Zenless Zone Zero The S.T.A.L.K.E.R Who Wandered In   作:路肩の石ころ

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55.アグロプロム包囲戦 後編

 

 

 

 (身体の、感覚が、ない─────)

 

 意識を取り戻したトリガーの自慢の聴力を阻害する様に酷い耳鳴りが頭の中を叩く。

 

 思い出せるのは此方を向く砲身、空気を揺らす轟音、崩れる屋上、吹き飛んで行く自身の身体、頭を下にして迫りくる地面。

 

 間違いなく、自分は地面に叩きつけられた筈だ。それも頭から。

 

 それなのに全身がまるでフワフワと浮いているかのように何も感じない、脊椎でも折れてしまったのだろうか。

 

 (受け身は……取れるわけがないですよね。おそらく、私の身体はもう……)

 

 ZONEの奇跡(アーティファクト)の効能を内包した回復キットがあれば助かるかもしれないが、この状態からでも回復出来るのだろうか。

 

 どの道、この感じでは間に合いそうにないが。

 

 「────ガー!トリガー!何処にいるの!?」

 

 「プロキシ……さん。」

 

 大切な、かけがえの無い友のこちらを呼びかける声が聞こえる。

 せめて死ぬ前に、彼女の声をもう一度と……意識を向けると、リンが奇妙な動きをしているのが分かった。

 

 (……呼吸が上下に動いている?スクワットでもしているのでしょうか……いやなんで?)

 

 「生きてるよねトリガー!返事を……う…浮いてる……!」

 

 「あっ、動いていたのは私の方でしたか。」

 

 耳鳴りが収まり、周囲を把握出来るようになると、自分が地面から1mほどの高さをフワフワ浮いていたのが分かった。

 まるで無重量空間に囚われているような、そうではないような不思議な感覚がトリガーの身体を包み込んでいる。

 

 「Springboard(踏み台)か……ZONEが救ってくれたな。」

 

 「リヒターさん…!あなたも無事でしたか…!」

 

 トリガーのすぐ横ではリヒターが同じ様にまるで神に感謝を捧げるように手を組みながらフワフワ浮いていた。

 高所から吹き飛ばされた2人の命を救ったのはZONEでは珍しい、それ単体では無害な、地面から浮き上がる効果を持つ重力アノマリーSpringboard(踏み台)だ。これがクッションになり落下の影響を無力化したのだ。

 

 「待っててトリガー!そこから出してあげ…うわわわ!」

 

 「プ…プロキシさん!」

 

 トリガーを引っ張り出そうとしたリンがトランポリンのように浮かび上がる。

 リンの護衛兼トリガー達の救出の為に来たデューティ兵が上手い具合にリンを掴んでアノマリーの範囲外に戻してあげた。

 

 「不用意にアノマリーに近づくな!2人共、身体が動くならそこから出られそうか?」

 

 「ええ……身体は動きます。」

 

 「……一緒にいた仲間は?」

 

 「あいつらは……俺達ほど運が良くなかったよ。」

 

 リヒターが倒壊した西棟を指差す。

 そこにはSpringboard(踏み台)に着地する事が出来ずに、首の骨を折った者や、砲撃で飛んできた瓦礫に頭を割られるか、建物の倒壊に巻き込まれ潰されたデューティ達がいた。

 

 どうやら西棟の倒壊から助かったのはトリガーとリヒターの2人だけのようだった。

 悲しんでいる暇は無い、急いでアノマリーから出ようとするが、身体に激痛が走って2人はその場に膝をついてしまう。

 

 「くっ……!」

 「いっててて…!」

 

 「2人共!やっぱり怪我してるじゃん!」

 「あの砲撃の直撃を食らったんだ、死んでないだけマシだぞ。あんたはもう1人を運んでくれ、ここじゃ狙われる。」

 

 2人をよく見れば全身が傷付いていた、やはり無傷とは行かなかったようだ。

 リンがトリガーに肩を貸し、デューティがリヒターを抱えて、残りのデューティが立て籠もっている中央棟に後退する。

 背後では激しい銃撃やミサイルの発射音が鳴り響いていた。

 

 「隊長……皆……」

 

 心配そうに振り向くトリガー。

 あの兵器を前に、仲間達を置いて背中を見せなければいけない事に、不甲斐ない気持ちで一杯であった。

 

 

 

 

 『ストーム4、戦車前進、目標、前方の敵集団!』

 

 『来るぞ!総員対戦車戦闘用意!』

 

 「隊長!そんな訓練は受けてないであります!」

 

