Zenless Zone Zero The S.T.A.L.K.E.R Who Wandered In 作:路肩の石ころ
「トリガー!トリガー!大丈夫か!怪我はないかい!?」
「うう……耳が……前も同じ事が起きた様な……」
スティングレイ隊が到着する少し前、リマンスク・ホロウの手前に存在する丘、そこに通されたトンネルの奥から現れた「Tー64」の砲撃で吹き飛ばされたアキラ達。
粉塵が周囲を包む中で、アキラは倒れたトリガーに駆け寄り、その安否を確かめていた。
「耳鳴りは酷いですが大丈夫です……寧ろ、着弾地点に近いプロキシさんの方こそ怪我はありませんでしたか?」
「身体に瓦礫は当たったけど、自分でも不思議なくらい大丈夫さ。もの凄く痛いけどね、多分このアーティファクトのお陰だと思う」
そう言ってアキラはリマンスクとの通信を確立した“
戦車砲が至近距離に着弾したのに死なずに済んでいる事実に、アーティファクトの力を改めて認識したのだった。
コンパスをポケットにしまい、トリガーに手を差し出して立ち上がらせる。
「プロキシさん、傍にいたクルグロフ教授は?」
「気を失ってる、彼を安全な場所に運ぼう」
コンパスを持っていなかったのにも関わらず、先程の砲撃からクルグロフが生き残っているのを確認していたアキラ。
トリガーと共に彼を安全地帯まで引っ張っていこうとしたが、その前に粉塵が晴れていき、その先に砲塔を動かして索敵している戦車が見えたので咄嗟にトリガーを押し倒して身を屈めた。
「あの兵器は一体何なんだ?装甲車に見えない……トリガー?大丈夫かい?まだ耳鳴りが治らないみたいだけど……」
「……へ?あ、ああはい、大丈夫、です」
アキラの胸板に密着する形で押し倒されたトリガーは放心状態になるのを耐えて、周囲の状況を確認し始めた。
「あれは戦車と言って、旧時代に廃れた陸戦兵器です」
「思い出した、古い映画であんな感じの奴を見かけたよ」
「前に一度戦ったのですが……隊長曰く、戦車のエーテルシールドはビック・シードの火力を持ってしても突破出来なかったと……確かストライダーさんが、シールドを破る手段を持っていた筈です」
「それじゃあ、ストライダーさんなら何とかできるかな?」
戦車に気付かれない事を祈りつつ、トリガーはストライダーに連絡を入れた。
「ストライダーさん、トリガーです、応答を」
『無事だったかトリガー、パエトーンや科学者は無事か?』
「何とか……アグロプロムではあなたが戦車のエーテルシールドを破壊したと聞いたのですが、もう一度同じ事が出来ませんか?シールドさえ無ければ、こちらの攻撃が通じるかもしれません」
トリガーの作戦を聞くと、ストライダーはバツが悪そうに答えた。
『悪いが、あれはドクターが用意してくれた切り札でな。ランチャータイプはアグロプロムで使ったのが最後なんだ。同じ効果を持つ手榴弾ならあるが、距離が遠すぎて────』
『マズいぜストライダー!戦車に見つかった!』
『くそ!攻撃はこっちで引き受ける!対抗手段はそっちで考えてくれ!』
通信機からリヒターの声が聞こえたのと同時に、戦車から発射された機関砲の猛射が響き渡る。
Tー64がストライダー達を発見し、肉片に変えようとしているのを見て、アキラとトリガーもその場から動きだした。
「まずは教授を!」
「はい!」
2人は気絶しているクルグロフを見つけ、両脇を抱えて赤い森の中に引っ張っていく。
だがその前に、Tー64の砲塔上部にある機関砲がアキラとトリガーを捉え、猛烈な射撃を放ってきた。
「プロキシさん!伏せて下さい!」
「くっ……!主砲じゃないのに、なんて攻撃だ!」
大口径の機関砲弾がアキラ達の隠れる木々を抉りとっていく。その状態でトリガーは、どうにかして戦車を撃退出来ないか必死に思考を巡らせる。
「火力が足りません、隊長やシードに支援を……この音は……!」
「主砲がこっちに向いてる!」
アキラの顔から血の気が引いていく。
