戯(オギャ)りを実演することで、

人々を赤ちゃんから引き剥がそうなどと邪悪な企みを進める一団だ。

赤ん坊へ愛情を抱くのが万物に備わる習性。

それをこの世から無くさんとする

性交悪魔(セックスデビル)の信奉者と言ったところか。

 

「見ていろ、ロビン」

 

そう言ってバットマンはバットオムツ、

バットガラガラ、バットよだれかけを装着。

目にも留まらぬ早業で横たわり、

児戯女性に対抗して泣き出した。

 

「おぎゃあああああ!

 おぎゃあああ! 怖い怖いでちゅ〜〜!!!

 パパママはどこに行ったんでちゅかあ〜〜!?」

 

声の張り、腕の振り。

どれも達人の領域も超えているのは

バットマンがバットマンたる由縁。

 

「おっ、おぎゃああ! おぎゃあああ!」

 

児戯練度でわかった通り、

この女の児戯練度(オギャレベル)は低い。

その証拠に、泣き声にバットマンが同調したという

それだけのことで赤ん坊の維持にゆらぎが見えた。

 

「ほんぎゃあああ! ほんぎゃあああ!

 怖いでちゅううう!!

 泣いている女の人が怖いでちゅううう!」

 

「……こ、怖あい!

 バットマンが赤ん坊になって怖いでちゅ」

 

「えぇっ」

 

目の前の児戯決闘(オギャバト)の凄まじさに、

ディックは言葉を失った。

だがこれも良い経験だ。

 

全ての技能が犯罪に繋がる以上、

いつかはディックにも児戯(オギャ)りを修得してもらうのは決まっていた。

ぶっつけ本番になるが、バットマンは

バットガラガラによるモールス信号でディックの参戦を促す。

 

「いや…………」

 

顔を顰めてディックが後退りした。

ディック・グレイソンの才能と情熱は

ブルースをして驚かせるに余りある。

 

たちまちのうちにバットマンの知識と技術を吸い取り、

さらには自分用に改良してすらいる。

 

それならばと早期の赤ちゃん修得をさせたいのだが、

どういう理由かロビンは参戦しようとしない。

いったい何を考えているのか、

バットマンは叱責の意味を籠めてガラガラを強く二回振った。

 

「ムリムリ……ムリだよぉ……」

 

「オギャあああああ! オギャああ!!

 オギャ……すいません、もう勘弁してください!

 これ以上、赤ちゃんをしたら死んでしまいます!」

 

首を振って参戦を拒否するロビン。

幸いにも女性が先にギブアップして何処かへと去って行った。

児戯リに敗北した赤ちゃんはこうして逃げるのが定め。

走り際にバットマンを見る目には

紛うことなく蝙蝠への恐怖が刻まれていた。

 

バットマンとしての活動がまた一つ成功したが、

問題にすべきはそこではない。

 

「何故、赤ちゃんにならなかった、ディック?」

 

そう言ってバットマンがロビンを問い詰めた。

殴りつけるほどのことではないが、

一歩間違えれば最悪の想定も上回る事態もありえた命令無視。

まさかの戦線突入拒否は何のつもりか言い分を聞かなければ。

 

バットマンに胸元を掴まれ、

高く吊り上げられたロビンは

苦しげに呻きながら呟いた。

 

「ぼくにはムリだよ……」

 

「何が無理だ。詳細に言え!」

 

そう語気を強めると、

ロビンは言葉を探すように言い淀んだ。

バットマンよりも話をするのがとても上手な

ディック・グレイソンには珍しいことだ。

 

「ぼくには……それは絶対にムリなんだよ」

 

思えば、この時が

バットマンがディック・グレイソン、ロビンに失望した

初めての瞬間だった。

 

####################

 

ムチャリスト同士の決闘とは

通常の決闘とは一線を画す。

腕力自慢同士なら力比べ、

スピードスター同士ならレース、

戦士同士は殺し合いとどちらが上かを比べれば事足りる。

 

だが、ムチャリストは無茶をする。

つまりは自分より上の者に挑みかかり、超えていく。

それはムチャリストがそういう性質を持っているからだ。

故に、敵がどれだけ強かろうが速かろうが、

それはただの壁であり、勝負の基準にはならない。

 

ムチャリストなら相手がなんだろうと

最後には超えていく定めである。

 

