DCユニバースvsプラスチック姉さん 作:スカンジナビア半島
ジェイソン・トッド、レッドフードが傷だらけで
ケイブに運ばれてきた。
用事があってアーカム・アサイラムを訪れたところ、
たまたま脱獄中だったジョーカーに捕まり、
散々に痛めつけられ、拷問され、辱められていた。
俯くレッドフードが折られた骨は計27本、
潰れた内臓は6つほどある。
バットICUでなければ手遅れだっただろう。
相変わらずアルフレッドの医療技術は
Dr.ミッドナイトとバットマンに勝るとも劣らない。
一命は取り留めてもジェイソンが負った傷は変わらない。
バットマンに過去をほじくられ、焼きごてで抉られる時も、
ジョーカーに死を再現される時も、
レッドフードは常に心身に傷を負い、俯いていた。
「また手酷くやられたな」
敢えて気楽にナイトウィングは言った。
ジョーカーに傷だらけにされるのは
ロビンの通過儀礼でもある。
よくあることではあった。
うっかりジョーカーの心臓を止めてしまったのはディックだけだが
そのことはあまり口にしたことがなかった。
「チクショウ、あの野郎!
出くわす度に俺を狙ってきやがる!
耳元で何度も……俺が……!!」
右手で左腕の二の腕を掴み、
ジェイソンが悔しさに打ち震える。
ナイトウィングは以前のジョーカーとの会話を思い出す。
明確に、話し過ぎてしまった。
自分のせいでジョーカーが暴走している。
いや、ジョーカーはいつも暴走しているが、
普段のジョーカーはもはやテンプレート同然の
大量殺戮と超人の翻弄に終止してきた。
だが、もしもディックとの会話で
あのピエロが開けてはならない領域に踏み込もうとしているなら。
「ブルースは?」
「The市に行くって」
やはりこちらを不審に思って
事件現場を探りに行ったかとナイトウィングは額に手を当てた。
そのあらゆる危険を潰す強迫観念と、
全てを推理と思考野に収めようとする傲岸不遜さが
バットマンの強さの担保だ。
何度やられても慣れることはない。
ジョーカーは海を渡ってバットマンを追いかけるか。
間違いなく追いかけるだろう。
だが今はレッドフードを優先すべきだ。
どうせジョーカーはいつもバットマンの周りで
何かしらを仕出かして打ちのめされて高笑いして終わる。
そんな陳腐なお約束よりは
目の前で参っている家族を優先するのが当然だ。
「とりあえず今日は休もう。
マルチバーサス大会はまた今度な」
「バカ言ってんじゃねえ。
さっさと準備するぞ」
ディックの言葉に、先程までの悄然とした姿は嘘のように
レッドフードは立ち上がり、腕まくりをした。
ギブスがあり、絶対安静のはずなのだが、
痛みを感じないのだろうかとディックは苦笑した。
「ちょっと待てよ。僕がアルフレッドに怒られる」
「ハアー、良い子なお兄ちゃんは
ママに怒られるのが怖いってか!
いいからそっち持てよ」
巨大なモニターを運んで
仮設会場を作ろうとするジェイソンを、
兄としてディックは渋々手伝う。
「いいのかなあ。そもそも僕はよくわかんないんだよね。
なんでゲームで知り合いを動かすんだよ。
しかもみんなあんまりバットマン使わないじゃん」
「じゃあお前が使えよ、ハーレイばっかりやってないで」
「あいつが直感的に現実の戦闘に近いんだよ。
お前なんてスーパーマンじゃん。
普段の戦闘スタイルとなんも関係ないとかさ」
「お前はゲームやんねえからわかんねえのよ。
あれほど体感的にスーパーマンらしく動かせるゲームは
今まで無かったぜ? むしろ普段から仲の良いお前が
スーパーマンを使わないのが信じらんないね」
取り留めのない話をしながら、
レッドフードとナイトウィングは
モニターを運び、テーブルを出し、椅子を並べて
コントローラーや端子を繋いでいく。
ゲームにあまり詳しくないディックは
ジェイソンの指示に従い、
モニターの後ろ側で作業を続けている。
「怪我はどうだ? 痛むならすぐ言えよ」
「ちょっ、やめろよ。
痛いの思い出しちゃうだろうが!」
「そんな我慢するもんかなあ」
「これは誇りの話だぜ。
今夜、俺はダミアンとティムに吠え面をかかせてやるぜ」
軽口を叩き、
後で片付けやすいようにケーブルを纏めておく。
アルフレッドからのお叱りを少しでも和らげるための工夫だ。
「……ジョーカーに何を言われても気にすんなよ」
淡々と言ったつもりだが、
ジェイソンは苦虫を噛み潰したように唸った。
マルチバーサスに意識が向いて立ち直ったと思ったが
まだ空元気だったようだ。
「お前はどっちからも可愛がられてるしわかんねえよ」
「それでもお前はジョーカーが絶対に持てない、
持てないから堕ちることになった”笑われる強さ”を持ってる。
お前はジョーカーとは違う。
そして、ブルースや僕とも違う。未来に遺伝子を遺し、
黄金を芽吹かせるのはお前だ」
「……だから俺はお前のヒーローだってか?」
「いやそこまではいかない。
悪いけど、僕、そこまでお前に助けられたことないし」
弟の減らず口が消えた。
普段はここまで踏み込むことはないディックだが、
デスストロークとの出来事が、
彼の本心の底にあるものを浮かび上がらせていた。
「でも僕が目指していたヒーローは今のお前のような奴だ。
心が折れないとか、頑丈とかじゃなく。
何度打ちのめされても、立ち上がれる奴だ。
僕が昔、なりたかったロビンはお前だ」
「まあ……俺は鳥じゃなくなったけどな」
「お前は不死鳥(フレイムバード)だよ。
灰になっても蘇って、遺った灰が土地を豊かにしていく。
ゴッサムで永遠になるのは、きっとお前なんだ。
僕にはそれが本当に嬉しい」
そして、”かつての自分”が求めていた者は、
弟がなり、自分が結局何者なのかというのは、
あの鏡の向こうの自分に行き着くのだ。
梟でも蝙蝠でも駒鳥でもあり、
その鳴き声で世界中の少年少女を
戦地に導いたナイチンゲール。
デスストロークの言うことはたしかに当たっていると、
ナイトウィングは苦笑した。
「でも…………」
押し黙っていたジェイソン・トッドが
ゆっくりと口を開いた。
「俺がそうなったとしたら、
それは兄ちゃんが俺を見捨てないでいてくれたからだよ」
ジェイソンがそう言い。
お互いに無言で作業を続けていく。
レッドフードは気恥ずかしさをごまかして
作業に没頭していたが、
やがてナイトウィングの手が止まっているのに気づいた。
「ディック?」
モニターの後ろから顔を出し、兄の方の様子をうかがう。
呼びかけても返事がなく、様子を見に行ってみると、
ディック・グレイソンが顔を手で抑えて肩を震わせていた。
「えっ!? おいどうした!!」
血相を変えて肩を揺するジェイソンに
ディックが片手を挙げて首を振った。
「ぜ、全然平気。ただちょっと、グッと来たと言うか」
「ちょっと勘弁してくれよ!
