様子のおかしいハリー・ポッターさん(10代)   作:夜風ミシェル

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7.殺意

 

「⋯⋯お、怒ってないの?」

「さっきからそう言ってるじゃんか」

 

 僕が頷いても、ハーマイオニーの表情は暗い。なんでだ。

 先程から同じ会話しかしていないことに気付き、僕はため息をついた。

 スキャバーズがクルックシャンクスに食べられた。

 状況証拠的にはそう考えざるを得ないし、そのことは悲しいと思う。でも、不思議と怒りが湧いてこなかった。⋯⋯僕って薄情なのかもしれない。

 

「確かに、自分でもこんなに冷静なことに驚いてるんだけど。本当に怒ってない」

「⋯⋯」

 

 ハーマイオニーはまじまじと僕を見つめる。──その瞳が徐々に潤み始め、僕はぎょっとした。

 

「え!?」

「うわぁぁぁぁん!」

 

 大泣きしながらハーマイオニーは女子寮に戻ってしまった。な、なんで!? 怒ってないって言ってるのに!

 周囲の人たちが『女の子を泣かせたー。最低』という目で僕を見る。僕に非はないだろ!

 慰めるようにハリーが僕の背中を撫でた。

 

「あー、多分ね、ハーマイオニーは君が怒らないから逆に申し訳なく思っちゃうんだよ」

「え」

「怒らないってことは、相手に許す機会を与えないっていうことでもあるから⋯⋯。一番残酷だよね」

「いやいや深読みしすぎ!」

 

 困った。『怒らない方が怖い』ってやつか。

 頭を抱えていると、ハリーの不思議そうな声が降ってくる。

 

「でも確かに謎なんだよね。どうしてロンはそんなに落ち着いてるの? スキャバーズを可愛がってたのに」

「え、うーん⋯⋯」

「絶対にハーマイオニーとまた喧嘩するものだと思ってた」

「僕をなんだと思ってるんだ」

 

 思わず顔を上げると、至近距離でハリーと目が合った。

 そしてどきっとした。

 緑色の瞳は影によって漆黒に染まり、その奥にはこちらを探るような真意があった。

 「最近、変だよね」とハリーは呟いた。

 

「スキャバーズのことだけじゃなくて、最近はドラコとも口喧嘩しないし⋯⋯。休暇前にはお菓子を大盤振舞いしていたし」

 

 背筋が冷えた。あ、あれ⋯⋯なんかこれ、まずい?

 咄嗟に僕はウィンクを飛ばした。

 

「分かってないなー。僕も成長したってことだよ」

「ふーん⋯⋯?」

「というわけで宿題手伝ってくれ」

「成長isどこ?」

 

 たはは、と僕は笑って全てを有耶無耶に流した。

 

 

 

 

 

 あれからもハーマイオニーとはギクシャクしていたが、クィディッチでグリフィンドールがレイブンクローに勝利したことがきっかけで、すっかり普通に話せるようになった。

 

「やっぱすごいや」

「そうね⋯⋯」

 

 僕とハーマイオニーはしみじみと、ハリーの箒──ファイアボルトを見つめた。

 ファイアボルトを乗りこなすハリーに、怖いものなんてなかった。

 彼は容易くスニッチを掴み、戦いを制したのだ。

 その夜はどんちゃん騒ぎで、マクゴナガルの注意を受けてからようやく皆床に就いた。

 でも、高揚感で全然眠くならない。困ったなーと思いながら何度も寝返りを打った。

 

「⋯⋯んぁ」

 

 ふと目が覚めた。いつのまにか眠っていたらしい。

 僕は眠気まなこで顔の向きを変えた。

 

 

 視界いっぱいに、おっさんの顔と臭気が広がった。

 

 

「え、あ」

 

 僕は呼吸を忘れた。

 僅かな月明かりに照らされるその顔は、どこからどう見てもシリウス・ブラックですありがとうございました僕は死にますそしてくっせぇです

 

「⋯⋯ああああぁぁぁぁ!! やめてぇぇぇ!」

 

 

 

*****

 

「いたんです、僕の真横に! ブラックが!」

「ウィーズリー、冗談はおよしなさい」

 

 マクゴナガルは信じない。

 これほど彼女に腹が立ったことはない。僕は地団駄を踏んだ。信じてくれよ!

