Zenless Zone Zero The S.T.A.L.K.E.R Who Wandered In 作:路肩の石ころ
「何故スキフ君が……まさかサハロフ教授が僕達を助ける為に送ってくれたとか?」
「違う、俺達はクリアスカイを追って来たんだ。クリアスカイの大部隊がここを通らなかったか?」
「ああ、装甲車とロボットを揃えた大部隊がこのトンネルを通って行ったが……」
リマンスク・ホロウと赤い森を隔てる川岸にて、爆発し崩落したトンネルの前で立ち往生していたヤンター研究基地の科学者クルグロフと反乱軍。
何故かいる反乱軍の兵士達に警戒しながら、スキフはクルグロフがここにいる理由を問いただした。
「教授、何でこんな場所まで来たんだ?それも反乱軍なんて引き連れて」
「リマンスク・ホロウの調査だ」
クルグロフは川の向こう岸、トンネルが掘られた小高い丘の更に奥にあるホロウを指差した。
「最近、リマンスク・ホロウを構成するエーテルの中に、ZONEのアノマリーと同質のエネルギーも存在する事が判明してね。より精度の高い観測機器をリマンスクの傍に設置する為に調査隊を組んだんだ。丁度、ブレインスコーチャーの範囲が減少する時期だったからね」
「ヤンターは反乱軍を調査員にしたの?」
武器に手を掛けた11号が反乱軍から視線を外さずに聞いた。よく見ればオボルス小隊やシュルガ中佐率いるデューティの兵士達も反乱軍を睨みつけている。
防衛軍であるオボルス小隊や、防衛軍から離反したとは言え、防衛軍の代わりに新エリー都をZONEから守っているつもりのデューティからすれば、反乱軍という存在はどう見ても敵である。
フリーダムに関しては元々ホロウレイダーの組織と言う事もあり、警戒こそしているがそこまでの敵意はもっていなさそうだ。
「彼らは調査員じゃない、護衛に雇ったんだ……いや、雇わされたと言うべきか」
ちらりと反乱軍の指揮官の方を見るクルグロフ。
負傷した部下の手当てをしていた反乱軍の指揮官──レーシィは、釈明する様に答えた。
「俺達は部隊ごと反乱軍を抜け出して来たんだ、ここでの作戦に疲れてな。ZONEを抜け出そうともしたんだが、コネも金も無い。ならいっそ全員で傭兵になってやろうと決めたんだ。それでヤンターに売り込みに行った、どうせ就職するなら真っ当な所の方が後々良い。」
「……脱走兵とは言え、公的な研究機関が堂々と反乱軍を雇うなんてどうなのかしら」
「まぁ我々としても都合が良かった。デューティがロストクから撤退してヤンターからもあっさり消えてしまい、ホロウレイダーもTOPSの仕事の方が金になるとそっちに行ってしまった。
ZONE駐留部隊は相変わらず防衛軍の派遣を渋ってる。誰でも良いから基地や調査員を守る人員が欲しかったのさ」
暗に防衛軍やデューティを責めているようにも聞こえるクルグロフにオボルス小隊やデューティは何とも言えない表情になる。
微妙な空気に苦笑いしながらアキラは崩落したトンネルについて聞いた。
「クルグロフ教授、あのトンネルはリマンスク・ホロウへ通じる唯一の道だ。あなた達はあれを爆破してしまったのかい?」
「まさか!調査の準備をしていたら、いきなりやって来たクリアスカイが問答無用で僕達を撃ってきたんだよ!?赤い森の、ブレインスコーチャーにやられないギリギリの所までレーシィ達と逃げたんだけど……」
そう言って、クルグロフは崩落したトンネルを見る。
「リマンスク・ホロウの傍に観測機器を設置しに行ってた、僕の部下である調査員達は、逃げる事が出来なかった。彼らは撃ち殺されるくらいならと、無謀にもリマンスク・ホロウの中に入ってしまったんだ」
顔を俯かせたクルグロフに、レーシィが続いた。
「俺達の仕事は調査員の護衛だったからな、何とかする為にここに戻って来て、すぐにトンネルの確保に向かったんだが……クリアスカイの激しい抵抗に遭って、挙句に奴らトンネルを爆破しやがった」
