様子のおかしいハリー・ポッターさん(10代)   作:夜風ミシェル

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2.隠し事

 

 車内で購入したお菓子をつついていると、列車は徐々に速度を落とし始めた。すっかり慣れ親しんだホグズミード駅が窓から見える。

 眠りこけているルーピンに、起きる気配はない。

 

「そろそろ起こした方がいいよねぇ?」

「そうね。⋯⋯すみません、先生!」

 

 意を決して、ハーマイオニーが肩を叩いた。すると、ルーピンの目が徐々に開く。

 彼は何度か瞬きをすると、状況を理解したのだろう、ハーマイオニーに「ああ、ありがとう」と礼を述べた。

 

「いやぁ、申し訳ない。久しぶりに乗った列車が心地良くて、つい眠ってしまったよ」

「ホグワーツの卒業生なんですか?」

 

 「ああ」と微笑んだルーピンからは、人柄の良さが滲み出ていた。

 僕は確信した。この人、絶対に良い先生だ。勝ち申した。

 ふと、ルーピンの視線がハリーに注がれる。

 

「君は⋯⋯」

 

 何かを言いかけて、ルーピンは口を噤んだ。それから取り繕うように、「さぁ、そろそろ下車の準備をしよう」と言って荷物を降ろし始めた。

 

「⋯⋯?」

「ロン、どうしたのよ。早く降りましょ?」

「あ、うん」

 

 なんだったんだろう、と思ったが、いつの間にか列車は完全に停止していた。他の生徒に混じってホームに降り立つと、一年生を呼ぶハグリッドの大声が聞こえてきた。

 

「イッチ年生はこっちだ!⋯⋯あ!」

 

 ハグリッドはこちらに気が付いたようで、大きく手を振る。話しかけたかったが、人の流れには逆らえず僕たちも手を振り返すに留めた。

 でこぼこのぬかるんだ馬車道に出ると、そこには百台ほどの馬車が並んでいた。馬車を引く馬はいない。⋯⋯あれ、じゃあこれ『馬車』とは言わないんじゃ。

 

「ねぇハリー、これってさ⋯⋯」

 

 世紀の大発見を共有しようとハリーの方を向く。すると、ハリーが虚空を撫でるように手を動かしているのが見えた。

 

「え、何?パントマイム?」

「パントマイム知ってるんだ⋯⋯。いや違うけどね」

 

 ハリーは咳払いをしつつ、馬車に乗り込んだ。

 馬車は、堅牢な鉄の門を走り抜ける。その両脇に何か、黒い布が浮遊していることに気が付いた。何故か、背筋がぞわっとして気味が悪い。

 

「あれ、何?」

 

 ハリーはちら、と目を向けて、呟くように答えた。

 

吸魂鬼(ディメンター)だよ」

 

 

 

*****

 

 馬車を降りて大広間に向かう途中、ハーマイオニーはマクゴナガルに呼び出され、在校生の群れから離脱した。

 彼女が戻ってきたのは、組分けの儀式が終わってからのことだった。

 

「あー、組分けを見逃しちゃった!」

「何があったの?」

 

 確保しておいた席にハーマイオニーを座らせながら尋ねる。ハーマイオニーは「時間割のことで、ちょっと」と小声で囁いた。

 そのタイミングで、ダンブルドアが立ち上がった。ざわめいていた大広間が、静寂に包まれる。

 

「新学年おめでとう!まず皆にいくつか知らせておかなければならないことがある。一つはとても深刻な問題じゃから、皆がご馳走で気が抜ける前に片付けてしまうほうが良いじゃろう」

 

 そして彼は、ホグワーツの警備のためにアズカバンから吸魂鬼が派遣されていると伝えた。

 吸魂鬼には透明マントも効かないらしい。絶対に近付くなと締め括って、ダンブルドアは新しい教師の紹介に移った。

 

「今学期から新任の先生を2人もお迎えすることとなった。まず、ルーピン先生。空席になっている『闇の魔術に対する防衛術』の担当を引き受けてくださった」

 

 僕は期待を込めて拍手をした。周囲から同情の視線が送られる。ディーンは、「何かあったらすぐに人を呼ぶんだぞ」と僕の目を見て言った。こんなやり取りをしている間、教員席のスネイプは睨み殺さんとばかりにルーピンを見ていた。可哀想。

 もう一人の先生は、なんとハグリッドだった。魔法生物飼育学の担当だった先生が退職したので、その穴を埋める形で決まったようだ。なるほどね、ハグリッドならあの教科書にも納得だなと僕は頷く。

