Cyberpunk:RUNNING IN THE NIGHT CITY   作:菜の花畑

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小物界の大物に、お越しいただきました。


NIGHT OF FIRE

「サイバースケルトンに耐えうる可能性、だと?」

 サントドミンゴ屈指のフィクサー、ファラデー。その目は今、氷水を張ったプールの底に固定されていた。アラサカのネズミが沈められている。

 作戦は単純なものだ。昼間探りを入れさせて陽動をかけ、夜のこのこやって来た所で捕まえる。駆引きはあるが、蛇の道は蛇というもの。

 すぐ横にはキーウィが居た。

「デイビッドのサンデヴィスタンへの適応性を知って、アラサカが目を付けたのね。タナカはデイビッドをアカデミーに呼び戻して、実装テストをするつもりだった」

「この女、それを防ぐためにデータを破壊し隠蔽工作を行っていた訳か」

「みたいね。タナカの脳もルーシーが焼いた」

 結果、メインやドリオは巻き添えで死に、データを巡り多数のランナーが犠牲になった。

「可愛い顔をして恐ろしい女だな。自分の男を助けるために何人殺した?」

 逆さに引き揚げられるルーシーに、ファラデーはにんまりとする。

 生け捕りなら百万。金塊同然である。

「深く潜って分かったんだけど、この子昔アラサカに飼われてたみたい。オールドネットに送られる兵隊として。アラサカのICEを突破したのも頷けるわ」

 キーウィは息を漏らした。

 ルーシーは経験や小手先の技術はまだまだだ。自分が捕らえたのだから。

 ではそれが身に付けば?彼女を拾った身ながら、薄ら寒い。

「フハハハハハ。良いぞ、これは最高のサプライズだ……これを材料にアラサカと交渉すればコーポの中枢に入るのも夢では無い」

 頬が吊り上がった。

 所詮フィクサーはサイバーパンクの飼育員に過ぎない。上に行くにはコーポに入り込むのが全てであり、それこそが目的なのだ。

「このまま君にも協力して貰おう」

「これ以上まだ裏切れっての?」

「良いチャンスだと思わないかね?私にはタナカ殺しの恩赦があるが、君はどうかな?」

 足元を見るような目に、顔を顰めた。

「汚い性格は相変わらずだね」

「昔のように仲良くしようじゃないか。アラサカの望みも叶え、尚且つミリテクにも一泡吹かせられる計画だ。アラサカはきっと乗ってくる……君の免責と報酬も、掛け合ってやろう」

