なんとか今年度中に、来年度予算案の策定を終えた頃。
キナ臭かった帝国内でいよいよ内乱が勃発する予兆が出てきた。
ブラウンシュヴァイクとリッテンハイムの両家が、何時もは盤外盤内含めてあらゆるところでバチバチにやり合っているというのに、今回ばかりは新皇帝派を打倒しようとか言うことで手を組んだのである。
「アルフ、ここまで読んでいたのかい?」
「いや、流石にブラウンシュヴァイクとリッテンハイムが手を組んでまで、とは思わなかった。一応、俺の家を潰すときに手を組んではいるが、あれはちゃんとしたものじゃない。どちらかと言うと結果的に手を組む流れになったという、成り行きの結果だ。だが今回は最初からリップシュタット貴族連合なる盟約まで組んでいる。恐らく相当本気なんだろうよ」
「私も驚きました。門閥貴族の仲の悪さは並大抵のものではありません。兄上の言われた通り、まさか手を組んでまでやるとは……」
あの仲の悪い門閥貴族が、よくもまぁ手を組んだもんだ、としみじみ思う。
実際、オフレッサーもメルカッツ提督も、それどころか両親ですら驚いていたことだからな。それに帝国に居た当時、まだ幼かったラインハルトですらこの事実に少なからず驚いている。
アンネローゼはあんまり分かっていない様子だったが。
「でもさ、二人の言う通りそんなに仲が悪いんならそのうち仲間割れでもして分裂しそうじゃない?」
「そこなんだよな。手を組んで、まぁ勝てるとは思えないが仮に勝ったとしよう。そうなったら次はどっちの娘を女帝にするかで絶対にまた争い始めると思うんだよな。あの両家が、今回はお宅の娘が女帝で良いですよ、次は私のところで、なんて譲るわけが無いからな」
「帝国や帝国人民にとっての最良は現皇帝派が勝つ事。同盟にとっては門閥貴族が勝って、内乱が一〇年でも二〇年でも長引くことですね。そうなれば我々は長期間に渡って経済、軍備の両側面から十分に整えることが出来ます」
「だね。ただこっちがやれることは少ないのが現状だからなぁ。今まで帝国内にこっちの手の人間を送り込んで工作活動をするだけの余裕が無かったから向こうにこっちのシンパが全くいないんだ。だから内乱を長引かせる方法がない」
基本的な諜報活動はフェザーンを介して帝国も同盟も行っている為、帝国領内にちゃんとした諜報網すらないレベルだ。
ましてやなんかしらの工作活動を行えるような要員の送り込みや、現地協力者の育成も出来ていない。まぁ、諜報工作活動の土壌すら帝国内に出来ていないのが現状だ。
これで内乱を長引かせるために何かしらの工作活動をやると言うのも土台無理な話って訳で。
「やれる事と言ったら、今からでも可能な限り帝国内に色々と謀略を巡らせて対立構造、内乱を長引かせるぐらいしかアクションは起こせない。だがそんなやっつけ仕事が上手く行くとは到底思えないし、しかも向こうには驚くぐらい頭がキレる奴がいる。そいつの目を搔い潜って謀略を巡らせるなんて出来るとは思えないし」
「そうなんだよ。多分、やったところで一瞬で感付かれて潰されるだろうしなぁ。となったらこっちはこっちで内乱対策に精を出すぐらいしかやれることは無さそうだ」
ヤンも帝国軍にいる、恐ろしく頭がキレる奴の事は認識しているようだ。まぁ、あれだけの策を巡らせて、その為の準備を万端に整えられる手腕に指揮統率能力まである。脅威と捉えない方がおかしい。
「はぁ、また仕事が増えるのかぁ……」
「文句言うなよ、もうとっくに出航した船にお前も俺も乗っているんだから諦めてより良い舵取りをするしかないんだ」
「あ、シトレ本部長からお二人が仕事をサボろうとしないようによくよく見張っておくように、と言われておりますので」
