戦いが始まってから二週間。
相変わらずハイネセンやエル・ファシルとの連絡は今だに取れず、第五艦隊が今どこで何をやっているのか、第十三艦隊が出撃したのかしていないのかもまるで分からない状況だ。
こっちは先の艦隊戦で敵艦隊に大打撃を与えてからと言うもの、今のところ小康状態になっている。
敵は多分、艦隊や装甲擲弾兵の再編を進めている筈。
「要塞の修復作業はとりあえずやれるだけの事はやりました。ですが本格的な修理や修復作業には取り掛かっておりません。間に合わない上に、藪蛇になるやもしれませんから」
「それで十分。とりあえず使えるだけの状態ならそれでいい。皆の様子は?」
「小康状態ですから各員に二交代で休みを取らせています。ただ、シェルター内の民間人は缶詰状態でそれなりに不満が溜まっているようです。今のところ健康被害等は出ておりませんが、戦いが長引けばそれも時間の問題だろう」
「それは仕方がない。ただまぁ、放っておくのも不味いから嗜好品の配給とかで誤魔化してくれ。ただし酒類は無しだ」
「はっ」
こっちの艦隊は今だに一万九五〇〇隻以上を残している。
先の艦隊戦でこっちは撃沈艦一七七隻、損傷艦二六一隻を出した。損傷艦に関しては修理可能と判断された二三四隻を既に修理工廠に入渠させている。
ただ、すぐに修理完了し戦線復帰可能な艦は一〇九隻であり、残りは修理に今暫く時間が掛かるので次の戦いには間に合いそうに無い、との報告が上がって来ている。
一万九六〇〇隻もいれば十分だし、第五艦隊が救援に向かって来ていると想定したら三万四六〇〇隻になる。
向こうには先の艦隊戦で少なくとも八〇〇〇隻程度の損害は与えたはずだから要塞の方に残っている艦隊を合わせてもざっと九〇〇〇隻の数的有利があると見ていい。
こっちも敵に対して電波妨害を仕掛けているから分からないが、向こうが増援を送り込んできていない確証はないからなんとも言えないけども。
「このまま退いてくれれば楽なんだがなぁ」
「そうも行かないでしょう。多分、次に行動を起こすとしたら第五艦隊が絡むと思われます」
「だな」
次席参謀としてのラップが意見を言う。
「現状、我々は敵の電波妨害によって味方との連絡手段がありません。なので第五艦隊にせよ、ハイネセンの第十三艦隊にせよ、増援が来ているかも分かりません」
「ただし、敵は索敵網を広げている筈ですからこちらに向かう増援を我々より先に察知出来る筈」
「となれば敵が取る手段は各個撃破が最有力だな」
俺の言葉にラップが頷く。
だがどう動くかがまだ分からない。それに敵が増援を送り込んできていたら不味い。
一個艦隊でも四万隻になるし、二個艦隊ともなれば五万数千隻、下手すれば六万隻に届こうかと言ったところまで膨れ上がる。
第五艦隊を合わせたとしても流石にそんな数とガイエスブルク要塞まで相手していられない。
敵の出方をお互いに伺いながら二週間。戦闘も無いまま要塞に篭っている。
仮に第五艦隊が救援に駆け付けているとすれば、そろそろイゼルローン回廊手前ぐらいまで来ていてもおかしくはない頃だ。
「第五艦隊かハイネセンと通信は取れたか?」
「駄目です」
「引き続き頼む」
通信を用いた連携は無理、となるとこっちか向こうが合わせる必要がある。
「敵が次の動きを起こしたら、多分第五艦隊が近くまで来たという証拠だ。さて、ここで何か手を打って置きたいが……、何か良い案はあるか?」
「そうですね……。ぱっ、と思い付くものだと三〇〇隻程度小艦隊を出して敵哨戒艦を叩いて哨戒網に穴を開け、こちらの哨戒艦を展開、第五艦隊との通信を回復させる手がありますが」
「ですがそれだと確かに合流は出来るでしょう。しかしこのまま正面からの睨み合いをただ続けることになります」
チュン参謀長の意見に、ラップが意見を言う。
確かに合流自体は出来るが、だからと言って戦闘が終結するとは限らない。
「となれば、敵は我々と救援に駆け付けて来ているであろう第五艦隊との合流をなんとしてでも阻止を図ると思われます」
メルカッツ提督が言うと、皆で頷いた。
「さて、問題はだ」
「敵がどのような方法で合流を阻止してくるのか、と言う事ですね」