 「戦車相手に正面からは自殺行為だ!隠れろぉ!」

 

 クリアスカイの重戦車「Tー64バトル・タンク」が前進しながら搭載された大口径の対空機関砲3門がスキフ達に牙を剥いた。

 まるでレーザーのように輝く曳光弾の火線がスキフ達の隠れる地面や森を抉り取っていく。

 

 「おいスキフ!お前は戦車と戦った経験があるのか!?」

 

 『そうだ!私でさえ記録でしか見たことないあの兵器をお前はよく知ってるようだが、何か対策は!』

 

 「対策ったってシールド張ったような奴は見たことないんだよ!」

 

 シュルガ中佐と鬼火隊長がスキフにどうすればあの戦車を倒せるのか聞き出すが、スキフからしてもどうすれば良いのか全く見当がつかない。

 戦車という兵器は無敵に見えて以外と弱点が多い……が、だからと言って生身でやり合う相手では決してない。

 しかもあの戦車には車体全てを覆う強力なエネルギーシールドが存在する。ならばどうやっても弱点を突くやり方は出来ないだろう。

 

 機関砲の掃射に頭を抱えて縮こまっていると、砲身が狙いを定めるかのように動き始めたのを11号が見つける。

 

 「砲撃がくるわ!退避しないと!」

 

 「退避と言ってもこの攻撃じゃ動けないでありますよぉ!?」

 

 11号や鬼火とオルペウスのコンビなら、多数の重機関銃の一斉射撃程度ならば全て弾きながら移動できる実力はある。

 だがTー64に搭載され、スキフ達に襲いかかって来る機関砲弾は流石に弾こうとした瞬間に最悪肉体が吹き飛ばされるだろう。何せあの機関砲は大型エーテリアスでさえズタズタに引き裂ける対空用の代物だ。

 

 砲身にエーテルエネルギーが満ちていく。

 それが解き放たれようとした瞬間、無数のミサイルが振り注いだ。

 

 『よくもトリガーを!』

 

 「「ビック・シード!」」

 

 『いいぞシード!そのまま鉄屑に変えてしまえ!』

 

 「吹っ飛ばしてやれであります!」

 

 自身に攻撃を仕掛けてくるクリアスカイ兵達を排除し終えたビック・シードが戦車に猛烈なミサイルとマシンガンの雨を降らす。

 それらを全てエーテルシールドが防ぎつつ、鈍重な見た目からは想像もつかないほどの速さで砲塔を動かしながら、攻撃目標を変えて凄まじい火線がビック・シードに襲いかかる。

 

 『うわわっ、全然効いてない!?』

 

 「戦車なら上取られたら吹っ飛べよ……!」

 

 元居た世界のスキフが経験した戦争でミサイルやドローンによる攻撃で戦車が破壊される事はよく見る光景だった。

 実際、あのエネルギーシールドがなければビック・シードは対空射撃を回避しながら戦車に大ダメージを与えられたであろう。

 

 『シード!もう少しだけ奴を引きつけろ!』

 

 『了解……!んもう、うっとうしいなぁ!』 

 

 流石に空中を取られ続けるのは避けたいのか、攻撃を続けながら回避機動を行うビック・シードを追うように砲塔を動かし迎撃するTー64。

 3門の対空機関砲の内、両側面に付いた2門は砲塔を直接動かさなければ左右を狙えない構造だ。猛射する機関砲とついでに主砲でビック・シードを狙い撃つが、シードの巧みな操縦で躱され、外れた弾は空中で炸裂する。

 

 戦車がシードを狙っている間、スキフ達は急いでアグロプロム工場へ走ろうとするが、砲塔の上部にある機関砲塔がこちらに旋回し狙いを定め、更に戦車の周囲にクリアスカイの小隊がスキフ達の移動を阻止せんと現れた。

 

 『スノー3!敵の後退を阻止せよ!』

 

 「了解だストーム4!全隊、奴らを工場に行かせるな!」

 

 歩兵小隊と戦車の機関砲がスキフ達に襲いかかる。

 工場までの数十メートルの距離を走りながらオボルス小隊が小銃弾を防ぎ、スキフとシュルガ中佐が反撃する。

 

 だが生身のクリアスカイ兵はともかく、エネルギーシールドで守られているTー64はどうにも出来ない。

 試しに砲塔後部を晒している戦車にガウスガン(EM1)を撃つが、ご丁寧な事に機関砲にまでシールドが張られており、ミュータントを貫くガウス弾頭が砕け散った事に顔を顰める。

 

 (フルチャージなら行けるか……?だが次撃ったらガウスガンがブッ壊れ────あがぁ!」

 

