様子のおかしいハリー・ポッターさん(10代) 作:夜風ミシェル
「あーもう!全然書けない!」
僕は終わる気配のない課題を前に、匙を投げた。
ハリーが笑う。
「しょうがないな。僕も一緒に考えてあげるよ」
「助かるぅ〜。⋯⋯いや待てよ」
僕ははっとした。そして、さも偶然思い出したかのように言ってみる。
「ハリー、あの道具を貸してよ!お喋りできる本!」
「えっ」
ハリーの肩が跳ねた。それから困ったようにこめかみを掻く。
「あー、あれねぇ⋯⋯。実はダーズリーのところに忘れてきちゃって」
「えぇぇぇぇ〜〜!?何やってんだよ!僕を殺す気かっ!」
「課題くらいで死なないでよ。僕なんて、課題とクィディッチを両立しないとなんだよ?」
それはそうだった。
十月に入ると、ハリーはクィディッチの練習で忙しくなった。キャプテンのウッドが今シーズンの作戦会議を開くために選手を招集して、指導に汗を流していた。
その隙に僕は、マルフォイと無人の教室で落ち合った。あいつから呼び出しを受けたのだ。
あれ以来、二人で話すタイミングもなくて、詳しい話はまだできていない。だからこうして呼び出したのだろう。
「来たな、ウィーズリー」
マルフォイは既に教室に待機していた。適当な席に座り、早速本題に入る。
「今日話したいのは、例の本だ。あれがどんなものなのか知りたい」
「と、言われましても」
僕は頬を掻いた。そして、事の顛末を語る。
医務室から帰ると、ハリーが本に書き込んでいたこと。『Death Note』という名前。完璧な文章を考えてくれたこと、など。
全てを聞き終えたマルフォイは、鼻を鳴らした。
「⋯⋯課題を丸投げか。ウィーズリーの脳みそは、簡単な課題すらも考えられないのか?」
「あのなぁ!スリザリン贔屓のスネイプはお前の採点は甘いだろうけど、僕なんか酷いもんなんだぞ!」
僕は机を叩いた。やっぱこいつに協力するのやめようかな⋯⋯。
帰ろうとしたら、「待て待て」と引き止められた。
「帰るな。座れ」
「偉そうに指示をするな!お前は、僕に頭を下げる側の人間だろ」
両者、ピキる。
先に折れたのはマルフォイだ。
奴は、歯を食いしばりながら「⋯⋯悪かった」と謝罪を絞り出した。寛容な僕は、許してあげる。あー、ほんっとうに僕は優しい。
仕切り直して、考察する。
「デスノート⋯⋯。ひょっとしたら、本当にそうなんじゃないか?」
「もしそうなら、僕は死んでるね。勝手に名前使われたんだから」
「そう、か。⋯⋯そもそも、そのハリーの話は全部作り話って線もあるな。いや⋯⋯闇の魔法アイテムっていうのは考え過ぎだったのか?」
マルフォイ自身も、まだ考えが固まっていない。
そして僕は、新たな疑念を投下する。
「考え過ぎじゃないかもしれない」
「え?」
「三日前、僕はさりげなくハリーにあの本の話題を振った。ハリーはそれを家に置いてきたと言ったけど⋯⋯」
僕は、知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。
「こっそりガサ入れをしてみた。そして、トランクの中に入っているのを見つけてしまった。⋯⋯怖いから、触ってはいないんだけど」
──ハリーの言葉は、嘘だった。
瞠目するマルフォイ。
「やっぱりハリーには⋯⋯隠したいことがあるんだな」
