様子のおかしいハリー・ポッターさん(10代) 作:夜風ミシェル
魔法史の課題を終わらせるため、僕は自主的に図書室に来ていた。『中世におけるヨーロッパ魔法使い会議』について、三フィートの長さのレポートを書かなくてはならないのだ。
もうこれ以上書けないってところまで書いてから、僕は羊皮紙の長さを測る。⋯⋯八インチも足りない。もっと文字を大きくして、改行しまくるか?いやでも、これ以上やると不自然すぎるか⋯⋯。
諦め、僕は席を立った。引用できそうな本を探すためだ。
良さげな本がないか、背表紙のタイトルを眺めていると、『魔法道具のすゝめ』という文字が目に飛び込んできた。
最近、逆転時計やみぞの鏡などのすごいアイテムの話をしたので、僕は興味が湧いてその本を本棚から抜いた。
ぱらぱらとめくり、巻末の索引から文字を探す。
「逆転時計⋯⋯うわ、結構難しそうだな」
目的のページを開いたものの、難解な用語が並んでいて心が折れそうになった。左側には逆転時計の写真が載っているが、それ以外は文字で埋め尽くされていた。それでもなんとか読んでいく。
逆転時計は、時間の不可逆性を覆すアーティクルである。だが、その介入がもたらす因果改変は、それを企図した主体の自己存在性を剥奪するが故に、そもそも成立しない自己崩壊的構造である。これは親殺しのパラドックスでも示される矛盾だ。であるならば、逆転時計は過去改変を行うアーティクルではなく、既定世界を不可避としての現在に収束させるためのものか。例え過去を変えようと試みたところで、結局はその試みが、確定した現在に帰結する。しかし、整合性の取れない事例も存在する。1899年に行われた最後の実験では、時そのものに狂いが生じ、25人の人間の消失が確認された。重大なタイムパラドックスは宇宙の消滅を招くという考えから、時間及び空間実存二次性質を研究する者の中には、消失した25人は因果の安定に対して無視可能な、低寄与度の物質であった故に時間軸の崩壊を回避できたと主張する者もいる。彼らは未来に対していかなる影響ももたらさない、微細な存在だったのだと。他方、逆転時計の使用を境に未知の世界が生成されたという新説もある。いずれにせよ、これらの可能性は我々から恒常的に隔離しており、検証以前に認識の門戸そのものが閉ざされている。
⋯⋯よく分からないということが分かった。過去に戻ることも織り込み済みで、現在の世界が成立しているけど、ワンチャンあるってこと?⋯⋯いややめよう、宇宙の消滅と比べたらあまりにも小さな出来事のために過去を変えるわけにはいかないな。
続けて、みぞの鏡についての記述も読む。
ふむ、鏡には『私はあなたの顔ではなくあなたの心ののぞみをうつす』という文字が綴られているらしい。鏡文字ってのがお洒落だな。
その鏡を見てみたかったなー。そんなことを思った僕は、次の文章を見てビビった。
「『数多の魔法使いが鏡の世界に魅入られ、廃人となった』⋯⋯え、怖い」
すっかり気分が萎えて、僕は本を棚に戻した。
望み、か⋯⋯。
ハリーが虜にならなくて良かったなと、心の底からそう思った。
*****
「今日はクィディッチの試合!僕の究極で完璧なプレーは、ホグワーツを虜にするだろうねっ⭐︎」
「あー、そっすか」
スリザリンとの試合を控えるハリーに、僕は素っ気なく相槌を打つ。だが、彼がそそくさとジニーに走り寄った瞬間、僕は席を立った。
「やぁ、ジニー!もしこの試合で勝ったら、僕とhotなnightを過ご、」
「過ごさせねーよ」
僕は杖を逆向きにし、全身金縛り術を放った。逆噴射の逆向きは、すなわち正の方向。背中に命中し、ハリーは物言わぬ屍と化した。
このクソ眼鏡が⋯⋯。油断も隙もあったもんじゃない。
僕は拳を握りしめる。
「僕は全力で、お兄ちゃんを遂行する!」
「もうっ!やめてよロン」
ジニーが頬を膨らませた。
ジニーにとっては、ハリーからのアプローチは満更でもない。最初はあれだけ恥ずかしがって、会話すらもたどたどしかったのに。ハリーがこんなノリだからか、すっかり慣れて普通に話せている。
だけどお兄ちゃん的には、軽佻浮薄な男はNGだ。僕の目が黒いうちは、二人の深い交際は認めんっ!