 「トーチ・スラグ!」

 「スキフ殿がやられたであります!」

 

 工場へと急いで向かおうとしたスキフの脇腹に棘付きのハンマーで殴られたような凄まじい衝撃が走り、地面を転がるように数m吹き飛ばされる。震える手で脇腹を触ると機関砲の弾頭が深々と突き刺さっていた。

 伝説のアーティファクトたるコンパス(物理防護)は機関砲の一撃を防ぎきり、肉体が四散する様な事は起きなかったが全身のダメージも酷い物で立ち上がる事すら難しい。

 

 「うぐ……うぉぉ……!」

 

 『なっ…あいつ生きてるのか!?』

 「スキフを助けに───クソ!機関砲で近づけない!」

 

 鬼火が驚くのも当然、どう見ても致命傷クラスであるがこんな負傷でもハート・オブ・チョルノービリや回復キットがあれば全快まで持っていけるだろう───今制圧射撃を受けていなければの話であるが。

 

 既に工場の近くまで辿り着ついた鬼火達がスキフを助けに戻ろうとするが、機関砲塔とクリアスカイ兵の射撃がそれを阻む。

 ビック・シードはクリアスカイの対空攻撃を避けるのに手一杯だ、隙を見てミサイルを戦車に当ててるが効果はあまり無い。

 

 スキフは這いずってでもその場から離れようとするが、激痛のせいでまともに動けなかった。

 動けないスキフを仕留めようと、クリアスカイ兵が狙いを定めるのが見える。

 

 この状態で更に撃たれたら次こそ死ぬ。

 ガウスガンや他の武器を構える時間は無い、PTMピストルを引き抜いて反撃するが手が震えて全く当たらない。

 

 被弾する事を恐れず11号とオルペウスが駆け出すが、それよりクリアスカイ兵の引き金が先に引かれる─────前に、ゴーグルに大きな穴が開いてそのクリアスカイ兵が崩れ落ちた。

 それだけでは無い、何処からか聞こえる銃声と同時にクリアスカイの小隊が次々と撃ち抜かれて倒れて行く。

 

 (トリガーの支援射撃…?)

 

 そう思ったがトリガーのいた西棟は崩壊、あれを生き延びたとしても工場はスキフの真横にある。クリアスカイ兵達の倒れる方向からして飛んできた弾はスキフの後方からだ。

 

 随伴歩兵が全滅したことを受けてTー64が機関砲塔をスキフに───否、スキフの後方へ射撃を始めた隙に、11号達がスキフの下に辿り着く。

 

 『随分としぶといな!死んだかと思ったぞ!』

 「立てるでありますか!?」

 

 「悪いが這いずりまわるので精一杯だ……!」

 

 「大丈夫、引っ張って行くわ───待ってロケットよ!」

 

 11号が後方から飛来してきたロケットを認識し、その場にいた者たちは咄嗟に身を屈めるが、スキフ達に当たることなく真上を通過していく。

 通り過ぎたロケット弾はTー64に直撃した瞬間、ビック・シードの攻撃ですら削りきる事が出来なかったエーテルシールドがパラパラと剥がれ落ちるように無効化されていった。

 

 『せ……戦車長!シールドダウン!再展開不能です!』

 『今の攻撃か!?クリアスカイの最新技術を無力化だと!?』

 

 Tー64の乗員は大混乱に陥っていた。

 ビック・シードから大量のミサイルを食らってもまだ余裕があった筈のエネルギーシールドが呆気なく無力化されたのだから。

 そしてスキフ達も同じくエネルギーシールドが消えた事に驚愕する。

 

 「シールドが……消えた……?」

 

 『……っ!シード!』

 

 『見えてるよ隊長!』

 

 エネルギーシールドが無ければあの尋常じゃ無い防御力は発揮出来ない。

 すぐにビック・シードによるミサイルの飽和攻撃が降り注ぐが、戦車の車体全体に張り巡らされた爆発反応装甲が代わりに炸裂する事で辛うじて装甲へのダメージを防ぐ。

 

 ビック・シードのミサイルの斉射が終わると、そこには爆発反応装甲の大半を剥がされ、機関砲が全て破壊された装甲を焦げ付かせるTー64が姿を現す。

 

 『いいぞシード!もう一度────』

 

 『ごめん隊長!ミサイル無くなっちゃった!』

 

 「うえぇぇ!?ここに来て万事休すでありますかぁ!?」

 

