Cyberpunk:RUNNING IN THE NIGHT CITY 作:菜の花畑
苦手な方はご注意ください。
それは、一方的なじゃれつきだった。
「んんっ……ふぅ……」
リップ音と共に離れる。
ルーシーの首筋に、斑模様が描かれていた。
次に触手が伸びたのは、顔だ。
耳を食み、なぞる。軟骨の触感を堪能した後、輪郭へ。舌が良く滑った。
「ひゃっ……」
隙間は逃さない。腰を抱く。肩口を捕え、胸一杯吸い込んだ。脳味噌が溶けそうだ。
「あっ、あんたいつまでやってるのよ!?」
遠のいた。肩に手がつっかえている。
「……いつって?」
「惚けんじゃないわよ……焦らしてるつもり?」
何のことか。解そうとしたらのめり込んでしまった……そのことか。
「……なら、我慢しないから」
舌を落とす。侵入こそならなかったが、結び目をなぞってやる。固さが消えてきた。歯へと移る。磨くように。
待て、これでは言う通りだ。
首から下を浮かし、布へと手を伸ばした。
「んふっ……ふぅ……」
自分は何のつもりだ。止まっていれば察してくれる。そう思ってるのだろうか。
察する?何を?
共有される呼吸。血中酸素濃度、低下。故にか。爪も歯も使えない。
皮膚を何かが擦れている。肌寒いかも知れない。感じた矢先、のしかかってきた。先端がじんとする。だが、暖かかった。
「はあ……」
「……悪い……焦らしてた?」
「……自分で考えて」
口がぽかんと開く。
学ばない男だ。
「ほんとにガキね」
「うっ!?」
ひやっとした。怒張に指が絡んでいる。さわさわと蠢き、擦り、撫でられる。的確に。
堪らず腰が引ける。こういうことだったのか。
「うぁ……ルーシー、待って……悪かったから」
彼女は答えの代わりに、片頬を上げる。
やっとか。まだだ。
垂れ出たものを纏わせ、エラに。周期は小さく。とうとう、喘ぎ始めた。
「なっさけない顔……出ちゃう?八つ当たりする前に、今ここでお漏らししちゃう?」
「ぐっ……このっ」
腹に力を入れる。
目には目、歯には歯。手には手だ。
「ひっ!?あんた、どこ触って!」
熱を持ったぬかるみ。良い具合だ。圧はあれど抵抗は無い。飲み込まれる。
鼻奥を揺らす。指からの刺激が、少し遠のいた。
「君こそ、こんなにして……欲しくなった?」
外される潤んだ目。下に視線を感じる。
何を見ているのか。
「防衛本能に決まってるでしょ……これだから猿は」
「ぐっ。そうかよ。じゃあ良いってことだよな!」
手を引き抜き、口にする。ねっとりした甘苦さ。ぐらつくようだった。
脚を割り、あてがう。
お遊びはここまでだ。
「まっ、待ちなさいよ……あんたゴムは」
「逃げれば良いだろ……俺のは生存本能だ」
もう寸前。選択肢は一つ。その時はその時だ。
開閉部に擦り付けた。びびりが走り、更に硬くなる。それとは逆に、今か今かとうねる鯉口。
彼女はまな板の上だ。いや、自分が乗せられた側だろうか。どちらでも良かったが。
「あっ、ああ……」
「ぐ……きっつ……」
中へ、かき分けて進んでゆく。指数関数的に増える襞。弄くられた後では、一種の拷問だ。
徐行中であろうと、ぶつぶつの接触が止むことは無い。絶えず発射へと誘導してくる。停止、後退を挟み、やっとのことで侵入を果たした。
弾力のある行き止まりだった。
「は、はは……そんなもたないかも……」
「馬鹿……早く、抜きなさいよ……」
息を噛み殺しながら、彼女は顔に手を翳す。
汗ばんだ腹筋が光に照らされ、陰影を浮かび上がらせている。下っていった結合部は、一分の隙間も無い。
「良く言うぜ……こんな締め付けておいて」
「あっ、あんたのがでかいだけでしょ!……生身の癖に!」
「……嬉しいこと言ってくれるじゃない」
一筋の汗が頬を伝う。
何でもかんでも換装しなかったことを、この時ばかりは誇るしか無い。
引いて、挿す。それが着火剤だった。
「ああっ!?」
鳴き声。鼓膜を突くような。
背が粟立ち、往復は加速した。
「んっ。ふうっ、ふう……」
彼女は口を塞ぐが、無意味だ。鼻奥から滲み出る。
耳に毒だ。ぞわぞわした。
「ルーシー、俺が嫌いなんだろ……?我慢しないで、殺したらどうなんだよ?」
「……そっちこそ、痩せ我慢なんて柄じゃないでしょ……?さっさとスッキリしなさいよ」
「ぐっ」
