あくまたたき   作:永山てりあ

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5 天狗

 ここからカラスがとまっているあの木まで、どれぐらいの距離があるんだろ?

 体力測定で走る距離を思い出しながら、カラスとの距離と比較してみる。五十メートルはありそうだけど……あれ? 体力測定で走る距離って何メートルだっけ? 五十? 百?

 わかんなくなっちゃった……まぁ、いっか。

 

 あのカラスのもとへと行くには、山林の中に入って行かなきゃいけない。

 木がたくさん生えているけど、木と木の間隔は人一人が通るには十分な広さ。生えている雑草もひざ下程度。落ちている石や折れた枝は気になるけど、カラスの元へたどり着くだけなら、難しくはなさそう。

 

 問題はケルベロスやザガンの時と違って、デカラビアが〈器〉にしているのはカラスってことだよね。

 今までの悪魔と違って〈器〉が生き物だ。私が近づいたら、逃げちゃうかも。

 

 そもそも、あのカラスはカラス自身の意志で動いているのかな?

 それともデカラビアに操られてるの?

 

 もし主導権を握っているのがカラスなら、光り物とか食べ物で気を引けるかもしれない。

 試してみようかな?

 向こうから近づいてきてくれるなら、虫がいっぱい潜んでそうな山林に入らずにすむし。

 

 何でカラスの気を引こうかなぁ。

 リュックを開けて、カラスが好みそうなものはないかと探してみる。お母さんが作ってくれたお弁当、そのあとに食べる予定のお菓子、カラスの気を引くならこのへんかなぁ?

 

 カラスの食べ物の好みがわからなかったので、スマホを使ってAIにカラスの好物を聞いてみる。

 肉、脂っこいものって回答が返ってきた。

 

 ……から揚げとか? お弁当を取り出し、蓋を開ける。から揚げ、入ってる。

 一つ食べてみる。うまぁ。これをカラスにあげるのはもったいない。何か別の物にしよう。お弁当の蓋を閉め、リュックに戻す。

 

 山道のはしに座りこみ、ごそごそとリュックを漁ったりスマホをいじっていると、後ろを通る生徒が、私が何をしてるのか気になって一瞬立ち止まっているのが、なんとなく気配で感じられた。

 お気になさらず、先に行ってくださいな。

 

 他にカラスの気を引けるものはないかなと、リュックの中を探す。

 ペットボトルのスポーツ飲料。タオル。レジャーシート。絆創膏。ウエットティッシュ。レインコート。そして、熊対策の唐辛子。

 

 この唐辛子で、カラスを誘ってみようかな。から揚げと違って私が食べる予定ないし。

 軍手のまま唐辛子をつかみ、カラスが気づくように、頭の上で大きく振る。

 

「おーい。美味しい唐辛子だよー。今日みたいな暖かい日に辛い物を食べるのは良いらしいよー?」

 

 カラスは無反応だった。

 そのかわりに、私の後ろを通過していく生徒たちが、みんな小走りで通過するようになった。

 ヤバい奴って、思われてるのかもしれん。失礼な。

 

「アホーアホー」

 

 カラスが私を馬鹿にするように鳴いた。

 

「なんだとこのやろー!」

 

 急に私が叫んだせいで、後ろを通り抜けようとした男子がびっくりして転んでしまった。

 ご、ごめんねぇ……。起き上がるのを助けようと差し出した私の手を掴まず、男子は逃げるように去っていった。

 熊じゃないんだから、そんな怖がらなくても……。

 

 しかしあのカラス、唐辛子に見向きもしないとは贅沢な奴だ。もったいないけど、釣り餌を少しランクアップさせよう。とはいえ私が食べたいから、から揚げは最終手段。

 まずはお菓子にしよう。

 

 リュックの中から持ってきたお菓子の中で、一番安い棒状の駄菓子を取りだす。金額的には、唐辛子よりランクダウンしてそう。

 駄菓子の袋を開ける。さようなら、私に食べられるために生まれたはずの駄菓子ちゃん。頑張ってカラスを誘いだしてね。

 

 なんて思ったけど、もったいないしカラスに見せる前に、味見しておこう。

 少しぐらい減ってても、カラスは気にしないでしょ。

 うん、美味しい。けどぱさぱさしてるから、飲み物が欲しくなっちゃった。

 

 半分ほど剥いた包装を一度元に戻し、駄菓子を袋に覆ってから、膝の上に置く。

 リュックの中から、ペットボトルを取り出し水分補給。ごくごくー。

 

 その瞬間、私の目の前を黒い影が通過した。

 な、なに? 今の何だったの?

 

 なんか膝の上が寂しいような……。

 

「うわあああー! 泥棒ー!」

 

 駄菓子がなくなっている。

 すぐに駄菓子泥棒の犯人は見つかった。カラスだ。

 先ほどまで止まっていた木とは別の木の枝に止まっているカラスは、クチバシで駄菓子をくわえていた。

 

「返せー! 泥棒―!」

 

 これがダンジョン内のお店だったら、凄い強さの店員がお前を襲ってるぞ!