 タナカの一件でお尋ね者となった現在、いつアラサカが牙を剥いてくるかも分からない状況だ。

 裏を返せば、協力しないならお前も消すということである。

「デイビッドのことも報告するつもり?」

「無論だ。それについての良いプランも考えてある」

 男が何処かに連絡を取るのを、遠い目で見た。

 この後、チームと合流し、表向き同じように依頼を受け、仲間を陥れ自分だけ逃げ出すのだ。

 金と命のために。

 結局は利用された方が悪い、それがキーウィの信条だった。

 情や信頼では、秤は動かないのだ。

 気の毒だが、デイビッド達には人身御供になって貰うしかない。

「さて、そろそろ行くとしよう。運び込め」

 命令に従い、ヘリへと運ばれていくルーシーを見送るファラデーの目の前で、それは起こった。

 クラッカーよろしく次々と破裂する頭蓋骨。声を出す間もなく首に走る衝撃。目を掠める黄色い残像。

 そこで意識がシャットダウンし、目覚めた時には簀巻で地べたに転がされていた。

 目前で銃を構えるのは、サンデヴィスタン使いのサイバーパンク。交渉材料だった女は、その腕の中で眠りこけている。

 それを射殺さんばかりに睨み上げた。

「……何の真似だ?」

「言うまでもないだろ?」

「私にこんなことをして、ただで済むと思っているのかな?」

 奇襲はこの男の仕業か。あの一瞬で部下は全滅し、キーウィ諸共意識を刈り取られた。

 敵に回すと恐ろしい力だ。

「あんたこそルーシーに何してくれてんだよ?キーウィまで唆して」

「それは心外だな。勘違いしないで欲しいが、彼女は自分の意思で此方に付いたんだ」

 男は肩を竦め、横で椅子に括り付けられているキーウィに目をやった。拘束されても尚変わらず、気だるげに佇んでいる。

 デイビッドは銃口を移した。

「何でだよキーウィ?何でファラデーに付くんだよ?」

「話、聞いてたんじゃ無いの?私だって我が身は可愛いのよ」

「そうじゃなくてさ!仮にも仲間だろ!?ルーシーだって!」

「相変わらず甘ちゃんだこと……あんたには教えなかったっけ?利用された方が悪いって」

「へっ、それでこうやってバレてたんじゃ形無しだけどな!」

 内心、舌を巻いた。素直に謝罪されるとは思っていなかったが、こうまで堂々とされるとは。流石と言うべきか。

 改めて、銃を構え直す。

「で?そのサイバースケルトンってのは?計画ってのは何だよ?」

「ふん、誰が教えると思ったかね。キーウィ何をしている?こういうのは君の得意分野だろう?」

 彼女は反応したが、弾丸の方が速かった。金糸が宙を舞う。

 さしもの二人も、言葉を失った。

 ルーシーが身動ぎしたが、彼は姿勢を崩さない。

「次は外さない」

「……あんたが撃つとはね」

「俺だって優先順位はある。話してくれないか?」

「私が此奴を裏切るメリットがある訳?」

「じゃあ聞くけどさ、其奴があんたを裏切らない保証があるのかよ?自分は大丈夫だって、その自信は何処から来てんだよ?」

「言うようになったわねぇ」

「なぁキーウィ!」

 声が上擦った。

 埒が明かなさすぎる。このような押し問答を続けても、不利なのは此方だ。

 銃を下ろす。

 不覚を取られなければ、最悪ハックを受けても抗える自信はある。

 だがそれ以上に、甘ちゃんと言われようと、彼女には敵でいて欲しくなかった。

「あんたは優秀なランナーだ!いつも支えてくれた!これでも感謝してるんだ。だから失望したくないんだよ!どの道俺にバレた以上、其奴に付くメリットなんて残ってないだろ!?それでもそっち側に居るつもりか!?」

 いきなりぶつけられた本音に、キーウィは目を丸くした。不覚にも聞き入ってしまった。

「フハハハハッ!何と稚拙な!駄々を捏ねて何になる!?」

 彼女は身を揺すった。背を虫が這いずるようだった。

 稚拙。理屈ではなく感情論を持ち出す辺りその通りだろう。損得勘定を至上とする相手に。

 お高く止まった顔を見下ろす。次いでデイビッド、そしてその腕で微睡むルーシーを見て、軽くため息を吐いた。

「じゃあこれ、解いてくれない?」

「その状態じゃ話せないって?」

「教えるんだから安いもんでしょ?」

「信じて良いんだよな?」

「裏切られた方が悪い、でしょ?」

「ははっ、違いない」

 歯を見せ、ルーシーを壁にもたせかけた。

 ファラデーのことだ。メインがそうだったように、キーウィにも全てを話していることはまず無いと見て良いだろう。都合良く解釈すれば、吐かせるから解けと言っているのだ。

 分の悪い賭けだが、ルーシーが身を賭して守ろうとした情報を知るには、キーウィに頼る以外思い付かない。

「信じるぜ?」

 拘束を解く。地べたから更なる嗤いが起きた。

「何が信じるだ?全くお笑いだ!メインの後釜で出てきた若手の有望株が何をするかと思えば、詰まらん友情ごっことはな!さぁキーウィ、報酬は上乗せしてやる。取り抑えろ!」

