Zenless Zone Zero The S.T.A.L.K.E.R Who Wandered In   作:路肩の石ころ

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25.研究施設のひととき

 

 

 

 調査任務の最中、突如襲った幻覚によってあわや同士討ちの危機に陥ったスキフ達X-ラボ調査隊。

 下手人と思われるコントローラーを撃破した物、負傷や装備の損耗が酷い──主にスキフが──為、一度ヤンターの研究基地へと帰還する事にしたのであった。

 

 元々、研究基地とX-ラボの位置が近い為に、そう時間を掛けずに戻って来れた。昨日と変わらず、ムスッとした顔で防衛軍の兵士達が警備に就いている。

 何時も通り重々しい要塞の様に見える研究基地は、ボロボロのスキフを歓迎するかの様に重厚なバンカーの扉が音を鳴らしながら開いた。

 

 「ハローハロー、君達。何か問題でも起きた様だね?スキフ君の姿を見れば分かるよ。」

 

 「ああ、サハロフ教授…俺達がどれだけ大変な目にあったのか分からないだろうよ。装備の補修と…このヘルメットが不良品じゃないか徹底的に検査してくれ。」

 

 扉を通ってすぐ、待ち構えていたかの様にサハロフが立っていた。彼を目にして、スキフはヘルメットをサハロフに投げつける様に渡す。

 

 「不良品…?ふむ、興味深い…君達に一体何が起きたのか教えてくれないだろうか?スキフ君、あっちの部屋に技術者が居るからそこに装備を持っていくといい。」

 

 11号とトリガーはサハロフに連れられ別室に向かい、スキフは一度基地のメカニックに装備を見てもらう事になった。

 

 

 本来、ヤンター研究基地の技術者は、機材設備の整備やフィールドワークを行う研究員が装備する防護服や自衛火器の調整を担当しているのだが、基地で雇うホロウレイダーに対しても有料で武器と装備の修理をしてくれる。本人曰く「良い小遣い稼ぎ」になるそうだ。

 

 基地の隅に構えられた作業スペースはスキフも何回か利用した事があり、すっかり顔馴染みとなった技術者に対して銃器とボロボロになったアーマーを差し出す。アーマーを見た技術者は目を丸くした。

 

 「ホロウレイダー、俺の記憶が確かなら、昨日までそのアーマーはもっと綺麗だった様な気がするんだが…」

 

 「大量のゾンビに撃たれ…銃弾を切り落とす猛者に身体中斬られ…その上ロケットの爆発に巻き込まれてたらこうなる。直せそうか?」

 

 「なんでそれで死んでないんだよ……銃はすぐに調整できるが、このアーマーはもう駄目だな…新調した方が早い。」

 

 11号の斬撃を受け止め続け、ゾンビと幻覚によって穴だらけにされたアーマーは、コンパス(物理防護)リキッドロック(装備耐久性)、2つのアーティファクトを持ってしても修復が無理な状態まで追い込まれたらしい。

 スキフとしては、前にリヒターが用意してくれた代物だった為に、ここで放棄する事になるのは寂しい気持ちだ。

 

 「そうか…結構気に入ってたんだがな。まぁ仕方ない、代わりのアーマーはあるか?このあとも調査が残ってるんだ。」

 

 「とは言ってもウチにあるのは科学者用の防護スーツくらい…待てよ、この前軍用アーマーが一つ手に入ったんだ、そいつを回してやるよ。」

 

 「……外の防衛軍からちょろまかした奴じゃ無いだろうな。」

 

 「バカ言え、デューティがどっかから密輸してきた防衛軍の旧式アーマーだよ。旧防衛軍時代よりも昔の代物だが十分使える筈だ。」

 

 技術者がスキフに見せたのは、チョルノービリのZONEで各勢力が使っていた「PSZ-5アーマー」によく似たアーマーだった。アノマリー耐性こそ微妙だが、アーマーとしては申し分ない性能だろう。

