Cyberpunk:RUNNING IN THE NIGHT CITY   作:菜の花畑

5 / 10
戦いって難しいですね。
正解が分からない。
ゲーム未履修だと尚更。


BACK ON THE ROCKS

 生温い風が頬にまとわりつく、街外れの砂漠。

 死屍累々で赤く汚れた地に、三人は居た。

 タイガークロウズにメイルストローム、五十は下らない。アラサカがぶら下げた人参に踊らされた、無知な者達の末路だ。

「雑魚ばっかじゃねーか」

 レベッカは肩を竦め、弾を込め直した。

 軽口を他所に、ルーシーの眼が周囲を隈無くスキャンしていく。猫の子一匹見当たらない。戦力の逐次投入なら間抜けも良い所だ。

「これで終わりってことは無いだろうな」

「アラサカに限ってそれは有り得ない。試してるのよ」

「舐めやがって」

 一体何処から見ているのか。

 更地になった砂漠は、教えてはくれなかった。

 不意に、風に混じる冷たさ。

 粟立つ背筋。デイビッドは地を蹴った。

「レベッカっ!」

 彼女を抱え転がる。直後、黒い何かが落下した。

 隕石のような地響き。肩にずしりとのしかかる余波。半拍でも遅れていれば、その波の中に消えていただろう。

 煙が晴れ、浮かび上がる巨大なシルエット。一分の隙も無い。直ぐさま銃を構える。

 巨体は不動のまま、首だけを此方に向けた。

「今のを避けるか。少しはやるようだな、サイバーパンク」

 無機質な称賛。低音が腹の底に響く。赤子でも分かる、此奴が真打ちだ。

「あんたがアダム・スマッシャーか……随分と分かり易く出てきてくれるじゃないか」

「お前達如き、策を講じることも無い」

 赤い目玉が、獲物をなぞるようにぎょろりと動いた。

「余裕だな」

「俺は特別だからな」

「俺もさっきまではそう思ってたさ」

 彼は自嘲する。

「その慢心で身を滅ぼす所だった」

「俺がいる限り結果は変わらん」

 巨人は、僅かに重心を下げた。

 それだけで此方へ肉薄する存在感。力みは感じない、それだけに読めない。動いていないというのに、体は浮つき、スタミナが削られる。

 風が止まる。太陽の熱さえも、この空間には入って来れない。

 瞬きの瞬間、奴は消えた。

「なっ!?」

 驚きつつ、デイビッドも動き出す。

 静止した世界に響く金属音。右腕のブレードで対抗するが、あまりの衝撃にフレームが悲鳴を上げた。

「お前もサンデヴィスタンを!」

「ごく初歩的なインプラントだ」

 世界は動き始める。デイビッドは呻き、膝をつく。膂力の差は歴然だった。

「おらおらおらぁ!」

 レベッカの機関銃が火の雨を降らせた。飛び退り、彼は事なきを得る。

 かと思えばミサイルが来た。

「やべっ」

 着弾。すんでで直撃は避けたが、衝撃波が胴を殴る。

 二転三転する視界。割れそうな耳。骨の髄まで震わす痺れ。

 含んだ砂が水という水を奪い去った。

「もう崖っぷちか?」

 アダム・スマッシャーは息一つ乱していない。二人へと歩を進めるが、視界に微かなノイズが過ぎった。

「余所見すんじゃ無いわよ」

 ルーシーがハッキングを仕掛ける。幾重ものプログラムが巨体へと走る。

 静止。回れ右。

「下らんな」

 一声の下に全ての接続が握り潰され、脳が悲鳴を上げた。

「っ、なら!」

 舌打ちし、続いてモノワイヤーを展開する。極細の刃が縦横無尽に襲い掛かるが、掠り傷すら付けられない。

「詰まらんオモチャだ」

 繰り出される鉛のような一撃。吹き飛び地を転がる。腕を交差して受けたが、神経系が焼け焦げ、片腕の力を失った。

「まだ……まだよ」

 肩で息をしながら、尚も立ち上がる。

「だがそこまでだ」

 無感動な呟きと共に振るわれる腕。

 とどめを刺す直前、巨人は俄に首を傾けた。

 頭部すれすれを駆ける一条の光。

 デイビッドの左腕から硝煙が立ち込めていた。

「ふん、起きたか」

「ルーシーから離れろっ!」

 ブレードを構え、サンデヴィスタンで突っ込む。狙うは首、一直線。

 当然の如く弾かれた。

「芸が無いな」

「まだまだぁ!」

 ぐらつく意識の中、激情に任せ刃を振るう。必殺級の攻撃も単調では意味を成さず、最小限の動きでことごとくいなされていく。

 ルーシーのハックも障壁を破れない。

 大人と子供の勝負だ。

「ぐっ、ごぼぁっ……」

 鈍化、吐血、視界のぶれ。

 能力は有限、無茶の代償だ。

 その隙を逃す敵では無い。

「刃物は没収だ」

 手刀一閃、右腕が消し飛び、鮮血とオイルが舞った。ボディが決まり、臓腑が潰れるような痛みに跪く。

 踏み付けられる頭部。耳につく鼻笑い。

「もう終わりか?所詮は屑だな」

 雨粒のような不協和音。鉛玉が金属の背で跳ねた。

「ん?」

「誰の許可で踏んでんだゴラァッ!」

 つんざくような怒号と共に、レベッカのグレネードが宙を舞った。緩慢な放物線。それが弾着を待たず撃ち抜かれた時、彼女の口元は弧を描いた。