「ただまぁ、第五艦隊が近くまで来た事は簡単に分かります」
「何故だ?」
ラップの発言に皆が顔を向ける。
「敵が必ず動くからです。哨戒網を張っているなら我々より敵の方が早く第五艦隊を察知する筈だからです。みすみす合流を許す訳がありません。今なら敵も二万隻以上の数を有していますから、我々と十分に戦えます。ですが我々の合流を許せば数に於いて不利になりますし、戦いも長引いて士気に影響します。なのでマトモな司令官であれば合流を阻止する為に動くでしょう」
「となれば敵は必ず我々よりも先に第五艦隊を迎え撃つ為に艦隊戦力の総力を上げて叩きに向かうでしょう。その動きを我々が見逃さなければ好機となります」
「なるほど、挟撃に持ち込んで逆に敵を叩いてしまえると言う訳だな」
チュン参謀長が頷きながら言う。
「なら我々がやるべきは、敵の動きを見逃さない為に手立てを尽くし、なんでも良いから第五艦隊に作戦意図を伝える事か」
「敵の動きを察知するだけなら監視衛星を今からばら撒くでいいかと。それに第五艦隊に作戦意図を伝える事ですが……」
「閣下の下で戦い続けていたカールセン提督ですから、多分こちらの意図を理解しているかもしれません」
カールセン提督は第十四艦隊編成時から分艦隊司令官として務め、その功績と能力を認められて第五艦隊司令官になった。
だから俺の考えをよく分かっている、と言う訳だな。
だがリスクは取れない。
「よし、カールセン提督に何とかして連絡する必要がある。手立てを考えよう。それと、敵の動きに関しては敵が動きを見せたら迎撃に出て、ちょっと戦ったら要塞に引っ込む。それを見て敵艦隊が第五艦隊に向かうのを確認、交戦状態に入ったら我々も総力を上げて再度出撃。敵艦隊を叩く。こんなところか」
「では、各々準備に取り掛かれ」
「「「「「はっ」」」」」
戦術、戦場において、今も昔も変わっていない法則が幾つかある。
一つが大前提として敵より多数の兵力、火力、弾数を用意する事が常道となる。
アスターテの際に帝国軍が同盟軍を破ったような、少数で多数の敵に勝つというのは確かに心惹かれるもんだが推奨されるものではない。
一つが敵より多数の兵力を維持し、十分な能力を発揮出来るように十分且つ適切な補給を維持し、補給線を防衛すること。
兵が飢えたり乾いたりすれば戦えないし、弾が無ければ戦えない。
そしてもうが一つ。
兵力を集中し、その兵力に十分な機動力を持たせた上で高速且つ正確に移動させ、敵に叩き付けること。
まぁ早い話が、一時たりとも無駄な兵力を作り出すな、というものだ。
これらを遂行するには、まず十分な敵情の偵察、情報収集、情報分析が必要不可欠となるが、この点、今の俺達には無い。
監視衛星という目が潰され、ハイネセンなどとの通信も遮断されているので情報を得る手段が、艦艇による偵察行動か、イゼルローン要塞の光学機器での探知以外に無い。
そして更に戦力が分散されているという点もある。
イゼルローン要塞に収容可能艦艇数に限りがある以上、これはどうしようも無い話なのだが、エル・ファシルとイゼルローン要塞にそれぞれ戦力分散をせざるを得ない状況にある。
なので、常道での戦い方を今すぐにやると言うのは出来ない。
ただし第五艦隊がこちらに向かっていることを大前提として考えるならば、イゼルローン駐留艦隊との合流となるので、ある意味分散合撃とも言えなくはない。
本音を言えばイゼルローン要塞に二個艦隊を駐留させることが出来れば良いがそれも難しいからな。
「カールセン提督はこちらの意図を理解することが出来るでしょうか?」
「分からない。だからこそなんとかして連絡を取らなければならない」
ヤンのところのユリアン君みたいに以心伝心が出来ている、とまではどうやっても言えない。アレはもうそう言う超えられない壁とでも言っていい。
なのでこっちはこっちで何とかしてカールセン提督に作戦を伝え、連携を取る必要があるんだが……。
「通信は出来ない。となると直接誰かを送る必要があるなぁ……」
「ですな。誰を送り出しますか?」