 

 「少し時間をくれ、お前用に調整しといてやる。」

 

 「助かるよ、俺はサハロフ教授の所に行ってる。」

 

 代金を支払い、手持ちの武器を全て預けてスキフはサハロフの下に向かった。

 

 

 

 先に11号とトリガーが向かった基地の別室に移動すると、一連の出来事を伝え終わったのかサハロフは顎に手を当て何か考え込んでいた。

 

 「よぉ、俺がコントローラーに間抜けにも騙された事をちゃんと伝えたか?」

 

 自虐も兼ねた冗談を言うスキフ。実際、PSI放射の幻覚に気付かずに11号と戦っていたのだから仕方ない、今まで奴と戦って来た経験は何だったのかと自分に言い聞かせたい程である。

 

 「はい、貴方が事態を解決に導いてくれた事はしっかり伝えましたよ。」

 

 「────は?」

 

 信じられないと言う顔でトリガーを見るスキフ。確かにコントローラーを見つけたのはスキフだが、最終的に仕留めたのはトリガーのお陰である。何処にスキフのお陰で解決した所があるのか全くの謎だ。

 バイザーで上半分覆われているとは言えトリガーの顔は大真面目だ、彼女の性格からしてもこんな時に冗談を言う性格とも思えない。

 

 「意外…と言う顔ですねスキフさん。貴方は確かに幻覚のせいで11号と戦闘を行いました。しかし、あの新種(・・)のミュータント──コントローラーの事を“知っていた”お陰で何とかなった事は事実です。」

 

 「新種って…どういう───」

 

 「貴方が防衛軍やデューティ、この研究基地の記録に一切無いミュータントの存在を教えてくれたから、事態の収拾が出来たと言っているのよ。」

 

 「──────は?」

 

 トリガーと11号の言葉に開いた口が塞がらなくなったスキフ、確かにコントローラーは珍しいミュータントではあるが、誰も見たこと無いレベルの存在では無い筈だ。

 境界線近くに籠っている防衛軍は兎も角、ZONEの中間まで進出しているデューティやヤンターの科学者連中が全く知らないとはどういう事なのだ────そこまで考えて、スキフは一つの事実を思い出した。

 

 (そう言えば…この世界に来てからコントローラーを見てなかったな……出会わなかっただけかと思ってたが…)

 

 この世界に来てから今まで回ったX-ラボにも、ZONEを歩き回っている時にも全くコントローラーと遭遇しなかった事を思い出す。単に今まで出会わなかっただけ、そう思っていたがそもそもこの世界のZONEでは全く見かけないミュータントだとは思わなかった。

 

 「新種のミュータントに関しては後で聞くとして…彼処で何が起きたのかは2人に教えて貰った、今回起きたオボルス小隊とウチで雇ったホロウレイダーがあわや同士討ちとなりかけた件についてだ。」

 

 サハロフがスキフと11号をそれぞれ見る。昨日言っていたようにヤンターのドロドロした政治問題に抵触してしまったのだろうか。

 

 「幸いな事にオボルスの隊員に犠牲者は出なかった。味方の攻撃で死んでしまったら、防衛軍との厄介な責任問題に発展するからね。一ホロウレイダーに過ぎないスキフ君が死ぬくらいなら幾らでも誤魔化しが聞くのだがね。」

 

 「……本人が目の前にいるのに、口にするのはどうかと思うぞサハロフ教授。」

 

 「君は正式に雇ったZONE調査員ではなく臨時…言わばアルバイトだからね、死んだ時の影響は彼女達よりずっと少ない、と言うか殆ど無い。」

 

 あくまで別々の組織による合同調査任務である以上、何かあったら何処が責任を取るのかで揉めるだろう。単にミュータントやアノマリーによる死者が出た程度なら不幸な犠牲で済むが、調査員同士の殺し合いなんて起きたら上の方で血が流れるのが目に浮かぶ。

