逃げるは敵へ   作:ジャーマンポテトin納豆

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第25話

 

 

先日のイゼルローン要塞防衛戦で失った兵力の補充も終わり、要塞の修理や訓練も一息吐いた頃。

新兵達がようやく実戦に出しても大丈夫だろうと言うぐらいにはなり、機雷敷設や先の戦いで回廊内に散乱した残骸やらを訓練がてら掃除しつつ哨戒がここ最近の我々だった。

 

ただ、いつまでも呑気にやっていられる訳でもなく、最近帝国の動きが再び起こり始めていた。

 

「今月に入ってから哨戒隊規模での遭遇戦が既に七回。多いと見るべきか、少ないと見るべきか……」

 

悩むところだ。

敵は先の戦いで三万隻近い艦艇を損失し、二〇〇万人もの兵を失っている。その翌年にまた同規模の作戦をやるとは中々考え難い。

出来るかどうか、やるかどうかは別としても、消去法で考えるなら同盟軍の帝国領侵攻を早期察知、防衛の為の布石が可能性としては高いか。

捕虜への尋問では、どうやら先の戦いで投入された二個艦隊はイゼルローン方面軍に所属する六個艦隊から抽出されたものらしい。

少なくとも同規模の艦隊があると仮定しても、恐らく六万〜八万隻程度の兵力が存在すると考えて良い。

実際、捕虜や鹵獲艦からのデータ解析でそれぐらいだろうという見積もりが出ている。

問題は彼らが次にどのようなアクションを起こすか、だ。

順当に考えれば、暫くイゼルローンに対する作戦は控えるものだとは思うが、向こうにはまだ最低六万隻の艦隊戦力がある。

少なからず一個艦隊ぐらいの増援が送り込まれている筈だから七万隻を下回ると想定するのは馬鹿のやる事だな。

こっちは第五艦隊を加味しても三万五〇〇〇隻。実際には第五艦隊が到着するまで第十四艦隊だけで凌がなければならない事を考えるとこっちの三倍程度の差がある。

これだけ差があるなら陸戦部隊も前回の一〇倍ぐらい用意してワンチャンを狙ってきてもおかしくはない。

 

仮に防衛体制を確立する為となれば同盟は帝国領に侵攻する気が全く無いのだからそこに金を使ってくれるのはありがたい。

こっちは来る敵だけを相手にする気なんだからな。

 

 

「敵の動きは活発とも低調とも言い難いです。強いて言えば、通常より高めの哨戒網と頻度、と言ったところでしょうか」

 

「敵に再度イゼルローンに攻撃を仕掛けてくる兆候は?」

 

「今のところ我々では感知しておりません。情報部からも特には」

 

「前回、あれだけの損害を喰らったのですから早々の出兵は無いかと思われます」

 

「帝国領内でスパイ狩りが実施された形跡も無い、だったな?」

 

「はい」

 

「ふぅむ……」

 

楽観は出来ないが、かと言って兆候も無い。

多分、帝国軍は防衛体制と哨戒網を可能な限り早く構築してきた、と言ったあたりか。

内戦のゴタゴタで帝国内の状況は宜しくなく、その矛先を逸らす為に実施されたイゼルローン要塞攻略は大将、中将から一兵卒まで二〇〇万人が捕虜、艦艇も大量に鹵獲される大損害。

しかも帝国国庫に納められる筈だった門閥貴族の資産は回収出来ず。

流石にこれだけ揃ったら幾ら帝国とは言え、立て続けに対イゼルローン作戦はやれないという事だろうな。

 

「現段階で気を張る必要は無さそうと考えて良いか」

 

「それで良いかと。哨戒艦隊の方も特に強力な敵艦隊を感知したと言う報告を上げてきているでもありませんから警戒だけはしておく、に留めましょう」

 

「だな」

 

先の大敗を受けて帝国軍も、帝国政府も動くに動けない筈。

一番警戒すべきは前線指揮官がこっちの哨戒艦隊や哨戒部隊狩りに大規模に乗り出す事だ。

三〇隻程度とは言えども、一〇個の哨戒部隊がやられれば三〇〇〜三五〇隻は失われる。

二万隻の艦隊戦力しか有さない我々にとって三〇〇隻と言えども、すぐさまの増援が望めない中では痛手となる。それは可能な限り避けたいところだ。

 

 

ハイネセンの方では以前に引き続き大規模なガサ入れがあり、地球教や関連団体が盛大に吹き飛んだ。

まぁ、サイオキシン麻薬を流通させたりあちこちで色々やっていたようだから当然っちゃ当然か。

因みに何故か知らないが、こっちでの情報が帝国にも渡ったらしく帝国の方でも地球教に対してのエゲツナイ手入れというか、エゲツナイ弾圧が行われたらしい。哀れな亡霊達だな、と思うしか無い。

