DCユニバースvsプラスチック姉さん   作:スカンジナビア半島

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メメメメメメメメメメンヘラぁ…VSタイタンズ前日譚:The Back of a hero(上)

 

ヒーローにはヒーローのための施設が必要なことがある。

戦いのために負った傷を、

正体を明かすことなく治してもらえるとは限らないからだ。

精神面での負傷は特にそうである。

 

筋骨隆々であり、禍々しく澄んだ瞳の少年、

「国木」ことお尻警察が診察を受けている。

ここはサンクチュアリ。ヒーローに開かれた心療内科である。

 

「俺は性欲しかなかった」

 

自信に満ちた面持ちのまま、少年は語る。

埃一つなく掃除された診察室はさながら無菌室のようであるが、

色彩、物の配置、室温と湿度に至るまで、心に安らぎをもたらすよう設計されていた。

 

世界最高の外科医の一人であるDr.ミッドナイトと、心療内科医のリリス、

万事を知り尽くしたバットマンによるデザインだ。

 

「まずはドラゴンがあった。いつからそこにいたのかはどうでもいい。

腹部、股間の奥深くで、そいつはいつも叫ぶんだ。

『イヤッホゥ! イヤッホゥ!!』と、獲物を求めて俺を動かしていた。

……いや、違うな。俺はドラゴンとして生まれたんだ」

 

眼差しは真っ直ぐ前を向いているが、

張り詰めていた国木の筋肉がほぐれてきている。

これまで抱えていた心の裡を吐露することで、

常に好き放題振る舞っているはずの彼ですら、

心の調子が整ってきているのだ。

 

「でも、この世界にドラゴンの居場所はない。

いや、ドラゴンや龍人は普通に山奥にいるだろうが、

ここでのドラゴンというのはもちろん○U○、○∩○のことだ。

だから俺は大義を求めた。ヒーローとして、

悪いお尻に愛を擦り付けるのなら、

許されるんじゃないかと思った」

 

シャツと体躯の間の隙間が広がっていく。

いつも悪いお尻との遭遇チャンスに備え、

全身に愛を張り巡らせている彼にしては、極めて珍しいことだった。

 

「俺はヒーローを知らない。

テレビや新聞で見ることはあったが、

彼ら、彼女らを見てもヒーローが何かわからなかった。

だから、俺は――――」

 

そこで国木は言葉を止め、話題を変えた。

ここでは自分の話をどんな風に語ってもいい。

 

「宇宙が悪いと気づいて、デスストロークに言われたことは気にならなくなった。

悪いお尻が人々に危害を加えるなら、

俺はそいつのお尻を愛してやる。

それは宇宙が俺を作り、

宇宙が悪いお尻と巡り合わせたからだ。

俺も、悪いお尻も悪くない。なら、愛す」

 

一片の迷いもない言葉だった。

禍々しくも澄んでいたゴッサム川の清流のごとき眼差しが、

今やThe市の湖のせせらぎと豊かさを湛えている。

人にはおよそ体現できない、神々しい顔つきであった。

 

宇宙が悪いと悟った彼は、まさに宇宙の声と繋がっていた。

 

YEAAAAAAH!! HOOOOOOOO!!!!

 

宇宙の奥深く、心臓より響きしその声は、まさにロックンロールであった。この宇宙は万物にロックであることを求めている。

 

ややあって、国木は膝の上で両手を組み、体を前に倒す。親指同士を複雑に絡み合わせるその仕草は、さながらナメクジの交尾を連想させるほど淫靡であった。

 

「それとは別に、もしも俺がこのまま生きて、

デスストロークが言うようにあいつと俺が同じで、

俺はいつかデスストロークになるのは…………?

