翌日、俺はラインハルトを伴って、ヤンはグリーンヒル大尉を伴って統合作戦本部に出頭。
地下にある会議室に通されるとそこにはビュコック提督を始めとした各艦隊司令官が勢揃いしていた。
第三艦隊 ルフェーブル中将
第五艦隊 ビュコック中将
第七艦隊 ホーウッド中将
第八艦隊 アップルトン中将
第九艦隊 アル・サレム中将
第十艦隊 ウランフ中将
第十二艦隊 ボロディン中将
第十三艦隊 ヤン・ウェンリー
第十四艦隊 アルフレート・フォン・ノルトハイム中将
ビュコック提督を始め、ボロディン提督、ウランフ提督、ルフェーブル提督、アップルトン提督、ホーウッド提督、アル・サレム提督という錚々たる面々が揃っている。
全員が同盟軍提督として名高い方々だ。そんな人物達が集められているのだから、今回の作戦が余程只事では無いというのはどんな馬鹿でも分かる。
それに加えて、総動員数は三〇〇〇万をポン、と越える数であり、同盟軍全体の凡そ六割超。正気の沙汰ではないな。
クブルスリー提督率いる第一艦隊はハイネセン防衛の為、作戦には参加せず、第二、第四、第六、第十一の四個艦隊は再編途上にあり実戦投入が出来ない。
と言う事は、同盟軍が動かすことの出来る一〇個艦隊の内、九個艦隊を投入するということだ。
これに加えて後方支援部隊や、補給部隊護衛部隊、辺境などから集められた警備隊で編成された司令部直属の五三〇〇隻からなる艦隊を纏めて一万隻と言ったところ。
総数としてはざっくり一〇個艦隊になるこれだけの戦力と物資を投入して、果たしてどれだけの戦果を挙げれば元が取れると言うんだろう。
一様に緊張しているようで、憮然としているのはビュコック提督ぐらいなもの。
そのビュコック提督も色々と思うところがあるようで腕組みをしながら目を閉じて難しい顔をしている。
どうやら情報によると今回の帝国領侵攻作戦の作戦案は、参謀として司令部に参加しているアンドリュー・フォーク准将が立案し、本来であれば本部長など、軍上層部を通して実現可能かどうかを吟味した上で、国防委員長を通し、そして議会での決済を貰わねばならないところ、それらすべてをすっ飛ばして直接議会に持ち込んだのだと言う。
しかも都合の良い事ばかりを並べて、不都合な部分は一言も無かった説明を行ったというのだから、呆れ果てて何も言えない。
ここ最近の政府は不祥事続きで支持率が低迷している。そこに自分達の支持率を上げることが出来る、自分達の悪い所を外側に向けさせることが出来る、と良い所だけしか書かれていない作戦案を持ち込めば当然それに飛び付くに決まっている。フォーク准将がそこまで考えているのかは別としても十分な効果があったわけだ。
議会に直接持ち込まれ、軍の人間が作戦案を吟味せずに、いきなり実施を決定してしまったものだから余計に軍はざわついている。
本来なら作戦を立案してから、準備、実行となるまでにどれだけ短くても半年。万全の準備を施すならば一年は費やすものだ。にも関わらず選挙が近いからとか理由はあるだろうが、ともかく実施までに二か月ちょっと、多少あれこれ理由を付けて引き延ばしても三か月の準備期間でやらねばならなくなった。
これだけの兵力を投入する大作戦を、たったの三か月の準備期間でやれ、と言うのはどれほど無茶な話か、フォーク准将も議会の馬鹿共も到底分かるまい。
ただ、唯一意外だったのはあのトリューニヒトがこの作戦の実施に反対したと言う事だ。議会の採決で反対票を投じたのはジョアン・レベロ財務委員長とホワン・ルイ人的資源委員長、そしてヨブ・トリューニヒト国防委員長の三人だったという。
「アルフ、君はトリューニヒト国防委員長がこの作戦の実施に反対票を投じたというのは知っているだろう?」
「勿論。だがまぁ、あのトリューニヒトがただで反対票を投じた訳が無い。絶対に裏があるだろうよ。最悪、作戦が実施され、失敗し、議会の大部分が失脚することを見越して、作戦終了後に実権を握る、ぐらいの筋道を立てていても驚かないな」
「うわ、止めてくれよそんな恐ろしい事を言うの」
「有り得ない話じゃない。あのトリューニヒトだぞ?」
「……まぁ、ね」
