Zenless Zone Zero The S.T.A.L.K.E.R Who Wandered In 作:路肩の石ころ
通常を超えるエネルギーを込められたエーテルグレネードの爆発に晒されたプラント倉庫の壁は、かつてダミーの覚醒に巻き込まれたスキフの家の如く、開放的な空間へと変貌していた。攻撃自体はポルターガイストに命中した為、その余波でこうなったのだから直撃したポルターガイストは外来種とは言え欠片も残っていない。
ZONEの殆どのミュータントなら誰も耐えられない様な凄まじい一撃だったのだが、スキフにはそれを気にしている余裕は無かった。
「畜生、店長!猫又の容態は、猫又は大丈夫なのか!?」
「駄目だ…!呼吸がどんどん弱くなってる…!何とかしないとこのままじゃ保たない、治療を受けさせないと!」
「起きてよ、起きなさいよ猫又!死ぬなんて絶対許さないわよ!猫又!ねぇ!起きなさいってば!」
「しっかりしなさい猫又…!貴方ならきっと…きっと持ち堪えられる筈よ!猫又!」
一歩踏み入れただけで人を死に至らしめる電気アノマリー
スキフが咄嗟に投げつけたアーティファクトのお陰で即死自体は防げた、だからと言って結局はそれなりの防護効果しか持たないアーティファクトだ。猫又が死に向かっているのは変わらない。
更にはアノマリーに落ちる直前に瓦礫が激突して身体にダメージがあったのも不味かった、あれが無ければもう少し容態はマシになった筈だろう。
「スキフさん…この近くで治療が出来る人を知らないか?このZONEの何処かに。」
「早くここから運ばねぇと猫又が死んじまう!スキフの兄ちゃん、わざわざホロウを超えて街に戻ってる暇はねぇ!どっかに病院とかねぇのか!?」
「スキフ…お願い…!猫又を助けて…!」
「そうよ、アーティファクトよ。スキフ、あんたさっきアーティファクトみたいなの出してたじゃない!それで猫又を助けてよ!」
アキラやニコ達はスキフに、猫又を救ってくれと懇願する様に言う。ZONEに詳しく、この地で生き抜いて来たであろう彼の知識と経験なら、そして咄嗟の判断で猫又の死を一時的に回避してみせた彼なら、きっと猫又を救えると縋っていた。
だがスキフは迷っていた、猫又を救うかどうかではない。自らが持つ二つの手段の内、どちらで救うのか迷っていたのだ。その内の1つが彼らにどう説明すればいいのか分からない物だったから。
だから、スキフはもう一つ、この世界に来てから彼のバックパックに残された最後の一つを使う事にした。
「スキフさん!何か方法が……オレンジの…箱?」
「よく頑張ったな、猫又。」
口元を覆うタイプのガスマスクに隠されたスキフの顔が、僅かに微笑んでいるのをアキラは見た。スキフの手にはオレンジの箱から取り出した謎の注射器があった。
何かの薬だろうか、だがスキフの言葉はまるで、映画で見た、もう助からない兵士を楽にする軍医の様な───
「まさか、安楽…」
つい、言葉に出してしまったアキラ。それを聞いた邪兎屋はスキフを止めようとする。ビリーに至っては銃を抜いていた。
だが、既にスキフは猫又の胸にそれを突き立てていた。猫又の命が消える、そう思ったアキラ達の予想とは別に、想像だにしなかった現象が起きた。
「怪我が……治っていく…?」
「呼吸も落ち着いた…?」
猫又の死に向かう筈の酷く傷付いた身体が、少しづつ治っていく。荒く、そして止まりかけていた呼吸も落ち着き、正常な状態に戻る。
「完治とまでは行かないが、少なくとも死ぬ事はない。最後の1個を取っておいて良かった。」
「回復キット」前の世界のZONEではありふれ、リヒター曰くこの世界にも存在する救急キット。