魔法が解けて、ハリーはやれやれと言わんばかりに手を広げる。
「全く。困ったお義兄さんだこと」
「こんな弟がいてたまるか」
クソ眼鏡と別れ、僕とハーマイオニー、それからジニーは観客席に座る。しばらく待っていると選手が入場し、キャプテンが握手を交わした。
フーチがホイッスルを咥え、カウントする。
選手が一斉に飛び立つのと同時に、観客も熱い声援を送った。
ハリーは高く舞い上がり、全体を見下ろす。そこにブラッジャーが飛んできて、ハリーは箒ごと体を回転させてそれを避けた。ジョージが慌てたように棍棒でブラッジャーを敵の方に打つ。
しかし、途中でブラッジャーは軌道を変え、またしてもハリー目がけて飛来してきた。
そんなことが何度も繰り返され、次第に僕たちも、ブラッジャーの違和感に気付いた。
「動きがおかしい」
「そうよね?さっきからハリーにばかり吸い寄せられてる」
ハーマイオニーがこてん、と首を傾げる。その頬にぽつりと水滴が落ちた。
雨だ。
いきなりの土砂降りに、傘を用意していない観客は悲鳴を上げる。
ちょうどそのタイミングで、グリフィンドールがタイムを宣言した。恐らく、あの狂ったブラッジャーについて相談するのだろう。
「なんなんだよ。ハリーはクィディッチで妙な出来事に立ち会う運命なの?」
「でも、今年は怪しい先生はいないわ」
教員専用の客席を見ながら、ハーマイオニーは言う。じゃあ生徒が犯人か⋯⋯とは、ならない。ブラッジャーに魔法をかけるなんて、簡単にできることじゃないからだ。
僕は空を仰いだ。
「じゃあクィレルの呪いだ。死んで尚残るハリーへの恨みが⋯⋯」
「非現実的ね」
「安らかに眠りたまえ、クィレルよ。R.I.P.」
手を合わせていると、試合が再開した。
どうやらハリーはあのブラッジャーを一人で乗り切ることにしたようだ。ハリーを守っていたジョージが近くにいない。
その代わりのようにマルフォイがハリーに近付く。まだ二人とも、スニッチを見つけることができていない。雨足は強まるばかりで、的確に選手の集中力と体力を奪っていた。
不意に、ハリーが動いた。後を追うマルフォイとブラッジャー。それらを確認すると、ハリーは切り返してマルフォイに向かって突進した。
怯えたように降下するマルフォイ。
ハリーが空中で何かを掴むような仕草をするのと、ブラッジャーが伸ばされた腕を強打したのは同時だった。
「っ、ハリー!?」
ハリーは箒ごと落下し、そのまま泥に突っ込んだ。僕とハーマイオニーは客席から飛び降りるくらいの勢いで、ハリーの元に向かう。
ハリーがスニッチを掴んだことで、試合はグリフィンドールの勝利。ウッドは嬉しいような、困ったような顔をしていた。
「おっとこれはいけませんね!」
人混みをかき分けて、ロックハートが真っ先にハリーに駆け寄った。あとを追って僕も、ハリーの脇にしゃがみ込む。するとロックハートに、「君は下がりなさい」と手で追い払われた。
「私は骨折を一瞬で治すことができます!」
「はぁ?」
「やめて⋯⋯先生⋯⋯」
ハリーは痛みに呻きながら、首をゆるゆると振る。だが、ロックハートはそんなこと知ったこっちゃない、と言わんばかりに張り切っている。
「まぁまぁ、そう嫌がらないで。この私に任せなさい!中々ない経験ですよ」
「いや、ほんと大丈夫です」
「心配しないで!私の腕はマダム・ポンフリーにも劣りませんよ⭐︎」
「──やめろっつってんだろゴラァァァァ!」
ハリーは激怒した。必ず、かの軽諾寡信の男を除かなければならぬと決意したっぽかった。
「ロン!そいつをつまみ出せ!」
「合点承知」
「走れ、メロン!」
「果物トコトコで草。⋯⋯はーい、ロックハート。ハリーから離れるように」
僕はロックハートの腕を引っ張った。だが、ロックハートは粘る。こいつの意志は、石のように硬いのか?