 

 「取り敢えず、オボルスの2人には同士討ちの件について口を閉じておいて欲しいんだ、重箱の隅を突いて防衛軍とウチで余計な対立は起こしたくない。せっかく新種のミュータントの脅威が確認されたのに、政治的な面倒事に対処しなくちゃいけないのはゴメンだ。」

 

 11号とトリガーに対し、唇に人差し指を当てるジェスチャーをするサハロフ。2人としてもわざわざそう言った面倒事に発展するのは望まないし、同士討ちによる死傷者が出ること無く切り抜けられたので何も言う事は無い。

 

 「ミュータントの事でスキフ君には色々と聞かせて欲しい事があるから、2人は先に休んで来なさい…食堂が空いてるから食事するのも良い。」

 

 「分かりました、また後で合流しましょうスキフさん。」

 

 そう言ってトリガーは11号と共に部屋から退出する。2人が居なくなり、サハロフは真剣な顔でスキフに向かい合う。

 

 「……さてスキフ君、あのコントローラーとやらについて、何処で知ったのかを教えて貰えないかね?」

 

 「………噂話でそんな奴が居ると聞いて───」

 

 「質問を変えようか、コントローラーについて君の知っている事を出来るだけ、教えて欲しい。」

 

 スキフとしては異世界のZONEで知りました──と言っても信じて貰えないであろうと考えて誤魔化したが、サハロフには通じなかった様だ。尤も、質問を変えてくれるのはスキフにとっても助かる。

 

 自分の知りうる限りのコントローラーの情報とコントローラーが操るPSI放射の影響をサハロフに教える。とは言っても、生態などはスキフも大して知らない為、教えられるのはどんな能力を使ってくるか等の戦闘における行動パターンくらいであるが。

 サハロフは聞き逃さない様、自分のPDAに情報を書き連ねている。

 

 「実に興味深い…ZONEには様々なミュータントが存在するが、文字通り人間を操ってくるミュータントまでいるとはね。」

 

 「そこそこデカい建物に詰めていた人間全員ゾンビに変えてしまう程の能力だ、厄介さで言えばZONEで一二を争うな。」

 

 「ううむ…それも厄介だが、君と11号君がやられた同士討ちの幻覚も酷い…人間の死すら偽装して騙してしまうのだろう?」

 

 「ああ、俺もいつの間にか幻覚を見せられて────」

 

 ふと、妙な違和感を感じたスキフ。確かにコントローラーは強力なミュータントだ。元居た世界で戦った時も、コントローラーが使うPSI放射で幻覚を見させられた事は何度もあった。

 

 ───だが、“基本的に”そう言った現象はコントローラーと対峙した時に行ってくる行動──あの視界を引きずり込まれそうな感覚──の後に起きるものであった。いつの間にか掛かっているものでは無い。

 実際、施設の戦いで幻覚の兵士が見えるほど酷くなったのはコントローラーに“それ”をやられた後だった。

 

 更にコントローラーによる同士討ち──それもゾンビ化寸前まで脳がPSI放射にやられた事によって敵味方の区別がつかなくなる暴走の様なもの。スキフと11号みたく、意識や思考を保ったまま仲間を敵と認識してしまう様な物ではない筈だ。

 

 そして一番妙なのは、目の前で死んだ幻覚の11号。あの血の匂い、11号の息が途絶えていく音、生気が無くなる目、どれも幻覚とは思えないレベルの代物で────何より、コントローラーはその様な“死を偽装する”幻覚を使ってくる覚えは、経験上無かった。

 

 

 

 (────いや、1人“いた”。)

 

 

 

 スキフの脳裏に1人の男が思い当たる。人体実験により“コントローラーの因子”を埋め込まれた人間。

 奴も、自分の仲間に自らの皮を被せるような幻を見せ、コントローラーよりも遥かに強力な幻覚を操ってきた筈だ。

 