 

 くっそー、せっかくカラスが餌に釣られて寄ってきたのに、餌だけ持ってかれちゃったぁ! 悔しい!

 クチバシを上手に使って駄菓子を器用に食べはじめたカラスに向かって怒鳴っていると――。

 

「何をやっているのですか、姫野さん」

 

 声をかけられる。振り向くと、そこには理科のお爺ちゃん先生の姿が。

 気がつくとあれだけたくさんいた生徒たちの姿は消えていて、この場所にいるのは私とお爺ちゃん先生だけになっていた。

 

「見たところ怪我はしてなさそうですけど……疲れて休憩していましたか? 歩けますか?」

「はい、歩けます」

「それはよかった。では先生と一緒に行きましょうか。どこか悪いようでしたら、言ってくださいね? 無理に皆に追いつこうとせずにゆっくり行きましょう」

 

 「カラスから駄菓子を取り返すまでは、ここを離れません」じゃなかった「カラスに憑いた悪魔を倒します」なんて言うわけにもいかないので、仕方なく、私はお爺ちゃん先生の後をついていく。

 そんな私たちの後を、さらにカラスがついてきていた。木から木へと飛び移り、つかず離れずの距離を保っている。

 

 ……そっか。私が見つけられるところにいるのが、〈悪魔顕現〉の条件だもんね。だから、私の目の届く距離を維持してるんだ。

 ということは、デカラビアの都合の良いように動いてるあのカラスは、デカラビアに操られてるってことで間違いなさそう。

 

 ……じゃあ、デカラビアの意志で私の駄菓子を奪ったってことじゃん! 馬鹿にしやがってぇ、絶対に許さないからなぁ! 駄菓子の恨み、覚えてろよ。

 

 お爺ちゃん先生が後ろを振り返って、私のことを見た。ちゃんとついてきているか確認したのかな。

 私がカラスを見ながら歩いていることにも、気づいたみたい。歩く速度を緩め、私の横に並ぶ。

 

「姫野さんは、この山にまつわる伝承を知っていますか?」

 

 そんな感じの話、バスで山田ちゃんとしたっけ。

 

「鼻の長い象が出るんですよね?」

「それ、普通の象ですね。そうではなく、妖怪――天狗が出るのですよ」

 

 そうだった。お爺ちゃん先生が話を続ける。

 

「その天狗なのですが、大きく分けて二種類いたそうです。一つは、先ほど姫野さんが言ったように鼻の長い大天狗と呼ばれる天狗」

「『鼻の長い』って言ったってことは、もう一種類の天狗は長くないんですか?」

「そのとおりです。鼻が長くないかわりに、その天狗にはデカラビアのクチバシがついていました」

「なんっですとぉ!?」

 

 悪魔と妖怪が合体してるとか、すげぇー! でも五芒星の形したクチバシってなんだよ。どうやって食事するの?

 

 おっきな声を出して驚く私というリスナーに気を良くしたのか、お爺ちゃん先生は笑顔で話を続ける。

 

「その見た目から、デカラビア天狗と呼ばれています」

「そのまんまの名前だぁ。あっ、でもその名前の付け方ってジャイアントパンダみたいですね」

 

 私の言葉を聞いて戸惑うお爺ちゃん先生。……あっ、違ったわ。

 

「その名前の付け方ってキジバトみたいですね」

「えっ、えぇ。そうですね。……パンダは何だったのでしょう?」

 

 しかしデカラビア天狗かぁ。

 今まさにこの地にはデカラビアが顕現中だけど、昔からこの悪魔の名が知れ渡っていたんだなぁ。この地の歴史に思いを馳せながら、後ろを見る。

 相変わらず、デカラビアは襟巻のようにカラスの首に憑いたまま、私の後ろを追ってきていた。……カラスに憑いてる?

 

「あの先生、もしかして天狗のうちの一つって、烏天狗って名前だったりします?」

「えぇ? そう言いましたけど……違うように聞こえてしまいましたかねぇ? 年とると活舌が悪くなっていけませんねぇ」

「いえ、先生は悪くないです。悪いのは、この山にいる悪魔です」

 

 〈変換呪文〉のせいでカラスがデカラビアに聞こえてたのか。

 

「姫野さん、いるのは悪魔ではなく、妖怪ですよ。天狗です」

「そうでした、そうでした」

 

 その後もお爺ちゃん先生の妖怪話は続いた。

 この山にいた天狗は烏天狗だったとか、大人たちが子供たちに「山に入ると天狗にさらわれる」なんて話をして、不用意に山へ立ち入らないようにしてたとか、なんかいろんな話や説があるらしかった。

 

 きっとハイキングを楽しませようとお爺ちゃん先生はお話をしてくれたんだろうけど、私はあまり話に集中出来なかった。

 まるでさらうタイミングを見計らっているかのように、デカラビアが私の後ろを、ずっとつけてきていたから。

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