 彼女は頭を搔いた。此方が優勢だと思っているとは、尊敬の領域だ。

 命令に則り、ぬるりとした所作でデイビッドに相対し、勿体付けて言った。

「……悪く思わないでね?」

 確かに男が言う通り、彼は無防備だ。サンデヴィスタンはあれど、仕掛けない限り先手を打ってくることはあるまい。

 ここらでいい加減、この真っ直ぐ過ぎるティーンエイジャーに現実を教えてやらねばならない。それが筋だろう。

 ……本来なら。

「ぐわあぁっ!」

 悶絶したのはデイビッドではなかった。

 背をこじ開けるような電流がファラデーを襲う。

「貴様何の真似だ!?」

「だから悪く思わないでって言ったじゃない」

「巫山戯るな!タダで済むと思って、があっ!?おぉおおぅ……」

 威勢が良いのもそこまでで、ハックの手は生理機能にも及び、遂には失禁してしまう。

 ミミズの如くのたうち回る姿に、流石に僅かながら同情したのも束の間だった。

 何かが倒れた音に、デイビッドは振り向いた。

「ルーシー!」

 駆け寄って抱き起こすと、首元のソケットが赤熱し、煙が上がっている。

「くそ、どうなってやがる!?」

 眉を顰め悶える姿に、悪態をつくしかできない。

 見計らったように、キーウィが口を開いた。

「万が一逃げられた時の保険で仕込んだ物よ。命に別状は無いわ。生け捕りの方が高く売れるから」

「くそったれめ……」

 やがて、焼け焦げたチップがソケットから排出され、それを粉々に握り潰した。

 チップは小型で、取り外しができないよう奇妙な突起が付いていた。キーウィはファラデーをハックすることによってこれを誤作動させ、焼切ったのである。

 それに伴い、ルーシーの意識が浮上し始めた。軽く咳払いして頭を振った後、ゆっくりと瞼が開く。

 自由を奪うための仕掛けが気付け薬になるとは、何とも皮肉な話だった。

「ルーシー、大丈夫?」

「デイビッド……何で……ってえぇっ!?」

 彼女は仰天せざるを得なかった。

 ファラデーに嵌められた筈だ。それがどうして、簀巻きで芋虫ごっこなどを。

「おはよう。デイビッドの腕は良く眠れた?」

「キーウィ……どういうこと?」

「ま、端的に言えばデイビッドに阻まれちゃったって話よ。上手く行かない時もあるよねぇ……」

 そうこう話している内に、ファラデーへのハックは止んでいた。

 件の人物は未だピクピクしており、筋肉が電流の余韻に浸っているようだが、デイビッドからしたら知ったことではない。

 小便臭が鼻につくが構わず、髪を掴んで引き上げる。

「さてと、洗いざらい吐いて貰おうか。どうやら俺関係のことみたいだしな」

「フン。誰が吐くものか。飼い主の手を噛む薄汚い馬鹿犬共め」

 どうやら余程プライドがお硬いらしい。薄ら笑いを浮かべ雑言を吐く様は、すっかりいつも通りだった。

「そうか。まあ情けをかけるつもりも無いし、キーウィ頼めるか?」

 すんなりと手を離し、場を譲った。

 いつの間に脱衣したのか、一糸纏わぬ彼女に対し、地べたと口付けしていた男もまた、虚勢を張ってみせた。

「何だ、色仕掛けのつもりか尻軽女が。言っておくが私は高いぞ?昔のように腰でも振ってみるか?」

「そっちこそ何先走ってんの。竿突っ込まれてアへってる粗チンが」

 彼女の手から、鈍い光沢がちらついた。

 ディープダイブ用アダプターと注射器だ。隣はご丁寧に氷のプールときている。

 男は目の色を変えた。

「よっ、よせキーウィ!三倍だ!いや、四倍払っても良い!」

「そんなべらぼうな額、ホントに払う気ある?」

「とにかく考え直せ!そんなことをすれば、私もお前もタダでは済まんぞ!?さっきまでのことは見逃してやる!良い話だろう!?私とお前の仲じゃないか!」

 唾を飛ばして喚き散らす。プライドも恥も外聞も無い。

 足が止まった。

 口約束であることを除けば、間違いなく破格の恩赦だ。寧ろ、文字通り裏切り得だろう。

 ……ここはやはり、総合的に考えるべきだ。

「確かに美味しい話ねぇ……判断材料にさせてもらうわ」

 懇願は、あっさり却下されてしまった。

 今度こそ打つ手無しだ。一歩一歩近付いてくる。

「よせ……私は、こんな所で終わる訳には」

「ちょっとチクってするだけ。死にゃしないから」

 口ぶりは確信犯のそれだった。今見逃された所で、処分されるのは時間の問題だ。

 命綱だった情報が、首吊り縄に変わる。

 首筋を冷たさが貫き、意識は中断された。

 

 スクリーンに、一つのサイバーウェアが映し出されていた。

 全身の大半を占めるアームが特徴的な上半身。バランスが取れるかさえ怪しく見える申し訳程度の下半身。

 強靭だが鈍重な印象のシルエットは、ウェアと言うより、ボディと言った方が近かった。

「軍用試作型サイバーウェア、サイバースケルトン。その最大の特徴は、アラサカの技術の粋を集めた反重力テクノロジーの結晶である、指向性重力場及び磁力発生装置の搭載。この二つを組み合わせることで、理論上単体かつ短時間での局面制圧が可能」

