どうも、イッセーっす。
休憩した俺とアーシアはゲーセンに復帰し、特に警察にお世話になることなく夕方まで遊び続けた。
ゲーセンの次は色んな店を回った。服屋に行けば物欲しそうに服を見たり、お菓子屋に行けばみっともなくよだれを垂らして、それを笑った俺と少し悶着があったりした。
「はぁ~・・・疲れた」
「そ、そうですね・・・ちょっと疲れちゃいました」
そして今は夕日の沈んだ夜。はじめて会った公園のベンチで、二人して夜空を見ていた。生憎、夜でも街は明るいから星はあまり見えないけど。
ふと、こんなことを思う。
もし悪魔も堕天使も神器なんてものもなく、あの日はただ普通に夕麻ちゃんとデートしていたら、こんな感じだったのだろうか?・・・いや、アーシアだからこんなに楽しかったのだろう。もしそうなら、アーシアと巡り合わせた俺の運命も捨てたもんじゃないな。
「これからどうするか・・・痛っ!」
不意に足から痛みが走った。そうだった、そういえば神父に撃たれたんだった。遊びに夢中でスッカリ忘れてた。
「イッセーさん、怪我してるんですか?」
アーシアが聞いてくるが、俺は思わず口を閉ざす。
あの時アーシアはあの部屋にいたが気絶していた。つまりアーシアは、俺が悪魔だって事をまだ知らない・・・はず。もし知ってたら、こんなに楽しそうに遊んだりしなかっただろう。
悪魔だってことは隠しておくべきだ―――罪悪感があるが、知ったところで誰も得はしない。
「そ、そうなんだ。ちょっと昨日転んでさ・・・ハハハ」
それを聞くと、アーシアは俺の足元に身を屈めた。
「ズボン、あげてもらっていいですか?」
「え?あ、ああ」
言われた通り裾を上げて、左のふくらはぎが露わになる。部長達に治癒してもらったから、銃創とはいっても転んだ痣でも通用するくらいの怪我だ。
「失礼しますね」
いきなりアーシアが俺の傷に触れる。するとふくらはぎが、淡く温かい緑色の光が煌めく。心を安らげるような不思議な光だ・・・。
「これでどうでしょうか?」
光が収まり、アーシアが俺に足を動かすように促す。言われた通り足を動かしてみる。
「おぉっ!? 痛みがまったく無い!」
ジャンプしたりしても痛みは無い。怪我する前より足の調子がいいみたいだ!
「喜んでもらえてよかったです」
優しく微笑むアーシア。でもこの治癒の力って・・・やっぱりあれのなのか?
「ありがとう。凄いなアーシアは・・・これって神器(セイクリッド・ギア)なのか」
「え? はい、そうです」
「へぇ。俺も神器《セイクリッドギア》持ってるんだ。まぁ日常使うことないけどな」
突然のカミングアウトにアーシアが驚く。
「イッセーさんも神器《セイクリッドギア》を持っているんですか? 全然、気付きませんでした」
「そりゃ俺のは使う事がなかったから。しかし本当アーシアは凄いよ。俺なんて使い方もわからないのに、自分の神器(セイクリッド・ギア)使いこなしてる。しかもそれが治癒の力なんて、優しいアーシアにピッタリだ」
そういうと顔に複雑な表情を浮かべるアーシア。そして頬には一筋の涙が。
まったくわけのわからない俺は、アーシアが落ち着くのを待つぐらいしか出来なかった。
そして彼女が話し出したことは自分の過去。俺とはまた違った、神器(セイクリッド・ギア)が起こした幼い聖女の悲劇。
前まで彼女は神器(セイクリッド・ギア)の恩恵のせいか、聖女として崇められ、教会では有名な存在だったという。それこそ、誰一人として自分を理解しようとしない孤高で異質の存在として。誰からも恵まれずただ与えるだけの『人を治す生物』として。
そんな聖女の密かな願いは友達。だがもちろん孤高の聖女に友達などできはない。
そしてずっと一人ぼっちの彼女に、最悪の転機が訪れた。
とある日彼女は、教会の近くで怪我をした悪魔を治療してしまったのだ。たとえ悪魔でも救えるものは救う。その心と姿はまさに周りの人間が言う聖女だろう。
