「これだよこれ。この街に来たら、生タラコをたっぷり食べたかったんだよ」
「う、うむ……沿岸部以外で生タラコを食べられるのは、ここくらいとは聞いている」
バルザックは食堂のテーブルの上で、生タラコ丼を前に顔を
さっきまであんなにギラついたり真剣な顔をしてたのに、今度は子供みたいな表情だ。
シーザーはそんな彼を見て、理解に苦しむと共に、惹かれてしまう。
「水文明のタラコ! 自然文明の米! 歴史上の敵対者同士が融和するこの戦国の世を表す、素晴らしい逸品だ。美味いし!」
バルザックは箸でタラコ丼をかき込んでいる。
箸が得意だなんて、まるで過去の遺物と化したサムライみたいだ。とシーザーは思った。
実際、当たらずも遠からずな気がする。バルザックにはどこか……住む世界が違うような、そんな気配を感じるのだ。
「どうしたカエサル。食べないのか」
「あ、いやいや……た、食べるぞ」
バルザックを見つめていたシーザーは、スプーンを手に取り、タラコ丼を口に運ぶ。
「美味い……!」
タラコもまた、シーザーが味わったことのないものだった。
何故か、今度はバルザックがシーザーを見つめてくる。
どこの世界に自分の食事シーンの需要があるというのだ。シーザーはそう言いたいが、言葉が出ない。気まずさを紛らわすため、タラコとご飯を次々口に運び……
むせた。
「ゴホッゴホッ!」
「大丈夫かっ?」
シーザーの帽子がずれ――顔があらわになった。
食堂が沸く。
「シーザー様だぁぁ!」
「こんなところにいらっしゃるなんて!」
「サ、サインください!」
「最強のナイトとこの距離で会えるなんて……」
野次馬達が詰め寄せる。
最強のナイト。やはり自分は個人ではなく、その称号で見られている。シーザーの胸が、ちくりと痛む。
「お前、ズルいぞ! 最強のナイトと2人で食事なんて!」
「ははは、いいじゃないか。彼はわたしの友人なんだから」
「「「友人〜〜!?」」」
無言ながら、シーザーも驚いていた。
(バルザックが、私を『友人』と……?)
ワールド・オブ・ナイツ 〜戦国逃避行〜
第3話 ラストサムライ
「孤高のシーザー様がお前みたいな馬の骨と?」
「なんだ、馬の骨は嫌いか? 馬の骨は走るのに適した美しい構造で……」
「そんな豆知識、聞いとらんわい!」
「まあまあ、ビワ……」
「シン! お前は悔しくないんかい!」
周りが褒めたてる度に、シーザーは締め付けられる。
最強のナイトという虚像。被せられた役割。そこにシーザーの人格はなく、覆面を褒められるほど、中身のシーザーは外へ出られなくなる。
バルザックは続けて口を開く。
「別に最強のナイトでもそうでなくてもいいさ。彼は気配りができて、好奇心も旺盛な面白い人だ」
「わ、私が……面白い……?」
「炭酸ジュース一つ、タラコ一つで、ここまで表情を変える者はそうはいないぞ?」
「私は……表情は薄い方だと思うが……」
「そうだー! シーザー様は無表情だから格好いいんだぞ!」
「いつもクールなんだから!」
感情を押し込めた、
「君達は見る目がないな。彼はこんなに感情豊かなのに」
「なに〜っ!?」
「まあまあ、ビワ……」
「はははっ!」
どうして紫電は、私の心を見抜いたようなことを言うんだろう。どうして紫電は……私の理想のような――
シーザーはもう、落ちていた。
「ま、シーザー様の高貴なお顔に表情を見出すお前の妄想力は評価してやる! せいぜいラストサムライに気をつけるんだな」
「ラストサムライ?」
それを聞いて、別のテーブルでもラストサムライの話がされる。
「お前も知ってるだろ? ラストサムライの噂」
「そりゃあな。ラストサムライと言やぁ、ナイトを狩るはぐれ者と聞く」
「でも俺達ナイトには、シーザー様が着いてるからな」
「ははっ! だから安心だよなぁ!」
「だよなー! シーザー様がいりゃ、サムライの生き残りなんて怖くないって!」
「ビワ、それは僕も同意……僕達生まれつきのナイトは奴が怖いけど……シーザー様がいれば、ね」
「ラスト、サムライ……」
ナイトの世を破壊すると言われる、禁忌の武器『魔導具』を振るう存在。
シーザーはその言い伝えを思い出していた。何を隠そう、シーザーは対ラストサムライを想定した兵器でもあるのだから。
「シーザー様の友達(笑)の兄ちゃん、本当気をつけろよ。あんたみたいなお上りさんのナイトが襲われるって噂だからな」
「サムライは心を操る呪術も使うそうです……本当にお気をつけください。そういえばお兄さん、お名前は……?」
「ああ、わたしの名は、バルザックだ」
「バルザックぅ〜〜? ははっ、ラストサムライの名前と似てるじゃねーか!」
「奴は『バルザーク』という通り名で呼ばれていますー……その名前を聞いたら、気をつけてください」
「しかもでっかい赤いドラゴンらしいぜ! まるであんたみたい……な……い、いや、まさかな……! あはははは!」
双子のナイトは笑う。
