哨戒艦隊が二〇〇〇隻の敵と遭遇戦をやってから三ヶ月ちょっと。
妊娠七ヶ月目に入ったアンネローゼは、明らかに大きくなったお腹を抱えている。
このぐらいまで成長してくると、色々と大変なようで特に前屈みが出来なくなる。なのでアンネローゼの爪切りとか、靴下を履かせるのは俺の仕事になっていた。
病院での定期検診は二週間に一度であり、これは切迫早産や妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病が発症しやすくなる時期だから、らしい。
俺としても楽しみで仕方が無く、毎日毎日話し掛けたりしている。
「アルフ、今日病院に行って来たら性別が分かったから教えて貰ったわ」
「おぉ、どっちだった?」
「男の子らしいわ」
「そっかそっか、男の子かぁ。アンネローゼに似たらラインハルトみたいに凄い美人になるのかな」
「どうかしら。貴方みたいなヤンチャに育つかも」
「そしたら大変だな。毎日何処からか苦情の電話が来るかも」
「そうならないよう、しっかり育てないとね」
「だなぁ」
アンネローゼは周りの勧めもあって、出産してから暫くは店を閉める予定だ。
ただ、出産後は週に一日だけ開くつもりではあるらしい。仕事もしたいが、何より子供との時間を沢山過ごしたいからだそう。
そう言えばこの前、キャゼルヌ先輩が後方勤務本部長に就任した。
四十手前で後方業務のトップとは凄い事だ。多分、これで同盟軍の後方体制は一気に改革とスリムアップ、効率化が進むと思う。
後方業務に関して言えばキャゼルヌ先輩はラインハルトすら軽く凌ぐ天才だからなぁ。
ヤンは第十三艦隊司令官を離れて総参謀長職に専念することになった。
第十三艦隊司令官にはつい最近軍務に復帰されたホーウッド提督が着任されている。
第一艦隊が訓練艦隊である都合上、首都星ハイネセンがあるバーラト星系防衛に第十三艦隊が着くことになっている。
ただ、遊兵になっても仕方がないので、候補としてジャムシードの第十二艦隊と交代する予定があるらしい。
ウランフ提督の第一〇艦隊は、暫く休養と整備に時間を充ててその間にウランフ提督は統合作戦本部作戦課長に転任するとか。
第一〇艦隊司令官の後任はワイドボーンが、と言う話だ。
色々シトレ本部長やビュコック提督から話を聞いたら、ハイネセンとしては俺かヤンのどちらかと、ウランフ提督とボロディン提督のどちらかを、合わせて二人を常にイゼルローン要塞、ジャムシード星系に配置しておきたいらしい。
国民感情的に安心させる目的があるとかで、俺は暫くの間イゼルローン要塞にいることになるらしい。
で、そのイゼルローン要塞だがここ最近、やはり帝国軍の動きが活発化している。
ただ、そこまで大規模な変化ではない。どうも財政的な立て直しが上手くいっていないという情報がある。
まぁ本来なら回収出来るはずだった門閥貴族の七〇〇〇兆ディナールを超える金が丸ごと同盟に渡ったんだから財政立て直しが難しくなるのも仕方がない。
だから帝国軍のイゼルローンに対する行動は、ある意味金の問題で収まる常識的な範疇に止まっている訳だ。
正規艦隊規模が出てくる事はなく、哨戒隊規模や小艦隊規模が彷徨いているぐらいで、偶に分艦隊規模が出張ってくる、という感じだ。
以前の遭遇戦で発生した損耗は既に補充済み、なんなら第一〇艦隊から二〇〇〇隻を引き抜いてイゼルローン要塞に配備されたぐらいだ。
これでイゼルローン要塞駐留艦隊は二万隻の満数となり、同盟軍最大規模となった訳だ。
回廊内はまだ安全で、回廊出口を幾らか出たところに差し掛かるとどうやらその辺りから帝国軍の哨戒網に入るらしい。
双方の哨戒網はほんの少しだけ被っており、お互いにそこに入りながら相手の出方や行動を探ったり、反応を見ているという状況だ。こっちは五〇〇〇隻の哨戒艦隊を編成し、向こうは向こうでどうやら同程度の哨戒部隊を編制しているらしい。
「帝国軍はここ最近、こちらの哨戒網、索敵網のかなり奥の方まで入り込んできております」
「恐らくこちらの哨戒網の位置や規模、周期、そして総兵力を探ることと、反応の速さを調べているものと思われます」
「そろそろ本格的に、来る時期が近いってことだな」