―――だが、それが彼女の運命を大きく捻じ曲げる。
悪魔を治癒できる力は教会にとって異物でしかなかった。堕ちた堕天使や神の加護など受けない悪魔でさえも治癒できるなど言語道断。
そして散々『聖女』と祭り上げた彼女を、いつしか魔女と侮蔑し、ついには追放したという。
行き場の無い彼女は『はぐれ』の堕天使に拾われた。
彼女は一日も神への祈りを忘れてはいないという。尽くした自分を裏切り、ただ奪っていった神への純粋な祈りの感謝を一度も忘れてはいないと。
だが神は彼女を助けたりはしない。そして彼女は自らを責め、自分に課せられた試練だと悟る。
でも何よりも辛かったのは、彼女の味方をしてくれる人間が、誰もいなかったと言う事。
聖女として魔女として、ずっと孤独だった彼女にその追い討ちは辛かった。周りの人間が欲していたのはアーシアではなく、体のいい聖女だったという事実。
密かに描いていた願いも、彼女の中でガラガラと崩れ落ちてしまった。
・・・もし彼女に神器(セイクリッドギア)がなければ、こんなことにはならなかっただろう。
これが神の器に相応しかったがために起きてしまった、聖女と祭り上げられた幼い少女の悲劇。
「きっと・・・私の祈りが足りなかったんです。ほら、私って何やっても失敗続きで・・・。治癒の力ぐらいしか役に立つことなんて出来ません」
だから・・・もういいんです、と目に雫を溜めながら言う彼女に俺は言葉を失った。
(・・・こんな子がこんな物を背負ってるなんて・・・)
自分がどれだけ満ち溢れていたのか自覚する。友達ができないことで悩むなんて、周囲から羨望と畏怖の念で見られるなんて、独りで生きていくなんて、俺には想像も出来ない。
だけどこれはわかる。・・・ずっと、我慢しているんだこの子は。
神様ってのは、こんないい子の願いを叶えるどころか、唯一の場所まで奪って行くのか。
・・・なら俺は、彼女のささやかな願いを叶えてやろう。いやそれ以前に、泣いてる女の子を見て何もしないのは、男として恥ずかしいからな。
「じゃあさアーシア。俺と友達になってくれないか?」
「・・・え?」
涙を流していた彼女が、ポカンとした表情で顔を上げる。
「今日、スゲー楽しかった。実は今朝アーシアと会った時、俺色々悩んでてさ。落ち込んでいたときにお前が来てくれた。・・・お前がいてくれて救われたんだ」
「で、でも・・・私は・・・何もできなくて・・・っ」
「俺はお前に元気を貰った。怪我だけじゃない。アーシアと遊んだだけで俺は元気になれた! 自分の悩みなんてちっぽけな物だって教えてくれた!」
震える彼女の肩に両手を乗せて向かい合う。
「だからさ・・・そんな寂しい事言うなよ。友達なら俺がなってやる! 困ったならすぐ助ける! お前は・・・何も悪くないんだから」
「っ・・・・・・」
顔を伏せるアーシアが、ポツリポツリと言葉を零す。
「・・・私、ハンバーガー一つ買えないのに・・・」
「また買ってやるし、買い方だって教える。誰だって最初は出来ないさ」
「・・・私、日本語だって満足に喋れないのに」
「そんなの、覚えて慣れればいい。お前が母国語を覚えたように、いつか出来るはずだ」
「・・・私、世間知らずで何もわからないのに・・・」
「だからって、諦める理由にはならないだろ? 時間をかければ嫌でもわかる。お前が諦めなければ必ず出来るようになるって」
アーシアの手が俺の手に伸びる。その儚いほど白く小さい手を優しく握り返す。
「・・・私、友達ってどうすればなれるのか知りません・・・」
「・・・それは俺も知らない。けど互いが友達だって思えば、もう友達になってるんじゃないかな」
涙で濡れた瞳を俺に向けながら、おそらく精一杯の勇気を出して彼女は言葉を紡いだ。
「・・・イッセーさん。私と・・・友達になってくれるんですか?」
「―――ああ、もちろん。俺たちはもう友達だ。よろしく、アーシア」
彼女は涙を流しながらも笑顔で頷いてくれた。こんな子にはやっぱ笑顔が一番だと思えたよ。