「待ってくれ、クリアスカイはZONE中の戦力をリマンスクに結集させていた筈だ。それなのに自分達で増援も通る道を潰した?」
クリアスカイの不可解な行動にアキラが首を傾げる。
『教授が言ってただろう、連中は装甲車等の重兵器を持ち込んでいる。ZONEの道路事情は最悪だ、あれほどの軍隊ならば、架橋車両の一つや2つ持ってて当然だ。それを奪えばいい』
「ん……?喋る尻尾……?」
オルペウスの後ろからぬっと現れた鬼火が軍人としての推測を立てる。鬼火を見たクルグロフは怪訝な目で彼女を見始めた。
「向こう岸にあると仮定してどうするんだ?この川は深い上に、アノマリーとエーテル汚染だらけでとても渡れるもんじゃあ……」
この付近の事をよく知るリヒターが鬼火に懸念点を話すが、そんな事かと鬼火は鼻を鳴らす。
「ふん!川なぞ“飛んで行けば”良いだろう?シード!」
『了解ンナ隊長〜』
「うわぁ!?ろ…ロボット!?」
一同の真ん中に、ステルス迷彩を解除したビック・シードが姿を現した。それを見たクルグロフとレーシィら反乱軍は突然の事に驚愕し、反乱軍の何人かは尻もちをついてしまう。
「そうか!ビック・シードなら飛行できるから、それで向こう岸に渡れる!」
『その通りだプロキシ君。最悪、架橋車両が見つからなければ時間は掛かるがちまちま運んで行けばいいからな』
「ビック・シード……ああ思い出した!君達は防衛軍のオボルス小隊か!」
相手の正体が漸く分かったとクルグロフが声を上げる。
以前、スキフも参加したヤンター研究基地とオボルス小隊の合同調査にて、スキフと11号とトリガーがX-ラボの調査に向かった一方、クルグロフは鬼火とオルペウス、シードと共に別の場所の調査を行なっていたのだ。
『やっと気付いたか……1年ぶりくらいか?教授』
「お久しぶりでありますクルグロフ教授!」
『まぁビック・シードは見えてなかったし、僕たち今はホロウレイダーに成り済ましてたもんね〜』
一方、レーシィら“元”反乱軍は突如現れた防衛軍特殊部隊を前に、必死に敵意が無いことをアピールしていた。
「ぼ…防衛軍が何故ここに!俺達は怪しいことなんて企んで無いからな!手を出せばヤンターが黙ってないぞ!」
「いや、研究基地を巻き込むのは辞めてくれないかい?」
「落ち着いて下さい、私達の目的はクリアスカイを追うことです」
「あなた達に交戦する意志が無いのなら、我々としても反乱軍の脱走部隊如きに構ってる暇は無いわ。それとも、さっき私達の乗る車列に攻撃してきたのはその意志があると見て良いのかしら?」
「さっきのはお前達がクリアスカイの車両に乗ってたからで……」
「つまり誤解していたと言う事、私達と戦うつもりは無かったのでしょう?」
全力で首を縦に振るレーシィ。11号とトリガーは反乱軍に敵対する意志は無いと分かり、警戒こそ解かないが武器に込める力を緩めた。
『シード、向こう岸を偵察して架橋車両があるか確かめてこい!反乱軍を足止めした部隊が残っているかもしれないから気をつけろよ!』
『あいあいさ〜』
鬼火の命令でビック・シードがステルス迷彩を起動して飛んでいく。
それを眺めながらクルグロフはスキフの方へと向いた。
「そう言えば……君達はリマンスクへ入るつもりかい?クリアスカイもあの“観測不可能なホロウ”に突入したようだけど」
「ああ、クリアスカイも俺達もリマンスクを正常に進める手段を持っている」
「……それならば、1つ頼みたい事が────」
「──っ!隊長、ヘリのローター音です!こちらに接近しています!」
クルグロフが何か言いかけた瞬間、この中で最も聴力に優れたトリガーが、近づいて来るヘリの音を察知して警告を発する。