唸る。頭の血管が切れたような気がした。
せっかく止まったのに。
「……くそっ!俺は!話そうと思って!」
「んっ、結局っ、やりたいだけでしょ!」
「何だよ!君こそ、止めない癖に!」
「何よっ!どうせっ、聞かない癖に!」
「ああ、聞けないね!ここまで来て!」
「ひっ!?」
身がしなり、艶やかな声が漏れた。ゆさゆさと揺れる整った双丘。その頂きで、パステルの色付きが、ぷっくりと主張していた。
反射的に吸い付き、しゃぶる。顔を覆うもっちりした膨らみと、芯のある舌触り。味も栄養も無い筈なのに、まったりした余韻が後を引いた。
「あっ!まだっ、乳離れ出来ないっての!?ほんと、ガキね!」
「っ!そのガキに、キスしてきたのはそっちだろ!」
「知らないわ!そんな、昔のこと!」
「ぐっ……そうかよ!俺だけかよ!くそっ!くそぉっ!」
打ち付ける。貼り付いた冷笑に振り回され、込み上げたものをぶつけるしかできない。
屈辱、興奮、情けなさ。全てが血液に変換されたようだった。
「嫌っ、またっ、大きくっ」
「ぐうっ!」
耳元の声。汗ばんだ匂い。
体は意思を離れ、細やかな蠕動に誘われるまま、果てた。
何処か遠くに、悲鳴のようなものを聞いた。
「何、出してんのよ……ばぁか……」
「はあ……はあ……はあ……」
舌を回す余裕は無い。妙に冴えた頭は、後付けで状況を把握した。
売り言葉に買い言葉、挙句、独り盛っただけ。正しく猿だ。証拠に、一つも堪えてない。
片方ずつ手をつき、押し上げる。
彼女は愉快そうに、口端を吊り上げた。
「……何?まだやるっていうの……ほんと、体力だけは一丁前ね」
芯を食った言葉だった。
肩を落とす。言い返す権利は無い。
回帰不能点は通り越したのだ。進む他無い。
自分は義務感で人の夢を追い、彼女に強要した最低な男。あるのは無駄な体力のみ。
大層な目標など無かった。
本当は……
「君と並んで走りたかっただけだ」
何ともちっぽけな、原点だった。
静止が訪れ、言葉を打ち消した。瞬きさえも。
無理もない。脈略など置いてきた。ただのノイズだ。
だからなのか。面を食らったのは。
瞳が波打っていた。険を巻き込み、流れ出る。固体が溶け出すように。
「何で……?私、泣いて……」
彼女に自覚が来た。
急いだのか耳まで赤い。
ミラーリングだろうか。此方まで血が通った。
「嫌……見ないで……」
かざされる腕。不要だ。そっと捲り上げる。
背けられた顔は、色粉が溶けてぐちゃぐちゃだった。他人には見せられない。
見せるものか。
筋をなぞり、ぼやけた瞳の縁に口付け、吸い上げた。
「ルーシー……綺麗だ」
「……嘘」
「嘘じゃないよ」
「嘘よ、こんな汚い女……あんたおかしいんじゃないの?」
おかしい?反芻が終わらなかった。
誰のせいで。
「ああ、おかしいさ!どうかしてるよ!」
「やっ、だめ!あっ……ああぁ!」
小突いてやれば、打ったように響き、締まる。催してきた。歯を食いしばり、振り乱す。
狂っていた。狂わされた。望みすらした。出会ったから。
ネオンの棚引きに惹かれ、街を爆走し、月を共にしたあの日、自分は彩られた。
画用紙は染まることしか、価値は無い。
「ルーシーっ、君だけなんだ!俺がおかしくなるのも、こんなことしたいって思うのも、全部!君だから!」
「やっ!私……またっ」
「ぐうっ!」
昇った。時を同じくして。重力など感じない。とてつもない達成感。程なくして沈下した。
ほう、と息をついた。酸素が身に染みる。嬉々として血が巡った。
繋がったまま、抱き起こした時だった。
「デイビッド……」
茹だるような声に、動きを止める。
口が開く。続きは出てこない。ただ、瞳が揺れていた。
彼女は、息も絶え絶えだった。縋ることさえ覚束無い。ここで止めるべきなのだ。
そのための理性は、捨て去った。
「ルーシー……今君に出来るのは、殺されることだけだ」
揺らぎが大きくなる。
迷っているのか。長くは待てない。死ぬのが先か、壊すのが先か……最低だ。生殺与奪すら甘えるとは。
止めてくれ。エッジの向こうに行く前に。
そして、驚くことを忘れた。
誤りだ、必要が無かった。再認識したに過ぎない。やはり何も分かっていなかったと。
答えは、背中に回されていた。
「ルーシー……!」
返事は無い。口を尖らせている。