「おいおいラインハルト、まさか俺達を売る訳じゃないよな?」
「兄上、頑張りましょう」
にっこりと、雑誌の表紙を飾りそうな笑みを浮かべて無慈悲にも俺とヤンに告げたラインハルトだった。
本来なら、現在の同盟の状況を考えれば可能な限り帝国の内乱が最大限長引くことが最善だ。
何故なら長引けば長引くほどこっちはアスターテと帝国領侵攻作戦で失った軍備を回復して再編、再建、それに国内への投資に金を大いに回すことが出来るようになる。欲を言うなら、ラインハルトの言ったようにそのまま一〇年か二〇年ぐらいはドンパチやっていてくれればいいがそうもいかない。
「実際に事が起きるのは来年になってからだろう。なんだかんだ準備や艦隊や部隊の集結もあるだろうし、門閥貴族は体面やら面子を気にするから決起集会みたいなものでもやるんじゃないか?だから内乱が実際に起きるまで幾らか余裕がある。それを帝国軍がどんな風に鎮圧するかは分からないが、事が起こってから鎮圧が済むまで最低でも一年は掛かるとみて良い。事後処理も含めれば一年半~二年ってところか。となると反乱が起きると想定出される来年と、帝国軍が再編や再建を一通り終えると想定される再来年、プラス半年ぐらいを入れてざっと二年半は安泰と考えて良いな」
「二年半か……、思っているよりも短いね。三年ぐらいあればなぁとは思うけど三年で想定すると甘いだろうから、二年半想定で行こう。取り合えずの軍再編と再建はなんとかなりそう、ってぐらいの年数だなぁ」
「こっちもこっちで内乱の心配があるからなぁ。確かに政治家連中の不手際はここ最近物凄く目立つが、だからって武装反乱なんて起こすかね、普通」
「同盟内での反乱もどれぐらい早く鎮圧出来るかだね。その点、僕のところの第十三艦隊、それにアルフの第十四艦隊、それにボロディン、ウランフ両提督の艦隊をその気になれば鎮圧に使える。まぁ、イゼルローン回廊とフェザーン回廊の蓋をしなきゃならないから反乱鎮圧に出動するのは第十一艦隊の鎮圧をするボロディン提督のところだけだね」
「となると俺達の艦隊と、あとは第五艦隊を入れた三個艦隊で同盟内で一斉蜂起の可能性がある反乱を可及的速やかに鎮圧しなきゃならない訳か。手が足りんな」
「こっち側に可能な限り味方を多く作る努力はしている。幸いルグランジュ提督を除いた各艦隊司令官は全員僕達の味方側だ。グリーンヒル大将も内々に味方する意志を示してくれたのは幸いだね。人望あるし、声を掛ければそれなりの数が集まってくれそうだ」
問題は反乱の規模がどれぐらい大きくなるか、という話だ。
正直同盟全土にまで及んでしまうとそれだけ鎮圧に時間が掛かる。辺境星系の鎮圧と、絶対に起こるであろう首都星ハイネセンの反乱鎮圧。簡単に言ってくれるよなぁ。
まぁ敵となり得る艦隊が第十一艦隊ぐらいしかないのが幸いか。
「パエッタ中将も第九艦隊司令官に着任されて、内々に俺達の味方に付いてくれる、って言質を取ったからな」
「『貴官ら二人を敵に回して勝てると思うほど、私は無能になったつもりは無い』だってさ。酷い言い草だね」
「パエッタ中将も馬鹿じゃないからな。あの人も再建中の第九艦隊司令官になったから兵力は少ないが、艦隊戦力を率いて味方に付いてくれるってのはありがたい」
「だね。それに第六、第八艦隊はまだ再建に着手していないから暫くは艦艇も人員も司令官もいないから気にしなくていいのも、気が楽だ」
第九艦隊は現在再建に取り掛かっている艦隊だ。
現状の保有艦艇数は一個分艦隊程度の二五〇〇隻だが、既にパエッタ中将が司令官として着任して訓練を始めとした再建に携わっている。そのパエッタ中将には内々に話を通してこっちの味方に付けることが出来た。
