Zenless Zone Zero The S.T.A.L.K.E.R Who Wandered In 作:路肩の石ころ
──────人間の匂いがする。
十匹いる群れ、その中の一匹は凄く弱い、それ以外言う事は無いほど弱い。
他には獣の……懐かしくなる匂いがするのが二匹いる、その内の一匹は多分群れの中で一番強い、これだけ強いのなら群れの
それ以外の奴らは皆似たり寄ったりな匂いだ。だけど二匹だけ、もの凄い数の同郷の奴らを殺してきたであろう匂いがこびりついていた。一番強いのと一緒に注意しなくては。
匂いを辿って、人間の群れを追跡しよう。
チャンスを待って、ここぞと言う時に動く為に。
今回は、どれだけ自分の腹を満たせるだろうか。
その影は、霧に包まれた沼地を駆け出して行った。
スキフは沼地に足を踏み入れた事は一度しかない。
元居た世界ではクリアスカイの基地と、
新品ピカピカの
そこで直面したのは
分身に翻弄されるわ、すばしっこい動きと鋭利な爪で裂かれるわ、四方八方から撃たれて脳を操られそうになるわであっと言う間に弾薬は尽き、更にはキメラに追い回されながら
結局、沼地に来た目的を果たした時には武器もアーマーも使い物にならない状態でミュータントに怯えながらザトンに戻らなくてはいけなかった。その帰り道でブラッドサッカーに襲われた所を助けてくれたストーカー達にはスキフは感謝してもしきれないだろう。
(そう言えば、彼らは沼地に価値ある物があると信じて颯爽と向かって行ったんだったな……彼らは無事に沼地を出ることができたのだろうか。)
そんな事を思い浮かべながら、スキフはもう一度、別の世界のZONEの沼地を仲間達と共に進んでいた。
濃霧に包まれた沼地に入るとすぐに方向感覚を失ってしまった。
幸いな事に周囲をある程度見渡せるくらいには視界は開けているが、今の自分の現在地はどうなっているのか全く分からない、PDAのマップ機能は沼地に入った途端に「OFFLINE」になったからだ。ホロウになってしまったのは本当のようだ。
始めてこの世界に放り込まれた時のホロウを思い出す、空気も肌に感じる風も別物だが、やはりあの時の行けども行けども正しく正常に進めないあの感覚は、額に嫌な汗を流していく。
だが今スキフと共にいるのは、そのような人を迷わせる空間を正しく導くプロキシ、それも伝説のパエトーンだ。
彼が後ろからデータスタンドを設置するポイントまでのルートを算出する。1人で道も分からずホロウを彷徨うのとは違う、確実に目的地へとガイドしてくれるという信頼と安心が心に余裕を持たせてくれる。
そうして生まれた余裕を持ってして、全力でこちらを襲ってくる脅威たるミュータントやアノマリーからプロキシを守る事に専念出来るのだ。
トラッパーとスキフを先頭に、中間にはガイドをするアキラとその補佐としてリヒター、ライカンが位置し、その後ろをウルフとビス達ホロウレイダーが後に続く。
アキラはルートを算出しながら先頭にいるトラッパーに目的地について聞いた。
「このまま進めば最初の設置ポイントがこの先にある、確か焼けた農場という名前で合ってるかな?トラッパーさん。」
「そうだ、この景色からして近くまで来ている、名前の通り熱性アノマリーが集まった場所だから注意しろ、適当な場所にデータスタンドを置けば焼けるぞ。」
沼地に詳しいトラッパーは周辺の地形を見ただけで現在位置を把握している、そんな彼でもプロキシ無しではホロウを進めないと言うのだから恐ろしい。
隊列の後ろにいるビスは辺りを見渡しながら、思った事を口に出した。
「ホロウになってるって言うからどんなもんかと思ったが……エーテル侵食は無さそうで安心だ、侵食がないホロウなんて楽勝だぜ。」
口ではこんな事を言いつつ、周辺警戒は一切怠っていないビスの言う通りで、霧の中に微細なエーテル粒子の煌めきが見えつつも、今の所皆の体にエーテル侵食は進行していない。
自分達が身に着けるガイガーカウンターにそっくりなエーテル濃度測定装置も僅かにしか反応しておらず、侵食の影響はほぼ無いと言って良いだろう。
だがライカンは不測の事態を予測しておくべきだと忠告する。
「油断は禁物です、あくまでここはホロウでいう表層、奥に行けば行くほど、ホロウの様に侵食が我々を襲うやもしれません。」
「そうだビス、兄貴の言う通りだ。」
