様子のおかしいハリー・ポッターさん(10代) 作:夜風ミシェル
パーティーの日が近付くと、最早生徒たちは授業どころではなかった。フリットウィックは諦めて、講義をやめて生徒に自由時間を与えた。⋯⋯まぁ、そんな教師は稀で、スネイプやビンズはいつも通り退屈な授業だったけど。
浮かれる生徒たちを更に舞い上がらせたのは、いつもより豪華なホグワーツの装飾である。
大理石の階段の手すりには氷柱が下がり、クリスマスツリーの飾りは赤く煌めくヒイラギの実、金色のふくろうと盛り沢山だった。鎧兜には全て魔法がかけられ、クリスマス・キャロルを歌う。
「豪華なもんだなぁ」
氷柱を手の温度で溶かすという、何の生産性もない遊びに耽っていると、後ろから声をかけられた。
「ロン。何してるの?」
「出たなクソ眼鏡」
顔を顰めると、ハリーはたはは、と笑った。
「まだ怒ってるの? 誘えない君の代わりにハーマイオニーを捕まえてあげたのに」
「頼んでねーわ」
「分かってないなぁ。君は当日、確実に僕に感謝することになるだろう⋯⋯」
ハリーはやおら微笑を浮かべる。そして、手に持っていた紙袋からドレスローブを取り出した。ハリーに預けたローブだ。無駄な装飾は全て除去され、古風だが品のあるボタンや刺繍が施されている。すごくお洒落だ。僕は先程のことを一瞬だけ忘れて見惚れてしまった。
「うわぁー、凄い! 誰がリメイクしてくれたの?」
「屋敷しもべ妖精だよ。ホグワーツで働いている妖精に頼んでね」
「あー⋯⋯ハーマイオニーには秘密だなぁ」
彼女が知ったら激怒するんじゃなかろうか。
僕はハーマイオニーのようにつんと澄ました顔を作った。声色も変えて、ハーマイオニーっぽく言ってみる。
「ハリー、ちゃんと対価は支払ったのよね?」
「英雄様の投げキッスを送ったよ」
「何よそれ⋯⋯。ゴミ以下じゃない」
「やめて。ハーマイオニーはそんなこと言わない」
解釈違いに、ハリーはよよよと泣いた。それから、ぷっと噴き出す。
釣られて僕も大声で笑った。ハリーに対して怒りを持続させることは、スネイプの課題と同じくらい難しい。
「そうだ。クリスマスさ、君のヘアセット手伝ってあげるよ。イケメンにしたげる」
ハリーは片目を瞑ってみせた。
クリスマス当日は、いつもより早く目が覚めてしまった。
僕は同室の友人とプレゼントを交換し、その後はハーマイオニーと一緒に朝食を食べに降りた。
「私──今日はパーティーの準備に時間がかかると思うの。予め謝っておくわ」
「大丈夫さ。女子はトイレも長いもんな」
僕の寛容な台詞に、何故かハーマイオニーは無表情になった。おかしいな、ちゃんと理解を示したつもりなのに⋯⋯。
ハーマイオニーは「あら優しい」と皮肉たっぷりに言って、トーストを齧った。なんで怒ってるんだ?