戦車の主砲がアキラ達を消し飛ばさんとと此方に照準を動かしたのだ。
だが、主砲が発射される直前、跡形も無く破壊された川岸の廃墟の辺りから、凄まじい閃光と流星の如き一射が放たれて戦車に直撃する。
「こっちを向きやがれ!俺が相手だ!」
廃墟の2階から飛び降り、ブルムバー・エクソスケルトンと内蔵されたエーテルシールドの防御力で何とか戦車の砲撃から生き延びたスキフが、フルチャージしたガウスガンの一撃を戦車に当ててみせたのだ。
弾頭はエーテルシールドを貫き、戦車の正面装甲に損傷を与えるが、最も装甲厚が高い部位の前には効果が余りにも薄かった。
とは言え、シールドを破る兵器が存在する事に慌てたTー64の乗員はスキフを最大の脅威と捉えて砲身を動かす。
それに構わずフルチャージ弾の第二射を放とうとするスキフに、アキラが逃げるよう叫んだ。
「スキフさん無茶だ!……駄目だ聞こえてない!」
「プロキシさん!丘の上からもう1台戦車が来ます!」
「何だって!?」
聴力で察知したトリガーの報告にアキラは表示を歪める。
たった1台の戦車すら脅威なのに、更に増援が来ると言うのかと、軽く絶望しかけていた。
アキラが視線を動かした先、丘の上から戦車の増援が現れ─────その異形の姿を見て思わず首を傾げた。
戦車の車体に、巨大な板が取り付けられた様な見た目の、どう見ても攻撃手段を持っていない車両。
そんな異形の戦車の操縦席から頭を出していたのは、ホロウレイダーのヘルメットを被った人間だった。
「突撃ぃ────!!」
異形の戦車、もとい“架橋戦車”はスキフに砲身を向けるTー64へと向かって、全速力で丘を駆け下りて思い切り激突する。その衝撃で戦車の位置がズレた上、砲身の狙いが大きく外れて砲弾は見当違いの場所に着弾し、爆発によって巻き上げられた土砂にスキフは巻き込まれた。
「あの車両は一体……」
「あの人達……ヤンターの調査員だ!と…とにかくスキフさんを!」
アキラとトリガーが吹き飛ばされたスキフの下へ駆け寄って行く間、架橋戦車に搭乗しているヤンター調査員たちは操縦手に向かって怒号と罵声を飛ばしていた。
「何やってんだトポル!バカみてぇに突っ込みやがって!」
「うっせぇマーシャル!あいつがいると橋を架けられないだろ!?川に落とそうとしたんだ!」
「結局落とせてねぇじゃん!」
「俺は足を撃たれてんだぞ!怪我人を労れ!」
「黙れメイス!回復キット打ったろ!唾つけとけ!」
「みんなぁ!あいつのイチモツがこっちに来るぞぉ!」
突然邪魔をしてきた架橋戦車、それを操縦しているのは味方ではないと気付いたTー64が砲塔を動かし始める。
ヤンター調査員たちはやれアクセルを踏めだの、いいやさっさと逃げろと喚き立て、架橋戦車は免許取り立てのMTドライバーの様に前後に動いて混乱するばかり。
だが、架橋戦車に攻撃しようとするTー64の砲塔後部にガウスガンのフルチャージ弾頭が突き刺さり、シールドを突き破って着弾地点周囲の爆発反応装甲を根こそぎ吹き飛ばす。
砲撃の爆風で吹き飛ばされた先で、Tー64のターゲットを自分へと引き付ける為にスキフが放った一撃であった。
「
「スキフさん!怪我は無いかい!」
「なっ…!アキラ!トリガー!なんでここに来たんだ!」
「援護しに来たんです!立てますか!?」
「
「自分の身を犠牲にしてかい!?そんなやり方駄目に決まってるだろう!?」
2人が自分を助けに来たことに怒るスキフ。彼を無視してアキラとトリガーは土に埋もれる彼を引っ張って行こうとする。
一方Tー64の乗員は敵に鹵獲され、追突してきた架橋戦車を狙うか、それとも敵の中で最大の火力を持つスキフを狙うか迷った挙句、スキフ達3人の方へと砲身を向け始めた。
「俺を置いて離れろ!消し飛ばされるぞ!」
「………この鳴き声は?」
「トリガー?一体どうし────」
スキフを引っ張りながら耳を澄まし始めたトリガーにアキラが困惑したその瞬間、上空から鷹の鳴き声の様な物が鳴り響き────