もうすぐダミアンとティムが来るんだぞ!」
ディックの嗚咽が止まる気配はなく、
タイミングの悪いことに、弟たちが足音をうるさくケイブを降りてくる。
「今日は俺が勝つからな!
絶対だからな!」
「ゲームって真面目に分析した方がうまくなるよ」
「今から勝った気になってんじゃねえよ!
おい、グレイソン! 早くやろうぜ! おい!」
「ハワワワワ……」
絶望を浮かべてジェイソンはその場で立ちすくみ、
打つ手もなく震え上がって半べそをかいた。
「ハワワワワワワワ……」
#############
目を開けると暗闇があった。
バットマンとしても死亡経験者と話をして
死後の世界というのを解き明かそうとしたことがある。
しかし、その全容というのはあまりに深く、
天国に行った者がいれば、
眠っていたかのように意識が途切れていたという者もいた。
ハル・ジョーダンなどは黄泉の世界に行ったとも語っていた。
「ここが死か」
そう呟くと、遠くから角笛の音が響いた。
冥界の門への案内か。望むところだ。
そこに行けば、同じく死んだムチャ・ジョーカーもいるかもしれない。
そう考えてバットマンは歩を進めた。
ひとつの光明も衣擦れや風が砂をさらう音もしない。
完全なる無明無音に溶け込んで、黒い外套の者は唯一の導きへ向かった。
方向感覚も距離の感覚も麻痺する空間。
突然に目の前に眩しいスポットライトが輝いた。
反射的に腕で顔を覆ったバットマンの前には、
純白のリングがあり、その中央には巨大な翼を生やした天使がいた。
「待っていたぞ、バットマンよ。
我が名は大天使ガブリエル。
七大天使が一柱なり」
惚れ惚れする美声であった。
遠き水平線の果てでも言葉を伝えられるだろうと思えるほど。
このような特色を持つ者は実に限られていた。
「何故、ここに呼ばれたかは知っているな」
「もちろん、おおむねは」
バットマンにもなれば死後の世界についての情報収集にも余念がない。
”死んで目が覚めたら、リングにガブリエルが立っていた”。
これはマル・ダンカン、ヘラルドを名乗るヒーローのエピソードだ。
彼はここでガブリエルの角笛を勝ち取り、
音を支配するスーパーパワーを持った。
「我はあの御方の言葉を運ぶ者。
それすなわち天界バトルのリングアナウンサーということは
バットマンともなればとうに知っているか」
「ああ」
「ならばこのリングの意味も理解しているな?」
「死からの復活を賭けた死の天使アズラエルとの
天界ボクシング1マッチということか?」
バットマンは静かにうなずく。
マル・ダンカンの体験と同じだ。
死の天使アズラエルは
己の業績を上げるために、
こうして本来は死ぬ運命に無い相手に
理不尽なマッチングを仕掛けてくるという。
リングアナウンサーにして審判(レフェリー)を務める
ガブリエルはその調停人と言ったところだろう。
「今回は事情が違う」
そう言ってガブリエルはリングの反対側を示した。
不自然な暗黒で視界を封じていたそこは、
光が差すと、KOされた死の天使が転がっていた。
その頭を踏みにじるのは、
マザーボックスによる自爆を実行したジョーカー、
否、ムチャ・ジョーカー。
あのムチャリスト宝井清と魂魄が融合した
ジョーカーの新形態、
ともすれば究極形態と言えるだろう。
「先に楽しんでるぜ、バッツィ」
ムチャ・ジョーカーともなれば
死の天使アズラエルもひとたまりもないということか。
本来のジョーカーでも問題なく対処できただろうが、
やはり警戒するに越したことはない。
「死の天使アズラエルを倒して準備運動をしたつもりか?」
「んあん?
こいつは最初から寝てただけだぜ」
「自分が戦うと訊かなかったものでな。
我が角笛の音で鼓膜を破壊した」
ここに来るまでに聞こえた音は
ガブリエルとアズラエルの戦闘だったか。
アズラエルと言えば天界有数のダーティスタイルを使う
変則的なボクサースタイル。
タイタンズのメンバーでもあるヘラルドの能力が源流だけあって
近接でもガブリエルは凄腕ということか。
「それなら私はなにをすればいい?
お前と戦えということか、大天使よ」
「第89465857437885437483485回宇宙最強ムチャ王決勝戦の開催だ」
ガブリエルが指を鳴らすと、
リングの周りも光が灯り始めた。
そこにいたのは宇宙中の古き神と新しき神。
一様にパイプ椅子に腰掛け、リングの動向を注視していた。
「さあ! 神々のみなさん!
我らは人間の信仰を糧に存在していますが、
だからってなんでいつも人間どもを楽しませないといけないんだと
さぞご不満のことでしょう! しかし、今回は別!
ついに宇宙ムチャ王決勝戦のカードが人間同士になりました!」
バットマンにもわからないことはある。
その中の1つがこの宇宙ムチャ王という概念。
説明があるかとガブリエルを見たが、
相手は観客席を盛り上げるのに集中していた。
「おおおおおおおおお!