 (けど…奴は死んだじゃないか、俺がこの手で殺した筈だ。)

 

 チョルノービリのドゥーガ、スパークのメンバーと共にモノリサーの軍勢と戦い、ある建物の屋上でスキフは彼と戦い、そして勝利した。彼の命が尽きる間際、奇妙な語り合いをし、精神世界の様なZONEの本当の姿を見せられ、自分を“使者”と呼んだ男。

 彼の姿をしたモノリサーを殺す度に本物かどうかを確かめた物だが、最後は確実に死んだ事をこの目で確認した。

 

 (奴はコントローラーの因子を入れられたって話だった…なら、コントローラーもそんな能力を持ってても不思議じゃないよな。)

 

 まさか死んだ人間が異世界にやってくるなんて話はあるまい───この世界のコントローラーが強力な能力を持っていただけの事だろう。そうスキフは結論づけた。

 

 「─────でだ、君が不良品かもしれないと言ったヘルメットに関してだが……スキフ君?話を聞いているかい?」

 

 「…ん?ああ…すまない、ヘルメットに何か不具合は見つかったか?」

 

 考え事をしていたら、どうやらサハロフの話を聞き逃したらしい。彼は対PSIヘルメットを取り出して何かを言おうとしていた。

 

 「見たところヘルメットに異常は全く無いんだ……だが君はそうでは無いと言うんだね?」

 

 「そうだ、コントローラーはPSI放射を使って脳を操ってくるが、ヘルメットに耐性があるならそうそう幻覚は見ない筈だ。」

 

 「それが奇妙なんだ、君の言うPSI放射による幻覚…つまり他人が別の物に見えたり、幻覚の兵士が現れて撃たれるといった現象は、今まで確認されたPSI放射による症状とは違うんだよ。」

 

 「─────は?」

 

 また開いた口が塞がらなくなった、実に本日3回目である。サハロフの口ぶりからしてスキフの知るPSI放射とは違うらしいが、ならX-ラボを包むあれは一体何なのだ、彼処に犇めいていたゾンビは何なのか。

 

 「スキフ君、昨日のブリーフィングで、オボルスの隊員に説明した、PSI放射が人体にどんな影響を及ぼすかを覚えているかい?」

 

 「ええっと…確か…」

 

 「ZONEのPSI放射は“体内エーテル”に干渉する特殊な波動の様な物だ、ホロウの外にいるのにも関わらず、人体のエーテルを変質させて脳にエーテル侵食の様な影響を及ぼし、最終的にはゾンビになる。

 末期症状の一つに幻覚症状もあるにはあるが……ゾンビ達を見てもらうと分かるように、自身の記憶に由来する物が朧気に見えるだけで、君の言う様な高度な幻覚を見ている訳では無い。」

 

 スキフはPSIに詳しい訳では無いが、それでもその危険性は前の世界で散々食らったのである程度は分かっている。

 掻い摘んで言えば脳に作用して幻覚を見せつける代物だ、この世界でも同じPSI放射という名前なのだから、効果も同じだろうと思い込んでいたが、実際は違うと言うのだろうか。

 

 「“ここで発見した”PSI放射の症状は主に酷い頭痛・吐き気・耳鳴り・失明・記憶障害……まぁ色々とあるが、幻覚を見るのは末期も末期、ゾンビ化直前の症状だ。」

 

 「まるで病気みたいな症状だな…」

 

 「実際それに近い、これらは全て人体に存在する少量のエーテルがPSI放射によって乱され、変質する事によって引き起こされる。その中で一番影響を受けるの器官が脳と言う訳だ。」

 

 「……なぁ、それ本当にPSI放射なのか?」

 

 「まるで“別のPSI放射”を知っている様な口ぶりだね…少なくとも、我々がZONEで研究してきた結果だよ。」

 

