あくまたたき   作:永山てりあ

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4 デカラビアのアトリエ

「ごめん二人とも。私をおいて、先に行って」

 

 私はここに残って、突然あらわれた悪魔――デカラビアを倒さなきゃいけないのだ。

 必ず悪魔を倒すという決意を瞳に宿して、二人を見る。

 

「必ず、後で追いつくから」

 

 ピッと親指を立ててみせる。

 決まった。ドラマのワンシーンのようにカッコいい私を見て、はーちゃんが口を開く。

 

「なんでこいつ急に死亡フラグ立てたんだ……どうした、小乃葉? 歩き疲れた?」

「それじゃあ、みんなの邪魔にならないよう、はしによって、ちょっと休憩しよっか?」

 

 山田ちゃんが私の手を掴んで、移動しようとする。駄目だ、女優姫野小乃葉による渾身の演技が全く通じてねぇ!

 しゃーない、素直に「電話がしたい」っていうか。「悪魔を倒すためのアドバイスをもらうため神様に」ってところは、ふせるけど。

 

「平気、疲れてない。電話しなきゃいけないことを思い出したの」

「また急だな。別に電話ぐらい、終わるまで待ってるけど」

 

 なんて言って、はーちゃんが山田ちゃんを見る。こくこくとうなずく山田ちゃん。

 二人とも、電話が終わるまで待っていてくれる気だ。その優しさは嬉しいけど、今は困る。

 神様との電話や悪魔との戦いを、人に見られたくないんだよなぁ。変なことしてるって、思われちゃうし。

 よし、ここは嘘も混ぜて、ちょっと強引に先に行ってて欲しいことをアピールしよう。

 

「残ってくれるのは嬉しいんだけど、電話した後にファームして、ここに拠点を建設するから、かなり時間かかっちゃうと思うんだ。だから先に行っててくれないかな?」

「よし、山田さん。小乃葉は、変なことをしはじめるみたいだから、ここに置いていくことにしよう」

「そうだねぇ」

 

 「迷子になるから、山道からは外れんなよ」「何かあったらスマホで連絡してねぇ」と二人は言い残して、私をあっさり置いていった。

 変なことしてるって思われたくなかったのに、変なことしはじめるって思われちゃった……。

 まぁ、いっか。思われちゃったもんはしょうがない。気持ちを切り替えよう。

 

「アホーアホー」

「あんだとてめぇー!」

 

 私が変に思われちゃったのは、お前のせいなんだぞ!

 遠くの木の枝から私を馬鹿にしてきた、カラス――デカラビアにむかって怒鳴りつけると、私の横を通り過ぎようとしていた生徒たちが、びくっと驚いた。

 

 山道の、歩いてきた方を見る。生徒の列がずらっと続いていた。しばらく、人の波は途切れなさそう。

 これだと大きな声を出したり、暴れたりしづらいなぁ。小さな声で電話しよう。

 

 背負っていたリュックをぐるりと体の前に回して、中からスマホを取り出す。神マークのアプリをちょんちょんとタッチして起動し、通話をはじめる。

 

「もしもーし、神なのじゃー。小乃葉、良いところに電話をくれたのう! お主に話したいことがあったのじゃ!」

 

 えっ、なんだろう? ……はっ! まさか、神様、デカラビアに気づいているのっ?

 

「小乃葉に教わったインク塗り対戦ゲーム、残り二人の面子を集めることが出来そうなのじゃ! 今、皆で絶賛訓練中なので、フルパで戦える日を楽しみに待っていて欲しいのじゃ!」

 

 なんて嬉しそうに話す神様。デカラビアにまったく気づいてねぇ!

 スマホの向こうからは「なぜこの敵は拙者の死体の上で屈伸運動をしているのだ?」という聖牛(せいご)さんの声と「それ煽られてるのです」という女の子の声が聞こえた。

 

「それで小乃葉よ、何の用なのじゃ? ハイキングは終わったのかのう?」

「いえ今も絶賛ハイキング中です。ってそんなことより大変なんです! 悪魔があらわれたんですよ!」

「なんじゃとぉ!?」「なんだとぉ!?」

 

 なんか今、神様だけじゃなく、聖牛さんが驚く声まで聞こえたような。

 

「皆、緊急事態じゃ! ゲームは一時中断なのじゃ!」

 

 スマホの向こうから「くうっ、煽られたまま終わるだと……|含垢忍辱(がんこうにんじょく)か……」という聖牛さんの言葉と「ゲームで負けただけなのに、大袈裟な奴なのです」という女の子の声が聞こえた。

 

「よいか小乃葉、いきなりあらわれてびっくりしておるだろうが、まずは落ち着くのじゃ!」

 

 そういえば、さっきデカラビアがあらわれたとき、あんまり驚かったなぁ。何回も悪魔と遭遇してるから、慣れちゃったのかな?

