様子のおかしいハリー・ポッターさん(10代) 作:夜風ミシェル
1.罪禍は秘されて然るべき
「頼んだぞ、ピッグ」
僕は小さな梟に手紙を持たせた。正式名称はピッグウィジョン。名付け親はジニーだ。
ピッグは興奮したように部屋の中を飛び回ってから、大空へと羽ばたいた。うむ、可愛い。
ピッグは、今も世間を騒がせているあのシリウス・ブラックからの贈り物である。
彼は、ペットがおっさんだった僕を憐んで、可愛い梟をプレゼントしてくれたのだ。⋯⋯まずい、思い出したらペティグリューへの殺意がむくむくと湧き上がってきた。あいつ、いつか絶対しばく。
気を紛らわせようと、僕は机に飾ったチケットを手に取った。アイルランド対ブルガリアの試合観戦。クィディッチワールドカップのチケットである。
僕のパパは魔法省勤めだから、こうやってチケットを貰えたんだ。余分に貰えたから、ハリーにもお誘いの手紙を出しておいた。先程ピッグに持たせた手紙がそれである。
「あー、楽しみっ!」
僕はチケットを掲げ、部屋の中でくるくる回った。
ハリーを迎えに行くのは、パパだけだ。なんでも、ハリーから「大人数で来なくていいですから。『姿現わし』でお願いします」と指示があったらしい。
「当初の予定では、『煙突飛行』を使うつもりだったんだけどね。パパの知り合いに頼んで、煙突ネットワークを拡張してもらって」
「⋯⋯それ、職権濫用よね?」
ハーマイオニーがジト目で僕を見た。彼女も誘って、一足先に『隠れ穴』に来てもらったのだ。
僕たちは居間で、ハリーの到着を今か今かと待っていた。ジニーは鏡を見ながら編み込みを頑張っている。
「ロン、そこに置いてあるリボンを取って!」
「はいはい」
「あと喉が渇いたわ」
「⋯⋯はい」
妹にパシられていると、ばちん、と空気が弾ける音がしてハリーとパパが現れた。僕とジニーは同時に立ち上がる。
「や、ハリー。元気してる?」
「ああ、ばっちりだよ。⋯⋯ジニー、その髪型いいね。めっちゃ好き」
「ありがとう⋯⋯」
はにかむジニー。そのまま二人の世界に入りそうだったので、慌てて僕は体を割り込ませた。
「はいそこまで。ハリー、君の寝室を案内してあげる。といっても、僕の部屋なんだけどね」
「え、僕の寝るところはジニーの部屋でしょ」
「生々しいからやめろ。荷物貸して」
僕はハリーのトランクを持って、階段を上がった。ハリーが後ろに続く。
「最近、フレッドとジョージが悪戯専門店を開こうとしてたのがママにバレてさ。ママはもうカンカン! パーシーはちゃんと魔法省に就職したから、その反動で余計に」
「そうなんだ。あとでパーシーにお祝いの言葉を言わなくちゃ」
「やめとけよ。あいつにその話題を振ったら、自慢話で二時間を無駄にする」
経験者の語りに、ハリーは爆笑した。
その日は庭でご飯を食べて、明日に備えて早く寝ることになった。
ベッドメイキングをしながら、ハリーに話しかける。
「シリウスから連絡来た?」
「ああ、何度かね。元気に逃亡犯やってるっぽいよ」
元気に逃亡犯とかいうパワーワードに、僕は笑った。まぁ良かった。ペティグリューを捕まえるまで、なんとか生き延びてほしいところだ。
早朝、僕たちは重い瞼を擦りながら出立の準備をした。試合会場へは、移動キーを使って向かう。それは汽車と同様時間指定があって、一秒たりとも遅れるわけにはいかないのだ。
傾斜のきつい道を超えた先には既に魔法使いが何人かいた。
パパは知り合いを見つけたらしく、片手を挙げた。
「エイモス!」
その声に、健康的な見た目の男性が振り向く。
エイモス・ディゴリー。ハッフルパフのシーカー、セドリックの父親だ。
セドリックは僕たちに気が付くと、親しげに挨拶をした。しかし、僕は彼がクィディッチでグリフィンドールを負かしたことを忘れちゃいない。あと、女子にきゃーきゃー言われていたことも。だから押し黙ったまま頷くに留めた。
エイモスはハリーの存在に気付くと、「セドが君のことを話してくれたよ」と語り出した。
「去年、君と対戦して──私は息子に言ったね。『お前はハリー・ポッターに勝ったんだ!』とね」
「⋯⋯」