その声でその場に居た者達は全員、武器を構えて備え始める。今、こんな場所にやって来るヘリコプターなどクリアスカイ以外にいる可能性は限りなく低いからだ。
「確かに音が聞こえるでありますけど……かなり離れているような?」
「トリガー、ヘリの位置は分かる?」
「どう言うことですか…?気流の流れは間違いなく近くまで来ている証拠なのに……音が……」
上空を警戒しているのにも関わらず、一向に姿が見えないヘリに困惑する一同。
『架橋車両発見〜それと、敵の部隊が多数残ってるよ。多分増援を出迎える部隊だね』
『シード!トリガーが接近するヘリを検知した!そっちで観測出来ないか!?』
『ヘリ?レーダーに反応は無いし、赤外線……熱探知……エーテルモード……ビック・シードのカメラには何も映ってない……まさか!?』
あのトリガーがヘリの音を聞き間違える筈がない。現にビック・シードに搭載される高精度集音マイクにもヘリのローター音が聞こえてるのだ。
そこにいる筈なのに見えない──技術者としても類稀なる能力を持つシードは、そのヘリがビック・シードと“同じ物”を装備していると見抜いた。
『みんなそこから逃げて!ヘリは────』
焦ったシードが仲間に危険を知らせる為に叫んだがそれよりも早く、スキフ達の上空にスカイブルー迷彩のヘリコプターが突如“出現”した。
『こちらハインド1、川岸の非友軍部隊を確認───攻撃開始』
特徴的なバブルキャノピーのタンデム式コックピット、機首から伸びる大口径ガトリング砲、側面の翼に並んだ大量のロケット、ローター下部のツインエンジンに装甲付きの兵員室。
ソ連で開発された攻撃ヘリコプター「Mi-24 ハインド」によく似た、クリアスカイのステルス戦闘ヘリが、地上の人間に対して容赦無く牙を剥いた。
『ステルスヘリだとぉ!?総員回避ぃ!』
「うわぁぁぁ!?」
まさかクリアスカイがステルスヘリを保有しているとは思いもよらなかった鬼火がオルペウスの背中を押して地面に伏せさせながら叫ぶ。
周りの人間たちも叫びながらヘリの攻撃から少しでも逃れようと、その場に身を伏せて身体が引き裂かれない事を祈った。
ステルスヘリの機首に搭載された大口径ガトリング砲と数発のロケットが唸りを上げて、地面を凄まじい勢いで削り取っていく。
その攻撃でスキフたちが乗ってきた車両は全て破壊され、爆発と破片によって数人のデューティの兵卒とフリーダム兵が肉片へと変貌してしまう。
『敵車両破壊、旋回して再度────』
『それ以上やらせない!』
『────なっ!?ステルス兵器だと!?』
もう一度攻撃を行おうとしたステルスヘリの前方に、ステルス迷彩を解除したビック・シードが現れ、ヘリを撃墜せんとマシンガンとミサイルの斉射を放つ。
だが、その見た目とは裏腹に、ステルスヘリは凄まじい機動力でフレアを展開しながらバレルロールでビック・シードの攻撃を潜り抜けてみせた。
『うそ、あんな見た目でそんなに動けるの!?』
『データにあった軍用知能構造体……アグロプロムでスノー中隊を壊滅させた奴か!』
ビック・シードとステルスヘリが空中ですれ違い、お互いに向けて搭載兵器の照準を合わせようとする。
小回りの利くビック・シードが一歩早く、旋回中のステルスヘリに武器を向けるが、ヘリのパイロットはステルス迷彩を起動し、一瞬で目の前から消えてみせた。
ビック・シードのコックピットの中で、シードが消えた敵を探し出そうと視界とカメラを動かそうとした瞬間、ビック・シードの背後にステルスヘリが出現し、ガトリング砲を発射する。
『────そこ!』
『……っ!良い腕じゃないか、墜としがいがある…!』
間一髪で気配を察知したシードが機体を傾け、ガトリングから放たれる曳光弾の軌跡はビック・シードを掠めて外れていった。