 どっちかっていうと私より、神様のが慌ててる感じ。

 

「慌てず、ワシの言うとおりに動くのじゃぞ?」

「はーい」

「まず、相手を視界にとらえたまま――」

 

 相手を視界にとらえる、っと。木の枝にとまっているカラスを見る。

 

「決して背を向けず――」

「はい」

「ゆっくりと後退するのじゃ!」

 

 ゆっくり後ろに……。

 

「って、それ熊の対処法だろーが! そっちが落ち着けぇ! あられたのは、熊じゃなくて、悪魔ですっ!」

「なんじゃ悪魔か。驚いて損したのう……って、なんじゃとぉー!」

 

 なんか毎回毎回、悪魔があらわれたって報告する度に、こんなやり取りしてるような。なんて思いながら、神様にあらわれた悪魔の名を教える。

 

「デカラビアって悪魔です。神様、わかります? 友達が教えてくれた情報だと、回復薬グレートに詳しい悪魔だそうです」

「薬草じゃ、薬草じゃ」

「そっちの回復アイテムだった」

「しかし、小乃葉よ。『わかります?』なんて、ずいぶんワシを甘く見ているのう。ワシは神じゃぞ? デカラビアのことも、当然知っておるわ」

 

 おぉ、頼もしい。これなら、デカラビアについていろいろ教えてもらえそう。

 

「鳥の魔物を従えている悪魔じゃな。小乃葉の友の言うとおり、薬草や宝石に詳しいのじゃ」

「薬草だけじゃなく、宝石にも詳しいのかぁ。なんか錬金術師みたい。デカラビアのアトリエってゲームがありそう。今はカラスに憑いてるけど、〈真化〉したら女の子の姿になるのかな。『たーる』って可愛く言ってくれそう」

「夢を壊すようで悪いのじゃが、女の子の姿ではないのじゃ」

「なんだ、残念」

「それどころか、生き物と呼んでよいのか怪しい姿をしておる」

 

 なにそれ。逆に興味でてきた。どんな姿なのかな。

 

「デカラビアはのう、五芒星の姿をしているのじゃ。五芒星、小乃葉はわかるかのう?」

「神様、『わかるかのう?』なんてずいぶん私を甘く見てくれますね。それぐらい知ってます。豚汁とか、炊き込みご飯に入れると美味しい奴ですよね?」

「入れんわ! 見栄(みえ)を張らずに、わからんと言えなのじゃ!」

「わからん」

「しょうがないのう……小乃葉、何か書く物は持っておるか?」

 

 書く物かぁ。ハイキングだし、ペンなんて持ってきてないよ。

 何かあるかなぁとリュックの中を探すと、いつ入れたか覚えていない、ずっと入ったままのリップリームを見つけた。これでいいか。

 

「リップがあったんで、それ使います」

「うむ、それで大丈夫じゃ。それではのう、まず手に五角形を描いて欲しいのじゃ。……はっ! 小乃葉、五角形はわかるかのう?」

「舐めんな、ギリわかるわ」

 

 言われたとおり、リップで左手の平いっぱいに五角形を描く。

 

「できました」

「うむ。そしたら次は五角形の外側に、五角形の各辺を底辺とした三角形を五つ描くのじゃ」

 

 言われたとおり――。

 

「五角形でっかく書いちゃったから、三角形描くスペースがねぇ!」

「な、なんと! それはすまぬ、大きさを言わなかったワシのミスじゃ。書き直してくれるかのう?」

 

 私のおててに謎の落書きが一個生み出されちゃったぁ。はーちゃんに見つかったら、なんか言われそう。

 気を取り直して、左手の甲に図形を描いていく。

 出来上がった図形は、星の形をしていた。

 

「あっ、これかぁ! 魔法陣でよくみかけるやつですよね!」

「うむ、そうじゃ。これが五芒星――デカラビアの姿じゃな」

「へぇー星の形をしてるなんて、なんかロマンティックな悪魔なんですねぇ。どんな性格なのかなぁ?」

 

 空を流れて、願いをかなえてくれるかも。

 

