Cyberpunk:RUNNING IN THE NIGHT CITY 作:菜の花畑
街の色が、部屋を明々と染めるような時間だった。
気怠さと温もりに包まれ、デイビッドは意識を浮上させた。
「良く寝たな……久しぶりだ」
腕を上げ、開閉する。おろしたてだが物足りないぐらい馴染む。薬を打つ気も起きない。
人間性コスト。とっくに尽きて然るべきものが、概念ごと消えたみたいだ。
目線を倒す。腕を枕に、すやすやと胸を上下する彼女。化粧は崩れたままだ。
首下に散らばる朱い痕。戦いの傷、そう言うには生々し過ぎた。
二人だけの夜。いつ以来か。日が昇っても、未だ更け込むようだ。包まれて、ずっと彼女の中にいた。
「生きてるんだな……俺……」
その髪に、徐に指を通した。するするとした感触。蕩けていく。
我知らず、シーツが捲れていたらしい。咎めるように身を寄せてくる。
髪の香り。刺さる寝息。一つ残らず、閉じ込めた。
彼は必要最小限のスペースというものを、理解していなかった。
「んんっ」
揺れ動く。寝返りを妨げていたらしい。放した時は今更だった。
閉じかけて、瞼が何度か上下した。
「お、おはようルーシー」
「……デイビッド?」
「その……可愛かった」
目が上がりきる。
何を言えば良かったのだろうか。空けられる間隔。辿れば襟足が色付いていた。
間違っても、掘り下げるのだけは無しだろう。
上体を起こし、空白に目線を下ろした。
「あの、さ……聞いて欲しいことがあるんだ」
ぴくっと、肩が動いた。
良し。少なくとも一方通行では無い。発端はそれなのだ。
「俺は、焦ってた」
頭が上がらない。結果的に、ドクは全てお見通しだったということか。
「突っ走るしか無いって、思ったんだ。俺には夢も目標も無かった。母さんやメインの夢を追えば、それで人生に意味が出来るって信じて……でも、君の言う通りだった」
いつの間に、彼女も起き上がっていた。
顔を合わせた後、彼は瞑目し、鼻を鳴らした。
「何処まで行っても自分の道じゃない……何を目指して、何処に行くんだ?分かる訳無いんだ。なのに意地になって、君が何を思って、何をやってるのか。そんなことも分からなくなった……馬鹿だよな。本当は、真っ先に知らないといけないことなのに」
「……あんただけのせいじゃない」
彼女は、深く噛み締めるように言った。
「あんたがいつか、夢に潰されるって、分かってた。なのに止めなかった。進もうとしてるあんたを、否定したくなかった……」
「俺達、似たもの同士なのかな?」
「……あんたよりマシ」
「そうか?」
「そうよ」
ふっ、と息が漏れた。水をかけ合うのもいつ以来か。
否定のしようが無い。目指していたのは死だったと。命が惜しいと。
自然と、口が開いていた。
「俺さ、夢が出来たんだ」
「夢……?あんたが?」
目が、零れ落ちそうになる。
「うん。けど、俺一人じゃ叶えられない……君が必要なんだ」
「ふふっ。何それ……良いわ。聞いてあげる」
「あ、ああ。ありがとう。じゃあ……」
姿勢を正し、吸う。肺いっぱい、腹奥まで。十分に巡らせて、吐く。
改めて正対する。瞳は柔らかい。動悸は想定内。行ける。
「俺は……」
上擦る。もう吐き尽くした。脈がうるさい。何が人工肺だ。
「俺は……」
言え。言うのだ。言わなきゃ嘘だ。
恥など散々晒した。言わずして、彼女の姉に顔向け出来るか。
ただ……ただ……
「君が好きだ」
どくん。大きく跳ねる。
「俺と結婚して欲しい」
動き出す。言霊は力だった。
彼女の左手を取る。
見つめ合い、薬指にそっと、誓いを落とした。
……静かだ。瞬きの度、ぱちぱちと鳴った気がした。
息が吸えない。呼吸が拒否している。
「……好き……?結婚……?」
彼女の咀嚼が終わりを見せる。
飲み込まない。まだ。
「……私と?」
「……君しか居ない」
心拍数のカウントが止まる。
ルーシー。
それ以外はこの世から消えた。
「……デイビッド!」
「うわっ!?」
頭だ。枕かと思った。綿毛のような衝撃だった。
腕が浮く。触れるでも下ろされるでも無く、宙に。
震える肩。次々落ちる粒。
どれだけ背負ったのか。
「馬鹿。馬鹿……遅いわよ……もっと早く言いなさいよ……」
「なっ!?馬鹿は無いだろ……結婚なんて、軽く言えるかよ!」
「違うわよ……好きだって」
「何だよ!?ルーシーだって言わなかったのに!」
「……意気地無し」
ふわっと離れ、浮き上がる。
炎症を起こした目元。無数に走る筋。
くしゃくしゃで、飾らない笑顔だった。
視線を泳がせ、息を一吸い。
「その……返事は?」
固唾を呑む。
大丈夫……大丈夫だ。だってこんな笑顔で、嫌などと。
まさかそんな訳。
「……言えないわ」
「……え?」
その答えは、期待の遥か斜めを行っていた。
「はあっ!?何で!?」
「だって……言いたくないもの……」
「何だよ。大嫌いって言っといて……」
顔を上げていられなかった。
覚悟と許容は、一致しないものだった。
何故?どう考えても、理由は一つ。
「……やっぱり、俺のこと嫌い?」
彼の目線だけが、此方に向いた。
年相応の、内気な少年だった。
自分の後ろをついて来てた頃の。
胸がすく思いだ。
断じて、高鳴った訳では無い。
引き込んで、顎をくいっと持ち上げた。
「嫌いかどうか……確かめてみる?」
「……望む所だ」
鼻を擦り合わせ、二人は吹き出した。
焦ることは無い。今違ったとしても、これからひっくり返せば良い。
永遠は、君と共にある。