回避と同時に放たれたビック・シードのマシンガンがステルスヘリに直撃するが、装甲車並みかそれ以上の防御性能を持っていたらしく、装甲に軽い傷を付けただけに終わり、再度目の前から姿を消してしまう。
『間違いない、あいつのステルス装甲、多分こっちと同レベルの性能だよビック・シード。隊長たちは……』
ビック・シードもステルス迷彩を起動し、カメラ越しに仲間達の安否を確かめる。
ヘリの爆撃を受けたスキフ達は、うめき声を上げながら身を起こしていった。
「ぐ……アキラ、大丈夫か?」
「僕は平気だ、スキフさんが咄嗟に庇ってくれたから……」
「あのヘリ……“沼地”でクリアスカイが乗ってきた奴だ、あんなに厄介な能力持ってるなんてな……」
アキラに覆い被さっていたスキフが、耳鳴りを抑えながら立ち上がる。
ギリギリの所でアキラ押し倒し、ブルムバー・エクソスケルトンのアーマーと、クリアスカイ製のエーテルシールドのお陰で2人に怪我は無かった。
スキフはリヒターとストライダーの行方を探すと、すぐ近くに2人は転がっていた。
「俺の手足まだくっついてるよな……」
「腰が……ああ、本当に歳をとったな……」
リヒターは手足をバタバタ動かし、まだ手足が存在してる事を確かめており、ストライダーは額から軽く出血してる事より、腰の痛みが気になっているようだった。つまり2人共無事である。
『オルペウス!トリガー!11号!全員無事か!』
「た…助かりました鬼火姉さん……」
「トリガー、問題ありません」
「同じく、負傷はありません隊長」
オボルス小隊のメンバーも目立った負傷は無い。ヘリの攻撃が車両に集中したお陰であろうか。
だが、車両の近くに待機していたデューティとフリーダムの両兵士達はそうはいかなかった。
「デューティは被害報告を!」
「ソロヴァ兵卒、ミル軍曹KIA!負傷者多数!」
「クソッ…!オボルス小隊は大丈夫そうだが……フリーダム!ロキ!そっちの被害は!?」
シュルガ中佐は部下のに犠牲者が出たことに胸を痛めるが、友軍の状況を確かめようとする。
「こっちも2人死んだ、他は何とか無事やな」
「2人以上フリーダムが減ってる様に見えるが……まさか逃げたのか!?」
「ちがうわ!クリアスカイの増援を警戒して来た道見張らせてんの!あの
ここまで来たフリーダムの数が合わない事にまさか敵前逃亡したのかとシュルガ中佐は疑うが、ロキはリマンスクへやって来るクリアスカイを警戒させていたと説明した。
「なら何故一言言わない!」
「お前ら雁首揃えて反乱軍の方警戒しとったやんけ、別に説明せんでもええやろ」
「これは共同作戦だぞ!これだからフリーダムは……」
『ええい!デューティもフリーダムもいがみ合ってないで態勢を立て直せ!上空を敵のヘリが飛んでるんだぞ!全く……』
空爆を受けた直後とは思えないシュルガとロキを見かねた鬼火が一喝して黙らせ、ステルスヘリと空中戦を繰り広げているシードと通信を繋げる。
『シード!架橋車両は後だ!まずはそいつを叩き落とせ!』
『あのパイロット凄く手強いよ…!だから時間欲しいな…!』
『構わん!ここから引き離すんだ!』
『りょーかい!あと隊長、架橋車両の傍にいた部隊が移動を始めたよ!多分隊長たちを迎撃しに行った!』
反乱軍を足止めしていたクリアスカイ部隊が動き出した事を伝えた後、ビック・シードはステルス迷彩を解除して挑発する様に飛行し始める。
『ハインド1、航空優勢の確保を優先する』
ステルスヘリのパイロットも川を渡る手段を持たない地上の敵よりも、空を飛び回るビック・シードの撃墜を優先し、シードを追い掛けて行った。
『総員戦闘準備!向こう岸に敵がやって来るぞ!』
「本当か!?逃げるつもりじゃないだろうな!」
「何時まで疑っとんねん!?早う向かわんとマズいで!」
『今度は何があって言い争いしてる2人共ぉ!』
またシュルガとロキが何か言い合ってるのに気付いた鬼火がいい加減にしろとばかりに炎を吐く。だが2人の焦った表情からは、今回は下らない言い争いでは無い事が察せられた。