 似ている様で微妙に違う──そんなこの世界のPSI放射にスキフの脳はPSI放射を受けたかの様に混乱していった。続けてサハロフはヘルメットについて改めてスキフに説明する。

 

 「この対PSIヘルメットはそんな体内エーテルの変質…特に脳を守る為の物だ。侵食に効く訳では無いが、少なくともPSIのエーテル干渉は抑えてくれる。」

 

 「──じゃあ、コントローラーに効かなかったのは…」

 

 「コントローラーが操っているのがPSI放射では無いか……それとも、“別のPSI放射”を使っているかだ、それしか説明がつかない。」

 

 そう言ったサハロフの目はスキフを見据えている。スキフが語る情報の齟齬から、彼の正体を怪しんでいる様な目だ。

 

 「スキフ君…話は逸れるが、僕はZONE研究の第一人者と自負している。制圧作戦の失敗以降、私は新エリー都を離れ、ここでZONEについて研究をずっと行ってきた。」

 

 「ここの責任者なら、まぁそうだろうな。」

 

 「ホロウを上書きする様に現れたZONEだが、その性質は実にホロウとよく似ている……ミュータントとエーテリアス、アーティファクトにレゾブレム、アノマリーと各ホロウ特有の現象…そこにはどれも、何かしらエーテルに関係する物が見出せるんだ。」

 

 流石に全て一致している訳では無いが、実は類似点がかなり多いホロウとZONE。サハロフ程の研究者なら、色々と共通点を発見できるであろう。

 

 「PSI放射もそう、エーテル汚染地帯を除いた、“ZONE特有のエーテル侵食症状”の様な物と僕は仮定しているのだが……君の語るPSI放射はどうにも違う、君はいちホロウレイダーに過ぎないのに、僕が知らない事を何故か君は知っている。」

 

 スキフを怪しんでいる様なサハロフの目をよく見ると、研究者としての本能が輝いているようにも見える。もしかしたら、サハロフはスキフが別世界のZONEから来た事を薄々感じ取っているのではと思ってしまう程に。

 

 「スキフ君、君は何処からベルズ検知器を手に入れ、何処でコントローラーの事を知り、何処のPSI放射を経験したのか、僕は知りたくてたまらないんだよね。腰を据えて、僕の知らない事を教えて欲しい。」

 

 「………話した所で狂人扱いされるだけだ。」

 

 「なに、“仮説”を唱えるくらいなら自由だし、狂人扱いされる研究者なんて何処にでもいる、君が気にすることじゃない。」

 

 「言うにしたって話が長くなる、今語る事じゃないな。」

 

 「むぅ…実に残念だ、まぁその気になったら教えてくれ。拘束して悪かったね、君も食堂に行ってきたらどうだ?軽く食事を取った方が良いだろう。」

 

 明らかに感づいているサハロフを尻目に部屋から退出するスキフ。だが部屋を出る瞬間、ちょっとした疑問が浮かんだ為サハロフにそれを聞いてみた。

 

 「サハロフ教授、あんたはPSI放射は体内エーテルに干渉するって言ってたよな?」

 

 「その通りだが…何か分からない事が?」

 

 「もし…“体内エーテル”とやらが存在しなかったら、“ここのPSI放射”の干渉を無視できるという訳か?」

 

 スキフの疑問───それはさっきからサハロフが言っている体内エーテルの事である。人類を蝕むエーテル侵食の原因、それは、この世界の人間や知能構造体が生まれながらに持つ体内エーテルが、ホロウのエーテルと相互作用を起こす事によって侵食される。

 

 この世界におけるPSI放射もこの体内エーテルに作用してゾンビ化を引き起こすと言うのなら、異世界の出身で体内エーテルなんて恐らく無いであろう自分には効かないのでは?という憶測があった。

 

 「……確かに、理論上は体内エーテルが存在しなければPSI放射の影響は受けない筈だ、尤もそんな人間は存在しないだろうけどね。体内エーテルは知能あるものが生まれた時から持っている物だ。」