―――彼女の笑顔ぐらいは守れるぐらい、強くならないと。こんな事を言った手前、俺が弱いままじゃあカッコつかないからな。
「・・・あらあら。随分と幸せそうじゃない。薄汚い魔女がいいご身分ね」
突然、第三者の声が響く。その声に聞き覚えのあった俺は振り返って、言葉を失った。
黒髪スレンダーな今風美少女。俺の生まれて初めてできた彼女、そして俺を最初に刺し殺した堕天使。
・・・天野夕麻が、そこにいた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「やっと見つけた。まったく、所有物が勝手にウロチョロされると困るのよ」
絶句している俺を無視・・・いや気付いてない彼女は、急いで涙を拭いているアーシアに話しかける。
「・・・レイナーレさま・・・どうしてここに」
レイナーレ・・・なるほど、それが本当の名前か。彼女が俺たちの敵・・・堕天使としての。
「へぇ・・・本当はレイナーレっていうのか。夕麻ちゃん」
俺が警戒心を持って、アーシアと彼女の間に割ってはいる。そこでアチラは初めて俺を認識した。
「・・・あれ?何だ貴方だったの。悪運だけは人並み以上だったのかしら。はぁ・・・ホント最悪な一日ね」
その声は彼女だったあの頃のものとは比べられないほど、妖艶で大人っぽい声色だった。しかし今この場所で、それは俺の警戒心を強めるだけだ。
「とりあえず邪魔よ。さっさとアーシアを返してちょうだい。彼女は私たちに必要なんだから」
俺へは決して目を合わせず、後ろにいるアーシアへ目線を向ける。
「・・・嫌です。私、もうあの教会には戻りたくありません。無闇に人を殺すようなところへはもう戻りたくないんです。それにあなた達は私を…」
アーシアはハッキリと嫌悪の感情を吐露する。それにレイナーレは諭すような声色で返す。
「無闇だなんて人聞きの悪い。悪魔と関わりを持った人間だけよ」
「それでもっ!殺すことを認めるなんてできません! 私にだって譲れないものはあります! それを認めてしまっては・・・私は本当に・・・ッ」
それ以上は言わなかったが、俺にはその後の言葉がわかった。そうなってしまうなんて、彼女は認められないだろう。
「・・・面倒ね。頭の悪いシスターはこれだから。もういいわ、貴方の意思なんて関係ないから」
レイナーレが殺意を持ってこちらへ近づく。アーシアの手が俺の服に触れ、その震えが俺の体にも伝わってくる。ここで黙ってたら男じゃないな。
「おい。レイナーレさんよ、俺の友達が嫌がってるのを無理やり連れていってどうする気だ?」
「汚らわしい“悪魔”が、私の名前を呼ぶな。せっかく拾った命、今ここで消してもいいのよ?」
「えっ・・・・・・!」
レイナーレの言葉に、アーシアが過剰に反応する。
「イッセーさんが・・・悪魔?」
「っ!」
そうだ! 俺が悪魔だってこと、まだアーシアに言っていなかった! 最悪だ、こんなタイミングでバラされるなんて!
「ハハハハハッ!傑作ね! 自分が悪魔だってこと隠して近づくなんて、いったい何をしようとしたのかしら?」
「ち、違う! 俺は、そんなつもりは・・・!」
レイナーレの言葉を俺はとっさに否定するが、隠していたのは事実なので少し淀む。
「流石は悪魔。甘い言葉で人の弱みに付け込んで、相手を取り込んで信者を増やす。心にもない言葉をスラスラと吐くのは、悪魔の常套句だものね」
「違う・・・! 俺は本当に、アーシアを・・・!」
ダメだ。今の状況じゃあ、俺の言葉は図星を突かれて動揺してるようにしか見えない。
「アーシア、わかったでしょう? この悪魔は貴女を利用してるの。彼といた時間は、嘘だったのよ」
「っ!」
その言葉で俯いていたアーシアの体が揺れる。俺は咄嗟に感情に任せて突っ込む。
「それ以上何も言うんじゃねぇ!」
神器を展開してレイナーレに向かって殴りかかる。これなら堕天使にだって通用するはず―――!
