Cyberpunk:RUNNING IN THE NIGHT CITY   作:菜の花畑

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BURNING UP FOR YOU

「はああああ!?」

 素っ頓狂な声が響き渡った。

「今日限りで、俺はチームを抜ける」

 いきなりの招集。開口一番にデイビッドが放った言葉がこれである。驚くなと言うのは、レベッカには無理な相談だった。

「何があったのか、説明してくれるよな?」

 ファルコが問い掛ける。意外にも答えたのはキーウィだった。

 デイビッドを手で制し、語り始める。

 デイビッドとルーシーの件、アラサカが追ってくる件。発端たる裏切りの件。

 その間、彼女は眉一つ動かさなかった。

「はあぁ!?くっそババァてんめぇ起きてる時に寝返り打ってんじゃねぇぞゴラ!ちったぁ申し訳ねぇって顔出来ねぇのかよ?」

「はいはい。悪かった悪かった」

 レベッカはいきり立ち、ファルコの表情も険しくなったが、何処吹く風だった。

 どっかとソファにもたれ込み、レベッカは徒労感を撒き散らした。

「そういう訳で俺とルーシーはアラサカ、いや、ナイトシティのお尋ね者だ。そんな中派手に傭兵なんてやってたら直ぐに追っ手が来る」

「でもよぉ、そんじょそこらの奴にデイビッドを殺れるとは思えねーんだけど?」

「アダム・スマッシャーでも?」

「うげ……」

 二人は難色を示した。

 五十年以上に渡り伝説を量産してきたアラサカの用心棒は、サイバーパンクなら誰でも知ってる存在だ。

「そんな大物が本当に来るってのか?」

「ファラデーはアラサカの防諜部と取引してた。でもデイビッドに返り討ちに遭い、情報も筒抜け。隠密に済ませなきゃ都合が悪いけど、アラサカのICEを突破したルーシーと、サンデヴィスタンを使うデイビッドが相手……これで部隊引っ張って来たら笑うわ」

 新しい煙草に火が点いた。

 どんよりした煙が広がる。こんな話をしてる間にも、アラサカは嗅ぎ回っている筈だ。

 沈んだ空気の中、レベッカは前のめりになって切り出した。

「デイビッドはどうすんだよ?」

「俺は戦うつもりだ」

「おいおい……」

「逃げる気はねえって顔だな?」

 彼女の目付きが鋭くなる。

「暫くは隠れてられるだろうけど、素性がバレた以上それも限界がある。何処に目があるか分かったもんじゃないし、そうこうしてる内に外堀を埋められたら、その時こそ死ぬのを待つだけだ」

