様子のおかしいハリー・ポッターさん(10代) 作:夜風ミシェル
ワールドカップで起こった騒動は、次の日の新聞の一面に掲載された。
写真の中で揺れる闇の印を見つめながら、僕は机に突っ伏した。
あの後も大変だった。
まず、現場にいた僕たちは犯人と間違われて魔法省役員からの攻撃を食らった。ようやく誤解が解けたと思ったら、闇の印を打ち上げたのはなんとハリーの杖だった。避難する途中で落としていたらしい。
杖の近くにいたのはウィンキー。バーテミス・クラウチに仕える屋敷しもべ妖精だったため、「あのクラウチ氏に仕えるウィンキーが闇の印を?」と現場は混乱した。エイモスはクラウチが自分の屋敷しもべ妖精に命令したのではないかと疑っていたが、クラウチ本人の功績と権力、そして過去に死喰い人に対して強弁を振るっていたことから否定された。
第三者から服従の呪文を受けたウィンキーは、クラウチからその場で洋服を渡されて泣き崩れた。
結局犯人は分からずじまい。ハリーの杖を使ってあんなことをした奴は今、どこにいるのだろう?
「怖いねぇ」
ハリーがひょいと後ろから新聞を覗き込んだ。
心臓が大きく跳ねたが、それを悟られまいと僕は少々オーバーに震えてみせる。
「こわいよー、今日は一人で風呂に入れないよー」
「うわっ⋯⋯」
通りすがりのジニーは表情を強張らせた。やめろ、そんな冷たい目で兄を見るんじゃない。
僕はため息をついた。闇の印も気になるけど、僕個人としてはハリーのことも重大なんだよな⋯⋯。
まね妖怪が変身した人は誰なのか。調査報告書では、該当しそうな人物は挙げられていなかった。そもそもホグワーツに通う以前のハリーは内気で、特別親しい友達もいなかったという。
「今日はハーフアップか。可愛いすぎる。どこのお姫様かな?」
「もう、ハリーったら! 言い過ぎだわ」
それなのにどうして今はこんなキャラなんだろう。魔法界だと自分があんなにも崇拝されていることを知って、性格が歪んだのか。⋯⋯それにしたって、舵を切る方向があまりにも終わりすぎていると思う。
「勿論、可愛いだけじゃないよ? 最近は大人っぽさも感じてドギマギしちゃう。⋯⋯他の男の子に狙われないか心配だよ」
「大丈夫よ、私はハリー一筋だから」
いや、性格が歪んだんじゃなくて元々こうだったのか? 環境のせいで抑圧されていただけとか。或いは──ナルシストはただの演技? ペルソナ⋯⋯。
「やっぱりマーキングしておこうかな。ジニーは僕の恋人だし」
「マーキング?」
「今夜、君の部屋に行くから(イケボ)」
突然の囁きボイスに、僕の思考は止まった。⋯⋯今なんつったこいつ。
「⋯⋯ぶん殴るぞてめぇ!!」
「ぎゃああぁぁぁぁぁ!」
夜這いを試みていたハリーは、最終的に地面に這いつくばることになった。
*****
僕たちは部屋で荷造りを進めていた。
「クラウチさんはウィンキーにお給料を払ってない! そんなの奴隷だわ!」
ハーマイオニーは教科書をトランクに押し込みながらやかましく言った。彼女は屋敷しもべ妖精の実態を知ってから、『屋敷しもべ妖精解放宣言』を主張しているのだ。何を言っているんだろうね。僕には分からないや。
ふとクローゼットを見ると、見たことのない服が入っていた。レースのフリルがたっぷりの、茶色のローブだ。
洗い立ての制服を持ってきてくれたママに、僕は服を広げて見せた。
「ママ、間違えてジニーの新しい洋服を僕によこしたよ」
「間違えていませんよ。それはあなたのパーティー用のドレスローブ」
「えーっ!?」
僕はローブを見た。古着特有のにおいと、時代遅れなデザインに辟易する。
ハリーのにはレースもなく、深緑色のシックなデザインだった。僕もそれが良かった!