 

「ほんとだもん! ほんとにブラックいたんだもん! 嘘じゃないもん!」

「いい加減になさい。あなたいくつですか」

「ごふっ!」

 

 ぐさっとナイフで刺され、僕は吐血。

 そっけないマクゴナガルの様子が変わったのは、肖像画のカドガン卿が「合言葉を知っていたので、男を通しましたぞ!」と教えてからだった。

 男は、合言葉を書いた紙を持っていたらしい。⋯⋯あれ、それってネビルのものじゃ。

 ネビルは生気を失った表情で手を挙げた。

 

 

 

 

 

 ブラックが再びホグワーツに侵入。そのニュースは瞬く間に広まり、誰もが僕から話を聞きたがった。その度に僕は心底丁寧に語ってやった。

 去年はロックハートに襲われ、今年はブラック。僕の存在は再び全校生徒の注目を集めた。そのことが、ハリーはちょっぴり不満らしい。

 

「ファンが分散しちゃう」

「いいだろ別に。君にはジニーがいるじゃん」

「お、ついに交際を認めてくださったんですね義兄上!」

「やべ」

 

 こいつ、策士。

 ふと、ネビルがそっと近付いてきた。

 

「あ、あの⋯⋯ロン、ほんとにご、ごめんなさい⋯⋯。ぼ、僕のせいで、こんな、」

「あー、うん、大丈夫だよ! そんなに落ち込まないで」

 

 可哀想に、ネビルはあらゆる人から目の敵にされていた。

 何度も頭を下げられて困っていると、手紙を咥えた梟が舞い降りた。差出人はドラコ・マルフォイ。

 僕はその名前を隠すようにして、手紙を懐に忍ばせた。

 

 

 

 

 トイレの中で、手紙を開く。そこには、『T・M・リドル調査報告書』の写しが入っていた。

 休暇で帰省したついでに、どこかの探偵事務所に依頼をしたらしい。だが、報告書は殆ど空欄だった。

 孤児院育ち、両親は不明。ホグワーツでは秀才として知られていた。

 

「『リドルは卒業後、ノクターン横丁のボージン・アンド・バークスに就職。だが、ある日を境に姿を眩ませた。現在の動向は分かり次第報告する』⋯⋯え、これだけ?」

 

 拍子抜けだ。でも、そこはかとなく不穏な気配は感じる。

 スリザリン生っていうバイアスもあるけど、ノクターン横丁で働くなんて普通じゃない。しかも行方不明だなんて。

 ハリーは知っていたんだろうか。

 僕は眉間の皺をほぐした。

 考えすぎならいいんだけど⋯⋯。

 

「はぁ⋯⋯」

 

 僕は個室の壁にもたれかかった。

 

 

 

*****

 

 イースター休暇はのんびりするわけにはいかなかった。三年生はかつてないほどの量の宿題を出され、寮内は沈鬱な空気で満たされていた。

 一番大変なのはハーマイオニーだった。だが、彼女は占い学の課題がなくなったことにせいせいしていた。

 休暇前のトレローニーの授業でハーマイオニーはブチ切れ、履修を取りやめたのだ。あんなハーマイオニーを見るのは、後にも先にもこれが最後だろう。

 そして休暇後には、クィディッチの決勝戦が行われた。

 結果、ハリーの見事なプレイでスリザリンチームを蹴散らし、見事優勝杯を掴むことができた。素晴らしい。もうそれしか言う言葉はない。

 ⋯⋯が、勝利の高揚感でしれっとジニーにキスをしたハリーを許してはならない!