ならばムチャリスト同士の戦いはどうなるのか。

ムチャリストにとって最も打倒困難な相手とは

例外なく“弱者”だ。壁を超えるために生きている彼らは、

自分より弱い者相手にはムチャできない。

 

必然、ムチャリスト同士の戦いとは、

“どれだけ相手が己に強みを見いだせないくらいに弱くなるか”で

勝敗が決まる作法となっていた。

 

「夢みたいだよ。あのバットマンとこうして戦えるなんてね」

 

宝井清。宇宙有数のムチャリスト。

魔界に行っていたと聞いていたがどうやら帰ってきたようだ。

 

「市長の狗をやっているのか?」

 

「魔界は退屈でね。

 私はもういっちょ宇宙の果て、ソースウォールへ行っていたよ」

 

ソースウォール徒歩参拝。

あらゆるムチャリストが挑んでは断念していたことだ。

なにせ、宇宙とマルチバースは広すぎる。

 

「でもまたしてもお釈迦様に阻まれてね。

 あの御方の掌からはなんとか抜け出られたのだが……

 これで私も孫悟空(モンキーキング)と同格にはなれたかな」

 

「それで何故、ここにいる」

 

「あの御方に諭されたよ。

 『宝井よ、The市にバットマンとダークサイドが来ていますよ』とね。

 ダークサイドはいなかったが……お釈迦様の掌から堪らず会いに来たさあ」

 

飄々と人間の限界、超人の想像も超えたことを口にする宝井清。

まるで鏡を見ているようだとバットマンはつくづく思った。

この世界には同じ人間が3人いるなどというくだらない迷信があるが、

これほどに己との同一性を見いだせる者はいないだろう。

 

「よく来たぞー、宝井清ー!」

 

倒れていた市長の秘書が起き上がり、

鉤爪を振り上げる。

市長も同じく起き上がっているが、

もう参戦する気はないようだ。

代わりにムチャおじさんに親指を立てる。

 

「勝てるぜ、お前」

 

「私は公権力の味方になるつもりは未来永劫ないけどね。

 警察官や法と秩序のために生きる方達には敬意を持ってファックサインするのが

 私のムチャスタンスさ。だが相手がバットマンならその限りではない」

 

「ずいぶんと私に拘っているようだが、

 私とお前に何の因縁がある?」

 

「バットマンと決闘(ムチャ)したいからさ。

 それ以外に答えがいるかい?

 もちろん君にはあるだろう、世界と罪なき人々に尽くす使命が!

 とっても凄いことだ! 殴りっこしようぜーーーー!!」

 

宝井清の双眸がゴッサムのいつもの怪人と同じ色合いになっていく。

国木や市長もだが、この街はいったいなんだというのか。

あまりにも狂った人物の層が厚い。

ここで生活している者達の正気をバットマンは訝しんだ。

 

「彼にも勝てたらもう惚れちゃうね。

 The市総力でバットマンを支持すると約束しよう!

 逆らう者がいたら私のパワーチャンスだ!!」

 

「おお、良かったじゃないか」

 

こちらを置いて話が進んでいることに

バットマンは辟易してきた。

しかし、久しく巡り合った鏡面存在を前に、

堪らぬトキメキを覚えているのもまた、事実。

 

「ここは退くとしよう」

 

バットマンがグラップリングを射出し、市庁舎から脱出。

高速で立体移動する蝙蝠を

秘書が高速で動き、鉤縄でワイヤーを切断した。

 

「おいおい寂しいじゃないかバットマン。

 合意のないムチャは本来のところ趣味じゃないがね。

 バットマンにムチャ強要というのもムチャさ」

 

歩道橋近くの路地裏。

人気がないところに着地したバットマンの背後に

宝井清が立っていた。

 

ポケットに両手を突っ込んだ立ち姿。

精悍な顔つきだが、中年としての年月の経過も感じさせる外見。

油断だらけで、ありふれた姿ではあるが、

いくつものムチャをしてきたバットマンには

宝井清の本質は一目瞭然だ。

 

「…………いいだろう。ムチャ決闘(バトル)だ」

 

世界一の探偵、ゴッサムの守護天使、

ヒーロー最強とされる男、

宇宙一のムチャリストがYESした。

 

合意を得られたことに、

宝井清は全身で喜びを表し。

それから凄絶なムチャオーラを発した。

 

「それならば……先攻は私から!」

 

ムチャ決闘は相手が出すムチャに対応するシステム。

先攻はどうしても負けるリスクが上がり続ける。

本来は強い者が先攻を取るのが暗黙のムチャだが、

そこで自ら先攻を選ぶのがムチャおじさんがムチャたる所以だろう。

 

「おいおい! こんなとこに来やがったぜえ!