「鬼火隊長、ロキが見張りに向かわせたフリーダムから、クリアスカイの増援部隊が次々に赤い森に到着し始めたと連絡があった」
「まだ小部隊が主やけどな、装甲車まで来とるから防衛線張らんとその内オレ等ここですり潰されるで」
リマンスクに入る前に、レベデフが呼びかけたZONE中にいるクリアスカイが到着し始めた───状況が悪化しつつある事に鬼火は舌打ちする。
そんな中で、スキフは“ある案”を思いついた。
「鬼火隊長、デューティとフリーダムを連れてクリアスカイの増援に対処してくれ。架橋車両は俺が何とかする」
『何だと…?何か方法を思いついたのか?』
「ああ、上手く行くか分からないがな。でもシードがいつ戻って来るか分からないし、このまま立ち往生を続けてたらレベデフがモノリスを手に入れてしまう」
つまり確実な方法ではないと言う事だ。とは言え、現状取れる手段が殆ど無いのは確かである。
鬼火は少し考えた後、スキフの案を承認した。
『よしここは任せたぞスキフ!オボルス小隊!デューティ!フリーダム!我々で見張りの所まで向かい防衛線を構築する!トリガーはここに残ってスキフを援護しろ!』
「了解です、隊長」
トリガーにこの場に残るよう指示し、デューティとフリーダムを率いて鬼火らオボルス小隊はクリアスカイの増援の対処に向かう。
「助かるよトリガー、向こう岸にも敵が来るからな。ストライダーも含めればこっちには凄腕のスナイパーが2人揃う」
「フフフ……背中は任せて下さいスキフさん」
トリガーは微笑みながら「プレゲトーン」を胸に構えた。
スキフも彼女を心強く思いながら、この場に残る者達全員に指示を飛ばした。
「ストライダーとトリガーは狙撃しやすい位置に着いてくれ」
「あなたの狙撃の腕前……間近で見させて貰いますよ、ストライダーさん」
「現役の軍人のお眼鏡に叶う物であればいいがな」
2人の狙撃手は敵を撃ち抜けるベストポジションに移動する。
「リヒターはそこの遮蔽物に、お前の
「まっかせろ相棒!」
ブルドッグ6を構えたリヒターは、車両の影に隠れて砲撃支援の体勢に入った。
「反乱軍、お前達は3人を援護出来る位置に、どうせ暇だろ?」
「俺達もクリアスカイに仲間を殺された、頼まれなくたって協力するぞ」
レーシィら反乱軍は向こう岸の丘に火力を集中出来る場所に陣取った。
「アキラ、お前はトンネルに隠れてろ。あそこなら攻撃が来ない」
「分かった……みんな気を付けてくれ」
皆の無事を祈りながらアキラは崩落したトンネルへ向かう。クリアスカイが足止めの為に爆発したトンネルだが、全体が崩落した訳ではない。
これから銃弾が飛び交う事になるのだから、非戦闘員であり、リマンスク・ホロウを導く役目を持つアキラは確実に巻き込まれない位置にいてほしい。
そしてスキフは最後に残った科学者を呼んだ。
「クルグロフ!さっき何か言いかけてたよな!」
「あ……ああ!君達がリマンスクに入るなら、ついでに調査員を助け出して欲しいと……」
「まず聞かせてくれ、そいつ等はまだ生きてるか分かってるのか?」
「彼らには観測機器用の通信システムを持たせてあった、それを持ったままリマンスクに入ったお陰で、数十分前に送信された生存報告がこっちに送られているんだ」
「つまり、ホロウと言う異空間と通信が繋がっている状態なんだな?」
「ま…まぁそうだが……」
H.D.Dシステムというヘーリオスの遺産を持つ“パエトーン”だけはホロウ内でもほぼ問題無く通信する事が可能だが、通常ホロウ内からホロウ外への連絡は重篤なラグが発生するのが新エリー都の常識だ。
生き残る為にリマンスクに入ってしまった調査員達は、少なくとも数十分前の安否しか分かっていない。