と言う事はルグランジュ提督の第十一艦隊以外の、取り合えず出動可能艦隊は全部こっちの味方ってことになる。
これはかなり大きい。反乱に多くの兵力が参加すればそれだけ鎮圧に時間が掛かってしまうし、となれば帝国に利することになる。
ともかく、反乱が起きてもまぁ問題無く鎮圧することが出来るだけの戦力がこっちにはある。
地上戦力も各艦隊の陸戦隊に、オフレッサーが加わる。イゼルローンの薔薇の騎士連隊まで加われば鎮圧速度はより上がるだろう。
年内に於ける一先ずの軍再編、再建計画が一息ついた。
輸送網は復旧し、物流は回復、経済に回す予算が幾らか増えたことでレベロ議員やホワン・ルイ議員からは微々たるものではあるが経済が幾らか回復しつつある、こんなのを見るのは初めての事だ、とても嬉しいよ、と言う言葉を皆と合わせて頂いた。
軍備がどうなっているかと言うと、イゼルローン要塞の第十艦隊とフェザーン方面防衛を担う第十二艦隊は新規建造艦艇を加えて一万七〇〇〇隻に拡張。
第五、第十三、第十四艦隊の編制は据え置き、第九艦隊は五〇〇〇隻にまで増えた。第十一艦隊の規模は六六〇〇隻となっており、ルグランジュ提督からは再三艦艇と人員を寄越せと言う電文が届いているがまぁ色々と捏ねて引き延ばしに引き延ばし、沈んでも痛くも痒くもない古い艦と不要と判断された人員を詰め込んだものを送り込んでいる。
増強は増強なので、文句は言えまい。
一応新品に見えるように塗装とかはし直しているけれども。
他にも来年度の予算策定に関して、表に出す為の予算案に加えて、反乱が起きて鎮圧後のものを加えた裏の予算も策定。こうすることで時間短縮と共に反乱鎮圧後、即座に軍の再建に取り掛かれるようにしてある。
そしてついに。
「閣下、急報です。帝国領内にて帝国正規軍と貴族連合が武力衝突が発生しました」
「……ついに始まったな。シトレ校長とビュコック提督、各艦隊や各部隊司令官にもすぐに連絡を」
「はっ」
遂に始まったな。
さて、こっちの反乱は何時始まるかな。
帝国内での内乱が発生してから暫くは、表面上は平和だった。
不穏な空気はあったが、だからと言ってそれが軍の一部による反乱だとは殆どの人間が想像することさえしていなかっただろう。
「急報!惑星ネプティスにて軍の一部が武装蜂起!」
「始まったな」
ハイネセンからの緊急通信で、ネプティスで軍の一部が反乱を起こしたという報告が入った。
「統合参謀本部より入電、第十三、第十四艦隊はネプティスの反乱を鎮圧に向かわれたし、とのことです」
「よし。ラインハルト、各艦隊と各部へ秘匿暗号通信を送ってくれ」
「はっ」
事前に決めていた符号を味方に送る。
こうしておけば奇襲を食らうことも無いし、要人の退避もすぐに行えるように手筈を整えられる。
「オフレッサーは?」
「既に姉上達のところで完全武装で待機していると。もうすぐ出発だそうです」
「完全武装は目立つから止めろってあれだけ言ったのに……」
目立たないように、防弾ベストと肘と膝当て、あとブラスターを装備するぐらいにしておけと何度も口酸っぱく言ったのに。
「『何があっても傷一つ、いや塵粒一つ触れさせはせん!』とそれはもう意気込んでおりましたからね」
「……まぁ、うん、アンネローゼ達が無事ならなんでもいいか」
あきらめよう。
「そっちの準備は?」
「とっくに出来てるよ。アンネローゼ達も安全な場所に退避させた。軍要人も安全圏にいる。後顧の憂いは無い」
「こっちも。ユリアンは僕のところにいるし」
「そうか。じゃ、行くとするか」
第十三、第十四艦隊、辺境星域反乱鎮圧に出征。