こいつはたまんねえええええ!」
「おまけにバットマンと戦うのが
釈迦の野郎が目をかけてるムチャおじさん
と融合したジョーカーかよ!
もはやこれこそが神話オブ神話のカードだろ!!」
「バットマン……ジョーカー……素敵……!!
5万年ぶりに濡れちゃいそう……!」
聖書でもおなじみの
ガブリエルの名リングアナウンサーぶりに
神々が湧き立っている。
神々には戦いの神、豊穣の神はもちろんのこと、
慈悲の神や愛情の神すらも腰掛けている。
「いつもは神々の暇潰しに過ぎない宇宙ムチャ王バトル。
優勝者は”運命を1つ変えられる”という特典があります。
それを手にするのは果たしてどちらか!
手にした方は何を願うのか!
まずは出場者チェックに我らがThe Godにやってもらいましょう」
観客席の最前列に腰掛けていた
老紳士然とした黒人の老人がリングに上がり、
バットマンとムチャ・ジョーカーの体を検めた。
天地創造の神が少し手を伸ばすだけで頬をぶん殴れる距離にいる。
日曜教会で祈りを捧げた相手は、実際に見てみると
何処にでもいる上品な紳士の出で立ちだった。
無神論者に近い思想のバットマンだが、
こうして本物の神に会えるというのは感慨深い。
「……父と母は何度も貴方に祈ってましたよ」
「知っているよ。ありがとう」
帽子を上下して今度は神は微笑んだ。
「……貴方に言いたいことはごまんとあった」
「大半が恨み言だろう。
わかっているとも」
ムチャ・ジョーカーのボディチェックをする。
黒い肌に白髪交じりの髪をした
世界の創造神は、穏やかさの裏に深い炎を感じさせる声音で
ムチャ・ジョーカーに問いかけた。
「私を愛しているかい?」
「全然! 何もしてもらった覚えねえし!
お釈迦様は好きだぜ! 励ましてもらったからな!」
「そうか、君の半分はムチャおじさんだったな。
それなら釈迦派も仕方ない。
だが、ジョーカーの方は? 少しも私を愛していないのか」
長身痩躯のジョーカーの肩に載った神の手に力がこもる。
「これっぽっちも!」
言い終えるや否や、ムチャ・ジョーカーの全身が爆散した。
純白のリングを真紅の血溜まりと臓腑が散らばった。
どういうわけか、骨は見当たらない。
曲がりなりにも、これまで何度も戦い、
殺したいとさえ考えたことがある男があっけなくまた死んだ。
バットマンでも現実感のない光景だが、
それを目にして神々が歓声をあげる。
「いえええええええい!!!
ジョーカー野郎が爆散しやがったぜえええ!!」
「前々からただ殺しが宇宙一上手くて
弱者の信仰を集めてるからって
調子乗っててムカついてたんだよなー!」
「やってることがヴィランってよりも
新興宗教のカルト教祖なんだよボケがッ!!!」
「ザマア! ジョーカー、ザマア!!」
バットマンですら眉を顰める神々の野次。
神というのがどういうのかはわかっていたが、
こうして目の当たりにするとあまり気分の良いものではない。
それがたとえジョーカーへのものであってもだ。
そして、まばたきした間に、
リングに散らばっていたジョーカーの血と臓腑は元に戻り、
ムチャ・ジョーカーは五体満足で立った。
「ヒ、ヒイィィィィ!!」
腰を抜かしてムチャ・ジョーカーが逃げ惑おうとするのを、
神は慈愛に満ちた瞳で見下ろした。
「私を愛しているか?」
「は、はいぃ!」
尖った顎を繰り返し上下に振り、
それを見た神は笑みを深めて
ムチャ・ジョーカーを立ち上がらせ、暖かく抱擁した。
そうは見ることのない光景だろう。
ジョーカーが神に抱きしめられている。
目と口でバットマンに助けを求めているが、
どうしようもないし、何かをする気もない。
「わかっているぞ」
全てを見通すヤハウェ、アッラー、The God、プレゼンスの名を持つ者に
囁かれ恐怖に染まったムチャ・ジョーカーが
脱兎の如く逃げてバットマンの足に縋り付いた。
「審判は私が執り行う。
非常に光栄なことである」
神々の声を届ける者、
神界のレフェリーとして知られるガブリエルが
恭しく一礼する。
「ルールはあるのか?」
「無い。真のバーリ・トゥードだ。
理由はわかるな」
ムチャリストにとって
あらゆる強さは超えるための壁に過ぎない。
故に、ムチャリスト同士の戦いはどこまで互いが強くなるかの
青天井の背くらべに近くなり、
耐えられる闘技場が存在しない。
このことから、天地開闢より
ムチャリスト同士の戦いは
互いがどれだけ弱くなるかを競い合うものとなっていた。
つまり、神々が拵えたリングの上なら、
ムチャリストは何も気にすることなしに
互いの全力を出せるということだ。
「まあ闘るのは良いけどよぉ!
物言いしちまうぜ! 俺は仏教徒!