僕たちは揃って顔を顰めた。事実だけどさ、本人を目の前に言うことではないだろ。セドリックも困り顔で、「あの時は吸魂鬼が乱入してきたから⋯⋯」と父親を嗜めた。
ウィーズリー家とディゴリー家の溝が深まったところで、そろそろ時間だ。
僕たちは
パパが懐中時計を見ながら秒数をカウントする。
「二⋯⋯一!」
瞬間、僕は何か大きな力に引っ張られるのを感じた。風が唸り、景色が渦巻く。
「⋯⋯うわぁ!」
無意識に閉じていた目を開くと、そこは霧深い荒地になっていた。
「うへぇ⋯⋯」
横でハリーはダウンしていた。移動キーは苦手なのだろうか。
ここがキャンプ地だ。僕たちは四苦八苦しながらテントを建てた。
それからは魔法省勤務のいろんな人が挨拶に来た。手持ち無沙汰な僕たちは、行商人が持ってきた商品をいくつか購入した。
そのとき、森の向こうから鐘の音が聞こえ、同時に木々の間にランタンが灯って競技場への道を照らした。
いよいよだ。僕は胸を躍らせながら歩みを進めた。
魔法省の関係者は、貴賓席に座れる。僕は富豪になったつもりでふんぞり返り、競技場全体を見回した。
次に貴賓席にやって来たのはファッジだ。パパとパーシーは即座に立ち上がり、頭を下げた。
ファッジに話しかけられて愛想笑いを返したハリーは、「ドラコ!」と手を振った。見れば、マルフォイ一家がゆったりと歩いて来ていた。
ファッジとルシウスが挨拶を交わす中、マルフォイは僕を見、それからハリーに近付いた。
「やぁ、ハリー。熱気がすごいね。オレンジジュース、いる?」
「ありがとう」
キンキンに冷えた容器を手渡すマルフォイ。美味しそうだな、と思った瞬間、マルフォイは二本目の水筒を僕に投げつけた。
「うおっ!? あっぶな!」
「態度が悪いな。這いつくばって『ありがとうございます』だろ?」
「ぐぎぎぎ」
なんて屈辱だ。ジュースを投げ返そうとした瞬間、僕は、容器の底に僅かな凹凸があることに気付いた。ハリーがマルフォイの方を向いている隙に、それを剥がす。
薄い紙片だ。小さな文字で『試合が終わってから三十分後、森の入り口に来い』と書いてある。
僕は紙片をポケットに突っ込んだ。
マルフォイには夏休み中、手紙を送って説明した。あの黒い本は闇魔道具で、それに気付いたハリーがルシウスに注意したのだと。それに関係することで、直接話したいことがあるのだろう。
僕はジュースの蓋を開けた。
さて、そろそろ開始だ。試合の前には、ちょっとしたショーがあるらしい。
僕は購入したばかりのシャムロックハットを被り直した。
*****
試合は大盛り上がりを見せた。結果としてはアイルランドが勝利したが、ブルガリアチームのシーカー──ビクトール・クラムの卓越した技術には誰もが魅了された。
ウィーズリー家のテントに戻っても、僕たちの興奮は収まらなかった。パパがココアを作ってくれたけど、それで眠たくなるのはジニーだけだった。
僕は「夜風に当たってくる」と言ってテントを抜け出した。
外も騒がしくて、アイルランドの旗を掲げた魔法使いがわんさかいた。アルコールが回っているらしく、その足は覚束ない。ぶつからないように隙間を通り抜けて、僕は待ち合わせ場所に向かった。
「マルフォイ」
青白い顔が、こちらを向いた。その顔を見ると、段々と興奮も落ち着いてくるというものだ。
僕は冷静に尋ねた。
「用事は? お前の知りたかったことは全部明らかになったと思うんだけど」
主に、こいつの父親の悪事なのだが。
マルフォイは気まずそうな顔で「そうだな」と相槌を打った。
「感謝してほしいね。君の御父上の犯罪行為を黙っていてあげるんだから」
僕は腕を組んだ。
闇魔道具の所持は違法だ。しかもそれを第三者に押し付けるなど以ての外。⋯⋯が、ここで密告した場合、ハリーも犯人隠避罪で裁かれる可能性がある。だから通報はできない。
「⋯⋯聞きたいことがある。ハリーの話に証拠はあるのか?」
「ここに来てまだ疑ってるの?」
「いや⋯⋯恐らく真実だろうとは思っている。父上にこの話をしたところ、酷く狼狽えていらっしゃった」
どうやら夏休みに入ってから、父親に直接訊いていたようだ。勿論、ウィーズリーから聞いたということは伏せて。
「だが⋯⋯」
マルフォイは前髪を払った。
