Cyberpunk:RUNNING IN THE NIGHT CITY   作:菜の花畑

10 / 10
これにて終わりとなります。
エッジランナーズ、そして読んで下さった方々に、深く感謝致します。


AFTER LIFE

「ええ!?相手の子に怪我を?それはそれは……大事には至らなかった?良かった……申し訳ありません。主人に似てやんちゃなものですから」

 リビングの椅子に腰掛けた一人の女性が、本を読む手を止め、話し込んでいた。

「本当に頭が上がりません。先生にはお世話になりっぱなしで……今度お茶を?お上手ですわ先生、これでも一児の母ですよ?……はい、ではまた後日伺います。重ね重ね、申し訳ありませんでした」

 切断される。女性は脱力し、頭を掻いた。

 手間だ。お茶は良いが誘われるのは結構だ。この国の人間は人妻に目が無いのか。

 阿呆臭い話だ。

 かぶりを振る。夜の輝きが舞った。

 読書再開。ここからが山場だ。果たしてどうなるか。

 活字というモノクロの世界に引きずり込まれ、またすぐに浮上することになった。

 玄関のドアが開き、羽のような足音が続く。

 平素より少し早いだろうか。

 本を閉じて立ち上がり、ぱたぱたとスリッパを鳴らした。

「ただいま」

「お帰り。今日はもう済んだの?」

「何言ってるんだよ。記念日だろ?」

「そうだったっけ?」

「あのさぁ」

 青年は苦笑いを零した。

 サイドを刈り上げた精悍な男だった。前はむすっと唇を押し上げていたものだが、今は緩やかな弧を描いている。

 これも考えものだ。この間も言い寄られていた。

 首に手を回せば、彼の手は腰へ回された。

「お守り、増やした方が良いかしら?」

「これ以上は嵩張っちゃうよ」

「あら?そっちじゃないわ」

 言うが早いか、噛み付いた。

「つっ!?」

 小さな悲鳴。無視だ。

 歯を食い込ませ、吸い上げる。止血のため、ちゃんと舐ることも忘れない。粘着音とともに、首筋を解放してやった。

 くっきりと刻まれている。我ながら良い出来だ。

「これなら、持ち歩けるでしょ」

「タートルネックは早いよ」

「見せ付けなさいよ。ご利益があるわ」

「そんな他人事みたいに」

「そうよ」

 一緒になって、笑いを響かせた。少しして収まる。ちょうど乾燥機も停止した。

 部屋には、焼けた色が混ざり始めていた。

 もう帰ってくる時間帯だが、生憎その姿は無い。確か、友人宅にお世話になると言ったか。

 青年の眼に、肉食獣のような光が宿る。

 首元を蝕む冷やついた熱。

 彼女の言う通り、ご利益は抜群のようだ。

 ……厄除けでは無かったが。

「ルーシー」

「きゃっ」

 横倒し。膝裏に腕を差し、抱き上げる。少し顔が赤いだろうか。

 初々しい。彼女こそお守りだった。

「そろそろさ、二人目欲しくない?」

「ふふっ。なぁに?急に」

「良いだろ、記念日なんだし。それに……責任、取ってもらわないとな?」

「……取って欲しい?」

 彼女の顔が、こてんと傾く。

 虹の彩り。画角に収まったのは、自分。

 口元が引かれ、矢の如く放たれた。

「しっかり稼いでもらうわよ……あなた」

「へへっ……決まりだな」

 重なる。どちらからともなく。

 浮き立つ足、善は急げだ。

 影は移ろい、そのまま薄暗い部屋に溶け込んでいった。

 

 何処にでもある繁華街。道一本外れた掃き溜めに、屍肉が輪を作っていた。

 中央で、スポットを浴びるのは二人。

 片方の手から、弾倉が投げられた。

「ちぇっ。今日も的当てかよ。金はいーけどよ」

「〇.〇一秒」

「は?」

「遅れたら死んでた」

「……かぁーっ!これだからお局は!酒が不味くなるだろうがよ!」

「飲めるだけ有難いでしょうが」

 余計なお世話だ。

 舌打ちし、破片を蹴り飛ばした。ペールボックスへと吸い込まれる。

 ホールインワン。ざっとこんなもんだ。

 大きく伸びをした。

「にしても、また組むことになるなんてよぉ……会うこたねえってどの口だよな?」

「事実は小説より奇なり……良く言ったものよねぇ」

「んだよそれ?」

 応えは無い。催促もしない。見上げたのは同時だった。

 蒸し返すような天気だ。

 命の匂いに釣られ、虫達が寄り合う。日々の営みだ。

「さてっと、撤退だ撤退!お巡りの世話は受けたかねぇ」

「後はスカベンジャーの仕事ね」

 スキーム音。丁度迎えだ。例によって赤黒い。

 ……また洗車の手伝いか。

「よう。早すぎたかな?」

「遅すぎんだよ」

「邪魔。早く乗って」

 乱雑にドアが閉まる。黒煙を噴き散らし、その場から撤収した。

 暫くして、現場は再開する。

 死もまた経済、骸の友は骸。

 ナイトシティは、今日も通常運行だった。

 

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