 身なりの良いおっさんがよぉ!!」

 

背後から例によって

銃を持ったゴロツキの軍団が現れた。

どの街にも強盗出現ポイントというものが存在する。

新米ヴィランはそこで銀行強盗までの下積み期間を経て、

新米ヒーローはそこで経験値を積むのが慣習だ。

 

ちょうどここがThe市の強盗出現ポイントの一つである。

 

「ハァ……君たち、申し訳ないが他所で強盗してくれないか?

 なあ、バットマン? 君も何か――」

 

振り返って宝井清は目を見開いた。

ホームレスの小便と酔っぱらいの吐瀉物、

野良猫や鳥の糞尿が散らばっているはずの路地裏が、

少しの間に柔らかく温かいベイビーパウダーの匂いに満ちた部屋に変わっていた。

 

「な、何だこれはーーーーーー!?」

 

手から銃がこぼれ落ちるほどの衝撃にゴロツキが絶叫した。

そこにあるのはピンク色のベビールーム。

天井には小鳥と猫のベビーメリーが吊るされ、

床には積み木やレゴブロック、おウマさんが置かれていた。

中央にあるのは巨大な揺り籠。

 

「ど、どういうこったぁ……

 ゴッサムから安全な出稼ぎに来てさっそく強盗しようとしたら

 いつの間にか赤ちゃんのお部屋に居ちまってやがるー!?」

 

「み、見ろ……部屋の中央を見ろぉ!!」

 

震える指で強盗が揺り籠の中を指差す。

そこにはスヤスヤと眠る赤ちゃん、

すなわちバットベイビーがぐっすりしていた。

 

弱くなるのがムチャ決闘の戦い方である以上、

ムチャリストと児戯リは切っては切れない関係にある。

しかし、下手な赤ちゃんは自殺行為。

未熟な赤ちゃんでは、

こうした自然派のみが放つことが可能な赤ちゃん領域に喰われかねない。

 

赤ちゃんらしくおしゃぶりを咥えて

天使の寝顔で眠っているバットマン。

マスクをつけていようと、体格が2mほどの大男だろうと、

真の赤ちゃんがそこにいた。

 

バットベイビーがおねむな目を開けて、小さく呟いた。

 

「だぁ…………?」

 

言葉を覚えていない赤子特有のか細い吐息。

殺人も辞さない強盗の中に、

子供を守護し、愛するという本能が燃え上がる。

 

「よーーーちよちよちいい子でちゅねえ!

 おじちゃんたちは仲良しなんでちゅよぉぉ!」

 

「馬鹿野郎、騒ぐんじゃねえ。

 赤ちゃんがグズっちまうだろうが!」

 

バットVR投影装置による

バットベイビールーム。

バットベイビーパウダーが醸す落ち着く香りと、

部屋の縮尺を匠に調整することで距離感を狂わせることで、

バットマンを赤ちゃん同然の大きさに見せることに成功していた。

 

なお、これはバットマン特有の児戯技能(オギャスキル)ではない。

The市がある国には子泣きじじいという妖怪の言い伝えがあるが、

それもこういった自然派児戯者による

超絶技巧が形を変えて伝わったというのが真相だ。

 

「だ……? ふええ……!」

 

「や、やべえ泣いちまうぜ!

 泣きそうになってる顔もとんでもなく可愛いぜえ!!!!」

 

ゴロツキ共が赤ちゃんの虜になっていると、

沈黙を保っていた宝井清が静かに笑いかけながら

バットベイビーの前に立った。

 

「私からだと言ったのに無視するとは……先制攻撃として文句なしだ」

 

ニッコリした宝井清は、

ゴロツキが落とした自動拳銃を拾って自らのこめかみに押し当て、

装弾数-1の数だけ引き金を引いて当然そのまま死んだ。

 

宝井清の頭を無慈悲な弾丸がいくつもの穴を掘った。

 

「なにいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」

 

