Zenless Zone Zero The S.T.A.L.K.E.R Who Wandered In 作:路肩の石ころ
ZONEの西端、赤い森とZONEの境界線上空で2機の飛行物体が消えたり現れたりしながら空中を駆け巡っている。
何も知らない者がいたら、アノマリーかPSI放射が映し出す幻影だと思うだろう……だが実際は違う。
軍用知能構造体と、最新鋭攻撃ヘリコプター。
新エリー都で最も“高度”なステルス技術を持つ2機の兵器が、お互いを撃墜しようとドックファイトを繰り広げているのだ。
『んん〜もぉぉ!あっぶないなぁ!またアノマリー地帯!?』
『奴め、腕は良いがZONEの空は不慣れと見る。こっちより小回りが利くようだが、何時まで続くか!』
機体に搭載されているヤンター製「ベルズ式アノマリー検出器」が激しく警報を鳴らし、レーダーモニターいっぱいに重力アノマリーの反応が映し出され、高速機動するビック・シードは急な方向転換を余儀なくされる。
コックピット内のシードは強烈なGに襲われ、身体が押し潰されるのを耐えながら、クリアスカイのステルス戦闘ヘリ「ハインド1」からのガトリング砲とロケットの攻撃を回避した。
そのままビック・シードはステルスヘリに突貫、高速飛行による運動エネルギー付きのミサイルを叩き込もうとするが、ステルスヘリが一瞬でその場から消失し、シードは慌ててミサイルの発射を止める。
消えた相手を探す暇も無くビック・シードもステルスを起動してその場から見えなくなった瞬間、ほんの0.5秒差でステルスヘリのガトリング砲の軌跡が空中を切り裂いた。
間一髪で攻撃を回避したことに冷や汗をかきつつ、シードはクリアスカイのステルスヘリを攻略する為に脳をフル回転させる。
『集音マイクやトリガーの耳でローター音は察知出来たんだから、音響センサーを使えばステルス状態でもヘリの位置を捉えるかも────レーダロック!?なんで!?』
突然、コックピット内にミサイルアラートが鳴り響く。本来あり得ない事態にシードは目を見開いて動揺した。
ビック・シードには彼女が開発したステルス装甲が搭載されている。そのステルス効果は新エリー都のどの企業も実現出来ていないレベルの高度な物であり、ビック・シードをロックオンする事は実質不可能な筈だ。
『クリアスカイの技術力を舐めるなよ、高度なステルス技術を持っていると言う事は、“対抗策”だって用意する物だ…!』
AI予測、空中のアノマリーマップ、敵の飛行データ、空間スキャンetc……ステルスヘリに搭載されたあらゆる探知・予測機能は、ヘリ自身のステルスを見破れる性能を保有している。
クリアスカイの高度な技術と莫大なコストの結晶であるステルスヘリは、短時間の戦闘でステルスを起動中のビック・シードの位置を正確に割り出し、レーダーに捉える事に成功し、ステルスヘリのパイロットはほくそ笑んだ。
こっちのステルスが破られた────そう理解したのも束の間、ビック・シードのレーダーに大量のミサイルが飛んできたのが判明する。明らかにステルスヘリから撃たれた物ではない。
『ちょっと危ない橋渡ろっか…!』
流石に躱しきれない。そう判断したシードはペダルを踏んでバーナーを全力で吹かし、付近の空域に存在する“重力アノマリー”の密集地にビック・シードを飛び込ませた。
『
ビック・シードは知能構造体の中では大型の部類に入るが、戦闘ヘリや装甲車といった兵器と比べるならば小型と言っていい。