急降下してきた黒い鳳凰が、Tー64の砲塔へと突き刺さった。
エーテルシールドと装甲を安々と突き破った黒い一撃は、墨汁を撒き散らしながら戦車の真下へと突き抜けていく。
乗員達は何が起きたのか把握する前に、エーテルエンジンの爆発による圧力で肉体が崩壊、砲塔と車体の間から激しく炎を吹いた後─────まるでびっくり箱の様に砲塔が盛大に吹き飛んび、激しい音を立てながら地面へと落ちた。
「な……何が起きたんだ?」
まるでジャベリンミサイルが飛んできたかの様な光景に困惑するスキフとは違い、アキラとトリガーは戦車を破壊した黒い鳥に明確に見覚えがあった。
「あれは確か、雲嶽山の……」
「師匠の青涙鳥……?」
パタパタとアキラの下に飛んできた墨汁で出来た黒い鳥は、先程までの鳳凰の様な姿から、可愛らしい小さな雀へと姿を変えていた。
そのくちばしには呪符が咥えられており、アキラに受け取る様に突き出す。
「これを僕に……?」
アキラが呪符を受け取ると、役目は終わったとばかりに青涙鳥は何処かへと飛んでいった。
よく見ると呪符にはメモ用紙の様な物が付属しており、アキラの“師匠”が書いたであろう文字があった。
『厄介な奴と出くわしたら、これに氣を込めろ』
間違いない、この字は雲嶽山の宗主──儀玄の物だ。
「師匠が……ZONEにいる?」
どうしてZONEに自分がいる事を儀丈が知ってるのか分からないアキラ。
だが横で聞いていたスキフは、アキラの師匠という言葉にある事を思い出す。
「そう言えば……リンがお前を探しにZONEへやって来た時に、雲嶽山の師匠を連れて来るつもりだったと言っていた。1人で先に来た結果、レベデフに誘拐されて、その後クリアスカイの通信封鎖もあって、結局雲嶽山がどうなったのか分からずじまいだったが……」
「来てくれたんだ……僕を助ける為に……」
スキフから雲嶽山が自分を助けにやって来たと聞いて、アキラは胸が一杯になりながら呪符を見つめ、落とさない様にポケットの中にしっかり押し込んだ。
「おーい皆!大丈夫かぁ!?」
「さっきの鳥は何だったんだ?戦車を破壊するなんて……」
「お……終わったのか?」
機関砲でズタズタになった木々の中から、かなりボロボロになったリヒターとストライダーが姿を現した。見た所怪我はなさそうだ。
戦闘を生き延びたレーシィら反乱軍も、お互いに肩を貸しながらフラフラと遮蔽物から出てくる。
「何とか、なった様ですね……」
ヤンターの調査員が架橋戦車を使って橋を架け始めた。
漸くリマンスクへと渡れそうになり、トリガーはほっと胸をなで下ろす。
その場にいた者達は座り込み、鬼火達が戻って来るまで少しばかりの休憩を挟むのであった。
「なんてこった!クルグロフ教授が死んじまった!」
「クリアスカイの人でなし!」
「いや、気絶しているだけだよ。教授は大丈夫だ」
無事に橋が架けられ、ヤンターの調査員がスキフ達の所にやって来た。
科学者用の防護服を着ているクルグロフと違い、彼らの姿は上等な装備を纏ったホロウレイダーの様に見える。これで本当にヤンターの正式な調査員なのだろうかとアキラは思っていたが、スキフはこの面子に見覚えがあった。
「お前らヤンターでよく仕事受けていたホロウレイダー達じゃないか、いつの間に臨時調査員じゃ無くなったんだ?」
「俺達の長きに渡る貢献がサハロフ教授に認められてな、公的な許可証貰って、ヤンター研究基地の正式な一員になったんだ。まぁ正式調査員としての記念すべき初仕事がこれだったんだが……」
調査員の1人──トポルがまいったとばかりに顔を歪めた。他の調査員もリマンスク・ホロウから生き延びられた事がまだ信じられない様子だった。
「俺達は教授とレーシィ達を連れて基地に戻る。本当にありがとう、お前達がいなけりゃ皆あのホロウでくたばってた。特に“パエトーン”、あんたの事は一生忘れないよ」
「どういたしまして、帰り道には十分気を付けてくれ」
