ハイネセン滞在七日目。
イゼルローン要塞から俺宛に急報が届いた。
「閣下、奥様からです」
「何かあったのか!?」
慌てて立ち上がる。
急報と聞いて嫌な予想が頭をよぎらない訳がない。
「無事、ご出産を終えられたそうです」
「……」
その言葉に肩透かしを食らったような感覚になり、すぐに嬉しさが込み上げてきた。
「ぃぃぃやったぁぁぁ!!!!」
「おめでとうございます、閣下」
部屋の中で、やったやったと踊り回る。
あぁ、本当に良かった!
「こんなとこでうだうだやってる場合じゃない!」
「予定があるんですからもう三日は我慢してください」
ドールトン少佐に言われて渋々座る。
クソ、本当に余計な時期に呼び出しやがって許さないからな!
それはそうと、子供の名前を考えないと。まだ決まって無いんだ。
アンネローゼとも話していたが中々決まらなかったんだよなぁ。
「そうかそうか、無事に産まれたか!」
「おめでとう。これで君も父親仲間だな」
「暇があったら我が家に家族で来ると良い。その時は盛大にもてなそう」
「次はお前の番、って言われても想像付かないなぁ」
皆に知らせると、それぞれがそれぞれの言葉で祝ってくれた。
一〇日間のハイネセン滞在が終わり漸く帰路に着く。
別に出たくもない式典やらパーティーに引っ張り出され、付き合えと言われたヤン共々渋々、嫌々ながら出席して酒と飯だけは美味い、とブツクサ文句を垂れながら過ごした一〇日間だ。
挙句、溜まりに溜まったストレスを解放するかのようにヤンと俺はしこたま朝まで飲みまくって酔い潰れ、俺は部屋に適当に放り込まれ、ヤンはグリーンヒル大尉に介抱されながらの帰宅と、碌な思い出が無い。
最後の日はあちこち行って山ほど土産を買い込んで、本も沢山買い込んだ。
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出航してからというもの、俺は落ち着きなく過ごしていた。
早く帰りたくて仕方がないが、これ以上はどうにもならないから艦内をウロウロしたり、文章を書きながら気を紛らわせて過ごす。
「閣下。お気持ちは十分に理解出来ますが閣下が落ち着きないと、艦内や乗組員も落ち着きませんし、すれ違う度に敬礼をしなければならない我々の面倒もご理解ください。ウロウロされるのであれば自室でお願いします」
ついには艦長に注意されてしまった。
子供の名前を考えながら部屋でウロウロすること三週間。
アンネローゼに聞いてみないとまだ決定になるかは分からないが、良い名前を一つ思い付いた。
ひーこら言いながら、と言う訳でもないが二ヶ月ぶりに漸く我が家に帰って来た。
道中事故も無く、無事に帰って来ることが出来た。
帰隊式なんてやらなくていいと事前に連絡してあった為、チュン参謀長とラップ、オフレッサー、メルカッツ提督など数名が出迎えてくれた。
ただいま、と言って敬礼をしてすぐに自宅に向かって急ぐ。
早く子供に会いたいから、最短距離を最速で。
「ただいま!」
「お帰りなさい」
自宅の玄関を開けると、奥の方からアンネローゼが顔を出す。
適当に靴も脱ぎ捨ててバタバタと慌てて走る。
「静かにお願い。今寝たばっかりだから」
「すまんすまん……」
そんな様子の俺を見て、くすくすと小さく笑いながらこっちへ、と促す。
寝室の、俺達のベッドの横にベビーベッドが一つ。
そっと、ゆっくり覗くと我が息子が小さな寝息を立てながら気持ちが良さそうに寝ていた。
「おぉ……!」
触っていい?とアンネローゼに目で聞くと、起こさないようにね、と返される。
そっと頬に触れてみる。
「初めまして、お父さんだよ……」
起こさないように触れて、離れる。
これ以上は起こしちゃいそうだからやめとこう。
「良い名前を思い付いたんだけど」
「聞かせてもらえる?」
「アレクセイ」
「由来を聞いても?」
「ビュコック提督の名前から頂いたんだ。あの人は叩き上げで尚且つ今までどんな戦場でも生き延びた。別に立身出世して欲しいとまでは言わないが、せめて何があっても生き延びて欲しい。それを考えたらこれ以上無い名前だよ」
「良い名前ね。この子も聞いたら喜ぶわ」
そう説明すると、アンネローゼは微笑んで頷いてくれた。
こうして第一子の名前はアレクセイ・フォン・ノルトハイムとなったのである。
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束の間の家族団欒を満喫したら、早速仕事だ。
まずイゼルローン要塞の修理補修を完了させないとならない。ハイネセンからの帰りに山ほど資機材を運んできたから漸く本格的に取り掛かれる。
二〇万トン級輸送艦三〇隻分の資機材や浮遊砲台は、これでもまだまだ足りないので次々に送り込まれて来る。
それの決済書類やらなんやらにサインをしていく。
それだけじゃなく、補充艦艇二〇〇〇隻と乗組員、イゼルローン要塞補充要員の編成や艦隊の再編、そして訓練をやらないとならない。
「ブレンダン・ビューフォート准将、只今着任しました」
「貴官の着任を歓迎する」
「「……」」
「なんだか変な感じですな」
「全くだ」