………………………………………………それは……

本当に……………………………」

 

あのロリマンファッカーがこれまで何をしてきたかはわかる。きっと奴は、人格と肉体の尊厳を踏み躙られ、喰い物にされた少年少女の亡骸の上で、少年兵のあるべき姿を謳うのだ。

奴の話には何一つとして信用すべき肉声が介在し得ない。そこが自分と同じであることは、国木も理解していた。大きく息を吸い、国木は静かに言った。

 

「ああなるのは嫌なんだ。

どうしてかな。デスストローク・ザ・ロリマンファッカー。

ああだけはなりたくない。

俺は昔の俺じゃなくなっている。

俺の中に、たしかに”こうなりたい”という姿があって、

そこに向かって進んでいけば、

俺はお尻でより気持ちよく性欲解消できる」

 

腕組みをし、国木は椅子にもたれかかった。

 

「…………それには、”あいつ”を

どれだけ巻き込むことになるかにも通じるのが難点だ」

 

診察の時間が終わった。椅子を立った国木は、

軽くシートを拭いて忘れ物がないかを確認した。

 

「失礼します!」

 

極東の国の野球少年らしい礼儀正しさで施設とスタッフに一礼し、診察室を出た。

待合室では、ヒーローたちが思い思いに過ごしている。

まだ会ったばかりだが、皆、正しい心を持ちながらも傷ついている。

自分と同じなのだと国木は考えた。

 

「お尻警察くん!」

 

元ローグスで、現在はヴィジランテとして活動するパイドパイパーが声をかけてきた。

その側では、頭を突き合わせてゲームに興じるキッドフラッシュと、

彼よりさらに小さなスピードスターの少年、少女がいた。

 

「パイドパイパーさん。お疲れさまです」

 

「そんな肩肘張った挨拶はいいよ。

一緒に話でもしない? 子どもたちに仲間外れにされて不満なんだよ」

 

ブロンドの長髪に洗練された立ち振舞いは、

彼がかつて銀行強盗を生業にしていたという事実を覆い隠して余りある。

パイドパイパーは世界で初めて同性愛者であることを公表したヴィジランテだ。

ヴィランからの転身を含め、これまでの道のりは容易ではなかっただろう。

 

「誘っていただきありがとうございます。

ですが、食事がまだでしたから……先にご馳走になってきます」

 

そう言って手を振り、

国木は割り当てられた部屋に食事を運んでもらうよう頼んだ。

テーブルの準備を整え、窓から差し込む柔らかい日差しの中で外を眺める。

 

一面のコーン畑が太陽光をたっぷりと吸い込み、

穂先を膨らませていた。

黄金の絨毯が地平線まで続くその景色は、国木の地元によく似ていた。

 

「不思議なものだ……」

 

「スーパーマンが考える、最も安らげる場所を再現したの」

 

一般的な中年女性の姿をしたアンドロイドが、

パイを抱えて隣に立っていた。

ここは概ね男女一組の老夫婦の外見をしたアンドロイドたちが、

事実上の管理者として運営している。

 

「異国から来た俺の心にも伝わります。

この景色は、人の激しさを鎮めてくれる」

 

事実として、この施設で山ほど「良いお尻」を見てきたが、

いつも暴れていたドラゴンはぴくりともしない。

国木にとって初めての経験だった。

どこにでもある田舎の光景に見えるが、たしかにここは「聖域」であった。

 

「ありがとうございます」

 

「お礼なんていいのよ、当然のことだもの。いくらでもいていいんだから。そのために造られたのが私達よ」

 

「俺が感謝するのは、あなたの善意にです。

きっと、あなたは良い行動規範を持っていて、

それを全うできているのでしょう」

 

熱々のアップルパイを齧る。

キャラメルと溶けたバターがたっぷりと染み込んだ、

純朴な田舎の味だ。

流石に少年向けすぎる味付けかとも思ったが、嫌いではなかった。

 

「残りは置いておいてください。戻ってきたら食べます」

 

ふと、心に芽生えた衝動に突き動かされ、

国木は窓から飛び降りた。穂波が織りなす太陽の海を前に、

少年は自然と両腕を広げた。

穏やかな気持ちと、何も気にせず走り出したいという気持ちが両立している。

 

いつもは筋肉で強引に脱ぎ捨てていた衣服が、

素朴な愛によって自然と滑り落ちていった。

一糸まとわぬ全裸になった若きヒーローが、無垢な衝動に従って駆け出す。

 

ただ手足を伸ばし、思いきり体を動かす。

助走の勢いのままジャンプすると、能力で強化することなく、

3階ほどの高さまで軽々と跳び上がった。

 

「イヤッホーーーーーーーゥ!!!!」

 

「おっ、やってるなあ?」

 

窓際で見守る女性型アンドロイドの隣に、

農夫の格好をした男性型アンドロイドが立った。

このサンクチュアリにいれば、ヒーローたちは澱のように肩にのしかかった重圧から、

ひととき解放されるのだ。

 

「楽しそうに走っているじゃないか」

 

「そうね。昔のあの子みたい」

 

かつて、太陽のヒーローが初めて目にした「この星の人間」。

それをロールモデルにした二人が、

ヒーローの道を歩み始めたドラゴンの行く末を見守っていた。

 

「イヤッホーーーーゥ!! イヤッホーーーーーーーーーーーゥ!!!