先攻バットマンに対する

ムチャおじさんの後攻に、

バットマンは久方ぶりに驚愕のあまりに叫んだ。

赤ちゃんに対してどのような手を打ってくるかわからなかったが、

まさかスヤスヤしている赤ん坊の前で

拳銃自殺を仕掛けるとは。

 

「い、いったいなにを考えて…………!!」

 

この世の全てを把握しているとされるバットマンをして、

目の前の出来事に圧倒され、

赤ちゃんになるのを忘れてしまった。

世界最高の探偵にはあまりにお粗末なミスであり、

それによって勝負の激しさも物語っていた。

 

「おいおいこいつ赤ちゃんじゃねえぞ!!」

 

「バットマンじゃねえか、

 野郎、俺らの生きとし生ける

 無垢の生命への優しさに付け込みやがって!」

 

「もう何がなんだかわかんなくなってきた!

 殺っちまおうぜえ!!」

 

そう言って向かってくるゴロツキどもを

バットマンは流れ作業で殲滅する。

頭が混乱しているせいか、いくつか攻撃をもらってしまったが、

問題なくいなしきることができた。

 

「さあてこちらの準備は整ったよ」

 

宝井清の前で立ち竦んでいると、

バットマンの耳に死者の声が聞こえた。

周りを見渡さなくとも、陽炎のような輪郭で、

宝井清の霊体が立っていた。

 

「魂魄だけで動けるのか……!!」

 

「二、三回死ぬムチャをしたら簡単さ。

 あくまで技術だからね」

 

バットマンも自らの霊体の操作については研究に研究を重ねている。

しかし、誰にも徹底的に不得手なことというのはあるものだ。

無念だが、バットマンは幽体離脱、生霊化、魂魄だけの自由移動という技術だけは

未だに修めきれていない。

 

また、これは実に強力なムチャだ。

霊体とは体を持たない脆弱なる存在。

これは赤ちゃんよりもさらに弱く、儚い存在。

そんな霊体を前にしてバットマンは、

必死に知恵を巡らせていく。

 

霊体より弱く、バットマンに実現可能なもの。

これは極めて大きな難問だ。

目の前で宝井清が実質として死んでいることすら

頭から除外されているほどに。

 

「面白い…………!!」

 

小手調べとしての赤ちゃん攻撃、

それを圧倒的に超えるムチャを受けて

バットマンは自然と笑みが溢れた。

 

久しく忘れていた感情。

好敵手と巡り合った高揚。

互いの存在レヴェルをぶつけ合い、

刹那の分のみ上回らんとする駆け引き。

 

次に何を出すか、

そうすれば相手は何を返してくるのか。

まるで予想ができないという事実、

赤ん坊の前で拳銃自殺をするような

ムチャリストにいったいなにをしろというのか。

 

「それに、私は自殺したんじゃない。

 ロシアンルーレットで君をあやそうとしたんだよ。

 銃がジャムるのに賭けたムチャだったんだけどね」

 

「なんだと?」

 

自動拳銃によるロシアンルーレット。

それだけならゴッサムでもありふれたムチャ。

しかし、それを赤ん坊をあやすためだけにするなどとは……

この男――――

 

「あまりにム……!」

 

すんでのところで言葉を呑み込んだ。

ムチャ決闘は相手をムチャと認めた時が敗北。

言葉に出してしまえば、そこで勝負が終わる。

 

危うかったという安堵がバットマンの心を包んだ。

なにも彼は負けたくないというわけではない。

 

赤ん坊をオートマロシアンルーレットで当然の拳銃自殺をし、

そこからの魂魄化。

 

攻めのムチャに対する

ムチャおじさんが成した鮮やかにして華麗なる転換。

 

ここで終わらせるにはあまりに惜しい勝負だった。

子供がスポーツで、ゲームで、

友人と無邪気に競い合うようなプラトニックな爽やかさが

世界一の探偵の心に芽生えていた。

 

「ムチャ・ターン2」

 

「先に死ぬのはお前だぜ、バットマン」

 

「大言壮語は敗者とグリーンランタンの嗜みだぞ」

 

「これは事実だよ。

 ちょっとした未来予知(ムチャ)さ」

 

霊体に対抗するムチャを考案したバットマンは、

ユーティリティベルトから

とっておきのガジェットを取り出し、ムチャへと放ろうとした。

 

「バッツイィィィィィィィ!!」

 