 

「お前ぇぇぇ! 何やってんだボケナス!」

「ちょ、一旦ステイ。落ち着いてその拳を下ろして──!」

 

 グリフィンドールの赤い旗が、更に鮮血で染まったことは言うまでもない。

 それから暫くして、今度は期末試験である。

 

「ここだけの情報なんだけど」

 

 試験勉強中、ハリーは眼鏡をスチャ、と押し上げる。

 

「占い学では、とりあえず不幸な内容の予言をすれば先生がいい成績をくれるよ」

「マジか」

 

 これは勝ち申した。

 が、占い学以外の試験は散々だった。

 特に酷かったのは変身術だ。

 ティーポットを陸亀に変えるという課題が出されたが、僕のはどう見ても手足がついただけのポットで、なんというか気色悪かった。

 ハーマイオニーは『闇の魔術に対する防衛術』の試験で発狂した。

 

「ま、マクゴナガル先生が! 私、全ての科目で落第ですって!」

 

 まね妖怪の変身した姿を見て取り乱したハーマイオニーは、先生の指示で一旦個室で休ませることになった。申し訳ないけど、ちょっと面白い。

 そんなこんなで試験は終了。

 ハリーが「気分転換に、ハグリッドのところに行こうよ」と言うので、僕たちはわちゃわちゃしながら小屋までの道を歩いた。

 かぼちゃ畑の中で、バックビークが鎖に繋がれている。ハリーがお辞儀をしてから撫でてやると、バックビークは嬉しそうに鳴いた。

 

「授業は終わったけど、この子、どうするんだろう?」

「また来年の授業で扱うんでしょ。生徒からの人気も高いし」

 

 答えながら、ハリーは小屋の扉を開けた。

 

「ハグリッド、遊びに来たよー!」

「おお、お前さんか!」

 

 ハグリッドは嬉しそうに出迎えてくれた。

 

「いやぁ、一年あっちゅうまだったな! まさか俺が先生になれるなんて──今でも夢みたいだ──」

「そろそろ現実だってこと、認識しようか」

 

 ツッコむと、ハグリッドは照れくさそうに笑った。それさら、 「お前さんたち、疲れただろう? お茶でも飲むか?」と席を立った。

 

「僕も手伝うよ」

 

 そう言ってミルク入れを手に取ったハリーの目が、まん丸になった。

 

「スキャバーズだ」

「え!?」

 

 驚く僕の目の前で、ハリーが容器を逆さにする。するとどうだろう、キーキー鳴いて暴れ回るスキャバーズが現れたのだ。

 

「スキャバーズ! どうしてこんなところに!?」

 

 スキャバーズは前より痩せこけ、毛もバッサリ抜けてあちこちが大きく禿げていた。飼い主がここにいるのに、何かから逃げようと身体を捩っている。

 

「落ち着けって! もう大丈夫だから」

 

 僕はスキャバーズの背中を撫でて、定位置──ローブのポケットに入れてやった。

 ハーマイオニーが安堵のため息を漏らす。

 

「良かった⋯⋯。クルックシャンクスが食べたわけじゃなかったんだわ⋯⋯」

 

 やはり今でも気に病んでいたらしい。

 その後は、「日が落ちる前に帰った方がいい」というハグリッドの言葉に従い、僕たちは小屋を出た。

 夏の匂いが肺を満たす。

 

「今年の夏はクィディッチのワールドカップがあるんだ。ハリー、一緒に行こうよ!」

「最高の予定だ。楽しみにしてる」

 

 ハリーは笑って、徐に僕のポケットからスキャバーズを掴んだ。

 彼はまだ震えている。

 

「この子、一体どうしちゃったのかな?」

 

 そう言いながら、ハリーがスキャバーズを空高く掲げた瞬間のことだった。

 

 

「バウ!」

 

 

 黒い犬が吠えながら、ハリーに飛びついた。バランスを崩し、倒れかけるハリー。慌てて支えてやったが、その手からスキャバーズがすっぽ抜けた。

 

「ああっ!」

 

 手を差し出すも、犬の方が先にスキャバーズに噛みついた。

 そして、そのまま逃亡を図った。

 

「え、え?⋯⋯スキャバーズ!!」

 

 僕は犬の後を追った。しかし、犬は暴れ柳の中に入っていってしまう。⋯⋯あそこ、入れたんかい!