 魔法生物飼育学指定の教科書は、まるで生きているかのように酷く凶暴なのだ。手を噛みちぎろうと暴れ回るわ、布団を裂くわで押さえつけるのが大変だった。⋯⋯授業、大丈だろうか。

 一抹の不安を抱きつつ、僕は大きな拍手を送った。ハグリッド自身は悪い人じゃないからね。先生になってくれるのは嬉しい。

 それから僕たちは、豪華な食事に舌鼓を打った。かれこれ三ヶ月ぶりのホグワーツに、ようやく戻ってきたような感じがした。

 

 

 

*****

 

 翌朝、僕たちが朝食のために大広間に行くと、最初にマルフォイの姿が目に入った。

 マルフォイもまた、こちらに気が付く。

 ⋯⋯だが。

 

「⋯⋯」

 

 マルフォイはふいっと顔を背けると、隣の先輩と話し始めた。

 妙だな、と僕は首を傾げる。いつもならハリーに話しかけて、ついでと言わんばかりに僕を貶すのに。

 モヤモヤを抱えたまま席に着いて、サラダを取り分ける。ハーマイオニーは食事をしながら時間割表に目を通していた。覗き込んだ僕は、思わず「えっ?」という声を漏らす。

 

「君の時間割、めちゃくちゃじゃないか。一日に十科目もある」

「何とかなるわ。マクゴナガル先生と一緒に決めたんだから」

「でも──」

 

 僕は、時間割表のある一コマを指差した。九時、占い学、マグル学、数占い学。なんと三つも重なっているのだ。

 

「君が優秀なのは知ってるよ、ハーマイオニー。だけど、三つの授業にいっぺんに、どうやって出席するのさ」

「馬鹿言わないで。一度に出るわけないでしょ」

「じゃあ、どうやって⋯⋯」

 

 ハーマイオニーはそっけなく、「マーマレード取ってくれない?」と話を変えた。尚も言い募ろうとすると、ため息をつかれた。

 

「ねえ、ロン。私の時間割がちょっと詰まってるからって、あなたには関係ないでしょ?」

「言い方酷くない?」

 

 傷付いた僕は、少々乱暴にマーマレードを手渡した。これくらいしたって、許されるはずだ。

 ハリーが大広間の扉を見た。

 

「あ、ハグリッドだ」

 

 見れば、お馴染みの巨体が大広間に入ってきていた。ハグリッドは僕たちに気付くと、「元気か?」とフランクに声を掛けてきた。

 

「お前さんたちが、俺のイッチ番最初の授業だ!昼食のすぐあとだぞ!五時起きで準備してたんだ──うまくいきゃいいが──俺が、先生 ──いやはや──」

 

 ハグリッドはだいぶ浮かれていた。本当はずっと、先生になりたかったのかな。そう思うとなんだか微笑ましい。

 そうこうしているうちに、皆がそれぞれの教室に向かい始めた。僕も、トーストの最後の欠片を口に押し込み、時間割を確認する。

 最初は占い学。北塔に向かわないと。

 

 

 

 

 

 急な螺旋階段を上り、銀色の梯子を上がってようやく辿り着いた占い学の教室は、不思議な空間だった。

 小さな丸テーブルがざっと二十卓。カーテンは閉め切られ、深紅のほの暗い明かりが部屋を満たす。ランプは、ほとんどが暗赤色のスカーフで覆われている。

 息苦しいほど熱気が篭っていて、僕は意識して呼吸を繰り返さねばならなかった。

 

「ようこそ」

 

 教室の奥から、か細い声が聞こえた。霧の彼方から聞こえてくるような──有り体に言えば、酒焼けしたようなカッスカス声だった。

 勿体ぶって登場したのは、ひょろりと痩せた女性だ。大きなメガネを掛けて、そのレンズが先生の目を実物より数倍も大きく見せている。大量の飾りをじゃらじゃらと揺らす姿に、生徒一同は「また変な教師かよ」と内心舌打ちしていた。

 

「占い学にようこそ。私が、トレローニー教授です。多分、私の姿を見たことはないでしょうね。学校の俗世の騒がしさの中にしばしば降りて参りますと、私の『心眼』が曇ってしまいますので」

 

 生徒一同は、「じゃあなんで学校にいるんだよ」と思った。自分は普通の人とは違うというのを誇示せずにはいられないタチの人間らしかった。

 