「……とは言え、エーテル侵食がないと言うのは私も些か拍子抜けでしたが。ホロウに必ずあるエーテル結晶も見当たらないとなると、沼地のホロウ化は限定的なものの可能性も十分あります。」
「そうだビス、兄貴の言う通りだ。」
「ウルフお前ちょっと黙ってろ。」
そんな会話がアキラの後ろで行われていると、少しひらけた土地に、建物が全て焼け落ちたであろう小さな集落が見えてきた。
あちらこちらに炎を吹き出すアノマリー「
リヒターが背中に背負っていたデータスタンドの1つを下ろし、焼けた農場近くの適当な場所に設置し始めた。
「アノマリーの中じゃなくてこっちにデータスタンドを設置した方がいいな。プロキシ、調整を手伝ってくれ。」
「リヒターさんってデータスタンドの取り扱いに慣れてるんだね、何処で覚えたんだ?」
「まぁ昔こいつを色々弄くる仕事してたしな、本職には程遠いがプロキシみたいな事も出来るぜ。」
アキラとリヒターによって手際よく設置されたデータスタンドは特に問題なく起動し、一行は次の目的地へと向かった。
◆ ◆ ◆
「次の設置ポイントは古い教会のある場所だ。このまま真っ直ぐに進んでくれ。」
「教会はミュータント…特にスノークかバユンのどっちかがよく巣にしている、一戦あるかもしれないから準備しておけ。」
アキラの案内とトラッパーの現地の説明を聞きながら沼地を進んでいると、突然トラッパーと共に先頭を歩いていたスキフが足を止め、全員に止まれのハンドサインを出す。
その合図で全員が即座に警戒態勢へと入った。
スキフ目の前の空間……霧が立ち込める道をじっと見ていた、アキラとライカンは彼が何かを察知したのだと訝しんでいたが、生憎何が来るのか2人にはよく分かってない。
───だが、2人以外のホロウレイダー達には、スキフが見つけた物にある程度見当が付いていた。
「……ようスキフ、お前が感じ取ったの“コレ”か?」
「そうだリヒター、お前らも分かるか?後ろの奴、何人かゆっくりと俺の後ろに来てくれ。」
「ライカンの兄貴とプロキシ、そこ動かないでくれ、俺とこいつが行く。」
(───彼らは一体何を見つけた?恐らくアノマリーだと思うが…)
ライカンはひたすら何があるのか見つけ出そうとスキフの先にある空間を注視しているが、何一つ気配を感じ取る事が出来なかった。ウルフとホロウレイダー1人がスキフの後ろまで移動し、先頭にいる全員がボルトを取り出した。
「プロキシ、ライカン。一応目と耳を塞ぐ準備をしてくれ。」
「承知致しました。」
「分かったよスキフさん、でも一体何が───」
スキフ達が正面に向かって、半円形に広がるようにボルトを投げた瞬間、まるで閃光手榴弾のような強烈な光と爆発が目の前の空間を次々照らしだす。
それを見たホロウレイダー達は皆、悪い予感が的中したかの様に頭を抱え出した。
「やっぱり「
アーティファクト等の防護策無しに一歩範囲内に踏み込んでしまえば、一瞬で失明を引き起こし、鼓膜が破れ、強烈な閃光熱によって全身が焼かれるZONEで一二を争う凶悪なアノマリーだ。
「事前に気づけて良かったが、思ってたよりアノマリーの範囲が広いな……トラッパー、ここを迂回出来そうな道は?」
「底が深い沼を突っ切るしかない、一帯がホロウ化している状況とこの人数だとその方法は避けた方が良いな。」
「と、言う訳だプロキシ。悪いが別のルートを探せるか?」
「大丈夫だ。ところで皆、あのアノマリーにどうやって気付けたんだ?僕には何も見えないけれど…」
目を凝らせば妙なつむじ風だったり、空間が歪んでいたりするのが分かる他のアノマリーと違って、その存在を予見するような物が全く見えないこの
更には従来のアノマリー探知機どころか、アノマリーを視覚的に表示できる「ベルズ検知器」ですら探知する事が出来ない、非常に厄介な死のトラップだ。
なら、ZONEで生きる者達はどうやってこの見えないアノマリーを見分けるか?それは───
「……勘だ。」「勘しかないなぁ。」「なんかちょっと毛が逆立って来る感じ……まぁ直感だよな。」「何となくと言う他ないぞ。」
「……流石はZONEの住人だ、感服するよ。」
実際、他のアノマリーと違って
まさしくZONEで培われたであろう彼らの感覚に対し、アキラの口からは称賛の言葉しか出なかった。そしてもう一人、