 僕は、唸る暴れ柳を仰ぎ見た。ビシ、ビシッと枝が蠢いている。どうすればいいんだ⋯⋯?

 と思ったら、何処からともなく現れたクルックシャンクスが、木の幹のコブを押した。途端に静かになる暴れ柳。

 

「⋯⋯い、行こうか」

 

 僕たちは恐る恐る、幹の空洞に侵入することにした。

 

 

 

 

 

 物音を辿り開けた空間に出ると、真っ先に目に飛び込んできたのは──黒い犬が、男の姿に変身する場面だった。

 その人の顔を認識して、僕は呟いた。

 

「シリウス・ブラック⋯⋯」

 

 男──ブラックは、軽く右手を挙げた。

 

「そうだ。あー⋯⋯君とは前に会ったね」

 

 全身が粟立った。

 僕はハリーの前に出る。

 

「ハリー、逃げろ! 僕が何とかするから!」

「⋯⋯ロン、僕を庇うのはやめてくれ」

 

 ハリーはきっぱりと言って、僕の横に立った。

 不意に、拍手の音が鳴り響く。ブラックだ。

 

「ああ、ハリー⋯⋯。流石だ、ジェームズとリリーの息子よ」

「煽ってんのか!? お前が殺したくせに!」

 

 僕はブラックを睨み付けた。が、ブラックの悲しそうな顔を見て戸惑った。

 厳かに、ハリーの声が響く。

 

「⋯⋯何か事情があるんだ」

 

 「その通り」とブラックは頷いた。

 そして、全てを語る。

 裏切り者は自分ではなく、ピーター・ペティグリューなのだと──。

 

「私たちは動物もどきを習得している。そしてこの鼠こそが、死んだとされているピーターなのだよ」

「⋯⋯で、でも、鼠なんてどこにでも、」

「指の欠けた鼠なんて、そうそういないだろう。エジプトの写真にこいつが写っていたとき、私は気づいたんだ」

「う⋯⋯嘘だ」

 

 僕は震える声を紡いだ。

 ブラックは淡々と、「嘘かどうかは、確かめてみれば分かる」と述べる。

 そのとき、第三者の声がした。

 

「⋯⋯今の話、本当なのか?」

 

 僕たちははっとして、声の主を見た。

 ルーピンである。その手には忍びの地図が握られていて、驚いてハリーを見ると、彼は「試験のとき、教室に忘れていったみたい」と舌を出した。

 ブラックはルーピンに気がつくと、表情を明るくした。

 

「リーマス!」

 

 ⋯⋯え、知り合い?

 またしてもハリーが説明をくれる。

 

「ルーピン先生は僕の親と友達だったんだ」

「えっ!? それを早く言ってくれ!」

 

 文句を言っている間に、旧友は話を付けていた。

 

「やるんだな、今ここで!」

「ああ、勝負は今、ここで決める!」

 

 ルーピンは、スキャバーズに杖を向けた。

 光が弾け、スキャバーズの姿が一瞬見えなくなる。

 そして──なんということでしょう、小汚いおっさんがそこにはいるではありませんか!