アーティファクトを科学的に解析し、その成分を利用する事で肉体を瞬時に、ある程度まで治療出来る様にした科学の結晶。
装備するだけでその効果を発揮するアーティファクトと違い、箱から取り出し注射器で摂取しなければならないものだがその効果は科学者達のお墨付きだ。特定のアーティファクト程の回復効果は無くとも即効性は高い。
前の世界ではアーティファクトの回復が追いつかない事が頻繁にあった為、最後の戦いに向かう時に数十個は持ち込んだ筈だが激戦に次ぐ激戦によって殆ど使い切ってしまった。
この世界に来てから、ついうっかり使わない様に残った1つを非常用としてバックパックにしまっておいたのだが、この状況で使わない理由はない。
(
ランタン自体はザリシアで偶々見つけたとかなら誤魔化せるだろう。だが1個だけならまだしも、複数個を偶然同じ場所で見つけたなど余りにも怪しい。何せスキフとアキラ達はここまで殆ど別行動をしなかったのだから。
まさか馬鹿正直に自分は異世界のZONEから来ました等とスキフは言えなかったし、上手い理由が思いつかなかった。
猫又が助かった事にアキラとビリーは安堵したように大きく息を吐く。ニコとアンビーの目には涙が滲んでいた。
スキフも彼女が生き延びた事に安心しているが、まだ素直に喜べない。やるべき事が残っているのだ。
「まだ俺の友達が残っている。そいつを助けに行くから待ってろ。」
「スキフ。」
ニコの呼び掛けにスキフは足を止める。
「本当に、ありがとう。あんたのお陰よ。」
「…こんな所に案内したのは俺だ。だから、俺の責任だ。」
ニコの感謝の言葉にスキフは少しばかりの罪悪感を抱いた。ZONEを散々経験した筈のスキフが安全確認を怠り、倉庫に招き入れ、この様な事態を引き起こしたのもそうだが、先程どちらの手段で猫又を救うか迷っていたのもある。
さっさと
「それでもよ。猫又の命を助けたのはあんた。」
「………分かったよ。」
偶然、共闘する事になった行きずりの相手ならともかく、自分をホロウから助け出し、共にここまで来てくれた人間が、自分のミスで死にかけているのを見ても何とも思わない程、スキフは無責任でも、それでいて感謝の言葉を拒絶する程、ZONEでの日々で擦れてる訳でもない。
薄く微笑んだニコの言葉にどこかむず痒い気持ちを抱えながら、スキフは地下へ続く階段へと向かっていった。
◆ ◆ ◆
「そう言えばスキフさん、怪我は大丈夫なのかい?」
「傷は浅かったし血は止まった。平気だ。」
「スキフ、プロキシ先生、ここに敵は居ないわ。」
先程のニコを庇った時に負った傷は既に完治している。アーティファクトのお陰で鉄筋が多少突き刺さったくらいで、スキフにとっては軽症レベルだった。
地下フロアにはアキラとアンビーが共に来ていた。ビリーとニコは未だ眠る猫又の側にいる。
スキフがあの日、ホロウに逆戻りにされた地下フロアはほぼそのままの状態であった。
あの時地面においた
(だがそんな事より、リヒターだ。あいつは持ち堪えてるのか、それとも…)
スキフには武器よりも元いた世界の
そして彼はこの地下フロアの、この部屋に閉じ込められていた筈だ。
「……開けるぞ。」
アキラとアンビーが身構える。もし侵食が進みすぎてエーテリアスとなっている可能性を考えているのだ。
ポルターガイストが死んだせいか、ドアは簡単に開けられた───
「あぁ畜生、リヒター!俺だ!助けに来たぞ!聞こえるか!?」
「不味い!侵食が進みすぎてる!」
「スキフ…!彼はもう駄目…!離れて!」
リヒターの惨状は最悪であった。体中に結晶が生えわたり、手足は結晶に覆われている。何より、胸の辺りにエーテリアスの小さなコアが生まれていた。────完全に手遅れだ。
「クソったれ…リヒター!」