(これが、ZONEのホロウレイダーか…!やはり私1人であったなら、あのアノマリーに気付くことなく入り込んでしまっていたに違いない。)
少し前に容易くバンディットやアノマリーの気配を見つけ出してしまう事から、ホロウレイダー達に一人で護衛が事足りると言われたライカンだが、なんてことない。
ライカンはZONEに足を踏み入れ、始めてアノマリーをその目で見た時から今に至るまで、アキラに万が一が無いようずっと周囲の環境に全神経を集中していただけの事だ。
普段行うホロウでの仕事以上に、過剰とも言えるほど周囲を警戒していたにも関わらず先程のアノマリーに気付けなかった事を自責しつつ、スキフ達に対して心の底から畏敬の念を抱かざるを得なかった。
◆ ◆ ◆
アキラがホロウを迷わず進めるルートに導いているのにも関わらず、時折アノマリーの壁にぶつかり、ルートの再計算を余儀なくされる事態が何度か起きつつも、ようやく古い教会のある地点に到着した。
「ホロウみたいな環境にアノマリーが加わると、あんなに時間が取られるとは思わなかったよ…」
「今の所侵食が無いのが幸いだ、普通のホロウと同じ侵食速度だったらちょっと厄介だったかもな。」
アキラとリヒターが沼地の現状に対し愚痴を言い合う。ホロウと化した沼地は空間の連続性が無く、一般的なホロウと同じように空間の裂け目が幾つも存在した。
プロキシならばどの裂け目に入れば、目的の場所に到達する事が出来るか分かるのだが、その前にアノマリーの存在が立ち塞がったのだ。
道の途中にあるならいざ知らず、裂け目の近くにあるのもまだいい、問題は裂け目の位置とほぼ同化していたりする場合だ。
プロキシ的には正しいルートなのに進めば死のトラップが待ち受けているなど冗談でも笑えない、結局他のルートを探し出さなくてはならず、大幅な遠回りを強いられてしまった。
とは言え、それ以外の問題は特にないまま無事に古い教会へと辿り着いたので、早速アキラとリヒターはデータスタンドの設置に取り掛かる。
2人が外でデータスタンドを設置する間、トラッパーとスキフは教会の中に入り、中にいるかもしれないミュータントを捜索する。ライカンとウルフ達はデータスタンド周辺の安全確保だ。
教会の中は元居た世界と同じく、長年人の手から離れたような朽ち果てた様相を呈していた。ただ一つ違う点を入れるとしたら、巨大なミュータントの襲撃か、それともRPGでも撃ち込んだかの様に壁の一部が大きく崩落していたことか。
スキフとトラッパーは慎重に内部に入り、内部のクリアリングを行うが、隅まで見た所ミュータントの存在は確認出来なかった事にスキフは安堵する。元居た世界の同じ場所で遭遇した猫のミュータント──バユンに痛い目を見せられた過去からだ。
トラッパーの方はミュータントが寝床にしていたらしき場所を入念に調べ上げている。
「最近まで小型のミュータントが巣にしていたようだ……だが襲われてここを放棄した。」
そう言うとトラッパーは教会の壁に大きく空く穴に目をやる。その近辺には戦闘の痕跡がくっきりと残されていた。
「バンディットかレネゲイドが爆弾でも放り込んだか?」
「いや、火薬の類の痕跡が無い。多分デカい奴が突っ込んできたんだろう、食いかけの肉が放置されてるから飯の途中だったんだろうが……妙だな。」
「妙って?」
「この誰かさんの手足達を見てみろ。」
トラッパーが見せてきたのは隅に集められた多数の千切れた人間の手足、本来くっついていた筈の体は何処にも無く、普通の人間が見れば気分を悪くするような物だがZONEじゃ特段珍しくもない。殆どのミュータントは肉食で哀れな犠牲者の死肉を貪り食うのは常識だ。
「それがどうかしたのか?」
「手足の断面がミュータントに食い千切られた跡じゃない、そもそも餌をわざわざ巣に持ち帰るのがおかしいんだ。」
「アノマリーにでもバラバラにされたんだろう、獲物を持ち帰るのも何処がおかしいんだ?」
「アノマリーにやられたならもっとズタズタにされてる、だがミュータントに引き裂かれたって訳でも無いのが謎だ。
そして巣を見るにここの住人は沼地じゃ珍しい
ハンターとしての観察眼を存分に発揮するトラッパーに驚きつつも、言われて見れば確かに疑問に思える点がいくつか出て来る。
気になったスキフも一緒になって巣の調査をしていると、スキフにとって妙な物が一つ見つかった。
(どうしてこんな所に「PA-7 ガスマスク」があるんだ?)