レーダーに映るアノマリーの海に隙間は無い、だがここは空だ。三次元的にみれば上下左右に散らばったアノマリーには、ビック・シードがギリギリ通れるスペースが存在した、シードはその間を潜り抜けるつもりであった。
ビック・シードがアノマリーの密集地の間を器用に飛行し、まるでヘビの如く空の迷宮を突き進んでいく。
標的を追っていた大量のミサイルは次々と重力アノマリーによってひき潰され、ビック・シードに届くことなく爆発していった。
アノマリー密集地を何とか突き抜けたシードがカメラを動かすと、爆発と破片が次々とアノマリーを作動させて連鎖反応を起こしていく。
『ふぅ!危なかったンナ〜』
『あれを凌ぐとは……!』
流石のシードも肝を冷やした、もし少しでもビック・シードが重力アノマリーに触れてしまったら、中にいるシードごとぐちゃぐちゃに潰されてしまうからだ。
ステルスヘリのパイロットは、あれほどの操縦技術を見せた知能構造体───中にシードがいる事を知らない───の能力に驚嘆する。
ふと、レーダーを見ると先程大量のミサイルを放ってきたヘリ達を認識した───クリアスカイの増援部隊だ。
『こちらクラウド10、クラウド飛行隊現着した。代表の命令に従い、リマンスク侵攻部隊を援護する』
『ハインド1よりクラウド全機、データリンクは正常に繋がってるな?奴のステルス迷彩は最早役立たずだ。敵をロックオンしろ、確実に撃墜するんだ』
姿を現したハインド1の周囲に、クリアスカイのヘリ部隊が集まってきた。
アグロプロムやマラカイトで戦った、防衛軍が採用しているのと同じ汎用ヘリだ。戦闘ヘリ程では無いとは言え十分に脅威となる。
『……はぁ〜、もうステルスは辞めちゃおっか、ビック・シード』
溜息をつきながら、シードは敵の航空戦力を見据える。
ステルスはもう通用しないだろう、ならいっそ使わない方がそっちに意識を取られずに済む。
手足を操縦桿とフットペダルにしっかり握り込ませ、ビック・シードの武装をフル展開し、淀んだZONEの空を我が物顔で飛行するヘリコプター群に全て向けた。
『戦力差は絶望的、隊長たちは防衛中、撤退なんてナシ、状況は最高ンナ。行くよ、ビック・シード!』
◆ ◆ ◆
「1人やられた!遮蔽物ごと貫かれる!」
「グレネードが来るぞ!伏せろ!伏せろぉ!」
「ハリソンが死んだ!畜生……敵のスナイパーは何人いやがる!?」
「反乱軍共に手を貸してるのは誰なんだ!?」
リマンスク・ホロウと赤い森を隔てる川を挟んで、クリアスカイ部隊とスキフ達が銃撃戦を繰り広げている。
このクリアスカイ兵達はレベデフとクリアスカイの機甲部隊がリマンスク・ホロウに突入した後、増援としてやって来る他の部隊を出迎える為に残した、そしてクリアスカイ以外の全員を排除する役目を任された小部隊だ。
リマンスクの手前に存在する丘を進み、赤い森側の川岸にいる敵勢力を排除する為に向かった彼らに襲い掛かったのは、正確無比なスナイパー“達”による狙撃であった。
「シードの奴、ガウスガンにどんな手を加えたのかと思ったら、真っ当に連射力を上げてくれやがったな……後で礼を言わないと」
「オラオラオラァ!俺と相棒の武器の前じゃ遮蔽物なんて意味ねぇぞクリアスカイ!」
「ストライダーさん、丘の上に狙撃手が2名、1人お願いします……お見事。それほどの狙撃の腕前、何処で磨いたのかお聞きしても?」
「なんて言えば良いんだろうな……まぁ、昔軍隊のような組織にいてな、でも殆ど独学と言っていい」