「そうじゃのう。デカラビアが人間界に召喚されたときの出来事で、一つだけ天界で語り継がれておる話があるのじゃが――」

「うんうん」

「ある国の王がデカラビアの召喚に成功したのじゃ。その王がデカラビアに願ったことは、敵国を亡ぼせというものじゃった。契約を結んだデカラビアは自身の軍団を率いて、非戦闘員を含めた敵国の住人すべてを殺したのじゃ。そうして王の願いをかなえたデカラビアは、対価として今度は自身を召喚した王の国にいる人間を皆殺しにしたそうなのじゃ」

「サディスティックな悪魔の間違いだったわ」

 

 空を流れることがあっても、そのまま大気圏で燃え尽きてほしい。

 

「しかしデカラビアとはのぉ……厄介な奴があらわれてしまったのう」

「皆殺しですもんねぇ。やばそう」

「いや、そうではなくてのう。デカラビアは飛べるのじゃ」

「……えっとその飛ぶっていうのは、ヤバい薬キメてて頭ぶっ飛んでるってことじゃないですよね? 皆殺し悪魔だし」

「そんなわけなかろう。言葉どおりじゃ。飛行するのじゃ」

「……飛行。ぶーんって?」

「ぶーんって」

「ひゅーんって?」

「ひゅーんって」

 

 そっかぁ、デカラビアって飛ぶのかぁ。グリフォンの羽が生えてるわりに飛ばなかった、ザガンとは大違いだぁ。

 そういえばデカラビアが〈器〉にしてるのもカラスだし、飛ばれちゃうと、こっちから手出しできなくなっちゃう。

 

「困りましたね」

「そうじゃのう。一応聞くのじゃが、小乃葉、お主飛べたりは?」

「無理に決まってるでしょ」

「そうじゃよなぁ。小乃葉、発想がぶっ飛んでおるから、その調子で空も飛べるかと思ったのじゃが……」

「どんな理論だ」

「しかしそうなると、万が一デカラビアが〈真化〉してしまったら、手も足も出ずにやられてしまうのう……ふーむ……」

 

 考えはじめる神様。

 神様の考えがまとまるのを待っている間、ちらりと後ろを見る。いつの間にか、山道を歩く生徒が、よく知らない子たちになっていた。

 どうやら私のクラスの生徒は、みんな通り過ぎたらしい。

 

「やはり、なんとかして小乃葉を飛ばすしかないかのう」

「飛ばすって――ジェットパックでも送ってくれるんですか?」

 

 イカちゃんみたいに、私もうまく飛べるかなぁ?

 

「そんなもの天界にはないのじゃ。じゃが、安心せい。小乃葉の体にブースター付きの翼を埋めこんで、飛べるようにしてみせるのじゃ! たまに離陸時に体が爆散する可能性があるのが欠点じゃが……」

「でけぇよ欠点、安心できないよ。てか、私の体改造しようとするの、止めてくださいって前にも言いましたよね?」

「そ、そうじゃったな。では、代わりに空を飛べる神使を小乃葉のもとに派遣するので、その者に頭を持ってもらい空を飛んで欲しいのじゃ」

「なんで頭持つの。取れちゃうでしょーが」

「もしそうなっても頭と体、二手に別れて戦えてお得じゃと思わんか?」

「バケモンか! 取れた時点で死んどるわっ!」

 

 神様には、人間は脆い生き物だってことを学んでもらわないといけないな。じゃないと、いつか私の身が大変なことになっちゃいそう。

 

「そ、そうじゃったな。神使には頭は持たず、優しく運ぶよう伝えておくのじゃ。とまぁ、空への対策を立てはしたが、それはあくまで悪魔が〈真化〉したときの話じゃ。〈真化〉させずに倒してしまえば、何の問題もないのじゃ」

 

 そうなんだけど、毎回〈真化〉しちゃってるからなぁ。阻止できない、私が悪いんだけど。

 

「そうだ! 悪魔が〈真化〉する前から神使の人に来てもらって、一緒に倒してもらうっていうのは駄目ですか?」

「うーむ、それは難しいのう」

 

 いい案かと思ったけど、駄目なんだ。

 

「小乃葉、悪魔が〈真化〉すると、人間界に何かしらの異変が起こることは知っておるのう?」

「はい」

 

 ケルベロスの時は音楽室に私の肖像画があらわれた。

 

 ザガンの時は、近所の家々に神社で売ってそうなお守りが配布されたっぽい。

 ぽいって曖昧なのは、お守りが配られたことを把握できたのが、私の家と三匹の黒柴ちゃんがいる高橋さんちだけだから。

 

 突然あらわれたお守りだけど、お父さんは私のプレゼントと勘違いし、高橋さんちは昔どこかで買ったものが出てきたと思って、みんな変に思わずに使っていた。

 ちなみに、こっそりお父さんが持つお守りを開けてみたら、中には袴姿の少女が描かれた和紙が入っていた。

 服が〈蚊虻走牛(ぶんぼうそうぎゅう)〉の神衣にそっくりだから、たぶん私の絵なのかな?