ガスマスクと言われて大体がイメージするような形状の物に、一体となったフードがついた元居た世界でありふれた「PA-7 ガスマスク」によく似たガスマスク。主にチョルノービリのZONEで活動していた「傭兵」が身に着けていたのはよく覚えている。
ただこの世界では対ホロウ用の装備を流量した、調査員やホロウレイダーがよく使う球状の防護ヘルメットや、スキフが使っている物に近いハーフタイプのマスクが主流で、2つのレンズと円筒形のフィルターが付いたようなタイプは有毒ガスには効果はあっても、この世界で肝心要のエーテル侵食に対しては効果がかなり薄いからという理由で流通量は非常に少ない、少なくともスキフはこの世界に来てからこのタイプのガスマスクは全く見ていない。
ガスマスクが落ちていた場所の近くには着用者と思われる色々と齧られた跡が残る生首が手足に混じって落ちており、その断面はまるで鋭利な刃物で切られたかの様に切断されていた。
(確かにこんな綺麗に首を跳ねる芸当が出来そうなミュータントもアノマリーも思いつかないな……)
「スキフ、トラッパー。データスタンドの設置が終わったぞ、次のポイントに向かう!」
作業を終えたリヒターが教会の中にいる2人を呼び付ける、色々と疑問は残るが何時までもここで調査をして本来の目的を忘れる訳にはいかない。
スキフはボロボロのガスマスクをその辺に捨て、外にいるアキラ達に合流しにいった。
「ウルフ、アノマリーの気配を感じる方法を教えてくれないか?」
スキフとトラッパーが教会を調査し、アキラとリヒターがデータスタンドの設置と調整をしている間、ライカンはウルフに先程ホロウレイダー達がやって見せたアノマリーの気配を察知する方法を聞いていた。
ライカンはあらゆる業務をそつなくこなす完璧な執事に見えるが、やはり人間である以上どうしても不慣れな事が出て来る。
そう言った事に関しては努力や新しい技能の習得という形で補うのがライカンの信条だ。
ZONEに不慣れなので
そんな事態を防ぐ為にZONEにおける先輩であるウルフにこうして師事を仰いでいるのだ。
「兄貴だったらもう十分アノマリーを察知できるんじゃないか?ザトンまでの道中で俺たちより早くアノマリーを見つけてたじゃないか。」
「あらゆる場所に注意を払い続けていただけだ、だがあれを何時までも続けているのは負担も大きいし、脅威の取捨選択も難しい。何より、俺はさっきの
ライカンにとって未知の世界であるZONEは脅威か否かの判断がかなり難しい。このままでは全てを脅威だと疑い過ぎたが故に本来の脅威を見逃すかもしれないのだ。
因みにライカンがタメ口なのは昨晩ウルフから「俺は弟分なんだから敬語を止めてくれ」と頼まれたからだ。
「よし分かった、他ならぬ兄貴の頼みだしな。ルーキーに教えてるようなもので良ければ任せてくれ。」
そう言ってウルフは近くにあるアノマリーに近づく、ライカンはこの間にも周辺への警戒は怠らない、いざと言う時に即座にアキラを守れる位置を維持する。
「丁度良いからこの
そう言うとウルフはアノマリー探知機を切り、ひたすら目の前のアノマリーにボルトを投げ入れる。
ボルトを投げ、アノマリーが再展開するのを待ち、再度ボルトを投げる、その繰り返しだ。
ライカンはウルフが言った通りにアノマリーが消えては現れる瞬間───異常現象がこの世に流れ込む様をひたすら見続ける。
「まぁ簡単に言えばアノマリーの存在のある無しを自分の本能と直感に刻み込むんだ、視界や探知機に頼りすぎると暗闇や探知機が効かないアノマリーに出くわした時に頭から突っ込む事になるからな。まぁ兄貴ならすぐ物に出来ると思うが。」
「……流石に買い被りすぎだ。」
「そんな事ないって!」
彼とは付き合いが短かった筈なのにどうしてここまで自分を慕ってくれるのか、何せライカンがモッキンバードから去る少し前に出会い、モッキンバードから去った後は彼と出会う事は無かったのだから。