 不思議と見覚えがある──。そう思った瞬間、封印されし記憶が蘇った。

 

 

 ああ、懐かしいな。

 前もこんなふうに思ってたっけ。

 

 

「あはは⋯⋯はは⋯⋯。そうだったなァ⋯⋯。そういやロックハートも言ってたじゃんか⋯⋯」

 

 不気味な笑い声に、周りがドン引きしているのが分かった。ただ一人、ペティグリューだけは理解していた。

 

「久しぶりだな? おっさん?」

 

 僕は優しく微笑んだ。

 

 

 

*****

 

 一年。

 休暇中、思いがけずペティグリューの魔法を解いてしまった僕はこいつに押し倒され、そのままオブリビエイト。

 二年。

 偶々放った魔法がこいつに当たったせいで再会。そして正体に気付いたロックハート共々(ロックハートは自爆したけど)オブリビエイト。

 そして今の今までこいつは僕のペットとして、ぬくぬくと生活してきた。

 完全に思い出して、死にたくなった。

 ペティグリューが二度も僕の記憶を消していたことを説明すると、ハリーたちは目を丸くした。「信じられない」とブラックが呟く。

 ペティグリューは三下のように手を擦り合わせて命乞いを始めた。

 

「し、仕方がなかったんだ⋯⋯わ、私は君たちのように強くもなかったし⋯⋯」

「私なら! 友を裏切るくらいなら死を選んだ」

 

 ブラックはきっぱりと言い放った。

 ペティグリューは瞳に絶望を宿す。

 

「君たちには分からないよ⋯⋯秘密の守り人という重圧が。あ、あの人は目的のためなら手段を選ばない。それが私にとってどれほど恐怖だったか⋯⋯」

「だったら、なぜ秘密の守り人を引き受けた!?」

「私は嫌だと言った! それなのにシリウスが強引に決めてしまったじゃないか!」

 

 ペティグリューは顔を手で覆った。それを、ブラックは容赦なく蹴り飛ばす。

 

「リーマス、杖を貸してくれ。こいつを殺す」

「ああ⋯⋯やめてくれ⋯⋯パッドフット。ムーニー! 助けて⋯⋯」

 

 パッドフット? ムーニー? それって忍びの地図に載ってた名前⋯⋯。

 唐突に理解した。そうか、あれを作ったのはこの人たちだったんだ⋯⋯。

 「その名で呼ぶな!」とブラックは牙を剥いた。

 ルーピンにも目を逸らされ、ペティグリューは僕たちに擦り寄ってきた。

 

「賢いお嬢さん⋯⋯君なら助けてくれるよね⋯⋯?」

 

 ハーマイオニーは後退りして、僕の後ろに隠れる。

 僕とペティグリューの目が合う。

 

「ロン⋯⋯私は君の良い友人だった。そ、それに! ニコラス・フラメルのことを教えてあげただろう⋯⋯?」

 

 おっさんの情けない姿に、僕はゆるゆると息を吐いた。

 

「シリウス。あんたはこいつを殺しちゃ駄目だ」

「ロン⋯⋯!」

 

 ペティグリューは瞳を輝かせた。「流石は我が主!」などとほざくから、僕はにっこりした。

 

 

 

 

「──こいつは、僕が殺す!」

 

 

 

 

「え?」

「ん?」

「あ?」

 

 『なんか思ってたんと違う!』とオロオロする一同に構わず、僕は杖を抜いた。

 

「死ねぇ、変態!」

「うわあああぁぁ!」

 

 悲鳴を上げるペティグリュー。怒りのままに振るった杖から火花が散って、彼の顔に火の粉を落とした。

 

「例のあの人が怖くて友達を売ったとか、罪をなすりつけたとか、んなこたぁどうでもいいんだよ!」

「どうでもよくはないだろ!」

 

 ハリー、キレる。「うるせーな黙ってろ!」という意を込めて、シレンシオを放っておいた。

 

「ペティグリュー」

「ひっ」

「⋯⋯例のあの人への恐怖心だとか、秘密の守り人のプレッシャーとか、同情できる部分もある。そこの自己犠牲強制ニキに思うことがないわけでもないよ、僕は」

「酷い名前だな」

 