どんどん悪いお尻が欲しくなってきたぞ―――――ぅ!!」

 

戦いも性欲も忘れた子供のように、

少年は農園を跳び回っていた。

 

#######

 

マルチバースの中心に位置し、

あらゆる魔と神秘への扉があるとされる「ロック・オブ・エタニティ」。

そこにはシャザム、魔法における王者(チャンピオン)の玉座がある。

 

「じゃあ諸君! 今日の報告をしようか」

 

ケチャップをぶちまけたような

真紅のコスチュームに純白のケープを纏った精悍な男性、

シャザム(ビリー)が仕切る。

 

「明日テストがあるから勉強したーい」

 

「おいおいおい……」

 

「僕も賛成」

 

「テレビつけていい? 推しの選手が今日の試合に出場するはずなんだ」

 

シャザムの弟や妹たちが、ヒーロー活動とは無関係なことを口々に言い出す。

学生の日常にそうそう異常事態が起きるわけもなく、

仕方がないことだが、ビリーとしてはたまには真面目な話もしたかった。

 

「じゃあ……アダム。何かある?」

 

おずおずと話を振った先には、ブラックアダムが7つ目の席に腰掛けていた。

かつて何度も死闘を繰り広げた宿敵だが、今は目を閉じ、

聞いているのかいないのか判然としない態度で座っている。

 

「何か話そうぜ!

俺たちを何度も殺そうとしてきたことなら、

誰も気にしてないからよぉ!

ムッツリが好かれるのはジャスティス・リーグくらいなもんだぜ!?」

 

フレディが茶々を入れるが、

ブラックアダムは眉間に皺を寄せるだけで無言を貫く。

 

「いいでしょう、そっとしておきなさい。

もう終わりでいいわよね。レポートを作成しないといけないの」

 

「ピザを――――」

 

全員の視線がブラックアダムに集中した。

何かが聞こえた気がしたが、聞き間違いかとも思った。

 

「ピザを、欲しい者はいるか?」

 

「はーい!」

 

いつものように元気よくダァラが手を挙げた。

黒装束の魔法使いが指を鳴らすと、煙と共にピザが現れる。

 

「うーーん、おいしそう!」

 

ダァラがヘルメスの神速で一切れを平らげ、

皆が手を伸ばすのを待つ。

遅れてペドロが食べ、フレディとビリーもそれに続いた。

 

「私とユージーンはこれから勉強だから気にしないで。

あんまり食べると眠くなるし」

 

「出した側だが、私もいらない。お前たちで食べるといい」

 

ピザをもう一枚手に取ったダァラが、

楽しそうに足をバタバタさせる。

 

時折こうして顔を出すようになったブラックアダムだが、

ただ座っているだけで、ビリーたちに指示を出すこともない。

追い出すほどではないが、真意は不明だった。

 

「…………バットマンに頼まれたことがある。

アキレスの娘に行ってもらいたい場所がある」

 

「え、私が?」

 

突然の名指しに、アキレスの勇気を宿したメアリーが意外そうな顔をする。

アダムが彼女と会話すること自体、稀なことだった。

 

「他の人では駄目なの?」

 

「The市を知っているか?」

 

「あの、宇宙最悪のヤリマ……Hなお姉さん種族がいる場所!?」

 

ソロモンの叡智を使い、即座に答えを導き出したユージーンが驚愕の声を上げた。

長姉であるメアリーの眉が釣り上がり、弟を叱ろうとして言葉を飲み込んだ。

 

「その理解で問題はない。

いわゆるふしだらな女性の種族がいるが、

バットマンやナイトウィングが行っても無反応だったとのことだ。

あの二人を見逃すふしだら種族がいるとは到底思えん。直ちに捜索してほしいとの要請だ」

 

不審がっていたメアリーも、それだけでブラックアダムの狙いを把握したようだ。

 

「私があの街へ行くのは、向こうの神々を刺激する可能性がある。

お前ならまだ大丈夫だろう。そして、年齢的にお前以外は無理だ」

 

「いやいやいやいや、ちょっと待ってよ、ブラちゃん。

ブラちゃんって呼んでいいよね?

