Cyberpunk:RUNNING IN THE NIGHT CITY 作:菜の花畑
正解が分からない。
ゲーム未履修だと尚更。
生温い風が頬にまとわりつく、街外れの砂漠。
死屍累々で赤く汚れた地に、三人は居た。
タイガークロウズにメイルストローム、五十は下らない。アラサカがぶら下げた人参に踊らされた、無知な者達の末路だ。
「雑魚ばっかじゃねーか」
レベッカは肩を竦め、弾を込め直した。
軽口を他所に、ルーシーの眼が周囲を隈無くスキャンしていく。猫の子一匹見当たらない。戦力の逐次投入なら間抜けも良い所だ。
「これで終わりってことは無いだろうな」
「アラサカに限ってそれは有り得ない。試してるのよ」
「舐めやがって」
一体何処から見ているのか。
更地になった砂漠は、教えてはくれなかった。
不意に、風に混じる冷たさ。
粟立つ背筋。デイビッドは地を蹴った。
「レベッカっ!」
彼女を抱え転がる。直後、黒い何かが落下した。
隕石のような地響き。肩にずしりとのしかかる余波。半拍でも遅れていれば、その波の中に消えていただろう。
煙が晴れ、浮かび上がる巨大なシルエット。一分の隙も無い。直ぐさま銃を構える。
巨体は不動のまま、首だけを此方に向けた。
「今のを避けるか。少しはやるようだな、サイバーパンク」
無機質な称賛。低音が腹の底に響く。赤子でも分かる、此奴が真打ちだ。
「あんたがアダム・スマッシャーか……随分と分かり易く出てきてくれるじゃないか」
「お前達如き、策を講じることも無い」
赤い目玉が、獲物をなぞるようにぎょろりと動いた。
「余裕だな」
「俺は特別だからな」
「俺もさっきまではそう思ってたさ」
彼は自嘲する。
「その慢心で身を滅ぼす所だった」
「俺がいる限り結果は変わらん」
巨人は、僅かに重心を下げた。
それだけで此方へ肉薄する存在感。力みは感じない、それだけに読めない。動いていないというのに、体は浮つき、スタミナが削られる。
風が止まる。太陽の熱さえも、この空間には入って来れない。
瞬きの瞬間、奴は消えた。
「なっ!?」
驚きつつ、デイビッドも動き出す。
静止した世界に響く金属音。右腕のブレードで対抗するが、あまりの衝撃にフレームが悲鳴を上げた。
「お前もサンデヴィスタンを!」
「ごく初歩的なインプラントだ」
世界は動き始める。デイビッドは呻き、膝をつく。膂力の差は歴然だった。
「おらおらおらぁ!」
レベッカの機関銃が火の雨を降らせた。飛び退り、彼は事なきを得る。
かと思えばミサイルが来た。
「やべっ」
着弾。すんでで直撃は避けたが、衝撃波が胴を殴る。
二転三転する視界。割れそうな耳。骨の髄まで震わす痺れ。
含んだ砂が水という水を奪い去った。
「もう崖っぷちか?」
アダム・スマッシャーは息一つ乱していない。二人へと歩を進めるが、視界に微かなノイズが過ぎった。
「余所見すんじゃ無いわよ」
ルーシーがハッキングを仕掛ける。幾重ものプログラムが巨体へと走る。
静止。回れ右。
「下らんな」
一声の下に全ての接続が握り潰され、脳が悲鳴を上げた。
「っ、なら!」
舌打ちし、続いてモノワイヤーを展開する。極細の刃が縦横無尽に襲い掛かるが、掠り傷すら付けられない。
「詰まらんオモチャだ」
繰り出される鉛のような一撃。吹き飛び地を転がる。腕を交差して受けたが、神経系が焼け焦げ、片腕の力を失った。
「まだ……まだよ」
肩で息をしながら、尚も立ち上がる。
「だがそこまでだ」
無感動な呟きと共に振るわれる腕。
とどめを刺す直前、巨人は俄に首を傾けた。
頭部すれすれを駆ける一条の光。
デイビッドの左腕から硝煙が立ち込めていた。
「ふん、起きたか」
「ルーシーから離れろっ!」
ブレードを構え、サンデヴィスタンで突っ込む。狙うは首、一直線。
当然の如く弾かれた。
「芸が無いな」
「まだまだぁ!」
ぐらつく意識の中、激情に任せ刃を振るう。必殺級の攻撃も単調では意味を成さず、最小限の動きでことごとくいなされていく。
ルーシーのハックも障壁を破れない。
大人と子供の勝負だ。
「ぐっ、ごぼぁっ……」
鈍化、吐血、視界のぶれ。
能力は有限、無茶の代償だ。
その隙を逃す敵では無い。
「刃物は没収だ」
手刀一閃、右腕が消し飛び、鮮血とオイルが舞った。ボディが決まり、臓腑が潰れるような痛みに跪く。
踏み付けられる頭部。耳につく鼻笑い。
「もう終わりか?所詮は屑だな」
雨粒のような不協和音。鉛玉が金属の背で跳ねた。
「ん?」
「誰の許可で踏んでんだゴラァッ!」
つんざくような怒号と共に、レベッカのグレネードが宙を舞った。緩慢な放物線。それが弾着を待たず撃ち抜かれた時、彼女の口元は弧を描いた。
