あくまたたき   作:永山てりあ

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16 エピローグ

 目を開けると、そこは天国みたいな場所だった。

 本当にここが天国なのかはわからないけど、そう思えるような神秘的な景色が目の前に広がっている。

 雲一つない真っ青な空にポツンと浮かぶ、小さな島。その島を埋めつくすように、色とりどりの小さな花が咲き乱れている。

 私はその花の絨毯の上で、体操着とジャージ姿で寝転がっていた。

 

 上半身を起こす。目の前に、平安時代の貴族の女性が着てそうな、何枚も着物を重ねたような重そうな服を身に着けた女の人がいた。服と同じように、頭にも重そうな金色の髪飾りを載せている。綺麗な女の人。

 

 天国っぽい場所で、まるで神様のような綺麗な女の人が私を悲しそうな瞳で見ているという、この状況。

 もしかして……。

 

「私、死んじゃいました?」

 

 私の質問に、綺麗な女の人が答える。

 

「うむ。残念なことにのう」

 

 いつもはスマホ越しに聞いている声。その声で私は目の前の人物が神様であることに気がついた。

 直接会うのは初めてだから知らなかったけど、神様だけあって綺麗な人だったんだなぁ。普段のドジな雰囲気からは想像できない。

 

 それにしても私、死んじゃったかぁ……いくら能天気なんていわれたりする私でも死んだことはショック。このショックによって心臓が動き出して生き返ったりしないかな。

 落ち込んでいるのがばれて気を遣われないよう、なるべく明るく話しかける。

 

「あはは。悪魔を倒すためとはいえ、怪我してるのに無茶しすぎちゃいましたね」

 

 そんな私の言葉に神様は何故か怪訝そうな顔をする。

 

「……小乃葉。お主、自分がなぜ死んでしまったのか、忘れてしまったのかのう?」

「えーっと……確か、悪魔を倒した後、急に意識が遠くなって倒れて……そのまま私、死んじゃったんじゃないんですか?」

「やはり忘れてしまったみたいじゃのう。まぁ、死んだショックで直前の記憶を無くすなんて、よくあることじゃからな。仕方のないことじゃ」

 

 あれ、私の死因って別のことなんだ。何が原因で死んじゃったのかな、私。

 

「わしが直接見たわけではなく、現場近くで複製世界の後処理をしていた白狼(しろう)たちから聞いた話なのじゃが……小乃葉、お主は悪魔との戦いのあと、疲れと怪我から意識を失い倒れてしまったのじゃ。そこで三人の神使は、力を分け与えて体力を回復してからお主を人間界へと戻したのじゃ」

 

 あれ?

 

「無事に人間界に戻ってますね、私」

「うむ。そうして小乃葉は悪魔との戦いや怪我なんてなかったのように、山頂で友人との昼食を楽しんでいたらしいのじゃ。しかし、昼食を食べ終え、食後のおやつに手をつけようとしていた小乃葉に魔の手が襲い掛かってきたのじゃ」

「背中を掻かれたのか」

「孫の手ではないのじゃ。襲い掛かってきたのは魔の手なのじゃ」

 

 ちょっと違った。

 

「小乃葉に向かって、一羽のカラスが襲いかかってきたのじゃ。恐らくデカラビアがずっと〈器〉にしていた一羽じゃろうな。奴が小乃葉に抱いていた悪意の影響が、わずかにカラスの心に残ってしまっていたのじゃろう。そのカラスは。小乃葉から、グミの袋を奪って飛んで行ったのじゃ」

「あー思い出した! それで私、急いで取り返そうと追いかけたんです!」

「そうじゃな。そうして小乃葉は空飛ぶカラスを追いかけた結果、崖から落っこちたのじゃ」

「……マジ?」

 

 私、お菓子追いかけて死んだの?

 

「マジなのじゃあ……なんでお主はせっかく悪魔との死闘を切り抜けて、無事に人間界に戻れたというのに、こんな間抜けな死に方をしてしまうのじゃあ……」

 

 神様はとても大きなため息をついてから、両手で顔を覆い「うぅ……」と泣きだす。

 

「えーっと……その、泣かないでください。悲しいことですけど、人は脆くて簡単に死んじゃうんです。ほら、人に命って書いて、はかないって漢字になるでしょ?」

「儚いって漢字は人に夢なのじゃ、愚か者ぉ!」

「ごめんなさいぃ! 怒らないでぇ!」

 

 神の(いかずち)みたいなのを落とされたらどうしようと怯えたけど、神様はすぐに怒りを鎮めてくれた。

 

「全く。幸い神使たちがまだ近くにいて小乃葉の様子を見守っていたのでのう、急いで滑落した小乃葉の体を回収して天界に運んでもらったのじゃ。そうしてたった今、お主を蘇らせたというわけなのじゃ」