建物の上からうんざりするほどに聞いてきた声がした。

少し遅れて、人の塊が路上に落ちて潰れた。

人の肉体同士を複雑に絡め合い、単独では抜けられない塊となったそれは、

ハート―マークの形状となり、脳漿と血で赤色に染めていた。

 

ジョーカーの仕業だ。

 

 

「来ちゃったよおおおお!  なに俺を差し置いて遊んでんのさあ!  今のハート―マーク? 俺からのラブコールと思ってくれよな!」

 

………………………………バットマンは溜め息をついた。

ジョーカーの犯罪の犠牲者になった目の前のオブジェへの哀悼の意はある。

犯罪への怒りも、凶行を止めなければならないという正義の心も燃えている。

だが、とにもかくにも心を折りかねないほどの退屈と倦怠が

世界最強とも言われるヒーローの全身を蝕んでいた。

 

それは、幼い頃のクリスマス、

待ち望んでいたクリスマスプレゼントを

どうでもいいイタズラの罰でお預けにされた時の気分と同じだった。

 

「誰あれ?」

 

霊体となった宝井清がジョーカーを見上げていた。

ぶつかり合っていた視線が、

外されたことにバットマンは強い失望を感じ、堪らず舌打ちをした。

 

「なんだジョーカーじゃないか。

 しかし聞きしに勝る残酷さだね……ここは協力して奴を倒そう。

 私はああいうただ残酷な犯罪者はつまらないから嫌いなんだ」

 

「問題ない」

 

対して宝井から目を離すことなく、

バットマンはジョーカーにグラップリングを撃ち、

フックを敵の肋に引っ掛けて地上へ巻き取った。

 

「ヒャアアアアア!」

 

楽しげな悲鳴をあげるジョーカーの頭部を

バットマンは両手で掴んで、相手の体を上から下へと押し潰した。

殺人ピエロの顔が奴の足元に落ち、

ぐしゃぐしゃに砕けた骨によって

ジョーカーは一頭身のオブジェになっていた。

通常の人間ならショック死するだろうが

ジョーカーなら動けない程度で終わる。

 

ジョーカーを一瞥とすることなく終わった。

そのことに、最も動揺したのは他ならない道化師。

 

「お、おいおいおいどうしちゃったのバッツィ!

 あまりにも早漏すぎるってもんじゃん!

 こんなんじゃさあ、俺も全然楽しくないよ!」

 

「無視しろ。

 決闘を再開しよう」

 

「何故だ?

 君に会いに来たんだろう?

 話を聞いてやるべきじゃないか」

 

「そ、そ、そうだよぉぉぉぉ!

 俺だって遠路はるばる海を渡って

 わざわざその辺の強盗でアート作って落としたし、

 まだまだやることだって用意してたのにさあ!!」

 

「どうせいつもと大して変わらん。

 私に見てほしくてやった。これが言い分。

 起こす事象は、これが進めばジャスティス・リーグどころか

 宇宙が危なかったといったところか。

 単独ではなく適当なヴィランと同盟を組んでもいるか?

 どうせいつもの同盟という名の使い走りを増やしただけだろうがな」

 

全てを言い当てられたわけでもないが、

ゴッサムで会うときとははっきりと違うバットマンの対応に、

ジョーカーは不安そうに目を瞬かせた。

 

眉間の皺を深めて

バットマンは話を続けた。

 

「思い違いをするな。

 先に見限ったのは、お前だジョーカー。

 世界の深奥、宇宙の遍くを探って犯罪に使うことから逃げ、

 自分のファンとパトロンのためだけに、

 すでに誰かがやったような手口で凶悪犯罪を繰り返すだけになった。

 お前の在り様が、私への最大の裏切りだ」

 

「で、でも俺が犯罪をしたらお前はいつだって止めに来たじゃない」

 

「それはお前が殺人鬼だからだ。

 お前の危険性は狂気でも混沌でもない。

 誰も、神すら足元にも及ばない犯罪と殺しの才能だけだ」

 

「そんな風に思ってたの…………!」

 

辛うじて動く手でジョーカーは口元を抑えた。

演技ではなく、純粋にショックを受けているのだ。

そんな資格もないのに、この男は何故、傷ついたような振る舞いができるのか、

バットマンは理解に苦しんだ。

 

だが一度話すと止まらない。

これまでのジョーカーへの失望と苛立ちという

鬱憤を晴らしたい思いもあった。

 

「初めにおかしいと思ったのは、

 ジャスティス・リーグ・インターナショナルに

 お前が手も足も出ずに敗北した時だ。

 あの後に、私はお前の復讐に細心の注意を払った。

 お前にかかれば、ジャスティス・リーグや

 ジャスティス・ソサエティが全滅したのを超えた、

 JLIの皆殺しが起きたことだろう。

 だが、それは起きなかった。

 彼らのことを相手にする価値もないと判断したのなら、

 私はそれで良いと思った」

 

「おい、何の話をしてるんだ?