俺ら家族みたいなもんだし。あの3人はともかく、俺とビリーなら平気でしょ?」

 

「えー! ずるーい!! 外国なら行きたーーい!!」

 

「駄目よ! 絶対に駄目!!」

 

ダァラが不満を表明するが、メアリーは頑として認めない。

 

「僕は勉強があるからいいや」

 

「ぼ、僕も……なんか怖いかな」

 

フレディが馴れ馴れしくアダムの隣に立ち、ニコニコしながら肩に手を置く。

 

「最低でも19歳以上でないと行かせられない」 

 

魔法で変身した逞しい胸を叩いて、フレディは食い下がる。

 

「おいおい、見てくださいよこの胸板!

もう誰が見ても立派な大人でしょう! あの……3発くらいならビリーを殴っても怒らないから……お願いします!!」

 

「俺を売るなよ」

 

ビリーが憮然とするが、フレディは構わず宿敵に絡み続ける。

徐々にアダムの肩にかかる力が増していく。

あまりの懇願ぶりに、アダムも哀れに思ったのか、メアリーに告げた。

 

「とりあえず、あの街がどういう場所か、

そして私が知る限りのThe市と宇佐美一族について教えよう。

それから、姉として弟たちを連れていくか決めるがいい」

 

「あたしはダメなの?」

 

「ハイスクールを卒業するまで待ちなさい」

 

ピザに加えてユニコーンアイスを魔法で出し、

ぐずる少女をなだめる。

アダムはビリーやフレディには厳しいが、

幼いダァラに対しては決して高圧的には接しなかった。

 

大人代表のアダムとメアリーが離れた場所で相談を始める。

形式上のリーダーはビリーのはずだが、

年齢差ゆえの扱いの違いは歴然だった。

 

「俺もThe市に行ってみたいなあ」

 

ビリーにはフレディほど露骨な興味はない。

純粋にその街へ関心があった。

ゴッサムの次にゴッサムな暗黒都市。

 

JSA時代、フラッシュやグリーンランタン、ワイルドキャットたちが、

マンというヴィジランテがいかに偉大かを語るのを何度も耳にしてもいた。

 

魔法の力を得ているビリーは、常に「力を失った自分」を想像していた。

恐怖もあるが、ダークでハードな裏路地を生きる自警団になる自分を夢見ることもあったのだ。

 

「だろ? 行ってみたいよな!!

俺もヤ……セクシー種族に会いてえええ!!!

JSAで会ったことあるって人いたか?」

 

「どうだったかな……そういうのはあまり興味なかったし」

 

「おいおいビリーくんよぉ。そういうのを男同士で隠しても意味ないぜ?」

 

「格好つけてるわけじゃないっての!」

 

ムキになるほど怪しまれるとわかっていても、

つい声が大きくなる。フレディの異性への執着は、

ビリーにはいまいち理解できない部分があった。

もちろん興味はあるし、ワンダーウーマンやパワーガールに告白されれば悪い気はしない。

 

しかし、「ヤリマン都市」という言葉にそこまで色めき立つほどではない。

そもそも、そんな場所の住人が危険でないはずがない。

 

「なあ、メアリーが駄目って言っても、俺たちだけで行こうぜ」

「どういう理由でだよ」

 

「何かあるだろ、あんな場所なんだし!

シャザム二人で街のお悩み解決といこうぜ!!」

 

親友の誘いに乗り、ビリーも悪巧みの笑みを浮かべる。

 

「よし、いっちょこっそり行くか!」

 

「あたしも連れてって!」

 

聞き耳を立てていたダァラが割り込んできた。

そこへ、気まずそうなアダムと不機嫌さを隠さないメアリーが戻ってくる。

 

「あ、ねえメアリー。ダァラがThe市に行きたいって!」

 

「絶対に駄目!!!」

 

「二人も行きたいって言ってたよ!」

 

「行くのは私だけよ!!」

 

腕組みをして睨みつけるメアリー。

ブラックアダムはすでに去ったようだ。

ビリーは内心でため息をついた。

 

「いやだなあ。それはただ言ってみただけだよ」

「俺たちは家で遊んでようぜ、ダァラ!」

 