「そのようです。問題は敵の哨戒部隊がそれなりの手練れであり、優秀な指揮官に率いられていると推測されます」
「あぁ。ここ最近、本格的な戦闘になってはいないが駆け引きが上手いからな」
「一度、哨戒艦隊と交代してメルカッツ提督の第一分艦隊に二〇〇〇隻を加えて六〇〇〇隻で威力偵察を行った際の敵の動きがこちらです」
その動きはとても凡将とは言えない、洗練された良い動きをする艦隊だった。
「規模は二五〇〇隻が四つ。敵旗艦は新型戦艦と思われ、艦名はそれぞれ『トリスタン』『ベイオウルフ』『ガルフピッケン』『リューベック』と推定されます」
「敵哨戒部隊指揮官は?」
「何名か候補が御座います。まずカール・グスタフ・ケンプ大将、ウォルフガング・ミッターマイヤー中将、オスカー・フォン・ロイエンタール中将、ナイトハルト・ミュラー中将。能力的には明らかに大将級です」
「なるほどな……。ロイエンタールだけは知っているが、他は分からんな」
「御存知なので?」
「貴族の社交界で何度か話したことがある。話した感じを思い出せるだけ思い出すと相当頭の切れる奴だと思う」
「なるほど。全員が先の帝国領侵攻作戦で功績をあげ、内乱で貴族連合討伐でも手柄を挙げ、短期間の内に階級が上がっております」
「あぁ、恐らく貴族だからだろうな。メルカッツ提督、他の者の名前を聞いたことは?」
「詳しくは存じ上げませんが、全員が有能であると記憶しております」
「なるほど、メルカッツ提督が有能と言うのですから相当でしょう」
嫌なもんだ、そんな有能を俺のところにばかり敵として集めやがって。さてはミュッケンベルガーの差し金だな?
「総大将は誰だ?」
「ケンプ大将かと思われます。通信傍受の結果、上位部署と思われるところとの通信に度々名前が挙がっております」
「ミュッケンベルガーは出てきていないか」
「ミュッケンベルガー元帥はオーディンの方で帝国軍再建に注力しているとかで、暫く前線には出てこないかと思われます。帝国軍の再建と再編はこちらと同様、途上にありますから」
まぁ、それはそれで安心出来るし、逆に戦場で戦った事のない相手って言うので懸念事項でもあるな。
「取り合えず、敵の情報を集め続けるしかないな。怖いのは彼らがイゼルローンに一気に押し寄せる事だ」
「ですが、イゼルローンがある限り陥落し得ないのでは……」
「おいおい、敵にヤンみたいな奴がいないとでも?」
まぁ、同じ方法で陥落する可能性は低い。
要塞を奪取してすぐに、独立した空調システムを導入して睡眠ガスやゼッフル粒子をばら撒かれても問題が無いようにしてあるし、司令室には常に陸戦要員が一〇名ほど待機している。
全員オフレッサーが鍛え上げた、イカれてしまった精鋭だから白兵戦で負ける事はあんまり考えなくていい。
ただ、そうじゃない、想像も付かない奇策で落としに来たら分からないからな。備えておくに越したことはない。
回廊出口付近での衝突が度々起きること何度か。
オペレーターの一人が大きな声を上げた。
「回廊内に重力異常を確認!緊急警報です!」
「詳細を知らせ!」
「空間転移兆候あり!距離三〇〇光秒!推定質量は……、極めて大!」
「どうした、続きは!」
「推定質量、四〇兆トン!」
「はぁ!?」
誰の声だろうか、驚きの声が上がった。
「戦艦などではありません!転移、来ます!」
彼の声と共に、イゼルローン回廊内にもう一つの要塞が現れた。
「光学観測、電波観測、偵察衛星からの情報を元にリアルタイムで映像を合成。可視率九十五%」
「なんと……!」
「あれは、一体……」
「ガイエスブルク要塞か。これまた随分と懐かしい名前だな」
「先の帝国内内乱で、貴族連合根拠地とされていた要塞ですか。それを丸ごと持って来るとはなんと大胆な」
ガイエスブルク要塞は、イゼルローン要塞を幾らか小さくしたような要塞だ。
直径四十五kmに、強力な要塞主砲を備えている人工天体。
「記憶が正しければ内部に駐留艦隊を一万五〇〇〇隻程度収容出来た筈」
「ですが、ガイエスブルク要塞はイゼルローン同様移動能力は無かったはず」