キリスト教の小鳥ちゃんがレフェリーじゃあ、
贔屓(八百長)を心配しちまうぜえ!」
「安心しろ。ここには宇宙中の古き神、新しき神が集う。
その信任を得て私が審判を務めるのだ。
億が一、京が一にも贔屓などは無いと我が主上、
偉大なるプレ「我が審判をする」ダークサイドッッッ!!!!! 」
ガブリエルが美しい両翼を羽ばたかせて、
驚きのあまりに飛び上がった。
その通り、そこにはダークサイドがいた。
暗黒惑星アポコリプスの王にしてそのもの。
バットマンやルーサーを凌駕する
天才的数学者というマルチバース唯一の存在。
古き神を喰らう新しき神の支柱。
それがノリが付いた縞模様の
レフェリー服を着用し、
首にはホイッスルを下げている。
誰の目から見てもレフェリーだ。
「この戦い、私が審判しよう」
「し、しかし……」
大天使の一存では決められない申し出。
困ったように観客席のプレゼンスと
リング上のダークサイドを交互に見やる。
鷹揚に力強くプレゼンスが頷き、親指を立てた。
宇宙最強ムチャ王決勝戦、
カードはバットマンVSムチャ・ジョーカー、
審判を務めるはダークサイド。
それが決まったことに
会場が割れんばかりの歓声が生まれた。
ムチャ・ジョーカーとバットマンがリングの対角線に移動し、
中点に立ったダークサイドが両腕を広げ、
ホイッスルを咥えてタイミングを待った。
「FIGHT!」
今回も先手必勝を狙ったバットマンだが、
その足元のリングが大きく波打ち、
ジョーカーの頭部をした龍が鎌首をもたげた。
現実にはありえない技術、スーパーパワー。
間違いなく、かつて五次元人の力を
掌中に収めたエンペラージョーカーの力だ。
初戦におけるバットマンの初手は児戯(オギャ)り。
続く二回戦、ムチャ・ジョーカーの初手は上位次元の未知。
奇しくも常識で考えうる限りの
最弱と最強が繰り出されたことになる。
次々に現れるジョーカードラゴン。
リングの足場を縦に埋め尽くしたところを、
バットマンが全身を真の暗黒に染め上げて手を翾す。
ダーケストナイト。あのフー・ラフス、
ダークマルチバースのバットマンが至った
およそ考えうる限りの”無敵”を突き詰めた存在。
この空間は古き神々が大挙して座していることから、
恐らくは知覚を超えた恣意的な領域という推測はしていた。
ムチャ王決勝戦は存在そのもののぶつかり合い、
マルチバースの知識と力の全てが絡んでくるということだ。
ブースターゴールドがブルチン先生と慕う
Dr.マンハッタンも圧倒する量子の力。
真っ黒な放射光がつんざいた次には
1,000本は延びていたドラゴンが断末魔をあげて消滅した。
ムチャ・ジョーカーが鼻の穴に
中指を第三関節まで入れてボヤく。
「いやマジでクソつまんねえわ、これ」
早々に五次元人の力を捨て、
ジョーカーは緑の外套に身を包む。
バットマンの知らない形態だ。
スペクターだというのはわかるが、
ジョーカーがスペクターになったアースがあったのか。
世界には知らないアースがまだまだある。
「オリャー!」
ムチャ・ジョーカーがチェーンソーを振り回して
バットマンに襲いかかってくる。
ダーケストナイトを解いたバットマンは、
回転する鋸に触れた。
バットマンが触れた場所から、
青銀色のナノマシンが広がっていく。
スペクター・ジョーカーが振るったチェーンソーが
たちまちメタリックな鶏冠の生えた巨人になった。
「なんじゃあ!!」
仰天したスペクターの横顔を、
すでに変化していた巨人が殴り飛ばす。
バットマンの狂気と傲慢の化身、
ブラザーアイによるO.M.A.C.感染拡大だ。
霧散したように見せかけたジョーカードラゴンの残滓を媒介に、
バットマンは次々にブラザーアイを通じてO.M.A.C.を増やしていく。
戦況に応じて拡張自在なリングでも
スーパーマンクラスを無数に生み出す兵器を受け止められはしない。
バットマンとジョーカーの
存在レベルが到達する極み同士の戦い。
そのどれもがアース1つを絶滅に追い込むに十分過ぎる。
膨大なエネルギーの正面衝突と組み合いに
ヤハウェストンピングすら耐えるだろうリングが
大きく軋んで揺さぶられていく。
「うひょぉーーーーー!!!!
まるでゴッサムみてぇな激闘だああ!!!」
「長生きしてきた甲斐があるってもんだああああ!」
「こんな光景はラグナロクでも見られなかったねえ!!」
「リアル審判の日だぜ、こいつはぁ!」
観戦している神々が口々に興奮を伝える。
「オーディエンスの評価も上々じゃねえの!
やったなあ俺たち!」
スペクターの力を使い、ジョーカーは
O.M.A.C.を蹂躙していく。
緑の炎がリング一帯に広がっていこうとし、
その炎を意思のない兵隊達が足踏みで通り過ぎていく。
爆風の向こう側をバットマンが確認しようとすると、
緑の外套の抜け殻があった。
「隙ありぃ!!」
スペクターの力も捨てて生身に
ビール瓶を手にムチャ・ジョーカーが殴りかかってきた。
不意を突かれて頭部を攻撃されたバットマンが苦痛に呻いた。
そのまま流れる連携に入ろうとしたジョーカーを、
O.M.A.C.が受け止めて殴り飛ばす。
「ぎょええええ!!」
ロープに受け止められ、
反動でそのまま返ってきたジョーカーを
O.M.A.C.とバットマンのダブル・ラリアットが迎えた。
良く出来たラリアットとは前後に飛ばすのではなく、
衝撃を地面に叩き落とすものとされている。
バットマンとO.M.A.C.のツープラトンともなれば
衝撃も一潮というところだろう。
「しっ、信じらんねえ……
ブラザーアイの力も捨てる流れだっただろ!!」
「何故、お前の都合につきあわないといけないんだ?」
すげなく言い切ったバットマンの背後から次から次へと
O.M.A.C.が雪崩れ込んできた。
本来ならここでゲームセット。
ただし、これはムチャバトルであり、
ジョーカーはムチャ・ジョーカーになっている。
相手の戦力差があまりに開きすぎれば、
ムチャして乗り切ることができる。
「ナノマシン型笑気ガスの完成だぜえ」
すでに打倒していたO.M.A.C.の残骸から、
ジョーカーは即座に打破方法を開発。
O.M.A.C.にガスを吹き付けると、
能面の巨人達の顔に凹凸が浮かび上がり、
たちまちいつもの哄笑が木霊した。
「量で押し切ってやろう」
ジョーカーの前で狂ったO.M.A.C.を
まだ無事な方で殴らせていく。
O.M.A.C.同士の戦い、そこにジョーカーも加わり、
バットマン側のO.M.A.C.が次々に倒れていく。
「…………へ?」
ジョーカーの顔に不審が灯り、
たちまち驚愕に顎が外れてのけぞった。
バットマンの手勢であった倒れたO.M.A.C.のナノマシンが剥がれ、
コーティングされていた中身が見え始めていく。
内側にいたのはギリシャ神話のアポロンであった。
それだけではない、
ジョーカーが倒したO.M.A.C.の中身は
ウリエル、ソー、土行孫、ヴィシュヌと
名のある柱という柱が倒れていた。
「ちょっ、ちょ…………こいつ!!!