トリューニヒトの考えていることは分からないし、分かりたくも無いが、ヤンと話したようにならないことを祈るしかない。
「アルフレート提督」
「ビュコック提督、お久しぶりです」
「お前さんと、ヤン提督も元気そうで何より。それにしても……」
「えぇ、お気持ちお察しします」
「全く、フォーク准将には困ったもんだな。組織としての体裁を一切無視してこんな作戦を議会に持ち込みおって。その尻拭いをするのが誰なのか分かっておるのか疑問だ」
「奴の頭の中には手柄を挙げて上に行くことしか無いんでしょう。その際に足元にどれだけの骸が転がっても」
「ふん、胸糞悪い」
顔見知りのビュコック提督は相変わらずだ。
と言っても最高評議会で決定された事柄だから、覆すのは到底無理がある。覆すには多分、最高評議会の連中の不祥事を死ぬほどバラ撒いて退陣させたうえで、そんな連中が決定した作戦なんぞやるべきでないと各艦隊司令官やシトレ校長達で揃って言ってゴミ箱にポイ、するぐらいしかやりようが無いだろう。
調べれば幾らでも不祥事は出て来るだろうが、流石に時間が足りないだろう。少なくともこの作戦を覆すことが出来る程度のものであったり、数を集めるのはどうやったって無理だ。
シトレ校長が主席副官であるマリネスク少将を伴って会議室に入室。ただでさえ準備期間が少ないから決めるべきことは可能な限り速やかに決めねばならない。
「今回の帝国領侵攻作戦は最高評議会によって、何故か私が既知となるよりも先に決定されている。と言う事は我々には覆しようのない事で実施する他無い」
「と言いながらもその具体的な行動計画、作戦計画、戦略目標、戦術目標は何ら一つも決定されていない。本会議の目的はそれらを決定することにある。活発な議論と討論を諸将が行ってくれることを期待する」
上座に座るシトレ校長も随分と不本意であろう表情をしている。声にも、何時もの張りや快活さがかけらも感じられない。
まぁそもそもこの作戦に対して反対しているんだ、この会議に出席すること自体が不本意極まりないんだろう。
キャゼルヌ先輩が遠征軍の編制を順に発表していく。
「遠征軍総司令官は宇宙艦隊司令長官ラザール・ロボス元帥が務められます。総参謀長はドワイト・グリーンヒル大将。作戦参謀にコーネフ中将以下三名。情報参謀にビロライネン少将以下二名。そして後方参謀を勤めますは私、アレックス・キャゼルヌ少将以下一名となります」
「次に実働部隊として九個宇宙艦隊が投入されます。第三艦隊ルフェーブル中将、第五艦隊ビュコック中将、第七艦隊ホーウッド中将、第八艦隊アップルトン中将、第九艦隊アル・サレム中将、第十艦隊ウランフ中将、第十二艦隊ボロディン中将、第十三艦隊ヤン・ウェンリー、第十四艦隊アルフレート・フォン・ノルトハイム中将。そのほか補給艦隊、独立部隊を合わせて三一一七万八八〇〇名」
全軍の六割を超える投入兵力数を聞いて、全員がざわつく。
その声に含まれている感情は、感嘆か、それとも困惑か、いずれにしても両者が入り混じっているのは間違い無かった。
会議が始まって一番に発言を始めたのは、この作戦案を最高評議会に直接持ち込みやがったアンドリュー・フォーク准将。
「本部長閣下、作戦参謀フォーク准将であります」
「今回の遠征は我が同盟開闢以来の壮挙であると信じます。それに幕僚の一人として参加させて頂けることは正に武人の名誉。これに過ぎたることはありません」
あぁ、聞く気が失せてきた。
なんか色々と喋って、多分自分の作戦を自分できゃっきゃと褒め称えているのだろう。
「あれだけ自分の作戦を何の疑いも無く褒められるものなのか?神経がどうなっているのか知りたいもんだ」
「自分大好きなんじゃないかい」
「ナルシストって奴か。手に負えないな」
ヤンと話すと、俺とヤンを睨んでくる。
席が目の前だから聞こえたんだろう。わざと聞こえるように話しているだけなんだけども。
作戦に参加する諸将や各艦隊はフォーク准将が立案し、勝手に最高評議会に持ち込んで決定されたと言う事を知っている。
と言うのもこれらの情報をビュコック提督に教えたらそれを各艦隊司令官にビュコック提督が教え、その噂が勝手に広まっていったのである。だから俺とヤンの会話を聞いた諸将からは、独演会を開きたいフォーク准将に対して鼻で笑う声や、失笑で迎えられた。