やっぱり女子って難しいな⋯⋯と僕はため息をついた。
朝食を食べ終わったら外に出て、フレッドとジョージの雪合戦に混ざることにした。ハーマイオニーは観戦に徹していたが、17時になるとメイクアップのために部屋に戻っていった。
「あー、ちょっと待ってハーマイオニー!」
突然ハリーがハーマイオニーを呼び止めた。振り返るハーマイオニー。ハリーは小走りで駆け寄ると、何か喋ってそのままハーマイオニーと歩いていってしまった。
「どうしたんだろ?」
「そう心配するなよロニー坊や。少なくともお前よりハリーの方が、女の子との接し方は上手い」
フレッドがやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。隣では全く同じ表情で、ジョージが髪を撫で付けている。
「朝の一件で思ったよ、ロンって馬鹿なのかな。言い方ってものがあるだろうに」
「失礼だな」
「いいかい、ロニー坊や」
ジョージは人差し指で僕の顎を持ち上げた。
「最初にハーマイオニーのドレス姿を褒めろ。いいな、絶対だからね?」
いつになく真剣な顔に、僕は素直に頷いた。
その後、二時間ほど経過してから、僕たちも部屋に戻って準備に取り掛かることにした。ハリーは既に着替えを済ませており、今は髪をセットしているところだった。
「ハリー! さっきハーマイオニーと何を話してたのさ」
「んふふ。ハーマイオニーに素敵な魔法を掛けてあげたんだ。⋯⋯そうだロン、これ貸してあげる」
ドレスローブに身を包んだハリーが差し出したのは、彼が女装で使う赤毛のウィッグ。
「これでポニーテールにすると、ハーマイオニーは確実に君にときめく」
「えぇ⋯⋯? でも前やったときは微妙な反応だったけど⋯⋯」
「いいから!」
ハリーは半ば強引に僕を椅子に座らせると、手際よくウィッグを装着して、髪を整えてくれた。鏡を見ると、うん、やはり兄のビルに似ている。
そうして僕たちは談話室に降りた。
真っ先に僕たちに気が付いたのはジニーだ。
「ハリー⋯⋯!」
ジニーの瑞々しい瞳が、ハリーに釘付けだ。隣にいる兄には目もくれない。一応僕も着飾ってはいるんだけどな⋯⋯。
ハリーはジニーの髪を一筋掬うと、静かに口付けをした。無駄に絵になる。
ハリジニの湿度の高いやりとりを監視したかったが、僕に歩み寄るハーマイオニーの存在に気付くと最早それどころじゃなくなった。
僕はあんぐりと口を開けた。
「あ⋯⋯え⋯⋯ハーマイオニー?」
いつものボサボサな髪は艶めく絹のよう。
薄く化粧を施した頬は、思わず触れてみたくなるほど滑らかで。
ふわりと揺れるドレスを着こなしたハーマイオニーは、まるで別人だった。
視界の端で、ジョージが口をパクパクしている。そこでようやく僕は我に返った。
「⋯⋯似合ってる、うん。すごく」
駄目だ、語彙力がなさすぎる。それなのにハーマイオニーははにかんで、僕の頬をつついた。
「見惚れるくらい似合ってるようで嬉しいわ。あなた、顔が真っ赤よ」
「揶揄わないでよ⋯⋯」
その時、ハリーが僕の肩に手を回した。
「ね? ハーマイオニーを誘って良かったでしょ?」
悔しいが、その通りだった。こんなにも美しい少女が、貧乏一家の六男のパートナーだなんて。恋愛小説か何かみたいだ。
ハリーは一つ、手を鳴らした。
「ここでクイズ! ハーマイオニーの変わったところはどこでしょーか!」
「え」
僕はまじまじとハーマイオニーを見つめた。色々変わりすぎて分からない。化粧とか服装とか、そういう当たり前の話ではないだろうけど⋯⋯。
ハーマイオニーの微笑を見て、ようやく気付いた。
「あ、前歯短くなった?」
「そんな、『前髪短くなった?』みたいに言わないで。正解だけど」
ハリーは得意げに「縮小呪文を使ったんだよね」と言った。失敗しないハリーだからこそできた技だ。ハーマイオニーは「歯医者の両親には、申し訳なく思うけどね」と苦笑する。