 彼はそこで話を区切り、全員を見渡して苦笑を零した。

「と言っても、無理に付き合ってくれとは言えない。俺の有り金で良ければ幾らでも払うけど、リスクの方がでかい。だから、抜けるなら言ってくれ」

 心なしか低いトーンになった。

 とは言え、元々レベッカやファルコには関係の無いことだ。金はある程度保証出来るが、死ねばゴミと同じ。変に肩入れせず生きた方が賢明とすら言える。

「十万出す。餞別だ」

 故に、抜けることをある種歓迎すらしていたが、レベッカは不敵に口角を上げて跳ね起きた。

「金なんて要らねぇよ」

「いや、そういう訳には」

「じゃあ逆の立場なら、あんたは金取んのか?」

「まさか」

「そーゆーこった」

 笑顔が交わされた。ファルコに一瞥が投げられ、観念したように両手が上がった。

「やれやれ。これで逃げちゃ男が廃るよな」

「みんな、すまない」

「生き残った暁には、弾んでもらうからな」

「ああ」

 斯くして共闘する雰囲気が醸成されていく中、水を差す者も居た。

「ふーん。じゃ、抜けるのは私だけってことね。精々頑張って」

 周りを他所に、キーウィは立ち上がる。

 はいそうですか、となる訳が無かった。

 レベッカもまた、机を蹴り飛ばし立ち上がった。

「おいゴラ寝返りババア!頑張れじゃねぇだろテメ、責任感とかねぇのかよ!?」

「……説明責任なら果たしたわ」

「政治家かテメェは!赦して貰っておいて今度は一抜けか!?分厚いのはマスクと化粧だけにしとくんだな!」

「普通に考えたら逃げるの一択に決まってるでしょ。引き金引くしか能が無いの?それとも年下の純情イケメンにメロついて脳味噌イカれちゃった?」

「テメ言いやがったな!」

 顔を真っ赤にして機関銃を持ち出した。キーウィも虹彩を光らせた。

「やろうっての?」

「準備運動だ。おめーから血祭りに上げてやる!」

 啖呵と共に撃鉄が上がる。

 その前に、デイビッドが割って入った。

「退けよ」

「レベッカ、止すんだ」

「ババアにお灸据えんだよ。邪魔すんな!」

「だったら」

 震える手で、銃口を自らの心臓に押し付けた。

「俺を殺れ。ことの発端は俺だ。裏切りは結果論でしか無い」

 彼女の顔が強張る。引き金の指が外れ、グリップを凹ませた。

「……ちっ、命拾いしやがって。えらく気に入られてんじゃねえか」

 そう吐き捨て、銃を放り投げた。

「じゃ、そういうことで」

「あぁ。金は振り込んでおくよ」

 目も合わさずに出口へと向かう。ノブを回す手が一瞬止まるが、気付く者は居ない。

 僅かに覗いた光が、嫌味な程に明るかった。

 その方向を暫く見つめ、ファルコは頭を押さえた。

「おいデイビッド、四人だけで大丈夫なのか?」

「んだよ、あんなババア居ても居なくても一緒だろ?」

「そうじゃないから言ってるんだ」

 チーム戦に於いて、ネットランナーの有無は勝敗に大きく直結する。キーウィ程のレベルになれば、鍵と言っても過言では無い。

「だからルーシーが居るじゃねぇか」

「チームでやるのは久しぶりの筈だ。信用しない訳じゃないが、得手不得手もある。その点はどうなんだ?」

「……さあね。何とも言えないわ、ネットランナー二人なら少しは戦えるかもだけど」

「……そうか」

 予想通りと言えばそうだが、力無い答えだった。

 溜息が、空気の中に沈み込む。

 ややあって、影がのっそりと縦に伸びた。

「すまないがデイビッド、この話無かったことにしてくれ」

「ジジイまで抜けるってか!男らしいのはヒゲだけかよ!」

「何とでも言ってくれ……年取ると命が惜しくてな」

 デイビッドの肩に手を置き、呟いた。

「この街じゃ、最後は信じた方が負けなんだ……秤に乗るのは金と命だけさ」

「そうか、分かった……餞別は」

「良いよ。まぁ、縁があればまた会おう……足ぐらいにはなるさ」

 そうしてファルコも部屋を去り、ドアが無機質な音を立てて閉じた。

 三人だけの空間はやけに広かった。喧騒が消え、耳鳴りが残った。

 不意に鼓膜が揺れる。身動ぎ等とは違う、食い違った歯車のような音。

 デイビッドの左腕に埋め込まれたクロームが、見え隠れしていた。

「デイビッド?」

 ルーシーが呼び掛けるも、斜め下の虚空に視線を彷徨わせ続けている。

「おい!」

 レベッカに背を叩かれ、漸く顔が上がった。

「ん……?あぁ」

「大丈夫かよ?」

「あぁ、そうだな……」

 二人を向く。瞳孔が開いた眼は噛み合うことは無い。

「二人居なくなったんだ。そりゃそうだよな」

 彼は呟き始めた。

「他人を信じるなんて、馬鹿らしいよな。何考えてたんだろうな」

 秤に乗るのは金と命だけ、良く言ったものだ。いざとなれば助け合えるなど夢物語だ。

 利用価値が無くなればそれまでなのに。

「デイビッド……」

「思い上がってた、自分は大丈夫だって。ルーシーもレベッカも、ずっと心配してくれてたのに、笑っちゃうよな……あの二人だってそうさ。俺がおかしいことなんて、とっくに気付いてただろうにな」

