様子のおかしいハリー・ポッターさん(10代)   作:夜風ミシェル

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3.逆転時計

 

 午後の魔法生物飼育学は、スリザリンとの合同授業だ。

 初めての授業に浮かれ切っているハグリッドには申し訳ないが、僕の頭の中はハリーのことでいっぱいだった。

 先程のマルフォイとの会話が、脳内でループしている。

 ハリーは何かを隠してる──。そう言ったマルフォイは、寝不足を理由に医務室に行った。体調不良ということで授業にも出ないらしい。

 

「ドラコ、大丈夫かな」

「あー⋯⋯ね」

 

 そう応えると、ハリーはちらりと僕を見た。

 

「ロンがドラコを心配するなんて。明日は雪かな」

「え⋯⋯。僕だって、体調不良ならちょっとは優しくしてやるよ!」

 

 慌てて取り繕った。危ない。マルフォイと話したことは、バレないようにしないと。

 チェスと同じ。相手に、自分の手の内を悟られてはいけない。すかさず妨害されてしまうからだ。

 尤も、ハリーが心を読む魔法──確か、『開心術』だっけ?──を使えないことが前提だけど。

 マルフォイは知らぬふりでハリーに黒い本のことを訊いた。もし、ハリーがマルフォイの心を読めたのなら、嘘をついたって仕方がないと分かるはず。マルフォイを脅すなり記憶を消すなり手を打っていたはずだ。そうしなかったということは、開心術が使えないということで──ああでも、あのとき偶々使わなかった可能性もあるのか?

 いや、その場合はもうどうしようもない。ある程度は割り切りだ。

 そこまで考えて、なんだか悲しくなった。どうして僕は、友達を疑わなくてはならないのだろう。

 

「ハリー⋯⋯」

「ん、何?」

「何か僕に言いたいことない?」

 

 ハリーは瞬きを繰り返す。その一秒が、やけに長い。

 

「⋯⋯『妹さんを僕にください』、とか?」

「やんねーよアホ」

 

 平常運転だった。

 授業の方に意識を向ける。今は、ハグリッドが教科書の開き方を教えている最中だ。手本通りに背表紙を撫でると、怪物の本は大人しくなった。

 

「お前さんたちの今日の授業は、これだ!」

 

 ハグリッドは鎖に繋がれた生物を引き連れて満面の笑みである。

 

「ヒッポグリフだ!美しかろ?」

 

 馬の体に翼が生えたような生き物だ。嘴と鉤爪は大きく、ぶっちゃけ、怖い。が、ハグリッドの初回の授業だ、成功させてあげたいと思ったので、僕はハリーの背中を押しながら前に出た。

 ハグリッドはヒッポグリフの説明をする。知能もプライドも高いので、彼らの前では謙虚な態度でいなくてはならないらしい。

 早速乗ってみよう、とハグリッドは言うものの、誰も手を上げない。見かねたハリーが先陣を切った。

 ハリーはこうべを垂れ、ヒッポグリフの背中に乗った。そのまま空高く飛んでいって、生徒たちは皆歓声を上げた。

 ハリーという成功例を見たためか、皆もヒッポグリフへの恐怖心が薄れたようだ。おずおずと近付く人が増えた。

 ハグリッドの授業は、好調な滑り出しを見せた。

 

 

 

*****

 

「諸君、材料の準備に取り掛かれ」

 

 魔法薬学の教室で、スネイプはえらそうにそう指示した。今回の授業では、縮み薬を取り扱う。⋯⋯縮み薬。去年、あの黒い本に課題を考えてもらったときにも聞いた名前だ。つい僕の思考は、そちらに向かってしまう。

 

「⋯⋯ロン、手が止まってるわ」

「え、あ」

 

 ハーマイオニーに肩を揺すられて僕ははっとする。慌てて材料を持ってきて、慎重にナイフで切っていく。

 教室を回ってグリフィンドールの生徒には難癖を、スリザリンの生徒には賞賛を与えるスネイプが、ハリーに近付いた。

 