 

 

 

 

「哨戒艦隊より急報!」

 

「何があった?」

 

「敵艦隊四〇〇〇隻と遭遇戦に陥ったとの事です!」

 

「出張って来たか」

 

さて、これをどう見るか。

数としては哨戒艦隊より一〇〇〇隻多く、見方によっては哨戒艦隊に勝てるかどうかは分からないが、少なくとも『逃がさない』が出来る程度の戦力差だ。

 

「宙域図を出してくれるか」

 

「はっ」

 

頼んで宙域図をスクリーンに映す。

腕を組んでそれを睨む。

 

「……罠、ですね」

 

「十中八九な」

 

たまたまチュン参謀長が出払っており、代わりにラインハルトが分艦隊の書類を持って来ていたからそのまま一緒にスクリーンを睨む。

メルカッツ提督、ビューフォート提督も分艦隊の方で指揮を執っているから不在。

ラップは補給関係で出向いているからいないし、副官二人も俺に仕事を頼まれて出払っている。

多分、十分ほどで全員が集合すると思う。

 

少しすると司令部要員全員が揃った。

 

「遭遇戦を装ってはいるが、まずもって罠と見て間違いない」

 

「理由は?」

 

「位置が問題だ」

 

宙域図を出し、見せると全員の表情が険しくなる。

 

「こんなところに哨戒艦隊を助ける為にノコノコ出て行ったら、最悪近辺に駐留する敵の、最低でも四個艦隊から袋叩きにされますね」

 

哨戒艦隊が敵と戦っている場所は、敵の正規艦隊四つがそれぞれ配置されている惑星からだいたい同じぐらいの距離位置にあり、尚且つ小惑星帯が幾らか広がっている箇所になる。

大規模な艦隊の展開はできるが、だからと言って他の場所みたいに用兵に於ける自由度は無いと言った場所だ。

だからこそ四方八方を敵に囲まれたら余計に逃げ出し難いし、そのまま擦り潰される可能性が高い。

 

「だが助けに行かないと言う訳にも行かない」

 

「では?」

 

「一気に哨戒艦隊を収容したらそのままさっさと逃げる。長居は無用、って奴だな」

 

「分かりました。では艦隊に準備をさせます」

 

「ラップ、敵が罠を張っていると仮定し、敵艦隊が出現する可能性がある方向とタイミング、俺達が逃げるルートを計算しておいてくれ。上手くやれば敵の哨戒艦隊を抜けるだけで済むが、最悪、敵の正規艦隊と連戦をやらなければならなくなる」

 

「はっ」

 

今、哨戒艦隊がいる位置から、分艦隊以上の艦隊が航行可能なイゼルローン要塞に辿り着くルートは主に三つ。

他にも一〇〇隻ぐらいなら通れるルートもあるがこれは使えない。なんせ哨戒艦隊を合わせて二万隻だからな。大渋滞なんてもんじゃない。

 

距離はどれも大差無く、変則的に哨戒ルートを変えているから、敵は今の場所にのみ罠を張って待ち構えていたという事だ。それも状況を見るにかなり用意周到に。

近場に正規艦隊を隠しておいて助けに来た本隊を諸共、と言う算段か。

これは中々厳しい戦いになるかもな。

 

これで一〇〇隻、二〇〇隻ならば救援に動く事も無かっただろうが三〇〇〇隻を見捨てるのは不味い。まぁ敵はこれも見越しての事なのだろうがな。

 

「第五艦隊に応援を要請しますか?」

 

「……いや、いい。下手をしたら泥縄に戦線が拡大してしまう可能性がある。俺達だけで上手く事を納める必要がある」

 

「分かりました」

 

仮に第五艦隊の救援が間に合ったとして、第十四艦隊と第五艦隊だけでどうこう出来る状況では無くなっているだろう。

そうなったら近場の辺境部隊を掻き集め、場合によってはハイネセンの第十三艦隊辺りも応援に駆け付けざるを得なくなる筈。

ヤン達がその判断を下すかはともかくとして、下手をすればフェザーン方面の第十二艦隊以外を全て送り込むとかあり得なくは無い。

それは避けるべき展開だから、可能なら我々だけで対処しないとならない。

 

「チュン参謀長、ラインハルト」

 

「なんでしょう?」

 

「仮定の話だが……、これがフェザーン回廊を通って同盟に侵攻する為の布石の一つだと思うか?」

 

そう二人に聞くと何を言うんだ?と少し表情に出した後に顔を見合わせ、考える。

 

「……いえ、流石にそれは有り得ないと思います」

 