「電撃で?」

「神力でじゃ! そんなもので生き返るわけなかろう!」

「あれー? レトロゲーだと『蘇るのじゃこの電撃で!』って生き返ったのに」

「現実とゲームの区別をつけんかっ! じゃから崖から飛び出してしまうのじゃぞ! ……いや、これに関しては小乃葉だけを責めることはできぬのう。神器と神衣によって得た力で何度も悪魔たちと戦ってきたんじゃ。自身の本来の能力を勘違いし、人の身では不可能な行動を実行しようとしてしまうのも無理のないことかもしれぬ」

 

 そういえば鳩遠ちゃんによってケルベロスに向かって落とされた時も、高くて怖いって感情はなかったなぁ。これも神衣着てなかったら怪我しているよね。

 神様の言うとおり、感覚が麻痺しているのかも。

 

「怒鳴ってしまい、すまなかったのう小乃葉」

「平気です。気にしないでください」

「そういってくれると助かるのじゃ。……そうじゃ、一つ伝えておかねばならないのじゃが、今回、小乃葉のことを蘇生したのは特例だということを知っておいて欲しいのじゃ。次に死を迎えたら、生き返れないかもしれないということを覚えておいてほしいのじゃ」

「なるほど。次から蘇生確率が下がって灰になるリスクがあるんですね」

「何がなるほどじゃ、全く違うわ。いや、リスクがあるという点はあっておるかのう。小乃葉、お主を生き返らせたのはワシじゃ」

 

 急に『蘇生したのは自分』とアピールしてくる神様。……どうしたんだろ?

 

「はい、さっき聞きました。ありがとうございます」

「うむ。ワシなのじゃ」

「えっと? あぁ、もしかしてワシって言うのは神様じゃなくて、鳥の鷲が私を生き返らせたっていう――」

「んなわけなかろう。神使ではなく、ワシが蘇生を行ったという話なのじゃ。なぜなら神使には不可能なことだからじゃ」

「ほぇー。神様限定スキルなんですねぇ」

「そうなのじゃ。人を生き返らせるという行為は、ワシが降臨しなければいけないぐらいのおおごとなのじゃ。埼玉に海が出来るのと同じぐらいのことなのじゃぞ?」

 

 そういえば前に、神様が人間界にあらわれるとそんなことが起きるって聞いたっけ。なんて思い出している間にも神様の話は続いていく。

 

「蘇生という奇跡は、それぐらい大きな神力をたった一人の人間に注ぎ込んで行うことなのじゃ。そうなるとじゃ、生き返った人間もただでは済まない可能性があるのじゃ」

「ただでは済まない……所持金が半分になるとか?」

「無料じゃないって言いたいわけじゃないのじゃ。小乃葉の体が変化してしまう可能性があるということを言いたのじゃ」

「なぁ!?」

 

 驚き、自分の体を確認する。体操着とジャージに包まれた、私の体。

 

「ほんとだぁ! ちょっとスタイルが悪くなってる気がするぅ!」

「あっ、今回は変化なしじゃから、安心して欲しいのじゃ」

「……あっ、そうですか」

 

 もとからこんな背丈と胸だったかぁ。しょんぼり。

 

「変化って、どんなことが起こるんですか?」

「鼻が長くなって翼が生えたり、頭が別の生き物になったり――妖怪のような魑魅魍魎、怪物と呼ばれているような化け物や、悪魔のような姿に変貌してしまうじゃろうな。そのうえ、思考や精神も姿にあったものに変化してしまうじゃろう。つまり、人ではなくなってしまうのじゃ」

「げぇー。思ったよりヤバかった」

「じゃろう? まぁ、逆に神や神使のような存在になるという可能性もあるんじゃが……それにはたくさんの徳を積んでいなければなくてのう。まず、神や神使になることはありえんじゃろうな」

 

 たくさんの「とく」かぁ……。

 

「私、これからはクーポンとかセールを積極的に利用していこうと思います」

「お得の得ではないのじゃ。善行の徳なのじゃ。良い行いということじゃ」

「そうなんだ。じゃあ、道にゴミが落ちてるのを見かけたら、積極的に回収するようにします」

「それも善い行いなのじゃが――もっと大きなことじゃないと駄目なのじゃ。それこそ村一つ救ったり、迷える人々を導いたり――そうして伝承として残り、神社で奉られたりするような存在になって、はじめて神や神使になる可能性があるのじゃ」

「そっかぁ。無理そう」

「うむ。じゃから、化け物にならぬよう、もう死んではいかんぞ? 当たり前のことなのじゃがな」

「はーい」

 

 いのちだいじに、だね。

 これで神様の話は終わりかなと思ったら、「そうじゃ」と何かを思い出したように別の話をはじめる。

 

「言い忘れておったが蘇生するついでにのう、小乃葉に力を与えておいたのじゃ。また死なれては困るからのう」

「えっ? なんですかその嬉しい展開っ! ビームかなっ? 目からビームが出るのかなっ?」

「やってもよいが、見た物全部にビームを放ってしまうぞ? それでもよいのかのう?」

「なんで垂れ流し状態なんですか。それじゃあ、力というより呪いですよ。出したり止めたりできるようにしてくださいよ」

「おしっこみたいじゃのう」

「それは出したあと、止めないでしょ」

「そうじゃったのう。それにしても目からビームとは……今時の人間はもっとこう、便利で応用が利く力を欲しがると思ったのじゃが」

 