「移動できるように色々改造したんだろう。貴族連合が放置していたものだし新しく建設する手間も金も資材も掛からないからな。それにイゼルローン回廊を取り戻せれば壊れても全く気にならない」
「なるほど、これは敵の本格的なイゼルローン要塞奪還作戦と言う事ですか」
チュン参謀長が頷いているが、一番怖いのはそこじゃない。
「奪還かどうかは分からないがな」
「というと?」
「イゼルローン回廊を手に入れたいだけなら、イゼルローン要塞を態々占拠する必要もない。破壊するだけなら占拠より簡単にできる」
「どうやって来ると言うのです?」
「まぁ、一番失うモノが少ないのはドライアイスとか、巨大な岩塊にエンジンを取り付けて突っ込ませるとかだな。ただ、その様子は無いから可能性として一番有り得るのはガイエスブルク要塞をイゼルローン要塞に衝突させに来ることだな」
「なっ、そんなことをしてきますか?」
「俺だったら、占拠をしろと条件を付けられていないなら絶対にやるよ。ヤンも破壊するだけなら同じ手段を採って来ると思う」
「では、そうなれば打つ手は……」
「無いね。上手く推力装置を破壊出来れば防げるかもしれないが、ガイエスブルク要塞背面にある推力装置をトゥールハンマーでは破壊出来ない。となれば艦砲で破壊するしかない」
「あれだけの大きさのものに艦砲の効果がどれほどあるか……」
「タイミングが寸分違わない集中砲火を叩き込めば或いは、だけども敵艦隊はそれを絶対に阻止してくるだろうな」
「では、敵がイゼルローン要塞破壊を主眼として動いてきた場合は手段が無いと言う事ですか。何と厄介な……」
「機雷原や監視衛星網も、丸ごと跳躍によって飛ばして来たのも面倒ですな。多少なりとも損害を与えられていれば楽だったのですが」
チュン参謀長が渋い顔で言う。
確かにここまで大胆な方法で来るとは思っていなかったのは確かだ。
「敵艦隊、要塞内及び回廊内に現出します!」
「数は?」
「三万六〇〇〇隻と推定!」
と言う事はざっと二個艦隊か。
数で言えば同盟軍のイゼルローン要塞攻略に比べれば一個艦隊分は少ないが、移動要塞を持ち出して来たから、こっちが若干不利ってところかな。
「要塞内の民間人は避難シェルターに退避。敵要塞側区画要員も退避せよ」
「民間人は分かりますが、要員もですか?」
「もし敵が順当に攻略してくるなら、まず要塞主砲同士での撃ち合いになる。例えイゼルローン要塞と言えどもアレを喰らえばタダでは済まない。だから無用の犠牲が出る前に退避させておきたい」
「なるほど、確かにその通りです。ではスパルタニアン用のアンビルベースや浮遊砲台も後背に?」
「アンビルベースは後背、浮遊砲台は側面で頼む」
「承知しました」
「それとフィッツシモンズ大尉、一つ頼み事をされてくれるか」
「はっ、勿論です」
「アンネローゼの事を見に行って、シェルターまで連れて行ってくれ」
「承知しました、お任せください」
一番の心配事であるアンネローゼと、お腹の子の安全が確保されれば戦いに集中出来る。
まぁ、敵が要塞ごと突っ込んできたらシェルターと言えど意味が無いけども。
「オフレッサー、敵揚陸部隊に備えて陸戦部隊の指揮を頼む」
「はっ!!愚かにもノコノコと雁首揃えて居宅たるイゼルローンに足を踏み入れた連中を須く血祭りに上げて見せましょう!」
うん、オフレッサーは今日も相変わらずだ。
あの勢いなら本当に帝国軍の揚陸部隊が皆殺しにされるかもしれない。なんと哀れな事だろうか。
オフレッサーはウッキウキで陸戦隊の詰め所に赴いて行った。
「敵はどう出てくるかな?」
「収容していた艦隊を吐き出した。なら要塞をぶつけてくるか、或いは順当に攻略しにくるかのどちらかでしょう。出来れば後者を選んで欲しいところですな」
モートン少将が言うと、皆が頷く。
要塞をぶつけにこられたら成す術がないから、当然だ。
「敵より通信回線を開くように求めて来ております」
通信オペレーターが開きますか、と顔を向けて聞いてくる。
「開いてくれ」
司令官席から立ち上がり、裾の皺を簡単に伸ばしてベレー帽を被り直す。
ドールトン大尉が俺が気が付かなかった背中側を整えてくれた。
「ありがとう、大尉」
一言礼を伝え、前を見やる。
「映像、音声、繋ぎます」