「皆さまがお選びになったのは、占い学。魔法の学問の中でも一番難しいものですわ。はじめにお断りしておきましょう。『眼力』の備わっていない方には、私がお教えできることはほとんどありませんのよ。この学問では、書物はあるところまでしか教えてくれませんの」

 

 横でハリーは「目力」と言いながら変顔をかましてた。明らかに興味が失せている。

 トレローニーは突然、ネビルを指差した。

 

「あなたのおばあさまは元気?」

 

 ネビルは動揺しつつ、「元気だと思います」と答える。するとトレローニーは、「あたくしがあなたの立場だったら、そんなに自信ありげな言い方はできませんことよ」と意味ありげに微笑んだ。

 

「ところであなた」

「!?え、はい」

 

 徐に近付いてきたかと思えば、今度の標的は僕らしい。トレローニーは困難な問題に直面したような、難しい表情になる。

 

「あなたには、強固な因果が絡まっておりますわ」

「は?」

「あたくしには見えるのです⋯⋯。あなたを中心に渦巻く時の流れが⋯⋯」

「どういうことですか?」

「あなたは全ての始まりであり、終焉足り得る、ということですわ」

 

 なるほど、さっぱり分からん。抽象的かつ曖昧すぎる。が、ちょっとかっこいいと思ってしまったのもまた事実。

 僕は、トレローニーが背を向けたタイミングで、ハリーとハーマイオニーに「つまり僕は時の神⋯⋯ってコト!?」と囁く。ハリーは「あーうん、そうかもね」と引き攣った表情で相槌を打った。調子乗りすぎたわごめん。

 トレローニーは「イースターの頃、クラスの誰かと永久にお別れすることになる」などと宣って、一連のパフォーマンスを終えた。満足げに微笑み、ようやく授業に入った。

 今学期は紅茶占いに専念するらしい。指示に従って二人組を作り、紅茶を飲み干した。尚、この時もトレローニーはサービスを忘れず、ラベンダーに「あなたの恐れていることは、十月十六日の金曜日に起こりますよ」と言って生徒を怖がらせていた。

 僕のペアはハリーだ。

 

「よし、僕のカップに何が見える?」

「茶色くてふやけたものがいっぱい」

 

 茶葉が残っているのだから、そりゃ当たり前だ。僕たちは目を凝らし、教科書に載っているようなサインがないかを探した。

 内なる眼(笑)で茶葉の残り具合を拡大解釈し、それらしい印を見つけては互いに言い合う。

 すると、トレローニーがやってきて僕の手元からカップを取り上げた。お互いにカップを交換しているので、今トレローニーが観察しているのはハリーの紅茶である。

 

「まぁ⋯⋯、あなたは恐ろしい敵をお持ちね」

「でも、そんなこと誰でも知ってるわ」

 

 ハーマイオニーがトレローニーに食ってかかる。教師に対してこんなにもぞんざいな物言いのハーマイオニーは見たことがない。あのスネイプにでさえ、もっと丁寧なのに。余程彼女は『占い』なんていう曖昧なものが嫌いらしい。

 が、トレローニーもまた強かった。ハーマイオニーをガン無視すると、突然目をくわっと見開いた。

 

「おお──可哀想な子。あなたにはグリムが取り憑いています!」

 

 

 

*****

 

 グリム。つまり、死神犬。

 それを見たものは近いうちに死ぬという言い伝えがある。実際、僕の親戚にもグリムを見てから亡くなった人がいる。

 ⋯⋯のだが。

 

「ジニーちゃん♡」

「はーい!」

「君の髪色は、僕の心に灯った恋の色そのものだよ⋯⋯♡」

「やだ⋯⋯ハリーったら⋯⋯♡」

 

 ジニーの髪色って、ウィーズリー家の人間なら結構な数いるんですけどね⋯⋯。

 昼食の時間、ハリーはジニーとイチャコラしてた。奴の顔はツヤツヤイキイキしており、とても死にそうには見えない。頼む、グリム。今すぐこいつに飛び蹴りを食らわしてくれ。

 

「⋯⋯ロン、鬼のような顔をするのやめて」

 

 ハーマイオニーは、『御伽話と伝承』という本を僕に見せる。そこにはガチ怖な妖怪のイラストが載っていた。こんな顔にもなるよ。可愛い妹が誑かされていたら。

 

「ハリーはあなたの友達でしょ?妹と付き合うのを許さないのはどうなのよ」

「友達だからこそ、許せないんだろ。ハリーがどんな奴かは、僕が一番知ってる」

 