「⋯⋯ふん」

 

 スネイプは鼻を鳴らしただけで、素通りしていく。そしてネビルの鍋を覗き込み、ネチネチと圧迫面接を始めた。

 

「ハリー、聞いた?今朝の『日刊予言者新聞』──シリウス・ブラックが目撃されたって書いてあったよ」

 

 スネイプの目を盗み、シェーマスが声を掛けてきた。テーブルの向こうで、マルフォイが聞き耳を立てているのが分かった。

 

「ここからあまり遠くないところで、マグルが目撃したって話だ。ほら、ブラックはマグルの世界でも指名手配されてるだろ」

「えぇ⋯⋯怖いなぁ」

 

 ぞっとした。

 マルフォイが無花果の皮を剥きながら会話に混ざってくる。

 

「ハリー、用心するんだぞ。なんてったって奴は、君のご両親を間接的に殺したんだから」

「え?」

 

 知らない話だった。

 マルフォイは、人づてに聞いたという話を得意げに語る。それによると、ブラックは『例のあの人』がポッター夫妻を狙っていると知り、彼らの居場所が死喰い人側に露見するのを防ぐべく『秘密の守り人』の役目を買って出た。それは忠誠の術で、守り人以外は二人の居場所を明かせないのだという。

 ハリーの両親は守られていた。しかし、秘密が破られたということは──。

 

「ブラックが裏切ったんだ」

「そう、だったんだ⋯⋯。ドラコ、教えてくれてありがとう」

「当然。友達だから、秘密はなし。そうだろ?」

「うん、そうだね」

 

 ハリーは、微笑む。

 マルフォイが真意を探るようにハリーを見るから、僕はハラハラしてしまう。あからさますぎやしないか?大丈夫?

 

「そこ。薬作りを舐めているのか?」

 

 ねちっこくネビルを虐めていたスネイプの目が、こちらに向いた。僕たちは慌てて魔法薬に向き直り、その後は無言で鍋をかき混ぜた。

 授業終了の鐘が鳴り、僕たちは息苦しい教室を出た。ハリーはドラコと喋っているので、必然的に僕はハーマイオニーの隣に並んで歩く。

 

「今日もスネイプは酷かったな。最後、ネビル泣いてたじゃん」

「え、ええ、そうね」

 

 ハーマイオニーは挙動不審だ。懐から取り出した懐中時計を頻繁に眺めている。

 それから、わざとらしく窓の外を指差した。

 

「見て、珍しい鳥よ」

「え?」

 

 釣られて外を見る。鳥なんていない──そう思った瞬間、窓ガラスに反射して映るハーマイオニーの姿が、消えた。

 

「えっ!?」

 

 振り返ってもいない。どこに行った?──と思ったら、息を弾ませたハーマイオニーが階段を上がってきていた。

 

「えっ⋯⋯ど、どうやったの?瞬間移動?」

「え?あ、そ、そんなわけないでしょ」

 

 ハーマイオニーの呼吸は荒い。髪もボサボサ、ローブもくしゃくしゃで──。

 胸元には、一際目立つ首飾りが。

 

「⋯⋯あ」

 

 僕の視線に気付いたハーマイオニーは、慌てた様子で首飾りを服の下に仕舞った。だがもう遅い。

 僕の目は、金色の砂時計を捉えていた。そしてそれは、『魔法道具のすゝめ』という本に写真付きで載っていた。

 名称は、逆転時計(タイムターナー)──。

 

「ハーマイオニー⋯⋯それ⋯⋯」

 

 そして理解した。ハーマイオニーの謎すぎる時間割のカラクリを。

 ハーマイオニーは逆転時計で、時を戻していたのだ。

 

 

 

*****

 

「まさかあなたにバレてしまうなんて、思ってなかった。よく分かったわね」

 