「こうしたアノマリーの気配察知をZONEのホロウレイダーは全員習得しているのか?」
「千差万別だな、毎日アノマリーに身体を突っ込んでるような奴は間違いなくこうした技能を持ってる、かく言う俺も感覚を忘れないようによくアノマリーの密集地に足を運ぶ、俺がちゃんと出来なきゃルーキーの手本にならないしな。」
「……そうか。」
始めて出会った時のウルフは何処にでもいそうなチンピラだった覚えがある。それが今ではZONEを生き抜き、ルーキー達の師となるベテランホロウレイダーだ。
昔の知り合いがこうして立派にやっている所を見ると、どこか感慨深い物がある。
「ライカンさん、データスタンドの調整が終わったよ。」
「承知致しました。ウルフ、時間だ……アノマリーの気配を感じ取るにはまだまだかかりそうだな。」
「1回アノマリーの匂いを刻み込んでやるって意気込めば、後は勝手に身体の方で覚えてくれる。ライカンの兄貴は強いからすぐ慣れるさ。」
流石のライカンもこの一回でアノマリーの気配を完璧に察知出来るようになるとは考えていない、だが何もしないよりずっとマシだ。
ウルフ達の手を借りながら、自分の経験と努力で補いつつ沼地を進んでいこうと結論づけ───何かの気配を感じ取ってその方向へ即座に振り向く。
その先は霧が立ち込める藪だ、先程あそこが不自然に揺れたような気がした。
「兄貴、どうかしたのか?」
「あの位置に何かが動いたような気配を感じた……ミュータントか?」
(こちらに気付いて気配を消した?敵意は無さそうだが…)
何かがあそこから動く気配は感じられず、更には気配すら消えた。
「……気配が消えた、どうやら相当隠れるのが上手いようだ。」
「兄貴、何時までもこうしちゃいられない、背中を警戒しながら行こう。」
一旦ライカンとウルフはアキラ達に合流し、一切の警戒を解くことなく教会を出発した。
その後、人間が去った跡の教会に、小さな影が急くように入って行ったのには誰も気付く事はなかった。
◆ ◆ ◆
次の目的地は深い湿地帯の中心にあるポンプ場だった。スキフが来た世界で言えばコントローラーと大量のゾンビが待ち受けていた所である。
アキラの誘導を受けつつ、スキフ達はポンプ場までの道を進んで行くが、その道中無駄口を喋る者は誰一人いなかった。
その中で、明らかにピリピリしているトラッパーが遂に口を開く。
「……いくら何でもおかしい、ここまでフレッシュの一匹すら見かけないとはどういう事だ。」
そう、彼らはここまで1体もミュータントに遭遇していない。その影すら見えて来ないのだ。
まるで、ミュータント達が消え失せてしまったかのように。
「なぁトラッパー、本当に沼地はミュータントの群れだらけなのか?」
「間違い無い、ホロウ化する前はそれはもうわんさか見つけた。少なくとも今まで通りなら既に数匹くらい見つかる筈だ。」
「最初にホロウレイダーが生きて帰ってこれた時は、まだミュータントは居たってビアードが言っていたよな?」
「私の雇い主からの情報でも、初期はミュータントの存在を確認出来たと報告されています。しかしここまでミュータントがいないとは……何か環境に変化があったのかもしれません。」
「キメラの群れなんか居なくなってくれれば良いんだけどよぉ…かと言ってミュータントがいないのもなんか変な気分だな。」
最後にリヒターがボヤくと、一行の視界に少し深い沼の上に建てられた小屋が見えてくる。
沼の上には足を取られないように桟橋が掛けられており、そこを慎重に進みながらポンプ場へと入って行く。
ポンプ場の周囲はかなり開けており、藪が散乱しているものの、視界はかなり良好で遠くまで見渡せた。
アキラとリヒター、ライカンとスキフは小屋の屋根に続く階段を登り、板が掛けられた監視塔にデータスタンドの設置を行う。他の者達は小屋の一階から外を警戒中だ。
「ふう……大丈夫そうとは言え、こんな板切れだけで高い所を渡るのは少し怖いね。」