偶々そこにいた反乱軍が抵抗しているかと思っていたクリアスカイ兵は、頭すら上げられない状況に追い込まれていた。
僅かにでもその身を晒せばトリガーとストライダーという凄腕狙撃手に世間話のついでに撃ち抜かれ、木々や廃墟の壁などの遮蔽物に隠れようともスキフの
「撃て撃て撃て!奴らの頭を上げさせるな!」
「……まさか反乱軍と肩を並べて戦う日が来るとは思いませんでしたね」
彼ら4人の攻撃の隙間を埋めるのは、レーシィ率いる反乱軍達。
一応“反乱組織”扱いのデューティや、大規模ホロウレイダー集団であるフリーダムと混成部隊を編成しているのも妙な気分であったが、ここに来て反乱軍とも手を組む事になったのはトリガーにとって奇妙な経験であった。
「残してある兵器を持ってこい!俺達だけじゃ無理だ!」
「だがあれらはリマンスク用の特別機だぞ!?温存しとけと……」
「じゃあ何のために代表がここに残したと思ってる!こういう時の為だろうが!ハインド1が戻ってくる前にこっちが全滅する!」
猛烈な銃撃に身を縮こませたクリアスカイの1人が喚くと、別のクリアスカイが唾を吐きながら通信機に向かって何かを呼び出した。
「待機中の“ミアズミック”を投入しろ!それと“ストーム3”も修理が終わり次第連れてくるんだ!」
外では銃撃、2階からは甲高いガウスガンの発射音が連続して鳴り響く赤い森の川岸の廃墟の中で、アキラとクルグロフはリマンスク・ホロウに囚われたヤンター調査員を脱出させる為に全力を尽くしていた。
時折銃弾が飛び込んでくる室内でもアキラは決して集中力を乱さない。今の状態だったら例え1発撃たれても動じないだろう。
ZONEが現れて以降、キャロットが機能不全になり入った者達が生きて出ることは無くなった謎多きホロウ──リマンスク。
スキフが置いていった“コンパス”のお陰でその障害が取り除かれたが、リマンスク・ホロウに囚われた調査員を救い出すには、こちら側からめちゃくちゃになってるアルゴリズムを構築し続けキャロットデータを送らなければならない。
「わ…悪く取らないで欲しいんだが……本当にこんな状態のキャロットアルゴリズムを再構築できるのかい?」
「流石に僕でもこれは
「そ…そうか、やはり通信が届くとは言え、向こうのキャロットデータが乱れてるのは変わらないからな……」
アキラの答えに少しばかり落胆するクルグロフ。
スキフが1流のプロキシらしい彼に任せたのだから、腕は相当な物の筈だが、それでも本来使えない筈のキャロットを使える様にするというのはかなりの難易度なのではとクルグロフは思っていた。
だが、そんな心配を余所に、アキラは平然と観測機器の調整をテキパキ進めている。
「おっと、見くびらないで欲しいな教授。僕は“難しい”と言ったのであって、困難とも不可能とも言ってないよ」
「えっ?」
ニッと笑ったアキラに困惑する教授。
アキラはそのままリマンスク・ホロウの中にいる調査員に話しかけた。
「聞こえるかい、今からキャロットデータの送信を始める。君達はそれに従ってホロウを進んでくれ」
「な……!?もう構築が終わったのか!?」
あの乱れに乱れまくった観測データから、この短時間でキャロットの構築をしてみせたアキラに、クルグロフは驚嘆する。
「ああ、“難しかった”けどね。それで調査員の皆、ホロウから脱出出来たらすぐにやって欲しい事があるんだ」
『ま…待て!その前に、本当にそのキャロットの精度は信頼出来るんだろうな!?これで上手くいかなかったら……』