観客をO.M.A.C.にしやがったぞ!?
信じらんねえ、何考えてんだ!?」
「観客に手を出すなとは聞かされていない」
「普通やらねえだろ!?
それでヒーローや市民をさんざん死なせといて!」
対戦相手を指差し、
あまりにもあんまりなバットマンの所業に
ジョーカーが強い抗議をしている。
バットマンには理解不能な良識だ。
ブラザーアイは確かに暴走したことで
かつては世界中に死を齎した。
しかし、これはバーリ・トゥードであり、
過去に死が起きたのもマックスウェル・ロードの影響が大きい。
バットマンの支配下にあれば
観客をO.M.A.C.にしようと問題はないだろう。
「…………FIGHT続行!!」
同じく。神々にて最も合理と怜悧を愛するとされる
ダークサイドは戦況を冷静に分析。
ムチャ王決勝戦を優先。
「嘘だろ……今も平気で観客からO.M.A.C.が来てんだけど……?」
ヴィランの王、神と長年崇められてきた道化師が
呆然として観客席を見ている。
隣の神々がO.M.A.C.になるのも観戦者にとっては
紛うことなきエンタテインメントだ。
それがムチャ・ジョーカーには奇異過ぎる光景に映っていた。
考えてみればジョーカーのシンパとは
弱き者、悪趣味な資産家、愚か者、騙されやすい者というのが一般的だ。
宇宙人やゴリラ、深海人などはいても、神がシンパにいることはそうない。
神々の振る舞いに慣れていないというのはあり得ることだ。
「続行せよ! しないのであれば
YOU NO ムチャ!?(お前はムチャではないのか)」
「やってやらあ!!!」
ムチャ・ジョーカーが勢いを戻して
神々、観客だろうと構わず倒していく。
それはそれとして神とは無数に生まれている者達。
どれだけ倒そうとも千日手は免れないだろう。
「そこまで! 観客を減らしすぎだ!!
主催よりNGが入ったため、
これより観客のO.M.A.C.化を禁止する!」
ホイッスルを吹き鳴らしてダークサイドが叫ぶ。
O.M.A.C.化がプレゼンスの妻にも及んだ瞬間、
ヤハウェの親指が下を向いた。
アポコリプスの王、そして神界において究極の審判に相応しい変わり身だ。
ブラザーアイの機能を止め、
バットマンとムチャ・ジョーカーが真の生身で闘う。
ジョーカーは近接戦闘においても
凶悪的な才能を持っている。
武術の嗜みがなくとも音速、光速を見切り、
ジャスティス・リーグ全員を相手に翻弄する分析力と身体能力がある。
そしてバットマンは定期的に
己の戦闘スタイルを見直し、刷新するようにしている。
今のバットマンはバットラングを
ブーメランとして巧みに操り、
空ではバット飛び蹴りとバットアッパーを縦横無尽に放つ
オールラウンダー空中戦士だ。
ラングの十枚投擲。
ジョーカーは入れ歯を投げて受け止めたが
打ち漏らした分が頬を掠めた。
「楽しくなってきたぜえ!」
バールのようなものを振り上げて
ジョーカーが横薙ぎする。
それをジャンプで躱したバットマンは
バット回転踵落としで相手の頭頂部を打った。
「ぐへぅ!?」
目玉が飛び出かけたジョーカーが、
極大に長い銃身を上方に向けて
引き金を引いた。
弾丸がバットマンの脚を刳り、
地に落とす。
「行くぜぇ駄目押しぃ!!」
バールのようなものを舐めて笑うジョーカーが、
何度も何度も敵を打ち付ける。
ジェイソンを殺した時と同じやり方。
違いがあるとすれば
バットマンには逃げる手段があることだ。
打撃の隙間を縫ったバットマンが足払いをして
ジョーカーを転げさせ、
傷を押さえてコーナーポストからロープに立つ。
ロープの弾みを利用してバットマンは天高く跳躍。
フェイバリイットのバット飛び蹴りを放つ。
バット空中軌道変換ドローンを足場にすることで
バットマンは下方180°を飛び蹴りの射程範囲に収めている。
その攻撃のカバーの広さと、
100メートルのビルの屋上から地上のチンピラを殺さずに飛び蹴りできる精密動作。
これによってバット飛び蹴りは
憎悪の的になることなく
高い突進力と広い当たり判定で対戦者の人権を蹂躙してきた。
そのバット飛び蹴りが起き上がりかけのジョーカーを襲う。
角度を予測して転がったジョーカー。
おかまいなしにバットマンの飛び蹴りがムチャ・ジョーカーを頬に直撃した。
「あぎゃあ!」
絶叫したジョーカー。
キャンパスと踵にサンドイッチされ、
数度跳ねてからリング際に飛んでいく。
リングに追い打ちをしようとするバットマンを
ジョーカーが無数のダーツを連投してくる。
バット煙幕を投げて、
バットマンとジョーカーの間を粘土の極めて強い
飴細工めいた雲が広がる。
ポリエチレンの性質を応用した特製の気体。
通る物資は光線も物体も、
粘ついて動きが鈍くなってやがて落ちる。
バットマンがリングにゆらめく雲を飛び越えて
バット回転踵落としを腹部にお見舞いする。
極限の衝撃にジョーカーの体が
びっくり箱のように跳ね上がって、
上空に逃さずにバットマンが襟首を掴んだ。
「へへへ! やっぱ強えな、バッツィ!!
