Cyberpunk:RUNNING IN THE NIGHT CITY 作:菜の花畑
「疲れか」
戦場に、足跡が規則正しく並んでいた。
歩が止まる。デイビッドを覆う、影。
「それが機械と肉体の差だ」
音圧に押し潰されそうになりつつ、身を捩って上体を起こし、最後の抑制剤を打つ。
束の間の一服。片頬を上げて見せ付けた。
「認められぬか」
「機械には分からないさ」
「必要が無い」
腕が上がる。体幹が畝り、拳が鎌首をもたげた。
「じゃあな」
鉄槌が下される。しかし彼に当たったのは、風圧だった。
肘先は虚空を向いていた。
「まだ死にたがりが居たとは」
腕の修正、ゼロコンマ八秒。其処にルーシーが迫る。すれ違いざまにワイヤーを巻き付けるが先の二の舞だ。食い込みすらしない。
「ぐっ!」
引かれ、叩かれ、彼女は転がり、ピクリとも動かなくなった。
「出涸らしとは白ける」
「なら振り絞ってやるよ!」
バトンは、繋がれた。
デイビッドの肉体が赤熱し、陽炎を纏う。
エンジンブロー上等。走れるうちが華だ。
サンデヴィスタンを発動する。脊髄を裂くような痛み。使えるのはこれが最後だろう。
しかしまだイーブンだ。奥の手を使う。強化腱が唸り、更なる加速を得る。
刹那、彼は矢と化し、時を置き去りにした。ゼロコンマゼロゼロにも満たぬ時間、アダム・スマッシャーすら止まる。
ただ知覚と動作は別だ。此方の動きも遅い。ランチャーを撃つ頃には避けられている。そうなればジ・エンドだ。ならば。
脚を振り上げる。巨体にめり込む蹴り。保存される力積。
時間停止、終了。呻き声が再生された。
「今だ!」
プロジェクタイルランチャー起動。脳天を照準する。目鼻の先だ、もう躱せまい。
その発射される最後の最後だった。左腕がぶれ、砲弾は側頭部を掠めた。
「そんな……!」
焼け付いた砲身は、メインは何も語らない。
巨人は目元を歪ませた。
「惜しかったなぁ。だがな!」
鳩尾に前蹴りが食い込み、視界が点滅する。
「所詮群れなければ何一つ出来ないゴミが!」
腕が音を立ててちぎれ飛ぶ。
「その程度で何者かになれたつもりか?」
右、左、ボディ。追い打ちの踏み付け。奪われる呼吸、訴えることも許されぬ痛み。
目前に銃口が来た。
「かはっ。はっ、ははははは……」
許された僅かな酸素を吸って、笑い声を上げた。
恐怖は無い。苦痛も無い。
ただ突き付けられる生物と怪物の差を傍観するだけだ。
「正気を失ったか。まあ、良い暇潰しになったぜ。お前ならサイバースケルトンのテスターとして、うってつけだったろうになぁ」
「あんな走りにくそうなクローム、誰が付けるか」
「初めて気が合うじゃないか、残念だ」
脚が退けられ、呼吸の自由を取り戻した。
耽溺していた数々の裏BDでお馴染みのシーンだ。転機となったBDでも、最期は脳を閃光が突き抜けて幕を閉じた。そして今、当事者となった。
「へへっ……」
一つだけ違いがある。あれらが記録映像なら、これは録画中だ。
「何を笑っている?」
「暇を潰し過ぎたようだな」
「何をっ!?」
地に手が付く。
下半身は制御を失い、至る所から煙が吹き出た。
万が一だ。アラサカの最新鋭ICEがこの程度の相手にオーバーヒートなど。アラサカの上位権限者の意向か。まさか。
「……小娘か」
ワイヤーは、ルーシーの頭部ソケットから伸びていた。
キーウィの卓越したクイックハックは、アダム・スマッシャーを相手にしても僅かな綻びを作った。その妨害に乗じて接近し、ワイヤーを巻き付けてディープダイブへ移行。敵のICEに侵入し、オーバーヒートだと誤認させる。