「理由は?」

 

「同盟軍がもっと酷い状況であったら、帝国にもっと兵力、財政的余裕があったら今の話の信憑性は高くなりますが、なんだかんだ言いながら我々同盟軍は以前ほどでは無いにしても立て直しが出来ています」

 

「帝国は先の内戦での損害補充もまだ出来ていないと言いますし、更に財政状況もあります。それを考えたらそんな余力は無いと思います」

 

「それに、もしフェザーンを通って同盟領に流れ込む事を画策するぐらいなら、我々を釣り出した上でイゼルローンに再び攻勢を仕掛ける方が面倒が少ないのでは?」

 

ラップとチュン参謀長が続けて話す。

自分で言っておいて、結構ぶっ飛んだ話ではあった。とは言え邪魔者になる門閥貴族を片付けた帝国ならあり得ないとは言えない訳で。

 

「流石に考え過ぎたか……」

 

今話した事以外に、帝国軍の目的が何かはざっくり三つ挙げられる。

一つが第十四艦隊の包囲殲滅。

二つが第十四艦隊を釣り出した上でイゼルローン要塞攻略を行う事。

三つがフェザーン経由での同盟領侵攻の陽動。

 

正直なところ、話していて思うが一つ目の理由以外は可能性はなくはないがあまり考えなくていい。

仮に上二つを同時に進める場合、イゼルローン回廊付近に展開する以外に数個艦隊を用意しなければならず、こちらの諜報網に引っ掛かる。

大艦隊を動かすなら、必ず物資や人の動きで分かるものだ。

情報部からそう言った話が上がってきていないという事は、完璧に近い防諜を敷いているか、画策していないか、こっちの情報部が無能だった、の三択になる。

 

ただ、上二つを同時に進めるとなると、二兎を追う事になるから作戦成功率は下がる。

イゼルローン要塞の留守と防御はオフレッサーと指揮下の陸戦隊に任せているから、仮に包囲したとしても先の戦いを見れば分かる通りオフレッサーと陸戦隊が守るイゼルローン要塞への上陸、制圧は容易には行かない。

 

フェザーン経由での同盟領侵攻も、政治的、財政的な観点から今野帝国にやる余力は無い。

もしあるならわざわざ第十四艦隊を釣り出して、なんてやる必要がないからだ。だったら全兵力を上げてフェザーンに殺到し、同盟領に流れ込む方が間違いがない。

 

 

「万が一、そのような状況になっても向こうにはボロディン提督とガイエスブルク要塞があります。大兵力で押し寄せて来ても救援、増援が到着するまで持ち堪えるぐらいは出来るかと」

 

「そうだな。俺達は目の前の問題に注力するとしよう」

 

宙域図と睨み合いながら、頭の中で上手く逃げる算段を付ける。

まぁ、端から勝算がなかったら哨戒艦隊救援に出向いてなどいない訳だからな。

 

「ミューゼル准将。今回の戦いの鍵は多分、貴官と分艦隊になると思う」

 

「メルカッツ提督やビューフォート提督ではなく?」

 

「あの二人は帝国側も既に情報として知っているだろう。だが貴官は准将に昇進したばかりで向こうに渡った情報も少ないかもしれない。しかも十四艦隊は書類上は二個分艦隊体制。だけど実際は貴官を入れた三個分艦隊体制だ」

 

「敵は流石にそこまで知らないから、その隙が勝利の糸口になると言う事ですか」

 

「そうだ。だから頼むぞ」

 

「お任せ下さい。ご期待に添える働きをして見せましょう」

 

ラインハルトも二十代で准将だから、まぁ話が向こうに行っているかもしれないが少なくとも大将の俺や同盟、帝国双方で昔から有名だったメルカッツ提督、新しく指揮下に入ったビューフォート提督に比べれば知名度はまだ低い、かもしれない。

それが上手く機能すれば多分、敵に対して強力な一撃を叩き込んでさっさと逃げられるかもしれない。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「索敵システムに、味方艦隊及び帝国軍艦隊を捉えました!」

 

「敵の数は?」

 

「……一万隻以上と見積もられます!」

 

「一万隻以上ね……」

 

「三〇〇〇対一万で、未だに決着が付いていないという事はいよいよ罠ですな」

 

「だな。艦隊、全艦第一種戦闘配置!」

 

チュン参謀長が渋い顔で言うのを頷きながら戦闘準備を整える。

ラップの計算によれば、近場で正規艦隊がこちらに探知されず、尚且つすぐに駆け付けるには一番近い場所からだと三時間は必要との事だ。

と言う事は俺達は逃げる時間も考慮するとどれだけ長くても二時間で目の前の敵をなんとかしないとならない訳だ。

 