 具体的に言えば、ナルシスト。口も達者、優秀ではあるが悪知恵ばかり働く。幼いジニーにはもっと素直で実直な人が似合うと思う。

 ⋯⋯って言っても、ジニーが僕の言うことを聞くわけもなく。ハリーもまた然り。僕は憤怒しながら二人の恋路を眺めるだけだ。

 

「あのー、すみません!」

「あ゛あ゛ん!?何だお前」

「ひえっ」

 

 怒りのままに振り返ったら、声を掛けてきた主は酷く怯えた表情を見せた。ジニーと同い年のコリンだ。僕は慌てて謝った。

 

「あ、ごめん」

「い、いえこちらこそ⋯⋯」

 

 コリンはちらっと周りを確認すると、こそこそと僕の耳元で言った。

 

「あの、マルフォイさんがあなたを呼んでます。一人で来てほしいそうです」

「は?」

 

 なんでマルフォイが⋯⋯?しかもこんなふうに婉曲で呼びつけるなんて。

 コリンは、ただ僕を呼ぶよう言われただけらしく、何の用かは分からないようだ。だが、マルフォイは思い詰めたような表情をしていたという。

 

「なんか、只事じゃなさそうでした。行った方が良いと思います」

「えぇ〜⋯⋯。分かったよ」

 

 僕は立ち上がると、「ちょっとトイレ」と言ってハリーたちから離れた。

 

 

 

 

 

 大広間を出た先で、マルフォイは待っていた。いつもの取り巻きアホ二人は、今はいない。

 

「遅い」

 

 マルフォイはぶっきらぼうに言って歩き出した。そのまま、柱の影に誘われる。

 

「おいおい、その言い方はないだろ!」

 

 せっかく来てやったのにあんまりにも無愛想だから、僕はつい声を荒げてしまった。──が、マルフォイは気にも留めず、こめかみを押さえる。

 

「頼むから静かにしてくれ。頭が痛いんだ」

「えっ」

 

 よくよく見れば、マルフォイの目の下には隈ができていた。寝不足で頭痛がするのだろう。そういえば、いつもより声に覇気がない気もする。

 

「⋯⋯お前に言うべきかどうか、悩んだ」

 

 マルフォイはぽつりぽつりと話し始める。

 

「お前は血を裏切る者で、グリフィン馬鹿で、思慮深くもない」

「殴っていい?」

「だけど!⋯⋯ハリーの親友といえば、お前だ」

 

 その言葉に、僕は拳を収めた。

 マルフォイは真っ直ぐに、僕を見つめる。そこには、僕を貶すような色は含まれていない。こんなふうに対等に向き合うなんて、初めてじゃないか?

 

「聞きたいことがある。お前は、真っ黒な本を見たことがあるか?」

「えっ⋯⋯?何だよそれ」

「タイトルはなく、後ろに、『T・M・リドル』と名前が刻印されているものだ」

 

 知っている名前だった。

 去年の冬、ハリーが『Death Note』と嘯いた本に記載されていた名前だった。

 

「それ、ハリーが持ってたよ」

「⋯⋯それ、どうやって手に入れたのか知ってるか?」

「ダイアゴン横丁の古本屋って言ってたけど」

 

 答えた瞬間、マルフォイは苦しげに息を吐いた。

 

「⋯⋯それは、嘘だ」

「は⋯⋯?」

「ダイアゴン横丁に、古本屋は一軒しかない。そこの店主に確認してみたが、その本を取り扱った記録はなかった」

「ちょ、ちょっと待てよ。なんでそんな嘘を。てかなんでお前はその本を知ってんだ?」

「あれは!父上のものだった」

 

 叩きつけるように言葉を発したマルフォイは、酷く焦っているように見えた。

 

「一から全部話す。この夏休み、ハリーは僕の家に遊びに来た。それ以来、父上の様子がおかしいんだ」

「⋯⋯どんなふうに?」

「何かに困惑しているような⋯⋯いや、怯えたような。毎夜、僕が寝たのを見計らって母上と何か話し合っているんだ」

「話の内容は?」

「分からない。多分、盗聴防止の術を掛けている。⋯⋯それがますます怪しいんだ」

 

 マルフォイはため息をついた。

 

「僕は両親を尊敬している。僕に惜しみない愛情を注いでくれるし、人としても立派だ。そんな二人が、僕に言えないことで悩んでいらっしゃる。何かしたいと思うのは普通じゃないか?」

「まぁ、それは分かるけど」

 

 僕は、自分の両親を思い出しながら頷いた。同意を得られたことで、マルフォイの語りはますます饒舌になる。

 