ハイネセンで顔合わせをして、そのまま一緒にイゼルローン要塞に来たものだから形式的な着任挨拶をすると変な感じがする。なんだかおかしくて二人で笑う。
「早速で悪いが貴官には第二分艦隊三〇〇〇隻を任せたい」
「はっ」
「着任早々になるが、早速分艦隊の指揮を頼む。一応、ここは最前線なんでね、練度は高く保っておく必要がある」
「承知しております。訓練計画を伺っても?」
「准将が一緒に連れてきた補充艦や要員を第一分艦隊と半分に分けて練兵訓練を中心に頼む。新兵が多くて色々と困るだろうが、そこはこっちも色々とフォローするから」
「はっ。訓練に際し何かご指示は?」
「要求するのは二つ。『基礎を徹底的に身に染み込ませること』。そして『明確な成功体験を経験させること』。この二つを念頭に訓練計画を立てて欲しい」
「なるほど……。応用をやるのはまだまだ先、ですか」
「うん。基礎が出来ていないのに応用をやったところで意味は無いし、仮に得るものがあってもガタガタになる。だから地盤固めはしっかりと、だ」
そう伝えると二度ほど頷いた。
新兵に応用をやらせても意味が無いし、成功したとしてもそれで形作られるものは歪なものになる。
それは必ず実戦に於いて綻びになり、彼らが死ぬことになる。だから基礎固めをしっかりやらないとならない。
「承知しました。では数日中に訓練計画を提出します」
「頼んだ」
敬礼をして出て行く。
彼が出ていった後、少し考える。
軍の再編が順調に進み、国内経済に金を回せるようになったのは良いが、熟練後方勤務要員の内、二〇〇万人を一時的に民間に回して新米が育つまでの間を埋める措置を取っている。
必然的に軍でもその辺の人員が足りなくなるが、そこは熟練兵一人に対して新兵二〇人ぐらいの割り当てで無理矢理なんとかしている状態だ。
イゼルローン方面担当の第十四艦隊と第五艦隊は最前線になる可能性が高いので例外だが、他の艦隊は大部分が新兵で構成されている。数こそ立派だが、中身は実戦レベルにない。
第五艦隊、第十四艦隊に補充される要員の殆どは新兵だ。
だから多少時間が掛かってもなんとかするしかない。
早急に戦えるようにしないと余計な被害を被ってしまうし、命令通りに動けなくなる。秩序だった作戦が出来なくなる訳だ。だからとりあえず今回の補充人員に関しては半年で形にしないとならない。
民力休養と醸成が必要で、その為にはやらなければならないことであるとは言えども影響が大きい。
暫くは、この状態で頑張るしかない。
三日後にビューフォート准将は自分の分艦隊訓練計画を提出してくれた。その計画書は良く出来ていて、基礎部分の地固めに重点を置きつつ小テストのようなものがあったり、それのほんの少しの応用が出たりと、基礎固めと言う観点では十分だった。
「これで進めてくれ。補給に関してはラップに話してくれればいい」
「了解しました。では明日から訓練を実施します」
とりあえず今日一日は物資の積み込みと最終点検に時間を使って、明日から新兵達の訓練を本格的に行う。
二週間に渡る訓練航海で、新兵を振り分けたメルカッツ提督とビューフォート准将の二個分艦隊が出る。
合計七〇〇〇隻が丸々居なくなり、更に哨戒艦隊三〇〇〇隻も紹介行動中なので一万隻が一気に居なくなることになる。
本来なら交代でやればいいが、以下の理由から実施することになった。
・つい先日の戦いで大損害を被り、大将と中将を捕虜に取られた帝国軍が即座に軍事行動をイゼルローンに対して行うとは考え難い事
・早急な新兵育成をしなければならない事
・要塞より三日以内の宙域に絞って訓練を行うように制限を掛けた事
以上三点から実施に至った。
要塞には一万隻がいるから、まぁ何かあっても初動の対応は出来ると判断した。
あとは要塞の修理補修の手伝いである。
「工廠から人手が足りないので貸して欲しいと要請が来ております」
「手の空いている人員とパワーが有り余っている陸戦隊を動員して構わない。必要なら艦艇乗組員も手伝いに回して構わんよ」
「分かりました。人選は一任しても?」
「うん。オフレッサーとラインハルトに話は通しておくから」
「はっ。では工廠部にそのように伝えます」
要塞の修理補修は中々大変だ。
まず資材や機材が不足している。倉庫の中を空っぽにしても足りていない。ただしこれは後方からガンガン送って貰っているからなんとかなる。
次に人手が全く足りない。
と言うのも単純に損傷箇所が多過ぎて手が回らない。要塞工廠部、要塞整備部の人員だけで無く、艦艇整備部や艦艇工廠部の人員まで総動員しても尚足りていない。
なので戦いが終わって暇している陸戦隊を丸々動員することで、一万八〇〇〇人規模の人手を投入することにした。
先の戦いで陸戦隊の損害は死人無し、重軽傷者が一二四九人となっていたが、既に全員が回復、復帰可能な者は復帰済み。
艦艇乗組員も訓練が無ければ待機になるので暇っちゃ暇である。
「あ、それと使えるか分からないが工作艦も必要なら修理に回して構わない。良い訓練にもなるだろ」
「分かりました」
こうして要塞の修理補修が進められたのである。
後日、要塞修理が完了した時に自分達が艦艇乗組員なのか工兵なのか分からないぐらい働いたと方々から話があったのは余談だ。
繁忙期ってやつはクソ