そして、僕のポニーテールに手を伸ばした。
「あなたも素敵よ、ロン」
「え、あ、ありがと⋯⋯。⋯⋯そろそろ行こうか、ハーマイオニー」
調子が狂って、それを誤魔化すように僕は彼女に腕を差し出した。ハーマイオニーは僕に寄り添うようにして、腕に軽く触れる。
僕たちは連れ添って、会場まで歩いた。
*****
大広間はいつもより輝いて見えた。興奮する気持ちを抑えられそうにない。
教師陣もパーティー仕様の格好になっていた。審査員席を見ると、何故かクラウチがいない。代わりのようにパーシーがふんぞり返っている。
ダンスの前に、まずは食事だ。いつもとは違う注文方式だったので最初は戸惑ったが、慣れると便利なものだ。今回ばかりはハーマイオニーも屋敷しもべ妖精のことを忘れ、色々な料理に舌鼓を打っていた。
生徒たちが満ち足りた表情でお腹を撫でていると、あの有名な『妖女シスターズ』が入室した。これからダンスだ。
最初に代表選手が中央部で踊ると、会場は大いに盛り上がった。ハリーとジニーのペアは息も合っていて、褒めるところしかない。セドリックはチョウと踊っていて、数多の視線を集めていた。
「私たちも踊りましょう?」
ハーマイオニーと僕は前に進んだ。そして向かい合う。
「足を踏んだらごめんね」
「大丈夫さ。むしろこっちも振り付け間違えたらごめん」
最初はぎこちなくワルツを踏んでいたが、二曲目に差し掛かる頃には割とリラックスした状態で踊れるようになった。
ハーマイオニーの弾けるような笑顔が眩しい。眩暈にも似た高揚感で、僕の心臓は激しく脈打っていた。うわ、治まれ、鼓動。
「ごめん、一旦休まない?」
僕が言うと、ハーマイオニーはきょとんとした。それから恥ずかしそうに「そうね。気付けば私たち、三曲も踊り続けてた」と言ってソファに座った。
「ハーマイオニー! やだ、凄い素敵じゃない! 可愛い!」
パーバティが駆け寄ってきた。そのまま女子二人ではしゃぎ始めて、なんだか居心地が悪い。
ふと壁際に目をやると、ちょうどハリーも暇そうにしてるのが見えた。
「ハリー。あれ、ジニーは?」
「アンジェリーナのところ。髪型が崩れて、直してもらってる」
ハリーは僕にバタービールの瓶を差し出した。コップを差し出すと、栓を抜いて注いでくれる。
「ジニーとのダンス、上手かったよ。なんでダンスも踊れんの。欠点はないのかよ」
「キレないで? ダンスはシリウスに教わったよ」
聞けば、手紙でダンスのコツを教えてもらったらしい。夥しい量の文字がつらつら並んでいた、とハリーが真顔で言うものだからつい笑ってしまった。
「書く方も大変だろうに。早く大っぴらに会えるようになりたいね」
「そうだね⋯⋯」
ハリーもしみじみと頷いた。
ペティグリューを捕まえない限り、シリウスの冤罪は晴らせない。僕はギリギリと奥歯を噛み締めた。
「ったくペティグリューって奴は⋯⋯。覚えとけよマジで」
「君も被害者だもんね。今でも殺す気満々なわけ?」
「あったり前だろ! いたいけな少年の思い出を穢したんだぞ!」
「⋯⋯なんか、ごめん」
何故か謝るハリー。それから口にバタービールを含んだ。
「でも、君ってしっかりしてるなって思ったよ。あの時さ、友を裏切ったペティグリューにちゃんと理解を示していたから」
「ああ、あれね⋯⋯」
バタービールを飲んで、僕は一息ついた。
ペティグリューは恐怖心から友達を売った。勿論許容するつもりはないけど、それを責めることもできなかった。
ぬくぬくと平穏な生活を送っている僕が何を言っても、当時の人からすれば綺麗事でしかないからだ。
理想を語るのは容易い。だが、理想に殉死するのはとても難しい。
「僕はあいつの事情を知らないし。それに、自己犠牲なんてそう簡単にできることじゃないだろ?」
正しさだけを追求することは難しい。ペティグリューの弱さは、誰の中にもあるものだと思う。
もし僕がペティグリューだったとして、果たして自己犠牲を選べただろうか?