さっきまでリマンスク内で使えなかったキャロットが使える様になるという話に、半ば信用出来なくなってる調査員たち。
そんな彼らを安心させる様にアキラはしっかりと伝えた。
「大丈夫、僕はプロキシ……“パエトーン”だ!」
カチリと送信ボタンが押され、魔の領域に囚われる調査員を救う為の“蜘蛛の糸”が、ホロウの中へと垂らされて行った。
『トリガー!そっちの戦況はどうなってる!スキフの“案”とやらは上手く行ってるのか!?』
「敵が自律兵器を投入してきましたが何とか凌いでます!スキフさんの作戦の進捗はよく分からないですが……隊長の方は?」
向こう岸からの猛烈な銃撃に、遮蔽物に身を隠したトリガーの下にクリアスカイ増援部隊に対処中の鬼火から連絡が掛かってくる。
『大した事ない!クリアスカイはZONE中から戦力をかき集めてると言うが、その結果戦力の逐次投入に陥ってるからな!』
『隊長!敵軍の規模は最早“逐次投入”では無く、波状攻撃のそれでありますよ〜!ビック・シードは大量のヘリに追い掛けて回されていますし戦力差は絶望的であります!』
『ええい臆するなオルペウス!足りない戦力は気合で補え!トリガー、橋を架けられたらすぐに報告をしてくれ、ああは言ったがどれだけ持つか分からん!』
「了解です隊長、ご武運を…!」
通信が切れた瞬間、ミサイルの飛翔音が聞こえ遮蔽物から飛び出すトリガー。
先程までいた場所にミサイルが着弾し、遮蔽物を粉々に吹き飛ばしたのを感じ取りながら、別の遮蔽物へと駆け込んだ。
「まさかあんな物まで戦力に組み込んでいるとは……!」
エーテルサイトに映るのは、丘に陣取ってミアズマを帯びた攻撃をしてくるクリアスカイの自律兵器。どれも赤い血管が纏わりついた異様な外見のロボットたちだ。
“ミアズミック”──ラマニアンホロウで活動していた自律兵器やエーテリアスが、大量のミアズマに侵食された事で暴走状態になった形態である。
衛非地区の讃頃会と関わり、ミアズマ兵器を使う“シン”のダークストーカーの装備を作っていたクリアスカイならば、本来御する事が出来ない凶悪な暴走兵器を作り上げて運用する事も可能らしい。
「ですが、倒せない相手ではありません。スキフさんとリヒターさんは“重装ストライカー”に火力を集中!ストライダーさんは“駿足ローバー”のドローンに撃ち落として下さい!反乱軍はランチャー持ちは自律兵器に、それ以外は敵歩兵への対処を続けて!」
現役の防衛軍人であり、ラマニアンホロウでの活動経験も豊富なトリガーからの的確な指示にスキフ達は疎か、反乱軍ですら何一つ物申さずに従う。
スキフのガウスガンとリヒターのグレネードランチャーの連続射撃は強固なシールドを持つ“ミアズミック・重装ストライカー”を完全に押し留めている。
元が最前列で運用する兵器の為、川で隔てられたこの戦場では味方を守る事しか十分に力を発揮出来ていないみたいだ。
火力支援兵器である“ミアズミック・駿足ローバー”は火力の要であるドローンを展開するが、展開した先からストライダーの容赦ない狙撃によって次々撃ち落とされていく。
更にはトリガーによってウィークポイントを狙い撃ちされ、動きが鈍った所に反乱軍のランチャーの集中砲火を受けて大破に追い込まれた。
「よし!1機撃破だ!」
「油断しないで下さい、敵の自律兵器はまだ残って────」
「スキフ達がやったようだな」