だが、スキフが思いついた“案”はそれだけでも十分だろうと予想する。
アーティファクトコンテナから伝説級のアーティファクト「コンパス」を取り出し、クルグロフに見せつけた。
「このアーティファクトの力を使えば、その調査員を助け出せるかもしれない。そいつ等がホロウから出てきたら、クリアスカイの架橋車両を奪って来てもらう」
「本当か!?と言うかそのアーティファクトは何だ…?うちでも見たこと無い代物だぞ……」
「研究する暇は無いぞ、調査員との通信は何処で聞ける?」
コンパスを引っ込めたスキフに聞かれ、名残惜しそうに伸ばした手を戻したクルグロフは川岸の廃墟を指した。
「あそこに観測機器の親機を設置した、そこで僕は調査員達の通信を拾っているんだ」
「よし、そこに案内────クリアスカイが来たぞ!応戦しろ!」
廃墟に向かおうとした瞬間、スキフの頭の上を銃弾が掠めていった。リマンスク・ホロウの手前の丘からクリアスカイの兵士たちが姿を現し、こちらに銃撃を始めたのだ。
すぐさまトリガーやストライダーがエーテルサイトとスコープに捉えた敵兵を撃ち抜き、リヒターとレーシィら反乱軍による火力投射が向こう岸へと降り注ぐ。
川を挟んで銃撃戦が行われる中、エクソスケルトンを着込んでいるスキフは、クルグロフの盾になりながら廃墟に向かい、部屋の中に設置してある観測機器を見つけた。
小さなレーダーアレイと多数の計器に、何かの波長を捉えているモニターが備わった機材が、廃墟に置かれていたであろう古い木のテーブルに広げられている。
『ヤンター調査員のトポル……腕時計の現在時刻1103、定期連絡。リマンスクの中まで入ってきたクリアスカイの兵士と遭遇し、メイスが足を撃たれた。回復キットはまだあるが、このホロウを抜け出せないならクリアスカイから奪う必要があるだろう……スネークが盗んでくると言ってるが、リーダーとして止めさせた。奴らビーコンみたいなのを設置してるが……一体何をしてるんだ?ここじゃキャロットは使い物にならないのに』
機材からはリマンスクに入った調査員の、数十分前の報告が丁度届いていた。
おそらく彼らはクルグロフとレーシィ達が救助を諦めて帰らないよう、微かな希望に縋って必死に自身の生存を伝えているのだ。
「彼らは消耗しつつある、前の報告ではエーテリアスすら喰らう“霧”があるとも言っていた……頼むスキフ君、彼らを救ってくれ!」
仲間の助けを求める声を無視出来ないと、クルグロフはスキフに頭を下げる。
勿論、スキフは任せろとばかりにコンパスを掲げた。
「あの“ローナー”が語ってた“体験談”……今と状況は大体一致している筈だ」
スキフが何を企んでいるのか、それは
スキフは一度も見たことが無い、そのバブルというアノマリーに囚われた者は、変質した空間に閉じ込められ、迷宮の様な世界で場所で延々と彷徨い続ける事になるらしい。
(まるでホロウそっくりだな)
そんな事を思いつつ、一度入ったら二度と抜け出せないバブルから脱出するには、スキフが持つアーティファクト「コンパス」が必要になるのだと言う。
そんな場所に迷い込んだ傭兵団が助かったのは、別のとある“傭兵”がバブルに囚われた者達の通信や声が聞こえる“ゆらぎ”がある場所を探し当て、そこでコンパスの力を使うと、傭兵団の前に出口が現れ、彼らは現実世界に帰還する事が出来たのだ────その傭兵団にいたと主張する酔いどれローナーはそんな事を言っていた。
スキフが覚えていたのは他でもない、そんな物騒なアノマリーに引っ掛かったらどうするか知る為に聞き耳を立てていたのだが、まさか別世界まで来てその記憶が活きるとは思わなかった。
(この世界に於ける“コンパス”であるキャロットが使えず、更にアノマリーと同質のエネルギーが混ざっているホロウ……一か八か、試して見る価値はある)