「スキフ!彼はエーテリアスになるわ…!武器を構えて!」
アンビーのその言葉に、スキフはリヒターの頭を吹っ飛ばして楽にさせるべきか否か逡巡する。だが、リヒターの僅かに生気の残る目と、結晶に覆われてない指が、スキフの身体のある一点を指していた事に気付く。
スキフは何も考えずに“それ”をポケットから取り出し、リヒターの生身が残る箇所に突き刺した。
「う…そ……」
「スキフさん……貴方は…一体何を……」
リヒターの、エーテリアスと成りつつあった身体から、結晶が消えていく。胸に出来たコアは縮小していき、消滅した後にはリヒターの肉体がちゃんと元に戻っていた。
これをやって見せたスキフは、信じられない程驚愕しているアキラとアンビー以上に、目を丸くしていた。
スキフがリヒターに刺した物、それは元いた世界のZONEで一般的な、抗放射線薬。決してこの世界を蝕むエーテル侵食を治せる物ではない。
人間の身体から、完全に放射線の影響を除去出来る
リヒターの身体から完全に結晶が除去された時、初めて彼は口を開いた。その目に涙を浮かべて。
「ス…キフ……」
「リヒター、助けに来てやったぞ。」
「お前は、俺の、守護天使だ。」
◆ ◆ ◆
「身体も動く、後遺症もない!記録映像さえあれば科学者共に高く売れたけどまぁいっか!本当にありがとう君たち!スキフと同じくらい君たちも命の恩人だ!」
「あの…リヒターさん?本当に、本当に身体に異常は無いのかい?」
「………あれ程の侵食から、後遺症も無しに回復できるなんて信じられないわ。」
「そりゃあ新エリー都やホロウの常識はそうだろうね。だがここはZONEさ!ZONEにはZONEの常識があるんだよ。スキフ、お前が『抗侵食除去薬』を持ってて助かったよ。あれ結構貴重なんだぞ?」
「偶然拾っただけだ。」
「リヒターさん。聞いてもいいかい?さっきの薬の事。」
エーテリアス化半歩手前の状態から後遺症も無しに回復してみせたリヒターにアキラとアンビーは未だ信じられない物を見たような顔をしている。ついでにスキフも懐疑的な顔をしている。
それもそうであろう。技術の進歩によって侵食に対抗出来る様になったとは言え、新エリー都は未だ侵食症状の後遺症からは逃れられず、完全な治療は望めないのだから。
それが、あれ程侵食が進んだ状態から完治させたZONEの力にアキラは感じた事を口にしてしまう。
「あんな物があるなら、それこそ新エリー都中が黙っていない筈だ。あれは…あの薬はまさしく神の奇跡だ。」
「科学者共曰くアーティファクトの成分を科学的に解析して、複数個から抽出して作ってるらしい。コストは高いからおいそれと手にはいらないけど、それでもZONEではそれなりに出回ってる。まぁ、まだZONE内でしか効果は発揮出来ないんだけどね。外じゃただの抗侵食薬でしかない。」
「だけど、それは新エリー都に居る全ての侵食症状で苦しむ人がZONEに行けば治せると言う事だ。ミュータントやアノマリーの危険があったとしても、無理やりZONEの中に医療施設を建設しても可怪しくない。」
「ところがどっこい、
「……つまり、ZONEで活動する人間で人体実験しながら本当の実用化を目指していると。」
「まっそういう事、殆ど見つからない強力なアーティファクトなら、外で受けた侵食も後遺症も完全に治せるらしいけど、そんな物あっても研究所に厳重に仕舞われてるだろうね。或いは、新エリー都が買える程の値段で使用権が手に入るかも。」
(前の世界のZONEでも似たような話を聞いていたが…やはりこっちのZONEでも流通している薬は実験段階の物を使わせるのは変わらないらしいな。………俺の持っている“これ”も、この世界に来てから変質したのか…?アーティファクトの様に、何故だ?)