トリガーとストライダーが重装ストライカーを狙おうとした瞬間、ガウスガンとグレネードの連続射撃に耐えきれなくなったシールドが崩壊し、本体にガウス弾頭の直撃を食らった重装ストライカーは火を吹いて沈黙する。
「結構弾使わされたが……まぁまだ足りるだろう。こっちも終わったぞトリガー」
「いっちょ上がりだぜ!」
敵の兵器を破壊し、武器の装填を始めたスキフとリヒター。
“ミアズミック”の自律兵器は、確かにミアズマによって強力な戦闘能力を手に入れた兵器であるが、一番の脅威は無差別に暴れ回る暴走兵器だからと言う面が大きい。
クリアスカイはミアズミックを製造し、制御できる様にしたは良いものの、一番凶悪な力を取り除いてしまったと言っても過言では無かった。
ここまでくれば後は消化試合だ。残るクリアスカイ歩兵をトリガーとストライダーが手際良く排除していき、向こう岸の敵は全滅した。
「みんな聞いてくれ!調査員がリマンスクからの脱出に成功した!架橋車両を見つけてこっちに持ってくる途中だそうだ!」
「彼らに犠牲者はいない!アキラ君と君達のお陰だ!本当にありがとう!」
最後の敵を排除し終えると、廃墟からコンパスを持ったアキラとクルグロフが飛び出してくる。彼らからの報告にその場にいた者達は喜びに沸く。
「こっちも敵を殲滅したぞアキラ、トリガーとストライダーの狙撃祭りを見せてやりたかったよ」
廃墟の2階からスキフが2人の狙撃手を褒め称える。
トリガーもストライダーも軽く気恥ずかしい気持ちになりながら頬をかいた。
「ご苦労様ですプロキシさん。橋を架け次第、隊長たちに────」
トリガーはアキラに近づいて彼を労おうとした瞬間、彼女の優れた聴覚が異音を察知する。
向こう岸の、リマンスク・ホロウの手前の丘、そこに掘られた通行用トンネルの中。
エンジンの始動音と、カタカタカタ…と“聞いた覚えのある音”が近づいていた。
そして、廃墟の2階にいたスキフも、向こう岸のトンネルの中が、一瞬何かが光った様な気がした。
スキフとトリガー、2人の本能が警告を発したのはほぼ同時であった。
「向こうのトンネルに敵が────!!!」
「全員伏せろぉぉぉ!」
次の瞬間、突如2階から飛び降りたスキフ。そして間髪入れずに観測機器が置いてあった廃墟が、トンネルを突き抜けて来た砲弾で木っ端微塵に吹き飛んだ。
「うわあぁぁぁ!!?」
「プロキシさ───!?」
廃墟の近くにいたアキラにクルグロフ、トリガーに数名の反乱軍も直撃は免れたが爆発によって吹き飛ばされる。
少し離れていたリヒターやストライダー、レーシィ達反乱軍も突然の事に身を屈めるしか無かった。
「な……何が────」
反乱軍の1人が何が起きたのか確かめようと、身を起こして向こう岸のトンネルを見た瞬間、飛来してきた機関砲の直撃によって上半身が消し飛んだ。
「フレデリック!?」
「クソ!敵が残ってたぞ!ランチャーをトンネルに!」
「了か──ぎゃあああ…………!」
レーシィの指示でロケットランチャーを持った反乱軍がトンネルに構えた瞬間、彼の下半身が機関砲を食らって吹き飛び、宙に浮いた上半身が断末魔を上げながら地面に落ち、少し藻掻いた後に息途絶える。
その光景にレーシィ達は恐怖して遮蔽物に身を隠し始めた。
「スキフ!スキフ大丈夫か!死んでなければ返事しろ!スキフぅ!」
「くそ…レベデフめ……!あれを殿に残していたとは…!」
藪に隠れるリヒターがスキフの安否を確かめようと必死に呼びかけ、ストライダーは歯を食いしばりながら敵の戦力を見誤ってた事を悔やむ。