 長時間に分かってクリアスカイの包囲部隊と戦車に度重なるミサイル攻撃を行なっていたビック・シードの残弾が尽きてしまう。代わりに大口径マシンガンの雨を降らせるが戦車相手では焼け石に水だ。

 次のミサイルが来ない事に気付いたTー64が砲身を動かしスキフ達に狙いを向ける。

 

 一か八か、工場へと走る11号とオルペウスに引き摺られながらスキフはガウスガンのフルチャージを喰らわしてやろうとチャージを開始するが間に合う筈もなく、鬼火もレーザーを放っているが戦車の正面装甲を溶断するに至らない。

 

 「ひええ!?砲身がこっちに!」

 「ガウスガンはあとどれぐらいで撃てるの!?」

 「もう少し!」

 『早くしろぉ!全員吹き飛ばされるぞ!』

 

 『砲手!消し飛ばしてや─────』

 

 

 『ミサイルが無いからって、ビック・シードを無視しちゃダメだよ?』

 

 

 ゴオォォン!!

 

 

 まるで隕石の如く上空に飛び上がった後、猛スピードで急降下してきたビック・シードが電撃を纏った鋼鉄の拳をTー64の天板に叩きこんだ。

 金属同士の凄まじい激突音が鳴り響き、強烈な一撃が砲塔を車体に押し込んだことで砲塔を旋回させる為のリングを歪ませた。

 

 『パンチのおかわりだよ!』

 『攻撃密度増強!!』

 

 戦車の天板を殴る、殴る、ひたすらに殴り続けて装甲をへこませる。

 更にはビック・シードの拳から高電圧の電流が流れこみ、戦車の電子システムに異常を発生させる。

 振り落とそうと戦車が激しくその場で動き回るがビック・シードはビクとも足をふらつかせない。

 

 『畜生、あの鉄屑を振り落とせない!』

 『旋回不能、FCS(射撃統制システム)ダウン!て…天板がどんどんへこんできた!戦車長、どうすれば!?』

 『近接攻撃でやられるほど戦車はヤワじゃ無い…………筈だ!直接照準であの連中を狙え!』

 

 電子システムが破壊されたとは言え、戦車を中枢機能には単純なシステムを用いているのでまだ動かせる。

 凄まじい連打で歪んだ砲塔リングも旋回が出来なくなるだけで主砲の使用には問題がない。

 殴り続けるビック・シードを無視してTー64が車体そのものを旋回させてスキフ達へと照準を向けるが、ビック・シードの鋼鉄の両手に砲身を掴まれて上下左右へとガチャガチャ動かされ狙いを阻害される。

 

 『大人しくして〜!』

 

 『砲身が揺れて照準が……!』

 『クソクソクソ……!他の部隊をこっちにまわ───』

 

 焦る車長のペリスコープに映り込んだのは、チャージを終えたスキフが持つガウスガンの光、そしてオルペウスが構えるありったけのエネルギーを溜め込んだ鬼火の炎だった。

 

 直ちに同軸機銃を放つが11号によって全弾弾き落とされ、彼女が背にする3人に一発たりとも届かせない。

 

 「私が防ぐから早く!」

 

 「2人共!狙うは()()だ!それ以外ない!」

 

 『そうだろうな!退避しろシード!』

 「狙い撃つであります!」

 

 攻撃を察知したシードが飛び上がって戦車から離れる。ビック・シードが飛ぶ直前、砲身を一発殴りつけておいた。

 

 『主砲撃て!直撃しなくとも構わん!』

 

 車長が砲手に命じるがその前にスキフと鬼火の全力射撃がTー64の砲身に命中。

 最大出力のガウス弾頭と極太のレーザーが砲身に赤い線を刻み、砲塔の正面装甲に激しい音を撃ち鳴らす。

 大抵の大型エーテリアスを一発で粉砕できるような一撃だが、流石に戦車の正面装甲を貫くことは出来なかったようで、ガウス弾頭とレーザーが直撃し、装甲を歪ませた跡を残すのみであった。

 

 『フハハ!Tー64の正面装甲は最強だ!撃てぇ!』

 

 車長が自信満々に主砲の発射を命じた瞬間、先程の攻撃でダメージを受けた砲身が圧力に耐えきれず、派手に炸裂して金属の花びらを作り出す。

 

 『主砲大破!もう使えません!』

 『ひ……引けぇ!まだ足は動く!撤退だぁ!』

 

 主砲が弾け、機関砲が吹っ飛び、同軸機銃以外の武器を殆ど失って丸裸にされた戦車は堪らず退却を始める。

 

 「ハラショー!ザマァみろ!あたたた……脇腹が……」

 