 声の主の名はケイト。防諜部の長にして、件のインプラントの情報漏洩防止策の責任者である。

「だが反重力装置無しで自立できない点、何より装着するだけでサイバーサイコ化する代物ゆえ、本プロダクトはテストが難航した。優秀な被験者が必要だったが、そのデータは綺麗さっぱり抜け落ちていた」

「データ復旧を妨害していたランナーについては、昨晩捕まり、適格者たる人物も判明しています。デイビッド・マルティネス。元アカデミーの生徒で、巷では有名なサイバーパンクになっています。ファラデーの計画通りなら、彼に連絡後、此方にも報告があると思うのですが……」

 依頼主であるダグラスは、モニターを眺め、こめかみを揉みほぐした。

 アラサカの輸送車を襲撃させ、デイビッドに中身を奪わせる。そこにミリテクの精鋭部隊を送り込み、サイバースケルトンをインストールせざるを得ない状況を作り出す。

 後は彼の命が尽きるまで、ミリテクを相手に実装テストを行う。

 筈だったのだが……

「未だ動き無し、か。奴は何をやっているのだ?」

 外は明るみ始めている。報告があっても何ら不思議では無い。

 にもかかわらず、座標は昨夜から固定されたままだ。

「連絡が無い以上、此方からどうすることも出来ませんが……これは……?」

「ん?どうした?」

 訝しむ声に目を移すと、ファラデーを示す赤い点が消えかかっていたのだ。

 彼女は鼻を鳴らした。

「ファラデーめ、失敗したようだな。恐らく死ぬのも時間の問題だろう」

「は?いやしかし、それは早計なのでは?」

「何の動きも見せない、報告の一つも寄越さない。そう判断するには充分だと思わないか?大体、こんな時間にもなってネズミ一匹捕まえられないのなら、その時点で用済みだ」

 裏付けるように、点が消える。

「所詮は小物のフィクサーだったな。犬と狼の区別も付かぬとは」

 そして、端末の電源が落とされた。

 こうなれば、ファラデーは死んだと見なす他無い。残ったのはゴミの片付けだけだ。それも特大の。

 ダグラスは軽くため息をついた。

 煽てたところで、豚に木登りは酷だったか。

「して、どうするおつもりですか?」

「決まってるだろう?口を封じねばならぬ」

「では……部隊の派遣を?」

「そんな大事にすれば責任問題になる。秘密裏かつ確実に始末せねばな」

 サイバースケルトンはトップシークレットだ。情報漏洩が知られれば、防諜部の責任となることは必至。新陳代謝は他部門の比では無い。

 半端な者では焼け石に水だ。機密性もさることながら、仮にもフィクサーが殺られたのだ。そんなことをするメリットがある者など、一人しか居るまい。

「……しかし、誰にやらせるので?」

 