「各艦、データリンク良し」

 

「陣形、配置、完了」

 

「敵通信妨害によりイゼルローンとの直通回線、開けません」

 

次々に上がってくる報告に、背中を深々と預けながら指揮官席に座って頷く。

今回、右翼にビューフォート准将の第二分艦隊、左翼にメルカッツ提督の第一分艦隊、そして本隊の後方にラインハルトの第三分艦隊を配置している。

四〇〇〇隻、八〇〇〇隻、三〇〇〇隻、二〇〇〇隻に分ける。哨戒艦隊は俺のところにそのまま吸収し、再編させる。

ラインハルトのところに哨戒艦隊を入れようと思ったが、色々動いてもらうからやめておいた。

 

「哨戒艦隊はどれぐらい残っているか?」

 

「二〇〇〇隻が戦闘可能状態、六〇〇隻が戦闘不能、四〇〇隻が撃沈されたようです」

 

「敵さん、やはり手を抜いているな」

 

「やはり我々本隊を叩くのが目的でしょうね」

 

「向こうにも頭の良く回る奴が、それもかなり頭の回る奴がいるって事だ」

 

別に知っているだけで充分、実際に戦いたいとは全く思わなかったんだけど、こうなったら仕方がない。

 

「敵艦隊、射程に入りました!」

 

「撃て」

 

軽く上げた右腕を下ろし、それを皮切りに砲戦が始まる。

 

「哨戒艦隊に電文。哨戒艦隊は一端後方に下がり艦隊を再編。終了次第、中央にて指揮下に入れ。損傷艦の乗組員は健在な艦に移乗。損傷艦は自動航行、任意のタイミングで射撃が出来るように設定しておくように」

 

「了解」

 

艦は基本的には人が操作して撃ったり航行したりする訳だが、自動航行モードや自立戦闘も出来る。

これを作戦の一部にする。ただまぁ、一回こっきりしか使えないが逃げる事が目的である今ならば十分に有用だ。

 

「敵の動きはどうだ?」

 

「とても哨戒艦隊を含めた艦隊の動きとは思えませんね。恐らく正規艦隊から派遣された分艦隊が哨戒艦隊を装っていたのでしょう」

 

「動きに無駄が無い。よく訓練されているな」

 

相手の数は一万二〇〇〇隻、こっちは一万九〇〇〇隻。

普通に撃ち合えば問題無く勝てる上に、七〇〇〇隻も差があれば打てる手段が二つか三つぐらい増える数差だ。

だが今回はそんな悠長な事はしていられない。もしこっちの想定通りならあと二時間強で新手が来る。

 

「そう簡単に逃がしてくれる敵じゃ無さそうだな」

 

「えぇ、帝国にもまだまだ有能な指揮官がいるようですな」

 

「不本意だがな」

 

指揮官席から立って、腕を組みながらスクリーンを睨む。

敵はどうやら数的不利があるのと、時間稼ぎが目的らしい、積極的な動きを全く見せない。

 

「我々が先に動かないとならないって事か。俺は受け身の方が得意なんだがな」

 

「仕方ありませんな。では、手筈通りに行きますか?」

 

「だな。最初は様子見だ」

 

ビューフォート准将に命じて突っ込んでやるぞ、と言う雰囲気を出すと素早く対応する。あの動きだけで敵艦隊が並の相手では無いと言うことがよく分かる。

だからこそ、動きに違いがあればすぐに分かる。

 

「良い動きだ。メルカッツ中将とミューゼル准将、ビューフォート准将を呼び出してくれ」

 

「はっ」

 

敬礼している三人が映る。

 

「事前の手筈通りに頼む。敵は一筋縄ではいかない相手だ。だが糸口は見つかった」

 

『承知しております』

 

『お任せ下さい』

 

『では』

 

「頼む」

 

すぐに俺のところが敵を誘うように動く。

焦って行動し隊列や陣形が乱れたように見せ掛けた。

 

「敵の指揮官は優秀だな。誘いに乗ってこない」

 

「えぇ。ですが彼らは違う」

 

先程、良い動きだ、と言ったがその中に動きが悪いと言うか、こちらの動きを見て多分突っ込みたかったのだろうという感じの、一〇〇〇隻ほどの部隊が居た。

だから全体よりも動きが少し遅れていた。だからこそそれが突破口になる。

敵艦隊の指揮官と何があるのかは知らないが、利用しない手はない。

一万二〇〇〇隻の中の一〇〇〇隻というのは大きな数字だ。間違えば艦隊全体が崩れるぐらいには大きい。

 