その事実は、僕たちにとってあまりにも大きすぎた。
いつもノリが軽くて、お茶目なハリー。でもその裏には、巧妙な嘘が隠されている──。
怖かった。
ハリーは、一切の不自然さを見せずに嘘をついた。今までもこうやって、僕を騙してきたんだろうか。そう思うと、胸の中にザラザラとしたものが広がった。
「なんか⋯⋯悲しい、な」
「早とちりするなよ、ウィーズリー」
「お前に言われたくないわ」
証拠もないのに父親がハリーに何かされたと思っているこいつに言われても、何のフォローにもならなかった。
いや、落ち着け。こいつを反面教師に、僕は事実だけを重視するべきだ。
「気になるのは、『T•M•リドル』という人名。この人があの本を作った、或いはかつての所有者と考えるのが自然じゃない?」
「⋯⋯そこから、父上とハリーの会話が推測できるとでも?」
「可能性はゼロじゃない。二人が正直に答えるつもりがない以上、遠回りでもここから始めるしかないだろ」
勿論、探っているのはバレないようにしないとね。そう付け足すと、マルフォイは「重々承知している」と頷いた。
「T•M•リドルか⋯⋯。少なくとも、純血ではないだろうな」
考えを巡らすように、マルフォイは目を閉じた。
「Tから始まるファーストネーム⋯⋯トーマス、テッド、セオドールあたりか?ああ、トムもあったな」
僕は頭の中で、それぞれの候補に『リドル』を付けてみる。トーマス・リドル、テッド・リドル、セオドール・リドル、
「トム・リドル⋯⋯」
「どうした、急に」
いきなり声に出したもんだから、マルフォイが怪訝そうな顔をしている。それに構わず僕は唸り声を上げた。
トム・リドル。なーんか、どっかで見たような名前なんだよなぁ⋯⋯。
マルフォイは期待のこもった瞳を、僕に向ける。
「知ってるのか!?」
「聞いたことあるような、ないような⋯⋯。うーむ、思い出せない」
「使えない奴⋯⋯」
おいこら。
*****
ある日、掲示板にお知らせが貼り出された。十月末、ホグズミードに行くことかできるという。
暖炉前で天文学の星座図を書いていると、クィディッチの練習終わりのハリーが談話室にやってきた。ちらっと掲示板を見て、「ホグズミードか。楽しみ」と呟く。
それから、疲れた顔で僕の隣に座った。
クルックシャンクスがハーマイオニーの膝に飛び乗る。その口には、大きな蜘蛛の死骸が咥えられていた。うわ、最悪。
「わざわざ目の前で食うなよ⋯⋯」
「お利口さんね、クルックシャンクス」
ハーマイオニーは僕を無視し、猫の背中を撫でた。
今、スキャバーズは僕の鞄で寝ている。「そいつをそこから動かすなよ」とハーマイオニーに命令すると、クルックシャンクスは瞬きもせず僕を見つめてきた。
そして、予備動作もなく僕の鞄に爪を立てた。
「おい!放せよこの野郎っ!」
なんとか鞄をもぎ取ろうとするけれど、こいつは唸り声を上げてますます深く爪を刺す。揉み合っているうちに鞄からスキャバーズが飛び出した。
クルックシャンクスはそれを目で追うと、食べかけの蜘蛛を僕に向かって吐き出した。
「うわぁぁぁぁ!?」
尻餅をついた僕を踏み越えて、クルックシャンクスはその後を追う。
最早、スキャバーズの安否確認どころではなかった。僕の体の上に、大っ嫌いな蜘蛛がいる──!