妹の頭を撫でて姉の追及をかわすと、

二人は静かに頷きあった。

ダァラはヘルメスの神速の持ち主であり、彼女を置いていくのは容易ではない。つまり、三人で行くしかないということだ。

 

「とりあえず服を買いに行こうぜ。何があるかわからないしな」

 

「そうだな!」

 

ビリー・バットソンの中にも、

落ち着かないワクワクが湧き上がってきた。

 

フレディには黙っていたが、

The市のヤリマン種族についてはDr.フェイトから

「絶世の美女たちだ」と聞いたことがあったのだ。

 

「…………ムフフ」

 

フレディほど大騒ぎはしないし、

一番会いたいのは「マン」だが、

会えるものなら是非とも会ってみたい。

 

少年らしい期待が膨らんでいた。

 

##########

 

The市の市長。

政策も選挙もすべてパワーで乗り切る、 

徹頭徹尾のパワー至上主義者。

 

それを疑う者は一人もいないが、

その信仰レベルを知れば、誰もが度肝を抜かれるだろう。

 

「我が計画は順調ですよ、先生」

 

人払いをさせた市長室で、市長が語る。

執務机の上では、邪悪なる暗黒の直方体「マザーボックス」がPING音を奏で、

異次元の映像を照射していた。

 

「ソナタの愛校心には敬服するでアール」

 

アポコリプスの将軍、カントーがハープを奏でながら応じる。市長は学生時代、そのパワーを認められ、

地球人として初めて暗黒惑星アポコリプスへ留学した経験を持つ。

弱肉強食学を専攻していたのだ。

 

カントーは当時、芸術パワー学科の講師を務めており、

暴力以外のパワーの在り方を教えてくれた恩師である。

彼のレイピア捌きは剛力と狡猾さを備えつつも、

騎士道を標榜する技巧派。市長もまた、彼から多くを学んだ。

 

「ヤリマンどもは未だ、自身の異常には気づいていない。

ただ一つ『最近は性欲がない』と考えているだけです」

 

「相も変わらず愚かな女どもである」

 

 

アポコリプスの旋律は、ハープであっても暴力的だ。

奏者の腕力で弦が切れれば、即座に奴隷が自らの脚の腱を抜いて献上する。

 

しかしカントーは、そんな奴隷の奉仕を認識すらしない。

パワーなき者がそうするのは、アポコリプスでは当然の摂理だからだ。

 

「報酬は、『売女女王(スラット・クイーン)』の完成と同時である」

 

「テラ・マルコヴにそれほどまでに賭けておられるのですな」

 

「詮索は無用でアール」

 

テラという少女。

宇宙一の売女という悪名高き伝説の悪女とされているが、

年齢は市長の娘と同じくらいだ。

 

それを思って市長の心が痛むかといえば、断じて否である。

重要なのはパワーのみ。

パワーがないゆえの苦境はすべて自己責任。

それが彼の持論であった。

 

「もうじきですとも」

 

「期待している」

 

マザーボックスの通信が途絶え、

市長は景気づけに大理石の机を指先で千切った。

 

二本の指の腹で転がし、窓の外へと遠投する。

窓には融解したような穴が開き、

不可視の力場が立ち上る方角へと石片が飛んでいった。

 

通常の人間には見えない力場、

「超性交力場(ハイパーセックスエナジー)」。

SEX-MENから強奪した計測器がなければ、

交渉の道具にしようなどとは思いつかなかっただろう。

 

「この北国がセックス特産地だというのなら、

存分に利用させてもらう」

 

高揚するパワーによってスーツとシャツが弾け飛ぶ。

来たるべきパワーの瞬間に、市長は胸を躍らせていた。

 

#########

 

The市に来たのは初めてだが、意外にも普通の街に見える。

少なくとも、ゴミ箱の裏に必ず強盗が潜んでいるゴッサムよりは平和そうだ。

 

しかし、そこには今、ジョーカーがいた。

ナイトキャップを被り、口にはロリポップを咥え、三輪車を漕ぎながら。

 

彼は万人が帰還不可能とされる時空の拷問から、

見事に生還していた。

短期間でそれを成し遂げたジョーカーは、やはりジョーカーであった。

 

「帰ってきたよぉ……!!」

 