誘うとその一〇〇〇隻が突出した。

チェスで言えば一マス前に出ているぐらいの距離。チェスなら移動出来る箇所が限られているが故に、一マス前に出たぐらいならなんて事はないが、実際の戦場に於いて周りと違う動きをしてしまい、しかも突出してしまったというのは致命的になる。

ましてや数的不利を背負う側となれば尚更。

 

「目標、突出した敵艦隊。撃て」

 

本隊八〇〇〇隻が一〇〇〇隻に向かって斉射を放つ。

その効果は凄まじかった。単純計算で敵艦一隻当たりに味方八隻が砲撃する訳だから仮に駆逐艦八隻が戦艦を一斉に撃てば標的になった戦艦はタダでは済まない。

良くて損傷、航行不能や撃沈だって十分に有り得る。

 

大部分がやられて敵艦隊に動揺が走る。その隙を見逃さない。

穴を広げる為、次々に砲撃が叩き込まれる。

 

「穴が完全に空いたな」

 

「ミューゼル分艦隊、突っ込みます!」

 

ラインハルトが隙を逃さず一気に敵艦隊に突っ込んで陣形を左右に分断した。

あれだけ近い距離なら中性子ミサイルもレーザー水爆も、多少雑な狙いでも当たるし、当たらなくても脅威になる。出し惜しみする余裕は無いから景気良く撃つ。

 

「敵艦隊、混乱が加速、陣形が乱れていきます!!」

 

「突破口、更に開きました!」

 

報告と同時に艦隊を突っ込ませる。

別に敵艦隊に勝つのが目的ではない。逃げる事が目的だ。

 

「艦隊、敵中を突破します!」

 

「無人艦艇を敵艦隊に突っ込ませろ。中まで入ったら自立戦闘開始」

 

脱出速度について来れない艦は六〇〇隻。

左右に三〇〇隻づつを自立戦闘状態でバラ撒くだけでもそれはそれは脅威になる。ましてや艦隊を分断され、突破されている最中にやられたら余計に。

掃討しないと逃げる俺達を追い掛けるどころじゃない。

 

「敵艦隊の陣形はぐちゃぐちゃですな」

 

「ついでに機雷も幾らかバラ撒いといてやろう。嫌がらせだ」

 

最後尾の二〇〇〇隻から四発づつの機雷が敵艦隊に向けて投射される。

投射される機雷は敷設型に比べて小さく威力に劣るが、でっかい敷設艦や輸送艦が居なくても艦艇に搭載可能である事が利点だ。

敷設型が対戦車地雷なら、投射型は対人地雷ってところだな。

事前にプログラミングしておけば動かせるし、多少なら任意に操作も出来る。

八〇〇〇発と少ないが、今の敵の状況からしたら最悪と言っていい。

 

機雷に触れて閃光があちこちで起こる。

更に六〇〇隻の無人艦艇が中性子ミサイルやレーザー水爆、更に主砲副砲舷側砲、全ての武装を滅茶苦茶に撃ちまくりながら敵陣中を駆け抜ける。

索敵システムと連動させることで自立戦闘が可能になるが、今頃搭載コンピュータは悲鳴を上げているかもしれないな。

 

「さっさと逃げるぞ!」

 

混乱している敵を尻目に我々は宙域を後にした。

逃げさえ出来ればいいのだ。あとはついでに多少の置き土産と中性子ミサイルを通過する時に撃ち込んでおくだけ。

戦闘は一時間半で終了した。

 

 

 

 

「さて、他の敵はどうかな?」

 

「一番近い距離の敵艦隊が網を張っているとしたら、恐らくここになります。仮にここで足止めをされた場合、他の敵艦隊が到着するまでに七時間と見積もられます」

 

「さっきの敵が追い掛けて来る可能性は?」

 

「全く無いとは言えませんが、あれだけやったのですからまぁ、無人艦艇の掃討、機雷掃海、更に艦隊再編を考えればどれだけ短時間で終わらせたとしても六時間、追い付くのに四時間。都合一〇時間は猶予があると見て問題ありません」

 

ラップがそう発言する。

色々計算をした上で、だからまぁ間違いないか。多少前後するとして±二時間を見ておくとしてもさっきの艦隊が八時間はある。

 

「さっきよりは随分と猶予があるな」

 

「はい。如何されますか」

 

どうしようか。

まぁこっちの目的は逃げるだけだから、無理して戦う理由がない。

だが待ち構えられたら戦って突破せざるを得なくなる。迂回も考えたがそれも出来なさそうだし。

 

「まぁ、戦うしか無いだろうな。各員三時間二交代で休息を取るように」

 

「はっ」

 

「提督はどうされますか?」

 

「ラップ、色々計算して疲れているだろ。先に休んでいいぞ。チュン参謀長も先に休め。最初は俺が司令部にいる」

 