(なんであいつの目元はそんなにピクついているんだ?ストレス耐性が低過ぎやしないか)
顔を真っ赤にしているフォークを見て勝手に思う。
流石のフォークもそんな対応をされたところで、諸将に怒鳴り散らすような胆力も無いので標的を俺にして来た。
「ノルトハイム中将、ヤン中将、発言をされるならば許可を求めるのが筋だと思われますが」
「許可?誰にだね。まさかフォーク准将とでも言う訳じゃないだろうな」
「いえ、本部長閣下に……」
「馬鹿言うな。そのシトレ本部長閣下が活発な議論を求めると仰られたんだ。わざわざ発言の許可を取らなくてもいい、と言外に言われたのをお前は分からないのか?」
「それでも許可を求めるのが……」
「お前がそれを言うか」
「は?今何と?」
「最高評議会に、軍部の許可も何も無しに直接独断で持ち込んだお前がそれを言うのか、と聞いているんだ。少なくとも小官はその行動を余りにも軽率で身勝手、軍と言う組織を無視した行動だと考えているが准将はどう思われているのか、是非お聞かせ願いたい」
「ノルトハイム中将、今はその責任を問う場では無い」
「はっ、失礼しました」
「うむ。では会議を続けよう」
これで醜態を晒して、作戦参謀から外されてくれればと思っていたが、ロボス元帥が助け船を出したことで一旦場を収めることとした。
「我々は軍人である以上、命令とあらば何処へでも赴きましょう。ましてや暴虐なるゴールデンバウム王朝の本拠地を突くための攻勢作戦ともなれば。しかしながら勇敢と無謀はまるで違う。しかもこの作戦に与えられた準備期間は僅か二か月と幾らか。どう考えてもこの作戦は余程のことが無ければ無謀と捉えるしかないものだ。これでは将兵の命を預かる身としては疑問に思わざるを得ない。にも関わらずそれほどまでにこの遠征を急いだ理由と、戦略、戦術上の目的を明確にしていただきたい」
「その通りだ。帝国領内に対してどれほどの侵入を行うのか、そもそも敵とどの程度戦を交えるのか、帝国領の一部を解放したとして、それを一時的に占領解放するのか、それとも艦隊と地上部隊を置いて恒久的に占領するのか。それ以上にオーディンにまで攻め入って皇帝に降伏文書を突き付けて、降伏させるまで帰ってこないのか。迂遠ながらお聞きしたい」
ウランフ中将とボロディン中将の指摘はもっともだ。
とは言ってもその程度の事すら説明できない程度の作戦であると言う事はここにいるロボス、フォーク以外の人間には分かっている。
「作戦参謀、説明を」
「はっ。大軍を以て帝国領土の奥深くまで侵攻する。それだけで帝国軍人の心胆を寒からしめることが出来ましょう」
なんだそれは。
全く説明になっていないのが奴には分からないのか?
「では戦わずして退けばよい。そう解釈してもよろしいか?」
「それは高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処することを求めます」
フォークの言葉に全員が眉を顰め、眉間に皴を寄せる。
なんせ求めた説明が少しもされていないのだ、俺だって、隣のヤンだっておんなじ表情だ。
「具体的な説明を再度求める。今の説明では余りにも抽象的過ぎて何も分からん」
「要するに行き当たりばったりでことを進めると言う事では無いのかな」
ビュコック提督の皮肉の利いた強烈なパンチに思わず吹き出しそうになった。隣のヤンは笑っている。俺は我慢したとも。
同じように他の提督も忍び笑いだ。なんだ、笑うのを我慢したのは俺だけか。だったら盛大に手を叩いて爆笑すればよかったな。我慢して損した。
それに対して噛みつくような度胸も無いのか、それともそうするにはいかないのか。
フォークはぴピクピクさせながら無視をした。
「本作戦は同盟史上空前の規模である。これだけのものは帝国でも無い。壮挙する、それ自体が帝国人民への希望となり、専制政治への打撃と強い圧力となることは明らかだ」
「私に代わってのご説明、ありがとうございます。総司令官閣下」
またロボスが助け船を出した。
というかロボスの説明も、ウランフ中将とボロディン中将が要求した説明に、なんら掠ってすらいない。