だが、時空の旅はジョーカーを発狂させるに十分すぎる過酷さだった。

過去に戻り、赤ん坊になったバットマンを育て、

髭の上に白塗りを施し、織田信長にもなった。

バットマンとロビンを弁当箱に詰めて調理しようとした日々が、

忘れていたのが不思議なほどの黄金時代に思える。

 

「オメガサンクション」は人を殺す。

それは風土、文化、歴史の混沌を脳に直接注ぎ込む行為だ。

しかしジョーカーにとって、それは「思い出す」行為でもあった。

大衆向けの甘ったるい狂気や、人を雑に狂わせて己の強さを誇示する陳腐な演出とは、

まるで別の次元をかつて自分は歩んでいたのだと、思い出した。

 

本能が告げている。

この世界には「お尻、ちんこ、ヤリマン、ヒゲ、筋肉、愛、アホ、トンチキ」といった、

理解の及ばぬ本物があると。

 

それから逃げ出し、捨て去った過去を拾う行為。

それにより以前のジョーカーは死に、

「ムチャとアホを受け入れたジョーカー」が誕生した。

 

「すっごく頑張って帰ってきたよぉ……!!

待っててくれバッツぃ! お前に新しい俺を見せたいんだよぉ!」

 

キコキコ、キコキコ。

 

ジョーカーは懸命に三輪車を漕ぐ。

そこに面白さがあるかはわからないが、

それが今の彼の精一杯だった。

己のセンスのなさを晒す勇気を取り戻した姿なのだ。

 

「ずっと練ってきたんだ……俺なりの、アホでトンチキなジョークってやつをさ!」

 

ペダルを踏む足に力を込める。しかし、不思議なことに速度は上がらない。

 

「キコキコ、キコキコ……」

 

「にしても、遅いなこの三輪車」

 

「それは、私が三輪車ではなく国木だからです」

 

「なんだ、そうだったのか」

 

気づけば、犯罪界の道化師が乗る三輪車は国木へと変わっていた。

悪しき勃起を放つ者を、お尻警察は見逃さない。

ジョーカーのお尻を背中に感じながら、国木三輪車は速度を上げた。

 

「ところで、どこに向かっているんだい?」

 

「バットマンがいる場所です」

 

お尻警察が向かうのは繁華街、恋人たちが楽しむエリアだ。

平日の昼からそんな場所で待っているとは、

バットマンも案外お盛んだと言える。

 

「本当に? どうして見ず知らずの三輪車がそんな親切を?」

 

「愛」

 

たった一言。しかしジョーカーは深く頷いた。

 

「疑ってすまない。

ここへ来てから、人の親切に触れてばかりだ。

いろいろあってから考えてみると、

向こうがやりたいことをやるためのダシにされたんじゃないか、

弄ばれたんじゃないか、

なんて思ってたけど、とんだ誤解だったんだな。

おじさんもお前も、俺に嘘をついていると思っちまったよ」

 

「俺は嘘を絶対につきません。

嘘はこの世で最も憎むべき悪徳の一つです。

人の信頼を吸い取り、己の望む方へ誘導し、

美しい心を搾取する。俺以外がそんなことをするなど……

絶対に許されてはなりません」

 

三輪車の誠実な言葉に、ジョーカーは目に涙を浮かべて鼻をすすった。

21世紀とは思えないほど真っ直ぐな言葉だ。

誰もがこの青年は信用に値すると確信するだろう。

 

「最近の子は本当に立派だねえ。

じゃあ、正直者で優しい国木くん! 俺を愛しのバッツィのもとへ連れていってくれ!」

 

「任せてください」

 

お尻警察が三輪車としてジョーカーを乗せたまま、

一軒のラブホテルへと入っていく。

この国にはどこにでもある、至極普通のホテルだった。

 

###########

 

「おい、入っちゃったぞ」

 

「どうしたものかな」

 

上空から二人を見ていたシャザムの二人。

ゴッサムの事情に疎い少年たちには、

いささか荷が重い光景だった。

 

ジョーカーを確保しようとした矢先、

何者かが三輪車に成り代わり、彼をラブホテルへと連行したのだ。

 

ビリーとフレディは未知の事態に困惑し、相談を始めた。

ジョーカーは極めて危険なヴィランだ。彼を逃せば、この街が滅びかねない。

 