「ハリーが二人に何かした、としか考えられない。僕が風呂の間に、父上と母上はハリーと話していた。それからなんだ。お二人の様子が変わってしまったのは」

「えぇ⋯⋯?ハリーが?」

 

 僕は、きっと今もジニーとイチャイチャしているであろうハリーを思い浮かべた。あれが大の大人に何かできるとは思えなかった。

 

「ウィーズリー、お前の感覚は麻痺していそうだから言うぞ。ハリーは今年、伯母を空に放り投げた」

「あ」

 

 そういえば、そんなこともあったな⋯⋯。っていうか、そもそもハリーは赤ん坊でありながら例のあの人を撃退した英雄だし、一年生のときも賢者の石を守り抜いて帰ってきた。

 そして結果的に、クィレルは死んだ。

 

「ハリーは無力じゃない」

「そう、だね」

 

 マルフォイの言葉に、納得できるだけの材料はあった。

 

「両親への違和感だけじゃない。何故かハリーは、僕の家の本を持っていた」

 

 偶々その本の存在に気付いたマルフォイは、素知らぬふりでこの本はなんなのか訊いたそうだ。すると、ダイアゴン横丁の古本屋で購入したと返されたらしい。

 

「再度言うが、店にはそんな本を取り扱った記録はない。⋯⋯そもそも父上が、あの本をダイアゴン横丁で売るはずがないんだ」

「どうしてそう言い切れる?」

「昔、あの本を父の書斎で見たんだ」

 

 マルフォイは幼い頃、父親の書斎に忍び込んだ。そして、あの本を手にしているところを見られ、こっぴどく怒られた。だが、父は忍び込んだことではなく、あの本に手を出したことについて激怒していたという。

 

「よほど大事なものだったのか。⋯⋯でも確かに、あれはすごいよな。なんせ会話ができるんだから」

「会話ができる⋯⋯?」

「文字を書き込むと、それに反応してくれるんだよ」

 

 課題もやってくれるよ、と付け加えると、マルフォイは驚愕を隠さなかった。

 

「そんなもの、見たことも聞いたこともない」

「え、そうなんだ」

 

 意外とすごいものだったらしい。高度な術が掛けられていたのか。

 マルフォイは顔を顰めた。そして小さく、「やっぱり⋯⋯」と呟く。

 

「『やっぱり』、何なのさ」

「⋯⋯」

 

 おいおい、ここまで来て隠し事か?

 僕はマルフォイの肩をゆすった。彼は暫く黙ったままでいたが、誤魔化すのは無理だと悟ったのだろう、重い口を開いた。

 

「確証はないが⋯⋯あれは恐らく、闇の魔術に関連がある」

「え?」

「父上は⋯⋯僕がそういうものに興味を持つのを嫌がる節がある。あのとき怒鳴ったのも、僕の身を案じていたからなのだとしたら⋯⋯」

「ちょっと待てよ。そしたらハリーは⋯⋯」

 

 マルフォイは、不安に揺れる瞳を僕に向けた。

 

「闇魔道具を保持していることになる」

 

 ひゅっ、と息を呑む。

 大広間の喧騒が遠いものになり、冷たい石壁が月光を反射した。

 

「様子のおかしい父上。嘘をついたハリー。両者は繋がっている」

「⋯⋯ハリーは知っていて、あの本を持ってるのかな?」

「知っていたはずだ。でなければお前から隠れるように本を使ったりしない」

 

 確かに、ハリーがあの本を開いているのを見たのは冬休みの一回きりだ。僕たちはほぼ毎日一緒にいるのに。

 僕の前では使わないようにしていた。それは何故?

 

 ──あの本の存在を、知られたくなかったから?

 

「あの日、何を話していたのか。尋ねても、父上もハリーも『大した話じゃない』の一点張りだ。だからお前に訊きたい。心当たりはないか?父上を動揺させる何かに」

「ないよ。だって⋯⋯あのハリーだよ?」

 

 いつも陽気なハリー。彼がそんなものに手を出すなんて信じられなかった。

 

「父上はあの本のことでハリーから何かを言われた⋯⋯或いは、脅しを受けた。そう考えることもできる」

 

 マルフォイは力強く言った。

 マルフォイの妄想だと、笑い飛ばすこともできなくなってきた。段々と毒されつつある。

 バイアスが掛かっているのかもしれない。

 勘違いならばそれでいい。

 ──でも、そうではないとしたら。

 

 

 

「ハリーは何かを隠してる」

 

 

 

 疑念が、胸の奥深くにストンと落ちた。

 

 

 

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