「はっ。ありがとうございます。お先に失礼します」

 

「では、食事だけ持って来させましょう。そうしたら休みます」

 

「ありがとう」

 

二人は敬礼をして艦橋から出ていく。

少しすると今回の戦闘配食となるハンバーガーが届く。

それを副官二人と頬張りながら再び考える。

 

さっきの戦いで無人艦艇化した六〇〇隻を含めて一〇三七隻を失った。

修理すれば戦線復帰可能な艦も、無人艦艇として消耗した。人員こそ移乗させたから撃沈艦以外は生き残っている。

残りは一万八九三六隻、うち二〇〇〇隻が工作艦、輸送艦だから戦闘艦艇は一万六九三六隻となる。

工作艦は無人艦艇群に入れられなかった多少の損傷艦修理に従事し、輸送艦は消費したレーザー水爆と中性子ミサイルの補充を各艦にする為に大忙し。

会敵予想時間の三〇分前までに各艦に二斉射分の補充と、燃料の補給が完了すると報告している。

 

次の敵に同じ手が通用するとは限らないし、早く帰れるならそっちの方がいい。

 

 

「前方に敵味方不明の艦隊を確認。識別信号を発していません」

 

「まぁ、十中八九敵だろうな」

 

「如何されますか?」

 

ベレー帽を脱いで小さな溜息と、ついでに頭をボリボリと掻く。

休息は取ったから、問題は無いが……。

 

「敵艦隊の数は?」

 

「少々お待ちください……、一万七〇〇〇隻と見積もられます!」

 

「一万七〇〇〇隻か。なんとも手強そうだ」

 

「一気に突破を試みますか?」

 

一応、と言った感じでラップが聞いてくる。

 

「あのしっかりした陣形に対してか?俺は自殺志願者じゃないぞ」

 

「でしょうな」

 

はてさてどうしたもんかな。

あんなしっかり構えた陣形にただ正面からぶつかるのは避けたい。というかあんなのにただただ突っ込んだら鼻っ面を叩かれてボコボコにされてしまう。

 

「左翼にメルカッツ提督、右翼にビューフォート提督、ミューゼル准将は本隊に」

 

今回ばかりは順当な戦い方をしないとならない。

ラインハルトは本隊に配置しているが、実際は予備戦力扱いになる。

 

「敵左翼は三五〇〇、右翼は三五〇〇、中央に一万か。順当な割り当てだな。敵に後方支援艦は?」

 

「敵艦隊の更に後方に二五〇〇隻の艦艇を確認。恐らく後方支援艦隊かと」

 

基本的に工作艦や輸送艦は碌な武装が無い。

最低限の自衛用に主砲が二〜四門、ミサイル発射器が幾つか搭載されていれば良い方だ。実動戦闘戦力としてはどうやっても数えられない。

襲われたら血祭りに上げられるか、降伏して拿捕されるかの二択しか無い。

それを後方に配置するのは理に適っている。変に同じ場所に置いたら戦闘艦と同じ戦闘機動が出来ないから衝突やらの混乱の元になりかねないし。

 

戦力的には全く変わらない。

 

「艦隊、第一種戦闘配置。総員戦闘準備」

 

艦隊が慌ただしく戦闘準備に取り掛かる。ものの五分で準備が完了する。

 

「空戦隊は半数を雷装にして待機。戦艦を前面に出してシールドにエネルギーを最大に回せ。巡航艦、駆逐艦はそのまま」

 

前回は空戦隊を出さなかったが今回はそんな余裕は無い。総力戦になる。

 

「射程距離まで五光秒」

 

「敵艦隊射程に入りました!」

 

「撃て」

 

合図を境に次々と各艦の砲門が開く。

戦艦の砲撃より、巡航艦と駆逐艦による砲火の方が遥かに激しい。

基本的に戦艦が戦艦を無力化するには命中弾三発が必要とされており、撃沈するには五〜六発を要するとされている。

となると少なくとも無力化に三〜四斉射、撃沈に六〜七斉射が必要になる計算だ。

巡航艦が戦艦を無力化するには最低でも六斉射が必要になり、撃沈となれば九斉射になる。

駆逐艦が巡航艦を無力化するには六〜八斉射、撃沈は十二斉射以上必要であり、戦艦ともなれば無力化するだけで十五斉射、撃沈ともなれば三〇斉射は最低でも必要と一般的には言われる。

なので基本は同艦種を充てて戦う事になる。

 

ただしこれはあくまでも『一対一で戦ったら』という話だ。

 

「各分隊ごとに目標を設定、一斉射を行え」

 

「なるほど、一対一では無く分隊毎に一つの目標を集中的に狙うということですか」

 