「お前の仲間は大丈夫か?何かブツブツ呟いてるが……」
「“スピリット”か?気にすんな、あいつリマンスクで死にかけたからちょっと……」
トポルが心配いらないと言うが、スピリットと言う調査員はメイスと言う名の調査員に必死に何かを伝えていた。
「だから言ってるだろメイス……!お前の足を撃ったのはクリアスカイの兵士じゃない!」
「またその話か……クリアスカイ以外誰がいるってんだよ、銃持ったエーテリアスかぁ?」
「分からない……だが間違いなく“奴ら”は俺達を監視していた!俺達はわざと見逃されたんだ!」
「そいつ等が誰であれ見逃されたんならいいだろ、基地に帰って酒でも飲もうぜ。そしたら気が紛れるからよ」
そんなやり取りをスキフは横目で見ながら、トポル達が戻ろうとした時丁度増援に対処していたオボルス小隊がデューティとフリーダムを引き連れて戻って来た。
『シード、ビック・シードの調子は大丈夫なのか?』
「大丈夫だよ隊長〜スティングレイ隊が持ってきたパーツで十分直せたから、まぁ浮遊できても飛行戦闘は難しいけど」
「あれは……調査員の方々でしょうか?橋も架けられてるし、スキフ殿の作戦が成功した様でありますね!」
「トリガー達も無事のようね……良かったわ」
『戦車の残骸じゃないか、良く破壊出来たな……』
自分達の仲間が欠ける事なく架橋作戦を終えた事に喜ぶオボルス小隊。
ヤンターの調査員や反乱軍は彼女達にも1言礼を言おうとしたその時、トポルがオルペウスを見て驚愕する。
「オルペウスちゃんじゃん!」
「マジだ!シードちゃんもいる!」
「オボルス小隊が俺達を助けてくれたのか!」
「ん〜?キミら僕達の知り合い?」
「え……あ、ああ!?あなた達は……!」
首を傾げるシードと違い、オルペウスはトポル達を見て何かを思い出したのか、顔を引きつらせて自身の臀部を抑えて後退りを始める。
オルペウスの背中から、目を赤くした鬼火がトポル達を睨み付けてきた。
『リマンスクに囚われた調査員と言うのは貴様らだったのか、ヤンターのホロウレイダー共!調査任務以来だな!』
「げぇ鬼火隊長!?」
『ずいぶんな反応じゃないか?“また”オルペウスにセクハラをカマすつもりか貴様ら』
「だからあん時は不可抗力で見えただけで……」
「バカ!トポル!」
「思い出した〜確かオルペちゃんのお尻が……」
「うわーん!せっかく記憶から消していたのに〜!」
『やはりあの程度の折檻では記憶を消すことは出来なかった様だな!そこに直れ!今度こそやましい記憶を全部消してやる!』
「やっべ撤収!」
炎を吐き散らかす鬼火を前にして、トポル達はクルグロフを抱えて颯爽とその場を去っていった。
「お…お前ら!こいつらと何があったんだ!?おい!」
レーシィ達も突然逃げ出した護衛対象を追い掛け、別れの挨拶もなしに慌ただしく消えていった。
その場には元のリマンスク突入メンバーのみが残され、一同は橋を渡って丘の手前で集合する。
「あの鳥は雲嶽山の宗主が送った援護だったのね、戦車を破壊するなんて驚いたわ」
「雲嶽山の宗主ってあれだろプロキシ?かの虚狩りに匹敵すると言う超強いお方」
「そうだよリヒターさん、師匠も一緒にリマンスクへ来てくれるなら心強かったけど……きっと僕達の背中を守る為に増援に対処している筈だ」
「あっ!僕が手入れしてあげたガウスガン。フフ〜ン、使い心地はどうだったンナ〜?」
「最高だ、連射性能が上がって制圧力が増えた。まぁ、弾切れが頻発しそうだけどな。そっちは大丈夫なのか?撃墜されたと聞いたが」
「アーティファクトのお陰で、アノマリーに突っ込んだのに意外と平気だったんだよね〜 いっぱいアーティファクト持たせれば、ビック・シードが無敵になるかも?」
「シード……ZONEの外に出たら全部石ころになってしまうでありますよ?」
そんなやり取りが行われる中、アキラにスキフ達、オボルス小隊、デューティ、フリーダムの面々を見渡した鬼火が口を開いた。