癒着した部分に、圧がかかった。
……本当に、彼女は。
「……いくよ?」
僅かに首の角度が変わる。それが合図だった。
ゆっくりと、ゆっくりと。零距離を保ち、擦る。マッサージのようなものだ。
凹凸の些細な動きも、しだいに認識出来るようになる。
「ああ……デイビッド……」
涼やかな響きだ。火照りを適度に冷ましてくれる。
周期はそのまま、振れ幅だけを変える。自然、軋みは大きくなる。腰を支点に、二人は振れ始めた。無視できない摩擦が伴う。
「はあ……はあ……」
息が耳にかかる。蒸されるようだ。
排熱が追いつかない所か、助長している。
昂りに負け、ベクトルが上を向いた。距離がマイナスになる。抗力を受けてゼロへ。何度も逆らい、その度に押し戻される。懲りること無く。
ある時、反発が消えた。同化し始めたのだ。
深く結び付き、その位置を保ったまま、変わらぬペースで動き続ける。
「ああ……!ルーシー……」
「んっ……うん……」
噛み込んでしまったようだった。
狭まったのか、それとも肥大化したのか。
緩慢な動作、その分鋭敏になる。
「ああ……!」
彼女の震えが、余すこと無く伝わってくる。
遊びを失い、やまびこのように行き来する震動。
あるのは入口だけ。お互い受け取る一方だ。
二人分の感覚が、腹底で炙られている。背骨がびくびくした。
「ぐ……やばい……」
このままでは吹きこぼれる。
彼は臍に力を入れた。順当な愚行だった。
ぐつぐつと滾る精気が、然るべき経路を閉ざされ、逆流し始めたのだ。
パスカルの原理。学んだことを今になって思い出す。
内圧は順にせり上がり、循環するに至っている。
神経への侵食。意図せぬ挙動。跳ね上がる。もはや発作だった。
「ああ……デイビッド、駄目……」
「俺もだ……こんなゆっくり、なのに……ああっ……!」
浮いたのか、地面が消えたのか。
このまま落ちてしまうのでは、そんな錯覚。本能的にしがみ付く。
目の前のものに。原因だと知りながら。
湯気立ってびしょ濡れだ。滑らかで良く分かる。
肉付き。体温の違い。柔らかさ。しこり。
どきどきした鼓動。そうさせた自分。
積み上がった事実がだだ漏れになる。拾ってしまい、また漏れ出す。悪循環だった。
「無理だ、俺……俺……!」
「デイビッド、駄目……私!」
揺れは縦に、横に、縦横無尽。そんな者同士が抱き合っている。ぐらつきは酷くなる一方だ。
でも、だからこそ密着した。
決して落とされぬように。離れぬように。
……落ちていくなら、二人で。
「ああぁっ!?」
「うっ……」
一足早く、彼女は感極まった。
突き立てられた指。動きに沿って、亀裂が走る。
支柱の崩壊は、時間の問題だった。
「ルーシぃ……ルーシーっ!!」
名を呼んで、おとがいを反らしながら、彼は崩れ落ちた。
着地できない。床に伏して尚、すり抜けるようだ。
感覚が追い付く。前側の方がはっきりしていた。
飲み込まれた。一滴残らず。
だのに湧き出てくる。枯れる気がしない。永久機関か。馬鹿な。
どこもかしこもふわふわしている。現を抜かすとはこういうことか。
果てしなく遠い天井。その下にオーロラを思わせる、玉虫色の広がりを見た。
此処はアラスカじゃあるまいし。
頬がこそばゆい。すっと降りてきた。閉じられる光。
「〜っ!?」
声を封じられる。
細長いものが割り込み、ちろりと舌を掠め取った。じんわり滲み出る痺れ。熱気はどちらのものなのか。
少しして離れ、光が戻る。
彼女の口と、一本の糸で繋がっていた。
「ルーシー……?」
「忘れないわ……初めてだったもの……」
糸はそこで、ぷつんと切れた。
けたたましい早鐘を打った。感情に比例する血流、破裂しそうになる。
「んっ……」
身を翻す。手を握れば、指同士絡み合う。
あの夜も、今この時も、これからも。全て初めてだ。過去形など一つも無い。
骨盤を挟み込む、彼女の脚。不可抗力、隙間は潰された。
そしてまた繰り返される。とめどなく。
彼らが二つになるのは、まだ先の話だった。
「デイ、ビッド……また……あぁ……」
「ルーシー……ごめん。まだ……」
夜空の変遷を他所に、火は燻り続ける。
時間はあくまで数字、勝手に流れれば良い。後で見ればこと足りる。
月明かりの下、二人分の重みを乗せて、寝台は揺れ続けた。