「父上は僕の話を聞き終えてからこう言った。『概ね正しい。だから、もう探るな』と」
妙に含みのある物言いだ。
概ね、ということは、正しくないこともあるということ。
探るな、と言ったのは、まだ何か隠していることがあるということ。
「⋯⋯でもさ、それはルシウス・マルフォイの下らないプライドのせいじゃない? 敢えて含みのある言い方をすることで、自分のしでかした行為に何か意味があるのだと、息子に思わせるためとか」
その可能性の方が高いような気もする。ルシウスのプライドの高さは、僕のパパから何度も聞いているし。
それに、ハリーが嘘をつくとは思えなかった。
ハリーは僕が傷付くことを恐れている。そんな彼の話が、信用たり得ないわけがない。
だが、マルフォイはそんなこと知らない。「どうしてお前はハリーの話を信じた。整合性は取れているが、証拠は何もないだろう?」と問われ、僕は逡巡する。それを説明するには、ハリーの『怖いもの』について触れないといけない。それは彼のプライバシー的にどうなんだろうか、と悩んだからだった。
「⋯⋯まね妖怪を見て、ハリーの善性に気付いたから、かな」
「は?」
曖昧な物言いに、マルフォイは眉を吊り上げた。そうだよな⋯⋯これじゃ理解できないよな⋯⋯。
心の中でハリーに謝ってから、再び僕は口を開いた。
「ハリーのまね妖怪は、気絶する僕を映し出したんだよ。ほら、二年の試験前、僕はロックハートに襲われただろ」
実際は、ロックハートではなくペティグリューなのだが。面倒だから、説明は省略しよう。
僕は饒舌に語った。
「実際に見たわけじゃないけど、ルーピン先生が教えてくれてさ。『額から血を流して、瓦礫の中で気絶している君の姿』って」
「⋯⋯え?」
マルフォイの瞳が、揺れた。それは確かなのかと問われ、僕は素直に頷く。
「ルーピンは、確実にお前だったと言い切ったか?」
「え、いや⋯⋯。一瞬しか見えなかったけど、髪色が似てて、額に傷があったって言うから」
僕は額を撫でた。どうしてマルフォイがこんなに執拗に訊いてくるのか分からなかった。
マルフォイは深々と息を吐いた。そして、素早く息を吸った。
「お前は馬鹿か! 阿呆か! 鶏なのか!」
「はぁ?」
「ここまで愚か者だとは思わなかったぞ!」
「え、は? なんでいきなり罵倒されなきゃいけないんだよ!」
謂れのない暴言に、僕は狼狽えた。こいつうるせえな! 叫ぶなら前もって言ってくれ! 耳が痛くなるだろ!
だが、興奮したマルフォイは止まらない。
「お前がロックハートに襲われた話は僕も知っている! 額を額縁の破片で切ったことも! そして──」
木々がざわめく中、マルフォイの大声が夜気を切り裂いた。
「
どこか遠くで、鳥が飛び立つ音がした。
僕はゆっくりと目を瞑った。
「あ⋯⋯」
そう、だ。
そうだった。
部屋はほとんど荒れておらず、僕は無抵抗のままやられて。傷らしい傷は額のみ。──病院で、魔法法執行部隊からそう聞いたじゃないか。
「あ、あ⋯⋯」
瓦礫が散乱するほどの激戦だったのなら、部屋は確実に荒れている。傷だって、額だけで済むわけがない。
それに思い出したじゃないか。あの日の真相を。ロックハートが自爆して、ペティグリューに杖を奪われて。
僕は諦めて壁に凭れかかった。そこに瓦礫なんてなかった。
ハリーの怖いものは、あの時の僕じゃない。
「⋯⋯でも、ハリーは僕を見つけた時、死にそうな顔で動揺していた。ハーマイオニーから聞いたよ。僕を心配していたのは事実だ」
だから、僕は。
「ハリーを信じる」
きっぱりと告げると、マルフォイは微妙に顔を歪ませた。
「そう、だな。⋯⋯勝手にしろ」
多分こいつも、本当はハリーを信じたいんだろうなと思った。だから指摘しなかった。
ひょっとしたらハリーはあの時、自分がかつて経験した悲劇を重ねて動揺したのではないか、と。
髪色も似ていて、額の傷も同じ。ハリーは僕を心配したのではなく、その向こうに誰かの姿を見ていたのかもしれない。
動悸が激しい。僕は、いつの間にか止めていた呼吸を再開した。
気付けば、手指も酷く強張っている。
僕は、ハリーが自分を大切に思っているからハリーの話を信じた。──でも、そもそも前提が違うとしたら?