調査員が迷い込んだのが単なるホロウであるなら、スキフはこんな眉唾な方法を試してみるつもりは無かった。
だが、元居た世界の謎の町と同じ名前を持ち、この世界のZONEの真隣に存在し、挙句にアノマリーのエネルギーが存在するホロウが対象ならば話は別だ。アーティファクトの力が効くかもしれない。
ホロウ内外の通信とは、単なる電波のやり取りでは無いとスキフは何となく推測する。
ホロウと言う空間を歪め、現実世界と寸断する
この世界がホロウに適応し発展させてきた技術の結果なのだろうが、とにかくあちらとこちらが“ゆらぎ?”によって繋がっていると仮定した場合、“コンパス”の発動条件を満たしているのではと思ったのだ。
そもそもリヒターやクリアスカイは、このコンパスを使ってリマンスクを進む事が出来ると言うのだ、なら可能性は十分にある。
確証は全く無い、力の引き出し方も知らない、別世界の酔っ払いの戯言を信じているだけかもしれない、それでも取れる手段が無いからやるしかない。
機材の目の前で、“コンパス”を高く掲げる。
異常空間に囚われた、哀れな人間を、光ある出口まで導いてくれと強く念じる。
「
傍で見守るクルグロフの唾を飲み込む音が聞こえる。
外ではトリガー達が銃を激しく撃ち鳴らしながら戦っている。
計器の針がひっきりなしに動き、モニターの波長が揺らいでいる。
「
────チュン チュン チュン
飛んできた銃弾が壁に弾かれる音が虚しく響く。
スキフはコンパスを機材の上にそっと置いた。
「……さて、と」
「いや、今のなに?!」
クルグロフが思わず叫んだ。
「もっとこう……アーティファクトが光って調査員がホロウから出てくるとか思ったが……」
わかりやすい反応が無いので上手く行ったのかどうかすら分からない。
そもそもスキフはコンパスの“物理防護”効果は知っていても、迷わず進めるという特殊効果を実感したことは全く無いのだ。
そんな時、機材から調査員の生存報告がまた届いた。
『ヤンター調査員のトポル……現在時刻1134、定期連絡。危うくスピリットが“霧”に飲み込まれかけた、そのせいであいつの精神が不安定になりつつある。マーシャルが見つけた広場で休憩する事になった、少し休んだら出発する』
「調査員はまだホロウの中か……酔っ払いローナーの言う事なんて信じない方が良かったか?」
未だにリマンスクから抜け出せて無い調査員達の通信に、スキフは肩を落とす。
だが、クルグロフはその通信を聞いて唖然とした。
「待て、待ってくれ!この定期連絡は“今送られて”きた物だ!」
「本当か!?」
「腕時計の時間が僕とぴったり同じだ!トポル!僕だ、クルグロフだ!この通信が聞こえたらすぐに返事を!」
ホロウの中に届くまで数十分のラグが発生する筈の通信が、正常に届いている事に喜びの声を上げるクルグロフ。
彼はすぐさまリマンスクの中にいる調査員に連絡を入れると、すぐに返事が帰ってきた。
『あー……クルグロフ教授?さっき定期連絡を入れたが、すぐに返事を送れって言われたからもう一度────』
「トポル!もう通信ラグを考慮する必要はない!リアルタイムで会話出来るぞ!」
『待て教授、俺の声がすぐ届いてるのか?本当に!?』
まるでH.D.Dシステムの様に連絡が取り合え、通信機の向こうで調査員たちが喜びあってるのが聞こえてきた。ラグの影響で数十分前は生きていたが今は……なんて事を考えずに済むのだから無理もない。
だが、調査員の状況が変わった訳では無い。
「まだ問題は残ってるぞ教授。リアルタイム通信が出来るからと言ってこいつらをホロウから脱出させられる訳じゃない」
「それは分かってるが……待ってくれ、機材の調子が……」
観測機器のコンソールをカタカタと操作し始めたクルグロフ。暫く弄ってデータや計器を見ていると、またもや唖然とした表情に変貌する。
「……キャロットデータが送れる」