 『これで奴は固いだけの箱だ!シード!奴に止めを……』

 

 『隊長〜?なんか空が赤くなってきたよ〜?』

 

 『赤く?まさか……』

 

 空を飛ぶシードが、地平線の向こうが段々と赤くなってきたのに気付いた。

 更にアグロプロムを包囲し、果敢に攻撃を仕掛けていたクリアスカイの兵士達が負傷者を抱えながら慌ててBTR装甲車に駆け込み、何処かへと逃げていく。

 

 「えっと……まだ夕方じゃないでありますよね?」

 

 顔を引きつらせたオルペウスが呟き、冷や汗を流したスキフが叫んだ。

 

 「エミッション(光熱放射)だ!工場に向かえ!」

 

 「実際に見るのは始めてね……!」

 

 雷が鳴り響き、ZONEの奥から強烈な爆音と風が迫ってくるこの世の終わりのような現象を前に、実際にエミッションに遭遇するのは初めてのオボルス小隊は度肝を抜かれる。

 脇腹に機関砲弾が刺さったままのスキフを11号とオルペウスが引きずりながら走った。

 

 『シード!追撃はいいから急いで戻ってこい!エミッションに巻き込まれたらビック・シードごとゾンビになるぞ!』

 

 「そう言えばシュルガ中佐は何処に行った!」

 

 「彼にはデューティ達の指揮を取らせてるわ!」

 

 工場防衛の主力であったトリガー達が脱落し、ビック・シードが対戦車戦闘にかかりきりになった為、少しでも人手を増やす為に彼だけ工場へと先に向かわせたのだ。

 工場はすぐ近く、敷地内に入るとクリアスカイ兵の遺体が多数転がっていた。

 どうやらクリアスカイの戦車は味方が工場内に突入する時間を稼ぐのに十分役にたったらしい。

 

 だが、結局中央棟からの猛反撃によって工場の制圧に失敗したようだ。

 中央棟1階の車両用出入口の大きな扉を開けたシュルガ中佐とリンが急かすように手招きをしている。

 よく見ればトリガーやリヒターもいる、あの砲撃から2人が生き残ったことにスキフ達は安堵し、中央棟に飛び込んだ。

 

 「鬼火隊長!スキフさん!早く!」

 

 『総員飛び込めぇ!』

 

 「もうすぐエミッション(光熱放射)が直撃するぞ!あの知能構造体はどうし─────」

 

 『そこからどいて〜!』

 

 「うおぉぉ!?前をよく見ろオボルス!」

 

 スピーカーの声と共にビック・シードが滑り込んでくる。

 入ってすぐの所にいたデューティの曹長が危うく轢かれそうになるが間一髪の所で回避に成功した。

 

 「曹長!ボサッとするな!扉を閉めるぞ!」

 「い……イエッサー、中佐!」

 

 「これがお兄ちゃんの言っていた赤い嵐……」

 「プロキシさん、扉から離れて下さい!」

 「閉じろ閉じろ!エミッションが入ってくるぞ!」

 

 急いでリン達が扉を閉めた瞬間、赤い死の嵐が工場に直撃する。

 エミッション(光熱放射)の奔流がコンクリートの建造物を叩きつけ、灼熱の突風が窓を激しく揺らすが、アグロプロム工場はエミッションに十分耐えられる建物であり、漸くスキフ達は一息つくことが出来た。

 

 やっと通信妨害で連絡が取れなかった者達との合流が叶い、スキフ達は再開を喜びあう。

 

 「はぁ…間に合って良かったぁ……スキフさんもオボルス小隊の皆と合流してたんだね。」

 

 「まぁ地下で色々な……怪我がないようで良かったよリン。リヒター、お前もよく無事だったな。」

 

 「ZONEが助けてくれたのさ、エミッションのお陰でクリアスカイ共も逃げていったしな、まさしくZONEのお恵みだ。」

 

 「所でスキフさん、その怪我は……」

 

 「機関砲が直撃してな、凄く痛くて立てない。」

 

 「いやそっちこそよく無事だったね!?」

 

 「アーティファクトのお陰で助かったんだろ、前から思ってたが何処で手に入れたんだそんなすげぇ代物……」

 

 スキフが治療の為に脇腹に刺さる機関砲弾を引っこ抜こうとしている横で、オボルス小隊も隊員全員の無事を喜び、お互いに何が起きたのか共有した。

 

 『全く、お互いエライ目に遭ったな……それと大丈夫かトリガー?あの砲撃をモロに食らったんだ、負傷を隠したりするなよ。』

 