『リヒター、貴様はリマンスク・ホロウについて良く知っているそうだが、あそこでは何が待ち受けている?』
「キャロットが使えないってのを抜きにして、極一部のクソヤバホロウと同じくらい空間構造性が不安定で、やけに凶暴過ぎるエーテリアスに、そいつ等や人間を跡形もなく飲み込んじまう“霧”……零号ホロウの表層の方がまだ住める場所だ」
それを聞いた鬼火はこれ以上進むなら後戻りは出来ない旨を全員に伝えた。
『諸君、引き返すチャンスはこれで最後だ。一度リマンスクへ入れば、我々はクリアスカイの計画を阻止するまでホロウから出る事は出来ないし許さんぞ。クリアスカイの増援は防衛軍の特殊部隊が対処している、退くなら今だ』
鬼火の視線は自慢の部下であるオボルスやスキフ達には向いていない。彼らは万が一にもここで退くような者達では無いと知っているからだ。
先程までの戦闘で人数が少し減ったデューティとフリーダムの兵士達の様子は、恐れ半分決心半分と言った所。
両部隊の指揮官であるシュルガとロキは問題無いとばかりに鬼火に言い放った。
「途中で退くつもりなら、アグロプロムで別れてるさ鬼火隊長」
「わざわざクリアスカイをブチのめす為にオレ等ついて来たんやで?最後までやったるわ」
その返答に鬼火は満足そうに頷き、もう一度自身の部下やスキフ達の方を見る。
答えるまでもない───アキラを含め、全員そんな表情であった。
『宜しい……それでは、リマンスクへ突入するぞ!』
鬼火の掛け声で混成部隊は次々とリマンスク・ホロウの中へと入っていく。クリアスカイの野望を食い止める為に。
─────マラカイト
「……ヤバかったようだが、何とか間に合ったな」
腕に止まった青涙鳥を見つめる、黄色の道着を着た長い白髪の女性───儀玄は、心からの安堵の笑みを浮かべていた。
その姿はまるで慈愛の女神か、穏やかな仙人の様に見えるだろう。
だがそんな儀玄の雰囲気とは真逆に、彼女を取り囲む風景は死屍累々の戦場そのものであった。
儀玄が立つのは幾つもの墨汁の槍で貫かれたBTR装甲車。
その周囲には、同じく墨汁の槍や打撃で残骸と化した多数の戦闘ロボットやBTR等の装甲兵器と、地に伏せる数多のクリアスカイ兵。
この部隊を率いていた指揮官は、自分の部隊の無残な姿に呆然と立ち尽くしていた。
「き……機械化された12個小隊が壊滅……?3分経たずにか……!?」
この惨状を“ほぼ1人”で引き起こした儀玄を前に、リマンスクへと向かっていたクリアスカイの増援部隊は進撃の足を強制的に止められ、単純な兵力数で上回っているにも関わらずその場に立ち竦んでいた。
儀玄の傍では雲嶽山の道着を着た2人のシリオンと、儀玄たちを援護する様に布陣している完全武装の特殊部隊が控えている。
壊滅したクリアスカイ部隊の中心に堂々と立つ雲嶽山の3人を見て、クリアスカイ兵の1人が口を震わせながら言った。
「雲嶽山の道着を着た、白髪の女に、パンダと茶トラ猫の「猫ちゃんじゃないです!虎です虎!」シリオン……!ボタ山をバンディットごと消し飛ばした3人組が、何故ここに……!」
愕然とするクリアスカイ兵の言葉に、儀玄の傍で構える真逆の体格の2人のシリオンが反応する。
「無法地帯のZONEで舐められないよう、常に虎の威容と気配を放ってるのに、なんで出会う人達みんな猫ちゃんって言うんですかぁ!」
「まぁまぁ落ち着けって福姐。それにしても山を吹き飛ばしたとぁ、賊の砦を崩壊させた話にずいぶんと尾ひれがついたみたいだなぁお師さん?」
ウガーッ!と憤慨する虎のシリオンの少女「橘福福」を宥める大柄なパンダのシリオン「播引壺」は、残るクリアスカイへの警戒を解かずに儀玄へ笑いながら話しかけた。
「ああ……あの賊共か、福福によからぬ事をしようとしなければ、穏便に済ますつもりだったんだが……全く、ZONEに来てからとことんツキに見放されてる気がするな」