トンネルから“履帯”の動く音が響く。
強烈なエンジンの音が外に漏れ出る。
暗いトンネルから、鋼鉄の獣が光に照らされ、その姿を現した。
砲塔に3門の機関砲とカノン砲、障害物を轢き潰す履帯、そして重厚な装甲と強固なエーテル・シールドを持つ陸戦の王者───「Tー64バトル・タンク」
『味方部隊残ってるか!おい!……エンジンを直すのに手間取り過ぎた!ストーム3戦車前進!仇を取るぞ!』
アグロプロムでスキフ達を襲ったのと同型の、クリアスカイ重戦車が味方を全滅させた敵を排除する為に、巨大な砲身を赤い森へと動かし始めた。
◆ ◆ ◆
『いい加減……君達の相手するの飽きてきたんだよねぇ、僕!』
シードのイラついた声をコックピットから発しながら、クリアスカイのヘリの機銃を回避しつつ、通りすがりにビック・シードの拳がテールローターを粉砕する。
きりもみ状態となったクリアスカイのヘリはそのまま、赤い森の木々を薙ぎ倒しながら墜落していった。
『クラウド6がやられた!もう4機も撃墜されたぞ!』
『狼狽えるな!奴へのダメージは蓄積している筈だ、攻撃を続けろ!』
1機相手に多数の味方が撃墜されているのにも関わらず、士気を落とす事なくステルスヘリを中心にクリアスカイ航空部隊はビック・シードへと果敢に攻撃を仕掛ける。
発射されたミサイルは次々と回避機動を取るビック・シードの至近距離で近接信管によって起爆し、機体に少なくないダメージを与えていく。
『くっ……!フライトシステム損傷、出力低下、そろそろ飛べなくなりそうかも……!あいつら〜!』
コックピットの中で毒づきながら、ビック・シードが墜落しない様に出力を調整するシード。
敵の攻撃が直撃していない為、装甲はまだまだ問題無いがこのままでは飛行すらままならなくなり、地上を這って航空戦力とやり合わなければならない。
『────!ハインド1、リマンスクに移動中の部隊から航空支援要請、この知能構造体の仲間が足止めをしているようだ!』
『了解、クラウド10とクラウド11はそちらに向かえ』
ビック・シードを追い掛け回していたヘリが2機、別の方向へと向かって行くのを発見したシードは敵の意図を察し、その2機を撃墜せんとスロットルを上げる。
『あいつら隊長たちの所に行くつもりだ……!先に墜とさないと……!』
『やっと隙を見せたな知能構造体!』
敵の熾烈な攻撃を回避しながら鬼火達が防衛線を張っている地点に向かおうとするヘリに武器を向けた瞬間、ビック・シードの背後にステルスヘリが現れた。既に機首のガトリング砲は回転を始めている。
『しまっ────』
シードは一瞬、反応が遅れてしまった。それは敵にとってまたとないチャンスであった。
ステルスヘリのガトリング砲とミサイルがビック・シードへ真っ直ぐ飛んでいく。
回避機動とステルス迷彩を起動するが、躱すには一歩遅く、ステルス迷彩は既に破られている。
咄嗟に放ったマシンガンでギリギリミサイルの迎撃に成功したが、機関砲弾はビック・シードのフライトシステムに直撃し、爆発を起こしてしまう。
『─────!────!?』
急激に推力を失ったビック・シードはそのまま墜落していく。コックピットの中で衝撃と振動に襲われ、声すら上げられないシードは辛うじて乱れたレーダーの反応を見て血の気が引いた。
アノマリーだ。ビック・シードの墜落コースに重なる形で、空中の重力と電気アノマリーの密集地に突っ込む事になっていたのだ。
(やばっ……何とか制御を……!)