「と言うより、そもそも送り出して第五艦隊に果たして無事に合流出来るのでしょうか?帝国軍も艦艇を展開して哨戒網を構築している筈。そうなれば捕まってしまい全滅、最悪作戦情報が漏れてしまうと言う事も……」
うーん、と頭を捻る。
規模としては、少な過ぎても駄目だが、一〇〇〇隻以上と言う大きい数字も駄目だ。そうだな……、数十隻程度が良い。変に大きい数だと間違いなく敵に悟られるし、迎撃されてしまうだろう。
だがその迎撃を振り払いつつ突破する程度の戦力はないと困る、そんな編成だ。
適当な規模としては哨戒隊か、小艦隊規模を複数、と言うのが妥当なところとなるかな。
「チュン参謀長、ラップ」
「「はっ」」
「小艦隊を幾つか、そうだな……、最も練度の高い九個小艦隊をリストアップしてその隊司令を呼び出してくれ」
「はっ。どのくらいの時間でやればよろしいでしょうか?」
「どれぐらいでやれる?」
「十五分頂ければ問題無いかと」
「宜しい、では十五分でやってくれ」
「「はっ」」
この指示を出した十三分後、リストアップした上でその隊司令八名が要塞指令室に集まった。その中にはラインハルトもいる。
「集合完了しました。閣下、何用でしょうか」
「これから、作戦を行うがその際に布石として君らに色々と動いて貰う必要がある。その為に最精鋭九個小艦隊を送り出す。機密保持の為に各小艦隊司令にのみ命令を出すが、了承してもらいたい」
「勿論です。我々は第十四艦隊創設よりも前、閣下が分艦隊司令の時から共に戦い続けているのです。ですから閣下を信じます」
この作戦は、誰かひとりでも捕虜になれば情報が洩れて作戦が動かせなくなってしまう。
なので作戦を通達するのは隊司令のみ、そして各小艦隊乗組員には一切知らせず、となる。
それを言うと隊司令の一人、五〇代の白人であるウィッパー大佐が笑いながら言う。
小艦隊司令官のウィッパー大佐を始め半分が戦場での叩き上げで大佐まで上がって来た者で、残り半分が士官学校出の者。
叩き上げと士官学校卒業者は基本的に仲があまり良くない。いや、はっきり言えば軍全体に於いて両者の仲は悪い。
叩き上げの者は『戦場も知らない温室育ちのボンボン』と士官学校卒業者を馬鹿にし、士官学校卒業者は『碌に勉強も出来ない馬鹿の集まり』と叩き上げを馬鹿にする風潮がある。これはかなり酷いというか、もうお互い憎悪に近いところまで行っていた時期まであるほどだ。
これはどれだけ功績を挙げたとしても、叩き上げは中々階級が上がらないが、士官学校卒は何の功績を挙げなくとも問題さえ起こさなければ佐官ぐらいまでには自動的に昇進するというシステムが両者の溝を深めていると言える。
実際、ビュコック提督が少佐に昇進したのは四〇歳手前だったと本人から聞いている。
佐官になるまで数多くの戦闘に参加し、功績を上げてきたにも関わらずだ。
だが士官学校卒業者は特に功績らしい功績も無しに士官学校卒業から一年後には自動的に中尉に昇進することが可能で、俺の場合は更に翌年には大尉に昇進し艦隊参謀の任を受けている。
それぐらい昇進スピードに差があるのだ。
ビュコック提督はもう七〇歳手前。普通ならとっくに退役して、年金生活を送りながら余生をのんびりと過ごしていていい、いわば『良い歳した爺さん』なのだ。
他に適任者がいないから、という理由で宇宙艦隊司令長官の席に座られているわけだ。
お陰で退役後の穏やかな余生が遠のいたわい、と俺とヤンに文句とも皮肉ともを言っていたな。
俺とヤンからしたらビュコック提督が上にいてくれるのは有り難い事なんだがなぁ。
シトレ校長が本部長に付いた際にその辺の意識改革に取り掛かって幾らかは取り除かれたが、それも長年積み上げられたものを完全に払拭するほどのものとは到底言い難い。
実際、ビュコック提督やカールセン提督など、今の同盟軍に必要不可欠な提督の中にも少なからず叩き上げの者がいるが、今はまだしも知り合った頃は結構士官学校卒業者を敵視していたというか、そんなところがあったのは間違いない。
今は叩き上げ代表のビュコック提督が宇宙艦隊司令長官に、カールセン提督が第五艦隊司令官に就任されているから溜飲も下がっているが、と言ったところだ。