「おかしかねーよ」

「おかしくない訳無いだろ?見ろよこれを」

 二人はぎょっとした。翳された腕は、最早誤魔化しが利かないほど揺れている。

 完全にサイコ化の前兆だ。

 彼は嗤った。

「やっと分かったんだ。俺は母さんが死んだ時から何も変わっちゃいない。ただ鈍いだけの救いようが無いガキだ」

「デイビッド、もう止めて……」

 ルーシーは彼の背をさすった。

「大丈夫……私達がついてるから」

「二人共、付き合わせてごめんな?今なら間に合う、逃げるんだ」

 その声には、何もこもっていなかった。

「……あんたを置いてなんて行けない」

「行くんだ。時間なら稼ぐ」

「そうするぐらいなら、此処で死んだ方がマシよ」

「ルーシーは死んじゃ駄目だ。月に行くんだ。そのためにやってきたんだから」

「何よ、それ……」

 何処を向いて言っているのか。そんな一方的な約束を、どう喜べと言うのだ。

 出来るのは、掴んだジャケットの裾をしわくちゃにすることだけだった。

「ルーシー、先に謝っとくぜ」

「え?」

 武骨な手が肩に乗った。

 口元だけを引き上げたレベッカと目が合う。

 彼女は大きな足音を立てて懐に入ると、彼の頬を強かに張り飛ばした。

「……え?」

 広がる天井。ルーシーの補助で何とか起き上がり、赤くなった頬を押さえる。目の焦点は戻っていた。

「目ぇ覚めたか?」

「あ……レベッカ……」

 手を腰に当て、鼻を鳴らした。

 おかしかろうが何だろうが、関係の無いことだ。

「女が腐ったみてーなこと言ってんじゃねーぞ。あーしもルーシーもやるっつってんだ、リーダーがそれでどうすんだ?」

 彼は俯き、拳を握り締めた。

「……死ぬかも知れないんだぞ」

「怖がっててサイバーパンクが務まるかよ。言ったよな?あんたに命預けてるって」

「俺にそんな価値は無い」

「じゃあそんなあんたに人生賭けてきたあーしは!?ルーシーはどうなるんだよ!?節穴だって言いてぇのか!?」

 こだました叫びが、心臓を穿る。

 湧き上がる熱が頬を伝い、床を打った。

 節穴はどっちだ。急いでも、見落としたら何にもならないじゃないか。

「嫌なんだよ……これ以上仲間が……ルーシーとレベッカまで居なくなったら、俺は……」

「何処にも行ったりなんかしない」

 ルーシーの腕が、背を包む。体温に引かれ、自然と寄りかかった。

「生きるのよ。そのために戦うんでしょ?あんたなら…...私達なら出来るわ」

 はっと、彼は顔を上げる。

 柔らかな微笑み、切望した鼓舞。

 故に目を逸らす。感情も理性も、夢さえも、容易く握り潰せてしまう。

「もしサイバーサイコになったら……」

「安心しろ」

 声が割って入った。

「あんたがサイバーサイコになったら、その時は、その時は……」

 レベッカは軋む程手を握り締め、歯を食いしばる。

 紡がれた言葉は、震えていた。

「あーしが殺してやる」

 息を呑む。

 彼女は、涙を零さなかった。

「命預けるだけじゃ不公平だろ?あんたの命も預かってやる……だからそんな気負うんじゃねえ」

「レベッカ……ルーシー……」

 深く頷く二人を見て、ようやく肩の力が抜けた。

 例え信じて負けたとしても、それが彼女達なら本望だ。そう思えた。

「取り乱してごめんな……こんな俺だけど、どうか力を貸して欲しい」

「……ええ……何があっても」

「地獄だろうと付き合ってやるよ」

 差し出された手を掴む。腹に力を込め、ゆっくりと立ち上がった。

 視線を落とす。腕の微かな痙攣に、もう揺さぶられることは無い。

 ……今少し、力を分けてくれさえすれば。

『人より速く走れるんだろ……?走り抜けろ……』

「もうちょっとなんだ……宜しく頼むぜ、メイン」

 扉が閉まる。彼らが再び訪れることは無かった。

 砂粒が舞い、やがて静かに降り積もった。




レベッカは神。
異論は安心と信頼の即時対応、㈱カーネイジGUTS相談窓口まで。
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