あまりにも悲惨な顔をしていたからだろう、ハリーが耳元で囁いた。
「大丈夫。ホグワーツに着いたらリメイクできるから。僕にそれ頂戴」
言われるがままにローブを渡すと、ハリーはそれを自分のトランクに仕舞った。
それにしても、どうして今年はドレスローブが必要なのだろう。訊いても、ママは「うふふ」と笑うだけだ。
誤魔化すような反応は、夏休み最終日まで続いた。
ホグワーツ特急を背に、僕は右手を軽く挙げる。
「じゃ、また次の休暇に!」
チャーリーはにっこりして、「皆が考えてるより早く、また会えるかもしれないよ」と言い、ビルは「今年は楽しそうだな。休暇を取ってホグワーツに行きたいくらいだ」と口を尖らせながら僕の頭を撫でた。
「ねぇ、皆してなんなのさ!」
じろり、と目を動かすと、誤魔化すようにママが「さ、早く乗りなさい」と僕の背中を押した。
結局、その答えが分かったのはホグワーツに到着してからのことだった。
一年生の組分けと夕食が済んでから、ダンブルドアが立ち上がった。
「皆よく食べ、よく飲んだことじゃろう」
その言葉に、ハーマイオニーは鼻を鳴らした。彼女はここでの豪華なご飯が屋敷しもべ妖精の労働によるものだと知って、食事を拒んだのだ。絶対に後でお腹が空いて苦しくなるのにね。
ダンブルドアは声高に言った。
「寮対抗クィディッチは、今年は取りやめじゃ。今学年の終わりまで続くイベントのためでのぅ。しかし、儂は、皆がこの行事を大いに楽しむであろうと確信しておる。ここに、大いなる喜びを持って発表しよう。今年、ホグワーツで──」
その時、大広間の扉が開かれた。
全員の目がそちらに向いた。
一人の男性だった。長い歩行杖に寄り掛かり、黒いマントを纏っている。
彼は、コツコツと杖をつきながらダンブルドアの方に向かった。
そこでようやく僕は、男性の顔をよく観察することができた。
傷だらけの顔。何より特異なのは、ギョロっと動く義眼だろう。
「『闇の魔法に対する防衛術』の新しい先生をご紹介しよう」と、静まり返った中でダンブルドアの明るい声が浮いていた。
「アラスター・ムーディじゃ」
聞き覚えのある名前だった。マッドアイの異名を持つ凄腕の闇祓いだ。そんな人が、ホグワーツで教鞭を取る? おったまげーだよ。
ムーディの登場で遮られた話を、ダンブルドアが再開する。
「我が校は、誠に心躍るイベントを主催する。この開催を発表することは、儂としても大いに喜ばしい。──今年、ホグワーツで『三大魔法学校対抗試合』を行なうこととなった!」
三大魔法学校対抗試合。
七百年前、ヨーロッパの三大魔法学校──ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングの親善試合として始まったという。だが、夥しい数の死者が出たことで競技自体が中止に。
今回は百年ぶりの開催で、ハロウィーンの日に学校代表選手三人の選考が行なわれるらしい。
だが、立候補できるのは十七歳以上という制限が設けられた。僕たちは立候補すらも叶わないのか。残念。
ギリギリで年齢が足りなかったフレッドとジョージは、ひっそりと笑った。
「「そりゃないぜ! ⋯⋯さて、どうやって選考を出し抜いてやろうかな」」
悪知恵を働かせるようだった。
*****
初日の授業は、薬草学から始まる。その次は魔法生物飼育学だ。
逆転時計を返却したハーマイオニーは、「一日が二十四時間って素晴らしいわね」としみじみ呟いていた。