「何だって?」
「リマンスク・ホロウじゃ使えない筈のキャロットが、こっちからデータを送り続ける事で使える様になってるんだ!信じられない、君達が来るまで散々色々な方法を試したのに……そのアーティファクトの力か!?」
本来、リマンスク・ホロウをヤンターで調整した特性の観測用無人機を使って調査する予定だったクルグロフ達。
対アノマリー防護を備えた試験機にはデータポストと同じ機能が備わっていたのだが、クリアスカイの進撃によってそれを持ったまま調査員たちはリマンスクへと入ってしまい、挙句にリマンスク用に対策したキャロットも使えないという結果になってしまったのだ。
だが、コンパスの力でその障害が取り除かれた。
「多分な、そのキャロットデータを送って調査員をリマンスクから脱出させろ!そして向こう岸の架橋車両を手に入れてこさせるんだ!」
「待ってくれ、予想以上にデータの乱れが激し過ぎる。ここでキャロットのアルゴリズムを調整し続けないと向こうでちゃんと機能しない。僕じゃ時間がかなり掛かるぞ……」
「なら1流のプロキシならどうだ?」
ああでもないこうでもないとコンソールを動かすクルグロフに、出来るだけ早く向こう岸に渡る手段を確保したいスキフは、丁度ここにいる“専門家”を頼る事にした。
「そりゃあ、1流のプロキシならそこらの科学者よりホロウに精通しているが………」
「ちょっと待ってろ……アキラ!今すぐ俺の所に来てくれないか?!お前の知識が必要だ!」
通信でアキラを呼ぶスキフ、崩落したトンネルに身を隠していたアキラは無線機片手にひょっこり飛び出してきた。
『スキフさん!僕が必要だって?』
「そうだ、“沼地”でやった事をもう一度やってくれ!リマンスクに入る前の予行練習だ!」
『分かった!すぐに向かう!』
「そこの反乱軍!あいつをここまで連れてこい!」
トンネル近くで戦っていた反乱軍の兵士にアキラを護衛させながら、コンパスをその場に置いてスキフは外に出る。
トンネルと廃墟は対して距離が離れていないので、すぐに反乱軍の兵士に守られたアキラがやって来た。
「状況を教えてくれないかい?」
「リマンスク・ホロウの中に囚われたヤンターの調査員とリアルタイムで通信出来る様になった。だがここからキャロットデータを送り続けないとホロウから抜け出す事が出来ない。アルゴリズムの調整が出来る人間が必要だ、調査員をホロウから脱出させ、そいつ等に架橋車両を持ってきてもらう」
ホロウ中とリアルタイム通信が可能になった。それを聞いてアキラは一瞬驚いた表情になったが、すぐに自分のやるべき事を理解する。
「僕の得意分野だ、“パエトーン”に任せてくれ」
「頼むぞアキラ、機材の使い方は教授に。俺はトリガー達と一緒にクリアスカイの連中を排除してくる!」
アキラが胸を叩いて部屋の中に入って行く。スキフは背中に背負った
スキフはガウスガンを構え、先頭を突撃してくる兵士に狙いを定めた。
◇パエトーン図鑑 「ハインド1」
クリアスカイ・コーポレーションが保有する最新鋭ステルス戦闘ヘリコプター。コストを度外視し技術の粋を集めて最高峰の能力を求めて生産された、主にクリアスカイのブラックオプス部隊の輸送と支援に使われるこの戦闘ヘリは、旧時代のヘリコプターを参考にしてデザインされたと言われている。
クリアスカイヘリ部隊の中で最も優れたエリートパイロットが操縦を担当し、その高すぎる運用コストに見合う作戦にのみ投入される「死の天使」から放たれる攻撃に、地を這う敵はただ呆然と死を待つしかないのだ。
「機密処置だかなんだか知らないがあのパイロットに伝えろ!任務が終わったらステルス迷彩を切れ!なに透明になったままヘリパッドを占拠してるんだ!」
ーーZONE内クリアスカイ前哨地、ヘリステーション・アルファにて、航空管制に送られたクレーム