でも俺も負けねえかんなあ!!!」
歯が折れて鼻血が止まらないジョーカー。
その眼差しは爛々とし、
かつての彼が持っていたチャレンジ精神に満ちていた。
もう10年は見ていないジョーカーの顔。
目を細めて、バットマンは言う。
「ムチャおじさんと融合したことで、
揺れる正気と、予想外の事態に怯える弱さを手に入れたな。
アホの力と言うべきだが……たしかにそれがあれば、
お前はムチャをする側であり、私は越えられる壁になる」
静かにジョーカーを下ろし、彼の細い手首を掴む。
そして悠然と持ち上げた。
「無数の手を考えたが、
赤ちゃんを打破された時点で行き詰まりを迎えていた。
続ければ私は絶対にムチャされて終わる。
お前の勝ちだジョーカー」
神々の注目とスポットライトがジョーカーだけに絞られる。
勝負が決まり、バットマンは勝ちを譲った。
ムチャ・ジョーカーの勝利が宣言されたのだ。
水を打った静けさの中で、
勝利を譲られたジョーカーが
スポットライトと観衆ではなく隣のバットマンを見た。
「かかると思ったか、そんな罠によぉ!!」
ムチャ王決勝戦がれっきとしたルールに基づいて行われる以上、
勝負の結末を最後に決めるのはレフェリーのダークサイド。
しかし、暗黒惑星の悪神のホイッスルが鳴り響かない限りは
勝負は続行するのがムチャバトルの定め。
「さあやってみろよ!
こっから何をしてくるんだ!?
なにしてこようと俺は”ムチャ(踏破)”するけどな。
HAHAHAHAHA!!!」
「もうやっている」
「へ?」
ジョーカーの手首を掴んだ
バトマンの手に力が籠もった。
骨をへし折る音さえ聞こえたが、
今のジョーカーが気にするのはバットマンの言葉の真意。
ジョーカーの喉から真の悲鳴がせり上がり、
視線がバットマンのエンブレムから這い上がる
ナノマシンに集中する。
「ハ……? ハ……!?」
バットマンの腕を伝ってジョーカーの腕も覆うそれは
紛うことなきブラザーアイの力。
世界最高の探偵と宇宙最上のヴィランの両者を
ナノマシンが1つに覆っていた。
「お、おい反則だ!!
反則だぞ、審判!!
こいつズルしてる――――!!」
ジョーカーの抗議を
ダークサイドは冷静に首を振って流した。
巻き込まれないように距離を取り、
審判が見守る中、2人は溶け合っていく。
「審判の発言はよく聞くものだ。
奴が禁止したのはブラザーアイではなく
観客のO.M.A.C.化であり、我らのO.M.A.C.化ではない」
「いや、でもつまんねえからやめるって流れになったよね!?
俺、こういう大味なのそんなに好きじゃねえし
お前もでか過ぎる力は嫌いなんじゃねえのか!?」
「私とお前の最大の違いがなにか知っているか」
2人の体をナノマシンが包み、
互いの首だけが向かい合い、
バットマンが凄絶に笑う。
「お前が力を使いすぎないのは私との戦いを楽しむためだ。
だが私は、違う。私が使わないのは多くの要因があるが、
その中の最大の理由が”溺れれば悪に堕ちるから”だ」
顎から上もナノマシンに覆われ、
バットマンの胸に瞬いていた巨大な赤い目が
両者の中央に移動した。
「私は巨大な力で一方的に敵を押し潰すのも嫌いじゃない」
「ヒイイイイイイイッ!!」
断末魔の絶叫を上げたジョーカーと
首を揺らして笑うバットマンが
完全にナノマシンに呑まれていく。
ナノマシンの群体が中にいるのが
人ではないかのように形を変えて
歪み、くねり、やがては引いていった。
その中央に立っているのは一人。
胸にブラザーアイを埋め込んだバットマン。
しかし、それだけではない。
バットマンの首が真後ろに回ると
ジョーカーの顔があった。
バットマンとジョーカー、
光と闇と長年言われてきた者達が
今、完全な融合を果たしていた。
「わかったなダークサイド。
これは無効試合だ。
ムチャとは乗り越えるべき壁があるもの。
壁と融合すれば、それはもはやただの一者に過ぎない」
「むう……!」
「な、なんなんだ!?
せっかく親切なおじさんと融合したのに、
お前まで融合されたらご破産じゃねえか!!
俺と戦いたかったんじゃねえのかよ!!」
そう言ってジョーカーが腕を動かしてバットマンを殴ろうとする。
だが巧みに顔を回転させることで打撃は
すべてがジョーカーに向かう。
「私が戦いたかったのはムチャおじさんだ。
ジョーカーは必要ない。お前と闘うのが楽しかったことはない。
そしてダークサイドの関与が見えた以上、
もうそんなことをしている場合ではなくなった」
「そんな……そんなあ!!」
ジョーカーが瞳を潤ませて懇願するが
その対象はもはや彼と同一。
戦いというものが成立するわけもない。
神々がざわめく中で
甲高い拍手の音を立ててプレゼンスが立ち上がった。
それに続いて釈迦が、ハイファーザーが、オライオンが、
ライトレイが、キリストが、モーセが、
神ではない特別観戦枠でムハンマドが立ち上がっていく。
「これが新時代のムチャということか……
審判! 試合終了だ!
そして即刻、お前にお縄についてもらおう!