 そんなこと覚えちゃいねえぞ」

 

ジョーカーが口を挟むが、

バットマンは無視して続けた。

 

 

「次はお前がヴィラン業界の頂点に立ち、

 ダークサイドや五次元人すら恐れをなす存在になってからだ。

 私は、常にある2つの属性への備えを練ってきた。

 お前がその属性に手を出したらどうなるか、予想もできなかった。

 しかし…………私の当然の危惧は徒労に終わった。

 さらにお前がレッドフードをまた痛めつけ、傷つけた事件。

 私は打ち立てていた仮説が真実と知った」

 

ジェイソン・トッド/レッドフードは昔は多くの問題を抱えていた。

だが今の彼は違う。

バットマンにもジョーカーにもどれだけ心身を傷つけられても、

家族との一時ですぐに回復する無限の治癒力と耐久力を身につけている。

そのことを、ジョーカーは理解も認識もできていない。

 

バットマンが突き止めたジョーカーの本質により、

このやり取りですら全くの無意味だ。

何故、無意味かつ無駄なことをするのか、

宇宙最高のムチャ決闘を延期してでも。

 

バットマンは大きく息を吸い、淡々とつぶやく。

 

「――ブースターゴールド」

 

「うん?」

 

「スーパーバディズ、アウトロウズ、アンブッシュ・バグ」

 

挙げられた名称の一つも、

ジョーカーは確かな反応を返さない。

不思議そうに首を傾げるばかり。

 

バットマンにとってみれば、

いつかはジョーカーが

力を取り込むのではないかと恐れていた名称群。

 

「……フレックス・メンタロ、ニッコリペニス」

 

「――――頭が痛くなってきた」

 

「お尻警察、ヤリマン放射線、勃気、お尻人狼、

 性交霊(セックスゴースト)、性交悪魔(セックスデビル)、

 赤ちゃんおじさん、おっぱいパックマン、SEX-MEN、

 ブラザーフッド・オブ・ダダ、Mr.ノーバディ」

 

「な、なあ! もうやめてくれよ!

 なんだか頭がズキズキするんだ!」

 

「スポイラー、パワー・オブ・マッスルミステリー」

 

「やめろおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

ジョーカーが恐怖を浮かべて半狂乱になって首を振る。

全身の骨が粉砕されているのに、

がむしゃらにその場からの逃走を図った。

 

そんな無様な姿に、

バットマンは少しの同情も抱かずに

滔々と説明をしていく。

 

「お前はアホとトンチキの属性を認識できないのだ、ジョーカー。

 正確には経験や知識としてそれらを積み重ねることが不可能。

 私も初めは常に新たな人格が生まれるというお前が恐ろしく思った。

 その理由を把握すれば……残るのは憐れみだけだ……ジャック・ホワイト」

 

ジョーカーの本名をバットマンは滑らかに口にした。

べつにこんなものはどうということはない。

だが相手にとっては、その名前こそが最も逃れたい

バットマンにとっての“蝙蝠”、恐怖そのものだった。

 

ジェイソンの成長をジョーカーが認識できないのもそれが原因。

ジョーカーはレッドフードを自らの狂気が生んだ仔と誇っていたが、

アホの血脈に連なるアウトロウズのことを認識、記憶することができない。

真のアホの力を得たジェイソン、レッドフードのことを

ジョーカーはもはや理解することが不可能になっていた。

かつての犯罪王子が焦がれた存在に、

レッドフードはとっくになっている。

 

もっと言えば、アホとトンチキに会っても

ジョーカーには機械的な対応しかできないということだが。

 

かつての己の相棒、ハーレイ・クインのことすら、

ジョーカーは現状を正確に認識することはできないだろう。

今のハーレイはレッドフードと同じく、

かつてのジャック・ホワイトが憧れた領域に行っている。

 