「ふふふ……どうだ小僧?全て知った感想は。感動のあまり言葉も出ないか」

 勝ち誇ったような含み笑いが、空気を揺らす。

 ファラデーは覚醒し、血走った眼でデイビッドを睨み上げた。

 顧みる時間を与えないとでも言うように。

 応えは無いが、求めたのは対話では無く、聴衆だ。

「とんだ疫病神だ。メインとドリオでは飽き足らず、その他大勢まで……人の命を、何だと思っているんだろうな?」

 舌がクロームに換装されたように、綺麗事を並べ立てる。

「小僧、貴様もだ。何故害獣を庇い、私を邪魔する?街のため駆除すべきだ……そう思わないかね?」

 思考中断。デイビッドは拳を鳴らし、ファラデーの頭上に歩み寄った。

 先程までの狼狽が嘘のようだ。来たる結末を受け入れたのか、それとも目を背けているだけなのか。

「だが次は貴様の番だ。犯した罪を、その命で以て贖うが良い」

「……何が言いたいんだよ?負け惜しみか?」

「分からんか?」

 歯が剥き出しになった。

「アラサカからは決して逃げられん。どの道死ぬ運命だ……せっかく、その汚い命を有効活用してやったというのに」

「……遺言は済んだか?」

 デイビッドは、静かに鼻を鳴らした。

 この男が立つことはもう無い。

「あんたじゃどうせ、門前払いされるか、犬に成り下がるのが関の山だ……そろそろ起きろよ?命令する立場なんだろ?」

「黙れ!私はその女を出汁にナイトシティの頂点に立つ筈だった!それを貴様が!」

 男は目を剥き、唾を飛ばした。

 子供の喧嘩と変わらない挑発だ。

 だがデイビッドは、買ってしまった。

「……てめぇ、ルーシーを何だと思ってやがる?」

 声を押し殺し、問うた直後に舌打ちする。

 聞くまでも無かった。最期の余興にまんまと付き合わされたのだ。

「ならば教えてやる!たかが男一人のために大勢殺した糞売女が!アラサカにケツの穴から脳味噌のカスまでしゃぶり尽くされれば良かったのだ!この私の栄華の礎となれるのだ、本望だろう!?」

 残った膿を吐き出したような奇声が、三半規管を揺さぶった。

 一歩間違えば、あずかり知らぬ所で、彼女が辿ったであろう結末。

 平衡感覚が戻り、奴にピントが合う。

 吐き気を催す程の衝動が沸き起こり、意図せず足が上がっていた。

「この……ゴミカス野郎が!」

 靴の底が頭に食い込んだ。

 呻きが漏れる。

 狂言はそれでも止まらず、涎と共に流れ出る。

「ぎゃはははは!どの道貴様らの負けだ!アラサカには……アダム・スマッシャーには勝てん!殺されデータを抜かれコンストラクトにでもされ、擦り切れるまでアラサカの養分にされるが良い!少しは役に立つだろうこのナイトシティの寄生虫ども」

 ぐしゅっと中身が飛び出て、声は途切れた。

 靴が粘つき、地面から糸を引く。

 既に腐臭がたち始めていた。

「てめぇには地べたがお似合いだ。頭に蛆でも湧かせてろ」

 言い終えて、口に残る饐えた味を吐き捨てた。

 こんな日に限って無風だ。ほやほやの肉塊からは、湯気すら上がっている。

 爽やかな風が吹いても変だが、死後まで陰湿なのか。

 靴の横に転がった白い球も、纏めて踏み潰した。

「一思いにいくわねぇ……私は良いの?」

 ファラデーだった物を一瞥した後、キーウィは問いを含ませた。

 どこか探るような声だったが、答えは決まっている。

「……あんたは踏みとどまった。だから俺も踏み越えたりはしない」

「寝首かかれても知らないわよ?まぁ良いけど……この後どうすんの?」

 空を仰ぐ。夜の帳も半ばまで上がり、淡く色付き始めていた。

 こんな男でも金さえあれば立派な人間様だ。そろそろトラウマチームが来る。ドンパチを避けるためにも、長居は無用だ。

「一先ず此処を離れよう。話はそれからだ……皆にも集まって欲しいしな」

 少しの間を置いて、そう告げる。

 彼女が連絡を取っているのを横目に、ルーシーへと向き直った。

 後ろ手を組み、佇んでいた。眉を下げ、目線は斜め下。

 悪戯がばれた子供のようだった。

「デイビッド……私……」

 いたたまれない。

 分かってる、原因ぐらい。

 目を付けられたからだ。

「俺は馬鹿だ」

 己の頬を殴りつけた。

「デイビッド!?」

 構わずもう一度振りかぶるが止められた。これで二回目だ。

「馬鹿!何してるのよ!?」

 拳より、ルーシーの声の方が痛かった。

「こんなの、君へした仕打の足元にも及ばない」

「だからって!」

「なぁルーシー」

 向き直り、その華奢な両肩に手を置いた。

 彼女の指が、口元をそっと拭う。

 その指のように、努めて優しく語りかけた。

「本当はもっと話したいけど、あまり時間が無い。だから、これだけは言うよ……俺は君に、夢を叶えて欲しいんだ……俺にはそれしか無いから」

「デイビッド……」

 引き寄せる。

 言葉だけでは足りないが、今はこれで良い。

 前方でキーウィが、肩越しに催促してくる。

 頷き、彼女を連れその場を後にした。

 何処からともなく、肉の丘に羽音が集う。

 頂点を目指した男は、蝿達のリゾート地として生まれ変わった。

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