「そうだ。これならわざわざ時間を掛けて戦う必要はない。俺達はさっさとイゼルローンに戻りたいんだからな」

 

五隻が一隻に狙いを付けて、次々に分隊単位で斉射を行う。

一隻で狙って外すなら、同一目標に五隻で狙って撃てば単純計算で二〇〇〜三〇〇発の砲撃が一度に降り注ぐことになる。

正面を向いているから被弾面積は小さくなるが、敵艦のいる空間丸ごとを切り取って狙えば当たる計算となる。

全長九〇〇mを超えるヒューベリオン級を基準に考えてみる。因みにカレイジャスもヒューベリオン級の同型艦だ。

単純計算で正面積が約二〇〇〇〇㎡という数値が出る。

それをざっと一.三倍の空間に計算すれば約二万六〇〇〇㎡。この空間を狙って撃てば一発当たり約九〇㎡となる。となるとだいたい四〇m×四〇m〜三〇m×三〇mの四角形に一発、と言った具合だ。

この条件で一発も当たらないという方が確率論的に無理がある。

まぁ砲手の腕がヘボだったらどうしようもないけども。

 

 

戦況に変化は中々訪れない。

お互いに最大射程ギリギリで撃ち合っているからエネルギーシールドを破るには至らないのだ。

 

「戦闘開始から三時間が経過しました」

 

「時間制限有りの戦いってのは嫌なもんだな」

 

「全くです」

 

さて、このままダラダラ撃ち合っていても決着が付くまでに何百時間掛かる事やら分からない。

いつもならこうやって焦らしに焦らして敵が動いたらそれを起点にやり返す、が出来るが今回ばかりは俺達から動かないとならない。

 

「各分艦隊にこの作戦データを圧縮暗号通信で送信してくれ」

 

「はっ」

 

今戦っている相手は自分達の目標が味方艦隊が到着するまで戦いを引き延ばしに引き延ばす事だと良く理解している。

俺の考えたのは本隊である俺のところが中央正面に陣取り、左右の分艦隊、さらにラインハルトの指揮下に一〇〇〇隻を追加で加えての網を作るもの。それを更に幾らか薄く広げ、ついでに温存していた空戦隊にも最大限に働いてもらう。

敵艦隊は上下左右、さらに空戦隊によって内側からもチクチクやれることになる。

 

この作戦を実行するには、まず最初に本隊である俺のところが敵艦隊に最大火力を一気に叩きつけて、ラインハルトの分艦隊に突っ込ませるフリをさせる必要がある。

敵はそれを食い止める為に鼻っ面に火力を集中させるか、或いは奥深くに誘い込むだろう。

 

「……乗って来ませんね」

 

「だな。手強い手強い」

 

投網に誘い込む為、敵艦隊の一部を突出させようとするが全く乗って来ない。こうなると中々崩せない。

網は完成しているからそれを上手く機能させる為に一手打たないとならないな。

 

「合図で本隊と第一分艦隊各艦はミサイル四斉射。敵の中央と左翼の間を狙って穴を抉じ開けろ。ミューゼル准将を」

 

「はっ」

 

『お呼びでしょうか』

 

「ミサイルを敵の中央と左翼の間に撃ち込む。一五〇〇隻を追加で指揮下に入れるからその隙に突破。後ろから敵を追い立ててくれ」

 

『了解しました』

 

一五〇〇隻を加え、三五〇〇隻での行動。

しかもラインハルトが率いる三五〇〇隻だ、無視できるなら無視してみろ、だ。

 

因みに俺がやたらとラインハルトに仕事を頼むのは贔屓とかではなく、さっさと昇進してほしいからだ。

ラインハルトが中将にでもなれば今までの経歴や戦歴、経験を考えても艦隊を一つ任せて十分だ。そうなったらイゼルローンを丸投げしてもいいし、統合作戦本部で書類の山に埋もれさせたって良い。

まぁ人事部から若過ぎるって、ちょっと待ったが掛かるかもしれないが、そのすぐ後に昇進しそうだし。必要なのは誰が見ても頷くだけの戦功と、あとは後方勤務経験がもう幾らかあればいい。

今の同盟は情勢というのもあるが、戦功を挙げれば本人の『実際の才覚』はともかくとして上に上がれる状態にある。代表例はムーアやホーランド、フォーク達だな。

まぁラインハルトの才覚が連中とは比べ物にならないぐらい優れているのは疑いないけども。

 

じゃぁ、なんで俺がラインハルトにさっさと昇進して欲しいのかと言うと、俺が楽をしたいからだ。

ラインハルトが中将、あわよくば大将になってくれればこんなに楽な事はない。多分ヤンも同意してくれる筈だ。

 