「コメディアン、売れないコメディアン、妻を楽にもしてやれず。

 その事実から逃れ続けるお前はジョーカーになった。

 アホとトンチキは、こうなる前の己の憧れと諦めを

 強く想起させる最も避けたいもの。

 幸いなのは、

 お前が宇宙最強の犯罪者たる才能を持っていたことだろう。

 皮肉にも、強くなればなるほど、

 宇宙にはびこるアホとトンチキと遭遇することになるが…

 そこから逃げるために作った習性こそが、常時人格創造。

 積み重ねがないからお前はアホとトンチキを認識、蓄積せずに次に行ける。

 周囲も疑問に思っても引きずりはしないだろう。なにせ、お前の強さは本物だからだ」

 

正確には、それを見抜いているヴィランもいる。

一人はレックス・ルーサー。

そしてもうひとりはダークサイド。

 

「何もかもが謎だったジョーカーという人格は、

 ”売れないコメディアン”というオリジンに誰よりも縛られていたが、

 そのオリジンはお前の殺人という才能だけで隠蔽されてきた」

 

種が割れれば相手のシークレット・アイデンティティも浮き彫りになる。

バットマンはずっとアホとトンチキの領域に

ジョーカーが来る日を警戒してきた。

それは認めたくないが

「ジョーカーなら自分と同じ領域も掌握する」

という歪んだ信頼があってこそ。

 

だが、彼は来なかった。

バットマンがお尻人狼ゾンビによるケツポカリプス(お尻終末)から

世界を守らないといけないと備えていた日々も、

ジョーカーはただ殺しだけをしてきた。

 

「殺しは罪だ、最悪の行為だ。

 しかし、それは人間が呼吸をするように行ってきたもの。

 いつかは克服すべき本性である。

 お尻によるケツポカリプスがすべてを滅ぼすような世界で、

 なぜ、お前はたかが殺し程度で狂気と混沌を謳ってこれたのか……

 お前は人間が呼吸をすれば狂っているとでも言いたいのか?

 ともかく、その秘密がこれだったということだ」

 

バットマンの言葉をジョーカーは死んだ目で聞いていた。

文字通りに、常に笑ってきた彼の顔には

一切の表情も生気も消えていた。

人格を作る余裕すらも無くなっていた。

 

 

「スーパーマンは凡夫と至高、ワンダーウーマンは愛と戦士、

 バットマンは無敵と常人。

 ならお前はさしずめ無敵と陳腐を司る者。

 ジョーカーが狂気と言うなら狂気、混沌と言うなら混沌。

 なにせ、お前という宇宙最強の犯罪者の言うことだ。

 ファンも盲信するのにためらいはない。

 お前は世界を混沌と狂気に染めてきたのではない。

 お前は宇宙に偏在するアホとトンチキに蓋をしてきたのだ。

 仮に世界が陳腐だとすれば、その犯人はお前だ、ジョーカー」

 

「少し良いかい、バットマン?」

 

何も言い返す気力も、

反応するエネルギーもないジョーカーに代わって、

ムチャおじさんが挙手した。

 

「何故、もっと早くそれを伝えなかったんだい?」

 

「言っただろう。こいつはアホとトンチキを記憶できない。

 そのことを指摘しても次の人格には持ち越されない」

 

「試したことは?」

 

「…………無い」

 

「どうしてだい? 君は彼を救おうとしてきたんだろう」

 

「万が一にも…………こいつがアホとトンチキを認識してしまったら、

 それは宇宙どころかマルチバースの滅亡に繋がりかねない」

 

ジョーカーにあらゆる手段を講じて

アホとトンチキを教え込ませようと考えたことはある。

アホをよく知るスキ―ツやマーシャン・マンハンター、

トンチキに詳しいナイルズ・カルダーにも相談をしてきた。

 

しかし、起きる事態を予測できない以上は、

ジョーカーにはアホとトンチキを受け止められないことを

利用するしかない。

こいつがいて、たかが殺しを狂気と嘯く限り、

世界にアホとトンチキが広まることはないのだ。

 

人々にどれだけ”アホ”と”トンチキ”の力に

手を染めさせるべきか、

それは周知させるべきなのか。

これまでのように

JLIやドゥームパトロールのような真の賢者が

独占すべき属性ではないのか。

 