ハリーはまたもや僕を騙していることになる。
ハリーを信じたかった。けれど、一つ確実なことがある。
まね妖怪が映し出したのは、僕ではない。
「じゃあ⋯⋯あれは誰なんだ」
当然の疑問が、宵闇に溶けた。
「トム・リドルの調査が進まないから、お茶濁しで探偵が渡してきたものがある」
マルフォイは一枚の調査書を突き出した。ゴシック体で、『ハリー・ポッター調査報告書』と書かれている。
僕は震える指で、それを掴んだ。
『ハリー・ポッター。ペチュニア・ダーズリー(旧姓エバンズ)の元で育つ。だが、まともな生活は受けられなかったようだ。同級生Aによると、常に見窄らしい格好で、本人もそれを気にして内気であったという』
僕の知らないハリーの過去。そこに、不遜でナルシストなハリーはいなかった。
なんだよ、と僕は呟く。
「こんなの⋯⋯まるで、別人じゃ、」
その時、キャンプ場の方から爆発音がした。続けて悲鳴、怒号に混じって甲高い笑い声が響く。
僕たちははっとして、音のした方角を向いた。
テントの中から続々と人が出てきては、森に駆け込む。僕とマルフォイはぎょっとして、お互いに引っ付いた。
「な、何!?」
「⋯⋯すみません! 何があったんですか」
マルフォイは男性の腕を掴んだ。男性は不安を隠せない様子で「マグルが虐められているんだ。多分、闇の魔法使いに」と答えた。
「魔法省の指示で競技場の方に避難するんだよ。君たち、面白半分で見に行ったりするなよ?」
「はい、それは勿論」
僕は重々しく頷いた。それから、マルフォイの耳元で囁く。
「マグルを虐めてるの、お前の父親なんじゃないか?」
マルフォイは何も言わなかった。
そこへ、ハーマイオニーとハリーが駆け寄ってくる。
「良かった、探したのよ!」
「マグルが襲われてて⋯⋯え、なんで二人一緒なの?」
ハリーは、僕とマルフォイを交互に見て疑問符を浮かべた。あ、まずい。
僕とマルフォイは一瞬だけ目を合わせた。僕に任せろ、という意味を込めて小さく頷く。
「偶々こいつと会ったから、ここで決闘をやろうと思って」
「やめなよ⋯⋯」
ハリーが呆れたように呟いた。それから僕に顔を近付ける。
「テントに戻ってこないから、心配したんだよ」
「ああ、ごめん⋯⋯」
僕は半歩後ろに下がった。
無意識だった。
ハリーの視線が下を向いて、それから何事もなかったかのように「フレッドとジョージ、あとジニーを見なかった?」と尋ねた。ここまで一緒に来ていたが、あまりにも人が多くて見失ってしまったらしい。
僕はマルフォイから離れ、ハーマイオニーの隣に並んだ。
「多分、もっと先にいるんだと思う。一緒に探すよ」
競技場に続く小道は人でごった返し、視界の暗さも相まって誰が誰だがさっぱり分からなかった。なんとか目を凝らしていると、木の陰から誰かが現れた。
ルード・バグマンだ。かつてはクィディッチの選手だった。彼は月明かりでも分かるくらいに顔を真っ青にして、僕たちから騒動を聞くと、慌てた様子で姿くらましをした。
「皆無事だといいけど」
ハーマイオニーは後ろを振り返った。キャンプ場はここからじゃ見えない。
僕が「きっと大丈夫。魔法省の人間が大勢いるんだよ?」と返したその時、後ろから、不規則な足音が聞こえてきた。
僕たちは黙った。足音が止まって、勇敢にもハリーが問いかける。
「誰かいますか?」
すると、なんの前触れもなく低い声が響いた。
「モースモードル!」
暗闇から、緑色に輝く粒子が舞い上がった。それは徐々にまとまって、形を成す。
エメラルド色に光る髑髏の口から、蛇が這い出すという特徴的なデザインだった。
僕はこれを知っている。
闇の印。
例のあの人を象徴する刻印だ。
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