第十四艦隊に関して言えばその辺をあの手この手で解消させたから問題は無いが、確証は得られていないし、俺が第十四艦隊司令官から離任したらどうなるかは全く不明だ。
ウィッパー大佐は俺が分艦隊司令官の時からずっと指揮下に居て、ラインハルト以外の六人も同様だ。全員がウィッパー大佐に同意するように俺を見て頷いている。
「ありがとう。ではまず役割を説明する」
「「「「「はっ」」」」」
この作戦は、主に二つの役割に分けられる。
一つが囮となり、帝国軍哨戒部隊を叩く役割。これには八個小艦隊、四八〇隻を任務に当てる。
帝国軍の哨戒部隊の規模はそこまで大きいわけではないが、十数隻単位の哨戒隊規模から数十隻程度の小艦隊規模と見積もられる。それに加えて電子戦艦や、哨戒艦なども多数展開していると思われるので、それを叩いて回り、こちらの意図が哨戒網を崩して後方との連絡を取る事だと誤認させつつこの小艦隊群に目を向けさせる。
二つ目が、囮部隊が敵を引き付け哨戒網に穴を開けたタイミングを見計らって一気に突破、第五艦隊へ合流する役割を担う一個小艦隊。
これは敵に捕捉されても一切脇目も降らず、一気に第五艦隊に向かって突っ切る事を目的としている。だが敵に捕捉された時点でこちらの意図はバレると思っていい。敵もそこまで無能ではない筈だからだ。
この作戦の為に無傷の艦艇五四〇隻を手放すこととなり、これは戦力補充が出来ない現状としては中々痛手となる。
「では、囮部隊は出撃を開始、作戦行動に移れ。突破部隊は符号発信を待て」
「「「「「はっ」」」」」
こうして次の一手の為に、行動を開始した。
さて、一手を打ったのは良いがこれだけで済ませるのもなぁ、と言うところがある。
出来れば敵がまた暫くの間、イゼルローンに攻撃を仕掛けたくなくなる程度の損失を与えておきたいところだ。
一つが敵艦隊を丸々殲滅してしまうこと。
これは俺が下手を打たなければ、そう難しい話でも無い。ただ、敵要塞が目の前にある以上、敵増援が来ればまた拠点にされてしまう。
そこで根本的解決案として上がるのが、ガイエスブルク要塞を完全に破壊するか、或いはブン奪ってしまうことだ。
作戦の為にわざわざ要塞を改造してまで、それ相応の資材と金を投じてやって来た訳だから、それが破壊されました、丸々敵の手に渡りましたとなったら暫くヤル気は失せるだろう。
可能ならなら奪取がいい。破壊でも良いんだが、破壊だと要塞主砲で破壊するしか方法が無く当然撃ち合いになる。そうなったらイゼルローン要塞もタダじゃ済まない。下手すれば相打ちなんて可能性まである。
ただなぁ……。
「チュン参謀長、第五艦隊との挟撃中にオフレッサーと陸戦隊を敵要塞に殴り込みを掛けさせる、という策をやったとして上手くいくかな?」
「オフレッサー中将達を敵要塞に送り込むことさえ出来れば制圧、奪取は容易でしょう。ですが問題は送り込む過程です」
「そうなんだよなぁ……」
オフレッサーをガイエスブルク要塞に送り込むための手段と言うのが困るところなんだよな。
それさえ解決してしまえば簡単なんだけど。
障害となる敵要塞主砲はこっちと睨み合いをしているから気にしなくていい。
問題は敵要塞表面の浮遊砲台を無力化する方法だ。ただまぁ、その方法にアテが無い訳じゃない。必要なものが今は揃っていないだけで、イゼルローン要塞内の工廠でも十分に用意出来る物だから別に問題無い。
「……モートン提督、もしだ」
「はい、なんでしょうか」
「もし俺が、貴方に分艦隊を率いて敵要塞攻略を行ってほしい、と言ったら引き受けてくれるか」
その言葉に驚きつつ、笑みを浮かべて頷いた。
「閣下がそうご命令されるのであれば、我が全力を以て挑みましょう」
「ありがとう。では、頼んでもいいか」
「はっ。お任せ下さい。しかしそう言われると言う事は何か算段があると言う事ですな?」
「まぁ、敵の有用な戦法はこっちも真似しよう、っていうだけの話なんだけどもね」
「なるほど、そう言う事ですか。ですが我々に準備はありませんが」
「工廠にお願いして大至急作って貰おうと思う。そこまで難しい、複雑なものじゃないからな。数を用意するにしても時間的猶予はまだある。多分、第五艦隊は近くまで来ているとは言っても今すぐに何かある訳じゃない。それまでに可能な限り用意する。艦艇への積み込みを順次進めながらだ」