溜息をついた儀玄はBTRから飛び降り、大口径拳銃を構える防衛軍特殊任務部隊の指揮官コヴァルスキー大佐の隣に立つ。
「うちの弟子が賊共に攫われたらしいと聞いてその根城であるガーベジやザトンに行ってみたのに結局大ハズレだ。偶然大佐たちと出会えたから良かったものの……」
「その“ツキ”は最後に我々との出会いと“愛弟子”の行方まで導いてくれたのだから、そう悪く考える物でもないのでは?儀玄殿」
「いいや、最初にアグロプロムかガーベジの二択を外さなければ、最初から全部終わってた、終わらせて見せたさ」
我ながらついてないと腕を組んで空を見上げる儀玄に、コヴァルスキーは苦笑するしかなかった。
最初、誘拐されたアキラを探しにZONEまでやって来たリンであったが、その時力を貸して欲しいと頼んだのが雲嶽山の面々だ。
だがリンは先に1人でZONEへとやってきてしまい、儀玄たちが集合場所であるコルドンに到着した時にはすでに手遅れ、リンはダークストーカーによって攫われ、コルドン前哨基地は壊滅。
現場に残されたバンディットの遺体を手がかりに、封鎖していた駐留部隊を脅してZONEに押し入り、バンディットの大拠点の一つであるガーベジに向かった時にはもう、既にスキフがリンを救出してアグロプロムへ行った後であった。
ガーベジが期待外れの結果に終わり──そのついでにボタ山のバンディット勢力を滅ぼし──儀玄たちが次の手がかりを探しに行ったのが、よりにもよってリンの居場所と真逆のザトン、そこのバンディットに会いに行ってしまったのだ。
因みに彼女達がザトンでリンの行方を探していた時は、スキフ達はSTCマラカイトの襲撃を行なっている最中である。
だがそこで偶然、クリアスカイに攻撃されていたコヴァルスキー大佐率いる部隊と出会い、事の概要を全て把握出来たのだ。
「安心してくれ儀玄殿、あなたの弟子にはオボルス小隊が付いている。彼女達は防衛軍随一の優秀な軍人達だ」
「オボルス小隊の事は知ってるさ、だから心配はしていないが……全く持ってZONEは好かん。エーテルが満ちていないのにホロウの中とは比べ物にならない程に氣が乱れている、まるで混沌だ」
儀玄が虫を払う様に手を動かす。
その瞬間、周囲を囲んでいた多数のMRAPの砲塔とエンジン部に墨汁の槍が突き刺さり無力化され、中にいた兵士は恐怖に慄いて逃亡し始めた。
「む……無理だ!勝てる訳がない!」
「流石に“虚狩り”級の化け物と戦う給料は貰ってねぇよ!」
「お…お前ら!敵前逃亡は許さんぞ!すぐに……クソ!ウェザー・リポート!此方フォギー中隊、被害甚大!今すぐ撤退許可を!」
人間離れした敵の存在に、部下の士気が崩壊しかけているのを見たクリアスカイ指揮官はSTCマラカイトから逃走し、現在別の場所にいる司令部に撤退の許可を求める。
ここまで圧倒的な“個”の力を見せつけられてる以上、如何に職務に忠実な彼らと言えど、これ以上の作戦継続は無駄に命を散らすだけだと判断した。
だが、クリアスカイの司令部から下された命令は冷酷な物であった。
『ネガティブだフォギー、全滅するまでリマンスクへ向かう足を止めるな。もうすぐレイン中隊や他の部隊が到着する、敵わないなら彼らと一緒に対処しろ』
「なっ……!ふざけるな!中隊の兵器が殆どやられたんだぞ!これ以上は……」
『先程デューティとフリーダムがクリアスカイに宣戦布告した。更にロストクのTOPSがZONE中のホロウレイダーにクリアスカイ狩りの依頼をばら撒いてる。我々は孤立したという訳だ』
突然の信じられない報告に、クリアスカイの指揮官は顔面蒼白となってしまう。
「な……んで……そんな事に……?」
『お前達に残された道は2つだ、レベデフ代表のご命令通りにリマンスクへ辿り着くか、それとも狩られて死ぬかだ。どっちか選べ、アウト』
圧倒的に説明不足な冷たい通信は部下にも聞こえていたらしく、彼らは目に見えて動揺し始めた。
「ど…どう言う事だ!一体何が起きてるんだ!?」