 電磁パルスが巨体を縛り付ける。続けてロケットランチャーが爆ぜ、砂塵を巻き上げた。

 そこで追わず、デイビッドを伴い退いた。正解だ。もう回復されていた。

「EMPとは考えたな」

「弾は砕けても電波は砕けねぇからな」

「だが二度目は無い」

 それは確信であり、事実だった。

 砂塵が風と共に去る。

 対峙する肉と鋼。赤黒い眼球だけが、時の停止を否定していた。

 全方位取込完了。水平、垂直、拡大。

 小僧は瀕死、小娘は論外、銃撃は無意味。

 だが時として、愚鈍は最善に優る。

 小さな特異点も脅威となり得る。

「新芽のうちに摘ませて貰う」

 巨体が空を切った。対象はまだ止まったままだ。移動は画像の切替、距離は数字に過ぎない。

 レベッカへと下ろされる鉄鎚。当たれば肉体は砕け散る。

 その中程で、止められた。

 デイビッドの残された左腕が、異音を立てながらもつり合いを保っていた。

「根性論か」

「へっ……命を預かってるだけだ」

「腕一本でか?」

 二本目の剛腕が標的を変える。振り抜かれるその前に、レベッカが食い止めた。

「ぬぐぐぐ……」

 じりじりと砂上を後退する。

 徐々に迫る拳。ゴリラアームの力でも均衡は脆い。

 そしてこれは力比べでは無い。

「プロレスは嫌いでな」

「うおっ!?」

 腕から圧力が消えた。乗せ過ぎた体重が相手の技の一部となる。小手返し。埃が舞う。倒れ重なる二人を、機関砲が見下ろした。

 銃口が黒く光る。

 引き金に指を掛けた時、またしても脳裏にノイズが走った。

 構わず引くが、膝に何かが当たる。装甲の泣き所だった。軌道がずれ、弾が砂柱を上げた。

「ちょこざいな真似を!」

 振り向きざまの乱射。ルーシーは伏せた。膝を撃ちつつ後退、妨害プログラムを送り付ける。弾かれたが、カウンターハック前に撤収。同じ轍は踏まない。

 弾切れだ。視界に立ち上がるデイビッド達を認め、ハンドガンを投げ捨てた。

 巨体が再び此方を向く。

「慌てずとも殺してやったものを」

「させねぇ!」

 デイビッドが躍りかかるが、裏拳で弾き飛ぶ。

「こっちだクソ野郎!」

 逆サイドからレベッカが跳ぶ。手に独特の光沢を放つ、赤黒い棍棒を携えて。

「おらっ、咥えやがれ!」

 通称ジョン・マラコック卿。ゴリラアームの膂力で良くしなったその雁首が、アダム・スマッシャーの顔面を捉えた。

 よろめく。口元のプロテクターから火花が飛び、目にノイズが走った。

 それは一瞬。枷にもならない。残ったのは殴打痕だけだった。

 防具に覆われた口角が、上がったように見えた。

「良い一撃だったな。だがな」

 掴み上げられるレベッカの腕。五体が浮く。万力で締められたようにびくともしない。

「少しおいたが過ぎたな」

 めり込む五指。大木が倒れたような音を立てて、腕はへし折られてしまった。

「ぎゃああああっ!」

 地に伏せのたうち回った。喉が切れ、口から血が垂れる。

「ほう、痛むか」

 傷口に捻じ込まれる足。体が跳ね、呻きが漏れる。

「があああぁっ」

「ふざけやがって!」

 デイビッドはランチャーを放つ。避けられて構わない。足が上がり、その隙間をサンデヴィスタンでくぐり抜けた。

 彼女を横たえる。顔は白く、息も弱い。赤く色付いていく視界のまま、巨人と相対する。

 そして、代償が来た。視界は白み始め、膝は笑い、呼気の代わりに血を吐いた。

「頑張るじゃないか」

 言って、巨人は歩き出した。

 高飛車な労いが鼓膜をざわつかせる。

 あちらは無傷、此方は隻腕。その上手札切れだ。

「何か……何か……」

 その背に穿つような視線を向け、ルーシーは唇を噛む。

 何をしたとて今の自分は蟻同然だった。

 もっと強ければ、せめてレベッカのように連携出来れば。

 そもそもファラデーに捕まらなければ。

 いっそこの身を盾に。それは禁忌だ。裏切りと結果の先送りだ。救えはしない。

 ではどうする?

 焦げ付いた戦場の匂いに足元が揺らぐ。

 それを諫めるような、場違いな着信音が鳴った。

『元気?大変そうね』

 相変わらずのしゃがれ声。キーウィだ。

 空気も読めないのか。

「冷やかしなら切るわ」

『短気は損気よ……手が欲しいんじゃない?』

「誰があんたなんかと……!」

 喉奥で拒絶が止まる。

 閃光が脳を突き抜け、一切の靄が晴れた。

 ことは単純だ。

 知も力も足りぬなら、命を足せば良い。

「奴を止めて」

『無茶言うわ』

「少しで良い」

 通信を落とす。切断音、五感が外界へと切り替わる。

 目標は依然デイビッドへと接近中。速度は緩慢。此方への警戒……無し。

 恐るるに足らず、か。それでこそ伝説だ。

 風が背を押す。後頭部に触れ、ソケットを剥き出しにした。

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