「分かりました。思い付きではありますが、工廠長も腕が良いのですぐに設計と製造を拵えて来るでしょう。上陸部隊は?」
「オフレッサーのところの白兵戦部隊を二つ送り込む」
「承知しました。では、我が第二分艦隊は敵要塞奪取作戦の準備を進めます」
「頼む」
さて、オフレッサーにも作戦を説明してやって貰わないとならないな。
それと揚陸部隊を載せる揚陸艇に、輸送艦の都合も付けないとならない。
揚陸艇の方はこの戦いで使い道が無かったから自由に使える。
輸送艦は、五万トン級が多少余裕を見ても三隻いれば十分か。
説明を受けたオフレッサーは、それはもうやり返せるとあってうっきうき、「何が起ころうともガイエスブルク要塞を奪って見せましょう!!!」と脳みそが震えたんじゃないかってぐらいのデカい声で宣言していたな。ウン、あの様子なら多分一時間とかで敵要塞を奪取してきそう。
それを手配する書類をぱっ、と作りサインをして決済完了。
命令書として第二分艦隊司令モートン少将と、揚陸部隊指揮官オフレッサーに届けさせた。
監視衛星をばら撒いて即席の監視網をイゼルローン要塞側面に展開。
小艦隊は監視網を構築する敵艦隊を襲撃して戦果報告が度々上がっている。これを指揮するのはラインハルトとなる。その手腕は見事としか言えないものだった。
アレならこの戦いが終わった後に准将昇進となるかな?そうなったら分艦隊司令官に任命出来る。
「敵に動きは?」
「今のところは何も」
「哨戒網に増援を送り込んだりは?」
「そちらも確認されておりません。先の艦隊戦で打撃を被ったからか、戦力を出し渋っているのかもしれませんね」
なんにしても、こっちは総数五〇〇隻の戦力を繰り出している訳だから、それを排除するには最低でも一五〇〇ほどの艦隊を向かわせる必要が出てくる。
一個艦隊の半数以上、ざっと六割が沈められる打撃を被った帝国軍からしたらそう簡単に捻り出せる戦力とは言い難い。
「敵が戦力を出してこないならそれで良し。符号は?」
「まだですが、時間から考えるともうそろそろ発信されても良さそうですが」
「作戦行動中の艦隊より符号!」
「よし。では突破艦隊は出撃」
「はっ」
敵哨戒網を味方小艦隊群が叩いて穴を作り、そして辛うじて察知されずに通り抜けられる隙を作り出した。
後は突破艦隊が無事に第五艦隊に合流し、我々との挟撃が完成するまで耐えることを祈るしかない。
現状の第五艦隊は一万六〇〇〇隻の戦力を有しており帝国軍二万五〇〇〇隻が相手なら確かに差はあるが、こっちが多少出撃に手間取ってもそれぐらいの時間は稼いでくれると思う。
「閣下、帝国軍が動き出しました。後方に展開していた敵一万一〇〇〇隻が敵要塞に向かって撤退の動きを見せております」
「敵の動きに乗ってやるぞ。全艦出撃、敵艦隊の進路を塞ぐ。揚陸部隊と第二分艦隊、それと機材の準備は?」
「問題無く整っているとの報告です」
「宜しい。敵要塞攻略部隊はもう少し待機だ。乗り込むなら第五艦隊との挟撃が完成してからだ」
と言う事は、だ。
恐らく近辺に第五艦隊が来ているのだろう。多分帝国軍の方も増援を要請しているだろうから仕切り直しを望んでいるという感じかな。
恐らく敵は撤退に見せかけた動きに呼応して敵要塞内の艦隊が呼応して俺達を挟撃してこようとするはず。
敵はもう一度要塞攻略に取り掛かっていると見せる為、実体弾を撃ち込んで浮遊砲台を無力化しに掛かってくる。
それと同時に敵要塞主砲との撃ち合いも再び開始された。
「チュン参謀長、敵要塞との撃ち合いの指揮を頼む。奪取の際もそのまま要塞主砲で牽制していてくれ」
「はっ。お任せ下さい」
全艦総力を挙げて出撃し、敵要塞攻略を担う第二分艦隊六〇〇〇隻を除いた少し戦っていると、後ろに想定通り敵艦隊が現れる。
「敵艦隊、我が艦隊後方に出現!数一万五〇〇〇隻!」
前の敵と後ろの敵の数が想定よりもちょっと違うな。
多分、幾らかの戦力を最初の揚陸戦で失った艦隊に健在な艦隊から分けたと言ったところか?