しかし、あの三輪車はこの街のヒーロー、お尻警察である。他所のヒーローの縄張りに手出しをしていいものか。

フレディに至っては、ホテルの中で何が行われるのか、想像もつかなかった。

 

「やっぱり、何があっても加勢した方がいいんじゃないか?」

 

「でも、ラブホの中だぞ?」

 

「ラブホって?」

 

「カップルがエッチなことをするホテルなんだってさ」

 

ソロモンの知恵によって、子供の範疇を超えた知識を披露する。

どこでもエッチなことをするゼウスの全能では、

このような文明的な振る舞いは予想できなかっただろう。

ゼウスは全能だが、所詮は悪しきチン黒面に呑まれた者の範疇でしかない。

 

「え、じゃあ浮気じゃん。バットマンが黙ってないだろ」

 

「あの二人ってそういう関係じゃないだろ?」

 

「いやあ、ヒーローとアークヴィランと言っても、

あの二人だけは本物だろう?」

 

「うーん……」

 

バットマンとジョーカーの恋愛模様について駄弁っていると、

フレディがホテルの近くでオロオロしている少女に気づいた。

こういう時の彼の目ざとさは異常である。

 

「美しいお嬢さん、こんなところにいては危険です。

このホテルでは今、The市の守護天使ことお尻警察、

あのジョーカーが熾烈な戦いを繰り広げている最中です」

 

「そうなの。どうすればいいのかわからなくて……」

 

近づけば近づくほど、見惚れるような美少女だった。

気品も礼儀も、その顔立ちもすべてが美しく、

それでいてセミスキラ特有の暴力的な生命力はない、儚げな魅力があった。

 

「あのおし……国木くんはお友達で、

ジョーカーさんにお仕置きをするつもりらしいのだけど、

彼(ジョーカー)は『まだ何もやっていない』って注意したの。

そうしたら国木くんが『罪状を見て判断しろ』って……困ったわ。どれだけ下にスクロールしても、読み終わらなくて」

 

「おお、なんという慈悲深い心なんだ。

でも、気にしなくていい。ジョーカーなら殺しても来月には生き返っているしね。

それに、いつもの全身の骨を折られるのに比べたら、

ちょっとお尻を傷つけられるくらい、イボ痔みたいなものさ。

……っと、失礼。下品だったね。

安心してほしい、僕はイボ痔未経験。

このお尻はナイトウィングと双璧を成す美しきプリケツだよ」

 

フレディは風圧が起きるほど力強く、自らの臀部を叩いた。

 

「お前、本当によく口が回るな」

 

美少女を前にしたフレディのバイタリティは、ビリーには到底真似できない。

女の子を前にすると、どうしてこれほど饒舌になれるのか。

ビリーはウキウキしても、それを会話に繋げるのが苦手だった。

 

「でも、あの人が心配だわ……国木くんのお仕置きは、天井知らずだもの」

 

ジョーカーをここまで思いやる人間を初めて見た。浮世離れしているが、それ以上に彼女は純粋で、深い慈愛の心を持っているのだろう。

 

「そうまで言うなら仕方ない。

連絡先を交換しよう……じゃなくて、させてください。是非お願いします!!

自己紹介すると、僕はシャザム。

してこの赤いのもシャザム! 二人は対等で大親友で兄弟同然だ。

僕にはジャスティス・リーグの経験はないけど、彼があるなら俺にもある!

でも俺はティーン・タイタンズ経験者だ!

ロビンに会いたいなら、僕が電話一本ですぐに呼び出してやるよ!」

 

「まあ、一応連絡先くらいは交換しておいてもいいと思うよ。 The市ってヒーローがかなり少ないらしいし。

ここにいる間なら、ジョーカーが何をしても俺たちが駆けつけられるから」

 

「いいんですか? それは心強いわ!」

 

ハルナが両手を口に当てて上品に喜ぶ。とんでもなく可愛い。遅れてビリーの心臓もドキドキし始めた。

 

「そ、それで、君の名前は……?」

 

「ハルナ。ハルナ・箕輪です」

 

「お、おおおおおぅ……」

 

親友のフレディが背後で冷やかしの口笛を鳴らす中、ビリーは超絶美少女と連絡先を交換した。ジョーカーとお尻警察に感謝するつもりはないが、訪れた幸運に、少年は小さくガッツポーズを握った。

 

 

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