バキン。鎧が砕けるような、金属音。
紫の電光がバルザックの体をほとばしり、騎士らしい鎧が次々弾けていく。
魔銃も砕け散った。その中から、ゆるくカーブを帯びた剣が姿を表す。
甲冑を身にまとった、武者。今のバルザックの姿は、そうとしか形容できなかった。
「『バルザーク』の
場が静まり返る。
「に、兄ちゃん冗談キツイって!」
「面白い奴だなー!」
紫電・ドラゴンは無言で剣を抜く。
「世の中はナイトばかりが跋扈する世界となった。サムライとして、その責任を取らねばならない」
その場のナイト達は冷や汗をかき、瞬時に魔銃を構える。
雨あられのごとく、魔弾が発射される。
瞬間――
ナイト達に魔弾が降り注いだ。
紫電は全てを弾き返していた。
「殺してはいない。安心してくれ」
シーザーは呆気にとられていた。
試合中の闘技場。
食堂から跳び立ち、そこに紫電・ドラゴンは降り立った。
『えっ、乱入者ですか? 今回そういうルールでしたっ……け……』
実況者もフリーズする。
『特級……テロリスト……?』
「サムライだ……」
「サムライだ……!」
「「「ラストサムライだ!!」」」
闘技場はパニックに陥る。
バッーー!! と、紫色の電光を轟かせる紫電。
その音と光で、観客は静まり返った。
「全員、かかってこい。命は取らん。誇りを――頂く」
紫電の言葉に、ナイト達は苛立つ。
テロリストに情けをかけられた上、命より大事な誇りを奪うと言われたのだ。
騎士の誇りにかけ、彼らは魔銃を手に取った。
観客のほぼ全てが、紫電の敵になった。
「キリモミ・ヤマアラシ」
紫電は消えた。
そして100人のナイトが倒れた。
「速えぇっ!」
「嘘だろっ……!」
また100人、さらに100人と倒れていく。
「バケモンがぁ!」
二丁の魔銃を構えたナイトが、紫電を狙う。
「双竜斬」
見えない速さで、紫電はそのナイトの背後まで跳んだ。
二丁の銃は粉々に砕かれていた。
「はぁっ、はぁっ……」
シーザーは必死で闘技場まで駆けていった。
今、紫電はどうなっているのか。それが気がかりで仕方がない。
彼が闘技場に踏み入ると……
膝を着いた血まみれの紫電と、彼に銃口を向けた大勢のナイトが目に入ってきた。
「バルザック!! いや、紫電!!」
シーザーが叫ぶ。
紫電は立ち上がる。
ナイト達が倒れ伏す。
「シーザー。全て……返り血だよ」
紫電は妖しく笑う。
シーザーは安堵した。安堵してしまった。そして……胸の内に暖かいものが広がった。
「こっちだ! ラストサムライを捕え……いや、殺せ!」
「いたぞ! かかれ!」
武闘会を守護する特殊部隊が駆けつけ、紫電を狙う。
紫電は応戦しようとするが、1万のナイトを切り伏せた後では、流石に立ちくらみがする。
まだ大量に残っている観客達も、紫電に銃口を向ける。
立ち向かおうとする紫電だが、しかし体が浮く感覚を覚えた。
シーザーが紫電を抱え、空へと飛び去ったのだ。
ナイト達は、唖然としていた。
「何の真似だ……シーザー」
「責任を取れ」
時折翼を羽ばたかせながら、シーザーはぽろぽろ涙を零して泣いていた。
「お前は『責任を取る』が口癖だっただろう」
「そうだが……」
「責任を取れ。私をおかしくした責任を取れ。サムライの呪術を私にかけたんだろう」
シーザーは続けて言う。
「1日中お前のことを考えてしまう。お前の表情1つで胸が暖かくも痛くもなる。お前が、お前が気になって仕方がない。お前のそばに居たい。お前に触れたい。なぜこんな気持ちにさせる。この術を解くまで、私はお前を許さない」
シーザーは、自信の持つ愛という感情を理解していなかった。
「……貴殿は、やはり面白いな」
「ふざけるな。私を弄んで、何が目的だ。何が、何が目的なんだ、紫電・ドラゴン」
「ナイトだらけの歪んだ世を正す。それが拙者の目的だ。今日の目的は宣戦布告だった」
「なら、なら私をくれてやる。最強のナイトを交渉カードに使え」
「……いいのか?」
「いいわけない。だが、何故だかそうしたい。お前の願いが叶って欲しい。全てお前の術のせいだ。卑劣な手を使うお前を、許さない。許さない」
「サムライが呪術など、根も葉もない噂だよ」
「嘘をつくな。私は騙されない。お前が私にかけた呪術を解くまで、私はお前を許さない」
「しかし、余計なことをしてくれた……ちまちま出てくる特殊部隊を倒し続けて、戦力を削ぐはずだったのに……」
紫電は続けて言う。
「これじゃ戻っても、1000万人級の大部隊が揃ってるじゃないか。こうなったら、逃げながら少しづつ倒すしかないな……」
「うるさい、うるさい。お前が悲しむと私も悲しいんだ。後でいくらでも協力してやる。今は私の呪術を、少しでも解け。それが最優先だ」
「……人目のない、例えばそう。森にでも、行くか?」
「……」
シーザーは紫電を抱えながら羽を傾け、無言で森の方へ飛んで行った。
2人の逃避行が始まった。