「艦隊、要塞内に撤退。殿はメルカッツ提督、お願い出来ますか」
『はっ、お任せ下さい』
「お願いします」
メルカッツ提督が殿を務めてくれ、そのお陰もあってか損害らしい損害も無いままイゼルローン要塞内に艦隊は撤退を完了した。
「全艦、そのまま即応状態、第一種戦闘配置で待機」
敵艦隊の様子を見ていると、やはり第五艦隊の方に総力を挙げて向かっているらしい。
「敵艦隊の索敵範囲外に要塞が出たら、少ししてからその後ろをくっ付いて行く。どれぐらいの時間が掛かるか?」
「恐らく十五分、いえ、二〇分も待てば十分でしょう」
「よし。では戦闘配食を行うように。恐らくこの戦いで決着が着く。その前に腹を満たしておこう」
「了解しました」
こっちの戦力は第五艦隊一万六〇〇〇隻に、俺達第十四艦隊と哨戒艦隊三〇〇〇隻を合わせて二万隻。ただし撃沈乃至撃破で一〇〇〇隻が失われるか戦闘に参加出来ない状態にある。
俺の直卒艦隊から一〇〇〇隻を引き抜いてモートン提督に預けている。と言う事は五〇〇〇隻がガイエスブルク要塞奪取に動くから一万四〇〇〇隻。
二個艦隊合わせてちょうど三万隻になる。
対して敵は二万六〇〇〇隻だから、そこまで差があるわけでもないが、挟撃さえ出来れば問題無く勝てるか。
今回の戦闘配食はおにぎりだった。
基本的に戦闘配食で出されるものは食べやすく、そして早く胃袋に収められるものが多い。
例えばエネルギーバーの様な、増加食的なものが出されることもあれば、今回のようにおにぎりの時もある。
おにぎりは外側を簡易な包装で包まれ、おにぎりそのものの中に具が入っていたりする。
具のレパートリーは様々で揚げたり焼いたりした鶏肉や牛、豚肉がボン!と入れられている場合もあれば焼いた魚卵の場合もある。なんなら野菜も一緒に包まれている場合もあるので何が入っているのかは食べてみないと分からない、というヤツだ。
戦闘配食で出されるおにぎりは基本的に塩味が米に効いているので塩分を取らないとやっていられない戦場では味良し量良し腹持ち良し、と必要な要素をすべて満たしているので人気が高いものだ。
ハイネセンには退役軍人がその美味さに魅了されて開いているおにぎり専門店まであるぐらいだし、軍内に限らずその人気は押して図るべしだろう。
戦闘配食を丁度全員が食べ終えた頃、予定していた二〇分が経った。
「全艦出撃。決着を着けに行くぞ」
「「「「「はっ!」」」」」
艦内に全乗組員が待機していたから出撃自体は即座に行える。
ほんの十五分もあれば艦隊は全て要塞外に出て陣形を整え前進を開始した。それから少し遅れて第二分艦隊と、揚陸部隊を乗せた輸送艦三隻が敵要塞奪取に動き始めた。
「敵艦隊、光学探知距離に捉えました!」
「射程に入り次第、撃ち方始め。要塞奪取部隊からの通信が入るまで敵艦隊を包囲して叩く」
「はっ」
左翼に俺のところから三〇〇〇隻の指揮を任せたラップの臨時分艦隊、中央に哨戒艦隊を編成した俺の六〇〇〇隻、右翼にメルカッツ提督の五〇〇〇隻を配置。
元々俺は八〇〇〇隻を直卒、第一分艦隊メルカッツ提督以下五〇〇〇隻、第二分艦隊モートン提督以下四〇〇〇隻の編制だった。そこに三〇〇〇隻の哨戒艦隊が加わり二万隻が駐留していたわけだ。
そして今回、今までの戦いでざっと一〇〇〇隻が撃沈乃至撃破となっているので一万九〇〇〇隻が現有戦力となる。
因みに敵哨戒網への攻撃に出した小艦隊群は既に艦隊に合流済みだ。
「敵艦隊、射程圏内に捉えました!」
「撃て!」
その命令と同時に、すべての火力が敵艦隊に叩き付けられた。