 

 「そうか、変な事を聞いて悪かったな。」

 

 「そうそう忘れる所だった、スキフ君あの2人にも言ったが再度X-ラボに向かったらコントローラーの素材を回収してくれ、頼んだよ。」

 

 元居た世界はエーテルなんて物は存在しなかった、ならこの世界のPSI放射であれば、異世界人の自分は無視できるのかもしれない、だけど知らないだけで自分の身体にもエーテルがあるのかもしれない。そんな事を思いつつ、スキフは食堂へと向かって行った。

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 時間を見てみると朝飯には少し遅いが昼飯には早いといった中途半端な時間であった。

 それでも研究漬けで生活サイクルが崩壊した、基地の研究者達にとっては丁度いい時間なのか食堂にはそれなりの人数が食事を取っていた。

 

 小綺麗な小さいレストランの様に見える基地の食堂の一席に、11号とトリガーが座っていたのを見つけ、彼女達に近付いた。

 

 「スキフさん、サハロフ教授とのお話は終わったんですか?」

 

 「そうだ、待たせて悪かったな、まだ食事は終わってない様だが……お前は何食ってんだ11号。」

 

 11号が食べているヌードルの様な物を見ると、赤く染まったスープに浸った、真っ赤な麺を啜っていた。

 まるで溶岩を放出するアノマリー「Lava Lamp(溶岩ランプ)」を皿にブチ込んだかのような色と、匂いを嗅ぐだけで鼻を刺激する香りを漂わせるそれは、見ているだけで口の中が辛くなりそうだ。

 

 「ヤンター特製激辛ラーメンよ。」

 

 「ヤンター特製激辛ラーメン。」

 

 「まさかZONEに来てこんな絶品に出会えるなんて思わなかったわ。辛味、コク、まろやかさ、麺のコシ、全てにおいて奇跡のバランスを保っている極上のラーメンよ。しかも食べていると全身が癒され、軽くなっていく感覚がするわ。」

 

 クールな表情を崩さずに語る11号の目は、大好物を目の前にした子供の様に輝いている。

 普段、食事に頓着しないスキフだが、こんなに美味しそうにラーメンを食べる11号を見ていると食べたくなって来た。

 

 「俺もそれ食ってみようかな…」

 

 「それは無理ね、このラーメンは今日限定1食だけよ。」

 

 「残念、また今度にするか。」

 

 「私も興味はあったんですが、彼女に譲る事にしました。」

 

 「言ってくれればトリガーの分を取り分けたのに…」

 

 「ふふ、その気持ちだけで十分ですよ。」

 

 限定1食なら諦めるしか無い、2人のやり取りを聞きながら食堂の注文カウンターに向かう。

 トーストやスクランブルエッグなどオーソドックスなメニューは割と少ない癖に、何故かラーメンの種類は豊富だ。幾つかのラーメンには「滝湯谷・錦鯉監修!」と書かれている。

 メニューの一番下には11号が今食べている、ヤンター特製ラーメンがあった、どうやら日によって味が変わるらしい。

 

 「よう、このヤンター特製ラーメンってのは毎日1食だけ提供するのか?」

 

 「いいや、材料が中々集まらないから完全不定期だ。あのお嬢さんは幸運だな、私の特製ラーメンを食べれるなんて。」

 

 「あんたのお手製か。そこまで希少な材料使ってるのか?」

 

 「ああ、アーティファクトを混ぜてるからな。」

 

 スキフは絶句した。目の前の白衣を着た学者に見える調理師は、とんでもない物をラーメンにブチ込んでいると自白したのだ。

 

 「今日のラーメンには、麺に粉末状の「ステーキ」を練り込み、スープにはすり潰した「マグマ」を入れて、隠し味兼侵食対策に「抗侵食除去薬」を加えたんだ。

 いやぁ、熱性アノマリーから手に入れたアーティファクトをラーメンに加えると辛味が増すのは意義のある発見だったよ。」

 