このままではビック・シードがアノマリーによって中のシードごとアノマリーの餌食になる。
体勢を立て直そうと操縦桿を動かすものの、虚しくビック・シードはアノマリーへと墜落していく。
『せめてスラスターが動いてくれれば────えっえっえっ!?」
突然、コックピットが解放され外に投げ出されそうになり、間一髪でハッチ部分にしがみついて放り投げだされるのを必死に耐えた。
何が起きてるのかシードが把握するより前に、大きな鋼鉄の手が彼女の服の襟を掴んで外に引きずり出す。
「なんで……ビック・シード────」
パイロットをコックピットから引きずり下ろしたビック・シードは、その頭部を動かして地面を確認した後、見定めた地点に向けてシードを投げ飛ばし、自身はそのままアノマリーの塊へと身を投じて行った。
「わあぁぁぁ────わわっ!?」
地面に叩きつけられ、潰れたトマトになるかと思われたシードは重力のクッションによって地面スレスレの所でトランポリンの様に跳ね上がる。
重力系かつ、ZONEでは珍しい無害なアノマリー
どれだけ高所から飛び降りようとも、このアノマリーの上に着地すれば無傷で済んでしまうのだ。
そのアノマリーのお陰で命拾いしたシードは少し呆然としながら、自分が助かった事よりもたった今起きた事が信じられずにいた。
「独りでに動いた……?」
彼女がパイロットとして乗り込む様になってから色々手を加えたビック・シードであるが、墜落直前にパイロットを掴んで放り投げる機能なんて付けていない。
更に過去の出来事が原因で知能構造体であったビック・シードの論理コアは破壊され、人間で例えるならば“死んでいる”状態なのだ。確かにある程度自律能力はあるが、少なくとも“生きている”時ほどの判断能力は持っていない筈だ。
「そうだ……ビック・シード……!」
キックボードはビック・シードの中に置きっぱなしで、靴を履きたがらない彼女の性格の為、ほぼ素足の状態で赤い森を歩くせいで木々や石で傷付くが、彼女は全く意に介さない。
その内、森の中の少し開けた、送電塔が建てられた場所に出る。恐らく過去に送電塔を建てる為に森を切り開いたと察せる場所の中心に、電気アノマリーによってプスプスと軽く焦げ付いたビック・シードが横たわっていた。
「ビック・シード!」
居るかもしれないアノマリーやミュータント、そして空に残る敵のヘリなぞ気に掛ける事なく、シードはビック・シードへと駆け寄って、損傷を確かめる。
装甲、内部回路、システム……最悪の状態が頭に過ぎるが、思ってたよりかは損傷は少なかった。コックピットの中を覗くと、作戦開始時に基地で支給されたアーティファクトが転がっている。
装備の耐久性を上昇させる効果を持つ「スライム」、これがビック・シードを致命的なダメージから保護してくれたようだ。
とは言え、コックピットの中に置かれてたシードの私物が軒並み黒焦げになっていた事から、あくまでビック・シードのみがアーティファクトに保護されたのだろう。
「きっと、僕を守ってくれたんだよね。大丈夫、すぐに直してあげる」
アキラとオボルス小隊の仲間達のお陰で、“以前”と違ってシードは死というものを理解している。
論理コアが破壊されているビック・シードが生き返らない事実は、あの時に彼女はしっかりと理解して乗り越えているのだ。
「でもさ、もしかしたらって、思ってもいいかな?」
僅かに潤ませた目で見つめながら、ビック・シードを優しく撫でるシード。涙をゴシゴシと拭いて、修理に取り掛かろうとした時、この場に接近してくる多数のヘリに気が付いた。
『ハインド1、撃墜した知能構造体を発見……傍に誰かいるぞ、まさかパイロットがいたのか?』
『パイロットがいようがいまいが関係無い。全機、確実に止めをさせ』
『了解。全機、攻撃用意』
シードとビック・シードを葬り去ろうと、空中で取り囲む様にヘリが集まってくる。
浮遊ビットを展開しながらシードは、ビック・シードを守るように前に出た。
「よくもビック・シードを……!」
怒りに満ちたその目を
「許さない!」
より一層瞳の輝きを増したシードが叫んだ瞬間、クリアスカイのヘリコプター部隊に、死神が舞い降りた。
『なんだ!?クラウド9が爆───うわあぁ!?』