それを見た第五艦隊、カールセン提督も同じく動き出し、後退から前進に転じることとなる。
敵艦隊の動きが一気に乱れた。
「理想的な挟撃、ですね……」
「ここまで綺麗に挟撃が決まることなんて、中々無い。信頼出来て、尚且つ高い練度を誇る第五艦隊とカールセン提督がいるからこそだ」
フィッツシモンズ大尉が言うのに、苦笑で返す。
多分、第五艦隊が居なかったらズルズルと戦いが長引いていただろうな。
「もう少し近付いたら空戦隊も出す。準備を」
「はっ」
それから暫くの間、帝国軍を第五艦隊と共に挟撃からラップ、メルカッツ両分艦隊を左右に展開して、第五艦隊もそれに呼応。包囲戦に移り、その最大火力を全方位から叩き付けていた。
「閣下、第五艦隊カールセン提督より通信です」
「開いてくれ」
映像通信を開くと、顎髭、口髭を相変わらず生やしたカールセン提督が敬礼をした。
『閣下。救援が遅れたこと、申し訳ありません』
「いえ、エル・ファシルからここまでの距離を考えれば最短日数です。救援に来て頂いて本当に感謝します」
『はっ。それで、これからの動きは如何致しましょうか』
「今暫く時間稼ぎをしつつ、敵艦隊を叩きましょう」
『なるほど、何か別の手を打っておられると言う事ですか』
「成功するかどうかは分からないけどもね。成功したら相当暫くの間帝国軍はこっちと戦う気が失せる筈」
その言葉にカールセン提督は笑みを浮かべて頷いた。
「戦況は我が方の圧倒的有利です」
ドールトン大尉の報告を聞いて頷く。
まぁ、寧ろ事実上の奇襲となったわけだから、そこからひっくり返されるなんてよっぽどの事だ。その際は包囲側の戦力が少なかったか、或いは指揮官がよっぽど無能とかでもない限りはそんな事は起こりえない。
「敵艦隊、一万六〇〇〇隻を切りました!」
オペレーターの報告によれば、敵は僅か一時間の戦いで一万隻以上を失った事になる。
それでもここまで敵が持ち堪えているのは、敵司令官が余程有能と言う事だ。
「敵指揮官も中々だな……」
ベレー帽を取って頭をボリボリと掻く。
ここまで耐えるとは、中々どうして良く耐えるし士気も高いし、指揮官の能力も高いな。
ベレー帽を取って頭を掻いたのは何もそれだけが理由じゃない。
俺だけでなく、多くの兵が何日か風呂に入っていないからだ。
数日風呂に入らないと、どうしても痒くなる。オフレッサー曰く、もっと長い期間風呂に入らないと痒みすら無くなるとのことだが流石に確かめる気にはならないな。
こんな経験は士官学校の野外演習と、それと帝国領侵攻作戦の時ぐらいなもんだ。陸戦部隊なら訓練やら実戦やらで日常茶飯事なんだけども。
偶に陸戦部隊の訓練を率いて、オフレッサーが一週間ぐらい風呂に入らないことがある。それを視察した時の臭いは凄まじいものがあった。
訓練開けに、要塞内の一番大きい風呂を貸切って陸戦部隊に使って貰った時の喜びようと来たら凄かった。
艦隊も戦闘が長期化したり、第一種戦闘配置がずっと続くとなると忙しかったり状況に即座に対応しなければならないので中々風呂に入る機会も無い。
一応交代でシャワーを浴びるぐらいはしているが、ざっと汗を流すぐらいしか出来ないので身体を洗うのは時間の制約上難しい。
最後に風呂やシャワーに入ったのは三日前だった。なので俺を含めて全員ちょっと臭うし艦内も体臭のせいで臭い。
ついでに言うと副官二人も風呂に入れていない為、女性であるというのもあってか距離が何時もより一歩か二歩ぐらい遠い。