 「待て待て待て、いくらなんでも人体に影響ないのか?」

 

 「回復キットや抗侵食除去薬なんてアーティファクトを複数個直接人体に入れてる様な物だろう?調合は的確にしているし、毒味はちゃんと済ませてあるから安心しろ。」

 

 「考えてみれば…まぁ大丈夫なのか…?」

 

 「基本的な材料にフレッシュの骨とバユンの髭を一晩煮込んだ出汁に、ボアのチャーシュー、キメラの脳みそ、シュードドッグの心臓を加えてあるから味も絶品だよ。」

 

 「11号ォ!今すぐ食べるのを止め…クソッもう完食してる!トリガーァ!11号を吐かせろ!こんなん食ったらミュータントになるぞ!」

 

 「安心しろと言っただろう。今の所、私のラーメンを完食した事による死者は1人も出てない…そんなクレームは来ていないからな。」

 

 「マッド野郎め!死んだらクレームなんて来ないに決まってるだろ!」

 

 碌でもない物を食べさせられている11号を救うべくスキフは叫ぶ。静かだった筈の食堂はかなり騒がしくなり、少しばかりの混乱を巻き起こした。

 

 

 

 

 「11号、何かあったらすぐに言え。あんな物人の食うものじゃ無い。」

 

 「その言葉はあのラーメンに失礼よ、あれ程美味しいラーメンは他に無いわ。」

 

 「例え美味しく感じても毒のある食べ物はごまんとあるんですよ11号…」

 

 トリガーもラーメンの原料を聞いて顔を青ざめていた。アーティファクトとミュータントが混ぜられたラーメンは流石にヤバいと感じたのだろう。

 ご丁寧な事に免責同意書──11号は激辛部分に関する事かと思い込んでいた──までしっかり書かされていた為、あのマッド料理人の人体実験を止めるには彼を殺害するかZONEを消滅させるしかない。

 食欲が無くなりかけたスキフだが、少しくらいは腹に入れといた方が良いと軽い物を食べている、まだ装備の修理は終わらない為、時間潰しも兼ねてゆっくりと食す。

 

 「……そう言えばスキフさん、コントローラーについて何故知っていたんですか?研究基地ですら情報に無かった筈なのに…」

 

 「あー……一度だけ、ゾンビ掃討の依頼を受けてセメント工場のエリアに行った時に出くわしたんだ。その時奴と戦って、生存者がコントローラーって呼んでたから俺もそう呼んでいた…まさか誰も見たこと無いミュータントだとは思わなかったけどな。」

 

 サハロフと同じ疑問を投げかけたトリガーに対して、嘘と本当を混ぜながら誤魔化すスキフ。

 異世界から来たと言う事を信じて貰えないと思っているのと、正直に言ったら言ったで話が非常に長くなるからだ。

 

 実際、元居た世界の事ではあるがコントローラーと最初に出会った時の話は嘘偽りない。ヌーンタイドと呼ばれる集団からの仕事でとある施設に向かった時に、施設に駐留していたヌーンタイダー達を丸々ゾンビに変貌させた犯人がコントローラーであった。

 どうやらトリガーはスキフの話を信じたようではあるが、また何か聞かれてボロを出さない為に自分から話を逸らしてみる。

 

 「気になってたんだが…どうして防衛軍はヤンターのX-ラボに目を付けた?他にもあった筈だが。」

 

 「スキフさんはX-ラボが多数存在するのをご存知なんですか?」

 

 「色々調べてな、どうしてデューティの連中を引かせてまで、わざわざヤンターのX-ラボの調査を始めたんだ。」

 

 トリガーと11号は顔を見合わせ、少し考える素振りをした後、口を開く。どうやら大した機密でも無いので話しても良いと判断した様だ。

 

 「…元々X-ラボの建設には、エリー都防衛軍が大きく関わっていたらしいんです。」

 