 「心配ご無用ですよ隊長、既に軍用(アーミー)回復キットで治療は終えています。」

 

 「それでも疲労や体力の回復は出来ないわ、無茶はしないでトリガー。」

 

 「うわぁ、外が真っ赤っかでありますねぇ……記録では知っていましたがこんなに凄い物だとは……」

 

 「前来た時は僕たち遭遇しなかったもんね〜」

 

 「普通に窓が割れてますけど入ってきたりしないんでありますかね?」

 

 一方、シュルガ中佐を始めとした生き残ったデューティ達は今後の動きについて話し合っていた。

 

 「曹長、生存者は何人だ。」

 

 「中佐殿を含めて4人……壊滅的損害です。オボルス小隊がいなければ全滅していたでしょう。」

 

 「クリアスカイめ……通信が回復でき次第、タチェンコ将軍にこのことを報告しなければ……」

 

 偵察に出た先でバンディットに襲われたかと思えば讃頌会が裏に居て、更にはクリアスカイの軍隊に襲撃されるという不幸が重なり、多数の犠牲者が出たデューティ。

 特にクリアスカイは問答無用で攻撃してきた事もあり、事と次第によっては戦争になり得る状況である。

 

 既に報復を視野に入れているシュルガ中佐を見て鬼火とスキフが目を合わせ、鬼火がクリアスカイの件について問いた。

 

 『シュルガ中佐、デューティがクリアスカイに攻撃される理由に心当たりは無いか?トリガーから聞いたんだが奴らはデューティ達を“バンディット”と呼んでいたらしい。』

 

 「さあな、それが本当ならバンディットの拠点を襲撃したら偶々デューティを巻き込んで後に引けなくなったとしか思えない。」

 

 ホロウレイダーに偽装しているオボルス小隊はともかく、目立つ装備を纏っているデューティを見間違える事は無いだろう。

 クリアスカイとTOPSによって脇に追いやられたとは言え、ZONEを三分割できる大勢力の一角を担っているのがデューティだ。

 曲がりなりにも利益を求める企業であるクリアスカイがZONEの均衡を自分から崩すとは思えず、()()()()()()()()()を無かった事にする為にそのままデューティの小隊に襲い掛かった……と言うのがシュルガ中佐の見解だった。

 

 「……そうじゃ無いとしたら?」 

 

 だがスキフはそうは思えなかった。

 

 スキフの言葉にその場にいた全員が注目する。

 

 「実は……俺とリヒターは妙な場所でクリアスカイと()()遭遇している。」

 

 「俺も?なぁスキフ、妙な場所ってX-ラボの事か?」

 

 「3回……?ここと……私が誘拐されかけた所以外にもあったの?」

 

 「ゆ…誘拐ですか!?」

 

 自分とリヒターはクリアスカイと三度妙な場所で遭遇した──そう言うスキフに当のリヒターとリンが反応する。

 因みに、リンが誘拐されかけたということを初めて知ったトリガーは酷く驚愕していた。シードも声に出していないが目を丸くしている。

 

 「そう言えばオボルス小隊の皆に私がZONEに来た理由を言ってなかったね。」

 

 『私とオルペウスと11号は既にスキフから事情を聞いているが……プロキシ君の口からも詳しい事を聞いておきたい。』

 

 「どういう事ですかプロキシさん。一体何が……」

 

 リンがオボルス小隊にアキラが誘拐された事と自分がZONEに居る理由を説明し、改めてオボルス小隊の全員が神妙な面持ちに、その中に激しい怒りを含んだ物へと変化していく。

 トリガーに至ってはバイザーのランプが外のエミッションと同じくらい赤く光っている有様だ。

 

 スキフが一度咳払いをして話を続ける。

 

 「話を続けるぞ。リヒター、市長から請け負った沼地での仕事を覚えているか?」

 

 「忘れるわけねぇだろあの怪獣大決戦……ああ!?そう言う事か!」

 

 リヒターが思い出したかのように声を上げる。

 沼地での仕事は知っているリンだが、スキフの言う事は何のことか分からず、2人に何があったのか聞いた。

 

 「2人共、沼地での仕事とクリアスカイに何の関係があるの?」

 

 「市長から依頼されたのは沼地の奥にある讃頌会の拠点を探せって仕事だ。俺達はそこまで辿り着いたが既に壊滅していてな、そこで初めて讃頌会の異端者……“シン(SIN)”という連中の存在を見つけたんだ。」

 

 「異端者…?そう言えば、あの時ZONEから帰ってきたお兄ちゃんがそんな奴らの事言っていたような……」

 