何が狙いだろうが、話してもらうぞ!!」
バットマンとジョーカーの融合による没収試合。
ムチャ王決勝戦の終了を告げるホイッスルの音は鳴らない。
業を煮やしたプレゼンスが指を鳴らすと、
副審判として控えていたガブリエルが角笛を吹いた。
神の言葉を告げる大天使により、
大会の終結が告げられる。
盛大な歓声と、たちまち神の貌に戻った
神々が審判だったダークサイドを取り囲む。
先陣を切ったのはクトゥルフ。
冒涜的な鳴き声を発しながら
唸る触手とゴリラ同然に
鍛え上げた腕のコンビネーションを仕掛けた。
「バブバブ」
ダークサイド、ベイビーに成る。
低姿勢を超えた横たわりの姿勢を取ったことで
クトゥルフの攻撃は空振り。
それだけでなく神々の動きが停止した。
あらゆる神話において、
最も珍しき存在、
それすなわち赤ちゃん。
自然現象、人々の手の届かない事象の
理由たるを担わされて生み出された神々は、
赤ん坊という存在が極めて貴重である。
そんな存在に、ダークサイドがなったのだ。
ホイッスルの代わりにおしゃぶりを咥えて
ごろんとしただけのアマチュアクラスの児戯技術(オギャスキル)だが、
神々を止まらせるにはそれで十分。
ブースターゴールドは敵の虚を突く児戯(オギャ)り、
ジャッキーは敵の正気を削る根負け狙いの耐牛児戯(オギャ)り。
バットマンは空間を支配する真正児戯り。
だが、ダークサイドほどの威容と、威力があれば
ただの「強者が赤ちゃんになっている」という
ギャップだけで最大最高の効果を生み出せるのだ。
「バブゥ――――――ッ!!!」
ダークサイド赤ちゃんの双眸が赤く光り、
神々が次々に消滅していく。
プレゼンスクラスならなんとか防げるが、
逆に言えば主神クラスでもなければ反応も難しい。
バットマンがブラザーアイの力をフルに使い、
ダークサイドに殴りかかる。
O.M.A.C.の力による打撃ならば赤ちゃんはひとたまりもない。
「消えよ」
ダークサイドの眼が一際強く光り、
回避不能の概念的速度、角度で飛来。
一度喰らったからわかる。
これはオメガサンクション。
ダークサイドが繰り出せる
最強にして最悪の技が1つである。
避けられないが、拳は届く。
ならばそのままと決めたバットマン。
一足先にダークサイドのおしゃぶりを砕き、
頬を殴りぬき、
その直後にオメガサンクションが。
「HA」
バットマンの顔が回転し、
ジョーカーがオメガサンクションと相対する。
「よせジョーカー、ムチャだ!!」
オメガサンクションはオメガエントロピーによる究極の拷問だ。
しかし、ジョーカーへの拷問など誰にも予想不可能。
過去も未来もない彼に、いったい何ができるのか、
それがジョーカーをどうするのか。
背後に追いやられたバットマンの言葉。
オメガサンクションがジョーカーに直撃した。
次々に攻撃が続く中で、
黄金の体躯に無限炎の鬣を揺らす
時空の超越神、ウェブライダーがバットマンを元の時空に飛ばした。
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あれ以来、ジョーカーの姿は見えない。
だがバットマンは確信している。
ジョーカーは必ず戻ってくる。
それも、今度はアホの力すら手にした上で。
これまでにない形で。
『ブルース。そっちにジョーカーが行ったけど』
「もう終わった」
ナイトウィングからの通信に返事をし、
蝙蝠は手の中のチップを弄った。
姉さんから貰った、ナイトウィングとデスストロークの戦いの一部始終。
ザ・ゴッサムの強力なジャミングにより、
単身では収集しきれなかった、あの夜の出来事。
それを握り潰した。
『その……ジョーカーのことなんだけど……』
「覚えているか、ディック。
お前は、私の全てを継承したが、
唯一、児戯りだけは継承できなかった。
いや、しなかった」
『え? そ、そうだね……』
唐突に昔話をされてディックが戸惑った。
通話をしていてよかったとブルースは思った。
こうしていなければ、これからやろうということの前に
心がくじけていたかもしれない。
「あの時の私は、それを弱さだと罵った。
ずっと、内心ではそう思っていた。
だがディック。それがお前の強さだ。
決して児戯らないのがディック・グレイソンだった。
私は、それを見下すのではなく、尊敬すべきだった。
お前が私の背を追ってきたように、私もお前の背を追わなければならなかった」
「ブルース……デスストロークに言われたことを知ったんだね」
「知らない。私はお前を信じている」
チップの破片をゴミ箱に入れる。
もう再生はできないし、する必要もない。
「僕はジョーカーに色々言っちゃって……
あいつは何をした?」
「何も問題はない。
詳しいことはみんなに伝える」
冷たい風がブルースの頬を撫でる。
温度はケイブと同じだが、湿度はまるで違う。
雪を含んだそれは、暗い感情や思考を凍らせてくれそうだ。
「デスストロークが何を言おうと、それは間違いだ。
お前は奴や私ではない。お前は真の騎士だった。
忠義と愛情と信念を光のもとで振るえる。
出会った夜からずっと私のヒーローだった」
「それを言うなら……僕のヒーローはずっと貴方さ。
誰かを助ける方法を教えてくれたのはいつもバットマンだった。
やっていいことも、やってはいけないことも僕はバットマンの影で学んだ」
向かっていた目的地に辿り着いた。
新たに生まれ変わったジョーカーに立ち向かうために、
バットマンもムチャをし、己を変えねばならない。
真のムチャ、自分と向き合い、
絶対に超えられないと思っていた壁を壊すのだ。
壊しては自分が死ぬと考えていたことを
あえてムチャするのだ。
大きく息を吸って、吐く。
ジョーカーやダークサイドと戦ったときとは段違いの緊張が
バットマンの心臓を破裂寸前に追い込む。
「これまでの私を覚えておいてくれ。
愛している、息子よ」
「よくわからないけど……僕も愛してるよ、父さん」
通信が切れた。もっと話せばよかった気がしてきた。
家族の声が恋しいという甘えた思考を必死で消す。
手が震え、膝が崩れ落ちそうなのを堪えて、
バットマンは玄関のドアを強く叩いた。
「はい……」
中年女性がすぐに出てきた。
こうして直接見るのは初めてだ。
「彼」が何度も見せてきた写真には映っていたが、
何故、これまで直接会おうとしなかったのか、
己の愚かさ、愚昧さ、悪質さを自覚せざるをえない。
バットマンは口を開き、何も言えずに生唾を呑み込んだ。
今からやることに比べれば児戯(オギャ)りなど
本当に呼吸よりも殺しよりも容易い。
「I am BATMAN.」
そう言ってからバットマンは首を振った。
ドアの向こうで様子を見にジャスティスリーグ・インターナショナルの顔が見える。
特別な絆で結ばれた彼らは、何度もこうして女性や子どもたちの様子を見に来ていた。
…………本当に、どうして「こうしなかった」のが
己の強さの担保と思ってしまったのだろうか。
「世界で最も偉大なヒーローのひとり、ロケットレッド……
ドミトリ・プーシキンの奥様ですね」
マスクを脱いで素顔を晒す。
どうしてか素顔を見せたのは
両親を喪ってから初めてな気がした。
どうしてか、「あの夜」のことがフラッシュバックする。
映画を観た帰り、幸福に包まれた自分が両親を死地に誘い、
ありふれた強盗に出くわす。
いつものフラッシュバックと違うのは、
今回は己がジョー・チルであり、
自分の前には両親の死を挟んで幼い子どもがいる。
ジョー・チルは当たり前の市民のように、
唇をかすかに開ける。
「私は……僕の名前はブルース・ウェイン」
震えて破綻しそうな声を抑え、
逃げ出したくなる脚を鞭打つ。
どこにでもいるようなロシア人女性の眼を見るのが、
少年にはどうしようもなく怖い。
「僕の狂気と傲慢が、
あなたの夫を殺しました」
ついに膝から崩れ落ち、
滂沱の涙を流し、彼は蹲った。
ジョー・チルはブルース・ウェインに屈し、
生涯の心の軛になる罪悪感を吐露した。
手に握った銃は死者の血液へと滑り落ち、
罪人は犯した過ちに涙した。
嗚咽で何も言えなくなる前に、
絶対に伝えないといけない言葉を、必死に絞り出した。
「本当に申し訳ありませんでした」
ついに謝罪の言葉を口にし、
ブルース・ウェインは甲高い声で泣きじゃくった。
まるで赤子のように。
これから死に行く赤子のように。
ジョー・チルの手をブルース・ウェインが取り、
泣いた彼を静かに見つめる。
あの日のフラッシュバックが、初めて違う形に終わり、
脳内の劇場からバットマンは退席できた。
皮肉なことに、
バットマンは赤子の鳴き声とともに死んだのだ。
BATMAN/BATBABY
R.I.P.