 無表情で呟くブラック。でもさ、いくら友達のためとはいえ、命を投げ打ってやれるかって話。それを強要するのはあまりにも酷じゃなかろうか。

 だから、それについてどうこう言うつもりはない。でも、一つだけ伝えさせてくれ。

 僕は人差し指を突きつけた。

 ああ全く、本当に許し難いよ。

 

「お前が最も反省すべきことは───ペットのフリして僕のベッドで寝てたことだろーが!!」

「それは⋯⋯そうね」

 

 ハーマイオニーは同情を含んだ、神妙な面持ちで頷いていた。同意を得られたので、僕は更に勢いづく。

 

「さぞかし君はお楽しみなさったんでしょうねぇ! 自分の正体に気付かず、甘やかしてくれる僕との日々を!」

 

 ああ最悪。最悪と言うほかない。なんてったって僕は、知らねぇおっさんと一夜どころか毎夜過ごしていたんだぞ! 風呂も一緒に入って、これのシモの世話まで甲斐甲斐しく! まじでおったまげー! 今すぐ僕の記憶を消してくれ、ロックハート!

 だが奴は死んだ(死んでない)。だったら、自分の手でけじめをつけなきゃだろ。

 

「このロリコンが⋯⋯。マグルの世界に逃げれば良かったのに、なぁんで態々ペットとして人生を謳歌してたんだよ! 死ね! アバダ──」

「完全に同意なんだが、落ち着いてくれ少年!」

 

 僕に抱き付くようにして、ブラックが僕を拘束した。若人の未来を守りたいブラックは必死に呼びかける。

 

「やめるんだ! 君は若い。手を汚す必要はないだろう!」

「離れろ!」

「人を殺したらアズカバンだ! あそこは酷いぞ。物価高騰に伴い年々減っていく飯の量⋯⋯いつまでたっても補充されないトイレットペーパー⋯⋯」

「え、てことはお前の尻って」

「安心しろ! 一度使った紙で拭いてはある」

「汚ねぇ!」

 

 尻カス・ブラックは尚も続ける。

 

「加えてあそこには吸魂鬼がいる! 何年もいりゃ死喰い人だって精神を病む。それに抗うために快楽を求める奴もいる!」

「快楽⋯⋯?」

「そうだ! 手っ取り早くヤるってことだ!『我々にはもう愛し合うことしかできないのですね⋯⋯』とかいう頭パッパラパーが沸いて出る! そして誰よりもイケメンな私はよく狙われた」

 

 自慢を挟むな。

 ブラックは得意げな顔で髭を撫でる。なんかこっちにも殺意が湧いてきた。

 

「⋯⋯っておい! 何逃げようとしてんだ?」

 

 そろそろと出口に向かっていたペティグリューは、「え、何もしてませんけど?」という顔で僕を見た。鋼のメンタルすぎる。

 ルーピンが咳払いをする。

 

「で、ピーターをどうする?」

 

 一同、我に返った。話が脱線しすぎた。僕はなんとかペティグリューへの殺意を抑えた。

 いや嘘、そんなの無理。

 

「殺します」

「殺しましょう」

「「生まれてきたことを後悔させます」」

 

 「シ、シリウス⋯⋯ロン⋯⋯?」と、信じられないような目でこちらを見つめるペティグリュー。お前にそんな資格はねぇだろ。

 ブラックはニッコニコである。

 

「こちとら既に殺人鬼の汚名を着せられてんだよ。今更一人殺したところで無問題」

「うーん無敵。ですがブラックさん、ここは僕に」

「いやいや、未来ある君に殺させるわけにはいかない」

 

 そして発生する謎の譲り合い。

 見かねたハリーが手を挙げた。

 

「よし、間をとって僕が決めるよ」

 