最終的に、ロックハートを羽交締めにして時間を稼いだ。ハーマイオニーから殺意の籠もった目を向けられたことは、言うまでもない。
*****
骨折したハリーは、次の日には退院した。
寮に入ってきたハリーに、僕は駆け寄る。
「腕はもう大丈夫なのかい?」
「ああ、すっかり元通り」
ハリーは腕を曲げたり伸ばしたりしてみせる。違和感のない動作に、僕は安堵の息を漏らした。
ソファに座りながら、「それにしても、昨日のブラッジャーはおかしかったよね」と話題を振る。するとハリーは、重々しく口を開いた。
「それなんだけど⋯⋯実は、ドビーの仕業なんだって」
「ドビー?それって確か、君んちに突撃してきたハウスエルフの⋯⋯」
「そう。あと、キングズ・クロス駅の入り口を閉鎖したのも、そいつなんだって」
「はあ!?」
なんてことだ。絶対に許しはしないぞ、ドビーめ。
ドビーの目的は、ハリーをホグワーツにいさせないこと。あらゆる手段で行かせないようにしたし、追い出そうとしているのだろう。
「なんだっけ、今年のホグワーツは危険?なんでしょ。でもさ、今のところ何も起きてなくない?むしろドビーの行為が一番危険じゃね?」
「そうかも。まぁでも、ドビーは悪い奴ではないんだよねぇ」
怪我をしたというのに、ハリーは妙にドビーに優しい。でも僕は騙されないぞ。ドビーのマッチポンプ説、あると思うし。
次現れたらグーパンチをかましてやる、と息巻く僕に、ハリーは困ったように笑った。
「そうだ、昨日はロックハートを押さえつけてくれてどうもありがとう」
「お安い御用さ。⋯⋯それにしても、君って結構ロックハートと仲いいじゃん。どうしてあんなに拒絶したの?」
ロックハートによる授業は、専ら演劇である。彼がいかに危険な魔法生物を対峙したかを再現するもので、ハリーは度々敵役に指名されていた。ほかの生徒は嫌がる中、ハリーだけはいつもノリノリで演技しているから、てっきり嫌いではないと思っていたのだが。
あからさまに嫌そうな顔をするハリー。
「そりゃ、演劇は僕が目立てるから乗り気さ。でもあいつの魔法の腕は信用ならない。安心安全のポンフリーに任せたいよ」
「それもそうか。あいつ、ピクシー妖精に杖を盗られていたしな」
なんというか、名前と実力が釣り合っていないのだ。本の中ではあんなにも活躍しているのに、現実はそうじゃない。この差はなんなんだろう。
ロックハートの真の実力が見てみたいもんだ。そんなふうに思っていた矢先、『決闘クラブ』なるものが開催されると聞いた。
当日、会場に現れたのはロックハートとスネイプで、なんと彼らが講師を務めるらしい。
まずは手本の模擬戦をするらしく、二人は舞台で向き合った。
「相討ちで、両方ともやられた方がいいと思いまーす」
「意外と腹黒」
こそこそ囁くと、ハリーに引かれた。
ロックハートとスネイプはお辞儀をすると、共に杖を構える。カウントの後、スネイプが「エクスペリアームス!」と叫んだ。
赤い閃光がロックハートを貫き、彼は舞台から吹っ飛んだ。無様に壁に激突し、床に転がる。
「お、ようやく死んだか」
「死にました。次の先生は多分狼タイプですね」
「国宝級のイケメンも、死ぬときは不細工か」
「スネイプがイケメンに見えてきた。これはメロい」
そんな会話を聞いて、スネイプは満更でもなさそうに鼻の下を擦っていた。
好き勝手に言う生徒の前で、ロックハートは立ち上がる。カッコつけるように前髪を払うけど、あんな醜態を晒した後じゃ無理がある。
「私は死にましぇん!」
ちょっと発音に難があったが、メロついたハーマイオニーは静かに鼻血を拭った。興奮しすぎだよ。
「『あんな奴のどこがいいんだよ。⋯⋯俺にしとけよ、マイハニー』」
「勝手にアテレコするなハリー」
この後は二人一組で決闘をすることになった。ハリーは僕と別れ、マルフォイと組まされた。⋯⋯が、お互いに蛇をぶん投げ合うという、あまりにも魔法使いらしくない決闘になったため説明は割愛させていただこう。
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