当然少しでも早く発覚すれば死ぬだけだ。だが問題無い。勝つためだ。
勝ちもせず生きられる訳が無い。
「小賢しい蟻共が!」
巨人は、強引に腕の制御を取り戻した。
ワイヤーを引きちぎられ、ルーシーの身体が跳ねる。
「まだ動けるってのか、化け物が」
「良く喋る口だが、もう寝る時間だ」
微振動の残る腕が、ランチャーを形作る。
「何か忘れてるんじゃないか?」
意味深に歯を見せた。
「ほざけ」
お喋りはここまでか。人が親切で言ってやったのに。
銃口と目が合う。眉間への直撃コース。間も無く自分はおミンチだろう。
これからも伝説は続く筈だ。
……乗っ取られた後遺症でもたつきさえしなければ。
「遅いんだよ、鉄クズ」
躍り出る一つの影。
カーネイジGUTSがあぎとを開く。爆炎が噴き上がり、アダム・スマッシャーの伝説は、終わりを告げた。
それでも尚眼球が動く。
レベッカは悪魔の形相で、引き金を引き続けた。
「死ねや!」
舞い上がる血飛沫。一発では飽き足らず、彼女の愛銃は歓喜の咆哮を上げ続ける。
やがて撃ち尽くすと、トマト缶をひっくり返したような水溜まりが広がっていた。
「ざまーみろナマクラインポ野郎」
言って、ガムを吐き捨てた。
血と鉄が燃えた戦場。焼けた色に染まった空。
熱を吐き出すような息遣いも、静かに治まりゆく。
伝説の終焉など、もう過去のものになっていた。
「デイビッド!大丈夫か!?」
残された腕で抱き起こす。肩から先は消え、血は乾き、脈も弱い。平気なのは表情筋だけだろう。
「へ、へへっ……レベッカか」
「デイビッド!」
「最高だったぜ……そうだ、ルーシーは」
「早いとこ治療しないとヤバいわ」
上から掛けられる、掠れた声。
煙草を咥えた長身の女は、ルーシーを抱え戻って来た。数刻前と、何ら変わらぬ佇まいで。
「ババア!」
「神経系がかなりダメージ受けてる。例え治ったとしても、今までのようにはいかないでしょうね……勿体無いわぁ」
「いけしゃあしゃあと抜かすんじゃねぇ!人がボロボロになってる時にちんたら来やがってよぉ!大体何の気まぐれだコラ!」
「元気ねぇ片端の癖に。動き回るだけが戦いじゃ無いのよ」
「んだと!」
「ふっ、ははっ。ははははは……」
これまた数刻ぶりの応酬だ。デイビッドは肩を揺らした。
無邪気さに釣られ、何時しか諍いは止まっていた。
「そんだけ笑えりゃ、大丈夫そうだな。良かったよ」
レベッカもまた頬を緩めた。まるで子を見るような顔つきだった。
「ははっ、お陰様でな……なぁキーウィ、わざとだな?」
「……何の話?」
それは、問いと言うより確認である。
彼女の眉が僅かに動いた。
「五人居たって正面から潰されれば勝ち目は無かった。だから飛び入り参加した。二枚落ち、戦力の逐次投入、普通に考えたら愚の骨頂だ……違うか?」
故に、最善手を指す機械の虚を突けた。
「セオリーは無視、でしょ?ま、私は勝ち馬に乗ろうとしただけよ」
「言ったかな、そんなこと」
「呆れた」
目を細め、ルーシーをそっと彼の傍に下ろす。
ソケットからは今もきな臭い黒煙が上がっている。あまり猶予は無い。
「一応ファルコは呼んどいた。そろそろ来るでしょ」
「随分気が利くな」
「まあね」
手から煙草が滑り落ちる。
細々と燻り続ける火種を、長い脚が揉み消した。
「にしても、まさか生き残るとはねぇ……勝利の女神って実在するのかしらね」