電磁パルスが巨体を縛り付ける。続けてロケットランチャーが爆ぜ、砂塵を巻き上げた。
そこで追わず、デイビッドを伴い退いた。正解だ。もう回復されていた。
「EMPとは考えたな」
「弾は砕けても電波は砕けねぇからな」
「だが二度目は無い」
それは確信であり、事実だった。
砂塵が風と共に去る。
対峙する肉と鋼。赤黒い眼球だけが、時の停止を否定していた。
全方位取込完了。水平、垂直、拡大。
小僧は瀕死、小娘は論外、銃撃は無意味。
だが時として、愚鈍は最善に優る。
小さな特異点も脅威となり得る。
「新芽のうちに摘ませて貰う」
巨体が空を切った。対象はまだ止まったままだ。移動は画像の切替、距離は数字に過ぎない。
レベッカへと下ろされる鉄鎚。当たれば肉体は砕け散る。
その中程で、止められた。
デイビッドの残された左腕が、異音を立てながらもつり合いを保っていた。
「根性論か」
「へっ……命を預かってるだけだ」
「腕一本でか?」
二本目の剛腕が標的を変える。振り抜かれるその前に、レベッカが食い止めた。
「ぬぐぐぐ……」
じりじりと砂上を後退する。
徐々に迫る拳。ゴリラアームの力でも均衡は脆い。
そしてこれは力比べでは無い。
「プロレスは嫌いでな」
「うおっ!?」
腕から圧力が消えた。乗せ過ぎた体重が相手の技の一部となる。小手返し。埃が舞う。倒れ重なる二人を、機関砲が見下ろした。
銃口が黒く光る。
引き金に指を掛けた時、またしても脳裏にノイズが走った。
構わず引くが、膝に何かが当たる。装甲の泣き所だった。軌道がずれ、弾が砂柱を上げた。
「ちょこざいな真似を!」
振り向きざまの乱射。ルーシーは伏せた。膝を撃ちつつ後退、妨害プログラムを送り付ける。弾かれたが、カウンターハック前に撤収。同じ轍は踏まない。
弾切れだ。視界に立ち上がるデイビッド達を認め、ハンドガンを投げ捨てた。
巨体が再び此方を向く。
「慌てずとも殺してやったものを」
「させねぇ!」
デイビッドが躍りかかるが、裏拳で弾き飛ぶ。
「こっちだクソ野郎!」
逆サイドからレベッカが跳ぶ。手に独特の光沢を放つ、赤黒い棍棒を携えて。
「おらっ、咥えやがれ!」
通称ジョン・マラコック卿。ゴリラアームの膂力で良くしなったその雁首が、アダム・スマッシャーの顔面を捉えた。
よろめく。口元のプロテクターから火花が飛び、目にノイズが走った。
それは一瞬。枷にもならない。残ったのは殴打痕だけだった。
防具に覆われた口角が、上がったように見えた。
「良い一撃だったな。だがな」
掴み上げられるレベッカの腕。五体が浮く。万力で締められたようにびくともしない。
「少しおいたが過ぎたな」
めり込む五指。大木が倒れたような音を立てて、腕はへし折られてしまった。
「ぎゃああああっ!」
地に伏せのたうち回った。喉が切れ、口から血が垂れる。
「ほう、痛むか」
傷口に捻じ込まれる足。体が跳ね、呻きが漏れる。
「があああぁっ」
「ふざけやがって!」
デイビッドはランチャーを放つ。避けられて構わない。足が上がり、その隙間をサンデヴィスタンでくぐり抜けた。
彼女を横たえる。顔は白く、息も弱い。赤く色付いていく視界のまま、巨人と相対する。
そして、代償が来た。視界は白み始め、膝は笑い、呼気の代わりに血を吐いた。
「頑張るじゃないか」
言って、巨人は歩き出した。
高飛車な労いが鼓膜をざわつかせる。
あちらは無傷、此方は隻腕。その上手札切れだ。
「何か……何か……」
その背に穿つような視線を向け、ルーシーは唇を噛む。
何をしたとて今の自分は蟻同然だった。
もっと強ければ、せめてレベッカのように連携出来れば。
そもそもファラデーに捕まらなければ。
いっそこの身を盾に。それは禁忌だ。裏切りと結果の先送りだ。救えはしない。
ではどうする?
焦げ付いた戦場の匂いに足元が揺らぐ。
それを諫めるような、場違いな着信音が鳴った。
『元気?大変そうね』
相変わらずのしゃがれ声。キーウィだ。
空気も読めないのか。
「冷やかしなら切るわ」
『短気は損気よ……手が欲しいんじゃない?』
「誰があんたなんかと……!」
喉奥で拒絶が止まる。
閃光が脳を突き抜け、一切の靄が晴れた。
ことは単純だ。
知も力も足りぬなら、命を足せば良い。
「奴を止めて」
『無茶言うわ』
「少しで良い」
通信を落とす。切断音、五感が外界へと切り替わる。
目標は依然デイビッドへと接近中。速度は緩慢。此方への警戒……無し。
恐るるに足らず、か。それでこそ伝説だ。
風が背を押す。後頭部に触れ、ソケットを剥き出しにした。