俺だってアンネローゼに嗅がれたくないから距離を取るだろう。なので気持ちは分からんでもないので心の中で苦笑しておくに留めておく。
帝国軍は尚も必死に包囲下にありながら戦っている。
何度も突破をしようと試みてはその鼻っ面に火力を叩き付けてへし折っている。
「敵要塞奪取に向かった第二分艦隊モートン少将より通信!」
「繋いでくれ」
『閣下。作戦、成功致しました』
「「「「「おぉ!!」」」」」
モートン提督の笑みを浮かべた報告に、艦橋が沸き立った。
「ありがとう。ではそのまま要塞を完全に掌握していてください」
『承知しました。ですが、そちらに向かわなくても宜しいのですか?』
「いざって言う時、陸戦隊を乗せて逃げる役割が居なかったら問題でしょう?」
その言葉にくつくつと笑って頷いてから敬礼をして通信を切った。
「閣下、やりましたね!」
「博打に近い作戦だったが上手くいって良かったよ、本当に」
「では、敵艦隊はどうされますか?」
ドールトン大尉の質問に、少し考える。
このまま戦っても無駄に血が流れるだけだ。
「帝国軍に通信、降伏勧告を出す」
「はっ」
すぐにガイエスブルク要塞がこちらの手に渡ったこと、これ以上の戦いは無意味であることと共に降伏勧告を告げる事、三回。
「敵旗艦ガルフピッケン、リューベックより通信!」
「開け」
「はっ」
通信を開くとそこには二週間ほど前、戦う前に挨拶を交わしたケンプ大将と、そしてもう一人が映っていた。
『お久しぶりです、ノルトハイム提督』
「お久しぶりです、ケンプ提督。それとーーー」
『ナイトハルト・ミュラー中将であります。帝国内でも名を轟かせておられるノルトハイム大将にお会いできて光栄です』
「ミュラー提督、こちらこそお会い出来て嬉しく思います」
『……ガイエスブルク要塞を陥落させた、と言うのは本当でしょうか?』
「えぇ。つい先ほどそのように報告を受けました。ですのでこれ以上の戦いは無用であると思いますが」
その言葉に二人は悔しそうとも取れるような、眉間に皴を寄せて目を瞑って黙った。
そりゃそうなるよな。俺だって同じ立場なら気持ちを整理したくもなる。
暫くしてケンプ大将は口を開いた。
『……分かりました。降伏致しましょう。ですが一つだけ条件が』
「お聞きします」
『部下の身の安全を保障して頂きたい』
「勿論です。ではこちらからも一つだけ条件を」
『なんでしょうか』
「ケンプ提督、ミュラー提督両名も降伏して頂きたい」
『っ、それは……』
『良い、ミュラー。ですが、そのような条件を出された理由をお聞きしても宜しいでしょうか?』
反発しようとするミュラー提督を抑えて、ケンプ提督は厳しい表情で問うてくる。当然か。
「表情を見るに、ご自分で決を決められると思いましたので。これ以上戦いをしないならば、お二人も死なれる必要はありません。ですから降伏して頂きたい」
『……はっはっはっ!!』
『ケンプ提督?』
『いや、参った。これは勝てない訳だ。分かりました。その条件、のみましょう』
豪快な笑いをしてから、笑みを浮かべてこちらの条件を飲んでくれたようだ。
『ミュラー、お前もだ。分かったな』
『はっ』
「では」
『えぇ、我々はノルトハイム大将に降伏致します』
「ありがとうございます。では、降伏処理を進めます」
『はっ。では、後程お会い出来ることを楽しみにしております』
そう言って二人は敬礼をして通信を切った。
「全艦、第二種戦闘配置に変更。降伏した帝国軍の降伏処理を進める。その際、決して礼儀を欠いてはならないぞ」
「「「「「はっ」」」」」
こうして戦いは終わったのである。