「ああクソ、デューティにフリーダムにTOPSが雇ったホロウレイダーだと?しかも雲嶽山と居るのは防衛軍…!上の連中は何をしでかした!?」
「なんでだよぉ…!給料や装備が良いから入ったのに…!こんなの聞いてねぇよ!」
レベデフの計画の内容も、“シン”や讃領会との繋がりも知らないクリアスカイ一般部隊の兵士達は、突如ZONEの全勢力が敵に回った事実に混乱し、嘆くしかない。
そんな彼らに構わず、儀玄が前へと出た。
彼女の一挙手一投足に兵士たちは恐れ慄くが目が離せない、瞬きする間に儀玄の墨汁が自らの身体を貫くのではと恐怖する。
「………言っておくぞ」
低く、それでいてなお威厳に満ちた声で儀玄は続けた。
「今の私は機嫌が悪い。弟子の窮地に駆けつける事すら出来ず、みすみす危険な目に合わせた自分が不甲斐なさ過ぎてな。挙句に、アキラも、リンも、お前達の首魁の手で死にかけたと言うじゃないか」
呪符を1枚取り出し、特殊な墨汁が身体に纏っていく。
「あいつらが背中を撃たれない様にお前さん達の相手をしているが……本音を言えば、すぐにでもあいつらの所へ行き、役目を果たそうとしているアキラに手を貸すか、死にかけて眠っているリンの傍に居てやりたい」
クリアスカイ兵は後退りしていく。生物としての本能が、絶対に勝てないと警告する。
「最後のチャンスだ、全員ここから立ち去れ。ここで退いてくれれば、私は安心して向こうに追いつけるかもしれんしな、どうだ?」
慈悲だ、圧倒的強者から施された、蜘蛛の糸の様な慈悲だ。
クリアスカイ部隊の指揮官は、乾いた口をパクパクと動かし、喉まで出かかってる撤退命令を出そうとする。部下達も、懇願する様に、良心に従う事を祈りながら、指揮官を見つめていた。
「そ……そ……そう、いん……てった─────」
次の瞬間、儀玄たちが、クリアスカイ兵の後方から飛んできたミサイルと機関砲の雨に飲み込まれ、舞い上がった粉塵が彼らの視界を覆った。
『レイン中隊現着!フォギー中隊無事か!奴らを倒してリマンスクへ向かうぞ!他の味方もすぐに来るからな!』
「───い………あ、ああ……あああ……!」
たった今到着した味方部隊が、彼らに与えられた蜘蛛の糸を盛大に引きちぎった。
新たにやって来たクリアスカイのヘリやBTR装甲車の群れが、壊滅しかけの味方部隊の周りに集まってくる。
だが、その場にいた指揮官とその部下達は、やって来た味方に一切構う事なく、粉塵から目を離さない、離せない。
あわよくば、今ので死んでくれと願いつつ────
「そうかそうか、お前さんたち、最後まで戦う気か」
冷たい声が、粉塵の中から、彼らの耳に聞こえてきた。
「大人しく話を聞いてるから退いてくれるかなと期待してたら、援軍を待っていたんですか!?なんて狡猾な!」
「あれだけお師さんにやられたのに、まだやり合うつもりとはぁ、思ったより気概のある連中じゃあないか」
「……敵は戦闘続行の意志あり、雲嶽山の先生方だけに戦わせる訳にはいかないな、各員ウェポンズフリー」
先程の攻撃で儀玄たちは誰一人傷付いていなかった。
一瞬のうちに儀玄が展開した巨大な墨汁のシールドに、ミサイルも機関砲も全て防がれていたのだ。
つまる所、クリアスカイ部隊に残された道は1つ。
「…………… 攻撃しろぉ!奴らを殺して、リマンスクに辿り着くんだぁ!それ以外に道はない!」
あらゆる武器と兵器を持ってして、クリアスカイ部隊は雲嶽山と防衛軍に、生き残る為に、持てる限りの全力攻撃を行う。
その内増援が次々とここに到着するだろう、ZONEの何処にも逃げる場所がない以上、クリアスカイの人間はリマンスクへ向かうしか道は無い。
クリアスカイ・コーポレーションの、ZONEに残る全戦力を投入すれば、虚狩りに匹敵する存在に、銃弾が届きうるかもしれない。
「もはや命数は尽きた。徹底的に相手をしてやろう」
とは言え、彼らに待ち受けてる結末は決まっている。
敗北───それ以外、残された道は、1つもなかった。