「するさ。だから勝てたんだ」
「ロマンチストね」
「いや、俺は二人知ってる……ありがとな、レベッカ」
ぴしっ、と音が鳴った気がした。
普段青白い筈の肌は、確かに赤く染まっていた。
「……レベッカ?」
「……ん?おっ、おおっ!気にすんな。預かった命返しただけだかっさ!」
不必要に手をブンブン振り回し、勢い良く捲し立てる彼女に、デイビッドは一言。
「そうか」
それだけだった。
何故これで何も気付かないのか、その目は飾りか。
キーウィは頭を抱え、彼女を見やった。
「んだよ、ババア?」
「別に……勝利の女神も大変ね」
「ん?まあな……」
「健闘を祈るわ……じゃあね。もう会うことは無いでしょうけど」
「おう、一昨日来やがれってんだ」
中指付きの見送りを受け、踵を返して歩き始める。数歩進んだ時だった。
「キーウィ」
デイビッドの声に足が止まる。
「さっき言ってたことだけどさ、訂正させて貰う。あんたも勝利の女神だったよ……結果的にはな」
「……あら、そう」
軽く流し、一歩踏み出した。
「…………」
次が続かない。動こうとしない足を見下ろし、眉を下げた。
今更仲間意識も名残り惜しさもあったものでは無いと言うのに。今日はらしくも無い日だった。
「忘れ物したわ」
二歩目は、逆へと向けられた。
そこからは正しく、青天の霹靂だった。
彼女はデイビッドの傍まで来るとしゃがみ込み、そして。
マスク越しに、口付けた。
「……へ?」
「はあああああああ!?!?」
喚声が轟き渡る。
「キーウィ……?」
「……ルーシーをお願い……笑っちゃうだろうけど、私にとっては妹だから」
言い終えると、口が開いたままのデイビッドを他所に、立ち上がった。
続いて立ち上がる、撃鉄音。
颯爽とした後ろ姿は、静かに送り出されることは無かった。
「待ちやがれクソババア!」
レベッカは何処から持ち出してきたのか、小銃を空へ向け発砲する。
「年増の癖に何色気づいてんだ、ああ!?テメーこそデイビッドにメロついてんじゃねーか!」
反応は無い。挑発と銃声をBGMにして、背は遠ざかって行く。
幾度と無く繰り広げられてきた応酬は、ここで幕切れとなった。
硝煙の立ち上る銃口を暫く見つめ、彼女はへたり込んだ。
「最後まで自己中なババアだったな」
「……しおらしくされても、だけどな」
「……そうだな」
そこで会話は途切れる。命を預け合った二人に、雑談など蛇足でしか無かった。
数分後のことだった。ナイトシティの僻地から、馴染み深い排気音が近付いて来た。
よくよく見れば、車体のあちこちにべっとりとした赤がこびり付いている。勢いそのまま突っ込んで来たかと思えば、目前で急回頭。カウンターステアが決まり、直角に停止する。
その運転席からは、やはり馴染み深い男が降り立った。心做しか窶れて見えた。
「済まん、遅くなったな」
「ジジイ!テメー何やってたんだよ!」
「迎えに来るのも一苦労さ。お前ら相当有名人だぞ……悪い意味でな」
ファルコの口ぶりと、バンパーを中心に広がる血糊で、デイビッドは全てを察した。
「……タイガークロウズだな?」
「ああ、まぁ気にするな。道を空けてもらっただけだ……中々聞き入れてくれなかったけどな」
「……そうだろうな」
まだ追っ手が来ると考えた方が賢明だろう。
ファルコに支えられ、後部席に乗り込む。ルーシーの方は、レベッカが抱え上げてくれた。片腕で器用なものだ。
「じゃ、お暇しますか」