映像の向こうに映るのは、オフレッサー並みとは行かないまでも十分にガタイが良く、ともすれば陸戦士官と言われる方がしっくりくるほどに身長のある、帝国軍大将の階級肩章を付けた壮年の堂々とした男だった。
見るに、二mあってもおかしくは無さそうな身長だった。
『叛乱軍、いえ、自由惑星同盟軍の諸君。小官は銀河帝国軍ガイエスブルク要塞派遣部隊総司令官、カール・グスタフ・ケンプ大将です』
「初めまして、ケンプ大将。私は自由惑星同盟軍イゼルローン要塞及び駐留艦隊総司令官アルフレート・フォン・ノルトハイム大将です」
『ノルトハイム大将に於かれましては、帝国内でも同盟軍屈指の名将、帝国屈指の貴族であると聞き及んでおります。そんな貴方にお会い出来て光栄です』
「元、ですよ」
ふっ、と笑いながらケンプ大将は言った。
『砲火を交えるにあたり、卿らに是非一言挨拶をしたいと思ったのです』
「なるほど。私もお会い出来て良かった」
『願わくば降伏して頂きたいものですが、そうも行かないでしょう』
「まぁ、そうですね」
お互いに見合い、どちらともなく笑みを浮かべる。
『敵として相対する相手に、送る言葉としては向いてないでしょうが、卿らの武運を祈ります』
「そちらも。戦場にて相見えることを楽しみにしております」
お互いに敬礼をして通信を切る。
「良い指揮官ですな」
「あぁ。歴戦の勇士、これまで輝かしい武勲を建てて来たのが良く分かる」
だがこうして話してみてよく分かった。
ケンプ大将は要塞をぶつけには来ない。
「要塞をぶつけて来ない、ですか」
「彼がよっぽど自分の人となりを隠すのが上手くなければ、間違いないと思う」
「なるほど、確かにあれほど堂々と名乗りを上げて来たから、と言う事ですか」
となれば間違いなく順当に戦いを仕掛けにくるだろうから対策も容易だ。
「エル・ファシルとハイネセンに通信は?」
「敵の電波妨害で繋がりません。ただ、届くかどうかはともかく敵の情報は随時報告しております」
「それで良い。多分届いているのが一つか二つはあるだろうから無意味じゃない」
エル・ファシルから第五艦隊が到着するまで、準備を含めても二週間程度。
ハイネセンからイゼルローンまでは四週間だが、準備も含めると四週間半は掛かる計算になる。
なので、まず考えるべきは第五艦隊がくるまで持ち堪えつつ敵を削ることだ。
「敵要塞に、超高エネルギー反応!」
「来たな。要塞主砲エネルギー充填。撃ち方用意」
応射する為に、すぐにエネルギー充填を命じる。
次いで衝撃に備えることも。
「敵砲撃、来ます!」
ガイエスブルク要塞の主砲は、確か記憶が正しければ硬X線ビーム砲だったはず。出力は七億四〇〇〇万メガワットに達し、命中すれば戦艦でも蒸発、至近距離で通り過ぎるだけで外殻装甲から剥がれていき、粉々になる。
そんなもの相手に、幾ら堅牢を誇るイゼルローン要塞と言えども耐えられる訳がない。
敵の放った一撃は六〇万kmと言う距離を僅か二秒で飛び、イゼルローン要塞に突き刺さる。
イゼルローン要塞の防御は複合装甲からなる。
まず最初にエネルギー中和磁場があり、大抵の艦砲はこれで弾く。次に表面に流体金属があり、これで艦艇からの主砲は無効化される。
しかし更に、要塞本体は鏡面処理を施された超硬度鋼装甲、特殊合金装甲、結晶繊維装甲、スーパーセラミック装甲からなる四重の複合装甲は、ほんの数秒耐えただけで貫かれた。
「RU七七ブロックに命中!」
「主砲、エネルギー充填は?」
「……完了!」
「目標、敵移動要塞。砲撃用意」
「主砲狙点固定、準備良し!」
「撃て」
応射がガイエスブルク要塞に、同じように突き刺さった。
何度か撃ち合うと、敵の攻撃がピタリと止んだ。
恐らく主砲同士の撃ち合いはこれで一旦終わりだな。
「損害は?」
「敵要塞側の複数ブロックが破壊され、本格的な修理を必要としますが、人的被害はありません」
「なら良い。隔壁を閉鎖し、今は放棄する」
今は外壁の修復は出来ない。
「最初に退避命令を出しておいて正解でしたね……」
「あぁ。非戦闘員及び戦闘員は司令官の命令が無い限り、敵要塞側の外殻区画への立ち入りを禁じる」
要塞対要塞の戦いにおける、最初は主砲同士の苛烈な応酬となった。