隆誠は豪魔軍師ガルヴァス率いる『影の六大軍団』を倒した後、毒沼や瘴気で荒れ果てていた土地を浄化するため、神の
光が大地を包み、腐敗した森は瞬く間に緑を取り戻し、黒く濁った沼は澄んだ水へと変わっていく。一通りの再興作業を終えると、まるで最初から存在しなかったかのように姿を消した。
その後、各地の村に住まう人々は戸惑いを隠せなかった。
ガルヴァス達が突然いなくなっただけでなく、荒らされていたはずの森や平野が自然溢れる光景へと戻っていたからだ。
『一体何が起きたのか』と混乱しながらも、再び平和な生活を取り戻したことで大いに歓喜した。
そして人々は再び穏やかな暮らしを再開する。
もしかしたら――神様が自分達の願いを聞き届け、魔王軍を追い払ってくれたのかもしれない、と。
しかし、彼らは知らない。
ガルヴァス達はあくまで影武者に過ぎず、本物の魔王軍は遥か先の大陸に潜んでいることを。
隆誠が初めて異界の地上に足を踏み入れた場所よりもさらに遠い先――ギルドメイン大陸の山脈には魔王軍の本拠地『
だが、その城は現在“大移動”を開始していた。軍団長のクロコダインとヒュンケルが離反したため、大魔王バーンから勅命を受けた一人の死神が『バーンの鍵』を使い、鬼岩城を起動させたのだ。
城は大地を揺らしながらゆっくりと浮上し、ギルドメイン大陸とは別の場所へ移転しようとしていた。
「そうそう、もう一つ報告する事があったのを忘れてた」
黒い燕尾服に笑みを浮かべた仮面――道化師のような姿をした死神、キルバーンは、わざと勿体つけるような口調で言った。
「ハドラー君。君の影武者を務めていた豪魔軍師ガルヴァスが、『影の六大軍団』も含めて全滅したそうだよ」
「な、何だと!?」
キルバーンの報告を聞いたのは魔軍司令ハドラーだけではない。
魔影参謀ミストバーン、妖魔司教ザボエラもその場にいた。
つい先程まで竜騎将バランもいたが、次の戦いに備えるため既に去っていた。
「まさかダイ達がガルヴァス達を倒したというのか!?」
ハドラーが言う『ダイ』とは、魔王軍が今もっとも警戒している勇者の少年。
ダイは子供でありながらも驚異的な実力を持っている。ハドラーに手傷を負わせて撃退しただけでなく、軍団長クロコダイン、ヒュンケル、そして先日にはフレイザードまでも倒した。
その結果、魔王軍の主戦力が三人も失われ、魔軍司令としてのハドラーの立場は危うくなっている。さらに、自身の影武者であるガルヴァスまでも倒されたと聞き、ハドラーは勇者一行の仕業だと考え、危険視を強めた。
「いや、勇者ダイの仕業じゃない。だよね、ピロロ?」
「その通り!」
キルバーンが問うと、一つ目ピエロの使い魔ピロロが大きく頷いた。
「ガルヴァス達が表舞台に立とうとしていたその時、突然どこからか見慣れない人間が現れて、『影の六大軍団』を次々と倒したそうだよ。挙句の果てにはガルヴァスまでやられちゃって……いやぁ、情けないよね~」
「バカな!?」
ハドラーは思わず声を荒げた。
豪魔軍師ガルヴァスは自分に劣るとはいえ、それなりの実力を持つ。勇者一行が相手なら負ける可能性は高いが、それ以外の人間に負けるなどあり得ない。
だが、倒されたという事実がある以上、その者は警戒すべき存在なのは言うまでもない。もしダイ達に加われば、魔王軍にとって大きな脅威となるのだから。
「ボクも耳を疑ったよ。いくらあの男が君の影武者とはいえ、たった一人で魔王軍に対抗できる存在がいたなんてねぇ。……ハドラー君は何か知ってるかな?」
「……もし俺が知っていれば、ダイ達と同じく疾うに抹殺指令を出している」
「まぁ、そうだろうね」
キルバーンは意地悪く笑った。
(くそっ! そんな報告があれば、バランの奴を向かわせたと言うのに……!)
ハドラーは内心舌打ちした。もし死神より早くガルヴァスの死を知っていれば、竜騎将バランに討伐を任せていたはずだ。
しかし、バランは勇者ダイが
その時、沈黙していたミストバーンが静かに口を開いた。
「キル。お前にしては珍しいな。たった一人の人間にそこまで気を掛けているのであれば、もう調べが付いているのではないのか?」
「ビンゴ……と言いたいところだけど、生憎まだ掴めてないよ。それに――」
「?」
「おっと失礼。今のはボクの戯言だから聞き流してくれ」
キルバーンは軽く肩を竦め、仮面の奥で笑みを深めた。
「まぁ、ガルヴァス君の死は残念だけど……それ以上に興味深いのは『ソイツが何者なのか』という点だよね」
ミストバーンが静かに目を細める。
「影の六大軍団を単独で殲滅できる人間など、常識的に考えて存在しない。キル、貴様が掴めていないというのは――その者が我々の予測を超えているということか?」
「そういうことになるねぇ」
キルバーンは指先で仮面をトントンと叩いた。
「ただ……一つだけ気になる点があるんだ」
「気になる点?」
ザボエラが不快そうに鼻を鳴らす。
「ガルヴァス君を倒した人間は、戦いの後に『土地を浄化した』らしいんだよ。毒沼も瘴気も、全部ね。まるで神の力みたいに」
「神の力だと……?」
息を呑むハドラーに、キルバーンは楽しげに続ける。
「そう。ガルヴァス君の部下だった魔物達が最後に見たのは、光に包まれた浄化の力。森は蘇り、平野は緑を取り戻した。まるで神話の再現だよねぇ」
目の前の死神が嘘を言ってないのは分かっていながらも、ザボエラが舌打ちする。
「そんな力を持つ人間がおるわけがない! たかが人間風情が神の真似事など――」
「でも、実際に起きたんだよ?」
キルバーンは軽く笑う。
「それに、その人間は戦いの後、跡形もなく消えたらしい。名前も、素性も、目的も不明。まるで『異界から迷い込んだ存在』みたいだよねぇ」
ハドラーは拳を握りしめた。
(異界……? まさかそんな馬鹿な……だが、影の六大軍団を一人で……?)
ミストバーンが静かに言葉を落とす。
「キル。その者の行動は、魔王軍に敵対する意思があると見ていいのか?」
「それはまだ分からないよ」
キルバーンは肩をすくめた。
「ただ……バーン様はその者の存在を『勇者ダイ以上に警戒すべき』と仰っていたねぇ」
「……!」
ハドラー、ミストバーン、ザボエラの三人が同時に息を呑む。
キルバーンは慌てて手を振った。
「おっと、今のは聞かなかったことにしてね? バーン様のご意向を勝手に漏らすのは良くないからさぁ」
だが、三人の表情はすでに険しくなっていた。鬼岩城の空気は、先ほどまでとは比べ物にならないほど重く、冷たくなっていた。