軽い口調で、ファルコは車を発進させる。エンジンの咆哮と共に砂塵を撒き散らし、くの字に轍を刻みながら加速していった。
「また大勢おいでなすったな……」
天井からぶら下げられたクロームを掻き分けて、リパードクは独り言ちる。
薬と油が綯い交ぜになった匂い。陰鬱とした診療所に、デイビッド達は舞い戻ってきた。
「えらくボロボロになってんじゃねぇか、え?痴話喧嘩でもしたか?」
「アダム・スマッシャーを殺った……て言ったら、信じるか?」
「おいおい、マジかよ……」
ドクの目が大きく見開かれる。
「裏BD売らせてたガキが、とんだ大物を釣っちまうとはなぁ……生きてりゃ色々あるもんだ」
「皆のお陰さ」
その言葉に、今度は口があんぐりと開く。
次いで、頭を抱え吹き出した。
「こりゃあ傑作だ!やっぱお前にゃサイバーパンクなんざ似合わねぇよ」
「やっぱりって何だよ……」
これでも一応リーダーとしてやってきた身なのに。
口をへの字に曲げたが、それも壺だったようだ。机を叩き始めた。
「んで?ご用件は?」
一頻り笑い、ドクは切り出した。
「一先ずルーシーを頼む。神経系のダメージが酷い。金なら出すから、やれるだけやって欲しい」
件の少女は昏睡状態のまま、診察台に寝かせられている。無断だがやむ無しだ。
時折、眉間に皺を寄せており、魘されているようにも見えた。
「で、お次は?」
「レベッカを頼む。彼女のオーダー通りにしてくれ。こっちも俺が持つ」
「あーしのこたぁ良いってのに」
「それじゃ俺の気が済まない。せめてこれ位はやらせてくれ」
「……わーったよ、あんがとな。じゃ前のヤツ、新品付けてくれ」
「まいど」
注文を終えると、彼女は簡易椅子を並べて寝っ転がるが、固いためか身動ぎを繰り返す。寝覚めが悪そうな音を立て、結局起き上がった。
これで片腕なのだから恐ろしい。
「デイビッド、お前はどうするんだ?」
ドクの目が、両肩に向く。
「知ってるだろうが、お前に付いてたのは二世代前の骨董品だ。今更同じモデルを探すってのは割に合わねぇ……どうだ?前に言った軍用の横流し品がある。今すぐ付けられるぜ?」
何処か試すような声色だった。
口の端を上げつつも、目にはえも言えぬ鋭さを滲ませていた。
デイビッドはルーシー、レベッカと順に見やり、天を仰ぐ。
以前の自分なら、一も二も無く飛び付いただろう。メインの後を、流儀を継いで、入れられる物は何でも入れてきた。
その最期を目の当たりにしながらも、この街を走り抜けるために。
だがそれも、今日限りだ。
「折角の申し出だけど、辞退させて貰うよ。代わりにゴツく無くて良いから、剛性の高いヤツにしてくれ」
それは今までとは、真逆のオーダーだった。
嘗てはインストール頻度を下げるよう勧告しても、一向に聞かなかったと言うのに。
「何だよ、俺が似合わねぇっつったからって、真に受けたのか?」
「サイバーサイコは御免でね」
「へっ、ちげぇねぇや」
ドクは肩を竦め、奥へ消える。
少しして、数種類のケーブルやパーツを載せたワゴンが運ばれてきた。ルーシー用だ。
器具、部品、薬品類。それらは瞬く間に手術台脇に整えられていく。
「ま、死ぬこたぁねぇだろうさ……後はお前次第だ、デイビッド」
「どういうことだよ?」
「目覚めれば分かるさ」
喉奥に引っ掛かりを覚えつつも、手術は順調に進んでゆく。
遂には三人の治療が終わり、診療所を後にした時も、ルーシーの意識は戻らなかった。
少し冷たい彼女の重みを、新品の腕がかき抱いた。