「去年の今頃は慣れない時間割に大慌てだったわ」
「だろうね。⋯⋯あ、ハグリッドだ」
ハグリッドはその巨体に似合う大声で朝の挨拶をすると、今回扱う魔法生物を紹介した。
「尻尾爆発スクリュートだ!」
可愛くもなければ格好良くもないその姿に、思わず僕は顔を顰めた。
殻を剥かれた奇形のエビのような姿で、ヌメヌメした青白い胴体からは、不規則に脚が突き出していた。集合体で見ると余計に気持ち悪さが増す。
「なぜ僕たちがそんなのを育てなきゃならないのでしょうかね?」
マルフォイが鼻をつまみながら言った。癪だけどちょっと分かる。
ハグリッドはショックを受けた顔で立ち尽くした。改めて言わせてくれ。やっぱりハグリッドの感性はおかしい。
そして木曜日。
ムーディによる『闇の魔法に対する防衛術』の授業がやってきた。僕の中では期待と不安が半々くらい。去年の先生がとっても良かったからさ。
教室に入ってきたムーディは、義足を露わにしながら椅子に座った。
「教科書は仕舞え。そんなもの必要ない」
ムーディの義眼が部屋全体を観察するように回る。そして、現代の教育は生ぬるい云々述べてから、本題に入った。
「さて──魔法界の法律によって、最も厳しく罰せられる呪文が何か、知っている者は居るか? 油断大敵に答えろ」
「はい! 油断大敵な僕が答えます!」
ハリーは手を挙げた。ムーディは彼に指を向け、僅かに首を動かす。答えろ、という意味だろう。
「服従の呪文、磔の呪文、死の呪文です油断大敵」
「その通りだ。油断大敵な回答で非常に良い」
「ありがとうございます油断大敵!」
さっきから油断大敵うるせぇな、と僕は思った。
「その三つは人に対して使った時点でアズカバン行き確定だ! アズカバンは酷いぞ。物価高騰に伴い年々減っていく飯の量⋯⋯いつまでたっても補充されないトイレットペーパー⋯⋯」
どこぞのお星さまと同じことを言っている。こいつムショ帰りだろ。
「先生、経験者ですか?」
僕が冗談まじりにそう問うと、ムーディは動きを止めた。奇妙な沈黙が舞い降りる。え、どうしたんですか?
「⋯⋯油断大敵!」
「うわびっくりした」
「油断大敵! 油断大敵!」
「え先生?」
「油断大敵!」
ムーディがバグった。洗脳のように挨拶してんの笑う。
「さて油断大敵に説明しよう」
あ、戻った。
ムーディは黒板に強く書き付ける。
「まず服従の呪文! これを使えば忽ち指示待ち人間の完成だ」
「忽ち指示待ちは草」
「何それ怖い」
「現代の若者ですね」
ムーディは全てのコメントを無視して続けた。
「磔の呪文! エンドレス苦痛、ハートフルボッコ。お手軽拷問だ! 『苦ーしめ』とか言った奴にこの呪文を掛けてやろう」
「やっべバレた」
「しょーもないこと考えてすみません」
「よろしい」とムーディは大きく頷いた。
「死の呪文! ポッターが食らった魔法だな。魔力をばかすか消費するが、その分達成感はひとしおだ!」
「やべーよこの人何人か殺ってるぞ!」
「分かってたことだろ! 相手は闇祓いだぞ!」
「とはいえどうしてあんなに恍惚とした表情を浮かべているんだ?」
やはりこいつはムショ帰り。
クラス中がムーディに対し仄かな恐怖を覚えて授業は終わった。
*****
今日はハロウィン。
ボーバトンとダームストラングの生徒を迎え入れる日だ。
他校の生徒に心躍らせる中、ボーバトンは馬車で空を駆けて入場し、ダームストラングは湖の中から登場した。