「こういう所をピョンピョン飛び跳ねて足を滑らして死ぬ奴が一定数いるのが怖い所だ。調整を始める、援護してくれ。」
ライカンとスキフは監視塔から周囲の警戒を始める。見た所ポンプ場の周囲には何も確認出来ない……だが、2人の本能はずっと奇妙な違和感を感じていた。
(まるで、周囲から見られている様な気が───)
気を張り詰めていると、そのうちデータスタンドの設置が完了する。
「終わったよ、後もう一つ設置すれば讃頌会の捜索に取り掛かれるな。」
そう言ってアキラは板切れを渡り、監視塔から小屋の屋根に移る。ふと屋根から周りを見渡すが、やはりミュータントの姿は1匹も見られない。
「スキフさん、ミュータントは一体何処に行ってしま────」
───スキフに話しかけたアキラの背中に、音もなく大きな人影が現れ、その巨大な刃を振り下ろした。
刹那、金属と刃がぶつかる音がポンプ場に鳴り響く。
ライカンがその人影に向けて一撃を放ったのだ。
「プロキシ様ッ!お怪我はありませんか!」
「ぼ…僕は大丈夫だ!でもスキフさんが!」
「かすり傷だ!俺はいいからそいつをブチのめせ!」
「おいおい、こいつは……!」
ライカンが動いたのと同時に、アキラを咄嗟にスキフが庇ったのだ。ほんの僅かに刃が身体に食い込んだが、幸いにもダメージは殆どない。
屋根にいる4人は音も無く襲ってきた人影をはっきり認識する。
マントのような外装、右手に弓の形をした巨大なブレード、肩から生える棘、そして極め付きは頭に浮かぶ黒い球体。
ZONEにいる筈の無いホロウの異形・上級エーテリアス「タナトス」がアキラの命を奪わんと奇襲を仕掛けたのだ。
「上級エーテリアスかよ!」
「よりにもよって要警戒級ですか……!」
義足とエーテルの刃による鍔迫り合いをするライカンが、力を込めてタナトスを弾き飛ばすように距離を取る。
すると、タナトスはマントを翻し姿を消し───同時に小屋の一階にいたホロウレイダー達から叫び声が飛んでくる。
「兄貴、周囲からバケモン共が出てきたぞ!」
「クソッ!完全に囲まれてる、奇襲された!」
「冗談だろ…?なんでこんなにエーテリアス共がZONEにいるんだよ!?」
ポンプ場の周辺の湿地帯、泥濘の中から起き上がるように次々とエーテリアスが姿を現してくる。
ティルヴィングやアルペカ、賊害侵蝕体・悪辣討手と強欲射手。
これらの数十体にも及ぶエーテリアスの群れが、まるでゲリラ兵の如く沼地に潜伏していたのだ。
「不覚…!これほどの数を見逃していたとは…!」
「なぁ、こいつらこんなに気配を消すのが上手いのか!?」
「あのタイプのエーテリアス達は隠れ潜むことができる知能はないはずだ!でも……奴らは僕達がポンプ場に入るまでずっと待ち構えていた、通常じゃあり得ない!」
「嘘だろ…!君たち、要警戒級のおかわりだ!」
視界の先、岩場の上に姿を現した「要警戒・タナトス」、その近くの泥濘が盛り上がり、もう一体の上級エーテリアス「要警戒・デュラハン」が現れた。
奇妙な事に、この2体の要警戒級は身体中が傷付いていた。よく見ればエーテルの刃や剣は欠けており、マントや盾の一部が裂けている。
この2体が己の刃を振り上げる、まるで作戦開始と叫ぶように咆哮を上げる。
このエーテリアス達はスキフ達に気付かれぬよう、沼地の中に姿を隠し、スキフ達をポンプ場に誘い込む為に、徹底的に気配を殺していたのだ、確実に包囲し、仕留める為に。
命令を受けたエーテリアス達は、ポンプ場の人間達に向けて、一斉攻撃を開始した。
フラッシュバン嫌い、どうやって突破すればええねん
◇バユン
S.T.A.L.K.E.R.2から登場する猫のミュータント
人の声を模倣し、眠気デバフを誘発する咆哮をやってくる。周りに人間NPCがいないのに声が聞こえてきたらこいつがいる証拠、こいつが潜んでいる場所も相まって結構なホラーに感じる。
小さい上にすばしっこいから照準が合わず、爪にズタズタに切られ凄く出血するかなり嫌な敵。