「は、は、ハリーぃぃぃ!!こっ、この虫をなんとかしてぇぇ!」
「おけ」
さっと手で掴み、暖炉に放り込むハリー。今までで一番、ハリーがカッコよく見えた。後光も見えた。
「よし、これでジニーとのお付き合いも認めてくれるね」
「打算かよ」
一瞬で冷めた。
ハーマイオニーがクルックシャンクスを抱き抱え、ジニーがスキャバーズを回収してくれた。
最悪だった。
「ハーマイオニー!そいつをちゃんと躾とけよ!蜘蛛を咥えるなって!!」
「クルックシャンクスにはそれが悪いことだって分からないのよ!」
「だから何だよ!そんなに難しいことじゃないだろ?頼む、それだけでいいから。僕の前で蜘蛛を掴むことさえやめてくれたらいいから」
「あらロン。それだけでいいの?」
僕にスキャバーズを手渡しながら、ジニーが首を傾げた。
「スキャバーズのことはいいの?」
「えっ?」
見れば、スキャバーズは震えていた。
猫の前では、彼は無力だ。なんと哀れなことだろう──。理性ではそう思うのに、何故か感情が動かない。いやむしろ、『彼には怯える姿が相応しい』なんて感じている。
何かが妙だ。僕はこめかみを押さえた。
頭が痛い。
「⋯⋯ロン?大丈夫?」
ハーマイオニーは僕の顔を気遣わしげに見つめた。「そんなに嫌だったのね⋯⋯うちの猫がごめんなさい。気を付けるわ」と素直に謝ってくれたので、この話はここで終わった。
待ち遠しかったホグズミード行きが、ついに可能となった。玄関ホールには生徒が並んでおり、フィルチが手元のリストと照らし合わせながら顔と名前を確認していた。
検問もどきを潜り抜け、ホグズミード村につながる道を歩いた。
ホグズミードは、学生が多いのも相まって活気に溢れていた。
早速『三本の箒』に入り、バタービールを注文する。
僕たちは「乾杯!」とジョッキを掲げてから、思い思いに煽った。
「おったまげー!ハリー、一息で半分以上呑んでる!」
口に髭を生やし、ハリーは「ふふん」とドヤ顔をかます。ハーマイオニーは恥ずかしそうに口を拭っていた。
いたずら専門店のゾンコでは、フレッドとジョージに出会った。二人はウキウキしながら店内を回り、「これは改良して──」「いや、あの魔法薬と一緒に使えば──」と、碌でもないことを考えているようだった。
ハニーデュークスには素敵なお菓子がいっぱいだった。僕とハリーはこっそり、ハーマイオニーの買い物籠に『ゴキブリ・ゴソゴソ豆板』を入れた。けれどすぐに気付かれてしまい、ハーマイオニーは眉を吊り上げた。
「うわ、バレた」
「逃げろー」
僕たちは笑いながら店を出た。
夢のような時間だった。ハリーへの不信感も、あの本のことも、何もかも忘れられるくらいには。
けれど、マルフォイの浮かない表情が現実を突きつけてくる。
夜はホグワーツでハロウィンの宴だ。
マルフォイはパーティーの最中でも、僕を見ては厳しい顔をするのだ。『気を抜くなよ』とでも言うように。
隣のハリーは、仮装の準備に夢中で気付いていない。
「よし、二年ぶりの格好だね」
赤毛の長いウィッグを櫛でときながら、ハリーは微笑んだ。ご丁寧に髭を剃り、薄く化粧までしている。そのまま教員席に向かって大きく手を振った。
お茶目なダンブルドアとルーピンだけが反応をくれた。スネイプは仏頂面を崩さないものの、こちらを凝視し続けている。あいつすげーよ、自分の欲に忠実じゃないか。
僕は顔を歪ませた。
「相も変わらずハリーの女装にお熱か。なんかの法に触れてるだろこれ」
「たはは」
ハリーが笑う。それから、コリンに強請られるままに写真を撮られている。
その姿を見ながら、僕は必死に『トム・リドル』を思い出そうと試みていた。誰だったかなー、思い出せそうで思い出せない。あー、むずむずするぅ。