悩む僕の心中を察したように、ハリーが薄く笑んだ。
「⋯⋯君なら自分を犠牲にするよ」
「分からないよ?」
「ううん。絶対そうだ」
ハリーはきっぱり言い切った。
「だってほら、一年生の時! チェスで自分の死を勘定に入れて僕たちを勝たせたでしょ」
「え、あ⋯⋯。そんなこともあったねぇ」
なんだか懐かしい。あの時は無鉄砲だったよなぁ。
僕たちは互いに黙ったまま、暫く音楽に耳を傾けた。
妖女シスターズの演奏は途切れない。大広間の熱気に、蝋燭の炎が揺らめく。
ハリーは空になったグラスを置くと、僕に手を差し出した。
「一緒に踊らない?」
「えっ? あ、でもジニーが戻ってきたみたいだけど⋯⋯」
僕は、こっちに帰ってくるジニーを見ながら言った。ハリーが「今からお義兄さんと踊るよー!」と大きく手を振ると、ジニーは笑って頷いた。
「男同士ってありなの?」
「んーん、気にしない。僕はロンと踊りたいんだよ」
ハリーは無理矢理僕を引っ張ると、音楽に合わせてゆらゆらと揺れる。パーティーも終盤だし、格式張った振付は気にしなくていいだろう。
ハリーはくるくるとターンをしてみせた。そして、目が合ったスリザリン集団に手を振る。その中にはマルフォイもいて、彼はハリーへの微妙な気持ちをおくびにも出さずに優雅に微笑みを返した。
ふと、ムーディのことを思い出した。
「⋯⋯ハリーって、なんでスリザリンとも仲良くできるのさ。『例のあの人』と同じ思想の奴ばっかなのに」
ハリーは笑顔のまま首を傾げた。そして、「唐突な質問だね」とシャンデリアを見上げる。
「⋯⋯敵を作ると、長生きできないからね」
「え?」
ハリーの指先が、舞うように伸びる。僕はリズムを取りながら、ステップを刻む。
「悪意って奴は面倒だからね。ヴォルデモート然り、ダンブルドア然り、彼らは敵を作り過ぎた」
ハリーは密やかに微笑んだ。いつものことだけど、彼が『例のあの人』のことを名前で呼ぶ度に僕はどきりとする。
ハリーの妙に成熟した思考は、あまり仲の良くない叔母夫婦の元で育てられたことに起因しているのだろうか。従兄弟もハリーに意地悪だったと聞くし。
でも、本当にそれだけなのか?
「なんというか、達観してるよなぁ。⋯⋯ひょっとしてハリーって、重めの過去持ってたりするの?」
僕はふざけた調子で尋ねた。背中にはじっとりと汗が滲んでいたけれど。
ハリーは、ほかの人にぶつからないよう注意しながら、僕をリードする。
「両親の一件以外は、平凡な人生だ。特筆すべき出来事はなかったよ」
「そう⋯⋯」
沈黙が落ちた。体はこんなにも密着しているのに、見えない壁があるかのようだった。
僕はハリーの言葉を嘘だなと思ったし、ハリーは嘘だと思われていることに気付いている。それでもハリーは気まずそうな顔をしなかった。このまま押し通すつもりなんだろう。
ハリーは左手を繋いだまま、僕を優しく突き放す。
「話を戻すけど。寮同士は不仲でも、実際に話してみたら気が合った、てのもあるけどね。思想が如何であれ、クィディッチの話で盛り上がれるし」
「そうかもだけど⋯⋯僕には難しいや。そういうとこは尊敬する」
感嘆していると、ハリーに腕を引っ張られた。遠心力で勝手に体が回り、気付くとハリーの腕の中にすっぽりと収まっていた。
「『そういうとこは』なんて言うのやめてよ。僕の全ての要素は、尊敬に値するだろ?」
「はいはいそうですねー」
僕はハリーから離れようとした。が、クィディッチ選手なだけあって力が強い。ぐっと押しても拘束は緩まなかった。
「ちょっとちょっと! 僕は男と抱き合う趣味はないぞ!」
全力で叫ぶと、背後のハリーが微かに笑う気配がした。そしてダンスを再開する。
僕たちは再び向き合った。
ハリーは僕の手を握り直す。柔らかで冷たい指先は、僕の体温でぬるく溶けた。
ハリーが左足を下げ、僕が右足を前に出す。大広間を、滑るように移動する。ローブの裾がひらりと舞い、そして落ちる。
──『平凡な人生』、か。
内心で嘲笑する。
気付きたくなかったな。
ハリーのまね妖怪を知っているから、それが嘘だって分かってしまった。
陽気で尊大、阿保なハリー。しかし、実のところは秘密主義者だ。過去を語らないし、あの本についてもポロッと漏らすことはなかった。
どこまで踏み込んでいいのか。
そもそも踏み込まれることを拒絶しているのか。
僕は測りかねていた。
ちょっとだけ胸が痛い。
僕は決して、ハリーの親友にはなれないんだろうなと予感してしまう。
寒空に月は高く昇り、星々の光は遍く地上を照らす。聖夜に相応しい夜空を楽しもうと、皆が窓辺に駆け寄った。
けれど、僕は黒髪の少年から目を離さなかった。
周囲の喧騒も、視線も全く気にならなかった。
ハッピークリスマス、と僕は呟く。
演奏が終わるその瞬間まで、僕らはずっと踊り続けていた。