 

 そういう感じで、悪魔が〈真化〉する度に何かしら変なことが起こるんだけど……。

 

「その異変がどうかしたんですか?」

「うむ。神使も力が強いからのう、それと同じ現象が起こってしまうのじゃよ」

「……あれ? でも白狼(しろう)くん、それに聖牛さんが来てくれた時は、何も起こっていませんよ?」

「当然じゃ。二人は人間界に姿をあらわしておらんからのう。複製世界でしか、会っとらんじゃろ?」

 

 そっか。

 でも神使の人が人間界にあらわれるのが駄目って理由なら……。

 

「それなら白狼くんと聖牛さんがやったみたいに、人間界に行かずに複製世界で〈真化〉前の悪魔を処理しちゃえば、解決ですよね?」

「それも問題があってのう。複製世界を作るのは良いが、後始末が大変なのじゃ」

「えっ? いつもはぽわぽわーって光が出て、あっという間に世界が消えてますよ?」

 

 ケルベロスやザガンと戦った後のことを思いだす。

 複製世界に存在するものから光の玉が湧きでて、世界は色を失い、視界がまぶしくなって、私は人間界に戻る。というのがいつもの流れ。

 あっという間に世界が消えるから、後始末が大変な感じはしないんだけど……。

 

「それは小乃葉が人間界に戻る時のことじゃな。その時は複製世界に存在する物体を消去しただけでのう、実はその後におこなう作業が大変なのじゃ」

 

 そうなのかぁ。

 

「世界を維持するための外殻、小乃葉が複製世界で問題なく活動できるよう模倣していた人間界の物理法則、小乃葉が安全に人間界に戻れるようお互いの世界の座標や時間を随時計算処理する仕組みなど。それらを消去する作業が、とても大変なのじゃ。これをおざなりにすると、人間界に神隠しや天変地異などの良くない現象が起きてしまうのじゃ」

 

 なるほど。長い説明を聞いて、私が思ったことは一つ。

 

「わからん」

「素直なのはよいことじゃな。ようはのう、複製世界の後始末はとーっても時間がかかるということじゃな。そうなると、後始末が忙しくて神使は小乃葉のもとにはすぐに駆けつけられなくなってしまうのじゃが……一方、悪魔はどうじゃ?」

 

 そっか。〈真化〉してない悪魔を倒しても、たいして力を削れてないから、すぐにまた襲ってくるかもしれないんだ。

 そのうえ……。

 

「肝心の、悪魔が〈真化〉した時に、神使の人の助けが間に合わなくなっちゃうかもしれないってことかぁ」

「うむ。じゃから、小乃葉には負担をかけるのじゃが〈真化〉前の悪魔は、今までどおり自力でやっつけて欲しいのじゃ」

「わかりました。もし悪魔があらわれたら頑張りますね」

「うむ、もし悪魔があらわれたら頑張ってくれなのじゃ」

「アホーアホー」

 

 枝に止まったカラスが、私を見て鳴いた。首には銀色の襟巻のようなものがくっついている。きっとあれが、カラスに憑いているデカラビアなんだろうなぁ。

 ……って。

 

「今がまさに、その悪魔があらわれた時じゃん!」

「そうじゃった! すまぬ小乃葉、すっかり忘れて説明に夢中になってしまったわ!」

「私も忘れてました! デカラビアをやっつけてきます!」

「うむ、頼んだのじゃ!」

 

 神アプリを終了する。ちらっとスマホのバッテリーを確認すると、まだまだ残量には余裕があった。でもモバイルバッテリー持ってきてないし、このあとも神様と連絡取る必要があるかもしれないから、節約して使わないと。

 

 さてと。

 山林深くの木の枝に止まって私を見つめるデカラビアを、睨む。

 私一人で、どうやってアイツをやっつけよう……。

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