「空戦隊、出撃準備。ミューゼル分艦隊の動きに合わせて魚雷を叩き込め。接近する必要は無いぞ、射程のちょっと内側から撃てばいい」

 

「空戦隊、出撃準備させます」

 

空戦隊の出撃準備が完了した報告を受けて、すぐに行動に移す。

 

「ミサイル、撃て」

 

数万発の中性子ミサイルが一斉に敵艦隊の中央と左翼の繋ぎ目に殺到する。迎撃されたものか、或いは敵艦に着弾して炸裂したからかは分からないが、凄まじい数の火球が現れる。

四斉射目が撃ち終わった後、反対側のビューフォート准将麾下第二分艦隊から多数のデコイが発射される。

間髪入れずにラインハルトの分艦隊が前に出た。

 

「空戦隊、出撃。敵艦隊に嫌がらせをしてやれ」

 

上手くラインハルトの分艦隊は敵艦隊を分断突破し後方に展開。後方支援部隊に砲火を浴びせた。

更に空戦隊による雷撃が次々に敵艦隊を襲う。数千機の空戦隊が、二発の魚雷を次々、間断なく撃つからその総数は軽く数万発を超える。

 

「敵艦隊、陣形乱れます!」

 

「艦隊、ミサイル三斉射。主砲エネルギー最大。……撃て」

 

敵の攻撃が弱まる一瞬の隙に、最大火力を叩き付ける。

その隙に空戦隊を全機損失無しで収容しておく。

 

「艦隊、紡錘陣形。敵艦隊を突破するぞ」

 

ものの数分で紡錘陣形に組み替えると本隊を中心に、左右を分艦隊が固めて敵艦隊を、ラインハルトが作った穴を利用して突破する。

その際にミサイルや機雷をばら撒くのも忘れない。

 

「ミューゼル分艦隊は直ちに艦隊に合流。イゼルローンにさっさと帰るぞ」

 

「はっ」

 

無事にラインハルトのところは大した損害もなく、敵支援艦隊を叩き潰し、更に後方から敵艦隊を襲撃したことで陣形は完全に乱れ、更に中性子ミサイルの対処と機雷の対応に追われて、こっちどころではない。

 

「敵艦隊の様子は?」

 

「追撃してくる様子はありません」

 

「よし。イゼルローンに一直線だ」

 

 

 

それ以降、敵艦隊に会敵することもなく我々はイゼルローンに帰投した。

この一連の戦いで第十四艦隊は帰投後に廃艦となった艦も含めて二二一七隻を失ったが、人員の損耗は半分以下だった。

 

 

 

何はともあれ、これからの事を考えないとならない。

 

「次からの哨戒は回廊と本当に出入り口付近をウロウロするだけにした方が良いよなぁ……」

 

背凭れに体重を預けながら天井スクリーンを眺めてボソリと呟く。

今回の件で敵が罠を張って一網打尽にしようと画策してくるのが明らかになった。

なら今までの幾らか奥まで行く哨戒ルートを変更して、監視衛星をばら撒いて大部分を任せ、損耗を防いだ方がいい。今回二二一七隻が失われ、約三八〇〇隻が損傷した。これの修理と補充にはざっと一ヶ月は掛かる。

暫く損傷艦も無く、艦艇の定期点検や定期入渠ばかりで暇そうにしていた艦艇工廠部は戦闘後の一斉オーバーホールに艦艇修理をやる事になった。お陰で艦艇工廠部は暫くの間忙しくなり、終わった後に疲れ切った顔とぐるぐるした目で万歳三唱をする事になった。

それでも自分達の仕事は一から一〇まできっちりやって見せたのは余談である。

 

人的損耗は三万名程度に抑えられたがこんなのを続けていたらせっかく財政、人的に立て直しが始まったのにオジャンになってしまう。

その点、無人偵察衛星は金と資材は掛かるが人命は失われないから良い。人命を失わずに済むなら金も資材も、幾らでも使った方が良いに決まっている。

 

今、ようやくハイネセンにしか無かった資材・資金・経済規模で軍を維持可能な、後背地を維持する能力が各地に出来上がりつつある。それに水を差すような事はしたくないし、何より人死にが出るのは極力避けたい。

ならいっその事、偵察監視衛星に任せた方がいい。

幸い、使い辛いとは言え莫大な資金がつい最近入って来た事だし、人命を損耗するぐらいなら、とホワン・ルイ財務委員長も許してくれそうだ。

 

「書類に纏めるかぁ」

 

考えをまとめてから、それら意見書と報告書作成を副官殿達の手も借りながら進めるのであった。

 

 

 






一光秒は約三〇万km。


平日休み最高。
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