 昼休み。

 僕とハーマイオニーは人目を忍んで中庭の木陰でこそこそ喋っていた。

 籠に入ったサンドイッチを咀嚼しながら、ハーマイオニーはため息をついた。

 

「ほら、去年暴れ柳に突っ込んで⋯⋯過去に戻りたーい、って嘆いたら君が教えてくれただろ?逆転時計のこと。それで気になって、本を読んだんだよ」

「なるほどね。⋯⋯困ったわ」

 

 再びのため息。なんでも、逆転時計のことは誰にも知られてはならないとマクゴナガルから厳重に言われていたらしい。

 

「危険なアイテムだもの」

「あー⋯⋯。確か過去、存在していた人たちが消えちゃったんだっけ」

 

 怖いとは思うけど、興味があるのもまた事実。僕はハーマイオニーの手に乗る逆転時計を見つめた。

 

「どうやって使うの?」

「この砂時計を回すの。一回転毎に一時間巻き戻る」

「へぇ〜。頑張れば年単位で戻れそうだね」

「確かにそうだけど、そのために一体何度回せばいいのよ。途中で分からなくなりそう」

 

 それもそうか。⋯⋯いやでも別に大した問題ではないか。途中で回転をやめても、またそこから回せばいいだけで。

 そう思ったが、「馬鹿ねぇ」とハーマイオニーは笑う。

 

「逆転時計を使った状態で、さらに過去に戻ることはできないのよ。だから使うときは正確な数だけ回さなくちゃ」

「精密さが必要なんだね。⋯⋯僕は使いこなせそうにないや」

 

 肩をすくめてみせると、ハーマイオニーは笑顔を消した。そして、重々しい口調で言う。

 

「⋯⋯ねぇ、ロン。このことは誰にも言わないでね。ハリーにも、よ」

「もちのロンさ!」

 

 大きく頷いて、ふと思う。

 皆、隠し事ばかりだ。

 

「⋯⋯あのさぁ、」

 

 僕は、マルフォイから聞いた話をハーマイオニーにも伝えようとして──躊躇った。多分マルフォイは、本当は人に言うつもりもなかったのだろう。隈ができるほど悩んで、やっと僕に明かしただけで。だから、勝手にハーマイオニーに教えるのはやめた方がいいかなぁ。

 

「なぁに、ロン」

「いや、なんでもない」

 

 僕は誤魔化すように、「そろそろ午後の授業が始まる。行こうか」と、ハーマイオニーに手を差し出した。

 

 

 

*****

 

 ついに来た。

 今から始まるのは、闇の魔術に対する防衛術の授業である。いやぁ、期待が膨らみますねぇ!

 ルーピンは、列車で話したときより幾分か健康的に見えた。彼はいきなり「実習を始めるよ」と言って教室を出た。

 この授業で実習なんてほぼなかったから、生徒は不安そうにその後を追う。

 廊下を進んでいると、悪戯好きで迷惑なピーブズが、鍵穴にガムを詰めていた。

 ピーブズは笑いながら、ルーピンの様子を伺っている。

 

「この呪文は役に立つよ」

 

 ルーピンは杖を取り出しながら、生徒に柔和な笑みを向けた。

 

「よく見ておきなさい。──ワディワジ!」

 

 するとどうだろう、鍵穴からガムが弾丸のように飛び出し、ピーブズの鼻の穴に吸い込まれていったのだ。ピーブズはひっくり返り、アタフタと逃げ出す。

 

「先生かっこいー!⋯⋯使い所、あんまり思い浮かばないけど」

「流石です先生!⋯⋯多分この先の人生で、二度と口にしない呪文だろうけど」

 

 生徒の正直な感想に、ルーピンは落胆してた。

 

「ああ、うん⋯⋯。君たちの正直さは美徳だよ、うん」

 

 申し訳ないが、僕もあの呪文が役に立つ状況なんてそうそうないんじゃないかと思った。何でこれを自信満々に教えてくれたんだ⋯⋯?