アキラとリヒターの会話を聞きながらスキフは自分の道具がこの世界に来てから変化が起きている事の原因を考えていた。だがいくら考えても分からない。何も思い当たるフシがないのだから。
「それにしても…貴方、あれ程の汚染の中でよく持ち堪えてるたわね。あの中じゃ私達が到着するまで保たないと思ってた。」
「隠し持ってたコイツのお陰さ、まぁこいつは侵食相手には効果が弱い奴だから時間稼ぎしか出来なかったけどな。それに、彼処まで侵食が進行すると自分じゃ薬なんて打てないから来てくれて助かったよ。後スキフ、悪いが装備は全部駄目になっちまった、スマン。」
「別に構わんさリヒター。」
リヒターが懐から取り出したのは「ラットキング」と呼ばれるアーティファクト。スキフが知るに電気・出血・放射線を軽度防護してくれる、普通のアーティファクトだ。これがあの汚染部屋でリヒターの時間を稼いでくれたらしい。
話も程々に、スキフ達はニコ達の元へ戻っていった。
◆ ◆ ◆
「なんじゃこりゃ!倉庫が吹っ飛んでるじゃないか!何をやったんだ!?」
「スキフ、そいつがあんたの友達?意外と…普通ね。」
「意外とはなんだ意外とは。」
「猫又の容態は安定してるぜスキフの兄ちゃん。だがまだ目を覚さねぇ。」
猫又を見ると少しばかりの火傷が残っているが、おとなしく寝息を立てている。ちゃんと回復キットが効いている証なのでスキフは安堵した。リヒターは猫又を見てこんな少女が自分を助ける為に重傷を負った事に、自分自身に対して苦い顔をしていた。
「リヒター、こいつらはホロウに放り込込まれた俺を助けてくれた上、ここまで来て外来種と戦ってくれたんだ。この子はアノマリーに落ちて重傷を負った。回復キットで直したが、一応医者に見せたいんだが…」
「分かったよスキフ。ここから一番近くて、ZONEで二番目に整った医療設備がある所に案内してやる。絶対この子を治せる場所だ。」
「何処だ?」
「ZONEで一番賑わうホロウレイダーの街だ。ZONE中央、ロストクだ!そこなら、この子にもっといい治療が出来る!」
ロストク──スキフの居た世界のZONEでも、多くのストーカー達が集まり、ZONEで最も賑わっていた場所へと一行は出発する事にした。
開放的になった倉庫を抜けたスキフ達はプラントから去っていく。そのプラントには、外来種との戦いの痕跡のみが、残されていた。
「所でスキフ。」
「なんだリヒター、そんな顔をして。」
「俺の事……友達だって言ってたらしいな。出会ってから大して時間経ってないのに?へぇ〜。」
「ニヤつくんじゃねぇよ。俺はそう思ってるんだ、悪いか。」
「いや別にぃ〜?悪い気はしないよ、命懸けで助けに来てくれたしな。お前は俺の友達だ。」
「スキフ、顔が少し赤くなってるわ。」
「あんたも可愛らしい所あるじゃない。」
「うるさい見るな。」
◇回復キット
回復キット自体はゲーム本編に登場するが説明文によると期限切れの物や軍用モルヒネ等らしい回復アイテム。
ゲーム的な都合だが銃で撃たれまくってもアノマリーやミュータントに八つ裂きにされようとも注射一本で元気にしてくれる為、本作ではアーティファクトの効果を混ぜているという設定にしている。その為此方もZONEの外では使えない。
◇抗侵食除去薬
ゲーム本編における抗放射線薬の代わりにこの世界のZONEに流通する対エーテル侵食薬
ZONE内限定で侵食を完全に治すことが出来る、ゲーム的な都合で表現すると侵食度99%までなら治す事が出来るが完全なエーテリアスになると流石に回復は不可能。
更にそこまで侵食が進むと自力では摂取出来なくなるのでどの道エーテル汚染地帯は出来る限り避けなければならない。