 なんの『間』なのかは不明だが、一番の被害者であるハリーが処遇を決めるのは納得だ。僕とブラックは一歩引き、頭を下げた。

 「僕はあなたを殺さない」とハリーは言った。ペティグリューはハリーの慈悲深さに手を合わせたが、

 

「──代わりに、吸魂鬼と接吻をしてもらいます!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、あんぐりと口を開けた。

 

「一番残酷な処刑方法定期」

「殺すより酷くて草」

 

 僕とブラックはゲラゲラ笑った。流石だわハリー。

 ありとあらゆる気力を失ったペティグリューを連れて、暴れ柳を出る。

 空には満月が浮かび、罪人にも善人にも、等しく光を与えていた。

 

「あ⋯⋯あ゛⋯⋯あ゛あ⋯⋯」

 

 善人代表、リーマス・ルーピンの様子がおかしい。

 彼は苦しそうに喉を掻きむしった。ヨレヨレのシャツが内側からの力で引き延ばされ、ボタンが弾け飛ぶ。

 そして二秒後、そこには立派な裸体が佇んでいた。先生⋯⋯結構毛深いんすね⋯⋯。

 現実逃避をしてから、僕は力の限り叫んだ。

 

「うわああぁぁ誰かぁぁぁ! ホグワーツに、全裸の変態が!」

「そうじゃないわよロン! 彼は、人狼なのよ!」

 

 こんなときなのに、ハーマイオニーは心底丁寧に説明してくれた。まね妖怪が変身したのは満月だとか、月一で休むのは狼になるからだとか⋯⋯。

 この隙を、ペティグリューは見逃さない。

 

「さらば友よ!」

「ちょ、おい待て──」

 

 鼠の姿になって拘束から逃れると、森に向かって去っていった。追いかけたいけど、ルーピンはすかさず僕たちに爪を振り翳した。

 ハリーが僕を庇うように、前に出る。

 

「プロテゴ!」

 

 見えない盾が爪を弾き、ルーピンはよろけた。毛むくじゃらの裸体が月光に照らされる。先生ぇ! わいせつ罪で捕まってしまいます!

 狼になる度に服が犠牲になっているんだろうかというクソみたいな疑問が出てきたが、あまりにもクソすぎたのですぐさま消した。

 ハリーはブラックの名前を呼んだ。

 

「シリウス逃げて! ペティグリューがいなくなった今、あなたの無実を証明することはできない!」

「だ、だが⋯⋯リーマスは、」

「僕に任せて」

 

 言うや否や、ハリーは「エクスペリアームス!」と叫んだ。続けて失神呪文、拘束呪文を掛けてルーピンを無力化。その手際の良さと言ったら。

 ブラックも感嘆の息を漏らした。

 

「上手いな。ジェームズみたいだ⋯⋯」

 

 その言葉に、ハリーが笑う気配がした。

 ブラックはハリーの顔を目に焼き付けるように、じっと見つめている。

 

「ハリー、最後に抱きしめてもいいか⋯⋯?」

「え゛」

 

 不意の低音ボイスに、僕は吹き出した。そんな嫌そうな声出すなよ! ブラックが可哀想だろ!

 

「流石に嫌だよね! ぶっちゃっけ臭いもん」

「ウィーズリー少年⋯⋯脱獄犯にそれを言うな」

 

 泣き真似を始めたブラックを見て、ハリーは取り繕うように「あ、ごめん」と言った。トドメを刺してて笑う。

 

「シリウス。全部が終わったら、一緒に住もうよ!」

 

 ハリーの言葉に、ブラックは目を丸くした。そして、目尻を拭う。

 

「ハリー、ありがとう⋯⋯。ロンとハーマイオニーも。これからも仲良くするんだぞ!」

 

 そう言い残して、ブラックは犬の姿になった。そして、夜の闇に溶けていく。

 僕は、ホグワーツ城から教師陣が駆け寄ってくるのを視認した。先頭を走るのはスネイプだ。

 ハリーは大きく手を振って、夜空を見上げた。

 

 




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