Cyberpunk:RUNNING IN THE NIGHT CITY 作:菜の花畑
ブドウ糖が切れたんです、すいません。
言うて今回もか……
「デイビッド!どういうこと!?」
応答は無い。その代わりなのか、どすどすと足音が続く。
露骨だ。聞こえているんだろう。
「ねぇデイビッド!」
手を伸ばす。振り払われるが、足が止まった所を回り込む。
目を逸らされた。何とも分かりやすい。
「どういうことって聞いてるでしょ!」
「……君が知ったことじゃない」
手が口より先に動いた。
胸倉を掴む。
「……何で目逸らすのよ?こっちを見て答えなさいよ!あんた死にたいの!?」
「っ、もう遅いんだよ!他にどうしろって言うんだよ!」
口元をわなわなとさせ、彼は発憤した。それは怒号というより、救難信号だった。
反論せず、沈黙を守る。
それが功を奏したのか、少しして軽い溜息が漏れ、つらつらと語りが始まった。
「今日さ、女の人を殺したんだ。母さんと同年代で、俺ぐらいの子供がいて、何の罪も無い普通の人だった。だからかな?変に引き摺っちゃってさ。変な話だよな」
口元だけを歪め、俯いた。
「今まで散々やってきたのにな。殺した連中にだって、大切なものぐらいあった筈だ。そんなことも分からないんだぜ?狂ってるよ。俺は……」
「狂ってなんか、無いわ」
彼の腕に手を添える。
本当に狂った人間はそれを自覚しない。まだ、外れかけているだけだ。
「今からでも遅くないわ。インプラントなんか外して……死んだら、何にもならないじゃない」
その言葉に、彼の目が光を帯びた。
五寸釘のような仄暗さがあった。
「何だよそれ……君が言ったんじゃないか。どう生きるかじゃない。どう死ぬかだって」
「……あんたには死んで欲しくない。そうも言ったわ」
足元に目を落とし、鼻を鳴らす。
駆け出しの、初めて結ばれた時の話だ。
「今の俺は違う」
「いいえ、違わないわ」
「違うさ……君には分からないよ。チームに加わらなかった君には」
彼女は息を呑んだ。
喉に何か詰められたようだった。
沈黙を機に、攻守が逆転した。
「本当に俺に死んで欲しくないって思ってるならさ、一緒にやってくれたって良かったじゃないか」
「それは……」
「余計な詮索はしなかったけど……君は今何をしてるの?」
「……言えない。今はまだ」
「じゃあいつになったら言えるの?」
揚げ足を取る。
「もう少し……もう少しだけ待って」
「それがいつなのか聞いてるんだけど」
「ごめん……」
「そう。じゃあ良いよ、言わなくたって」
追及は止んだ。その声音は、赦すと言うには冷めすぎていた。
「それなら、俺も好きにさせて貰ったって良いよな?君も、気が済むまで隠しごとを楽しめば良い」
「お願い……分かって」
「分からないさ!君が何考えて、何やってるのかなんて!同じさ……君だって、俺のことは分からないよ」
それは噴火では無く、吹雪だった。
彼女は背筋のみならず、心臓まで凍ったように動けなくなった。
これは、罰なのだろうか。朽ち果てる姿を、指を咥えて見ていろと言うのか。
それなら四肢を捥がれた方がマシだ。
そんな時、視界に斑点が明滅し、脳内に警報が鳴った。
今が転換期なのだ。ここが分岐路で、彼との関係が変わる。それだけのことだ。
再び、手足に力がこもる。
「そうね、そうかも知れない。私はあんたのことを、何も分かってなかった」
それどころか、分かり合う努力すらしなかった。彼の態度も当然だ。そんなもの、知り合いの延長線に過ぎない。
改めて、向かい合った。
「だけど、これだけは信じて……私は、あんたに生きて欲しい。例え何を目指して、何処へ行ったって良い……ただ、生きていてくれるなら」
選んだのは真実でも理由でも無く、願いだった。
論点をずらしただけだ。言葉を借りるなら、隠しごとを続けると宣言したようなものだった。
「じゃあ私、行く所あるから」
そう告げて、踵を返す。
だが体が傾く前に、声が伸びた。
「ま、待ってくれよルーシー!何処に!?」
振り返り、口元を綻ばせる。
彼の瞳に、もう翳りは無かった。
やはり彼は変わらない。
だからこそ、自分は背を押すだけだ。
「あんたは知らなくて良い。これは私の道だから……あんたの道を、安心して行って欲しい」
「ルーシー……」
「結局、言えなくてごめんね」
二人の視線は外れ、距離は遠ざかり始める。
彼女は音も立てず、夜の街へ溶け込んでいった。
「くそっ、何を信じろって言うんだよ!」
道端の看板に、拳をめり込ませた。
仄かなシャンプーの残り香が、胸の奥をざわつかせる。
自分は話した。聞かれたから。だから此方も聞いたのだ。
にも関わらず、語られたのは全て感情だ。納得するための材料など皆無だ。
そのくせ、瞳には一点の曇りも無かった。これが証拠と言わんばかりに。
「……こんなので、安心なんてできっかよ」
拳を下ろし、彼女が去った方角へと向き直った。
砂漠に面したナイトシティの夜は、昼の熱を嘘のように奪い取ってしまう。
だからだろうか。今夜はやけに背筋が冷たさを訴えてきた。
「ルーシー。君には悪いけど、運動がてら尾けさせてもらうぜ」
証拠不十分だ。これ以上座して待つことはできない。
彼女の居ない家に、帰れる訳が無い。
彼もまた、夜の街へ飛び込んだ。
街灯が、看板の凹みに黒い陰影を浮かび上がらせていた。