結局思い出すことができないままに、パーティーはお開きとなった。
『太った婦人の肖像画』につながる廊下まで来てみると、生徒たちで混雑していた。どうして皆、寮に入らないのだろう。
後ろから、パーシーの声が聞こえてくる。
「どうしたんだ?僕を通してくれ。12ふくろう獲得、監督生かつ首席のこの僕を、通してくれ!」
騒がしい廊下が、一瞬だけ冷え切った。
「なんだあいつ」
「うおw」
「自慢しながら生徒を押し退けてて草」
僕は頭を抱えた。観察者羞恥ぃぃ⋯⋯。
隣のハリーが、「僕が育てました」とかほざいてた。お前かよ。
恥を晒しながら列の先頭に出たパーシーは、「誰か、ダンブルドア先生を呼んで」と叫んだ。
只事じゃない。僕たちも前に出ると、そこで息を呑んだ。
太った婦人が、『肖像画』から消え去っていた。それだけじゃない。絵は滅多切りにされて、キャンバスの切れ端が床に散らばっていた。あまりにも痛々しい現場だ。
「何事じゃ?⋯⋯これは」
ダンブルドアを先頭に、教師陣が到着した。
いつの間にかピーブズが皆の頭上を浮遊している。何かを知っていそうなピーブズに、ダンブルドアは鋭く問う。
「ピーブズ、これは誰の仕業なのじゃ」
ピーブズはわざとらしく丁寧に腰を折る。そして、ケラケラと笑いながら言った。
「そいつは、婦人が入れてやらないんで酷く怒っていましたねえ。酷い癇癪持ちの──
シリウス・ブラック!」
僕は目を見張った。
*****
凶悪犯罪者が学校にいる──。
その事実は、ホグワーツを震撼させた。
ブラックの侵入を受けて、全校生徒、大広間で寝ることとなった。
皆一様に不安そうな表情で、ブラックがどうやってホグワーツに侵入したのか話し合っている。やれ、秘密の抜け道から入ったとか、『姿現し』を使ったとか。
それらは全て、ハーマイオニーによって否定された。
「秘密の抜け道はフィルチが全部知っているし、ホグワーツでは姿現しが使えないように結界が張られているわよ」
それを聞いたら、余計に恐怖が増してきた。ブラックは僕たちの知らない方法で侵入してきたわけだ。
流石のハリーも、自分に迫り来る危機に震えていることだろう──
「怖いかい、ジニー。今日は僕の寝袋においでよ⋯⋯」
そんなことなかった。ブラックをダシに、熱い夜を過ごそうと画作していた。ほんとに⋯⋯お前さ⋯⋯(呆れ)。こいつには『恐怖心』ってものはないのか?
「ハリー⋯⋯ありがとう。私、怖くて⋯⋯」
「ジニー、君は友達のところに帰れ」
「え、ちょ、ロン?やめて──」
呼ばれて参上したうきうきジニーを追い返し、僕はハリーに言った。
「多分ブラックも、お前の豪胆さには度肝を抜かれてるよ」
「あはっ。亡くなった両親譲りさ」
「唐突なシリアスやめてね」
「灯りを消すぞ!寝袋に入れ!」とパーシーが怒鳴る。12ふくろう獲得、監督生かつ首席に逆らう人はおらず、僕たちはささっと横になった。
目を閉じて、頭の中で考える。
ブラックはどうやってホグワーツに侵入したんだろう⋯⋯。吸魂鬼には透明マントも効かないって話だし、何か魔法を使った?でも、脱獄犯が杖を持ってるわけがないし。
僕は寝返りを打った。規則正しく上下する、ハリーの背中が見える。
ハリーのことも、分からない。
ルシウスと何があったのか。どうしてあの本を隠したのか。『T・M・リドル』は誰なのか。
トム・リドル、と僕は口の中で言葉を転がす。
そのとき、天啓を得た。
「っ⋯⋯!」
思わず声を上げそうになって、慌てて口を押さえる。
思い出したのだ。その名前をどこで見たのか。
去年、暴れ柳を傷付けた罰として、僕はトロフィーを磨くよう言い付けられた。
そこで見たはずだ。
金色の盾を。
『ホグワーツ特別功労賞 トム・マールヴォロ・リドル』を────!