『コックピットから火が!制御出来ない!』
『駄目だ!このままじゃブレインスコーチャーに───』
『メーデーメーデー!誰か───』
突如、クリアスカイのヘリ部隊が次々と破壊され、パイロットを乗せたまま炎に包まれていく。
前触れも無く機体が爆発する者。
制御不能に陥り、味方か地面に激突する者。
暴走した機体に乗ったまま、ブレインスコーチャーの範囲内へと飛んでいく者。
シード───フローラという少女の、その出自に由来する力によってヘリが次々と墜落していき、ビデオのノイズの様にステルス迷彩が剥がされたステルスヘリも姿を現した。
『な……何が起きた!?アノマリーか!?』
ステルスヘリのパイロットは、突然の地獄絵図に混乱するしかなかった。
自慢のステルス迷彩は崩壊し、エンジンからは火を吹き、コックピットは火花と警報に包まれている。
暴れる操縦桿を握り、ギリギリ何とか跳べている状態に抑え込んで、この惨状を生み出したであろう張本人に視線を向けた。
『お前の仕業か……!?何をしたんだお前は!?』
眼下の少女に得体のしれない恐怖を感じながら、せめて“アレ”だけは仕留めなければと機首のガトリング砲を動かした。
シードもしぶとく飛行しているステルスヘリからビック・シードを守るべく、浮遊ビットを操作して防御を試みる。
『死ね、化け物──────』
次の瞬間、ステルスヘリのコックピットにミサイルが直撃し、機首が跡形もなく爆散して墜ちていった。
「………え?」
困惑するシードの上に、所属不明の迷彩を施したヘリが飛来してくる。ヘリに搭載されたスピーカーから、こちらへ呼びかけの言葉が投げかけられた。
『オボルス小隊のシード隊員だな!無事でなりよりだ、助けはいるか?』
「あの迷彩……ソコロフ中尉と一緒のやつだ」
ステルスヘリを撃墜した所属不明のヘリ、その塗装はソコロフ中尉が所属する、防衛軍ZONE駐留部隊のヘリ部隊「スティングレイ飛行隊」の秘密作戦用の迷彩と同じ物であった。
『被弾した!クラウド10は墜落────』
「味方のヘリがやられた!あいつら何処のヘリコプターだ!?」
「これだけヘリを運用出来る連中なんて、防衛軍しか────ぎゃああ!」
「鬼火隊長……あのヘリ、スティングレイ隊で間違いないでありますよね?」
『ああ、だが何故ここが分かった?リマンスクへ向かってる事は伝わってない筈だぞ?』
迫りくるクリアスカイの増援に対処していた鬼火は、突如やって来た味方のヘリによる空からの支援に困惑していた。
スティングレイ飛行隊は防衛軍によるZONEに於ける讃領会殲滅作戦の参加部隊の1つであり、特殊任務部隊やオボルス小隊をZONE各地に送り届け、必要に応じて支援を行う役目を担っていた。
だがクリアスカイによるZONE全体が通信妨害されている状況、フリーダムの
辺り一帯の掃討を終えたヘリの1機が着陸し、窓からパイロットが顔を出す。
「スティングレイ1だ、コヴァルスキー大佐の命令でリマンスクへ向かうオボルス小隊と、その友軍部隊を支援せよと言われた。武器やアーマー、銃弾や治療薬、“スカドフスク”の在庫を空にして持ってきたぞ、ぜひ使ってくれ」
ヘリの中には大量の物資が詰め込まれており、戦闘で消耗したデューティとフリーダムは喜んで物資に群がり分け合っていく。
鬼火はオルペウスに医薬品を手に入れて来るよう言いつつ、尻尾を伸ばしてコックピットのパイロットに感謝を伝えた。
『支援に感謝するスティングレイ1、だがどうやって我々の位置を見つけ出した?』
「マラカイトへ移動中に偶然スティングレイ4を見つけてな、ソコロフ中尉から詳しい事は大体聞いた。残りのクリアスカイの増援は我々と特殊任務部隊で対処する、後は任せろ」
「クリアスカイの残存戦力はまだまだ膨大よ、大佐の部隊やあなた達だけで大丈夫なの?」
11号の率直な疑問にスティングレイ1のパイロットはニヤニヤと笑みを見せ、空を指差した。
それにつられて鬼火と11号は頭に?を浮かべて空を見上げる。
「コヴァルスキー大佐の小隊がザトンでクリアスカイに追われていた時にな、“助っ人”が手を貸してくれたんだ。クリアスカイなんて物の数じゃない」
鬼火達の上、ZONEの淀んだ空を、1羽の“黒い鳥”が突き抜けていった。