バットマンでも容易に答えが出ない難問だ。

 

「未来を恐れるのはムチャではないよ、バットマン」

 

宝井清がジョーカーの前に膝をついて覗き込む。

 

「うわあ……おじさん、なんでかわかんないけどスケスケだあ」

 

「霊体だからね。ねえジョーカーくん。君を助けたい。

 おじさんはムチャしたい人の背中を押してあげたいんだ」

 

「何をする気だ」

 

ムチャおじさんの提案を、

バットマンは制止しようとした。

内容はわからないが、猛烈に嫌な予感がした。

 

「君がアホとトンチキを認識できないなら、

 ムチャの心を持ってみよう。

 未知の心を持つのがムチャ魂、

 どんな困難も薄皮一枚超えたらオッケー、

 それすなわち+チックな意気込みさ! どうだい!?」

 

「待て。よせ!」

 

バットマンが霊体撃退武装を展開しようとするが、

それよりも早く、廃人化していたはずのジョーカーが頷いた。

 

「……お願いします」

 

「その意気だ! 幸いにも私は見ての通りのスケスケ魂魄体!

 君の魂魄と融合して真なるジョーカー、

 ムチャ・ジョーカーになろうじゃないか!」

 

「ぱるどぅん?(Pardon?)」

 

ムチャおじさんの言葉で、

ジョーカーの顔に困惑が浮かんだ。

徐々に感情が戻ってきているのがわかる。

それはジョーカーのものではなく、

本来のコメディアンのもののように見えた。

 

「安心してくれ、私はフジリュー版封神演義を読んでいる!

 最近カラー版を揃えた!

 すっげえ出来が良くて感動したから、おすすめ!

 おかげでどうやったら魂魄同士が融合するかなんて予習済みさ!

 これって……ワクワクだよね!」

 

「今すぐその狂ったことを止めろ!

 二人揃って心を破裂させるつもりか!」

 

「イカスだろう!?」

 

「ムチャだ!!」

 

バットマンがその言葉を口にし、

親指を立てて宝井清が満面の笑みを浮かべた。

その顔、紛うことなきゴッサムの怪人と同じものだった。

ムチャ決闘が瞬時に宇宙の崩壊、

マルチバース滅亡レベルの事態に繋がろうとしている。

 

「じゃあ入るよ」

 

「うわあああああぁっ!!!」

 

ジョーカーの体に沈んでいくムチャおじさん。

全力で走るバットマンを嘲笑うかのように、

無茶な行為が軽く行われていく。

 

 

「助けて……助けて!」

 

自らが消えようとする恐怖に

ジャック・ホワイトは命乞いをする。

それはジョーカーではなく、

要救助者が発するものと同じだった。

 

「俺が別のなにかになっていくよーーーー!!!」

 

そう言い残し、

極光に包まれて二人が融けていく。

近寄ることができないと判断したバットマンは

倒したゴロツキを通りに運び、

周囲への避難を呼びかけていく。

 

光が収束し、

長身のシルエットが静かに立ち上がった。

その存在感、バットマンですら意識を刈り取られる心地がした。

ダークマルチバースのような

存在の確定性と引き換えに強さのみを求めた、

ジョーカーらしい陳腐さではない。

 

かつてのジョーカー、

バットマンが心から恐れたジョーカー、

「無敵という無知に溺れる前」のジョーカーの気配がする。

 

「HA, HA」

 

両腕を広げて天空に向かって

新たなるジョーカー、

ムチャ・ジョーカーは哄笑する。

 

「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!」

 

バットマンは反射的にバットVR投影装置を投擲し、

禁断のベイビー二度撃ちを試みた。

バットマンらしくない失態だ。

 

相手がムチャリストなら

同じムチャを二度繰り返すのは

愚の骨頂の最たるもの。

正常な判断力を奪うだけの凄みが、

ムチャ・ジョーカーにはあった。

 

バットマンが赤ちゃんになる刹那の前、

ムチャ・ジョーカーは長方形の板を取り出した。

 

「I HOLD THE WINNING CARD.(切り札はここさ)」

 

ジョーカーによる邪悪な細工を施された

マザーボックスが、局地的ブームチューブの暴走を引き起こす。

超精密な計算に基づいた防御不能の空間暴走。

バットマンもムチャ・ジョーカーも

一瞬にして五体が粒子になり、

両者ともに死亡した。

 

 

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