総司令官がこれでは、遠征軍の前途は間違いなく暗いものだな。
「キャゼルヌ少将に質問をしても?」
「うむ」
「なんでしょうか」
「まず第一に今作戦の補給はどのように維持されるのか。第二に動員される三〇〇〇万の将兵、そして帝国人三〇〇〇万に対する食糧供給が可能であるかどうかをお聞かせ願いたい」
手を挙げてキャゼルヌ先輩に質問をする。
「結論から先に申し上げて、不可能です」
「何故でしょう?最初から不可能と論じるには証拠があるのでしょう」
馬鹿な頭しか持たないフォークは黙ってろ。
「お配りした資料の122ページをご覧になられてください。補給に関しては遠征軍と共に出立する第一便、そして第二便まではなんとか確保しました。ですが第三便以降は未定です」
「それは何故でしょうか」
「まず一つ目の理由として、輸送艦が足りません。各方面への物資輸送を担う軍の大小さまざまな輸送艦を可能な限り、根こそぎと言ってもいい程に総動員しておりますが、そもそもの数が足りていないのです。戦地へ送るのに民間商船を動員する訳にも行きません。もし大打撃を被れば、同盟領内の物流が死んでしまいますから」
「二つ目の理由はそもそも載せる物資がありません。各地から搔き集め、更には食料生産工場を総動員して二十四時間体制で稼働させておりますが、それでも必要量が揃うのに最低でも三か月。は見ていただきたい。更に遠征軍と共に出立し帰還した第一便の輸送艦に積み込んで、再び帝国領内の味方艦隊へ到着するまでの三か月。第三便の補給が成されるまでにはどうやっても半年は掛かります」
「同盟軍三〇〇〇万人への補給ですらかなり無理をしています。そこに帝国人民三〇〇〇万が加われば補給はすぐに破綻します」
「となると、帝国人民に対する物資提供は我々の首を絞め、第四便以降の補給は一年以上先と言う認識で宜しいか」
「その認識で構いません」
その答えに重苦しい雰囲気になる。
食料調達が出来ない。
これは軍隊に限らず人間である限り、絶対に避けては通れないものだ。食わねば死ぬし、飲まねば死ぬ。
帝国領内から食糧を買い漁って、とも考えたがそれに気が付かないほど帝国も馬鹿では無い。必ず気が付かれて終わり。輸入出来る量は高が知れる。
仮にやったとしてもフェザーン経由で半年以上は余裕で掛かる。食い繋げるようなものではない。
「ですが、何故そのような質問を?」
「?おかしいですな、私はこの会議の前に司令部の方々に対してヤン提督と連名で意見書を提出している筈」
「意見書?」
「はい。帝国軍が採ると予想される戦術に関して、この戦術を採ってきた場合どのように対応するのか、という回答を会議で行って頂きたいというものです」
「何故それがキャゼルヌ少将に共有されておられないのか理由をお聞かせいただけますか」
ヤンと俺の質問に対して司令部の連中は誰一人として答えない。
「なるほど、都合が悪い意見だったから握り潰した、そう言う事ですか」
「なっ、侮辱するおつもりか!?」
「では説明をお願いします」
ほら見ろ、何も言えないじゃないか。
ラインハルトに頼んで、提出した意見書を全員分コピーして用意してもらう。
「では皆さんと認識を共有させて頂くために説明させて頂きます」
「まず第一に帝国軍がイゼルローン要塞入口を封鎖し、包囲殲滅を狙う動き。これは帝国領内に我々をそれ以上侵入させず、尚且つ我々の位置予測が容易である作戦です」
「第二に、敵が何処か手頃な宙域で決戦を仕掛けて来るもの」
「第三に占領地を広げながら分散進撃せざるを得ない我々を各個撃破してくるもの。帝国軍は少なくとも我々と同数の九個艦隊、或いはそれ以上の艦隊を迎撃に投入して来るものと予想されます。司令官は恐らくミュッケンベルガー元帥辺りと思われます」
「第四に、空っぽになった同盟領に対して、フェザーン回廊、或いは辺境航路を利用して大艦隊で侵入、逆撃を仕掛けて来るというもの。大艦隊では無いにしても、この作戦実施中、予定では第一艦隊と、碌に兵力も揃っていない名前ばかりの第二、第四、第六艦隊しかおりません。二個艦隊でも侵入されれば為す術が無いでしょう」