しかもダームストラングにはあのビクトール・クラムがいる。
「ハリー、見ろよ! クラムだ!」
「ちょ、興奮するのは分かるけど肩叩きすぎ」
あわよくばサインを⋯⋯なんて考えていたが、ダームストラングの生徒はスリザリンの長机に座ってしまった。デレデレと鼻の下を伸ばすマルフォイの姿が目に入る。
ガヤガヤと騒がしい大広間だったが、ダンブルドアが立ち上がったことで段々と落ち着きを取り戻した。
「こんばんは、紳士、淑女、ゴーストの皆さん。そして今夜は特に客人の方々」
ダンブルドア先生は他校の生徒ににっこりと微笑んだ。
「ホグワーツへの来校、心から歓迎いたしますぞ。本校での滞在が快適で楽しいものになることを儂は希望し、また確信しておる。三大魔法学校対抗試合は、この宴が終わるとともに正式に開始される予定じゃ」
その言葉通り、夕餉が終わるとフィルチが宝石をちりばめた木箱を掲げてダンブルドアのところへ持ってきた。ダンブルドアは杖で木箱を叩く。
「皆も知っての通り、試合を競うのは三人の代表選手じゃ。参加三校から各一人ずつ。選手は課題の一つ一つをどのように巧みにこなすかで採点され、総合点が最も高い者が優勝杯を獲得する。代表選手を選ぶのは、炎のゴブレットじゃ」
青白い炎を纏うゴブレットが現れた。燃え盛る炎に、誰もが見惚れていた。
代表選手に立候補する者は、羊皮紙に名前を書いてゴブレットに入れなければならない。だが、年齢に満たない者はゴブレット周辺に引かれた年齢線によって弾かれるという。
フレッドとジョージが不適な笑みを浮かべて、僕に囁いた。
「そんなものへっちゃらさ!」
「俺たちの前ではただのお飾り!」
僕は首を傾げた。
「もうアイデアがあるの?」
「おうよ、弟」
「この薬を使ってね」
二人は『老け薬』の小瓶を揺らした。
「テレテーレーテレテーレーレレーテレレレレーレレレーレーレレ♪」
「俺の名前はフレッド・ウィズリー! 後ろで歌ってるのはジョージ・ウィーズリー! スネイプの部屋で薬品棚を物色していた俺たちは、背後から近付いてきた奴に気付かなかった。減点を食らい、逃げながらも材料を盗んで作ったのがこちら、『老け薬』。もろたでスネイプ! そして薬を飲み、目が覚めたら⋯⋯」
「ジジイになっていた!」
歌うのをやめて、ジョージが続きを言った。その口元には小皺ができていて、頭頂部は若干薄い。ハリーから「イッキ! イッキ!」というコールを受け、『老け薬』を飲み過ぎてしまったのだ。馬鹿なの?
「大きくなっても頭脳は同じ!」
「そこは賢くなってくれ!」
「スネイプの初恋は迷宮!」
「「俺たちは、いつもひとおおぉぉぉぉつ!」」
あ、行った。
一瞬の静寂ののち、年齢線が淡く発光した。
そして──プログラムが起動した。
「「ぎゃああああぁぁぁぁぁ!!」」
二人仲良く弾き飛ばされた。
壁まで転がった二人に、ハリーが駆け寄る。
「大丈夫?」
「ああ⋯⋯大丈夫だ⋯⋯ごふっ!」
ジョージの口から血痰(開発中の鼻血ヌルヌルヌガー)が吐き出された。フレッドはよろよろと右手を掲げる。
「俺たちの屍を⋯⋯超えて⋯⋯いけ⋯⋯」
「グッド⋯⋯ラック⋯⋯」
「フレェェェッド! ジョージィィィィ!」
ハリーは慟哭した。なんやねんこの茶番。
「あとでスネイプ先生に謝った方がいいよ」
ゴブレットに羊皮紙を入れたセドリックは、大真面目にそう告げた。
次回投稿:明日