Cyberpunk:RUNNING IN THE NIGHT CITY 作:菜の花畑
エッジランナーズ、そして読んで下さった方々に、深く感謝致します。
「ええ!?相手の子に怪我を?それはそれは……大事には至らなかった?良かった……申し訳ありません。主人に似てやんちゃなものですから」
リビングの椅子に腰掛けた一人の女性が、本を読む手を止め、話し込んでいた。
「本当に頭が上がりません。先生にはお世話になりっぱなしで……今度お茶を?お上手ですわ先生、これでも一児の母ですよ?……はい、ではまた後日伺います。重ね重ね、申し訳ありませんでした」
切断される。女性は脱力し、頭を掻いた。
手間だ。お茶は良いが誘われるのは結構だ。この国の人間は人妻に目が無いのか。
阿呆臭い話だ。
かぶりを振る。夜の輝きが舞った。
読書再開。ここからが山場だ。果たしてどうなるか。
活字というモノクロの世界に引きずり込まれ、またすぐに浮上することになった。
玄関のドアが開き、羽のような足音が続く。
平素より少し早いだろうか。
本を閉じて立ち上がり、ぱたぱたとスリッパを鳴らした。
「ただいま」
「お帰り。今日はもう済んだの?」
「何言ってるんだよ。記念日だろ?」
「そうだったっけ?」
「あのさぁ」
青年は苦笑いを零した。
サイドを刈り上げた精悍な男だった。前はむすっと唇を押し上げていたものだが、今は緩やかな弧を描いている。
これも考えものだ。この間も言い寄られていた。
首に手を回せば、彼の手は腰へ回された。
「お守り、増やした方が良いかしら?」
「これ以上は嵩張っちゃうよ」
「あら?そっちじゃないわ」
言うが早いか、噛み付いた。
「つっ!?」
小さな悲鳴。無視だ。
歯を食い込ませ、吸い上げる。止血のため、ちゃんと舐ることも忘れない。粘着音とともに、首筋を解放してやった。
くっきりと刻まれている。我ながら良い出来だ。
「これなら、持ち歩けるでしょ」
「タートルネックは早いよ」
「見せ付けなさいよ。ご利益があるわ」
「そんな他人事みたいに」
「そうよ」
一緒になって、笑いを響かせた。少しして収まる。ちょうど乾燥機も停止した。
部屋には、焼けた色が混ざり始めていた。
もう帰ってくる時間帯だが、生憎その姿は無い。確か、友人宅にお世話になると言ったか。
青年の眼に、肉食獣のような光が宿る。
首元を蝕む冷やついた熱。
彼女の言う通り、ご利益は抜群のようだ。
……厄除けでは無かったが。
「ルーシー」
「きゃっ」
横倒し。膝裏に腕を差し、抱き上げる。少し顔が赤いだろうか。
初々しい。彼女こそお守りだった。
「そろそろさ、二人目欲しくない?」
「ふふっ。なぁに?急に」
「良いだろ、記念日なんだし。それに……責任、取ってもらわないとな?」
「……取って欲しい?」
彼女の顔が、こてんと傾く。
虹の彩り。画角に収まったのは、自分。
口元が引かれ、矢の如く放たれた。
「しっかり稼いでもらうわよ……あなた」
「へへっ……決まりだな」
重なる。どちらからともなく。
浮き立つ足、善は急げだ。
影は移ろい、そのまま薄暗い部屋に溶け込んでいった。
何処にでもある繁華街。道一本外れた掃き溜めに、屍肉が輪を作っていた。
中央で、スポットを浴びるのは二人。
片方の手から、弾倉が投げられた。
「ちぇっ。今日も的当てかよ。金はいーけどよ」
「〇.〇一秒」
「は?」
「遅れたら死んでた」
「……かぁーっ!これだからお局は!酒が不味くなるだろうがよ!」
「飲めるだけ有難いでしょうが」
余計なお世話だ。
舌打ちし、破片を蹴り飛ばした。ペールボックスへと吸い込まれる。
ホールインワン。ざっとこんなもんだ。
大きく伸びをした。
「にしても、また組むことになるなんてよぉ……会うこたねえってどの口だよな?」
「事実は小説より奇なり……良く言ったものよねぇ」
「んだよそれ?」
応えは無い。催促もしない。見上げたのは同時だった。
蒸し返すような天気だ。
命の匂いに釣られ、虫達が寄り合う。日々の営みだ。
「さてっと、撤退だ撤退!お巡りの世話は受けたかねぇ」
「後はスカベンジャーの仕事ね」
スキーム音。丁度迎えだ。例によって赤黒い。
……また洗車の手伝いか。
「よう。早すぎたかな?」
「遅すぎんだよ」
「邪魔。早く乗って」
乱雑にドアが閉まる。黒煙を噴き散らし、その場から撤収した。
暫くして、現場は再開する。
死もまた経済、骸の友は骸。
ナイトシティは、今日も通常運行だった。