「第五に、敵が焦土作戦を展開してきた場合。これに関して我々は解放軍、護民を掲げている以上、食糧や水を求められれば提供しない訳にも行きません。この戦術を採られれば間違いなく補給線を徹底的に叩いてくるでしょう。その際にどの程度まで物資を供給し、その分の物資はどのように補給なさるのか。それとも徴発をするのか」
「これら全ての、帝国軍が採って来うる戦術に対する対応策を全てご説明頂きたい」
会議室に、その問いに対する返答の声が響くことは無かった。
「何をそう恐れられているのか、小官には甚だ理解出来ません」
「はぁ?」
代わりにフォークが意味の分からないことを言い始めた。
「敵はイゼルローン要塞を落とされ混乱しているでしょう。そんな中でイゼルローン回廊付近で迎撃するという積極的行動は採れない筈です」
「脳みその代わりに何が詰まっていればそんな返答が出来るんだ……?」
「第二案に関しましても、心配することはありますまい。第三案もしてこないでしょう」
「第三案はアスターテ会戦でやられて三個艦隊壊滅という結果に終わったことをフォーク准将は覚えておられないと。確か聞いた話によればその作戦を立案されたのはフォーク准将、貴官だと聞いているが」
「それは私の責任ではありません。忠実に実行されていれば大勝に間違いありませんでした」
その言葉に各艦隊司令官の顔が怒りに染まる。
が、それを目線で伝えて一旦抑えて貰う。
「では、隙を突いて同盟領内に帝国軍が侵入した場合は?」
「第一艦隊と、辺境警備部隊を集めれば事足りえると思われますが」
「焦土作戦を採ってきたらどうすると言うのだね?その際の補給は?」
「その戦術は民心を失うだけの戦術です。やられたとて恐るることはありません。寧ろ帝国人民が歓呼の声で我らを出迎えるでしょう!」
「はぁ……。どうしてそれで准将にまでなれたのか不思議だよ。余程運が良かったらしい。全く帝国軍が貴官を殺してくれていれば良かったんだがね」
「小官を侮辱なさるおつもりですか……?」
「馬鹿にはしているよ。それと後学の為に教えておいてやる。仮に帝国領内に二〇〇光年侵入したとし、その中には十二個のほどの有人惑星が存在する。それら全てを合わせた人口は二〇〇〇万人は下らない。六〇〇光年も侵入してみろ。その人口は六五〇〇万に達することになるんだ」
「これら数千万の人間が一切食糧を持っていなかったらどうする?先ほども言ったが、我々の立場上、飢えと渇きに苦しむ民間人に助けを乞われれば、助けない訳にもいかないでしょう」
「ではノルトハイム中将は帝国軍が焦土戦術を採って来るとでも言うつもりかね」
「その通りです。腹を空かせた戦で勝った例など数える程度でしょう」
ロボス元帥が馬鹿なことをいうな、とでも言わんばかりに聞いてくるが、一番確実にこちらを追い詰められる戦術が焦土戦術だ。
「良いですか?帝国人民にとって自由なる権利だとか、そんなものは豚の餌にすらならない要らないものなんです。彼らが欲しいと願うのは自分の身の安全と毎日のパンとミルクだけ。それに帝国にとって最も大事なのは皇帝であり、そして次に大事なのは帝国を牛耳る貴族の面子。それに比べれば民草の命や暮らしなんてものはどうだっていいのですよ」
「それはとても貴族出身者であるノルトハイム中将らしいお考えですな!良心ある貴族として有名なノルトハイム家もその様であったと仰られる訳ですか!」
「好きに言え。それに対する反論もしない。だが、どうしても反論して欲しいというなら今この場でメルカッツ提督とオフレッサーを呼ぼう」
「それは、止めて頂きたい」
「何がだね。君にとっては事実であれば喧伝して私を貶められるし、私にとっては事実無根の話を否定できる。お互いに利のある話じゃないか」
「ノルトハイム中将、その辺で止めたまえ」
「……はっ。申し訳ありません」
シトレ校長に止められて話を切り上げる。
「ヤン中将です。帝国領内に侵攻する時期を現時点に定めた理由はなんでしょうか。しかも準備期間をたったの三ヶ月しか設けずに」
「選挙が近いからだろう。それとどこぞの誰かの自己顕示欲とかな」
ビュコック提督の強烈な皮肉がフォークを襲う。
「戦いには機、と言うものがあります。それを逃すのは後々になって、決行していれば、と後悔しても意味がありません」