1986-2022
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「ジョーカーはアホを選び、
バットマンは傲岸不遜(オギャリバブバブ)を自壊した。
世界の蓋は開かれ、
さながら探偵の揺籃(DETECTIVE's CRADLE)だった理は真に壊れた」
ウェブライダーにダークサイドは言う。
神々の戦場は戦死者に溢れ、
遺った両柱が互いの力をぶつけ合っている。
「我が大願に一歩近づいた。
ジョーカーが妨害していたアホとトンチキへのアクセスが、
世界に開かれたのだ」
「あの街を何故、狙う」
オメガエフェクトはエントロピーに干渉する効能がある。
直撃をもらったウェブライダーは、
クロノアルエナジーをもってしても再生速度が激減していた。
「The市のある国に伝わる諺だ。
『売女を隠すならヤリマンの中』」
それを聞いてもウェブライダーには理解できない。
片腕でエネルギー弾を放つも、
ダークサイドにあっけなく相殺された。
「わからんか。
ならばお前如きにも伝わる領域のことを教えてやろう。
The市という名前、気づくことはないか?」
「なに?」
ありふれてはいないが
特に疑う要素のないThe市という名称に言及され、
ウェブライダーは首を傾げた。
「あの街を擁する国家の言葉で発音するがいい。
The市、Theシ、Theシー」
「The Cということか?
それがいったい何の――」
ダークサイドに誘導され、
ウェブライダーも口の中で唱え、
ようやく相手の言わんとしていることに思い当たり、
驚愕をあらわにした。
「The Crisis…………!!」
「ふっ、お前にもわかったか。
あの街の特異性が」
「それを教えたことを後悔してもらう。
この私の全存在を賭けて!!」
オメガビームが無数の屈折を繰り返し、
ウェブライダーが時空間を渡り、回避した。
ダークサイドの眼前に瞬間移動したウェブライダーが
掌を振り上げて攻撃をしかけた。
だが、ウェブライダーの斜め後方に
オメガビームが直撃し、弾けた音がした。
何もないはずの空間で真紅の光線が弾けた。
「なっ…………!?」
「無為に情報をくれてやると思ったか。
位相、空間、時の流れ、全てを計算し、割り出した。
お前の心の臓の在処をな」
クロノアルエナジーで強固に守っていた球体が破れ、
減衰されたオメガビームが、金色の破片をバラ撒いた。
それは何の変哲もないゴーグルと、
動くのを辞めた小型円盤ロボットの一部であった。
30世紀にもなれば二束三文にもならない
陳腐な代物であった。
しかし、それがウェブライダーを破壊する。
黄金の体躯、顔貌にて眼窩のように見えていた
2つの穴に深い亀裂が走り、
それはたちまち体を縦に走った。
「お前たちはいつも誤解する。
人の心が強くする、人でなくては神の力も振るえないと。
一理あると認めよう。だがそれとはべつに
弱点は弱点でもあるのを識れ」
「おおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!」
無数の歴史と悲劇を無表情に見つめてきたウェブライダーが
感情を剥き出しに散らばった破片を掻き集める。
ダークサイドを前にしたとは思えない行為。
半狂乱になった時空の神には、
その動きしかできない。
「心を己以外の何処かに置くのがどれほど愚かか。
そうだな。お前流に言えば『アホなこと』だったか?
ブースターゴールドよ」
「ああああああああああ!!!」
人の顔ではない黄金の顔を歪め、慟哭する神を、
ダークサイドは見下ろす。
「義息子スコットと旧友オベロンの誼だ。
苦しまずに消してやろう」
「おっと、じゃあここのうんこも消してくれるかい?」
第三者の声に、ダークサイドが振り返った。
足元には出したての、
湯気が立たんばかりの人糞があった。
奇妙な点と言えば、それが透けていたことくらいだ。
「大事な物を守りながら闘う。
私には最も尊いムチャに見えるがね」
透明な体。魂魄体のムチャおじさんがダークサイドの前に立ちはだかった。
ジョーカーと融合し、それがオメガサンクションで消された残滓、
それを再構成するというムチャで宝井清は再生した。
「いっちょ喧嘩すんべ、ダーちゃん」
「舐めるなよ、ムチャリスト。
お前やバットマンのような人種こそ、
何を置いても脅威と知っている。
知っていればΩは貴様を逃しはしない」
「なんだい難しいことばかりを言うじゃないか。
全然わかんねえからよ。
数学オタクじゃない話し方をしてください!!」
「…………勝ち目があると思うのか?」
シャツの首元の方のボタンを外し、
首元を緩くし、首の骨を三回鳴らしてから
ムチャおじさんは肩を竦めた。
「勝算のある戦いはしたことがないのが自慢でね」