 「その事については後で説明する。ともかく現場を調査している最中、クリアスカイの奴らが調査目的で讃頌会の拠点に乗り込んできたんだ。」

 

 その事実にリンとオボルス小隊が驚愕の表情を浮かべる。

 そして、鬼火はスキフが何を言わんとしているか察しがついたようだ。

 

 『……お前の言いたい事、何となく分かってきたぞ。』

 

 「察しが良いな鬼火隊長……そうだ、リンと合流したファクトリーでも“異端者の傭兵(ダークストーカー)”の死体を見かけて、リンを連れて脱出しようとした所にクリアスカイの制圧部隊がやって来た。

 そして、ここの地下でも証拠隠滅しにやって来た異端者の傭兵と戦った後に地上ではクリアスカイの大部隊が“バンディット狩り”の為に進軍してきた。」

 

 そこまで聞いたリンがある事に気付く。

 

 「讃頌会の異端者がいる所にクリアスカイが偶然……いや、後詰めとしてやって来た……?」

 

 その通りだと、スキフは頷いた。

 

 「似たような事が三度起きればそれは偶然じゃなく必然だ。恐らくクリアスカイは、讃頌会の異端者と手を組んでいる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「半分不正解だ、“シン”とクリアスカイが手を組んでいるのでは無い、クリアスカイそのものが“シン”の隠れ蓑なんだ。」

 

 

 

 

 

 

 突然、スキフ達のいる部屋の端、上階へ続く階段から聞こえた男の声にその場にいた全員が武器を向ける。

 

 コツコツと、両手を上げながらゆっくりと階段を降りてきた男の風貌に、スキフは何処か既視感を感じる。

 

 

 多くの戦いと長い年月を経たのが一目で分かる、傷ついた緑のコンバットアーマーと、酷く色あせたつぎはぎだらけの()()()()色のカーゴパンツ。

 その上には比較的新しい、ダークブラウンの薄いフード付きジャケットを羽織っており、首には()()()()()()()()()が掛けられていた。

 スリングに吊るされているのはトリガーが持つ「プレゲトーン」と同等の長さの細い狙撃銃。その銃身には「リンクス」と刻まれている。

 

 その顔は、目深に被られたフードで見る事は叶わない。

 

 その場にいるリン以外の人間から一斉に武器を向けられていると言うのに、余程胆力があるのかその男は平然としている。

 警戒を解かないまま、鬼火が謎の男に対して口を開いた。

 

 『貴様は何者だ、外はエミッションだと言うのにどうやってこの建物に忍び込んだ?』

 

 「外に梯子がある、お前達が戦ってる間に屋上まで登って、エミッションが来た時に中に入ったんだ。」

 

 「……っ!まさか、クリアスカイのヘリや兵士達を狙撃して私達を支援してくれたのは……」

 

 「待てよ?さっき戦車の随伴歩兵を撃ったりエネルギーシールドを剥がしたりしたのは……」

 

 トリガーとスキフが戦闘中に見かけた支援射撃を思い出し、目の前の男がそれを行った人物なのではと聞く。フードの下で薄く笑いながらその男は肯定した。

 

 「そうだ、微力ながらお前達を支援させてもらった。ついでに言えばそこの“パエトーン”を助けるのが俺の仕事だったんでな。」

 

 「私…?あっ!私が連れ去られた時にあいつらを撃ったのはアンタだったの!?」

 

 「そうだ、俺は君に誘拐犯の事を知らせた者の仲間だ。合流地点に行く前に君が讃頌会に攫われてしまったと聞いて慌てて助けに向かったんだ。一度、サクリファイスに追い返されてしまったが。」

 

 目の前の男は、アキラの居場所を教えてくれた謎の人物が教えてくれた、アキラの奪還に協力してくれる人物なのだと言う。

 

 異端者の傭兵に攫われたリンを助けようとしてくれて、先程も狙撃銃による支援を行なってくれた。

 とは言え、やはり何処か怪しさは否めない。唯でさえあの情報が罠だったのでは?と今でも疑いを持っているのだ。

 

 「助けて貰って正直悪いけどさ、アンタもあの時連絡して来た奴も何処か信用しきれないんだよね……」

 

 懐疑の目で見つめるリンに対し、心配無いとばかりに男はフードに隠れた視線を動かす。

 

 その視線は、スキフへと真っ直ぐ向けていた。

 

 「疑う気持ちは分かる、だが()()()なら俺のことを信じてくれる筈だ。」

 

 突然、名前を呼ばれたスキフはギョッとする。

 周囲の人間も知り合いだったのかとスキフを見つめてきた。

 