 便利で応用が利く力かぁ。

 

「ビームじゃなくて、美味しいカレーが出るとか? お腹が空いた時に、目からカレーをどばーっとライスの上にかければカレーライスの出来上がり。他にもうどんや蕎麦、ナンにかけたりと応用力は無限大」

「すべてカレー味の時点で応用力は有限じゃろ。しかしカレーが出る体の部位が目からでよかったのう。お尻からじゃったら、この世の終わりのような調理光景になっておったのじゃ」

 

 なんて恐ろしいことを想像するんだ、この神は。

 

「小乃葉、期待してるところ悪いがのう、与えた力は目からビームでもカレーでもないのじゃ。しかし今の小乃葉にはとても役立つ力のはずじゃ。その力はのう――」

「その力は?」

 

 神様はなぜかそこで話を区切って私の顔をじーっと見つめる。なに?

 

「小乃葉、せっかくの一大発表じゃから、何かこう、盛り上げて欲しいのじゃ」

「あーはいはい、わかりました。お任せくださいな」

 

 こほん。

 

「えー今緊急で動画を回しているんですが、なんと! 神様が私に力を授けてくれるそうです!」

「いやそのお願いしておいてなんじゃが、なんか思っていた盛り上げかたと違うのじゃ……ドラムロールの音を鳴らしてくれんかのう?」

「ドラムロールって、なんですか?」

 

 ドラムがロールするの? ドラムって太鼓とかシンバルがくっついた楽器だよね。ロールってことはそのドラムを持ち上げて回転させればいいのかな? 重そうだけど、私にできるかな?

 

「知らんかのう? ほら人間が、優勝者を発表するときに鳴らす、太鼓を連打した音じゃ」

「あーはいはい、わかりました。太鼓を連打ですね」

 

 こほん。

 

「発表します! ドンドンドドドン、カッカッ、ドドドドドンドン、ドンドドドン、カッ、フルコンボだドン!」

「それは違うのじゃ」

「えー? もう一曲遊べるドン?」

「ゲームオーバーじゃ。しょうがないのう。盛り上がりに欠けるが、自分でやるのじゃ」

「音楽性の違いからドラム担当クビにされちゃった……」

 

 神様が「こほん」と咳払いする。

 

「発表するのじゃ! ダラララララララララララ、ジャン!」

「あードラムロールってそれかぁ! わかりました、わかりました!」

「発表するから、割り込まないで欲しいのじゃ……」

 

 盛り上がった気持ちに水を差されてしまったのか、凄く悲しそう。

 

「ご、ごめんなさい」

「はぁ……もうよいのじゃ。なんかグダグダになってしまったがのう、小乃葉、お主に与えた力は仲良くなった神使を呼び出せる力なのじゃ! 名付けて〈神使召喚〉なのじゃ!」

「そのまんまの名前だぁ」

 

 妖怪呼びだせるメダルと時計のパクリっぽいと思ったけど、口には出さないでおこう。

 ……あれ?

 前に神様が教えてくれた話だと……。

 

「力の大きい神使を人間界に呼び出すと、大変なことになっちゃうんじゃ?」

「そのあたりは、ちゃんと対策済みじゃ。力を抑えて人に擬態した姿で呼びだせるから、安心するのじゃ。詳しい使い方は〈神アプリ〉に説明書をインストールしておいたから、あとで見てほしいのじゃ」

「はーい」

 

 新スキル獲得って感じで、説明書見るのがちょっと楽しみ。

 

「それでは小乃葉、大体のことは伝え終わったのでのう、そろそろ現世に帰るのじゃ。あまり天界に長居すると生き返れなくなってしまうのでのう」

「生き返れなくなるって滅茶苦茶ヤバいじゃないですか! 急いで帰んないと! どうすれば、帰れるんですか?」

「わしがぱっと人間界へと転送するのじゃ。そうじゃ! 言い忘れておったが、山頂にいた人間の記憶をいじって、小乃葉の滑落をなかったことにしてあるからのう、そのつもりで振る舞って欲しいのじゃ」

「わぁ、アフターフォローも万全だぁ。ホント、うちの小乃葉がご迷惑をおかけしますねぇ」

「お主じゃ、お主。それじゃのう、転送するので目をつむってくれるかのう?」

 

 言われたとおりに、目をつむる。

 

「小乃葉」

 

 真っ暗な視界の中、名前を呼ばれる。

 

「なんですか?」

「お主と会える機会があるとは思っていなかったのでのう、望まぬ形とはいえ顔が見られて嬉しかったのじゃ。とはいえのう、次会うときは小乃葉が人生を謳歌(おうか)して、寿命で死んだときにしてもらえるかのう?」

「はーい。百年後に会いましょうね」

「ふふ、小乃葉は長生きじゃのう」

 

 神様の優しい笑い声が、私の耳をそっと包んだ。

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