「――――ごほっ!」
しかし次の瞬間、俺の腹を光の槍が貫いていた。
「野蛮な悪魔は力量差もわからないのかしら。たかが『龍の手』ごときで私をどうにかできると思うなんて。これで貴方の立場がわかったかしら? 下級悪魔くん」
血を吐いて倒れこむ。光は悪魔にとって猛毒、これは死んじまうかも・・・。
だが、死を覚悟した俺の体を、緑色の光が包んだと思ったら痛みが和らいでいく。これは・・・アーシアの神器だ。彼女の小さい手が、俺の腹部に押し当てられている。
治癒が終わるころには傷は跡形も無くなくなった。
「まだその悪魔を助けるの? まぁいいわ、じゃあ言い方を変えるわね。その悪魔を殺されたくなかったら、私と共に戻りなさい。貴女の力は私たちに必要なの。もし断ったら、その悪魔を殺すわ。貴女が力尽きるまで何度でもね」
そんな! 俺の命が人質かよ!そんなことさせるか!
「う、うるせぇ! お、おまえの言うことなんかに・・・!」
「わかりました」
俺が言い切る前に、アーシアが堕天使の言葉を受け入れた。
「アーシア!」
「イッセーさん。今日はありがとうございました。たとえそれが嘘でも、私は楽しかったです・・・最初で最後でしたから」
顔を上げた彼女の満面の笑顔。なんだ、心を槍が貫いたような痛みが走る。
「いい子ね。ま、当然ともいえるわ。儀式を行えば貴女は救われるのだから」
レイナーレは妖艶にほほ笑む。くそっ、純情だと思っていた夕麻ちゃんははるか彼方へ消えたぜ。
つーか何だよ! 儀式だとか救われるとか! いったい何をしようとしてるんだ!?
「アーシア! 待ってくれ! 俺たちは友達だろ!?」
「はい。私と友達になってくれてありがとうございます。本当にうれしかったです」
違う。俺が聞きたかったのは、そんな機械みたいな答えじゃない!
「違う! 俺はお前を――――――」
―――守る、そう言おうとして、固まった。
振り返ったアーシアの満面な笑みに、俺は言葉を失い魅入ってしまった。
「さようなら」
その一言が別れの言葉だった。アーシアの体がレイナーレの黒翼に覆われる。
「下級悪魔、心優しい魔女に救われたわね。・・・彼女は私たちの物なの。これ以上私たちの邪魔をしないで。拾った命、捨てたくないでしょ? じゃあね、イッセー君」
俺を嘲笑う堕天使は、アーシアと共に沈む夕日へ消えていった。
「・・・・・・」
俺は今まで……いったい何をしていたんだ。
神父に負けて、強くなるって誓って、アーシアの話を聞いて、彼女の友達になって、元カノが彼女を奪った。
今の俺に残ってるのは、目の前に落ちてる黒い羽とラッチュー君の人形。そして言いようのない悔しさだけだ。
「俺は・・・俺は・・・!」
何もできなかった。友達ひとり守れなかった。
零れる涙の痕を消すように、アスファルトの地面に拳を打ち付ける。それでも涙は止まらない。
「くそっ・・・」
ちくしょう。こんなのが俺の運命なのかよ……俺には何もできないって言いたいのかよ。
腕についている神器は何も答えない。俺にはなんの力もない。
「くそっ……くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉっ!!」
夕日に消えた友達は帰ってこない。
堪えきれず俺は叫ぶ。何も帰ってこないことはわかっていても、叫ばずにはいられなかった。
――――俺は今日ほど、赤く淡い夕日を恨んだことはなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……それが君の道だ。辛くても苦しくても、覇の宿命は君を待たない」
己の運命を初めて恨んだ少年、その慟哭は白き道化にも届いていた。
「だが君はそれに抗う。そしてそれを貫く力を持っている。だから僕は君を生かした。覇を変える可能性に賭けた」
夕日に染まる街を、紅く包まれた彼を、脇役(にせもの)は夕日の届かない陰から眺める。
「僕にはできないこと……道化は決して主役(ほんもの)にはなれないから」
黒い影から現れる紅く光る眼、黒く煌めく鉤爪。
「君ならできるさ……。君には僕が捨ててしまった……二度と手に入らないものがある」
白く靡いたマントを翻し、道化はその場から消えた。
―――――期待しているよ主役(ヒーロー)君。僕は道化らしく、灰色を演じてみるよ。