 スキフは男の正体に心当たりが無いか必死に記憶を探るが、ちっとも思い当たるフシが無い。

 そもそもこの世界のZONEでスキフが心から信用できると断言する人間は片手を使ってなお余るくらいしか居ないのだ。

 

 スキフは厳しい声と目付きで風貌だけは何処かで見たことある男を問い詰める。

 

 「……俺の知り合いと言うならなら顔を見せろ。」

 

 「お前の記憶にある顔と、今の俺の顔が一致してくれればいいが………」

 

 そう言って男はフードを外す。

 フードの下から出てきたのは無精髭を生やした、ギリギリ50代に届くかどうかの顔つきに白髪が見えて来た黒髪の男。

 

 何処にでもいるような、特にこれと言った特徴も無い、至って普通の中年男性だ。

 

 だが、その男の顔は、スキフを唖然とさせるには十分過ぎた。

 

 「嘘……だろ、だって……お前は……!」

 

 「俺からすれば、11年……いや12年ぶりだったか?久しぶりの再開だからな。正直気づいて貰えるか不安だった、最後に別れた時から随分老けたしな、お前は全く変わってないが。」

 

 「お前は……間違い無く……あの時……!」

 

 「どの時だ?SIRCAAで俺が“戻って”しまった時か?あの不思議な空間(ヌースフィア)でお前に別れを告げた時か?それとも……」

 

 そう言うと、男は自身の首筋に手を当てる。

 

 間違い無い、彼は“本人”だ。

 彼とスキフしか知りようが無いことを知っている。

 

 元居た世界(チョルノービリ)での出来事を覚えている。

 

 最後に別れた時から、10年は歳を取ったであろう目の前の男の名を、スキフは震えた声で呟いた。

 

 

 「ストライダー……!」

 

 「覚えていてくれて嬉しいよ、スキフ。」

 

 

 目の前に居るのは、かつて願望機に記憶と人生を奪われ、解放された後も操られるまま血で汚した過去との決別を望み、自分と同じ境遇の兄弟達を先導し、居場所無き世界に居場所を作ろうとした男。

 

 そして、人間としての尊厳を守り、兄弟と共に作り上げた家に帰る為に戦い、しかし残酷な運命が彼を塗りつぶし、最後にはスキフの目の前で死んだ男。

 

 

 洗脳から解放された元モノリスの集団、ヌーンタイドのリーダー“ストライダー”が、スキフとの再開に笑みを浮かべていた。

 

 

 

 






 多分ストライダー君はS.T.A.L.K.E.R. シリーズで1番可哀想な人だと思う。

 ◇ストライダー
 洗脳から解放された元モノリス兵であり、とある武器の説明文曰くモノリス軍最高の狙撃手だった人物。2ではヌーンタイドという勢力のリーダーを務めている。
 初手は初代の後日談COPであり、モノリスの洗脳から解放されたばかりで途方にくれていた所をCOPの主人公と出会い、主人公に雨風エミッションを防げる居場所を探してほしいと頼んで、彼を含めたモノリス兵達をデューティかフリーダムに加盟させるサブミッションがある。

 2本編ではストーリーの重要人物として登場。かつての所業のせいでZONE中のストーカーから恨まれているモノリサー達を集め、ワイルドアイランドに自分達の家を作り上げた人物として、他のモノリサーからの尊敬を集めている。
 仲間思いのナイスガイだが、モノリスに洗脳され殺戮を繰り広げていた過去を唾棄する影響で仲間の自主性を尊重し過ぎるきらいがある。

 そのせいで「モノリスをもう一度信仰しようぜ!」とか言って皆を扇動する狂信者や、「ごめーん皆の物資盗んで勝手に売り払っちゃった」とかやらかしてるトレーダー志望に強く出れず、組織のNo.2から苦言を呈される程には仲間に甘いが、それでも「ストライダーについて行けばきっと何とかなる」と仲間達から強い信頼を受けているのは彼の人徳のお陰だろう。








 ストーリー中盤、SIRCAAの施設でスキフは自由を求めるヌーンタイドに協力するか、それとも自身の目的の為に敵対するか選ぶ事になる。

 だがどちらにせよ、ストライダーを含めたヌーンタイド達はSIRCAAの実験によりモノリスが再起動したせいでモノリス兵へと逆戻りしてしまい、ストライダーも何処かへと消えてしまう。

 その後、ある場所で負傷したストライダーと再開し、そこで出会ったDr.カイマノフと共に彼の命を救うためにスキフは奔走するが………
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