 とはいえ、あのピーブズを派手に撃退したのを見たことで、僕たちの期待は膨らんだ。もしかしたら、今年の先生は有能なのかもしれない──!くっせぇニンニクと犯罪者しか経験してこなかった僕たちからすれば、魔法がちゃんと使えるだけで相対的に評価が高くなるのである。

 移動した先の部屋には、古い箪笥が置かれていた。中に『まね妖怪』がいるらしく、ガタガタと動いている。

 

「まね妖怪は暗くて狭いところを好む。タンスやベッドの隙間、さらには食器棚とかだ」

「名前を言ってはいけないあの虫と同じなんですね」

「⋯⋯そうだね、ハリー。さて、ここにいるのは昨日の昼過ぎに入り込んだやつで、実習に使いたかったからそのままにしておいてほしいと校長先生にお願いしたんだ」

「つまりホグワーツは黒光る君の巣窟⋯⋯ってコト!?」

「⋯⋯」

 

 ルーピンはハリーを無視し、「まね妖怪とは何ぞや?」という質問をした。ハーマイオニーが「形態模写妖怪です。私たちが一番怖いと思うものに姿を変えることが出来ます」と回答し、ルーピンが褒めた。

 今回は、まね妖怪を退散させるのが目的らしい。

 トップバッターはネビルだ。怖いものはスネイプ。申し訳ないが、笑った。

 ビビるネビルはルーピンが言った通りにスネイプを変身させた。ハゲタカの剥製がついている帽子に緑色のドレスを身に纏ったスネイプは、グリフィンドール生の爆笑を掻っ攫っていった。

 ハリーが眼鏡を押し上げる。

 

「なるほど、つまりこれは大喜利大会だ。ここでは、おもんない奴から死んでいく⋯⋯」

「勝手にデスゲームにしないでね」

 

 僕はツッコんだが、ほかの人たちはそれを気にし始めた。あるよね、トップバッターが完璧すぎてプレッシャーを感じる場面とか。

 狼狽えるルーピン。

 

「君たち、そんなに気負わなくていいからね?あくまでまね妖怪の対処法を知るのが目的なだけで」

 

 可哀想なことに、ハリーのせいで授業の趣旨が変わっていた。張り切る生徒に、ルーピンは「君たち、元気だね⋯⋯。これが若さ⋯⋯」と謎にショックを受けていた。

 パーバティ。血塗れのミイラに、盥を落とした。

 シェーマス。バンシーに盥を落として黙らせた。

 

「次、ロン!」

 

 ルーピンが僕を指名した。「ネタが被らないようにね!」と、ハリーがどうでもいいアドバイスを送ってきやがった。

 僕が前に出ると、たちまちまね妖怪は蜘蛛に姿を変えた。生理的な嫌悪感。つい目を背けたくなる。

 しかし、こいつをどう面白くしてやるかは、もう決めている。

 

「リディクラス!」

 

 唱えた瞬間、蜘蛛の隣に一人の人間が生えた。

 

「HAHAHA⭐︎私は森でこんな蜘蛛と戦った経験もあるんですよ!」

 

 前任の教師であり詐欺師、ロックハートである。

 彼は「勲三等マーリン勲章、闇の魔術に対する(以下略)受賞のこの私に!任せなさい!」とカッコつけて杖を振り翳すが、蜘蛛の脚がそれより早く見事な蹴りを放った。

 

「ああああああぁぁぁ⋯⋯」

 

 断末魔と共に吹っ飛ばされるロックハート。そのまま転がり、ハリーの足元で止まる。

 ハリーは杖を構えた。

 しかし。

 

「こっちだ!」

 

 急にルーピンが叫び、まね妖怪を引きつける。

 蜘蛛が消え、代わりに、淡く発光する光の玉が浮遊していた。

 ルーピンはそれをゴ──黒光る君に変えると、トドメをネビルに任せた。

 このようにして、初回の授業は終わった。

 生徒たちの間で、ルーピンの評判が鰻登りになるのはあっという間だった。

 

 

 

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