「戦死者を山ほど出すよりは遥かにマシだと思うがね」
ビュコック提督は皮肉が止まらないらしい。
「つまり、現在こそが攻勢に出る最良の機会だとフォーク准将は仰られるわけか」
「大攻勢です。お間違え無きよう」
ヤンも馬鹿を相手にするのはほとほと疲れる、と言わんばかりの表情と態度、雰囲気だ。
意味のない所の訂正にヤンも、周りも溜息しか出ない。
「イゼルローン失陥によって帝国軍は狼狽している雅にこの時期、我が同盟軍が大艦隊を送り込み、長蛇の列を無し、自由と正義の御旗を掲げて進めば勝利意外に得る物はありません!」
「理想論が過ぎる。もし仮に帝国を征服出来たとしてどうするつもりだ?」
「それは当然同盟と同じ待遇をーーーー」
「そこだよ。いいか?仮に帝国を降伏させて征服したとしよう。ではその統治はどうやる?金は?人材は?どこから用意する?ただでさえ人手が足りない、人手が足りないと苦労している我々がどうやってそれを用意出来る?それとも軍政でも敷くつもりか?」
「貴族の扱いはどうする?連中の特権意識を甘く見ない方が良い。貴族は自分達の特権を守る為ならなんだってするだろう。私兵を用いてゲリラ戦術でもなんでもな。そうなった時同盟はどうなると思う?兵力は追い付かず、それの対応に財政を困窮させると言いたいのか?そうなれば同盟は一年と持たずに破綻するだろうよ」
「その通りだ。そもそも勝てる確証すらないのに何故作戦を実施する?ロクな情報も準備も無い中でやるより、もっと慎重に計画を立案して事を進めるべきではないのか」
「ヤン中将、敵とて人間だ。ミスを犯すこともあるだろう」
「グリーンヒル大将、その意見はおかしい。大将は作戦を立てるのに、敵がしてくれるかどうかも分からないミスを最初から前提に入れるのですか?それは無意味過ぎる」
「ノルトハイム中将の言う通りだ。敵の失敗以上の失敗を犯そうとしている我々が、敵に勝てると思いか」
「敵を過大評価し、必要以上に恐れる理由がどこにありましょう。それは武人として如何なものですかな?それは味方の士気を低下させ、行動を阻害するのです。利敵行為に他なりません」
フォークがその発言を終えると、その瞬間にビュコック提督が顔に凄まじい怒りを表して、年齢からは全く考えられない程の強さでテーブルを叩き付けた。
「フォーク准将、今の発言は礼を失しているどころではないぞ!」
「な、ど、どこが礼を失していると仰られるのですか」
「自分の意見に同意せず、安全慎重に事を進めるべきであるという、当然の意見と策を提唱したヤン提督、ノルトハイム提督に対して利敵行為呼ばわりをするとは何事か!それが礼儀ある発言と態度だとでも思っているのか!」
「わ、私はあくまでも一般論を申し上げているに過ぎません。それを両提督への個人的な侮辱や批判、批難とされては迷惑です」
まぁ、俺もフォークとロボス達に散々色々言ったから別に構わんが、作戦参謀がこの程度だと本当に頭を抱えるしかないな。
ビュコック提督とフォークの言い合いをロボスが押さえ、編成の話になる。
「第十三艦隊、第十艦隊を先鋒とし、続いて第十四艦隊と第十二艦隊を次鋒として出陣して頂きます。その後は各艦隊が順次出陣と言う事になります」
「お待ちください。一個艦隊で作戦行動を取れと仰られるのですか?」
「何か問題でも?」
「複数に跨る広大な宙域、星域を分散していては各個撃破の良い的にしかならない。せめて二個艦隊づつ進軍し、一個艦隊を補給艦隊の護衛に充てるべきです。それか各艦隊の距離をもっと詰めてすぐに合流、連携を取れるようにするべきです」
「補給艦隊の護衛には五〇〇〇隻を付ける。それで足りるだろう」
結局、各提督が様々な意見や疑問、献策を言ってもそれらが受け入れられることは殆ど無かった。
そしてそのまま、作戦が開始されることとなる。
第三艦隊 ルフェーブル中将
第五艦隊 ビュコック中将
第七艦隊 ホーウッド中将
第八艦隊 アップルトン中将
第九艦隊 アル・サレム中将
第十艦隊 ウランフ中将
第十二艦隊 ボロディン中将
第十三艦隊 ヤン・ウェンリー
第十四艦隊 アルフレート・フォン・ノルトハイム中将