 「…この手の施設だったら当然だな。」

 

 「特にヤンターのX-ラボは、責任者に軍の関係者を据えて防衛軍主導の研究を行なっていた様で…」

 

 「恐らく、あのSTALKERプログラムという計画ね。」

 

 スキフが見つけたメールにあった「大佐」と呼ばれる人物が主導していたらしき「STALKERプログラム」。だが何故今になって防衛軍が調査を始めたのだろうか。

 

 「実の所、今の新エリー都防衛軍にはX-ラボの情報が殆ど残っていなかったんです……旧都陥落の裏でひっそりと…ここ、X-ラボがあった地域一帯が“別のホロウ”に飲み込まれ、関係者も生存出来なかったとの事で…」

 

 「これだけ重要な施設なら誰か救助に来れなかったのか?」

 

 「それは無理な話よ、当時は旧都陥落によって、全てが崩壊して何処もX-ラボに回せる手なんて無かったわ。防衛軍も大きな被害を被ってしまったもの。」

 

 「更に言えば、X-ラボが壊滅したのを防衛軍が知ったのは旧都陥落から暫く経過した後でした、唯でさえ再編に苦労するなか、重要とは言え何の研究をしていたかは分からない施設の探索に向かう余裕は無かったんです。」

 

 旧都陥落───未曾有の大災害によってエリー都が受けたその被害は語るに及ばず、無数の犠牲者が発生し、何処もかしこも助けを必要としている状況で秘密施設の救助など、何処の組織も不可能であった。

 

 「それで今までホロウの奥底に沈んでたX-ラボが、ZONEが現れた事によって調査出来るようになったと。」

 

 「はい、ZONE制圧作戦の中にX-ラボの調査も含まれていて、ヤンターのX-ラボは重要目標の一つだったのですが…」

 

 「調査を行っていた部隊が消息を断ち、更にはエミッション(光熱放射)によって制圧部隊全体が壊滅、その後にあの施設をPSI放射が包んで手を出せなくなってしまったわ。」

 

 「だが研究基地の連中が対抗策を編み出した、それで防衛軍は再調査に乗り出した訳か…」

 

 他のX-ラボの事を既に把握していたにも関わらず、それらに脇目も振らずにデューティと交渉してまでヤンターのX-ラボを狙っていたのは、何かしら防衛軍にとって重要な物があるかもしれないと睨んでの事だろう。

 

 「待てよ?お前達の仲間が向かったあっちの方は何があるんだ?」

 

 「鬼火隊長達が向かった廃車場の方も、何かしらX-ラボと関わりがあったとして同時に調査を行うことになったんです、どの道対PSIヘルメットの数が少数しか無かった事は研究基地の方から事前に伝えられていたので。」

 

 トリガーの説明に、スキフは取り敢えず防衛軍がX-ラボを狙っている理由を理解した。スキフとしてもヘーリオスやカローレ・アルナの情報さえ手に入れればそれで良い為、防衛軍と情報の奪い合いには、一応ならないだろう。

 そう考えていると、PDAに技術者から武器装備の調整が終わったとの連絡が送られてきた。

 

 「……どうやら俺の装備の準備が終わったらしい。」

 

 「なら、ママズ・ビーズ・フローが準備出来たら、出発にしましょう。」

 

 「探索の続きと行きたいですが…PSI放射の発生源も突き止めませんとね。」

 

 「大丈夫だトリガー、大体の目星はついている。」

 

 「目星?」

 

 11号と施設を探索している際、大まかに建物を見ていたがどうにもPSI放射の発生源は地上には無い。

 ならば、何処にあるのかと言うとこの手の物がある場所は一つだ。

 

 

 「X-ラボの研究員のメールを見つけて分かったが…彼処には地下の研究施設がある筈だ、規模も相当大きいだろう。発生源は恐らくそこにある。」

 

 

 

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